終焉の箱庭   作:名状し難いAliCe

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風の噂

『ねぇねぇ、こんな噂知ってる?』

『え?なに?また下らない怪談話?』

『違うってば…!……ゴホン。あのね、裏路地を奥に進んだところに怪しい露店あるでしょ?』

『露店……?あぁ、あれ……』

『あそこに一つだけ、とっても綺麗な箱庭があってね……』

 

 

都市伝説は大抵根も葉もない噂で、そんな事があるからと一々調べるような物好きはいない。

「ってか、一つだけならなんで買った後の事が分かった上でまだ売ってるんだよ……ったく」

いないのだが、物好きはいなくとも頭のネジが飛んだ奇人はいる。どうしてこうなったかは敢えて言うまい。語るに尽くせぬ長い歴史が……。

「やあ、お兄さん。何か買っていかないかい?」

唐突に、渋く深みのある声が耳にはいった。唐突というのは別に、突如として声が聞こえ始めた訳でもなければ、いきなり人が現れて話しかけてきた、とかでもない。ただ考え事に夢中になって目的地近くに来ている事を失念していたのだ。慌てて周囲を見回す。いささか挙動不審ではあるが、こんな路地裏、見る人はいないだろう。

「こっちこっち。ごめんね、何か考え事をしていた所邪魔をしたみたいで」

「あ、いえ、別に。重要な事でもなかったので」

声の主は随分離れた場所にいた。一瞬隣から話しかけられたような錯覚を受けたが、それはこちらの不注意が過ぎるというものか。

傷んだジーンズに趣味の悪そうなTシャツ、一昔前の俳優がかけていそうなサングラスという、お世辞にもかっこいいだなんて言えないし、言いたくもない格好。柄の派手な絨毯で通路の三分の一を塞ぐ露店は、確かにあった。路地裏にしては少し広めの道とは言え、普通に邪魔になるレベルだ。

「それで、お兄さん。何もなしに迷い込んだ訳でもあるまい?この道は理由もなけりゃくる事もできないんだからね」

いかにもウチの部長が喜びそうな"設定"だが、ここの作り的に確かにその通りではある。路地裏に入り、半ば隠された通路を右へ左へ、地図上どこにいるかも分からないくらいに曲がらされれば、隠し通路に喜ぶ子供でもない限りこんな場所にはこない。ふと、ケータイを見ればこんな街中だってのに圏外だった。

「あの、箱庭はありますか?それを見たいなぁ、と思って」

そう言うと青年(彼を最大限慮った表現である)は、隣にある木箱を開けて中身を出し始めた。恐る恐る近づくと、それはそれは、綺麗な箱庭だった。田園風景や水車小屋、一風変わった外国のような街並みに平凡な一軒家まで、様々なものが庭として再現されている。どれも精巧で、生きているような、命の息吹さえ感じ取れそうな代物だった。しかし箱庭は箱庭、綺麗とは思っても欲しいと感じるものは見つからない。部長が言うには、一目で惚れそうなくらい美しいそうだが、その部長も実物を見見たことはなく風の噂に過ぎないとか。

「ふぅん、イマイチピンとこないって顔かな。ならオジサンのとっておきを見せてあげよう」

オジサンでいいのか。

彼は立ち上がると、並べた箱庭をしまい始め、背負っていた重厚そうな木箱をおろした。……背負っていた?はて、彼は初めからそんな物を身につけていただろうか。

「この箱庭はね、生きているんだ。他とは違う。息をして、物を食べて、夜は眠る」

そう言いながら木箱から出したのは、その木箱に釣り合うとは決して言えない、貧相な箱庭だった。いや、違う。貧相と言うよりか、年季を感じる。古びているという表現が申し訳ないくらいに古く、歴史を見て取れる。そんな感じ。

「……生きている、とは?」

「さて、もし良ければこの箱庭を君に売ってあげようと思うんだけど。どうかな?」

気になった事を聞こうとしたら、露骨に話題を逸らされた。聞かれたらまずい事なのだろうか?しかし、ここまで来て成果なしと帰るわけにはいかない。成果なしなんて言ったら、他部員とは比べ物にならないくらい手酷くいびられる。

「いくら、ですかね?」

瞬間彼は、不敵に微笑んだ気がした。次の瞬間に営業スマイルと言わんばかりの笑みを見せつけられたため、その事は定かではない。

 

「まいどあり」

 

 

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