剣技で桜が落とせたならば   作:阿部高知

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今回から更新速度維持の為、一話ごとの文字数が少なくなります。
おおよそ6000~8000の間になりますが、ご了承下さい。


第5話

 二年振りに出会ったバゼットは、相変わらずスーツ姿だった。

 女性としては長身の部類に入る彼女は男性モノのスーツを愛着しており、体格の良さもあってか時々男性と間違えられる事もある。実際、存在感を醸し出している胸部を除けば体格は男性のそれであり、プロボクサーの拳の速度時速四十キロの倍、時速八十キロを叩きだす筋肉も持っている。…………最早ゴリラじゃないだろうか?

 

「…………、……………………、…………ふぅ。取り敢えず一通りの魔法陣は描けましたが、本当にこの程度の規模で良いのですか?」

「ん、ああ。自分も疑問に思ったんだが、召喚自体は聖杯が行ってくれるからな。マスターは召喚のきっかけになる魔法陣を描けばいいだけなんだ」

「成程。…………しかし、そう考えると聖杯というモノは末恐ろしい」

 

 現在、俺とバゼットが居るのは冬木市新都にある姉妹館。此処は今から七十年前、フィンランドの名門エーデルフェルトが第三次聖杯戦争に参加する際、別荘として建築された館だ。宝石魔術を扱う金持ち故に外観や内装は豪華絢爛そのものだったが、エーデルフェルト敗退を機に破棄された。所有者自体はエーデルフェルトになっているが、管理人すら居らず正に幽霊屋敷と化している。

 当時は優雅だったであろうこの館も、七十年という歳月によって完全に腐敗が進んでいた。此処をバゼットの拠点にすると決めた日から掃除を続けていたが、初日なんて野良犬が入り込んで室内を荒らしに荒らしまくっていた。当然だが溜まっている汚れも相当なもので、家事など殆どしない自分が掃除を終了させるまでに一ヶ月掛かった程だ。無駄に広い所為で掃除するのも一苦労だった。

 もしも生きてロンドンに行けたなら、ライネスを通じてエーデルフェルトの現当主に文句を言ってやる。

 

「まあ何せ、千年もの間純血を守り続けてきた狂気の魔術師と、ほぼ最高レベルの霊地を保有する魔術師、サーヴァントなんていう人類の守護者のシステムを作り出した魔術師の共同開発品だからな。規格外も規格外、正しく聖杯と言うネームバリューに負けていない代物だろう。

 ただ、贋作ですらこれなんだから――――本物がどんな代物なのか、考えたくない」

「彼の聖人の血液を受け止めた器、円卓の騎士達が追い求めた杯、かの第三帝国が求めた聖遺物。それを形容する言葉は色々ありますが、その正体までは判明されていません。偽物だろうと万能の願望機を名乗れるのなら、本物を手にした暁には宇宙を掌握出来るのかもしれませんね」

「流石にそこまでは…………いや、有り得るな。SEIIBUTSUなら何が起こっても不思議じゃないから困る」

「何ですか、そのジャパニーズニンジャみたいなノリは」

 

 赤毛の絨毯を剥ぎ取り露出させた床にバゼットの魔力を編み込みながら魔法陣を描いていく。自分が沖田を召喚した時と同様、結界の作り自体は簡素なものだが――――英霊を呼び出す為の(あな)としては充分。

 バゼットが聖遺物として扱うのはルーンの刻まれたイヤリングだった。何の英霊の遺物かまでは教えてくれなかった(同盟相手にも自身のサーヴァントの真名は教えないようにしている)が、事前情報のケルト神話系列の聖遺物が正しいなら大分絞り込める。剣や槍、馬車を使う英雄は多くいても魔術を扱う英霊は存外少ないものなのだ。

 ケルト神話でルーンを愛用したのは僧であるドルイド達だ。栄華を誇った騎士達は主に武器を取って戦った。それ故騎士の中で魔術を知っている者は居ても使える者は極々僅かだった筈だ。……………………まあ、イヤリングに刻まれたのが加護のルーンだったら、別の術者が居る可能性も否めないんだけどさ。

 自分の知っている中でルーン魔術を扱ったケルト神話の英雄は二人居る。太陽神ルーの息子にしてケルト神話随一の英雄クー・フーリンと、その師匠であるスカサハだ。どちらも強力な英霊であり、魔槍ゲイボルグを扱う槍兵。

 幸いなのは同盟相手である事と禁戒(ゲッシュ)がある事か。ゲッシュさえ見破れば勝利に一歩近付く事だろう。

 

「さて、雑談はここまでだ。これからは一気に召喚に入るぞー。聖遺物は召喚陣の中央に置く」

「一応渡された詠唱は覚えましたが…………その、本当にこれで大丈夫なのですね?」

「大丈夫だって。実際お前も感じただろう? アサシンを」

「彼女ですか――――確かにあれ程の達人を私は見た事がありません。正直に言うと、一対一では勝てる気がしない」

「いや、腕前がどうこうとかじゃなくて、俺と彼女に繋がれたパスの事だったんだが…………」

「え? ――――あ、ええ、ああ、それは勿論、はい。しっかりと見ましたよ、しかとこの目に焼き付けましたとも」

「……………………」

 

 この脳筋魔術師、サーヴァントを知的好奇心とかじゃなくて腕前で見てやがった。

 思わずジト目で彼女を睨む。気まずそうに顔を逸らすバゼットだが、動揺が隠しきれていない。

 

『あー…………マスター。そろそろ月が出ますし、今日中に召喚するなら急いだ方が良いのでは?』

「そ、そうだな。よしバゼット、聖遺物を準備しろ」

「はい」

 

 一瞬何とも言えない微妙な空気が二人の間に流れるが、空気を見かねた沖田の念話によって立て直す事が出来た。ありがとう沖田。

 バゼットがポケットからイヤリングを取り出し、召喚陣の中央にゆっくり置く。その動きには聖遺物に対する慈しみが見てとれた。バゼットが扱う現代に残りし宝具――――フラガ・ラックはケルト神話の武器だ。出典が同じ事もあって、恐らくフラガ・ラックと同じように大事に扱っているのだろう。武器として消費してしまおうと考えている自分とは正反対だ。

 聖遺物を置いた次の瞬間からバゼットの纏う空気ががらりと変わる。いつもの見慣れた可愛らしい少女は、この瞬間に非道にして冷血な魔術師に変わった。

 ルーンの刻まれた革手袋を付け、魔術回路を起動させる。現役執行者としての威圧感が放たれ、それによって闘争精神が刺激される。ああ…………ダメだと判っているのに、殺気立ってしまうのが止められない。

 

『マスター。屋上に居ても判る程殺気が漏れていますよ』

「ん。済まないバゼット、ちょっと興奮してきちゃった」

「相変わらず血の気が多いですね。私が召喚するまで抑えておいて下さいよ」

 

 今度は俺がバゼットにジト目で見られてしまう。解せる。

 

 

 

「さて――――では、開始します」

 

 

 

 目を閉じて精神統一。言葉に魔力を乗せながら詠唱を綴る。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 室内を満たす魔力とエーテル。それの発生源はバゼットであり、聖杯と繋がった召喚陣だった。この光景を見るのは二度目だが、吹き荒れる魔力の量はかなりのもの。針の穴程度から漏れる魔力がこれなのだ――――聖杯本体は、一体どれ程の魔力を保有しているのだろうか。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する」

 

 彼女の薄桃色の髪が揺れる。左腕に刻まれた令呪が存在を主張するが如く光る。剣が向かい合うような形状の令呪は、まるで彼女のフラガ・ラックのようでありお互いを傷付けあうようだ。

 

「――――告げる(セット)

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 エーテルが集結し肉体を創る。霊体の身体に魔力が宿り、英霊の型を象っていく。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ――――」

 

 一瞬――――まるで獣のような、鋭い闘気が自分に当てられた。

 

「天秤の守り手よ――――!」

 

 一際大きな閃光と暴風の後――――バゼットのサーヴァントが現界した。

 

「サーヴァントランサー、召喚に応じ参上した。パスからするとお嬢ちゃんが俺のマスターのようだが…………ならテメエ、一体何者だ?」

 

 俺に対する、最大級の殺気と共に。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 星空が広がる空に浮かぶは、饅頭型の白い雲。月光に照らされたそれを目で追いかけつつも周囲への警戒は怠らない。

 現在、私が居るのはこれからの拠点となる幽霊屋敷の屋上である。この屋敷はマスター曰く半世紀以上の歴史があるそうで、人の手入れを受けていない植物達が目一杯蔓を伸ばしていた。

 屋敷の内部は風化が進んでいたが、屋上はそれほど酷いものではなかった。元々屋上は雨風に晒される為頑強に作られており、七十年という歳月を経ても立派に存在している。木材が腐る――――そんな事故も無く、屋上で戦闘を行っても五分は持つ耐久力があるだろう。

 私の召喚主であるマスター、明日香鏡治(あすかきょうじ)は同盟相手であるバゼット…………浦賀・幕の内? とかいうエゲレス人(英国人)の英霊召喚を補助している。

 今の世の中では男性が着衣する衣服を身に付けていたのが印象的で、薄桃色の髪と綺麗な白い肌をしていた。しかし、私が感じたのはそんな華奢な印象ではない。彼女と目を合わせたのは十数秒程度だが、その程度で判る程の力強さ。恐らくは私のマスターと同等程度の技量に驚いたのだ。

 マスターの実力は相当なものだ。剣の道に生きた修羅のように、人への容赦を感じず殺人を徹底して行える畜生。それと同等の事を、確かな意思を持って行える…………その意思の強さは、充分脅威に値する。

 

「彼女が同盟相手で助かりました。真っ向勝負でサーヴァントを加えて二対一になれば、勝てる気がしませんからね」

 

 思わず弱気な発言が飛び出してしまうのも仕方のない事なのだ。

 マスターが教えてくれた彼女の必殺技――――斬り抉る戦神の剣(フラガ・ラック)は、後出しの筈なのに因果を逆転させて先手となり、相手の必殺技を潰すという宝具だ。現存する宝具を扱っている事にも驚くが、何よりも恐ろしいのがフラガ・ラックの必殺技潰しだろう。

 私の無明三段突きも当たらなければ意味が無い。そもそも発生しなかった事にさせる彼女の宝具は、我々サーヴァントにとって鬼門に等しい。倒す術は必殺技以外で倒す事だが…………それをさせないのが彼女本人の技量である。

 一瞥しただけで把握出来た実力を考えると、アサシンである私が正面から撃破するのは相当困難の筈。マスターとの連携が必要不可欠であり、いかにして相手サーヴァントの助力を防ぐかが鍵となってくるだろう。

 

『いや、腕前がどうこうとかじゃなくて、俺と彼女に繋がれたパスの事だったんだが…………』

『え? ――――あ、ええ、ああ、それは勿論、はい。しっかりと見ましたよ、しかとこの目に焼き付けましたとも』

『……………………』

 

 …………どうやら下は下で盛り上がっているらしい。

 下衆の勘繰りかもしれないが、マスターとバゼットは特別仲が良いように思う。今までマスターが他の人間と会話するのを一度しか見た事無いが…………少なくとも、私に対する話し方よりも友好的なのは確かだ。

 まだ十日程度しか経っていない私よりも数年の付き合いである彼女と仲が良いのは仕方ない事だ、仕方ないのだが――――

 

 ――――自分のサーヴァントをほっぽり出して、他の女性と戯れるのは許せない。

 

「あー…………マスター。そろそろ月が出ますし、今日中に召喚するなら急いだ方が良いのでは?」

 

 声色だけ見れば善意からの発言のように見えるが、その実内心に渦巻くのは黒い感情だった。

 嫉妬…………ではない。只、敵になるかもしれないマスター相手にそこまで交友する必要は無い。それだけである。

 

『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』

 

 私の感情を他所に、サーヴァント召喚の儀式が始まった。

 マスターを通じ念話という形で詠唱が聞こえてくる。誰しもそうだが、人間は必ず大きな出来事をする際に隙が生まれる。特にサーヴァント召喚のような大魔術ではそれが顕著に現れてしまう。そんな隙を突こうとする外敵が居ても可笑しくない――――故に、それを警戒するのが私とマスターの役目なのだ。

 

『 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する』

 

 周囲五百メートル内に敵影らしき姿無し。この場に在るのは私と夜空に浮かぶ月のみ。吹き抜ける風と魔力だけが音を発していた。

 

『――――告げる(セット)

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』

 

 静かな夜に魔力が吹きすさぶ。それと同時、召喚陣の中から魔力と闘気――――そして殺気が溢れ出た。

 拙い、と呟いた刹那。霊体化を駆使し壁を貫通、マスターとバゼットが居る室内へ突入した。

 

『汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ――――天秤の守り手よ――――!』

 

「間に合え…………!」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「サーヴァントランサー、召喚に応じ参上した。パスからするとお嬢ちゃんが俺のマスターのようだが…………ならテメエ、一体何者だ?」

 

 目の前に現れた青タイツの男――――槍兵(ランサー)の英雄が放つ殺気は本物だ。

 過去の時代…………今よりも純度の高い神秘が存在し、人間が強大だった時代に生きた彼らは現代人の数倍強いだろう。魂の質と言うべきか、それが根本から異なるのだ。

 現代のように何もしなくとも充分生活出来る世の中ではなかった神代の時代、人間は強くあらねば生きていけなかった。その為に力を蓄え、種としての重みを増してきたのだ。それが薄くなってしまった現代人とは比べ物にならない程の威圧感と殺気。これが神代の時代に生きた英雄の圧――――。

 

 心地よい。まるで住みづらかった地上から海に還ることが出来た深海魚のように、呼吸がスムーズに出来る。

 

「…………ほう。俺の威圧を受けて尚笑うとは、テメエ中々やるな」

「お褒め頂き誠に恐縮。しかしながら、この程度で怯むとは――――思っていなかっただろう?」

「ハッ、違いねえ――――!」

 

 室内を満たす殺気の濃度が増す。肌は泡立ち、自然と抑えきれない闘気が溢れ出てしまう。

 冷静になって考えれば完全に彼が同盟相手のサーヴァントである事を忘れているが――――まあ、それも些細な事だ。今は()()()()()()

 

「フッ――――!」

「シャアッ!」

 

 槍兵の名に相応しい真紅の魔槍を具現化させ、獰猛な笑みを浮かべて襲いかかってくるランサー。それに応えるように腰の加州清光を抜刀し、槍と刀が交わろうとした――――その瞬間。

 

 

 

「収めなさい、ランサー。こんな狭い室内では貴方の槍は充分に振るえませんし、そもそも彼は味方です。戦う道理は無いと思いますが」

「マスターもです。これから味方となる相手と争って何があるのですか? 確かに時には衝突も必要でしょうが…………今はその時ではありません」

 

 魔槍はバゼットに掴まれ停止し、刀は沖田の言葉で静止した。

 言葉を投げかけられた事で沸騰していた頭が急速に冷えていく。考えてみれば可笑しな行為をしたもので、所詮ランサーからしてみれば挨拶替わりの殺気をスルー出来なかった俺の落ち度だ。

 ランサーと一度視線を合わし、大人しく武器を仕舞う。勇気を出して戦闘を止めてくれた彼女たちには感謝しなければならない。もしもあそこで止めていなければ、一戦交えていただろう。勝敗は…………七:三でランサーの勝利だろうか?

 

「いやあ、悪いな。結構できそうなヤツだったからよ、つい好戦的になっちまった」

「此方こそ済まないランサー。アンタの事を味方だと判っていたのに、調子に乗ってしまった」

 

 仲直りの意を込めて握手を交わす。力強さと共にカリスマのようなモノを感じて、英雄の本質をまじまじと魅せられた気がした。沖田は、ね。どちらかと言うと可愛さで周囲を従えるタイプだと思う。

 

「……………………」

「……………………」

「って、そこ。なんでそんな意外そうな顔をしているんだ?」

「いや…………だって、先程まで一触即発の空気だったのに握手しているんですよ? 流石の私もそれは出来ませんよ」

「アサシン、彼はそういうものです。切り替えが早いというか、異常なのです」

「慕われてるねえ」

 

 別にそこを指摘されるのは良いけどさあ…………そのしたり顔止めろ、ランサー。




唐突な終わりで申し訳ない。

因みに。感想や誤字報告等で上がっていますが、沖田の「一番隊隊長~」という台詞はFGO仕様です。組長かもしれませんが、今作では隊長とさせて頂きます。

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