音無さんと逢坂くん   作:早乙女 涼

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 よ、ようやく上がりました……。第二章開始です。
 これからは旅館の描写も多めにしていきますので、どうかよろしくお願いします!


第二章 夏へ
優しさに触れる


 ――俺が山陽湖町へやってきて、早くも六日が経過した。

 つまり、今日はバイト初日と言う事になるのだ。

 職業適性検査では、接客業の適性ランクはCだったんだが……。

 今更ながら本当に、大丈夫だろうか。

 

            ◇

 

 早朝。時間は五時。

 臙脂色を基調とした、袖襟などには濃緑色のラインが入った仲居服と、同色のズボンという服装になった俺は、姿見でそれを整えていた。

「ふう……」

(この見た目でお客さんの前に立つのはデメリットしかないと思うんだが……)

 左目の傷痕に触れながら息をはいて気持ちを切り替える。

(――ともかく、任せてもらう以上、しっかりやらないとな)

 それが俺を迎え入れてくれた仲村家の人々へ対する、俺なりの恩返しだ。

 最後に襟をシュッと整え、俺は更衣室を出ると、そこには同じデザインの仲居服を着たゆり姉の姿があった。

「あら、結構似合うじゃない」

「そりゃどうも」

 彼女なりの御世辞だろう。俺はぶっきらぼうに応えると、彼女は腕を組んで「なによ、不満そうね」と唇を軽く尖らせる。

「いえ? どう見てもゆり姉の方がお似合いなんで、厭味と思っただけですよ」

「な、なによ。嬉しい事言ってくれるじゃない」

「……ちょろい」

「なんですって!?」

「なんでもねーですよー」

 ゆり姉は感情の起伏が激しい。俺はうっとうしげに威嚇してきた彼女をあしらう様にして廊下を歩いて行く。

 ここは丁度、バイクのガレージがある裏口――そこからプレハブ小屋のゴミの廃棄所を通って、中へ入ったすぐのところ、男子更衣室だ。この従業員通路をまっすぐ歩いて行けば右には事務所があり、左には女性の更衣室がある。その隣にはシャワー室があるものの使われる事は殆どないんだとか。

 そしてそのまま進んだところに岐路があり、左手には厨房。正面はエントランスホールまで続いている。

 俺は今日からこの道を通る事になるのだ。

「おはようございまーす」

「チャー、連れて来たわよ」

『おお、早かったな。入って来い』

 奥から東地さんの様な野太い声が聞こえると、俺はゆり姉と共に厨房へと足を踏み入れる。

 ズラッと調理器具の並んだ厨房の奥には、焦げ茶色の髪に無精ひげの目立つ男性が立っていた。

 格好としては俺と同じ板前服。だが腰には紺色の前掛けがある。恐らく調理長なんだろう。

「ども、新入りの逢坂です」

「ああ、話は聞いている。ここの板長を任せられてるチャーってもんだ、よろしくな」

「よろしくお願いします」

 チャーと名乗った男性に俺は一礼すると、ゆり姉が割って入って来た。

「私のひとつ下だから、仲良くしてあげてね」

「おう。ま、クロハ様からオーダーがあったら俺に伝えてくれよ」

「分かりました」

「じゃ、次に行きましょうか」

 ゆり姉の言葉と共に、俺達は厨房を出る。

「この前も言ったけれど、逢坂くんにクロハ様が見えている以上、クロハ様の御世話はあなたがすること。分かった?」

「それは料理の注文も然り、って事ッスね」

「そういうことよ」

 私には見えないもの、とゆり姉は少し残念そうな表情を浮かべながらも肯定した。

 その憂いを帯びた表情は彼女には似合わないだろう。俺はぽんぽん、と失礼ながらゆり姉の頭に軽く手を置いて撫でてやる。

「わかりましたよ、ゆり姉にできねー事は、俺に任せてください」

「ひあっ。……ん、ごめん。助かる」

(こういうところでは素直で大人しいんだなぁ、ゆり姉は)

 勝気な姐御肌なのか、それとも時たま見せるこの女の子らしいところが彼女の本質なのか。たまにわからなくなるが、少し可愛いと思う。

「ヘンに悩んでると、小皺が増えますよ」

「っ!」

 俺は彼女の顔を覗き込むようにしてみると、ゆり姉は茹であがったタコのように一瞬で赤面した。

「うっうっさいわね! 私だってまだ十九よ!? 確かに最近だらしないときもあったけど……って、何言わせるのよ!? そうよ髪の毛荒れてたわよ! 悪かったわね! 笑いたければ笑えばいいじゃない! あーっはっはっはって!!」

「……そ、そうッスか」

「っ……! なんというか、冷静に反応されるとこっちも困るわ……っ」

 正直ドン引きだった。まさかゆり姉に自虐癖があったとは……。

 俺は(どうしようこの義姉……)と思いながら両目を右手で覆った。

「なによその態度は!?」

「なんでもねーですよ……」

 はぁ、と嘆息した俺は話を切り替えるべく「行きましょう」と言って従業員専用の部屋へと入る。

 バイトの休憩室にも似たそこには、大きな横テーブルに六脚のパイプ椅子、壁にはホワイトボードが立て掛けてあり、窓を挟んだ反対側にはポットなどの御茶等のセットとテレビが上に乗った本棚があった。

 本棚の中を見れば……うわ、なんだこれ。少女マンガと少年マンガがばらばらに詰められてるじゃねーか。だらしねぇな。

「……なにしてるの?」

「気になるんでちょいと手直しを……っと」

 巻数と漫画の題名を分けながら棚に収めている様を、ゆり姉はパイプ椅子に座りながら観察している。

「変なところで神経質なのね、あなた……」

「どうせ相方の見つからない靴下があったら探しちまうタイプですよ、俺は」

 そんな例えをしたら、ゆり姉は軽く吹き出した。

「とにかく。ここに来る面子が暫くあなたと一緒に仕事をする人達になるわ。今日は来ない子もいるけれど、しっかり挨拶だけはしておきなさい」

「分かりました」

 ……そしてなんとか漫画をまとめて棚へ戻し終えると、ゆり姉は「お疲れ様」と言って、なんと御茶の準備をしてくれていた。あのサドの極みともあろうゆり姉が、である。

「ども」

 なんとか驚きを表情の裏側に隠し、礼を言う。

「逢坂くんから私に何か聞きたいことはないのかしら?」

「それじゃあ、一つだけ」

 俺はゆり姉から湯呑を受取り、彼女の対面の席へと座る。

 どうぞ、とゆり姉はお茶を飲みながら俺の質問を待った。

「クロハについてなんですが」

「……うん、そうね。あなたにはちゃんと話しておかないといけないとも思っていたわ」

 この一週間、まともにクロハについての話を聞く機会はまったくと言っていいほど訪れなかった。というより、親父さん達もどこか動揺した様子で、尋ねられる様な雰囲気ではなかった、というのが正しいか。

「クロハ様は、長い間この旅館に住んでいる座敷童子よ。本来なら仲村家の人間だけが見ることができて、そして彼女を見る事が出来る者がこの旅館を継ぐというしきたりになっているの」

「旅館を、継ぐ……」

「ただし、彼女を見る事が出来たのは殆どが女性なのよ。男性であるあなたが見えるのは前例がないことだし……」

「……なにより、俺はもとから仲村家の人間じゃないですしね」

「そういうこと。お父さん達も驚いてたわ」

 実際、仲村旅館では御袋さん――女将の方が立場的には上となっている。番頭である親父さんはその次、といった感じで、俺はここでその力関係についてようやく理解する事ができた。

「ですけど、俺に旅館を継ぐ権利は……」

「まだまだ先の事になるとは思うわ。けれど、あなたはクロハ様が見える以上、この旅館で働かなければならない」

 もとより、俺は仲村旅館(ここ)に就職する気でやって来た。だというのに、唐突に将来のお偉いさんになれと言われても、イマイチ実感が湧いてこない。本来なら俺は一番下で、親父さん達にしごかれながら生活している方が性に合っているのだ。

 だが、クロハという存在が他の人々に見えない以上、彼女とコミュニケーションが取れるのは俺のみ、ということになる。――俺の当面仕事は、彼女の存在が確かにいる、という事実を伝えていく事になるんだろう。恐らく、『御世話』という形で。

「……はぁ、大体わかりました」

『――つまり、逢坂くんは将来この旅館を継ぐということですな!?』

「うおぉっ!?」

 まるでどこぞのリーダーばりの『話はすべて聞かせてもらった!』と言うカンジでバァン! とドアを勢いよく開いて入室してきたのは、斉藤さん似の声をした金髪碧眼の美少女。

 彼女も仲居服だが、白黒のストライプのカチューシャや、花をモチーフにしたシュシュで後ろ髪をまとめるなど、えらく特徴的な髪型をしていた。

「(という事は、逢坂くんと結婚できれば女将になれて、将来安泰……!!)」

「欲望がだだ漏れッスよ……」

「将来安泰のために……うん。(よし、これで付け狙える……)」

 なんか不穏な言葉が聞こえたような……気のせいか。

「今日は早いのね、真実(まみ)

「もっちのロン! 男の子の仲居なんて初めてだから、早めに来ちゃった♪」

 うわ、あざとい。

 真実と呼ばれた美少女はテヘペロと言った様に小さく舌を出してウィンクしてみせる。俺は軽く引きながら、茶を飲んだ。

 見た所同年代のようだ。なら、あまり気兼ねなく接する事ができるだろう。

「逢坂くん、紹介するけれど、彼女はここのチーフ、菅原真実よ」

「紹介に預かりました、菅原真実ですっ! 好きなものは山の幸、苦手なものはゲテモノ系だよ! よろしくねっ」

「ども、よろしくお願いします」

「仕事に関してはふざけないから。あまり心配はしなくていいわよ」

「……信頼はできそうにねーですよ」

「まあ、とにかく。早速始めましょうか」

 ゆり姉はくすりと微笑むと、軽く袖を捲った菅原さんと共にスタッフルームから出る。

 

 

「お葬式の時もそうだったけれど、逢坂くんって何かと物覚えが良いというか、要領もいいのよね」

「そうですかい?」

 空室となっている部屋へ入り、部屋の掃除とベッドメイク。たったそれだけの事を淡々とこなしていると、唐突にゆり姉からそんな言葉を頂戴した。

 まあ、最低限の知識は事前に大学の図書館で調べたり、インターネットなどで調べてはいたのもあるけれど、介護施設などでのボランティアなどにも参加していた事があるというのも一つの要因だろう。

 実際にやってはいないが、従業員さんがしている所を何度も見ている。それがどこか焼きついたんだろうな。

「わたしなんて最初の頃は怒られまくってたのに……」

「まぁ、こういうのは慣れるまで大変だと思いますよ」

 俺の隣でせっせと布団のシーツを剥がして、廊下のリネンカートに入れる菅原さんは、辛い事を思い出したのだろう、若干目尻に涙を浮かべていた。

「敬語禁止。――そういえば、初音ちゃんは手伝わないの?」

「と言うかそれ以前に、どうして初音の名前が出るんですかい?」

「へ~。“初音”って言うんだ~。へぇ~。(ちっ、すでに敵が居たか……)」

 ……なんだろう、初音の預かり知らぬ所で敵を生み出してしまった気がする。

(すまん初音)

「まぁ同学年なんで、殆ど強制させられたようなモンですよ」

「そっか~。それじゃあわたしの事も呼び捨てで呼んでくれる?」

「いや、そいつはちょいと難題ッスね……」

「敬語禁止~! あと苗字呼びにさん付けも禁止ぃ~!」

 そしてその場で駄々をこね始める菅原さん。

 俺はゆり姉へとヘルプアイを送るが、彼女は気付いておらず一人仕事に没頭している。

 だが、チラッと俺を見たあと、呆れたように溜息をついた。

 ――で、それだけ。

 その後は「なんとかしなさい」と言う様に仕事に戻ってしまった。

 そして視線を戻せば、菅原先輩は涙目で俺を見上げてきている。

「……はぁ。なら真実先輩と」

「先輩はやめようよう~……魔法少女だったら死亡フラグだよう……」

(め、面倒臭ぇ……)

 俺は額に手を当てて天井を仰ぎ見る。少しだけ間を持って溜息を吐いていると、やや大きめの物音が立った。

 ゆり姉だ。どうやらカートを蹴ってしまったらしい。

「はぁ……」

 何度目かの溜息をつきながら、俺は菅原さんから踵を返し、ゆり姉の元へと向かう。

「真実、行くぞ」

 少し強く言い過ぎただろうか。真実からの返事はすぐにはやって来ず、心配気に振り向くと、彼女はぽーっとした様に呆けていた。

「阿呆面してねーで早く来てくださいよ」

「あっ、け、敬語禁止ー!」

 すると我を取り戻したのか、ハッとして立ち上がり、彼女は足早に部屋を出るのだった。

 

            ◇

 

 ――とりあえず、早朝業務は終了。残りは大学の授業を終えた夕方からだ。

 俺は最後にクロハの様子を確かめに行ったが、そこには白い布団が敷かれており、彼女はその中でスヤスヤと眠っていた。

 流石に起こすのも悪いと思ったのでそのままにしておいたが、『世話役』と言われた以上、本当にあのまま放置してもよかったんだろうか。

(あとで、ゆり姉に聞いておかないとな……)

 そんな事を思いながら、私服へと着替えた俺は裏手のガレージへと向かう。

 すると、そこにはすでに先客がいた。

 トラである。

「お疲れさんぬ」

「ああ。俺、これから一旦家戻るんだがどうする?」

 時間は丁度七時ぐらいだ。この時間ならギリギリ朝食に間に合いそうだな。

「クロハが起きるにはまだ早いけど、今日はここにいるぬ」

「分かった。またあとでな」

「気をつけてぬー」

 こうして俺は音無家へと戻る。

 

 

 ――俺がこの町へやってきて六日が経ったという事は、音無家の人々とそれだけの寝食を共にしてきた、ということである。

 つまり、音無家の誰が何時に起きるか等も大体の把握もできているのだ。

 一番分かり易かったのは初音だ。

 彼女は登校時間ぎりぎりまで眠っているタイプ。早めに起こしたとしても鬼のような形相で睨みつけてくるため、家族ですら寝起きの彼女とはあまり会話をしない。

 あの家の中で一番の被害者は、子犬のハク。

 この家へやってきて翌日の朝は、とにかく躾がなっていなかったために吠えてしまったらしい。

 だが、その声は一分も経たずに止み、それ以来一度も朝は吠えていないという。

 お分かり頂けただろうか。

 そう。つまり初音の『にらみつける』は相手の攻撃力を下げるのではなく、相手の戦闘意欲を削いで手持ちに返す事が出来るのだ。そしてこの効果は永続する。

(弱点は日光と騒音、あと可愛いもの(フェアリー)属性ってとこか)

 くつくつと笑いを堪えながらバイクにブルーシートを掛け、玄関のドアを開く。

 スニーカーを脱ぎ、それを靴用の棚へと置く。……現在あるのは俺のを含めた四足だ。だが、そのうちの女物の白いミュールは、初音や美音さんのものではない。そしてもちろん俺のものでもない。まずそんな性癖はない。

 美音さんと伊弦さんは仕事のため留守にする事が多いと聞いていた。そして実際、昨日から伊弦さん達は家を出ている。

 つまり、ここから導き出される答えは……。

(リビングには、まだ行かない方がいいな)

 恐らく現在進行形で甘ったるい空間が、音無先輩と立華先輩によって広がっていかねないからである。

 もしそれを目撃してしまったら最後、ブラックコーヒー三杯では済まされないほどの糖度を浴び続ける事になるだろう。最早被曝の類である。

「(……うっ、また胃痛が……)」

 以前目撃した……というよりも爆撃された二人のイチャラブトークを思い出してしまい、キリキリと痛み出した胃をそっと撫でてやりながら、そっと二階へ上るための階段をあがっていく。

(……そうだ、そういえばそろそろ胃薬が切れそうだったな……)

 時間が空いたら買いにいかねば、と思い、俺は階段を上り終えると……。

「……ひとのり……?」

 水色の寝巻を着込んだ初音が、ハクを抱いて眠そうな目をこすっていた。

「あ、ああ……。おはようございます」

 今にも倒れそうなほどの危うさを感じながら挨拶をすると、初音は腹に手を当てていた俺を不思議そうに見る。

「……おなか、いたいの?」

「いや、大丈夫ッスよ」

 ぼーっとした状態で問答を続けていると、不意に初音の力が緩む。

「――っと」

 ふらりとした時には遅かった。彼女は膝から頽れる様にしてその場に座り込む。

 幸い腕を伸ばしたので頭はぶつけなかったから良かったが、もしもの時の事を考えた俺は背中に冷や汗が伝う感触を覚える。

 目の前で眠ってしまった初音を見ていると、腕から脱出したハクが俺の足元に歩み寄ってきた。

「お前さんも大変だな」

 ぽんぽん、とハクの頭を撫でたあと、俺は初音を背負いあげながら、寝かせるべく彼女の部屋へと向かう。

(……まーたこんなに散らかしてんのか)

 床に散乱した少女漫画やDVDを見て、嘆息しながらも彼女をベッド上まで運ぶ。

 ベッドの上には携帯ゲーム機などが大量に置かれており、枕の周りが全部ソフトで埋め尽くされている。

 毒りんごを食べて眠りについた姫様の周りを、花からゲームソフトに入れ替えてみればこんな感じにはなるだろう。

 俺は袖を捲り上げ、まずは床に散乱した少女漫画やらを片づけ始める。

 元あった棚へと並べたり、DVDはタイトルの同じものへと移したりといった作業をてきぱきと終えると、次はベッド。

 彼女を起こさない様に最低限の注意を払いつつ、ソフトなどを回収してDVDと同じようにケースへ入れていく。

「んん~~……。おにいちゃん……?」

 そこで、薄ら目を開ける初音。

「いえ。ハウスクリーニングの者です」

 眠気MAXで、甘えた様な声をあげる初音に苦笑を浮かべながら答えてやると、「うそだ~」と軽く笑ってみせる。

「少しは自分で掃除してくださいよ。もう美音さん居ないんスよ」

「かなちゃんがやってくれるからへいきだよ~……」

 こと家事においては他力本願かよ。まったくこの干物妹(ひもうと)は……。

 フードでも買ってきてやろうか。縮むのかなアレ。

「ったく……」

 俺は苦笑を浮かべながらベッド回りの片付けを続行すると……。

 唐突に私服であるシャツを引っ張られた。

「うおっ!?」

「寝起きの女の子の部屋に入るなんてダメだよ仁徳」

 まるで俺がベッドへ上体から突っ伏す様な感じで、頭を初音に抱えられてしまう。

「ちょ、マジで起きてたなら言ってくださいよ……。あと汗臭いんでやめた方がいいですよ」

 そんな俺の制止も聞かずに、彼女はまるで犬を撫でる様に俺の頭を撫で始めた。

「お仕事お疲れ様」

「……まぁ、仕事は仕事なんで……」

(あぁ……こいつはまずい)

 ゆっくりとした口調。人に触れられている事の安心感。尚且つ頭を撫でられるこの心地よさ。

 ここ一週間は、殆どが浅い眠りで痛みを伴っていたためか、耐え難い睡魔が俺に襲いかかった。

「なら。ちょっとだけ、おやすみ」

「――――………」

 そんな初音の優しい声音に誘われてか、俺の瞼はゆっくりと閉じる。

 ――その時の夢は、どうしてかとても優しい夢を見た気がした。

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