「達也く~ん、おはよう。明日は何時ごろ会場入りするの?」
朝一番、教室に入ってきた達也にエリカが笑みを浮かべて挨拶をしていた。
「俺は八時に現地集合、コンペは九時に開始だ。一高の出番は三時からだな」
「ふ~ん…。現地集合って、デモ機はどうするの?」
「デモ機は生徒会が運送業者を手配しているよ。…どうしてそんなことを?」
「いや、ちょっとね…」
歯切れの悪いエリカの後ろから声がかけられた。
「大方、授業をサボってまで新しい魔法をレオに叩き込んだのに、出番が無いのは嫌なんじゃないかな?」
「ザンくん!」
エリカは頬をポリポリ掻いていた。
「せっかく手取り足取り懇切丁寧に教えて、自分の恥ずかしい姿まで見せたのに出番が無いのは悔しいのかな?」
ゴン!鈍い音がザンの頭から聞こえた。顔を真っ赤にしたエリカの鉄拳がザンに降り注いだのだ。
「な…、何でそこまで知っているのよ!」
「あれ?冗談のつもりが当たった?」
「うっ…」
「いや、アレは事故だったんだ…!」
「アンタは黙っていなさい!」
鉄拳はレオの頭にも降り注いでいた。
「ゴメン、悪かったってエリカ。そんなに怒るなよ。…そうだな、警備を担当しないから俺は何も言えないが、
「そうだな。何か事件が起きたら
達也の言葉を聞き、一緒に話を聞いていた幹比古は苦笑いを浮かべ、レオとエリカはハイタッチしていた。それを見ていたザンがニヤニヤ笑みを浮かべていたのに気付いたエリカは、またレオの頭に鉄拳を振り下ろしていた。
「いでぇ!今の、俺は悪くねぇ!?」
-○●○-
「司波さん、お久しぶりです」
「一条さん」
横浜国際会議場。論文コンペの会場で一条将輝が深雪に声をかけたのだ。
「後夜祭のダンスパーティ以来ですね」
深雪の表情が一瞬曇ったが、それが分かるのは隣の達也ぐらいのものだった。
「ええ、こちらこそご無沙汰しております」
丁寧な深雪の返しに、顔を赤くして一条がわたついていた。
「天下のクリムゾン・プリンスも、女性の扱いは苦手と見える」
深雪の後ろにいたザンは、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「お前!?な、何をしているんだ!」
「俺はコンペの重要人物を護衛しているって訳さ」
「俺は要らないと言っているんだが…」
達也は軽くため息をついていた。風紀委員であるザンだが、今回会場の警備には含まれていない。十文字は、ザンが会場入りすることで良しとし、共同警備には組み込まなかったのだ。ザンの『護衛』は勝手にやっていることだ。おかしそうに笑っていた深雪は、改めて一条に向き直る。
「一条さんが目を光らせて下さっているのであれば、私たちも一層安心できます。十三束くんも頑張って下さいね」
目の前の二人の男性たちは、揃って顔を赤らめていた。これは男性コントロールは真夜並になるかもと、ザンは少し危惧していた。なお、この時ザンは平河千秋の姿を見つけていた。千秋は鈴音に言われた言葉を確認しに来ていたのだ。自分が達也を超える事ができるのか。その為に何かを此処で得られるのか。真剣な表情をしている千秋を、ザンは茶化すことなく見送った。
-○●○-
「現時点では、この実験機を動かし続けるために高ランクの魔法師が必要ですが、エネルギー回収効率の向上と設置型魔法による代替で、いずれは最初の点火に魔法師を必要とするだけの重力魔法式核融合炉が実現できると確信しています」
会場から割れんばかりの拍手が鈴音に降り注いだ。満足げに微笑む鈴音を見て、ザンは立ち上がった。他の発表の前にトイレを済ませておこうと考えたのだ。
ザンが用を足した所で爆音が響いた。地震の様に地面まで揺れている。ズボンのチャックを上げたところで男がライフルをザンに突きつけた。
「手を挙げろ。抵抗をすれば、どうなるか分かるな」
「…手ぐらい洗わせろよ、な」
言い終わる前に懐に入るとザンは男の鳩尾に左拳を打ち込んだ。男は悶絶して崩れ落ちた。
「ハイパワーライフルか」
ザンは銃身を折り曲げると、銃弾を窓から投げ捨てた。トイレから出てホールに急いでいると、銃声が鳴り響く。どうやらホール内で発砲があったようだ。ザンは苛立ちを隠せずホールに繋がる扉を蹴破った。ザンの視線の先には深雪と、その前に立つ達也。そして達也にライフルを突きつけ、発砲する男の姿があった。達也が右手を突き出し何かをする素振りを見せたが、その前に小盾が銃弾を阻む。
「ふぅざぁけぇるぅなぁ!!俺の
ザンの怒りの声がホールを震わす。正に龍の咆哮だ。出入り口付近にいた武装した男たちは、ザンの拘束に向かう。
「てめぇら、五体満足に死ねると思うなよ?」
近くにいた男にゆっくりと歩き出すザン。光の無い目に濃密な殺気を放つザンを見て、男は狂乱し乱射した。ハイパワーライフルの弾丸を全て小盾で防ぐと、ザンは男の首を掴み持ち上げた。
「が、がはっ。ぎ、ぎざま…」
「て、手を離せ!」
ザンが視線を声の方に向けると、別の男が女生徒に銃口を向けていた。
「阿呆が。この俺がいる場所で、俺以外に『殺し』ができると思うなよ」
「くっ」
発砲するが銃弾はすぐに小盾に阻まれた。それならば捕まえようと考えたのだろう。女生徒に手を伸ばしたが、男の手は小盾に阻まれた。
「宣告する。武装を放棄し投降せよ。さもなくば、
その言葉と同時にザンは濃密な殺気を武装している男たち全員に放った。仲間の一人を片手で軽々と持ち上げ、ハイパワーライフルの銃弾を無効化する化け物。そして自らの絶望的な未来を見せつけられ、男たちは武器を落とした。
「拘束しろ!」
ザンの言葉に、我に返った警備の人たちが男たちを拘束した。
「達也さん、お怪我はありませんか?」
レオやエリカ、ほのかなど、いつものメンバーが達也の下に集まる。
「ああ、問題無い。ザンのおかげでな」
達也は顎で階段を下りてくるザンを指した。
「これからどうする?」
好戦的な目をするエリカに、達也は小さくため息をついた。
「…正面入り口で、警備の魔法師と侵入者が未だ交戦中だ。逃げるにしても、まずそいつらを片付けないとな」
「まっていろ、なんて言わねーよな?」
嫌な予感というものは当たるものだ。エリカの目を見たときに、この状況は確定していたのだろう。
「別行動をして、無謀な突撃をされるより
物騒な言葉を残して、達也たちはホールから出て行ってしまった。ザンはあずさの前に片膝をつく。
「ザンくん?」
「
ザンは中条の右手を掴むと手の甲にキスをした。
「きゃっ」
「では、失礼します。生徒会長、お早めに」
ザンはそう残し達也を追いかけ出て行った。あずさは自らの手の甲を見て呆けていた。
-○●○-
横浜国際会議場正面口。銃弾がまだ飛び交っていた。柱から頭を出そうとしたレオの襟を掴むと、達也は後ろへ引き倒した。
「…敵は対魔法師用の高速弾を使っている」
「…達也、容赦無いね…」
「でも、おかげで命拾い」
幹比古の言葉に、的確な突っ込みを雫が入れていた。
「深雪、敵の銃をだまらせてくれ」
「は…」
「その必要はねーよ」
達也が視線を動かすと、追いついたザンがそこにいた。
「怒っているのか?」
「当たり前だ。それに既に宣告も済ませている」
「ホール以外のやつらは、知らないと思うが…」
達也の突っ込みを無視して、ザンは敵に姿をさらす。当然銃弾が降り注ぐが、全て小盾が防いだ。前傾姿勢になると、解き放たれた弓矢の如く疾走する。ザンが入り口まで走り抜けると、巨大な爪で引き裂かれた様な傷痕を残し絶命した侵入者たちの姿があった。
「出る幕が無かったぜ…」
不満そうなレオやエリカたちと、言葉を無くすほのかや美月の姿があった。
「…すまない、刺激が強すぎたかな?」
「…いえ、大丈夫です」
「わ、私も」
気丈に振舞うほのかや美月に、ザンは笑みを浮かべていた。思ったより、強い娘たちのようだ。
「それで、これからどうするんだ?」
「情報が欲しい。予想外に大規模で深刻な事態が進行しているようだ。行き当たりばったりでは、泥沼にはまり込むかもしれない」
「だったら、VIP会議室を使ったら?政治家などが会合に使う部屋だから大抵の情報にはアクセスできるはず」
雫の提案に、達也たち全員が乗った。
-○●○-
VIP会議室に入り、モニターにマップデータを映し出す。一面危険地帯と化している事が読み取れた。
「何これ!?」
「ひっでえな、こりゃ」
事態の深刻さについて、皆が同じ心境となった。
「お兄様…」
不安な面持ちの深雪に対して、達也は笑みを浮かべて頭をなでる。
「状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら、敵に補足されてしまうだろう。だが、脱出しようにも公共交通機関が動いていない」
「だったら、シェルターに避難する?」
幹比古の提案に、達也は賛同した。
「じゃあ、地下通路だね」
「いや、地上から行こう」
達也が地下通路ではなく地上から行く事にエリカは疑問を覚えた。しかし、マップデータを見て、何かに思い至ったようだ。
「それに、移動する前に時間が欲しい。デモ機のデータを処分しておきたい」
-○●○-
デモ機のデータ処分の為に、ステージ裏に到着した達也たちの前には、想定外の光景が広がっていた。
「何をしているんですか?」
達也も思わず言葉に出していた。真由美や摩利、鈴音といった多くの一高メンバーがそこに居たからだ。鈴音が振り返りもせず言葉を返した。
「データが盗まれないよう、消去しています」
「七草先輩たちは?」
「私たちだけ逃げ出すわけには行かないでしょう?」
笑みを浮かべる真由美に対し、達也は小さくため息をついた。扉が開くと巌のような男が入ってくる。
「司波、七草」
「十文字先輩」
「お前たちは先に避難したのではなかったのか?」
「データの消去をしているの」
相も変わらずな真由美に、十文字は眉をぴくりと動かした。
「…そんな大人数でか」
「他の生徒は中条に連れられて、地下通路に向かいました」
服部の報告に、達也がピクリと動いた。
「地下通路…?」
「何かまずいのか?」
沢木には達也の意図が読めないようだ。いや、一部の者たち以外は読めないのは仕方ないかもしれない。
「いえ、懸念に過ぎませんが…。地下通路は直通ではありませんから、他のグループと鉢合わせる可能性があります」
「遭遇戦…」
「そうなった場合、地下では正面衝突を強いられる可能性があります」
「服部、沢木!すぐに中条の後を追え!俺は他に逃げ遅れた者が居ないか、もう一度見回ってくる。桐原」
「はい」
服部と沢木は走り外に出て行き、十文字も桐原を連れて見回りに出て行った。五十里は達也に顔を向けると、他の機器のデータ消去を達也に依頼した。
-○●○-
データ消去作業が終了した一高メンバーは、一高用の控え室に集まっていた。
「港に侵入した敵艦は一隻、海岸一体は敵に制圧されちゃったみたい」
「あ~あ」
真由美の情報に、皆に分かるようにエリカがため息をついた。
「交通網は完全に麻痺。これはゲリラによるものじゃないかしら」
「…彼らの目的はなんでしょうか」
五十里の疑問に、真由美はモニターから目をそらさず続けた。
「横浜を狙った事から、ココにしか無い物が目的じゃないかしら。厳密に言えば、京都にもあるけど」
「魔法協会支部…!」
「正確には多分、魔法協会支部のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから」
摩利は、敵の目的の他に気になる点があった。
「救助船は何時到着する?」
「あと十分ぐらいで到着するそうよ。でも、人数に対してキャパが十分とは言えないみたい」
「うむ…」
鈴音の端末に着信があった。摩利が視線を鈴音に移す。
「シェルターに向かった中条さんたちの方は、残念ながら司波くんの懸念が的中したようです。敵の初撃は小さな盾が防いだらしく、また敵も少ない事から、もうすぐ駆逐できるそうです」
「『守護龍』が無事働いたようだな」
「達也、そういうのは言わないの。そうした方がカッコイイんだから」
達也の言動にザンは肩を竦めていた。ザンに何か言いたそうな摩利だったが、無駄と判断したのか皆に振り返った。
「…状況は聞いてもらった通りだ。船の方は、あいにく乗れそうに無い。こうなれば、多少危険でもシェルターに向かうしかないと思うのだが」
「わ、私も摩利さんに賛成です」
花音が手を挙げ賛同を示す。
「…お兄様?」
達也が壁を睨みつけていた。いや、壁の
達也がトリガーを引こうとしたとき、ザンが叫ぶ。
「達也!」
達也が視線をザンに移すと、ザンの眼は金色となっていた。ザンは視線を動かすことなく、首を横に振る。達也は頷くとシルバー・ホーンをゆっくりと下ろした。
「駄目!」
トレーラーが突っ込む直前、小盾の群れに進入を止められていた。完全に停止したところでトレーラー全体を小盾が覆う。覆ったかと思われた瞬間に小盾は消え、金色の湯気に覆われていた。
「byebye」
右手に炎のマークのあるグローブをしているザンは、右手でパチンと指を弾く。剛炎がトレーラーを包んでいた。
「今のは…」
真由美の言葉を遮るように扉が開くと、女性が入ってきた。
「おまたせ」
「も、もしかして響子さん?」
「お久しぶり、真由美さん」
驚く真由美に対し、柔和な笑みを浮かべる響子。なお、外では敵の揚陸艦からミサイルが発射されたのをザンは見ていたが、十文字が到着した事もあり手を出しはしなかった。尤も、そのミサイルを迎撃したのは、また別の人間であったが。
-○●○-
藤林響子が控え室に入ったのに続き、中年の男が入ってきた。達也や深雪、ザンも見知った顔だ。響子は達也に眼を向けた。
「特尉。現在情報統制は、一時的に解除されています」
ザンは小さく舌打ちし、達也は敬礼をした。真田に連れられて入ってきた十文字も、司波が敬礼している姿を見て驚きの表情を浮かべていた。
「国防陸軍少佐、風間玄信です。藤林、現在の状況を説明して差し上げろ」
「はい」
端末を操作し、モニターに映し出す。
「我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地へ急行中。魔法協会関東支部は、独自に自衛行動に入っています」
「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況に鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中であった我が隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官に出動を命ずる」
真由美や摩利、エリカにレオ、そして幹比古に美月。ほのかや雫など、皆表情が固まった。ザンは床を苛立ち紛れに蹴っていた。
「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解いただきたい」
「特尉、君の考案したムーバルスーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」
扉のところに立っていた真田に、達也は頷いた。達也が視線を響子に向けると、響子も頷いた。
「皆様には、私と私の部隊が護衛に就きます」
「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩たちと共にシェルターに避難してくれ」
そう言って扉に歩を進める達也の背中に、深雪は声をかけた。
「お兄様、お待ちください」
振り返った達也の下に深雪がつくと、深雪は両手で達也の両頬に触れる。達也は片膝を床に付き、まるで女王陛下に謁見する騎士のようだ。意を決した深雪は、目の前の達也の額に唇で触れる。
「うおっ。何だ!?」
「これって?」
想子が活性化し、まるで暴風のように吹き荒れる。収まると、深雪は笑みを浮かべた。
「お兄様、ご存分に」
「征ってくる。ザン、後は頼んだ」
「ああ、まかせておけ」
達也の手前そう言ったザンではあったが、達也を送り出すしかない自分に不甲斐なさを感じていた。