夢幻航路   作:旭日提督

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小説とは直接関係ありませんが、風神録の「少女が見た日本の原風景」を聴くと、何故か弾幕ではなく紅葉の山を往くC62牽引の国鉄急行の姿が浮かびます。さらに何故か50号機なんですねこれが。勿論999ではありませんよ?色は普通のC62ですし、最後尾はマイテではなく郵便車なんです。きっと私にとってはそれが日本の原風景なのでしょう(笑)。


第四章――海賊団の闇
第三〇話 ゲートを抜けた先は


 

 

 

 

 

【イメージBGM:蓬莱人形より「蓬莱伝説」】

 

 

 

 

 

 

 

 ~〈開陽〉自然ドーム~

 

 

 

 

 旗艦〈開陽〉艦内に存在するこの自然ドームは、艦長である霊夢が幻想郷を模して作らせたものである。そのサイズは底辺が180×240m、高さが90mというかなり大型のもので、内部には博麗神社だけでなく、鈴奈庵(戦史資料館)や迷いの竹林なども再現されており、さらには小規模ながら、食堂で使用される野菜類の畑まで備えられている。

 その風景はさながらのどかな田舎といった所であり、幻想郷を知る者からすれば人里郊外の里山や神社への道を思い出させるものであった。

 

 そんな自然ドームの中を、早苗は珍しいものを見るような目をしながら、神社に向かって歩いていた。

 

「いや~、よく再現されてますね。今までは機械を通して見ていたのですが、それとは大違いです。」

 

 早苗は今までは艦の統括AIとしてこの自然ドームの様子も見ていたのだが、そのときは何処に何があるのか、景色はどうなっているのかといった事しか分からなかった。言うなれば、人間が写真を眺めるような感じである。しかし、先日得た義体で改めて来てみると、画像では分からない土の香りや頬を撫でる風に、揺れる草や木の葉の音を感じることができた。早苗には、それが堪らなく嬉しく感じられて、自然と神社ヘ向かう足取りも軽やかなものになっていく。

 

 彼女は、自然とはここまで柔らかなものだったのかと感じながら、一度立ち止まって、ひらひらと落ちてきた紅い楓の葉を手に乗せてみせた。

 

「そういえば、今は秋でしたね・・・・」

 

 この自然ドームは季節の移り変わりは地上より早く設定されている。今は森を黄色や赤に染めている木々の葉も、数日もすれば散ってしまうだろう。

 早苗は手に乗せた楓の葉を持ち替えて、柄を掴んで弄ぶと、畑の方角に目を向けた。

 

「確か、畑の方には芒も有ることですし、冬が来る前に、霊夢さんと月見でもしてみたいですね・・・。幸い明日の月は満月の設定だった筈です。」

 

 早苗は自身の本体にアクセスして自然ドームのスケジュールを確認し、明日が満月であることを思い出すと、霊夢を誘って月見でもしようかと思い付いた。折角身体を得たのだから、そうやって霊夢と静かに過ごすのも悪くないかな、と思う彼女の顔は、僅かに上気する。

 

 

 

「あ、見えてきましたね。」

 

 その後も神社に向かって歩き続け、松林を抜けたところで博麗神社の鳥居の姿が早苗の目に入った。

 

「よっ、と・・・」

 

 早苗は神社が見えたところで、石造りの階段を駆け上がり、鳥居をくぐる。くぐる前には鳥居に一揖(いちゆう)することも忘れない。

 境内に足を踏み入れると、彼女は本殿を観察するように眺め、暫くそれをしているうちに、どこか納得したような表情を浮かべた。

 

「確か霊夢さんは艦内神社として建てさせたって言ってましたけど、分霊や合祀をしていないからには神様は居りませんね・・・やはりこれでは駄目です!」

 

 ここは私が何とかしなければ、と意気込むんだ早苗は、早速木材の在庫を確認し、何処かに社を建てられないものかと神社ドームの中を検索する。

 丁度良い場所を見つけたのか、早苗は神社を後にすると、里にある倉庫から角材を幾つか調達して、それを脇に抱えながら博麗神社とは反対方向の森に分け入り、ドームの壁近くにまで歩を進めた。

 その場所は殆ど利用されていない一角で、原生林さながらの様子で木々が繁っている中、ぽつんと人工光が差し込むちょっとした空き地だった。

 

「さてと―――何処まで工作できるかは分かりませんが、ちょっとした祠くらいなら作れる筈です!」

 

 早苗はどすん、と勢いよく角材を地面に差し込むと、本体であるコントロールユニットにアクセスして祠の設計図を製作する。高性能AIである彼女の手に掛かれば、艦の運行の片手間でやっても造作もないことである。

 

 設計図を作り終えた彼女は、ナノマシンの制御機能を駆使して上手い具合に腕を工具に変形させて、角材を思い通りの形に整形していく。

 

「腕が直接道具になるっていうのも、中々慣れない感覚ですね・・・。でも、これはこれで、けっこう便利ですね。」

 

早苗は一人でぶつぶつと呟きながら、作業を進めていく。

その作業が終わると、柱を地面に差し込み、梁を組み合わせて祠の骨格を作っていく。祠の正面には、加工した材を組み合わせて、明神鳥居の形状になるように小さめの鳥居を建てていった。祠の四隅には、適当な樅の木を設置して御柱に見立てる。

 

 一通り重要な箇所を作り終えた早苗は、続いて材を板状に加工して、祠の屋根と壁を作っていく。

 最後の仕上げに、御神体として木材で作った開陽の模型と銅鏡を納め、祠に注連縄を飾る。

 

「よし・・・これで大方は完成です・・・。」

 

 早苗はそこで疲れきったのか、地面にばたりと仰向けになって倒れた。

 

「後は、軍神たる神奈子様をお呼びすれば・・・艦隊の加護は万全、です・・・!」

 

 ゆっくりと起き上がった早苗は、木簡に"開陽守矢神社"の文字を彫り、祠に奉納する。

 

「ふぅ・・・・これで、本物の艦内神社の完成です。」

 

 後は儀式だけですね、と一人言ちると、早苗は黙々とその儀式の準備を始めていった。

 

 

「ああ、そういえば、諏訪子様は此所に来られるのでしょうか?」

 

 諏訪子様は土着神ですし、と悩んだ早苗だが、それは神奈子様を呼んでから聞いてみることにしましょう、と結論を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~〈開陽〉艦橋~

 

 

 

 

「ふわぁぁ~っ、ほんと暇ねー。」

 

 ツィーズロンドを出航してから何日か経ったのだが!あれから暇で暇で仕方がないわ。今までは腐るほどいたスカーバレルの連中も、出てきても水雷艇がちょっとだし、事務仕事が片付いたらほとんどやることがない。まぁ、非番の時は艦内を見て回ったりしてるんだけど、艦橋にいる間は何もすることがないのよね・・・

 

 ああ、そういえば鹵獲艦は全部売っ払ったわ。大量の輸送船と新品同然の駆逐艦がけっこうあったから売却額もかなりのものだ。これで暫くは資金繰りには苦労しないだろう。

 

 

「よう霊夢。こないだは随分な真似してくれたね。」

 

 すると、何時ものように暇を持て余した霊沙が艦橋にやってきた。確か、懲罰房にぶち込んでからは初めてかしら。

 

「なによ。グルだったあんたが悪いんでしょ。」

 

「五月蝿ぇよ。調整を間違ったのはマッド共だろ。」

 

 霊沙は自分が獣化したのはマッドの責任だと言い張ってくるが、元は共謀したあんたの責任でしょうが。まったく・・・

 

「・・・席、借りるぞ。」

 

 霊沙はこれ以上言い争っても無駄だと思ったのか、近くの席に適当に腰掛けた。

 

「艦長、間もなくドゥンガ軌道を越えます。」

 

「分かったわ。そのままボイドゲートに向かうわよ。」

 

 そうしているうちに、艦隊はエルメッツァ宙域の端にある惑星ドゥンガの軌道を越えてボイドゲートの姿が見えてくる。あのボイドゲートを越えた先がカルバライヤ・ジャンクション宙域だ。

 

「そうだ、ノエルさん、カルバライヤに着く前には艦種データの更新をしておいてくれる?」

 

「了解です。」

 

 確かうちの艦隊にはエルメッツァ艦船のデータしかなかったから、カルバライヤに行く前に艦種データを更新させておいた方が良いわね。

 

「この際ですし、小マゼランの艦船は全て取り込んでおきます?」

 

「その方が有り難いわ。」

 

 この際だし、今後のことを考えても小マゼランの艦船データは網羅させておいた方が良いだろう。そんな訳で、ノエルさんにはそれもやってもらうように頼んでおく。

 

 ボイドゲートに入るまでは暇なので、更新されたデータにでも目を通しておくとしますか。

 

「へぇ~、あれ、バゥズ級っていうのね。」

 

 適当にデータを眺めていると、うちのデータにある艦が引っ掛かった。確かこいつはファズ・マティでショーフクさんの艦隊が撃破したスカーバレルの未確認艦だったわね。

 そのバゥズ級のデータを眺めてみると、小マゼラン製の艦船としては中々の耐久性があるみたいで、火力も高い重巡洋艦のようだ。さらに軽空母並みの艦載機搭載能力まであるときた。一隻二隻じゃあ大したことはないけど、束になってきたら少し厄介そうね。カルバライヤに跋扈するグアッシュ海賊団も使っているみたいだし、一応用心しておいた方が良いでしょう。

 まだ時間があるので、ついでにグアッシュの主力艦船にも目を通しておく。連中の主力はバクゥ級と呼ばれる巡洋艦で、これは元々民間向けの護衛艦として売り出されていたものらしい。商船を護衛する筈の艦が海賊として商船を襲うなんて、なんか皮肉よね。連中が使っている駆逐艦のタタワ級も同じように民間向けの駆逐艦として売り出されているものだ。どちらも性能はそれほど高くないみたいだし、うちにとっては大したことなさそうね。

 

「艦長、間もなくボイドゲートに突入します。」

 

 ショーフクさんの声がしたので目を外に向けてみると、ボイドゲートはあと少しの距離まで迫っていた。

 

「進路そのまま。ボイドゲートを越えるわよ。」

 

「了解。」

 

 艦隊はそのままボイドゲートに向かい、前衛の分艦隊から順にゲートの青い光へと身を滑らせていく。

 

「前衛の第一~第三分艦隊のゲートインを確認しました。」

 

「本艦隊も間もなくゲートに突入します。」

 

 ノエルさんとミユさんの、淡々とした報告の声が響く。

 ゲートに入るといっても、自前のワープとは違って特に備えるようなことは無いので、私は楽な姿勢でいたままだ。

 

「・・・チッ、まーたあれか。ま、仕方ねぇけど・・・。」

 

 ああ、そういえば霊沙の奴、あれを通ると頭痛がするんだっけ。今は慣れてきたみたいでその頭痛もゲートを通る度に小さくなっているって聞いてるけど、慣れなのかしら。

 

 眼前に、ボイドゲートの光が迫る。

 

「ゲートに突入します。」

 

 〈開陽〉はそのまま、艦体をゲートの光へと進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【イメージBGM:無限航路より「Misterio」】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っく・・・クソッ、またか・・・!」

 

 

「ちょっとあんた、大丈夫?」

 

 案の定、ゲートに入ると霊沙は頭痛がするようだが、今回は少し様子がおかしい。今までは通度に頭痛は小さくなっているみたいだったのだが、今回はどうもそうはいかないみたいだ。

 

「あがっ・・・ぐぅっ・・・だ、誰・・・だ・・・‼」

 

「おい、あまり無理をするな。医務室まで運ぼうか?」

 

 霊沙の様子を見かねたコーディが心配して駆け寄るが、霊沙はそれを制した。

 

「クッ・・・くはあっ!・・・はぁ―――この程度、どうってこと無ぇよ・・・・!」

 

 不機嫌そうな表情は崩さないが、どうやら頭痛は引き始めたらしく、霊沙の表情は落ち着いていく。

 

「・・・チッ、気に食わねぇな―――。」

 

 

「げ、ゲートアウト確認。先行の分艦隊にも異常ありません。」

 

 〈開陽〉はゲートを抜けたようで、艦の前方には先程ゲートを越えた分艦隊の姿も確認できる。どうやら、ゲートを越えれば霊沙の頭痛も収まっていくらしい。

 

「おい嬢ちゃん、本当に大丈夫か?今回は何時もよりきつそうだったが?」

 

「っせえよ。」

 

 尤も、頭痛のお陰で機嫌は悪いままみたいで、声を掛けてくれたフォックスにも素っ気ない態度を取っている。

 

「・・・霊夢、ちょっと憂さ晴らしに行ってくるわ。」

 

「―――その前に医務室にでも立ち寄ったら?今回はちょっと尋常じゃなかったわよ。」

 

「五月蝿ぇ。どうせ行った所で何も分かりゃしねぇよ。それに、あのマッドの世話にはなりたくないね!」

 

 霊沙はそう吐き捨てると、席を立って艦橋を後にする。まったく、少しは自分の身の心配でもしなさいよね・・・

 

「・・・・霊沙さん、大丈夫でしょうか?」

 

「さあ?サナダさんやシオンさんも原因が分からないんだから、私は何とも言えないわ。」

 

 早苗も霊沙の様子が心配なようで、彼女の身を案じているみたいだ。

 それに、依然として、霊沙の頭痛の原因は不明だ。シオンさんは一通り症状を洗ってみたのだが、類似する事例は見つかってないらしい。

 

「それと、―――あの、霊夢さん?今回はちょっと、様子がおかしくありませんでしたか?」

 

 早苗が声を掛けてきたと思うと、次は耳元で囁くように、小声で尋ねられた。

 

「―――様子がおかしいって?確かに、今回は何時もより激しそうだったけど・・・」

 

「いや、そうじゃなくて―――"誰だ"って、一体何のことなんでしょうか?頭痛だけじゃ、普通はあんな言葉が出るとは思えないんですが・・・」

 

 確かに早苗の言う通り、頭痛にしては不自然な言葉よね・・・後で本人に聞いてみようかしら?いや、でも聞いたところで何だかはぐらかされそうね・・・

 

「そうね・・・言われてみれば少し気になるわね・・・後で本人にでも聞いてみるわ。」

 

「はい、お願いしますね。」

 

 まぁ、いくらあいつが私を嫌っているからって、いきなり倒れられたりしたら困るからね・・・何か頭痛の原因に繋がるようなことを聞き出せればそれで良いんだけど――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【イメージBGM:東方輝針城より「幻想浄瑠璃」】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?、本艦隊前方に識別不明の艦船、多数確認!」

 

 突然警報が鳴り響いたと思うと、焦燥が滲んだこころの報告の声が艦橋に響いた。

 

「直ちに艦種と所属を確認して。全艦隊は戦闘配備!」

 

 私も頭を艦隊戦に切り替えて指示を飛ばす。これは―――早速噂のグアッシュとやらのお出ましかしら?

 

「第三分艦隊旗艦〈ユイリン〉より光学映像が転送されました。メインパネルに投影します。」

 

 早苗も戦闘モードに切り替わったらしく、本人の表情は険しい。それに、ホログラムに表示されたデータの羅列が早苗の周りを円形に取り囲んでいる。こういうのを見せられると、根は機械なんだなと実感させられる。

 

 早苗が映像をメインパネルに投影すると、例の不明艦隊の姿が写し出される。そこに映っていたのは、扁平な形をした小型艦と、箱状のブロックを組み合わせたような艦容の中型艦複数だ。

 何れも、赤い艦体色をしている。

 

 ―――あれは・・・グアッシュね・・・!

 

 つい先程眺めていたグアッシュ海賊団の艦船データと、目の前の艦隊を構成する艦の姿は一致する。連中と見て間違いなさそうだ。

 

「不明艦隊の識別完了―――前方の艦隊はグアッシュ海賊団で間違いありません!」

 

「敵艦隊の構成判明。バクゥ/G級巡洋艦がAクラス2隻、Bクラス3隻にタタワ/G級駆逐艦が9隻です!」

 

 ミユさんとノエルさんが報告すると、メインパネルには新たに敵艦のデータが表示される。どうもグアッシュの連中は2種類のバクゥ級巡洋艦を運用しているようで、Aクラスのバクゥ級は相当な改良が為されているらしく、通常のバクゥ級(Bクラス)に比べるとかなり火力や耐久性が向上しているようだ。

 

「後続の特務艦隊、ゲートアウト確認。」

 

「特務艦隊の護衛艦には、直ちに戦闘配備を命じて頂戴。」

 

「了解です。」

 

 ここで、後続の工作艦群がゲートアウトしたようだ。まだ特務艦隊には戦闘配備命令が伝わっていないので、そちらにも指示を伝達しておかないと。あれは艦隊の最後尾にいるから、滅多な事がない限り襲われないとは思うけど、用心するに越したことはないわ。

 

「ボイドゲートを越えた先でいきなり敵襲か・・・恐らく、あの敵さんはエルメッツァからの交易船を襲う意図で展開していたのかもしれないな。」

 

 このカルバライヤ・ジャンクション宙域は、文字通り交易の中間地点であり、交通も多いと聞く。なら、コーディの推測通り、あの艦隊はここを通る交易船をカモにしようと目論んでいたのだろう。だけど残念、ここで私達に出会ったのが運の尽きね。

 

「全艦、敵艦隊との交戦の許可する!艦載機隊は直ちに発艦準備!」

 

 私がそう下令すると、艦内には戦闘開始を告げるブザーが鳴り響く。

 

「第三分艦隊、射程に到達次第砲撃戦を開始します。」

 

 敵艦隊に最も近い第三分艦隊の7隻は、そのまま真っ直ぐグアッシュ海賊団の艦隊に向かっていく。しかし、敵は巡洋艦5隻に駆逐艦9隻・・・数の上では不利だ。

 

「早苗、両翼の第一、第二分艦隊を敵艦隊後方に回り込ませるようにはできない?」

 

「両翼の分艦隊ですか?現在位置ならば、敵艦隊を此方に誘引すれば可能ですが・・・」

 

「よし、それで行くわよ。第一、第二分艦隊は敵艦隊後方に回り込み此を包囲、第三分艦隊は本隊に向かって敵艦隊を誘引せよ!」

 

 私は海賊団の艦隊を一気に潰すために、包囲作戦を試みることにした。指示を受けた各分艦隊旗艦が僚艦に命令を伝達し、作戦を実行に移していく。

 

「第三分艦隊と敵艦隊の距離、約18000。交戦距離まであと3000です!」

 

「本艦隊と敵艦隊の距離、あと29000。現在の速度を維持すれば、第三分艦隊とはあと15分ほどで合流します。」

 

 こころとミユさんが、機器から算出された位置データを読み上げる。第三分艦隊は此方に向かって後退しているので、戦闘開始にはもうしばらく掛かるだろう。

 

「本艦と敵艦隊との距離が18000に到達次第、砲撃を開始して。」

 

「了解だ。敵の位置データをこっちに寄越してくれ。」

 

「分かりました、そちらに転送します。」

 

 砲手のフォックスは、こころから受け取ったデータを基に予測計算を始める。

 

「敵艦隊、距離16000で砲撃を開始した模様です。」

 

「最大射程よ。まだ当たらないわ。慌てないで対処して。」

 

 どうも連中の射程は此方の第三分艦隊より長いらしく、第三分艦隊より先に砲撃を始めたようだ。ただ、練度はそれほど高くないらしく、最大射程で初弾命中なんて事態にはなっていない。

 

「第三分艦隊、回避機動を開始しました。」

 

 砲撃を受けた第三分艦隊の各艦はその射撃データを基にTACマニューバパターンを作成し、それに添って回避機動を始める。離れた位置にいる〈開陽〉からでも、第三分艦隊各艦が回避機動のために小形核パルスモーターを吹かせる光が僅かに確認できた。

 

「敵艦隊、第二射を開始。〈ナッシュビル〉に直撃弾1発です。シールド出力に問題はありません。」

 

「所定の艦隊運動に変更は無いわ。そのまま押しきるわよ。」

 

 先程は敵の練度はあまり高くはないと思ったが、第二射で当ててくる辺り、できる奴がいるみたいね。

 

「本艦の艦載機隊、発艦準備完了しました。ガルーダ1、アルファルド1、カタパルトへの進入を許可する。両機が発進次第、グリフィス隊は発艦位置につけ。」

 

《了解だ、ガルーダ1、出る。》

 

《へっ、丁度良い憂さ晴らしだ。行ってくるぞ。》

 

 ノエルさんが艦載機隊の発進を許可し、〈開陽〉のカタパルトから続々と艦載機が射出される。―――あれ、何気に霊沙の奴、出撃してるわね・・・って、あんな事が起きた後なのに、何やってるのよあいつは・・・!

 

「ちょっと霊沙!あんた、さっきのアレがあったのに何で出撃なんかしてるのよ!」

 

《五月蝿ぇって言ってるだろ。今までも頭痛の後に何か起こった訳でもないし、別に大したことはない!おまえは指揮にでも集中してな!》

 

 ぶつん、と通信が切断される。―――あいつったら・・・・まぁ、せいぜい無事を祈っておきましょう。

 

 通信を一方的に切断した霊沙のYF-21が、艦橋の前を横切って敵艦隊に向かっていく。それに一歩遅れて、バーガーやタリズマンの機体や随伴する無人機が続いて敵艦隊に向けて飛翔する。その数は、YF-19が2機とSu-37Cが14機だ。

 

「艦載機隊各機、敵艦の武装を集中して狙って下さい。」

 

《ガルーダ1了解。》

 

《グリフィス1了解!よし、全機続け!》

 

《ガーゴイル1了解、突入する。》

 

 敵はしばらくしてから艦載機隊が向かっているのを確認したみたいで、敵艦隊の陣形に変化が現れた。今までは此方の第三分艦隊を追撃するような形で駆逐艦群が突出していたのだが、巡洋艦と歩調を合わせ始めたみたいだ。

 

「敵艦隊、陣形変更を試みているようです。」

 

「今のうちに距離を詰めるわよ。艦載機隊の攻撃が終了次第、交戦位置に着いた艦から順次砲撃を始めて。」

 

 敵艦隊に航空機を搭載できる艦がないために、艦載機隊は妨害を受けずに第三分艦隊を通り抜け、敵艦隊の上空に到達したようだ。

 

《アルファルド1交戦!沈めぇ!》

 

 一番槍は霊沙のようで、対空砲火を掻い潜って機体を敵艦隊のうちがわに滑り込ませると一斉にマイクロミサイルを射出する。その大部分は敵艦に命中するが、何せ一発一発が小さいのであまりダメージは与えられていないようだ。それがあまり効果がないと分かった霊沙は、今度はガンポットを撃ち込んで武装や艦橋を破壊していく。

 

《グリフィス1、FOX2!》

 

《ガルーダ1、FOX2!》

 

 間髪入れず、次はバーガー達が攻撃を始める。彼等は4機一個小隊に分かれると、小隊ごとに異なる敵巡洋艦に向けてミサイルを発射した。

 

《グリフィス2、突入します!》

 

 ミサイルを発射した艦載機隊隊は、敵巡洋艦の砲口に向けて一撃離脱の機銃掃射を行って敵の攻撃力を削ぐ。

 一連の攻撃により、敵巡洋艦は何かしらの損傷を受けた。だが、まだ駆逐艦は無傷のままだ。

 

「目標の達成を確認、艦載機隊は直ちに帰投せよ。」

 

《チッ、もう終わりかよ。》

 

《これじゃあ張り合いがないぜ。》

 

「文句は言わない!直ちに帰艦してください。」

 

《・・・お堅いお嬢さんだ。まぁいい、グリフィス隊各機、帰投するぞ。》

 

「だっ、誰がお嬢さんですか・・・・!」

 

 通信でバーガーに茶化されたノエルさんは、顔を赤らめて抗議しているみたい。まぁ、バーガーさんは素直に命令には従っているし、私は別に気にしないわ。それより、艦載機隊ってなんかちゃらいイメージあるわよね。タリズマンは比較的堅物みたいなんだけど。

 

「第三分艦隊各艦、敵を射程に捉えました。砲撃開始します。」

 

 第三分艦隊は砲撃開始の信号を送ってきたようで、早苗がそれを報告してくれる。第三分艦隊の各艦は未だに無傷の敵駆逐艦に照準を合わせ、レーザーを発射した。

 敵も艦載機隊が去ったのを見て、再び第三分艦隊に攻撃を開始する。

 

「駆逐艦〈ヴェールヌイ〉、敵ミサイル1発被弾。戦闘行動に支障ありません。此方は敵タタワ級1隻に小破判定を与えました。」

 

「敵艦隊、本艦隊との距離21000。本艦隊は敵艦隊に捕捉されたようです。相手の動きに変化が見られます。」

 

 第三分艦隊が砲撃を始めるのとほぼ同時に、此方の本隊が敵のレーダー範囲に捉えられたようだ。敵艦隊は後方からの増援を見て狼狽しているみたいで、艦隊運動に乱れが見られる。

 

「〈オリオン〉、〈レナウン〉より通信、包囲位置に到着したようです。」

 

 さらに、早苗が第一、第二分艦隊が包囲位置についたことを報告する。これで準備は完了だ。

 

「よし、全艦最大戦速!一気に畳み掛けなさい!」

 

「了解です!機関、最大戦速!」

 

 私がそう命じると、ユウバリさんが嬉々とした表情で一気に艦を加速させ、インフラトン・インヴァイダーが唸りを上げる。急激な加速による慣性のせいか、体がシートに押し付けられていく。私はそれに逆らって、戦闘宙域を映す画面を注視し続けた。

 

「・・・霊夢さん、すごい表情してますねー。まるで獲物を前にした雌豹みたいです。」

 

「早苗、これは狩りよ。あいつらは獲物で間違いないわ。」

 

 そう、海賊は資金源なのだ。ある程度叩きのめしたら降伏勧告を送って、フネごと略奪させてもらうわ。何、それじゃあどっちが海賊か分からないって?そんな事はどうでもいいのよ。今は目の前の資金源を確保することが先決よ。

 

「ふふっ・・・そういう容赦のないところ、格好いいですよ。」

 

「別に褒めたって何も出ないわよ。」

 

 早苗はどんな意図で格好いいなんて言ってるのかしら。まぁ、それより今は目の前の状況に集中しましょう。

 

「敵艦隊、本艦の主砲の射程圏内!」

 

「砲撃開始!全砲斉射よ!」

 

「イエッサー!主砲、一番から三番、砲撃開始だ!目標、敵タタワ級!」

 

 フォックスがトリガーを引き、〈開陽〉の3連装主砲から蒼いレーザー光が放たれる。その光は敵タタワ級に三度、連続して直撃し、タタワ級は大爆発を起こしてダークマターに還った。小マゼランの駆逐艦如きじゃ、この〈開陽〉の全力砲撃には耐えられまい。

 

「第一、第二分艦隊、敵艦隊後方を強襲しました!」

 

 今まで戦闘に参加していなかった二つの分艦隊も、遂に敵艦隊への攻撃を開始した。

 前衛の分艦隊は何れも足の速い艦で固めており、旗艦の巡洋戦艦〈オリオン〉と〈レナウン〉も、巡洋艦並の機動性を発揮して敵艦隊に迫りながら、両舷のレーザー砲でバクゥ級を艦尾から焼いていく。巡洋戦艦の砲撃で一気にシールド出力を減衰させられたグアッシュのバクゥ級に、巡洋艦と駆逐艦の小口径レーザーが降り注ぎ、バクゥ級を穴だらけにしていった。

 

「敵バクゥ級、Aクラス一隻撃沈!Bクラス2隻が中破!」

 

「主砲、敵左翼のタタワ級に照準!」

 

「了解、射撃諸元修正完了。主砲発射!」

 

 続いて、〈開陽〉の主砲が別のタタワ級を指向し、同艦を一撃でスクラップにするほどの威力を秘めたレーザー光が発射される。第一射目はうまく躱したみたいだけど、立て続けに2発も撃たれては躱しきれなかったみたいで、このタタワ級も爆散した。

 

「敵タタワ級撃沈!〈ケーニヒスベルク〉も砲撃で敵駆逐艦一隻を撃沈した模様。」

 

「巡洋戦艦〈オリオン〉、巡洋艦〈エムデン〉、駆逐艦〈タシュケント〉、〈タルワー〉に被弾。衝撃で〈タルワー〉のシステムに異常発生。艦内スプリンクラーが誤作動しました。」

 

「その程度なら戦闘続行に支障は無いでしょう。このまま戦列に留まらせて。」

 

「了解です。〈タルワー〉には修正信号を送信します。」

 

 だが、グアッシュも最後の抵抗を試みて、後方から乱入してきた分艦隊に対して向けられる砲を全て向けて砲撃してくる。大半は命中してもシールドの出力を減衰させるか装甲を焼くに留まったが、駆逐艦〈タルワー〉は被弾の衝撃で消火系統のシステムが誤作動したようで、一斉に全ての艦内スプリンクラーが起動してしまったみたいだ。今頃〈タルワー〉の艦内はゲリラ豪雨に見舞われていることだろう。もし人が乗っていたなら阿鼻叫喚ね。

 そのゲリラ豪雨も、上級AIである早苗の信号を受けて、〈タルワー〉のコントロールユニットがスプリンクラーを停止させたことにより止んだみたい。

 

「そろそろ頃合いね。ミユさん、降伏勧告を出してくれる?」

 

「いえ艦長、その必要は無いみたいですよ。たった今、敵艦隊より降伏信号を受信しました。」

 

「そう、なら良いわ。全艦、撃ち方止め!」

 

 敵が降伏したので、配下の艦隊には戦闘停止を命じる。生き残りのグアッシュも今のところは変な動きを見せていないし、インフラトンの反応も徐々に低下している。本当に降伏したと見て間違いないだろう。

 

 戦果としては、バクゥ/G級Aクラス1隻とタタワ/G級3隻撃沈、大破したやつがバクゥ2隻にタタワ4隻、中破以下はバクゥ2隻とタタワ2隻か。鹵獲前提で戦ったから撃沈は少ないわね。沈没艦もスクラップとして有り難く回収させて貰うけど。

 こっちの被害は―――無人のSu-37が2機撃墜に1機全損判定か。この程度なら直ぐに回復できそうね。艦の被害は巡洋戦艦〈オリオン〉と巡洋艦〈エムデン〉、〈ナッシュビル〉、駆逐艦〈タシュケント〉、〈タルワー〉、〈ヴェールヌイ〉に被弾。判定は〈タシュケント〉が小破で他は軽度の損傷か。ただ、〈タルワー〉のシステムは後で点検させた方が良さそうね。後でにとりに連絡しておきましょう。

 

 

 

「ふぅ、これで終わりね。」

 

「ああ、まさかゲートを抜けてすぐ戦闘とは思わなかったぜ。」

 

「そうね、コーディ。ただ、まだ仕事はあるわよ。」

 

 戦闘終了で艦橋クルーの皆の緊張も解けたみたいで、肩の力を抜いたり、身体を伸ばしたりとしている。だが、これで私の仕事が終わったわけではない。これからの捕虜収容には、保安隊に頑張って貰わないとね。

 

「艦橋より保安隊、聞こえるかしら?相手が降伏して戦闘が終わったから、機動歩兵と一緒に敵艦内を制圧してくれないかしら?」

 

《こちらエコー、了解した。よし聞いたなお前ら!敵艦の制圧は俺達クリムゾン分隊が行うぞ、分隊各員は装備を整えろ!ファイブスのスパルタン分隊は通常通り、艦内の警備を頼む。》

 

《了解した。こっちは任せてくれ。》

 

 命令を受けた保安隊は早速行動に入ったようで、通信の向こう側からも慌ただしい様子で物音や声が聞こえてくる。エコーもファイブスも元軍人だし、こういった行動の素早さは中々のものね。

 

「ああ、それともう一つ良いかしら?捕まえた捕虜なんだけど、機動歩兵の監視付で一隻に纏めてくれないかしら?」

 

《そうか。了解した。では捕虜は一番状態の良い艦に纏めておきます。監視は百体程度で宜しいですか?》

 

「ええ。もしお馬鹿するなら教育してやりなさい。」

 

 あのメタルマウンテンゴリラ百体とご対面なんて、私はご遠慮願いたいわね。味方ならいいんだけど、敵ならかなりの威圧感がありそうだし。まぁ海賊のことだし、命を危険に晒してまで特攻かましてくるような馬鹿は居ないでしょう。あいつらは我が身が一番可愛い人種だからね。

 

 

 

 

 数刻も経つと保安隊の準備が完了したようで、〈開陽〉が海賊の艦隊に接近すると、機動歩兵と全身装甲服に身を包んだ保安隊員を乗せた強襲艇が続々と発進していく。

 

 その後も作業は滞りなく終了し、海賊の残骸は工作艦の腹の中に消え、捕虜は原型を留めていたBクラスのバクゥ級に収容された。この宇宙では弱肉強食が当たり前、人死になんて日常茶飯事みたいなもんだから、生存権を保証されるだけ有り難いと思いなさい、海賊さん達。機動歩兵とご対面なんてまだ可愛い方よ。

 ああ、捕虜の食事は適当な携帯食を機動歩兵に運ばせたわ。あんなゴツい戦闘ロボットから食事を貰う海賊捕虜の図・・・・なんかシュールね、それ。

 

 捕虜を乗せたバクゥ級は、もしも奪還されたら色々不味いので、こいつは〈ムスペルヘイム〉のドックに収容して機銃の一丁までの全武装を剥がさせたわ。ついでにこいつは今後も捕虜運搬船(ヘルシップ)として運用するつもりだから、艦隊に随伴できるようエンジン周りを弄ってある程度修理もしておいた。

 

 

「そうだ、霊夢さん。ヘルシップもうちで使うなら、折角ですし名前でも付けます?」

 

「別に良いわ。付けたいなら適当にやっといたら?」

 

 今の私は指揮でちょっと疲れたわ・・・少し休もう。ヘルシップの名前なんて別にどうでも良いでしょ―――1号艦とか適当な名前でも。海賊を詰め込めればそれで十分よ。

 

「はーい。じゃあ適当に付けときますねー。」

 

 私の言葉で了承を得たと思ったのか、早苗はホログラムの画面に何か入力している。

 

 後日、ヘルシップのバクゥ級の名前は〈阿里山丸〉となったらしい。かなり日本的な名前だけど、そんな知識、何処で仕入れてきたのかしら。

 

 

 

 ―――にしても、ゲートを抜けてすぐ戦闘なんて、今後はどうなるのかしら。このカルバライヤ宙域の旅も、一筋縄ではいかないようね――――。

 




ちゃっちゃら~ 艦隊に ヘルシップ が 加わった !



今話からカルバライヤ編に突入です。予告にあった戦艦は次話あたりからの登場になりそうです。

私は無限航路のサントラを持っていないので、無限航路のイメージBGM名は欧米版の名前です。本家では何というか分かりませんw
個人的に、霊夢艦隊の戦闘BGMは雑魚戦が「厄神様の通り道」か「幻想浄瑠璃」のイメージですね。ボス戦になると色々イメージが変わりますが。敵視点で霊夢艦隊が蹂躙している場面は深海棲艦曲、ハイストリームブラスターはヤマトの曲とか、そういった方向性も一応ありますが、大体は勘で選んでいます(笑)。霊夢ちゃん本人が無双する場面はちゃんと霊夢の曲から選んでいますよ。




霊夢艦隊の艦船の名前についてですが、殆どは実在、又は計画艦の艦名から来ています。今は改ガラーナと改ゼラーナのクラス名に欧米版の名前を充てたのでソ連分多めです。今回システム事故を起こした〈タルワー〉は、インド海軍の1135.6型フリゲートのネームシップから来ています。日本ではかなりマイナーな艦だと思いますが、分かった方は居るのでしょうか。


勿論例外もありまして、〈蓬莱丸〉はPS2ヤマトに登場した輸送艦、〈パーシヴァル〉は映画「真夏のオリオン」劇中の架空駆逐艦、〈アナイティス〉は「ラストエグザイル 銀翼のファム」に登場した戦艦から取っています。初代旗艦〈高天原〉は完全にオリジナルですし、駆逐艦〈ヘイロー〉は由来がxboxのゲーム「HALO」と、もはや船ですらありませんw




早苗さんは・・・秘密です(笑)


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