「駅までもう少しです。市民の皆さんは、そこまで避難すれば…」
藤林響子を先頭に、地上からシェルターに避難していた一行だったが、二台の直立戦車が行く手を阻んだ。
「はいはい、お約束お約束」
ザンは一気に間合いを詰めると、右の一台の右面に回り込みそのまま拳を振り抜いた。もう一台を巻き込みながら吹き飛ばされると、剛炎に包まれる。ザンの右手には、そのまま炎のマークがあるグローブが装備されていた。
一行が先に進むと、地面が落ち地下通路の一部が見えていた。どうやら先ほどの直立戦車の仕業らしい。
「皆は無事なの!?」
「会長たちは無事です」
幹比古が地下の様子を確認したことにより、真由美たちは一先ず安心できた。
「でも、この入り口からシェルターに避難は出来ないわね。…父の会社のヘリを呼びます。逃げ遅れた人たちを乗せて、空から脱出しましょう」
「私も父に連絡します」
真由美の提案に、雫も同調した。
「それでは、部下を置いていきますので…」
「それには及びませんよ」
エリカが「和兄貴」といって驚いていた。千葉寿和は、エリカに笑みを浮かべた後に響子に向きなおる。
「軍の仕事は外敵を排除することであり、市民の保護は警察の仕事です。我々がここに残ります。藤林さ…藤林中尉は本隊と合流してください」
「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」
笑みを浮かべ去る響子を見て、寿和はその姿に見とれていた。
「無理無理。和兄貴の手に負える相手じゃないって」
ニヤニヤ笑みを浮かべるエリカの言葉に同意したのか、寿和は肩を落とした。しかし顔を上げた寿和は意地悪い笑みをエリカに向ける。
「…そんな態度で良いのか?俺はお前に良いものを持ってきてやったんだぞ?」
「フン!」
奪い取るように寿和から刀を受け取ったエリカは、どこか嬉しそうだった。
-○●○-
残された市民とヘリの発着スペースを守るため、チームを分けて防衛に当たることになった。
「ザンくんは、ここに残っていて。何かあったときに皆を守れるのは、ザンくんだと思う」
「私も、ザンさんが残ったほうが安心です」
「お、おいおい…」
エリカや深雪の言い分に、ザンは閉口した。しかし、自分が後方に残ったままで深雪を戦場に出したとあっては、達也に後で何をされるか分かったものではない。ザンは大きくため息を吐いた。
「分かった。じゃあ、皆手を出して」
円陣を作らせると、ザンは右手を出した。
「必ず、無事に帰って来るんだぞ。無理はするなよ」
「まっかせて」
「おう」
「がんばるよ」
エリカやレオ、幹比古と皆がザンの手の上に手を乗せていく。五十里も乗せたが、花音は嫌がった。
「嫌よ、何でそんな恥ずかしいことしなくちゃいけないのよ!」
「七草先輩、五十里先輩の手って、スベスベして気持ち良いらしいですよ?触ってみませんか?」
「あら、そうなの?それじゃあ…」
「だめー!啓は、私の!!」
明らかにウソくさい小芝居に引っかかり、花音も手を乗せた。皆が手を乗せたところで掛け声をかけた。
「よし、行って来い!龍の加護があらんことを」
「そこは、神じゃないの?」
エリカの突っ込みを、ザンは聞かないことにした。
-○●○-
「どうにか避難できそうね」
ヘリの到着に笑みを浮かべる真由美だったが、雫がその奥に何かを見つけた。
「いなご?」
魔法で駆除を試みるが、効果が無かった。
「化成体!?」
それに何か意思を持っているかの様にヘリへ向かう。エンジンの吸気口にでも入り込んだら、ヘリが墜落してしまう。あわやというところであったが、想子の光と共にいなごの大群は消え去った。
「あれは…達也さん?」
黒いスーツに身を包んだ者たちが、空に浮かんでいた。ほのかたちは、その内の一人が持つCADに見覚えがあった。
-○●○-
「リンちゃん、ウチのヘリもすぐに来るから…」
北山家のヘリが飛び立った後に、真由美が鈴音に声をかけようとしたが、続ける事はできなかった。
「動くな!」
ゲリラ兵が鈴音を人質にし、ナイフを突きつけていたからだ。もう一人は片手に手榴弾を持っている。
「なるほど。機動部隊で戦力を前方に引き付け、脱出後人数が減った後ターゲットを確保ですか」
「ほう、頭の回転が速いな。本作戦に先立ち、大勢の同志が確保された。お前には、その解放の為に人質になってもらうぞ」
「そんなこと、させるわけねーだろ」
ザンが真由美の前に立つ。
「ザンくん」
「すみません、市原先輩、七草先輩。このような事態になってしまって」
「動くなといっているだろう!!次に動いたら…」
男が言い終わる前に、ザンは間合いに入ると手榴弾を持っている男を蹴り飛ばす。盗った手榴弾のピンを抜くと、そのまま蹴り飛ばした男のほうに投げ捨てた。
「き、貴様!」
鈴音を拘束していた男はナイフを鈴音に突きたてようとしたが、小盾に阻まれた。
「!?」
ザンは男の左わき腹に右拳を叩き込み、拘束が緩んだところで鈴音を引き剥がすと、そのまま左拳で顎を上に打ち抜く。
「ぐはっ」
奪ったナイフを崩れ落ちる左胸に突き立てたのと同時に、奥では爆発音がしていた。
「さて、行きますか」
満面の笑みを浮かべるザンに、真由美と鈴音は苦笑いを浮かべるしかなかった。
-○●○-
「あ、来たんじゃない?」
ヘリ特有の音がするが、姿が見えない。深雪の端末には真由美からの電話がかかっていた。
「深雪さん、ロープを下ろすからそれにつかまってくれる?」
どうやら魔法でヘリを周りより見えないようにしているようだ。まるで光学迷彩だ。深雪たちを回収したヘリは、続けて摩利たちの回収へ向かう。
敵兵の反撃に、摩利たちは防戦一方になっていた。反撃の隙をうかがっていると、敵兵たちに、ドライアイスの弾丸が降り注ぐ。花音の端末からコール音がなる。ディスプレイには真由美の名前だ。
「七草先輩!」
一瞬、気が緩んだのだろう。しかし桐原と五十里は悪夢を見た。まだ敵兵は残っていたのだ。銃口が紗耶香や花音に向けられていると考えた桐原と五十里は、それぞれ紗耶香と花音を守るために立ちはだかる。銃声が轟いたが、銃弾が届く事はなかった。全て小盾が弾き返していた。
「!?」
敵兵が驚いているところに、小さな龍が降り立った。いや、敵兵にはそのように見えたのだ。怒りを隠さない、ザンの姿を。ザンは右手を敵に向けると『龍の氣』を解き放つ。全身の『龍の氣』を右手に集めると小さく呟いた。
「ドラゴン・ブレス」
敵兵がいた一帯は焦土と化し、アスファルトから戦車の残骸を含め、全て燃え尽きていた。声を無くしていた摩利たちにザンは振り返ると、ため息をついた。
「まったく、桐原先輩も五十里先輩も、カッコつけすぎですよ。それで怪我したら、そちらのお二人はどうなると思っているんですか?最初に言ったじゃないですか。無理はしないようにってね」
「う、うるさい!べ、別にカッコつけていたわけじゃ…」
「はいはい、愛しい紗耶香の為ですものね、分かっていますよ」
「貴様、そこに直れ!」
桐原がザンを追いかける光景を見て、皆緊張が解れたようだ。真由美はヘリの中から、あまりに緊張感の無い下の光景を見てため息をついた。
-○●○-
避難途中の七草家のヘリで、美月の身体はビクンと震えた。
「どうしたの?」
「ベイヒルズタワー辺りで、野獣のようなオーラが視えた気がして…」
ヘリがベイヒルズ付近を飛んだ際に、摩利も視認できた。
「あいつは!」
「あの時の人だね。摩利…」
「ああ、あいつは私たちがしとめる!エリカ、西城。お前たちにも手伝ってもらうぞ。ザンくんはヘリの護衛を頼む」
「もちろん」
摩利の無茶振りに、好戦的な笑みで頷くエリカ。深雪は小声でザンに話しかける。
「ザンさん…」
「分かっている。俺も行くよ」
-○●○-
防衛に当たっていた義勇軍を吹き飛ばし、車を大破させ突き進む呂剛虎の前に、摩利や真由美、エリカにレオが立ち塞がる。壮絶な笑みを浮かべた呂は、摩利に向かって走り出した。
「はあ!」
横からエリカが山津波を呂めがけ放つが、呂は振り返ると両手で受け止めた。レオの追撃を呂はかわすと、そのまま蹴りをレオに放つ。レオに蹴りが直撃する前に、ドライアイスの弾丸が呂を襲った。一瞬体勢を崩す呂だったが、すぐに持ち直すとレオを吹き飛ばした。レオは直前に硬化魔法を使用した為、即死は免れたようだ。
「このお!」
エリカの上段からの一撃を、呂は横にかわした。
―かかった!―
振り下ろされた刀は、そのまま呂目掛け跳ね上がる。所謂ツバメ返しだ。しかし、呂は拳で刀をいなすと、掌底でエリカを吹き飛ばした。
呂の身体がビクンと震えた。そして、またあの壮絶な笑みを浮かべた。視線の先には、エリカを受け止めたザンがいた。
「ザンくん!ヘリの護衛を頼んでいただろう!?」
「ヘリは『無限の小盾』で守っていますよ。その分、こっちに回せなかったですけどね」
エリカを下ろすと、エリカが持っていた刀、大蛇丸を拾うと肩に担ぐ。
「エリカ、コレ借りるよ。それじゃ、ソイツの相手は俺が務めますよ。他の人は手を出さないでね~」
「馬鹿を言うな!そんな…」
エリカは苦しそうながらも頷き、摩利は言葉が続けられなかった。呂は既にザンを敵として認め、走り始めていたからだ。ザンも走り出し、お互い間合いに入った。
「!?」
互いに間合いに入り、呂は目の前のザンに右拳を突き出そうとした瞬間に目の前からザンが消えた。ほぼ勘で目線を下げると、ザンが斜めに切り上げる体勢だった。呂は後ろに飛び退こうとしたが足が動かない。上半身を反らそうにも、身体が言う事を聞かない。その時、呂は悟った。ああ、
ザンは斜めに切り上げ、その勢いで立ち上がると呂に背を向けたまま刀の血をふるい落とした。呂はゆっくりと仰向けに倒れ、身体であった部位が分裂して崩れた。
「袈裟切り、横薙ぎ、逆袈裟の三連撃、なのか。私には最後の動きしか見えなかった…」
―私もそうだけれど、何か悔しいから言わない―
摩利の言葉に心の中で同意したエリカだったが、自らの得物を自分より使いこなせる者を認めたくも無かったのだろう。
「それにしても、流石『龍の刀』だ。あの…」
「『龍の刀』!?」
今度は摩利の言葉にエリカは跳ね起きた。ダメージは残っているが、そんなものは関係無い。
「ザ…」
「そういえば、深雪は?先に降りたんじゃないのか?」
「深雪さんは先に中に入りましたよ?」
「あのお姫様は!」
ザンは舌打ちすると、魔法協会支部の中に消えていった。放り投げられた大蛇丸を受け取ったエリカは、声をかけるタイミングを逸して地団太を踏んでいた。
-○●○-
「ここが、魔法協会支部…」
扉のセキュリティを端末を使用して開放させると、男は扉をくぐった。その時に悟る。この異様な冷気は何だ。
「これが『鬼門遁甲』ですか」
「司波…深雪…」
「私をご存知という事は、ここしばらくお兄様に付きまとっていたのは、貴方なのですね」
陳は『鬼門遁甲』が破られるとは思っていなかった。居るはずが無い人物が、ここに居る。
「警告を受けていました。方位に気をつけなさい、と。正直なところ、それだけでは意味が分からなかったのですが、方位に気をつけなければならないなら、三百六十度全ての方位を警戒していれば何とかなると思いました」
「っ!」
「幸いこちらには、見えないものを見える魔法師が居ましたので。術によって『見えない事にされている貴方の姿』も、見えたというわけです。とにかく、貴方がのぞきの張本人なら、貴方に居なくなってもらえればしばらく安心できるというものです」
深雪が微笑む。端正な顔立ちの女性が微笑んでいるにもかかわらず、陳は恐怖しか感じなかった。そうして、陳の氷像ができあがった。
「しばしお休みください。私も色々上達しましたので、ずっと眼が覚めないということは無いはずです」
「深雪ー!」
「ザンさん?」
陳の氷漬けが出来た直後、ザンが部屋に飛び込んできた。深雪の無事な姿を確認すると、ザンは深雪の下に駆け寄りそのまま抱きしめる。
「きゃっ。ちょ…ちょっと、ザンさん!?」
「良かった…。無事で良かった…!」
この異世界から来た男は、まだ自分が子供か何かと勘違いしているのでは無いだろうか。自分は立派な魔法師であると分かっていないのでは無いだろうか。ただ、自分を心配して来てくれたのは事実だろう。深雪は自分の顔の温度が上がる事を自覚しながら、ザンの背中に手を回した。
-○●○-
作戦が失敗した敵揚陸艦は、残存兵力の回収を諦め逃走を図った。しかし、その揚陸艦も房総半島と大島の中間を過ぎた辺りで魔法により轟沈した。
大亜連合の鎮海軍港には多数の艦艇が集結しつつあった。しかし、こちらも魔法により
「先ほど、次の日曜日に事情説明に伺いたいと、風間少佐から連絡がありました」
葉山からの報告を、真夜は紅茶を飲みながら受けていた。
「そう。じゃあ、達也さんと深雪さんもその日に来てもらいましょう。楽しみね、早く二人に会いたいわ」
「真夜」
「本当に、楽しみ…」
「真夜!」
「…何よ。別に他意は無いわよ?」
あさっての方向を向く真夜を後ろから抱きしめるザン。
「だから、魔法協会支部のことは誤解だって言っただろう?あの陳が居たんだ。無事を確認して思わず…」
「抱きしめたのよね?」
真夜の冷たい声に、ザンは目を泳がした。目があった葉山は、おじぎをすると、そそくさと出て行ってしまった。
「私というものがありながら、抱きしめたのよね?」
「だから、悪かったって。許してくれよ。俺が愛しているのは、真夜だけなんだ」
背後から離れると、真夜の正面に回り、片膝をつく。真夜の左手を取ると、両手で包み込んだ。
「達也も深雪も、俺にとっては親友なんだ。無事である事を喜ばないわけは無いだろう。そして、俺が愛している女は、お前だけなんだ、真夜」
「…わかったわよ、信じてあげる。それに無事である事を喜ぶ事は理解できるつもりよ。貴方が無事に帰ってきてくれて、私は嬉しいもの」
二人が惹かれあい、そのまま口づけを交わした。ザンは一安心したところだったが、真夜が意地の悪い笑みを浮かべていることに一抹の不安を覚えた。
「真夜?」
「せっかく達也さんや深雪さんに来てもらうのだから、姉さんや穂波さんも来てもらいましょう。そして、私たちの事を達也さんたちに聞いてもらいましょうよ」
「だから早いって、前に話し合ったじゃないか」
「うふふ、そうだったかしらね?」
「おい…」
真夜の真意は分からないが、次の日曜日は荒れそうだと、ザンは嘆息した。
横浜騒乱編、無事完了しました。
次の機会がありましたら、またお会いしましょう。
(お、来訪者編のコミカライズも始まったのか)