音無さんと逢坂くん   作:早乙女 涼

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 そろそろ中の人ネタと人物紹介を……!
 というわけで主人公を押しのけて初音ちゃんから行きます!!

 音無初音(18)
 結弦の妹。サブカルにドハマリしている大学一年生。
 ブラコンであるが、兄の恋人である奏にもべったりなシスコンでもある。
 天真爛漫な性格で、常に明るい。
 主人公の逢坂とはモンハンのオンラインゲームで知り合い、メル友となった。
 父子家庭だった逢坂の親が亡くなったあと、本人からのSOSにいち早く気付き、仲村ゆりを経由して音無家へ迎え入れる。
 特技はボードゲーム(特に麻雀)であり、連続和了するほどの腕前(という名の特殊能力)を持つ。
 趣味はゲーム、カラオケ(主にアニソン・ゲーソン)。ゲームでは三徹などをして倒れたり、カラオケでは喉を嗄らせるほど歌いまくる事もある。

 ※すみません、音無家の皆さんの髪の色をオレンジ→茶にしました! 瞳の色ですよねオレンジ……ほんとごめんなさい!(オレンジとか死神代行の人じゃないですか……)


みくっしーとハク

「……えー……」

 衝撃の事実を聞かされ、俺は頭を抱えながら俯く。

「つまり、あんたがみくっしーで、俺の元狩り友で、音無先輩の妹さんで、ゆり姉に俺を引き取る様に頼みこんだ張本人ってこと、か……?」

「その通りよ。まあ、私達もあなたを引き取る方がいいと思ったから、彼女だけのお願い、ってわけじゃないわ」

 ゆり姉はあっさりと肯定すると、俺は恨めしげに音無を見上げる。

「……なぜそんなまた、面倒くさいやり方を?」

「だってハクに会いたかったんだもん。きみが悪い子じゃないっていうのは分かってたからねー」

「リアルでハク言うな。恥ずかしい」

 ハクとは、俺がやっていたオンラインゲームのキャラクター名だ。そういうところを突かれると色々と痛いからその辺にしておいてほしい。

「まさかみくっしーが女だったとはなぁ……」

「ふっふっふ。変に話しが合ったのはお兄ちゃんがいてくれたお陰なんだけどねー」

「そうだったのかよ……」

 ちなみにみくっしーとはおよそ八年くらいの付き合いである。つまり、中二病の頃やら高二病に悩まされていた時期もきっちりかっちり覚えられているわけだ。

 あの面子の中で一番注意しなければならないのはゆり姉だと思っていたが、どうやら音無兄妹に切り替えなければならないみたいだな。

「どう? びっくりした? ねぇねぇ今どんな気持ち?」

「そういうのうぜー」

 つんつんと頬をつついてくる音無に、俺は苦笑いを浮かべながらトーンを上げて抗議する。

「まぁ初対面じゃないんだし力抜いていこうよってことだよー。ね、ゆりさん?」

「そうね。大体あなたの事は二人から少なからず聞いているから、他のメンバーも」

 時すでに御寿司(おそし)

「………」

「あ、灰になってる」

「……頼むから、これ以上は拡散禁止な」

「大丈夫、もう言わないよー」

 音無は苦笑いを浮かべながらもスマホをポケットにしまうと、俺も嘆息してスマホをポケットに突っ込んだ。

 山陽湖大学から出て、仲村旅館までの道のりを引き返す。

 どうやら温泉街に出るみたいだ。

 旅館の駐車場に車をとめ、温泉街へ。

 箱根ほどの賑わいはないにしろ、それなりに人はいる。雑貨や土産なども置いている店が多いため、殆どの買い物はここで済みそうだった。

「音無の家はどこなんだ?」

「ん? それはあとで分かるから大丈夫だよー」

「あとで? ……それってドゥオウフッ!」

 どういうことだ、と訊ねようとしたが、後ろから日向夫妻のタックルが腰に飛んできた!

「なんスか!?」

「いやあ、そこに逢坂がいたからさ」

「ついノリでタックルしちゃうんだよねー」

「闘牛ですかいアンタらは……」

 どつかれた腰をさすりつつ苦笑いを浮かべると、

「あんた達何してるのよ。おいてくわよ?」

 ゆり姉からの御叱りをくらってしまった。

 ため息をついて彼女の後を追うと、ぞろぞろとゆり姉を中心に音無先輩、奏先輩がつき、もうワンサイドには椎名先輩にTK先輩がダンスをしながら入り込む。

 やっぱりゆり姉がリーダーなんだなぁ、とそこで再確認した。

「あのさぁ逢坂」

「ん、なんスか?」

 嫁さんが音無との会話に入ってしまったため、手持無沙汰になった日向先輩は両腕を後ろ頭に持って行きながら俺の隣につく。

「……いーや、なんでもねぇ。――行こうぜ」

「え? ああ、はい」

 ぱんっと俺の背中を叩いて軽く走り出した日向先輩につられ、俺はゆり姉達のいる方へと走り出した。

 

            ◇

 

 その後小一時間温泉街を回ったあとに解散となり、俺は今、仲村旅館一階のとある部屋へと、親父さん達と共にやって来ていた。

 そこだけは旅館の客間とは全く違う造りをしていて、あまり手をくわえられていない様にも見える。

 テレビもなく、質素な和室の空間。父方の祖母ちゃんの部屋を思い出すくらい、落ち着いたものだった。

 一体ここは何の部屋なのか。

 ゆり姉達三人は真剣な表情をしつつ、礼儀正しく座礼する。

「クロハ様。本日は新たに我が家の者となりました、親戚を御紹介致します」

 親父さんはまるで神仏に語りかける様な言葉遣いで、その和室へと語りかける。

(神様でも祀ってんのかね……)

「仁徳くん、御挨拶を」

「はい。――逢坂仁徳と申します。どうかよろしくお願い致します」

 親父さんと同じ様に座礼を行うと、後ろから畳の床が擦れる音がした。

 姿勢を正し、振り返ってみると――。

 

「――………!?」

 

 言葉を失った。

(猫……猫、が、二足歩行してやがる……!?)

「んにゅ?」

 うおっ、目が合ったぞ今。

「新しい御客様かにゃ? 珍しいにゃあ。まだ梅雨時にゃのに」

(し、喋っとる……)

「――(ひと)くん?」

「えっ、アッハイ?」

 御袋さんに「何かそこにいるの?」と訊ねられ、俺はチラチラとその二足歩行している糸目の黒猫を気にする。

「いや、気のせいです。失礼しました」

 俺は嘘をつきつつ、親父さん達と共にその部屋の前を後にすると、襖を閉める時にするりとその猫も外へと出てきた。

「それじゃあ、戻ろうか。仁くん、実は今の部屋には座敷童子が住んでいると言われていてね。僕達はあの部屋を『奥の間』と呼んでいる。一般の御客様をあの御部屋へは入れないよう、君も気をつけてくれると助かるよ」

「分かりました」

 恐らく、親父さんが言っていた『クロハ様』という人物がそうなんだろう。

 こそこそと俺達の後ろをついて来ている猫も気になるっちゃ気になるが。

 エントランスまで戻ってきたところで、親父さんと御袋さんは俺とゆり姉へと振り返った。

「それじゃあ、僕達は仕事へ戻るよ。ゆり、仁くんのこと、よろしく頼むね」

「分かってる。これから送っていくつもりよ」

(……ん? 送ってく? 寮でもあるのか?)

 俺は目の前にいるゆり姉を見ながらそんな疑問符を浮かべると、親父さん達は微笑んで従業員用のエレベーターへと乗り込んでいってしまった。

「なあ、ゆり姉。送ってくってどこへだ?」

「まあ、追々分かるわ。行きましょう」

 ゆり姉はポケットから車のキーを取り出して人差し指に掛けると、くるくるとまわしながらエントランスから出て行く。

「あ、悪い。ちょっと手洗い」

「先に乗ってるから、早く済ませてきなさい」

「すぐ行く」

 ゆり姉と親父さん達の視線が消え、俺はエレベーターとは反対側の方向――手洗い場へと向かう。

 その曲がり角で立ち止り、今もなお後ろから付いてくる黒猫を待ち構えた。

「んにゃ!?」

 待ち構えていた事に驚いたのか、それとも自分が見えている事に驚いたのかは判らないが、ビックゥ! と身体を仰け反らせた黒猫の首根っこを掴み、持ちあげると、すぐに大人しくなった。

「で、誰だおめーは」

「おいらの名は(トラ)にゃ」

 よろしくにゃと器用に一礼してくる黒猫。

「で、どうしておみゃーにおいらが見えてるのにゃ?」

「いや、俺に聞かれても判らん。親父さん達はお前の事が見えなかったみたいだったが……。気の所為じゃなかったみてぇだな」

「そうだぬー。おいらはぶっちゃけ言えばガキの使いといったところかにゃあ」

「その番組名はあるからやめろ」

「そんなこと言われても困るぬぅ」

 しょんぼりとした黒猫……もといトラを解放すると、トラはその場で胡坐をかく。

「で、俺以外にお前が見える奴は?」

「おみゃーさんが初めてだにゃあ。見えるのも何かの縁にゃ。おいらはこの旅館にいるから、いつでも会いにくるといいにゃ」

「どこに居るかすら検討が付かないんだが」

「奥の間」

 トラの言葉に俺は(また座敷童子絡みか……)と嘆息しつつ、分かった、と頷いてから立ちあがった。

「それじゃ、ゆり姉待たせてっからそろそろ行くわ。またあったらよろしくな」

「またにゃー」

 トラもつられて立ちあがり、前の右足で手(?)を振りながら見送るのだった。

 

            ◇

 

 ――温泉街を抜けた、住宅地域。

 ぶっちゃけ駅から近いうえ、田んぼなどがあるからか、家々の感覚が広い。

 辺りを見回せば夕焼け空になっており、水の張られた田圃がキラキラと茜色に輝いている。

 そんな中の、山側にある大きな一軒家の前に、ゆり姉は車を停めた。

「ここが今日からあなたの住む家になるわ」

「……一軒家かよ……」

「まあ、保護者(・・・)も居るから安心しなさい。――入るわよ」

 俺は荷物を手にゆり姉の後に続くと、ゆり姉は家の玄関でインターホンを押した。

 ――その表札の名前を見て、「えっ」と声が漏れる。

『はーい。あっ、ゆりさん!』

「初音ちゃん、お待たせ。連れて来たわよ」

『今出ますね!』

 インターホンから音無の声が聞こえ、数十秒後に玄関の扉が開く。そこには音無の姿があった。

「二人ともいらっしゃい。入って入って!」

「お邪魔しまーす」

「……お邪魔します」

 ゆり姉はすんなりと入り、俺は恐る恐る入る。

「おじさん達帰ってる?」

「うん! さっき帰って来たよー」

「そう。助かったわ」

「……なあ、ゆり姉。これは一体どういう事だ?」

『初音、ゆり達が来たのか?』

「あ、お兄ちゃん。今きたよー」

 目の前にある階段の上から、音無先輩の声が聞こえて、それから下りて来る音が聞こえた。

「こんばんは、音無くん。お邪魔してるわ」

「ああ。逢坂もいらっしゃい」

「お邪魔してます」

「ハハ、何がなんだかわからないって顔してるな」

 音無先輩は軽快に笑うと、俺は苦笑して「いったい何なんスか……」と訊ねるが、「すぐにわかるさ。まあ入れよ」と上手い事かわされて階段横のリビングへと通される。

 そこには洗い物をしていた茶色の髪をした女性と、テレビの前で新聞紙を広げ、煙草を吹かしている少し長い茶髪をした男性がいた。

「あらゆりちゃん、いらっしゃい」

「おーゆりっぺ。ようやっと来たか」

 糸目の女性は微笑みながら迎えてくれ、気難しそうな表情をしていた男性は新聞紙を折り畳み、テーブル下へと入れた。

 二人はその場を離れ、俺達の方へと歩み寄ると、ゆり姉が俺の前から退く。

「初めまして、逢坂仁徳くん。私は音無美音(みおん)。結弦と初音の母です」

「親父の伊弦(いづる)だ。よろしくな」

「逢坂仁徳です。こちらこそよろしくお願いします」

 俺は二人を交互に見ながら一礼すると、伊弦さんが俺の右肩に触れ、ぽんぽんと叩いてきた。

 優しそうな親御さんだ。音無の明るさと音無先輩の大人っぽさは両親譲りなのか。

「……その様子だと、ゆりっぺから何も聞かされてなかったみてぇだな」

「はあ……。上手い事はぐらかされてしまいまして」

 すいません、と謝ると、伊弦さんはいやいやと手を振り、朗らかに微笑む。

「こんなところで話すのもなんだな。美音、茶を頼む」

「はいはい」

「まあ、適当に座ってくれ」

 そして、窓際のソファへと俺達は通され、ゆり姉の隣に座りつつ、前には伊弦さんと音無、シングルソファには音無先輩が腰掛ける。

「さっきも言った通り、今日からあなたは音無さんの家で過ごしてもらう事になったのよ」

「保護者っていうのはそういう事か……」

 ようやく合点がいった俺はなるほど、と相槌を打った。

「お前さんの大まかな事情はゆりっぺと初音、結弦から聞いてるぞ。ここを我が家だと思って気楽に過ごしてくれ。俺達も、お前を家族として迎え入れるつもりだからな」

「もう、伊弦さん。ちょっと堅過ぎですよ。仁徳くん? あまり気遣いとかしないでいいからね。お母さんと呼んでくれてもいいのよ?」

 うふふ、と美音さんは微笑みながら麦茶を出してくれると、俺は「ありがとうございます」と苦笑しつつ応えておく。

「何か聞いておきたいことはないかね?」

「えーっと……。特にありませんね。ただ……」

「ただ?」

「俺みたいな赤の他人を迎え入れてくれるのは凄く嬉しいんですが、面倒事が起こったらすぐにでも出て行きますんで。ご安心ください」

 とんでもなく失礼なことを言っているのは判っていた。伊弦さんは一瞬驚いた様な顔をした後、美音さんの方へ振り返った。

「……み、美音。こいつ、ウチの初音よりしっかりしてやがる」

「ちょっ、お父さん!? それどういうこと!?」

「まあまあ」

 伊弦さんの隣に座っていた音無が彼へとくってかかる。そんな光景を美音さんは微笑みながら見守っていた。

「えーっと……?」

「――逢坂くん、ひとつだけ言っておくわ。あなたが考えている様な面倒事は今後一切起こらない。というより、私が起こさせないわ」

「ゆり姉……」

 隣で俺を見て来たゆり姉はひとつ頷くと、

「あなたは仲村の人間になったんだから。当然のことよ」

 そう言って麦茶を一気に飲み干してから立ちあがった。

「それじゃあ、私はこれで。彼の事、どうかよろしくお願いします」

「ああ。任せときな。責任持って預かるぜ」

「はい」

 ゆり姉は一礼してから、伊弦さんの返答に微笑むと、リビングから出て行く。

 玄関のドアが開かれ、閉じられる音がした後、エンジンが掛かる音が響いた。

「……すいません、一方的で」

「まぁそう気にするなよ。さて、早速だがお前の部屋へ案内するとすっか」

「分かりました」

 俺は伊弦さんと共に立ちあがり、リビングを出て階段下まで行く。

「あー、ちなみにここを出て左がトイレと洗面所、風呂場になっている。上にもトイレはあるから、覚えといておくれ。目の前は俺の仕事部屋だが、あまり使ってないんでな。好きに入ってくれて構わねぇぞ。蔵書に興味があれば声を掛けてくれりゃ、貸してやる」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、上がるぞー」

 伊弦さんの後ろに付きながら、二階へと登る。

「ここの一番奥の左手の部屋が君の部屋だ。その正面は物置きになっているが、右隣りは結弦の部屋になってる」

「なるほど」

「んで、右の手前からトイレ、俺達の部屋、初音の部屋、物置きになってる。俺達の部屋の前の部屋は奏が使ってるから、気をつけてな」

「立華先輩もここで生活されてるんですか?」

「いーや、俺達が普段家を空けがちだからな。奏にはよく来てもらってるんだわ」

「そうなんですか」

「ま、とりあえず部屋へ入ってみるといい。荷解きくらいなら手伝うぞ」

「あ、いや。そんなに荷物はないんで……」

「んーそうか? そんじゃ、俺達は一階に居るから、困った時には下りてこいよ」

「ありがとうございます」

 それじゃあ、と言って伊弦さんは一階へと降りて行く。俺は彼の背中に一礼しつつ、踵を返して自室へと入った。

 十畳ほどの広々とした空間が広がっていて、ベッドや家具類は全て用意してくれていたみたいだ。寝具一式も窓際右手のベッドに乗せられている。

 反対側の左には勉強机も、恐らく音無先輩のお下がりと思わしきものが設置されていた。

(今まで二人で六畳間生活だったからな……。なんだか広く感じる)

 勉強机に手を置きながらも、俺は軽く袖を捲りあげて、入口ドアの脇に置かれた中サイズの段ボール三つを消化にかかる。

 なんでそんなに少ないかというと、親父の遺品や家具類は全て地元で売り払ってしまったのだ。だから、それなりの金はあるものの、この先要り用になることは間違いないので貯金する事にした。

 言うほど身だしなみには気を使っていなかったのもあり、春夏秋冬の衣類は大きい段ボールに詰め込んでおいたので、ドア横のクローゼットへと格納する。

 小物類……というより、文房具系と大学ノートなどが主なんだが……はペン立てと時計を勉強机に乗せ、デスクトップパソコンを売り払って買い直した新品のノートパソコンも邪魔にならない端に置いておき、引き出しなどにノートや電子辞書、文房具を入れて行く。

 残りの一つは就職活動用の道具。リクルートスーツやコート、シャツ、バッグに革靴といったものだ。

(スーツやコートはクローゼットに掛けておくとして、バッグと靴はまだ出さない方がいいか……)

 埃も被るとまずいので、スーツを購入した際に貰ったエコバッグ状のものにバッグを入れ、革靴は傷がつかない様に要らないタオルで巻いていたので、そのまま取り出してクローゼット下に置いた。

 全て空になった段ボールを折り畳み、スズランテープでまとめておく。

(そんなに時間はかからなかったな)

 たったの十五分ほどで荷ほどきを終え、俺はベッドメイクをしてから段ボールを手に一階へ降りる。

「すいません、段ボールどうすればいいですかね……?」

「それなら裏口に置いといてもらえれば大丈夫ですよ。一緒にゴミに出しておきますね」

「ありがとうございます」

「逢坂、まさかもう終わったのか?」

「え? ええ、まぁ。あまり多くは持ってこなかったんで」

「なにか必要になった時には言ってくれよ。買い出しも手伝うからさ」

「すいません、助かります」

 音無先輩に迎えられ、リビングへと入ると、先ほど座っていたソファでは伊弦さんと音無が3DSを広げていた。

「粉塵使うよー」

「ほいよーっと」

 ……モンハンかよ。

「裏口行ってきます」

「ああ、玄関出て左から回った方が早いぞ」

「うッス」

 俺は段ボール片手に外へ出ると、一匹の猫が歩いてきた。

 二足歩行で。

「……トラ?」

「こんばんにゃあ」

「おまえ、どうしてここに。まさか追って来たのか?」

「うみゅり」

 トラはさっきとは違う、ベージュ色の風呂敷を背負っていた。

「なんだその荷物?」

「実はにゃあ、おみゃーの事が心配で来ちゃったんだにゃ。あそこにはおいらを見れる人は一人くらいしかいないからにゃあ」

 ぶっちゃけ暇なのにゃと言われ、俺は首に巻き付けて持っていた風呂敷を解き、持ってやる。

「ここん家の人にはお前は見えないのか?」

「それは入ってみないと判らないにゃあ。あえて見えているのに無視するのか、それともほんとに見えていにゃいのか」

 やれやれ、といった様に肩(?)を竦めるトラ。

「まぁ裏口回るから、ちょっとそこで待っててくれ」

「わかったにゃ」

 トラは玄関口の段差によっこらしょっと声を上げて座りこむと、俺はため息をついて裏口へと回るのだった。

 

 

「あれ? ハク、その仔猫は?」

「ん?」

 再びリビングへと戻ると、キョトンとした音無の言葉に、俺は足元を見る。

「うおっ」

「ごめんにゃあ。段差がきつすぎてしがみついてたぬ」

 ふーっと額(?)の汗(?)を拭ったトラは、未だに伊弦さんと通信をしている音無を見た。

「どうやらおいらの事が見えるみたいだにゃあ」

「ああ、えー……。旅館で飼ってる猫らしいんですが、俺の後を追ってきちまったみたいで……」

 ダメっスかね、と膝を折りトラの頭を撫でてみせると、伊弦さんと美音さんは声をあげる。……は? 見えんの?

「随分細っちい猫じゃねーか。餌ちゃんと食ってんのかー?」

「あらあら。それではにぼしをあげないといけませんね」

「まぁ、うちも犬飼ってるしな。気にしなくても大丈夫だぞ」

「すいません」

 というかいるのか、犬。どこに居るんだ。

 伊弦さんはゲームする手を止め、俺とトラのもとへ歩み寄ると、トラの首根っこを掴んで持ちあげる。

「ふーむ……。まぁいいだろ。その代わり、しっかりお前が面倒見ろよ?」

「はい」

 ならよし、と伊弦さんはトラを解放し、腕を組んで笑いながら認めてくれた。

「良かったな」

「首の皮一枚繋がったぬー」

「ま、そろそろ飯だ。――おーい初音、ワンコ連れてこい」

「はーい」

 音無はすれ違いざまに「よかったね」といいつつ、二階へと上がっていく。

「あー、うちの犬は基本的に初音が面倒見てるんでな――」

 

『うあぁーっ! かぁいいよぅ~!!』

 

「……始まったか」

「こりゃしばらく下りてこないな」

 伊弦さんと音無先輩は天井を見ながらそんな事を会話しつつ、二人は3DSを改めて手に取る。

「あー……。呼び戻してきます」

「おう、よろしくな」

「悪いな、逢坂」

「いえ」

 俺は階段を上り、音無の部屋の前まで行く。

「音無、戻ってこーい」

 ノックしてみるが、ごろごろという音が部屋の中から聞こえて来るだけでなんの反応もない。

「……入るぞ?」

 幸い鍵もあいていたので、俺は入室する。

「――おう……」

 カーテンのしめられた窓際には勉強机が置かれ、その上にはデスクトップのPCが乗っている。

 そのすぐ後ろにはオレンジ色の寝具が綺麗に整えられており、ベッドサイドテーブルにはゲーム機やら漫画などが積み重なっていた。

 一方で、反対側には子犬のケージが置かれており、ベッド前にはテレビとデッキ。その下にはPS3やらゲームハードが入っている。ソフトは恐らく引き出しの中かなんかだろう。

 そして、当の音無だが。

 部屋の中心に敷かれた焦げ茶色のカーペットで、白い子犬を胸にごろごろと転がっていた。

 はぅう~とか唸りながら恍惚な表情を浮かべている彼女へと歩み寄り、俺はその場で屈みながら、

「……おーい。戻ってこーい」

 と語りかけた。当然無反応。

「こりゃだめだぬ」

「みたいだな」

 どうしたもんか、と後ろ頭を掻いたところで、トラが提案した。

「体力が尽きるのを待ってみたらどうだぬ?」

「尽きたところで、この後飯だからな。ガキじゃあるまいし、食事の場で寝るなんてことはないだろうが……」

 嘆息しつつ立ちあがり、俺は未だにごろごろ転がっている音無の尻を軽くひっぱたくと。

「きゃいんっ!?」

 犬みたいな悲鳴をあげ、ビックゥ! と音無の身体がブリッジ状に跳ねる。

 唐突な出来事に俺までビックリし、肩をビクつかせてバクバクと鳴り響く心臓を抑える様に胸元に手をやった。

「なんつー声出すんだ、あんたは……」

「ふぇ……? あれ……ハク?」

 ようやっと正気に戻ったようで、俺ははーっと安堵の息を吐きつつ「夕飯」とだけ告げると、子犬を抱えていた音無はあっとして声をあげる。

「あれから何分たった!?」

「五分も経ってないと思いますけどね……」

 女の子座りになった音無から目を逸らしつつ応える。

「はぁー。びっくりしたぁ。小一時間こうしてたことあったから、もうご飯終わっちゃったのかと思ったよー」

「そもそも、小一時間そうしてられるのはある種才能だと思いますよ……」

「……ハク、どうして敬語?」

「ぶっちゃけドン引きしてます、はい」

 可愛いとは思ったが、流石に十八歳の女の子がするもんじゃない。……いや、()だからまだいいのか?

 それに部屋着のスカートだ。部屋へ入った瞬間ちらっと見えてしまった無地のライムグリーンにちょっとした罪悪感からというのもある。

 ……無地とか言う辺りでちゃっかり見てました。すいません。

 音無はしょんぼりとしたように目を伏せてしまったので、俺はぽんぽんっと昼間の仕返し程度に彼女の頭へと触れた。

 そこで、彼女の髪の毛が数本、俺の手に引っ掛かってしまう。

 指で器用に解きつつ、俺は手を放すと、音無はふと顔をあげる。

 俺は話題を変えるべく、彼女が抱いている子犬を見た。

「で、その子犬は」

「ハクこそ、その子の名前は?」

「こいつはトラ。旅館に住みついてる猫なんですがね。どうやら俺に付いてきちまったらしい」

「よろしくにゃ。……聞こえてにゃいと思うけどぬ」

 そもそも、こいつの言葉は音無達にはどんな風に見えているのだろうか。ちょいと興味あるが、今は確かめる余地はないか。

 とにかく彼女を食卓まで届けさせるのが今の最優先事項だ。

「この子の名前はハクだよ」

「そうですかい」

「……実はきみの名前から貰っちゃったり」

「だろうと思ったわ」

 差し出された白い毛並みの子犬――犬種はプードルか。

 人差し指を差し出し、ぺろぺろと舐め出すハクを見て、俺は苦笑する。

「似てないでしょう、どう見ても。俺に」

「えー! そんなことないよぉ! 可愛いよー? ハクも」

「そいつは褒め言葉ですかい……?」

「褒めてるんだよ!」

 さいですか、とため息を吐きつつ、俺は立ちあがる。

「じゃあ試してみようか?」

「は?」

 スッと唐突にのばされた左手は、俺の左目めがけてやってくる。

「――ッ」

 条件反射で手が出そうになったが、その途中で相手は音無であるという理性が利き、防衛本能を抑え込んだ。

 俺は左目を閉じ、彼女の手を迎え入れる。

 彼女の細い指は俺の眉毛のすぐ下にある傷、上下の瞼にある傷に、まんべんなく触れた。

「……すごい傷。ハクの言ってたこと、本当だったんだね」

「……ええ。まぁ」

 俺は以前……というより、ネトゲで話した事を思い出す。

 この左目の傷は、とある事故で負った傷だった。

 中学時代では剣道、弓道、薙刀と、運動部系の部活を掛け持ちしていた。というより、総合武術部という名称だったためか、この三つが混ざった様な部活だっただけだったんだが。

 色々な資格が取れる高等専修学校に上がってからも剣道部と弓道部を掛け持ちし、それなりに継続していたからか、弓道は全国大会にまで上り詰める事も出来た。

 出場が決まり、自分のモチベーションが最高潮だった時の事だ。その出来事は、唐突に起きた。

 調理学科に通っていた俺は、調理実習の際、同じ学科の生徒によって左目を斬り付けられ、負傷したのである。

 結果、眉毛下の傷は四針縫い、上下の瞼は一針縫う事になった。

 失明はしなかったものの、瞼の機能低下によって視力が急激に低下してしまい、視力は0.01へ……。

 右目は通常の機能は保っているが、左右の視力差に因って、こちらも徐々に下がっていくだろうという診断が下された。

 最終的に出場は辞退となり、剣道部、弓道部からも退部。それからはリハビリなどに専念し、――気付いた時には、高校を卒業していたのである。

 ぶっちゃけ、ゆり姉を始めその関係者に驚かれなかったのは、音無がこの目の事をあらかじめ伝えてあったからかもしれない。

「痛くない?」

「大丈夫ッスよ」

 俺は両目を伏せると、音無は手を放す。

「で、どこが可愛いかっていうと。今みたいなとこだよ」

「は?」

「最初は何されるかわからない、みたいな感じでおっかなびっくりだったりするけれど、すぐにそれを大人しく受け入れちゃうあたりが可愛いんだよ」

「はあ……」

 よく分からないが……。

「大人しくするあたりに可愛げがある、と言いたいんスかね?」

「そういうことだよ」

 むふーっと胸を張り、ぽんっと右肩に手を置く音無に、俺は再三ため息をつく。

「とりあえず、夕食なんで。そろそろ行きましょう」

「わかった。ハクは先に行ってて」

「行かねーですよ。一人になったら二度手間ですから」

「それどういうことー!?」

「言葉通りの意味です」

 詰め寄る音無をさばきつつ、俺は部屋の外まで撤退する。

「あと、俺の名前は逢坂なんで。次からはハクという呼び方には反応しません」

「え、どうして?」

「そいつの名前でしょうが」

 小首を傾げて疑問符を浮かべた音無に、俺はその胸に抱きかかえられている子犬のハクを指差した。

「むぅ……。こうなるなら子ハクにすればよかったなー」

「子供はまだ早いんで……。あと、俺は子供産めませんからね……オスだし」

「そこはせめて男っていいなよ……」

 やばい。音無に初めて苦笑いされた。軽くショック。

「それを言うなら、わたしの呼び名だって変えてよ。お父さんやお母さんだって音無だよ?」

「あー……」

 音無先輩もそうか。でも、彼は彼で先輩と付いているからまぁよさげなんだが。

 日向先輩の嫁さんだって嫁さん呼ばわりだしな……。改めないといけないか? いや、だが一日二日で呼び方変えるのもおかしな話だ。

 ――でもまぁ、音無(こいつ)ならまだ大丈夫か。一応、顔というよりかはあの面子の中で一番気の知れてる相手だからな。

「――初音」

 思いのほかすんなり出た。それほど俺は彼女の事を信頼していたのか。自分でも驚きだ。

 一方で、初音(・・)の方は肩をびくっと震わせ、ハクを両腕で抱きながら顔を軽く赤くする。

「っ。お、おおぅ……。面と向かって恥ずかしげもなく言われると、なんて返せばいいかわからないね……これ」

「そうですかい。んじゃ、俺の名前は?」

「ハ……ひ、ひと……のり……」

「え? なんだって?」

 ぼそぼそ言うなよ。本当に聞きとれなかっただろうが。

 初音は顔を赤くしながら、俺の顔を見てから、

「ひ、仁徳!」

 と叫ぶように言った。

「はい」

「えっ?」

 すぐに返事をすると、初音はキョトンとした顔をする。

「どうしたんですかい、俺の名前を叫んで」

「え、いや、だってハ……きみが自分の名前はって言ったんじゃ……」

「いや、だから呼ばれたから答え……ん?」

 会話が噛み合ってない。

「えっと、名前……違う?」

「合ってますが……。どうして下の名前を? 俺は別に苗字でもよかったんですがね」

「………」

 げしっ!

()ってェ!?」

 脛を思い切り蹴られた!!

「紛らわしいっ!」

「あんたが質問の内容を履き違えたからでしょうが!?」

「おー、下まで響いて来たぞ。仁徳、大丈夫か? 特に足」

「骨が折れたかもしれません……」

 そう涙目で訴えかけると、階段を上って来た伊弦さんは「初音のキック力は並みの男子以上だからな。気をつけろよー」とだけ言って下りて行く。

「そう言うのは、早く、言ってもらいたかった……ッ」

 くおぉぉ……と唸り声をあげると同時、下の階から「ご飯ですよー」という美音さんの声が聞こえるのだった。

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