端末より着信音が鳴り響く。ザンは端末を手に取り相手を見ると達也だった。
「はい、もしもし?」
『さっきのは何だ!?』
珍しく達也が動揺しているようだった。出る前に録音モードにしておくことを忘れていたザンはネタの回収しそびれた事を後悔した。
「何って言われても、何の話だよ。一つ思い当たる事はあるんだが…」
『それだ!先ほど小さい龍が現れて俺を守ったぞ』
「ああ、やっぱりそれか。それは研究中の『無限の小盾』のオプションの一つだよ。別魔法とも考えているがね。自動遠距離防御『
電話越しに達也が苛立っていたのが分かったザンは、簡単に種明かしをしていた。
「自動で動くんだけれど、俺は察知できないからな。厄介事に首を突っ込むお前で試すのが一番だろう?だから、今日学校でつけたんだよ」
『勝手に実験台にするな!一体いつそんな事をしたんだ?俺が気が付かないなんて…』
「ああ、あの時だよ」
それは、放課後に行きつけの喫茶店に寄った時間までさかのぼる。
-○●○-
「え、達也。論文コンペの代表に選ばれたんだ!?凄いじゃないか!」
「ああ」
幹比古が自分が代表に選ばれたかのように驚いていたが、達也はいつも通り冷静だった。エリカも、あまりに冷静な達也に思わず突っ込みを入れてしまう。
「ああって…。達也くん、感動薄すぎ。でも、代表は市原先輩と平河先輩、それに五十里先輩じゃなかったっけ?…あ、そうか」
エリカが気が付いた点を、達也も肯定した。
「ああ、そうだ。平河先輩は小早川先輩と共に、今は三高に短期留学している。来月末には戻ってくる予定のようだが、当然コンペには間に合わない。そのため辞退したそうだ」
「そこで市原先輩から指名されたのがお兄様なのです!」
立ち上がり右手を挙げ、まるで天啓を受けているかのような深雪。美月はどうしたら良いのか目線を泳がしており、エリカはため息をついた。
「…それで?何についての論文なの?達也くんのことだから、CADに関するもの?」
「いや、市原先輩と五十里先輩が進めていたのは『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその解決策』についてだ」
「それって、『加重系魔法の三大難問』の一つじゃなかったっけ?」
論文テーマを聞き、幹比古が驚きの声を上げる。レオは何かは理解できていないようで、首を傾げていた。
「ま、がんばれよ達也。論文コンペは手伝う事は出来ないけど、応援しているぜ。
「…?ああ、ありがとう?」
肩をポンとたたくザンに達也はとりあえず礼を言っておいたが、その後ザンからは特に物は受け取っていなかった。
-○●○-
『まさか、あの喫茶店の時のことか!?しかし何も見えなかったが…』
「見えたら守ることが出来ないだろう?ステルス効果には苦労したんだ」
達也は魔法式が見えていなかったことから、何らかの方法で遅延術式が発動した事を推測していた。
「『守護龍』は今回厳しめの条件としていたんだ。命にかかわる状態だったんだろう?何があった。俺に電話してきたんだ、問い詰められる事も考慮しての事だろう?」
『…ああ、そうだな。順を追って話そう』
達也の話では、古葉小百合が達也たちの家に来たそうだ。古葉小百合とはFLT本社に勤めており司波龍郎の愛人でもある。小百合は
「おいおい、現代技術で合成が難しいから『聖遺物』なんじゃないのか?それに、よくお前たちの前に顔が出せたものだな。お前が止めたんだろうけど、あの人の氷漬けができなくてよかったよ」
『部屋に行くように説得するのには苦労したがな。そこで…』
「ああ、大体分かったよ。大方お前が断って古葉さんが持ち帰ったんだろう?それで危機感の薄いあの人をお前が追いかけた。どうせ襲撃されたところをお前が救ったんだろう?」
『だが、腕利きのスナイパーがいた。この『守護龍』が居なかったら、どうなっていたかわからん』
「まあ、役に立ったんなら良かった。それでどうする?その『聖遺物』はどうするんだ?
『いや、叔母上に借りを作りたくない。今は持ち帰るしか無いが、恐らくFLTに持っていくことになるだろう』
「別にあの人は借りとは思わないだろうが…。まあいい。とりあえずお前が持っている間は、『守護龍』もそのままにしておくからな。お前に何かあると、深夜様も悲しむぞ」
『…分かっている。夏休みに久しぶりに会ったが、その、なんだ。俺に対する態度が大分変わっていたからな。俺も大切にしたいと思っている』
達也の独白に、ザンは思わず笑みを浮かべていた。父親の方は残念だが、せめて母親の方だけでも一般の家庭の様になって欲しいとザンは思っていた。どうやら心配は要らないらしい。
「これから、この件についても忙しくなるかもしれないな」
そう言ってザンは電話を切った。達也は断ったが、真夜に連絡しないわけにはいかない。なるべく『四葉』を関わらせないように、どう言ったものか。ザンには別の悩みが発生していた。
-○●○-
達也は論文コンペの資料を探しに、図書室に来ていた。そこで真由美にばったりあってしまった。
「そういえばリンちゃんのお手伝いに指名されたんだったわね。こんなところで立ち話してちゃ他の人に迷惑だし、中に入ろっか?」
口調は疑問形だったが、真由美は達也の腕を掴むと閲覧室に入っていった。
「達也くんにとっては急な話だったと思うけれど、今回のテーマはリンちゃんにとってコンペの勝ち負けにとどまらない意味を持っているから、よろしくね」
ウインクする真由美だったが、達也は居心地が悪そうだった。狭い部屋で肩を押し付けあっている状態だ。
「市原先輩は今回のテーマに、特別な思い入れがあるのですか?」
達也の疑問に、真由美は嬉しそうに指を立て答える。
「魔法師の地位向上。魔法師を経済効果の重要なファクターとすることで、魔法師は本当の意味で兵器として生み出された宿命から開放される。『重力制御魔法式熱核融合炉』はその有効な手段になるって、リンちゃんはずっと言っているわ」
「驚きました。市原先輩が俺とまったく同じ事を考えていたとは。こんなマイナーな思想の持ち主が身近に居るとは思いませんでした」
達也の心なしか嬉しそうな感想を聞き、真由美は不機嫌モードに入った。
「ふ~ん。良かったわね、リンちゃんと気が合って」
「いえ、別に気が合うとか合わないとかいう問題では無いと思いますが。市原先輩と俺では、方法論がまったく違うようですし」
「でも、基本コンセプトは同じでしょう?…達也くんて、実はリンちゃんみたいなのがタイプなの?」
悪い笑みを浮かべている真由美に、達也の頭の中は警鐘が鳴りっぱなしだ。この流れは、今までの経験上まずい事になる。
「はあ?」
「こ~んな美少女と肩を寄せ合ってお話をしているというのに、全然手を出す素振りも無いと思ったら」
真由美は立ち上がると身体をクネクネとよじる。
「ごめんね~。お姉さん、子供体型で」
達也はため息を吐くと頭上を指差す。
「俺に露出性癖は無いので。監視カメラの前で女性に手を出すような事はしませんよ」
「え?あ、えっと。じゃ…じゃあ、カメラが無かったら?」
動揺する真由美は、思わず呟いてしまった。
「もちろん、先輩の据え膳なら遠慮なくご馳走になります」
達也が冷静に返すものだから、真由美は顔を真っ赤にし出口付近まで後ずさった。なお、何故かこの時の映像と音声を深雪が持っており、後日達也は氷漬け一歩手前までいったという。
-○●○-
達也のホームサーバーにクラッカーからの攻撃があったことを五十里に話し、鈴音にも警戒するように会話したところで、風紀委員長になった花音が合流した。コンペの代表が産業スパイの標的にもなることを摩利から話があり、鈴音には服部と桐原が、五十里には花音がガードにつくとのことだ。摩利は達也にザンをガードに薦めたが不要と断っていた。
達也は五十里と花音を伴って備品の買出しに行った。店から出たところで、達也は二人に監視されている事を告げる。花音が周りに視線を向けると、一人が逃げ出した。
「待て!」
自己加速術式を使い花音は監視者に追いつきかけたところで、その監視者が振り向くと小さな何かを花音に放り投げる。二人の間に閃光が走り、花音は両腕でガード体勢を取らざるを得なかった。
監視者はその隙にスクーターに跨りエンジンをかける。目のくらみから戻ってきた花音が監視者に対し魔法を発動しようとしたところを、達也の『術式解体』が吹き飛ばす。
「達也くん、何をするの!?」
スクーターが進み始めたところで何故かスクーターは停止していた。
「!?」
五十里の魔法『伸地迷路』。タイヤの接地面と道路の電子分布を操作する事により、クーロン力を斥力に偏倚させ摩擦係数を近似的に零にしたのだ。
監視者は舌打ちすると、スクーターのスイッチを押す。スクーターの一部が変形しロケットエンジンが出てきた。
「あぶない!」
達也は叫ぶと五十里と花音を突き飛ばそうとした。爆音と共にロケットエンジンの炎が達也たちに襲いかかったが、複数枚の小さな盾がそれを阻んだ。
「よう、危なかったな」
「ザン!」
「なんだい、ありゃ?あんなの、もし転倒して引火でもしたら大爆発だぜ?産業スパイの話は聞いていたが、それだけじゃあ無さそうだな」
ザンが倒れていた達也たちを起こしながら舌打ちすると、達也も頷いていた。
-○●○-
「あ、達也くん。今日は早かったんだね」
赤毛のポニーテールの少女が帰って来た達也に声をかけた。エリカは視線を達也から美月に移す。
「視線を感じるんだってさ」
「視線?」
「…今朝からなんだか、嫌な視線を感じるんです。物陰からこっそり隙をうかがっているような、気味の悪い視線で」
若干顔色が悪い美月が、意を決したように語り始めた事から、達也もただ事ではない事を察知していた。
「ストーカーの類か?」
「私を狙っているんじゃなくて、もっとこう、大きな網を張っているような感じが…」
「特定の個人ではなく、当校の何かということか」
美月は自分の勘違いかもと考えているようだが、幹比古は美月の感覚が間違っていないと肯定していた。
「今朝から精霊が不自然に騒いでいる。多分誰かが『式』を打っているんだと思う」
そして、それは幹比古たちが使う『式』とは異なる、日本の『式』ではないということだった。
-○●○-
「それで、どうなっているんだ?密入国者の話」
『先月から今月にかけて相次いで発生しているのは伝えたわよね。それと時期を同じくしてマクシミリアンやローゼンといったCADの世界トップメーカーに部品を納入している企業が盗難にあっているわ。また、達也さんや古葉を攻撃したものの術式と今一高を監視している術式から、十中八九、大亜連合が絡んでいると思う。まだ、断定は出来ないけどね。他にもUSNAの影も見えてきているわ。ザン、私が後始末を受け持つから、貴方の思うとおりやりなさい』
「いいのか?いろいろと大変だろう?」
『何言っているの。貴方は自重とか苦手でしょうに。あの日だって手加減してくれないから、翌日は腰が痛いったら…』
「な、何言っているんだ!もう切るぞ、真夜!」
『うふふ。またね、だ~りん』
顔を真っ赤にしたザンは大慌てで電話を切った。深呼吸をした後に電話をしまうと、ザンは校門へと急いだ。達也たちが待っているはずだ。
-○●○-
放課後、達也たちいつものメンバーは一緒に下校していた。論文コンペの進捗などを話しながらであったが、達也は視線を感じていた。しかし学校の時とは雰囲気が異なる事から放置していた。尾行する価値が無いと分かれば済むかもしれない、そういった打算もあっただろう。良く立ち寄る喫茶店が目に入った。
「ちょっと寄っていかないか?」
「あ、賛成!」
「達也は、また明日から忙しくなりそうだしな」
達也の提案に、エリカとレオが乗った。
「そうだね、少しお茶でも飲んでいこうか」
幹比古も同様に頷いていた。これはエリカたちも尾行に気付いているのだろう。
喫茶店に入ると、各自がそれぞれ注文し、論文コンペについて話を咲かしていたところ、エリカがおもむろに立ち上がる。
「エリカちゃん?」
「ちょっとお花摘みに行って来る」
「おっと、わりい。電話だわ」
聞いてもいないのに、レオは立ち上がると外に出て行った。幹比古は紙に何か書き始めている。深雪の隣に座っていたザンの姿が一瞬揺らいだことを、達也は見逃さなかった。
「派手にやりすぎるなよ…」
達也は小さくため息をついていた。
-○●○-
「お~じさん、私とイイコトして遊ばな~い?」
コーヒーを飲み終えたところに声をかけられた男が振り返ると、エリカが笑みを浮かべて立っていた。
「何を言っているんだ、もっと自分を大切にしなさい。それにもう日も暮れる。人通りの少ないところにいたら、通り魔に襲われるかもしれないぞ」
「通り魔って、こんなヤツのことかい?」
退路を塞ぐようにレオが現れる。エリカも折りたたみ式警棒型CADを展開する。エリカのその身からもれる殺気が男を包み始める。
「ずっとつけていた様だけれど、何の用?」
「怖いねぇ。こういう所だけは大した女だ」
レオもプロテクターを兼ねたCADを装備する。男は深呼吸すると叫んだ。
「助けてくれー!強盗だー!」
「言い忘れていたけどよ、助けを呼んでも無駄だぜ?今はここに誰も近づかない」
「ていうか、近づけないんだけれどね。私たちの認識を要に作り上げた結界だから、私たちの意識を奪わない限りぬけだすことも出来ないよ?」
オールバックの男はため息を吐いていた。ハイスクールに通っている生徒に遅れをとるなど。
飲んでいたコーヒーの紙コップを男はエリカに投げつける。エリカが左手でコップを弾くと目の前に男が間合いを詰めていた。右手の隠しナイフの突きを二度かわし三度目をCADで弾く。
レオはエリカに攻撃している男の背後から攻撃をしかけるが、逆に男にかわされると蹴りを食らってしまった。
エリカが自己加速術式を用いてCADで殴りかかるが、男もかわし続ける。エリカが大振りになったところで、男は一旦間合いを離した。隠しナイフをエリカに投げつけ、弾かれると再度ナイフを構えたところでレオのタックルに吹き飛ばされた。
「おー、痛ってえ。機械仕掛けってわけでもなさそうだし、ケミカル強化か?」
「アンタも相当なものよ。さっき、まともに食らったでしょう?」
男が立ち上がろうとしたが、二人に囲まれていることもあり、諦めたのかそのまま座り込んだ。
「俺たちはただ、尾行の理由を聞きたいだけなのさ」
「わかった、降参だ。元々私は、君たちの敵じゃ無い」
そう言う男を、レオは睨みつける。
「よく言うぜ。あんたの攻撃、俺とコイツじゃなきゃ死んでるぜ。敵じゃ無いってんなら、手短にな。何時までも結界張らせておく訳にいかねーからよ」
「…良いだろう。ジロー・マーシャルだ。詳しい身分は言えないが、いかなる国の政府機関にも属していない。私の仕事は、魔法科高校生徒を経由して先端魔法が東側に盗み出されないように監視し、軍事的脅威となり得る高度技術が東側に漏洩した場合にはこれに対処する事だ」
「東側?あんた西側か。なんでそんな手間かけるんだ?」
「…この国の平和ボケは治ったと思っていたんだが」
ジローは立ち上がると拳銃をレオたちに向けた。
「動くなよ。…USNAでも西ヨーロッパ諸国でも、魔法工学を狙った東側のスパイが急増している。君たちの学校も、東側のターゲットになっているんだぞ!…さて、必要な事は話したと思うんだが、そろそ…」
ジローは退散の為に結界を解くよう言おうとしていたが、言葉が続かなかった。先ほどまでとは違う、濃厚な殺気が男を包んだからだ。
「てめぇ、
エリカやレオの後ろからザンが歩いてきた。濃密な殺気を纏ったままで。ジローは自らの死の未来映像が見え震えていた。ジローの視界からザンが消えると、ジローは右手に激痛を覚えた。いつの間にか回り込んだザンが、ジローの右手を握り砕いていたからだ。
「ぐああ!」
―そもそも、死ぬときは五体満足なのかな?―
余計な事を考えているエリカを親指で指差し、ザンはジローに言い放った。
「コイツらが先に仕掛けていたからな。それで許してやるよ。さっさと消えな。結界は俺が壊しているから、出て行けるぜ。ただ、おかしな素振りを見せたら、分かっているんだろう?スモークとか使ったら、その首へし折るぞ」
ジローは右腕を庇いながら、走って逃げていった。
「まったく、お前らはツメが甘いというか、なんというか」
「悪うございましたね!」
最後にザンに助けられてしまった事が悔しかったのかエリカはそっぽを向き、レオは頭を掻いて苦笑いを浮かべていた。
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