音無さんと逢坂くん   作:早乙女 涼

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仲村ゆりとその周辺

 それから俺は流し込むようにポテチを食い、サークル区画と呼ばれる場所へ連れられ、そこの一室へと足を踏み入れる。

 スライドドアの取っ手に手を掛けた瞬間、音無先輩に腕を掴まれた。

「――待て!」

「落ちつけよ逢坂。こっからすでに俺達の勝負は始まってるんだぜ?」

「いったい何の話ッスか……」

 普通に部屋へ入るだけだろう?

「いいか逢坂、俺達に続けよ? くれぐれも言い間違えるなよ?」

「だから何のこと――」

「「神も仏も天使もなし」」

「……っは?」

 なんなんだこれ……。音無先輩に腕を放され、いよいよドアをスライドする。

 ――瞬間。左側からとんでもない衝撃が俺の半身を襲った。

「――があっ!?」

「ぎゃああああっ!?」

「ちゃんと言えって言ったろバカぁああああっ!!」

 衝撃から吹っ飛ぶまでそう時間がなかったはずなのに、とてつもなくスローモーションに感じた。俺達がいた場から恐らく五メートルは吹っ飛ぶ。俺と音無先輩はなんとかそれ以上は滑らなかったが、日向先輩は俺達の倍以上の距離を吹っ飛んでいく。まさにホームラン。

 彼の悲鳴が廊下に響き渡り、俺は「……スイマセン」と声の方向へ謝罪しておく。

 それより、なんだったんだ今のは。

 俺はその衝撃の元を見る。

「………段ボール?」

 そこにはハンマーの形をした段ボールが、ドアの前でぶらぶらと揺れていた。

「ああ。侵入者対策なんだ」

 前はもっとひどかったんだぞ、という音無先輩の言葉に、俺は乾いた笑いをしながら彼と共に立ちあがると、後ろから日向先輩が戻ってきていた。

「おーい秀樹、大丈夫か?」

「まぁな、どうってことないぜ」

 腕の筋肉を伸ばした日向先輩を見た音無先輩は頷くと、

「よし、戻すか」

 と言った。……え? これを?

(半自動かよ!?)

 いや、ぶらぶらしてる辺りでそうだとは思ったよ。思ってたけどな。

「お、なんだ。逢坂も手伝ってくれんのか?」

「それじゃ、せーので持ちあげるぞ。せーのっ」

「よっこらせえ!」

 天井に空いた所へと段ボールハンマー(俺・命名)を収納し、スライド式になっていた天井の蓋(?)もセット完了。

 一仕事やり遂げた様に額の汗を拭う日向先輩と、ほっと胸を撫で下ろした音無先輩に頭を下げる。

「すいません、まさかこんなトラップがあるとは思わなかったんで……」

「いやいいんだよ。むしろ早めに経験しておいてよかったな」

「誰もが通る道だったんスか……」

「合言葉がうろ覚えだった時なんか吹っ飛びまくりだったからな」

「……ひょっとしてその度に戻して?」

「面白いだろ?」

 阿呆だ……。

「いやー我ながらバカだと思うぜ。でもな、どうしてもやっちまうんだよ」

 ……なんだドMか。

「なんだその目はー。言っとくけどな、俺は別にMじゃないんだぜ? ただ楽しいからやってるんだぞ」

「それを世間じゃMっつうんですよ、日向先輩」

「入ろう、逢坂」

「うッス」

 左肩を音無先輩に叩かれ、俺達は部屋へと入室。すると音無先輩は半身で振り返り――

「え、ちょ、ゆづ――」

 ガラピシャン。

 そのドアを閉めた。

 そしてカチリ、という音が天井から鳴る。

「この音が罠の仕組みがしっかりかみ合った、って証拠になる。覚えておいて損はないぜ」

「了解ッス」

 

『だーっ! 神も仏も天使もなし――ぶへらっ!?』

 

「「あ」」

 シャッ! という音が再び天井から鳴り響き、日向先輩の悲鳴が聞こえた。

「……えーっと、今のは?」

「たぶん、最初の『だー』が入ったんだと思う」

「なるほど」

 俺達はそっとドアを開いて、吹っ飛んだであろう日向先輩を眺める。

 その先には、白い髪に金色の瞳をした美少女が、仰向けで倒れている日向先輩をつついていた。

「――奏?」

「結弦。ここに居たのね」

 探したわ、と言って音無先輩へ歩み寄った奏と呼ばれた、花澤さん似の声をした美少女は、部屋から出て歩み寄った音無先輩と会話を交わす。

「すまない、さっき見つけたばかりで連絡するのを忘れてた」

「見つかったのならいいわ。……それで、あの子が?」

「ども」

 俺は会釈をしつつ、段ボールハンマーを一人で戻しておく。

 すると、むくりと日向先輩が立ちあがった。

「日向くん、大丈夫?」

「ああ平気だぜ。心はちょっと痛いけどな」

「それは悪かったよ」

「ったくよー。後輩の前であまりかっこ悪いところ見させないでくれよなー」

 日向先輩は音無先輩の肩に手を回すと、軽く脇腹を小突く。音無先輩は音無先輩でわかったよ、と答えつつ歩き出した。

 その隣を、まるで見守る様に歩く奏さんの光景が映る。

(あぁ……。良いよな、そういうの)

 俺に無いものを見せつけられたからか、少し胸が痛くなるのだった。

 

 

 どうやら、ゆり姉の参加しているサークルの中で、手の空いているメンバー全員が俺を探してくれていたらしい。

 金髪に赤いバンダナを深く被った、マイケルさん似の声をした男性はダンスを踊りながら全員が揃うのを待っている。

 一方で、部屋の角で箒を人差し指で立たせながら、首元に生地の薄いストールを巻き、沈黙している黒髪の女性は……寝ているのだろうか。

 すると、奏さんは御茶を淹れてくれていたようで、右側からスッと湯のみが出された。

「落ち着かないでしょうけど、二人とも特に危害はないわ。ゆっくりしていってね」

「ども……」

 俺はありがたく頂く事にして、その湯呑に口をつけると――

 

『――浅はかなり』

 

「っ!?」

 唐突に斎藤さんっぽい声が聞こえたと思ったら、とんでもない単語が飛んできた。

 俺は慌てて口を放す。

 なんだ!? (コイツ)に毒でも入ってんのか!?

 その声の主……黒髪の女性の方を見ると、目を伏せてただ沈黙しているのみ。

「毒は入っていないわよ……?」

「あっはい……」

 魚編の漢字が大量に書かれた湯呑に、同じ急須で御茶を注いでいた奏さんにほっとしつつ、俺はようやく口をつけ――

 

『Stop!』

 

「ぶふぅっ」

 ……今度はなんなんだよ!?

「I'm going my way.」

 だからなんだよ……。

 ため息をついてから、俺はようやく御茶を飲む事が出来た。

 マジでこの二人なんなんだ。ワケがわからん。

 その場でふーと一息つく。

「ところで、えー……」

「なに?」

 なぜあなたは俺の隣に座ってらっしゃるのでしょう?

「なぜ、俺の隣に?」

 この部屋、窓際に社長のような執務机がおかれ、高そうなイスもあるのだが、誰ひとりとして座ろうとはしなかった。

 そして、下座にある今俺と奏さんが座っている三人掛けくらいのソファと、その目の前にはテーブルをはさんでシングルのソファが三つ並んでいる。

 普通目の前に座るものだと思っていたんだが。思わぬフェイントに面食らってしまった。

「あなたが可愛かったから」

「……そ、そっスか」

 奏さんの真っすぐな瞳から、俺はすぐに視線を逸らしてしまう。

(このまま恥ずかしがっても意味ないからな……。なんとか話題を探さねぇと)

 あーだこーだと悩んでいる内に、俺はふとゆり姉の事を思い出した(というかすっかり忘れてた)。

「ゆりは上手くやれてますか?」

「それはサークルの中で、という意味かしら? それともこの校内全体ということ?」

「できれば両方で」

「そうね……。ゆりちゃんは人付き合いもいいし活発だから、校内でも知らない子はいないんじゃないかしら。このサークルを立ち上げたのもゆりちゃんだし、みんなとも上手くやれているわ」

「それはよかった」

 俺は安堵の息をはいてから、ソファの背もたれに身体を預ける。

「あの子のことが心配?」

「心配、というか。俺、あまり彼女の事は知らないんで、どんな人なのかと思って」

「その割には、ゆりちゃんの事を『ゆり姉』と呼んでいるのはなぜ?」

「!?」

 俺はぎょっとして奏さんを振り向くと、彼女はお茶をずず、と啜りながらまた俺の方へと向く。

「あの子が言ってたのよ」

「……あー、そッスか……。いや、本当に知り合ったのはつい最近だったんで、あんな呼び方もするべきじゃないってのは分かってるんですがね……」

「いいじゃない。愛称をつけるのは大事よ?」

 急に恥ずかしくなってきた。鼻の頭を掻きながらそっぽを向くと、奏さんは小さく微笑んでいた。

「愛称ですか……」

「日向くんは『ゆりっぺ』と呼んでいるわ。あとは、結弦の妹さんは『ゆーちゃん』とも」

(慕われてんなぁ、ゆり姉……)

 俺とは大違いだな、と自嘲気味に笑うと、奏さんはそれに気付いた様で小首をかしげる。

「でも、御姉さんと呼べるのはあなただけなのだから。その呼び方を大切にした方がいいと思う」

「……そうッスね」

 違う。俺の求めた答えはそれじゃあない。かといって、初対面の女性に求めていい答えじゃない。

 俺は額に手を当てて痛みに耐える様に目を伏せると、ガラリとドアが開いた。

 音無先輩と日向先輩。それにピンク色にツーサイドアップといった髪型をした女の子が入ってくる。

「ただいまー。ってなんだ、TKに椎名帰って来てたのか」

「I'll be back.」

「浅はかなり……」

「おかッス」

「さっき、ふたりで帰ってきたわ」

「そうだったのか」

「ねえねえ結弦先輩! こっちの狼くんは!?」

『……狼?』

 喜多村さんっぽい声を出した奏さんといい勝負の身長をしたピンク少女の言葉に、音無先輩、奏先輩、日向先輩の三人はまじまじと俺を見た。

「……まあ、狼っぽいよな」

「犬でもいい気がするが……」

「わんちゃん……」

 というか、出会って早々狼呼ばわりとは失礼な奴だな。

 俺は眉間に皺を寄せつつ片頬を吊り上げながら笑うと、日向先輩が苦笑いを浮かべて「悪いな」と謝罪してくる。

「こいつかなりの構ってちゃんだからさ、あんまし本気で言ってるわけじゃなし、許してやってくれよ」

「まあ、俺は構いませんがね……」

 ため息をつきつつ御茶を啜り、三人が入室してくる。

「紹介が遅れたな、コイツは日向ユイ。俺のーなんだ、嫁だ」

「………」

 アンタの嫁かよ!?

 道理でフォローするわけだ。嫁さんの方はフォローされて驚かなかったのも当然なわけか。でも省みろよ。

「そういえば、私も自己紹介していなかったわ」

「苗字は聞いてませんでしたね」

 次いで奏さんの方へと向き直ると、彼女は軽くぺこり、と頭をさげる。

「立華奏よ。改めてよろしく」

「ども、こちらこそ」

「ユイは逢坂とタメだから、敬語は使わなくていいぞー」

「あ、そうなんスね」

 俺も自分の名前を名乗りつつ、よろしく、と伝えておいた。

「まーあまりひでさんの嫁っていう自覚ないから、気にしないでおいでよ!」

「自覚はしろよ!? ってかしてください!」

「砂糖吐きそうなんでその辺にしてもらっていいッスか」

 フリーの身には目に毒すぎる。

 

 

 数十分ほどサークルの部室で談笑したところでチャイムが鳴り、数分後にはゆり姉と音無先輩と同じ髪色でもみあげに三つ編みにセミロングといった女の子が入ってきた。

「「ただいまー」」

「おー二人とも、お疲れさん」

「お疲れ」

「おかえりなさい、二人とも」

「おかえりでーす!」

「おかッス」

 俺達は総出で二人を迎え入れると、部屋を見渡したゆり姉に続いて入室した茶髪の女の子は、俺と目が合うと「あっ」と中原さんっぽい声を上げて満面の笑みを浮かべた。

 え、なに。なにその笑顔? おもっくそ何かありそうで怖いんだが。

 じりじりと詰め寄るその女の子に、俺も同じ様にソファでじりじりと後退する。

 ほどなくして、ソファの角に追い詰められた。

「……な、なんスか……?」

 俺は尚も詰め寄ってくる女の子に備えるべく、ソファの角で両膝を曲げつつ防御態勢を取る。

「初めまして、だね」

 ぽんぽんっと。

「………」

 彼女の手が、俺の黒髪に触れ、軽く叩く様にされた後、拒否をしなかったためか左右にぐしぐしと撫でられ始めた。

「えー……。なんスか、これ? 羞恥プレイ?」

「狼みたい!」

「その言葉さっきも聞いた……。なんスか、俺そんなに狼っぽく見えます? ゆり姉?」

 窓際の執務机が置かれた席へ座ったゆり姉の方へ、ヘルプアイを向けると「いまゆり姉って言った……!」と目の前の女の子は目をキラキラさせつつ撫でる速度を加速させる。摩擦で禿げるからやめい。

「まあ、狼よね。色々と」

「You a Werewolf?」

「人狼じゃないわ……わんちゃんよ」

 TK先輩に鋭い視線を送ると、隣に座っている立華先輩がまたおかしな方向へフォローを入れて行く。

「奏先輩がややこしくしていくぅ。それに対して結弦先輩の答えは?」

「うーん……シベリアン・ハスキー、じゃないか?」

「ああ、能美先輩の……」

「ヴェルカ!」

「ユイちゃん違うっストレルカだよー!」

「とりあえず……もう勝手にしてください……」

 俺は深いため息をつきつつ、未だに俺の頭を撫で続ける女の子に自己紹介をする。

「逢坂仁徳。名前は呼びにくいから苗字で呼んでくれ」

「わかったよ。わたしは音無初音! きみと同じ一年生だよ」

「俺の妹だから、よろしくしてやってくれると嬉しい」

「いや、こちらこそ……」

 音無先輩の言葉に、二人を交互にみつつ会釈をした。すると音無の方は頭から手を放す。

 そこでゆり姉がキィ、と回転イスを回しつつ、立ちあがり腕を組んだ。

「さて、と。とりあえず揃ったわね。これから外に出る。全員支度なさい」

「どっか行くのか?」

「お前を案内するために決まってんだろー? ほれ、行こうぜ」

「あ、あぁ……はい」

 ゆり姉に質問をぶつけたが、日向先輩が俺の肩に腕を回して答えてくれる。そして隣には音無が付いていて、ぞろぞろと部室から出て行く。

 

            ◇

 

 それぞれが駐車場に停めていた車に乗り込み、俺はゆり姉の車へと乗車した。

 どうやら音無先輩はバイクだそうで、後ろには立華先輩が乗っている。

 そのため音無は俺の乗る車の後部座席へ乗り込み、助手席に座った俺と運転席にいるゆり姉の間から顔を出すようにしていた。

「そうだ逢坂くん、去年までオンラインゲームやってたでしょ?」

「えっ?」

 今まではゆり姉と楽しく談笑していたというのに、音無は唐突にそんなことを聞いてくる。

 というかなぜ俺がオンラインゲームをしていると知ってるんだ。

「なんで分かった?」

「さっきからライン送ってるの知らない?」

「ライン? ケータイ……?」

「すっごくバイブ鳴ってるのに気付かなかったんだ」

 音無はにっこりと笑いながら、赤いスマホを取り出す。俺も懐からスマホを取り出すと、めちゃくちゃ着信があった。なんだこれ。十二件?

 そこには『みくっしー』と書かれた名前があり、テステスとか顔文字付きで送られてきていた。

「すまん、極小にして……。いや待て、どうしてあんたが俺のラインを知っている!?」

 そうだ。俺はゆり姉以外と誰ともアドレスを交換していないはず。

 だというのに、彼女は一体。

 そもそもみくっしーと言うのは、去年サービスが終了した狩りゲーのオンラインゲームで知り合ったプレイヤーだ。

 オフで会ったことはなかったが、なかなか話し易い相手とあって、メル友もといライン友達になったのである。

 ――つまり。つまり?

 俺は音無を指差して、

「みくっしー……?」

 そう訊ねると。音無は

「Yes! I am!」

 満面の笑みで頷いてから、それを肯定するのだった。

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