川神学園を出て九鬼本社に着いたのは6時過ぎだった。ステイシーたちの頬が赤いのは夕陽のせいだと思っていたが本社に着く頃にはその赤みを消えていた。…何だったんだろうか。
ステイシーと李に礼を言い、本社の中に入るとヒュームが立って此方を見ている。その隣に女の子がいる。呂布はヒュームの所まで歩いて行く。
「ただいま帰りました。」
「ああ、時間通りだ。」
「?、何のですか?」
「俺の予定だ。」
呂布は呆然とする。そんな事聞いていない。もし予定が狂ったらどうなっていたんだ。
「それより奉先、此方の方は…」
「よい、ヒューム。我がやる。」
「差し出がましいことを致しました。」
ヒュームは頭を下げ、一歩退がる。隣にいた少女が一歩前に出る。
「初めましてだな。我は九鬼家次女、九鬼紋白である!!」
紋白は胸を張り、大きな声で名乗りを上げる。呂布は紋白の堂々たる姿に感嘆する。呂布は膝を着き、紋白と視線を合わし拱手礼をとる。
「お会いできて光栄です。性は呂、名は布、字は奉先と申します。」
呂布は頭を下げる。
「フハハハハ!そう畏まらなくても良い!我はお主を奉先と呼ぶ!お主は我のことを紋白と呼ぶが良い!」
呂布は紋白の器の大きさの一端を感じとった。初対面の僕に名を呼ぶことを許すのかと。呂布は頭を上げ、紋白と目線を合わす。
「ありがとうございます。では紋様、と。」
「うむ!それで良い!」
紋白は満足そうに頷く。呂布は紋白の顔を見て笑みが零れる。そこにヒュームが紋白に声を掛ける。
「紋白様、そろそろお時間です。」
「おお!そうであった!奉先!共に来るのだ!」
紋白は呂布の手を取り歩き出す。呂布は突然のことに驚く。
「も、紋様!?どちらに行くのですか?」
「行きながら説明する。取り敢えず行くぞ!」
紋白は歩みを止めず、呂布を引っ張る。その後ろをヒュームが歩いていく。
「夕食の招待、ですか?」
「うむ!」
エレベーターに乗り、上を目指す途中で紋白が説明する。
「ですが、よろしいのですか?私などが共にしてしまって?」
「かまわん。それとも呂布は九鬼の招待を断るのか?」
紋白は挑発的な笑みで呂布を見る。呂布は紋白の子供らしい仕草に頬を緩ませ、
「いえ、ご招待、ありがたくお受け致します。」
「それで良い。」
紋白は満足そうに頷く。エレベーターから降り、正面の大きな扉に向けて歩く。扉の前まで行くとヒュームは扉をノックし扉を開ける。
「紋白様、呂布を連れて参りました。」
「うむ。」
中から返事が聞こえる。扉が開き、紋白、呂布の順に中に入る。紋白は中にいた人達の近くに歩いて行き、呂布は入り口近くで止まり、視線を向ける。
「久しいな!奉先!」
「フハハハハ!3年ぶりだな!奉先よ!!」
呂布は拱手礼をとり、
「お久しぶりです。揚羽さん、英雄殿。呂奉先、修行の旅より帰還致しました。」
頭を下げる。揚羽と英雄とは、旅に出る前に幾度か会った事がある。揚羽とは同じ師という事、英雄とは揚羽を介し会い、そこから話をしていく中、同い年ということもあり仲良くなった。
「堅苦しいな、奉先。赤の他人では無いのだから気軽に話せ。」
揚羽が不満気な顔をする。英雄を少し不満そうだ。
「揚羽さん、久しぶりの挨拶としてしっかりしておきたいのです。」
呂布は苦笑いする。そして直ぐに顔を引き締める。まだ挨拶をしていない人がいる。その人も此方を見ている。
「お初にお目に掛かります。性は呂、名は布、字は奉先と申します。お会いできて光栄です。九鬼局様。」
片膝を着き、拱手礼をとり頭を下げる。
「うむ。初めまして。知っているようだが、妾は九鬼局である。そう畏るな。これから共に夕餉を楽しむのだから。」
局は笑いながら呂布の挨拶を受ける。拱手礼をとった呂布は立ち上がる。
「目上の者との初めましての挨拶。礼をとるのは当たり前の事だと私は考えております。ですが仰る通り。言葉使いだけは御容赦下さい。」
「うむ。わかった。其方の中の信念とも言うべき物があるのだな。」
「ありがとうございます。それから遅くなりましたが、本日夕餉にお招き頂きありがとうございます。」
局は満足そうに頷く。局の中で呂布の評価が決まったようだ。そして各々席に着く。局は上座に座る。揚羽は、呂布は客なのだからと上座の隣に座らせようとしたが呂布は丁重に断り、紋白の隣、テーブルを挟んで揚羽の正面に座った。そして、メイド達が夕食を運んでくる。メイド達の配膳も綺麗に終えると、
「では、頂くか。」
局が言い、
「いただきます。」
皆で共に自分達の糧への感謝を述べる。呂布はクラウディオからテーブルマナーも教わっていたため、粗相を起こす事なく、夕食を楽しんだ。皆黙って食べていた訳でも無く、紋白が好奇心から呂布の修行の旅の話を聞きたがった。
「1人で旅をするのは大変だっただろう?」
「ええ、大変でした。生きて行く為に全て自分の手でしなくてはいけない。お金を稼ぐ、食べる物、寝る所。食べる為にお金が必要。寝る所を用意する為にも。そのお金を稼ぐために働こうとしてもその職を探す事。全て一から自分で、初めての地でしなくてはいけなかった。」
呂布はグラスを手にし、喉を潤す。
「最初の方は野宿が多かったですね。」
呂布は紋白へ笑みを浮かべる。紋白は呂布の話を真剣に聞いていた。
「でも、最初の方の野宿は、自分にとってかけがえの無い物を教えてくれました。」
「それはなんじゃ?」
呂布は一呼吸し、
「命です。」
「命、とな?」
紋白はきょとんとした顔で呂布の顔を覗き込む。
「はい。最初の野宿は2日間、飲まず食わずで山を歩き続けました。そして空腹が限界に近づいていた時、熊に遭遇しました。その熊を死力を尽くして倒し、火で炙り食べました。」
「熊を倒したのか!呂布は強いな!!」
「はは、ありがとうございます。ですが…泣きました。」
「泣いた?不味かったのか?」
呂布は紋白の素直な疑問に苦笑いを浮かべる。
「確かに不味かったですね。獣臭さが残り、肉も固かった。ですが不味くて泣いた訳ではありませんよ。…感謝の気持ちで心が満たされ、自然と涙が零れたのです。」
「感謝の…気持ち…。」
「はい。我々は生きていく上で他の命を頂いている。自分の命を繋げる為に他の生き物の命を絶つ。言われ無くてもそんな事は分かってはいるつもりでしたが、いざ自分の手で他の生き物の命を絶ち、それを食べると、その命の重みが自分の糧へとなっている。それを初めて心から理解した時、泣きました。」
「………」
紋白は目の前の料理を見る。今までは知ってはいたが、深く考えた事も無かったのだろう。
「だから、”いただきます”というのは、命の重み、生きていく為の糧へとなった命に対しての感謝なのです。」
「…なるほど。命の重みか…。」
紋白は何かを考えている。呂布はそれでいいと思った。今まで考えていなかった事を改めて考える。それは大切な事だからと。
それから食事が終わるまで、紋白は呂布の旅の話をねだり、その様子を局、揚羽、英雄は三者三様の思いを抱きつつ眺めていた。
食事を終えると、局は用事があるからと早々に退室して行った。食後の珈琲を飲み終えると、
「奉先よ、明日から2週間、行ってもらう所がある。」
揚羽はそう切り出した。
「それは、どちらに?」
「家族の元へだ」
呂布の鼓動は大きく一回動いた。それから目を閉じ、家族の顔を思い浮かべる。
「揚羽さん、ありがとうございます。」
「フハハハハ!気にするでない!」
呂布の礼に揚羽は満足そうに頷く。
「では今夜は休み、明日の朝出発する。我らは共に行く事は出来ぬからこれで暫しの別れだ。」
「また、会える事を楽しみにしています。」
「うむ。ではな!」
揚羽は部屋から出て行った。揚羽の横にいた英雄が呂布の前まで来る。
「奉先よ!暫しの別れだが、我とお主は学園でまた会える。再会を楽しみにしておるぞ!」
「ええ、僕も楽しみにしているよ。学園で会おう、英雄殿。」
「ああ!」
男同志の挨拶はやはり言葉少なく、簡素な物だと呂布は思った。
だが、それでいい。それだけで気持ちは伝わるものだと思っている。英雄も退室し、残ったのは紋白だけになった。紋白は呂布が2週間何処かに行くと聞いた時、寂しそうな表情をしていたのを呂布は視界の端に捉えていた。
「我も他のクローン組と共に川神学園に入る事になっておる!奉先!再会を楽しみにしておるぞ!」
紋白は元気に言う。呂布は片膝を着き、紋白と視線を合わせる。
「紋様。2週間後、川神学園には此処から通う事になります。此処に居れば、また紋様と会う事も多いと思います。その時には旅の話の続きを聞いて頂けますか?」
呂布の言葉に紋白は嬉しそうに頷く。
「そうだな!その時は話を聞かせてくれ!」
「はい。それと、話をする時は私の話だけでは無く、紋様の事も教えて下さい。」
「我の事をか?」
紋白はきょとんとした表情で呂布を見る。呂布は微笑み、
「はい、私は紋様の事を知りたいのです。紋様が普段どんな事をしているのか、紋様の好きな事など、何でもいいのです。紋様の事をお聞かせ下さい。」
「我の事を…か。わかった!次会った時は我の事を話そう!」
「ありがとうございます。」
紋白の寂しさもこれで和らぐかなと呂布は思った。この広い家で姉や兄、父や母も忙しく世界を飛び回っている間、紋白は1人だ。使用人達は大勢いるが、やはり違うのだろう。そんな事を考えていると、クラウディオとヒュームが部屋に入ってくる。
「紋白様、そろそろ部屋にお戻りに。」
「わかった。では奉先!また会おう!」
「はい、また会いましょう。」
紋白はヒュームと共に部屋から出て行った。
「では呂布様、今夜お休みになられる部屋へとご案内致します。」
「お願いします。クラウディオさん。」
呂布もクラウディオの後について行き部屋を出る。
「…紋様と局様は、その、…」
呂布は部屋を出て少し歩くと、クラウディオに紋白の事を聞こうとする。だが、躊躇する。
「呂布様の考えております通りだと思いますよ。」
クラウディオは呂布の考えを察して答えた。
「そう、ですか。」
今日の食事の時にしか2人一緒のとこを見ていないが、局は極力紋白と関わるのを避けていた様に思える。紋白はそんな局にどうしていいか分からず、でも局と話したそうに何度も局を見ていた。局が部屋から出て行く時、紋白は寂しそうにその姿を目で追っていた。
「大丈夫でございますよ。紋白様は九鬼家の人間。そう遠くない内に解決されます。」
「そうですか。僕も力になれるのならなりたい。」
「ええ、その時はどうか紋白様にご助力下さい。」
「はい。」
部屋に着き、今日はもう寝るとクラウディオに伝えた。明日の出発時間を呂布に伝えクラウディオは部屋から出て行いこうとした時、
「あ、クラウディオさん。」
「はい、何でしょうか?」
クラウディオが呂布を見る。
「川神学園に編入する前に用意して貰いたい物があるのですが。」
「ええ、どのような物で?」
「武器です。」
「そういえば、旅に出る時持たれていたのは如何したのでしょう?」
「あれは旅の最後に立ち寄った場所の友に譲りました。」
「なるほど。では、同じ物でよろしいでしょうか?」
「武器は同じので構わないのですが、重さと長さは前より大きくして頂きたいのです。」
「畏まりました。編入までに用意しておきましょう。」
「ありがとうございます!」
「いえ、ではこれで。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
クラウディオが部屋から出て行った。
呂布は部屋に備え付けられている風呂に入り、シャワーに打たれながら今日の出来事を思い出す。
「濃い、1日だった。」
沢山の人と出会った。沢山の人と再会した。今日はとても充実した、とても楽しい日だった。孤独だった呂布の思いが自分の中にあり、人との関わりを無意識に求めているのだろうか。
1人になるとよく”呂布”について考える。”呂布”は他人ではない。己自身。呂布は風呂から上がり、寝る支度を整え、ベッドに仰向けに倒れる。『"呂布”は"呂布”、この世で生きているのは貴方』と昔言われた事がある。この言葉を聞いてから、考えた最後はこの言葉で終わる。
この言葉を言ってくれた家族達の事を思いながら呂布は眠りに就く。
なおP様、fernandes様、感想ありがとう御座いました。
少し訂正させて頂きました。