夢幻航路   作:旭日提督

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イメージ曲は「ブクレシュティの人形師」です。


第九四話 科学世紀の人形租界

「私はアリス、"魔女"アリス・マーガトロイド。………暫くの間宜しくね、未来世紀の科学者さん」

 

 サナダの研究室に現れた少女――――アリス・マーガトロイドと名乗る彼女は、平然と部屋の主であるサナダに対して自己紹介する。淑女然とした態度を取る彼女だが、サナダからすればそれは慇懃無礼なものに見えた。

 自身の作品を介してコンタクトを取ってきたと思われるにも関わらず、その作品に対して敬意を抱いているようには感じられない彼女の姿勢は、サナダの不信感を加速させる。

 

 ―――もしや、こいつもオーバーロードと何か関係があるのではないか……と。

 

「魔女………だと。―――成程、艦長の"同郷"か。して、私の作品を乗っ取ってまで何の用だね?」

 

 しかしサナダは、彼女から感じた不快感を隅に追いやり、その台詞から考察を広げる。

 魔女……という台詞に込められた意味は幾らでも想像できる。この時代においてその言葉は、文字通り魔性の女、策略を巡らし相手を地獄に叩き落とすような女性に対する侮蔑的な意味合いで使われるのが一般的だ。しかしその語源は、古代の地球――始祖の星において魔術や呪術といった非科学的な技を使うとされ女性を指す言葉だ、と彼は頭の引き出しからその意味を検索した。

 

 そして目の前の少女―――アリスは、わざわざ自身を"魔女"と呼んだ。前者の意味ならば、皮肉を込めて自称する以外には自分をそう呼ぶのは不自然だ。ならば、後者の意味合いと取るのが自然だろう。サナダはそう判断した。

 普通ならば世迷言、誇大妄想と切り捨てられるであろう予想だが、何せ彼の隣には博麗霊夢という非科学を煮詰めたような存在がいた。彼女を介して、この科学の世界とは別の法則が働く異世界、あるいは平行世界の存在を予測していたサナダにだからこそ、その予測は一定の合理性を持ったものとして受け止められた。

 もしくは、前者の意味とのダブルミーニングという可能性も考えられた。少なくとも、自身の作品に意識を映すような女だ、警戒するに越したことはない、とサナダは注意深く彼女の反応を見守った。

 

「乗っ取りとは、人聞きの悪い。寧ろ貴方が呼び込んだようなものでしょう?ここまで精巧な人形(アリス)を作っておいて。こんなんじゃあ、私に向かって"依り代"にしてくれと言ってるようなものじゃない」

 

「依り代………つまり君は、私の作品を通して現界している訳か………で、そこまでして私に接触した理由は何だ?そこまでして会いに来たのだ、生半可な理由ではあるまい」

 

 さも当然、と言わんばかりに語るアリスの台詞から、サナダは自身の予測が正鵠を得ていたことを確信する。

 そして彼女の目的について考察を巡らせるが、こればかりは判断材料に乏しくどうしようもなかった。予測なら幾らでもできるが、それはそれで単なる予想であり、根拠に裏打ちされたものではない。

 不確定要素に基づいて行動するのは危険だと理解しているサナダは、予測を打ち切って大人しく彼女の口からその目的が語られるのを待った。

 

「察しがいい人間は好きよ、私。そうねぇ、一言で言えば"共通の敵について"かしら。察しのいい貴方だもの、この言葉だけで理解できるでしょう?」

 

「共通の敵………まさか、オーバーロードか」

 

「ご名答」

 

 アリスがオーバーロードを敵と名指ししたことで、一先ず彼女がオーバーロードの尖兵、という可能性は低下した。しかし依然として未知の存在である以上、サナダが警戒を引き下げることはなかった。

 

「オーバーロードには、色々と恨みがあるのよ。………そうねぇ、あいつらの存在自体が厄介っていうのもあるけど、一番気に食わないのは奴等が無断で私の人形(魔理沙)を真似たことね」

 

「マリサ?………ああ彼女のことか。あれはオーバーロードの尖兵と睨んでいたのだが、その様子だと当たらずも遠からず、と言ったところかな」

 

「ええ、その通り。アレはオーバーロードに造られた紛い物の人形よ。全く、誰の断りを得てアレの姿を使ってもいいと考えているのかしら」

 

 彼女はさも、態とらしく自分は不機嫌だという様をジェスチャーを交えてアピールする。

 サナダには、魔理沙という人物が彼女にとってどのような存在なのかは分からなかったが、少なくとも彼女にとっては、勝手に姿を真似られたら不愉快な存在であることは理解できた。

 

「魔理沙は私の人形(盟友)よ。それが勝手に記憶を抜き出された揚げ句無断で使い魔にされるなんて、平行世界の彼女であっても私は我慢ならないの。―――だから貴方には、アレを消し炭にする手助けをして貰いたいのよ」

 

 そして彼女の口から発せられた"人形"という言葉から察するに、それは作品の名前でもあるのだろうとも予測できた。

 消し炭にする、という物騒な台詞から察せられるのは、彼女がその作品にかける情熱が自身のそれとは段違いであるということだ。少なくとも、今の彼女を挑発するのは得策ではない。

 

「成程………しかし、彼女は既に殺されたと私は聞いているのだがね」

 

 だが、そのマリサがヴィダクチオ自治領での戦いの折、殺されたと聞いていたサナダは首を傾げた。宇宙空間ならば何らかの方法で脱出していたかもしれないが、狭い艦内で「殺した」というのだからそれに間違いはないのだろう、とサナダは思っていた。

 

 しかし、アリスはサナダの言葉を否定する。

 

「いえ、アレはまだ生きてるわ。小癪なことにね。幾ら叩き潰しても沸いてくる………まるでゴキブリみたいな生命力ね」

 

 心底嫌悪した表情で、アリスはマリサを誹謗する。

 

 そしてサナダは、彼女が漏らした重要な一言を聞き逃さなかった。

 

「叩き潰しても沸いてくる………もしや君は、アレと何度か戦ったのか?」

 

「ええ。ここに来る途中、何度か、ね。威力偵察じみた気合の入ってないものだったけど、全部消し炭にしてやったわ。そうねぇ………3回ぐらいは殺したかしら」

 

「3回………か。確かに不自然だな。此方も警戒するとしよう。で、さしずめその要件というのは、私に彼女の退治法を考えてほしいといったところかね?」

 

「ご名答。それに、貴方には此方と霊夢との連絡役にも成ってほしいの。いきなり私が彼女の前に現れるより、貴方という理性的なクッションが居てくれた方が混乱は少なくて済むわ。此方にも時間の限界があるし、無駄なことに時間を取られたくないの。勿論、タダって訳じゃないわ。貴方の研究に役立ちそうな資料は提供する。細かいアプローチの方法は違えど、役に立つものはある筈よ」

 

 

 

 

「う~む……………」

 

 サナダはアリスから提示された取引の内容を吟味して、本当に彼女と契約して良いものだろうかと考える。

 アリスが此方を騙している、という可能性はあるが、そのメリットが見出だせない。

 そして艦長―――霊夢の性格をある程度知っているかのような口振りは、彼女が霊夢と同郷の存在であることを強く示唆していた。加えてオーバーロードに対する敵愾心を持っているとなれば、此方の対オーバーロード戦に有益な情報をもたらしてくれるかもしれない。更に彼女が持つ未知の技術は、自身の研究を加速させる要因ともなる――――サナダの頭の中ではそのような打算が働いて、最終的に彼女と組むメリットは、デメリットを上回るという結論を下すに至る。無論警戒するに越したことはないが、リスクを恐れてチャンスを逃す方が、彼からすればデメリットが大きく見えた。

 

「オーバーロード退治に連絡役、か………まぁ良いだろう。そちらの事情については知らないが、艦長に伝えなければならないことがあるのは理解した。しかし、此方にもできることには限界があるし、オーバーロードについては別に担当がいる。私の友人にも少々噛んでもらうことになりそうだが、それでも構わないかな?」

 

「ええ、問題ないわ」

 

 サナダが呈示した条件を、アリスはあっさりと承諾した。

 彼女からしてみれば、相手がサナダでなければならない理由など無い。霊夢との連絡役が務められて、尚且つ偽魔理沙退治の力になりそうな人物であれば誰でもいいのだ。単に、その条件を最も満たしていたのがサナダという話でしかない。

 

「それじゃあ、今日はこの辺りでお暇させてもらうわ。また後日、都合がついたらそっちに出向かせてもらうから、それまではお別れね。では、この関係が、お互いにとって有意義なものにならんことを」

 

 アリスは最後にそう告げると、借り物の身体を座らせて、静かに目を閉じた。

 最後に、自分が出ていった後身体が壊れないように配慮したのは、契約相手に対する配慮なのだろう。やはり彼女も、弁えるべき礼儀は弁えていたとサナダは安心した。ここで最後に作品を壊されていたら、彼女に対する心証は、契約の見直しを考えさせられる程には低下していただろう。そんな可能性にすら頭が回らない馬鹿ではないということは、先程の行動から見て取れた。

 

「………再起動したか」

 

 暫く、座り込んだままのアリス―――〈ブクレシュティ〉の独立戦術指揮ユニットをサナダは無言で見守る。

 

 彼女がゆっくりと眼を開いて再起動したのを確認すると、サナダは彼女の安否を確かめるように声を掛けた。

 

「………ええ、何とか。―――とんだ失態だわ、この私が義体(カラダ)を乗っ取られるなんて」

 

 彼女は恥じるかのように、俯き加減で呟く。

 科学技術の粋を凝らした自らの身体が、魔法使いなどという得体の知れないものに乗っ取られたことが気に食わないのだろう。その瞳には、造られたAIでありながら対抗心を燃やしているようにも見えた。

 

「ふむ、どうやら記憶に問題はないようだな」

 

「はい。記録と意識データは艦のコントロールユニットにクラウドがあります。艦そのものが破壊されない限り、幾らでも修復は可能ですから」

 

「正常に機能しているというなら問題は無いな。なに、君が恥じ入ることはない。今回は、あちらさんが一枚上手だったということさ。―――ああそれと、今後は是非とも彼女と仲良くやってくれないか?アレがもたらす技術や知識には、此方としても興味がある」

 

「―――了解したわ。貴方の頼みというなら断れないもの。………私の義体を乗っ取った相手と仲良く、というのは癪に障る部分もあるけど」

 

 サナダの頼みにぶつぶつと文句を垂れるアリス―――ブクレシュティだが、彼はその反応を見て満足気に頷いた。

 

 ―――ふむ、感情の形成は順調のようだな。ならば………

 

「なに、そう嫌悪するものでもない。私が君を造った理由を忘れたわけではあるまい?」

 

 サナダは我が子を諭すかのような論調で、アリスに語りかける。彼女はそれに対して、データベースから該当する記録がないか探り当てるために、考え込む仕草を取った。

 

「艦隊を構成する無人艦艇をより有機的、かつ円滑に運用するための戦術指揮ユニット、それが私です。ですが………」

 

 表向きには、彼女の言うとおりの理由である。かつて艦隊の規模に対して人員が不足していた『紅き鋼鉄』の事情を改善するために、サナダが送り出したのが彼女だった。しかし、サナダの目的は他にもある。―――寧ろそちらのほうが、サナダにとっては本音なのだ。

 

「"科学"で"ニンゲン"を再現する―――それが貴方の目的でしたね。そして私は、その目的を果たすための最高傑作………成程、彼女から"ニンゲン"を学べと、そう仰りたい訳ですか」

 

「正解だ。無論、君にとっては気に入らない部分もあるかもしれないが、"気に入らない"という"感情"を持っている君は既に、私の目的へと一歩近づいているのだ。彼女との接触は、君にとっても有意義なものとなる筈だ。寧ろ、相手の秘密を暴くぐらいの気概で事に当たってくれると有難い。―――私が科学を克服するためにも、協力してはくれないかね?」

 

 サナダはここで、自らの創造物に対して"命令"という形ではなく、"協力"という形で要請した。覚醒しつつある彼女をヒトとして尊重する姿勢こそが、"AIを"ニンゲン"へと進化させる一助となるのではないか、という打算である。

 

「………了解したわ。私もやられっぱなしでは気が済まないし、次は相手にも相応の代償を払って貰いましょう」

 

 サナダの言わんとすることの意を汲んでか、アリスは口角を吊り上げる。

 次はお前にも身体を使われた対価を支払って貰うぞと、彼女は早速"もう一人のアリス"への対抗策を演算し始めた。

 

「有難い。では、私からの話はこれで終わりだ。一応ということもある、ここで精密検査を済ませてから帰るといい」

 

「分かった、恩に着るわ」

 

 最後に精密検査を薦めて、彼女を研究室の深部へと案内するサナダ。

 

 

 ―――彼の瞳には、貪欲な知識欲と、野望の実現へと向けた執念が渦巻いていた………

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

「霊夢さん霊夢さん、サナダさんが会わせたい人って、誰のことなんでしょう?」

 

「知らないわよそんなの。そもそも、マゼラニックストリームから脱出してから向こうも新しいクルーなんて雇ってる暇は無い筈だし、大方また新しいAIでも発明したんでしょ。よかったわね、妹が増えるわよ」

 

「え、い、妹っ!?………まぁ、確かに形式的にはそうなるのかもしれませんが………」

 

 私と早苗の二人は、また例のごとくサナダさんの呼び出しを受けて彼の研究室へと向かっていた。本当は呼ばれたのは私だけなんだけど、いつも私にくっついてくる早苗は、さも当然と言わんばかりに私の後をついてきた。

 しかし、今回の呼び出しはいつもの会議室と違って彼の研究室………またろくでもない発明を自慢するために私を呼びつけたのかと呆れ半分、一応サナダさんの呼び出しだから応じておこうという惰性半分で、彼が待つ研究室へと向かう。

 

 心なしか、声から伝わる彼のテンションがいつもよりちょっとだけ高そうな気がしたのが、余計に心配をそそられるのだが………。

 

 ふと、もしサナダさんが会わせたいという人が本来のサナエやアリスみたいなAIなのだとしたら、それは早苗の妹ということになるのだろうかという疑問が頭を過った。

 早苗は完全に東風谷早苗と成り果てているが、一応形式的には〈ブクレシュティ〉のアリスは本来の早苗をベースに造られていると聞く。………思えばこの早苗がバグっているだけで、あちらの方がAIとしては普通なのだろう。それならば、サナダさんが次に開発したAIも、形式的には早苗の妹という扱いになるのだろうかと、どうでもいい想像を巡らせていた。

 

 当の早苗はというと………

 

「うぇへへ………あのアリスさんと………私が………」

 

 といった調子で自分の世界に入り浸っている。―――うん、ここは放置しておこう。

 暴走した早苗が手をつけられない存在なのは、今まで散々思い知らされてきた。こういうときは、大人しく冷静になるまで待つに限る。

 

「………艦長か。随分と早い到着だな。君のことだから、少しは遅れるものかと思っていたのだが」

 

「五月蝿いわね。私だって時間ぐらいは守るわよ。そうでないと、示しがつかないじゃない」

 

 今は特に用事もなかったので、呼び出しを受けた後真っ直ぐ研究室に向かったら、部屋の前で待っていたらしいサナダさんとばったり遭遇した。

 なにやら失礼な言葉を浴びせられたけど、これでも努力してるんだからね。最初の頃はいざ知らず、人が増えてからというもの時間を気にしなければいけなくなって本当参った。幻想郷にいた頃ならば、全部自由にできていたのに。時々、向こうの生活が恋しくなる。…………今は今で、気に入っている部分もあるんだけれど。

 

「おっと、それは失礼した。………で、君まで呼んだ覚えは無いんだが………」

 

「むーっ、私は霊夢さんの副官役です。その私が、霊夢さんに同行してなにか問題があるんですか?」

 

「い、いや、何でもない。――まあここで話しても無駄にしかならん。中に入りたまえ」

 

 本来なら呼びつけていない筈の早苗を見て、サナダさんは困っているみたいだけど、早苗の反応を見て、彼も色々諦めたようだ。

 

 サナダさんに促されるまま、私達は研究室の中へと踏み込む。

 

「うわぁ………一応整理はされているんですねぇ」

 

「そうねぇ。思ったほど散らかってない」

 

「………君達は、私を一体何だと思っているんだ」

 

 そりゃあ、マッドに違いないでしょう……?

 

 サナダさんが漏らした諦念の言葉に心のなかで応えながら、私は研究室―――の応接室と思しきこの部屋を見回した。

 

 部屋はサナダさんのマッドなイメージとは一転して綺麗に片付けられており、白い清潔感に溢れた部屋にはワンポイントの観葉植物が設けられたりもしている。

 私はサナダさんの評価をちょっとだけ上方修正すると、部屋の真ん中にある椅子に腰掛けていた人影に目を向けた。そこにいるのがサナダさんが言っていた会わせたい人なのかと思ったけど、どうやらそれは違ったようで、腰掛けていたのは〈ブクレシュティ〉の管制AIであるアリスだった。―――彼女も、サナダさんに呼ばれたのだろうか?

 

「あれ………アリスさんじゃないですか?」

 

「そうみたいね………ねぇサナダさん、その会わせたい人ってのは、何処にいるの?」

 

 アリスもサナダさんに呼ばれたものだと決めつけていた私は、件の人物とやらは何処にいるのかと問いかける。

 しかしサナダさんから返ってきたのは、予想外の反応だった。

 

「君の目は節穴か?ほら、目の前に居るではないか」

 

「目の前って………新顔なんて見当たらないけど」

 

 何処をどう見ても、サナダさんが造り出した新しいAIらしき新顔は見当たらない。そこにはアリスしかいない。

 

 ―――もしかして、このアリス、二号機とか言い出さないわよね………?

 

 などと、推論する。現実問題としてここには顔見知りしか居ないのだから、そんな突拍子もない想像が思い浮かんでくるのも仕方ない。

 

 しかしここで、今まで口を噤んでいたアリスが口を開いた。

 

「あらあら、折角旧友と会ったというのに、掛ける挨拶もないのかしら?」

 

 ………はい?

 

「………落ちたものね。この科学世紀に染まりきって、妖怪の気配すら分からなくなってしまったのかい?」

 

 え―――えっ?その言い回し、もしかして…………

 

「所詮、巫女は二色の馬鹿か―――どう?これでもう分かったでしょ?」

 

 心のどこかに引っ掛かる、かつての訪れない春を思い起こさせるその言い回し。

 脳裏に浮かぶのは、アイツとよくつるんでいて、時折神社にも顔を出していた金髪の人形遣い。

 

 そして止めには、昔を思い出すかのように、ふっ、と笑いながら発せられたその台詞。

 ここまできたら、もう、この"アリス"の正体など容易に想像がついた。

 

「あ、あんた、まさか……向こうのア「も、もしかして、あっちのアリスさんなんですか!!!?」っ~!」

 

 彼女にそれを確かめようとしたそのとき、耳元でテンションがおかしい大声が鳴り響く。

 

「~~~ッ!ちょっと早苗、あんまり耳元で騒がないで……って」

 

「あ、ごめんなさい霊夢さん………」

 

 一転して、しゅんとした表情になる早苗。

 ……相変わらず、感情の振れ幅が大きい子ねぇ………

 

「………もういいかしら?」

 

「あ、はい………」

 

 私と早苗のやり取りを見て、呆れたようにアリスが口を開く。早苗も先程のあれで反省したのか、声のボリュームは控えめだ。

 

「ところで、やっぱり向こうのアリスさんなんですか?アリスさんなんですよね!?」

 

「あの、ちょっと………」

 

 だが、やはり興奮が抑えられないのか、ぐいぐいとアリスに迫っていく早苗。同類ができて?嬉しいのは分かるけど、もう少し抑えられないのだろうか?ほら、アリスも困ってるし………

 

「いいから、今から説明するから!ハァ………っ」

 

「はうっ………」

 

 無理矢理早苗を引き剥がしたアリスは、とりあえず私達に掛けるように促すと、ここに至るまでの身の上話を披露した。

 

「まぁ………貴女達なら知ってると思うけど、今は一時的にこの身体を借りているわ。漸く貴女達の居場所を突き詰めて、こうして確認に来たってわけ」

 

「……確認?」

 

「ええ、確認。―――全く、あんたが消えたときなんか、こっちは色々大変だったのよ?」

 

「え………えっ……?」

 

 待って待って待って。このアリスの口振りからすると、この世界って………別世界じゃなくて元居た世界の延長ってこと――?

 

「あの―――アリスさん?もしかしなくてもなんですけど………ここって遥か未来の外の世界、ってことですか?異世界とかじゃなくて」

 

「ええ、そうだけど」

 

 私が抱いたものと同じ疑問を、早苗が言葉に出して伝える。

 アリスは、さも当然と言わんばかりに淡々と答えた。

 

 つまり、目の前のアリスは一万年以上生きてるってこと………?

 

「え―――っ!?じゃあ………アリスさんは……」

 

「だから言ってるでしょ、貴女達を探しに来たって」

 

「でも、どうして………」

 

 そもそも、だ。何故そこまで時間をかけて私を探していたのだろうか。幾ら元博麗で巫女とはいえ、そこまでする価値があるとは思えない。

 だけど、アリスはそんな私の思考を打ち砕くように、淡々と告げた。

 

「―――貴女が突然居なくなったら、どんな反応が起こるかなんて、簡単に想像できるでしょ?」

 

 なんて、それが当たり前だと、私に事実を突き付ける。

 

 私の瞳を真っ直ぐ見ながら、彼女は告げた。

 

「まぁ、他にも事情はあるんだけど、今はそんなところね。元々、こっちの方が先だったし」

 

「じゃあ―――アリスさん!その………幻想郷の皆さんは、今はどうして―――」

 

「昔とそんなに変わらないわ。流石に貴女達の知り合いの人間は生きてないけど、長生きな連中は壮健よ。そもそも、貴女の神様は自分で呼び寄せたんだから分かるでしょ?」

 

「あっ………」

 

 やはり、この時代の幻想郷の様子も気になる。

 次も早苗が早口でアリスに尋ねたが、彼女の様子からすると、何事もなく存在し続けているらしい。早苗の神様が壮健なんだから当たり前か。………なら、もしかしたらまだ紫も―――

 

「っと、もう時間か―――御免なさい、そろそろ限界みたい。―――せいぜい、死なずに生きてなさいよ?」

 

「え?あ………ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 突然の告白に、思考が追い付かなくなってしまう。

 私の制止も聞かず、そうしているうちにも妖怪(アリス)の気配は段々と薄れていく。

 

「こうして意識を現界させているのも、タダじゃないわよ。ともあれ、実験は成功か。ふふっ―――ここまで来るのに、色々無茶してきたからね。………貴女は、自分が思っている以上に想われているんだから――――」

 

 最後にそれだけ言い残すと、魔法使い、アリス・マーガトロイドは静かに目の前から去っていった。

 そこには、物言わぬ人形だけが佇んでいる。

 

 彼女の最後の言葉だけは、うまく聞き取ることが出来なかった。

 

「あ…………」

 

「―――そういう訳だ。今後は、不定期に彼女から接触があるらしい。そのときには、艦長がまた応じてくれ。部外者の私では話は通じないからな」

 

「え、ええ………」

 

 あまりに突然のこと過ぎて、サナダさんの言葉にも、何処か上の空な言葉しか返せない。

 

 

 今になって、アリスが接触してきたというなら、もしかしたら、魔理沙や紫も―――

 

 そんな期待が、淡く胸の中に芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 ~マゼラニックストリーム、某所~

 

 霊夢達、『紅き鋼鉄』の残存艦隊が辿り着いた宙域から数千光年離れた銀河間空間。

 

 その空間を、ガスの雲海を切り裂きながら往く、一隻の宇宙船の姿があった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ―――戦艦ゴリアテ―――

 

 それが、この(フネ)の銘である。

 

 

「………よう、久し振りだな、アリス。此方の体感では、3日と21時間17分振りだ」

 

 星の海を突き進む〈ゴリアテ〉の艦橋で、艦長席に座る少女は、自らの膝に身を寄せたまま眠る、自らと同じ金の髪を持つ少女に問い掛けた。

 

「う………ん………まり、さ………?う~ん、っ………お早う。昨晩振りね」

 

 彼女の問い掛けで目を覚ましたのか、もう一人の少女―――アリスは身体を起こす。そして、自分を見守っている金髪の小柄な少女………魔理沙の姿を見た。

 

「………服が少し乱れてるわよ、魔理沙。一体どれだけ待ってたの」

 

「言った筈だろ?3日と21時間17分振りだって………いや、今は18分振りか?」

 

「そんなに………私の体感じゃあ、せいぜい一夜程度なのに」

 

 魔理沙のやけに細かい時間の記憶は無視するにしても、彼女が告げた時間にアリスは驚かされた。

 

 漸く博麗霊夢の存在を突き止めたのがつい二月前、そして魔法で意識を霊夢の側にいる、憑依しやすい人物に飛ばしたのがつい最近……アリスの認識ではそうなっていたが、ここで自分の意識を霊夢の側まで飛ばして、さらに魔理沙の元まで返ってくるまで、彼女の示した時間を信じるならば凡そ4日程度かかっていたのだ。自分の体感時間が短かっただけに、その事実に彼女は頭を抱えた。

 

「流石に魔法とあっても、光の速さを越えるのは難しい。―――ここで失敗しなかっただけ、まだマシだぜ」

 

「そうね………無理を言って、外の世界に残されていた宇宙船を貰ったのは正解だったわ」

 

 霊夢とのコンタクトが成功した、という事実を前に、二人の幻想少女は喜ぶ前に、自らの魔法理論が正しかったことを認め合う。

 

 博麗霊夢の魂が幻想郷から消えてから、数えきれないぐらいの時が過ぎた。幾ら捨虫の魔法で不老の魔法使いと言えど、それだけ長い時間を待つのは簡単なことではない。しかし、彼女達―――特に魔理沙は冷静だった。

 

 ぬか喜びしている時間があるのなら、その時間をより建設的なことに使う―――

 

 それが、今の魔理沙の信条だ。かつて人間だった頃ならいざ知らず、数千年の時を経た魔法使いとなった今の彼女は、それは時間の無駄、喜ぶのはアイツと再会したときでいい、と、ある種長い目で時間を見ていた。

 念願の再会を、確実なものとする為に。

 

「まぁ、多少時間がかかっても光の速さを大幅に越えられたのは良い収穫だ。ところでアリス、この身体、いつまで持つんだ?」

 

「そうね………ここに来るまでだいぶ時間がかかったから、後二月、ってところかしら。……正直、私の方は帰るまで持ちそうにないわ。一足先に戻ってるかも」

 

 魔理沙は腕をまくって、アリスにそれを見せつけながら彼女に問うた。

 その腕の間接は、普通の人間や妖怪のような生身ではなく、ボールジョイントの人形のそれ…………

「幻想」の住人である彼女達は、紫や霊夢のような規格外とは違って「外」の世界では思うように活動できない。そこでアリスが編み出したのが、この魔力入り人形だった。

 自らの意識を、魔力を込められた宝石を内蔵した人形に移す。そうすることで、外の世界でも魔法の使用を可能にしたのだ。

 だが欠点もあり、外では当然魔力の補給など望むべくもない。"行為"に及べば補えるかもしれないが、それは一方の活動限界を縮めることになる。そして魔理沙は、アリスを送り出すために一度彼女に"補給"をしていた。そんな彼女が、魔力残量を気にするのも無理はない。

 

「そうか………なら一度出直しか。んで、霊夢の側には発信器の類いは組み込んでるんだろ?それがないと、戻ったあとまた探す羽目になるぜ」

 

「大丈夫よ。それなら、私が憑依した対象をアンカーにしてるから」

 

「なら問題無さそうだな。んじゃ、転進といくか。目的地は地球―――幻想郷っと。準備はいいか?」

 

「はいはい、魔理沙"艦長"」

 

 茶化すように、アリスが告げる。

 艦長を気取っているのか軍服調の衣服を身に纏った魔理沙を見て、相変わらずちんちくりんな奴、とアリスは思う。人間時代の成長した彼女ならいざ知らず、今は事情があって彼女の容姿は人間でいう14歳程度、服に着られている、という方が適切なぐらいだ。

 そんな外見と、中身の魔理沙のギャップを楽しんでいるのか、アリスは微笑ましく"後輩"を見守る。

 

 そんなアリスの意図を察してか、魔理沙は抗議の声を上げた。

 

「うるさいっ………!と、とにかく………ここでは私が偉いんだからな!」

 

「はいはい、分かってますよ艦長?」

 

「むぅぅ~~~」

 

 〈ゴリアテ〉では幾度となく繰り広げられた光景が、また魔理沙の眼前に披露された。

 一方のアリスはというと、何事も無かったかのように滑らかに艦の進路を反転させる。

 

 ――――その時だった。

 

 二人の眼前に、紅いゲートジャンプの光が灯る。

 

 紅き円陣から現れたのは、黒塗りの無数の艦艇。

 

 それを見たアリスと魔理沙は、談笑をぴたりと止めて表情を強張らせた。

 

「…………"奴"か」

 

「ええ、そのようね………」

 

 二人は即座にその正体を察し、警戒する。

 

 彼女達の眼前に謎の艦隊がジャンプアウトした直後、砂嵐になった〈ゴリアテ〉のモニターに、赤髪の少女の姿が映し出された。

 魔理沙を赤髪にしたようなその少女は、判決を告げる独裁者のような尊大な態度で、二人に告げる。

 

 

 

 《………よう、オリジナル。―――殺しに来たぜ?》

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