夢幻航路   作:旭日提督

36 / 109
第三四話 小惑星帯の激戦

 ~カルバライヤ・ジャンクション宙域、惑星ガゼオン軌道~

 

 

「艦長、間もなくガゼオン軌道を越えます」

 

「了解。件の封鎖宙域はこの先ね」

 

 私達は今、この先にあるくもの巣とかいうグアッシュ海賊団の拠点に向けて航行している。今回の目標は依頼内容の達成、つまり要人の救助だ。それが駄目でも出来るだけグアッシュの戦力を把握しておきたい。今回退くことになったとしても、敵情を把握していれば作戦を練りやすくなる。

 

 惑星ガゼオンの上空を通過した私達の艦隊は、その先にある保安局の封鎖宙域に向かう。この先は海賊が跳梁跋扈しているお陰で保安局ですら容易に足を踏み入れられないという危険宙域らしい。一度ここで気を引き締め直した方がいいだろう。連中の艦との性能差を考えれば簡単に負けることはないだろうが、この先は海賊の庭を言っても過言ない宙域だ。警戒はするだけしておくに越したことはない。

 

 しばらく航行を続けていると、前方に複数のインフラトン反応が感知される。件の封鎖艦隊だろう。

 

「前方に複数の艦船を確認。識別信号、カルバライヤ宙域保安局です」

 

「ノエルさん、一応こちらの所属と用件を通信で告げておいてちょうだい。シーバットさんが連絡してくれている筈だから、それで封鎖は解除されると思うわ」

 

「了解です。通信回線開きます」

 

 ノエルさんが通信で所属と用件を告げると、縦に複横陣を組んでいた保安局艦隊は上下に移動して此方に道を譲ってくれた。

 

「保安局艦隊より返信"ドウゾ通ラレタシ。貴艦隊ノ無事ヲ祈ル"です」

 

「機関減速。衝突を警戒しつつ、このまま封鎖艦隊の間を抜けます」

 

 保安局艦隊の間を、まず先頭の第一、第二分艦隊が通過する。それに続いて第三分艦隊とメイリンさんの〈レーヴァテイン〉を含めた本隊、特務艦隊の順に通過した。保安局艦隊の間は大きく開いている訳ではないので衝突を避けるためにある程度減速していたお陰で、全艦通過するのに少し時間がかかった。

 

「・・・しかし、あれだけの艦を投入しても海賊を封じ込められないなんてな、敵の数は一体どうなっていることか」

 

 砲術席に座るフォックスが愚痴を溢した。

 

 確かに、先程の宙域封鎖艦隊は4~50隻程度の数はいたような気がする。それを航路を塞ぐように展開しても尚海賊被害が絶えないという話だから、連中の戦力は馬鹿にならない数なのかもしれない。

 

「いや、わざわざ保安局とぶつかる真似なんていくら海賊でも御免でしょう。連中だけが知ってる封鎖宙域から此方に繋がる隠し航路でもあるのかもね」

 

 ただ、海賊も馬鹿ではないのだから、いくつかそういった抜け道があるのかもしれない。

 

「成る程な。さて、ここから敵のホームな訳だ。火器管制を立ち上げておくぞ」

 

 フォックスも意識を切り替えて、艦の火器管制を起動させた。

 確かに彼の言うとおりこの先は海賊の庭だ。今のうちに警戒体勢を上げておこう。

 

「こころ、レーダーの感度を上げておいて。特に敵が隠れていそうな小惑星なんかは優先的に監視して頂戴」

 

「――了解しました」

 

 ここで一旦、艦隊の陣形も整えた方が良さそうだ。さっきは封鎖艦隊の間を抜けるのにいくつかの群に分けておいたけど、もう一度警戒のために各分艦隊を広げるべきだろうか。

 

「早苗、艦隊の陣形はどうしたら良いと思う?」

 

 だが、私はまだこの席についてから経験が足りないのは分かっているのだし、他者の意見も聞いておくべきだ。今回は敵情が一切不明、ファズ・マティの時みたいに敵の拠点のことすら何も情報がない訳だから、慎重を期して行動するべきだ。

 

「そうですねぇ―――どうやらこの先は小惑星や赤色矮星が多い宙域みたいですし、惑星ゾロスまで目ぼしい星は無いようなのでグアッシュの艦隊はアステロイド帯に潜んでいるのかもしれないですね―――さっき霊夢さんは隠し航路があるかもと言っていましたけど、もしかしたらそこから奇襲されるという展開も考えられますね・・・」

 

 早苗は宙域図を呼び出して、それを元にグアッシュの行動を予測している。確かにここからくもの巣までは目ぼしい惑星はない。海賊がくもの巣との中継点に補給基地なんかを置いている可能性もあるかもしれない。

 

「・・・駆逐艦を警戒のために分散させると各個撃破される恐れもあるかもしれないですし、ここは艦隊を二つに分けて輪形陣を組ませるのはどうでしょうか。第一、第二分艦隊を合流させて此を警戒部隊にして、第三分艦隊は本隊と特務艦隊の護衛に回してみては?」

 

 成程、敵の襲撃を察知するために艦隊を分散させるとかえって危険か・・・早苗の言うことも一理あるわね。

 

「―――分かったわ、それで行きましょう。第一第二分艦隊は合流して先行、本隊と特務艦隊の大型艦は陣形中央に置いて、周りを巡洋艦と駆逐艦で固めさせて。あと無人機隊を航路上に飛ばして警戒態勢を固めておくわよ」

 

「了解です。陣形変更を指示しておきますね。艦載機隊も発進を指示しておきます」

 

 早苗がコントロールユニットを介して陣形変更を命じると、各艦はその通りの位置に移動を始める。

 

「霊夢、今回ばかりは敵に遭遇したら問答無用で叩き潰しておいた方が良い。いつもは鹵獲のために手加減しているが、今回は戦いが長引いて増援でも呼ばれたら厄介だ。できれば敵が通信する暇も与えない方が望ましい」

 

「了解、意見ありがとコーディ。早苗、他艦の戦闘モードの切り替えもよろしく」

 

「はい、モード切換了解です!」

 

 コーディの言う通り地の利は向こう側にあるのだから、グアッシュが大艦隊を差し向けてくる前に各個撃破する形の方が望ましい。そのためには遭遇した敵艦隊は迅速に叩き潰すべきだろう。

 

「全艦警戒態勢を維持、巡航速度を保て」

 

「了解」

 

 改めて警戒を厳にすることを指示して、私は敵地へと艦隊を進めた。

 

 

 

 

 .....................

 

 ...............

 

 ..........

 

 .....

 

 

 

「艦長、間もなくルザ星系に到達します」

 

 オペレーターのミユさんが報告する。

 封鎖宙域に入ってからしばらく経ったけど、まだ海賊の襲撃はない。このルザ星系は複数の褐色矮星と小惑星からなる閑散とした宙域で特に価値はない場所だ。この星系を越えた先にグアッシュの拠点、くもの巣が存在する。

 

「了解。警戒を続けて」

 

 ―――相変わらず、凪いだ海ね・・・

 

 私は警戒を続けるよう指示しつつ、この宙域にそんな感想を抱いた。

 

 封鎖宙域より向こう側はてっきり海賊共が跳梁跋扈する魔窟だと思っていたものだから、これには肩透かしを食らった気分だ。

 ただ単にここには獲物がいないから、海賊達は休息を取る以外には帰ってこないという線も考えられる。それならこっちにとっては好都合なのだが、もしこれが逃げられないよう自陣に追い込む罠だとしたら背筋が凍る思いだ。

 

 今はこの静寂がただ不気味だ。

 

「ほんと、静かな航海だ。欠伸が出そうだよ」

 

「・・・・あんた、いつから居たのよ」

 

「ん?さっきからだけど」

 

 隣で声がしたと思ったら、いつの間にか霊沙の奴が艦橋に上がり込んでいた。一応こいつは航空隊にぶち込んでいるから本来なら待機を命じておいた筈なんだけど、何で艦橋に上がっているのかしら。

 

「はぁ―――航空隊は敵襲に備えてハンガーで待機しろって言わなかったっけ?」

 

「聞いてないぜー。暇だからこっちに来ちまった」

 

「ああもう、好きにしなさい・・・」

 

 もうこいつに何を言っても無駄だと分かっているので、今は気にしないことにしよう。せいぜい暇をもて余していろ。

 

 

「あ、艦長・・・・」

 

「どうしたの?」

 

 すると、ミユさんの呟きが耳に入った。

 

「・・・・どうやら救助信号のようです。如何されますか?」

 

 救助信号?こんな封鎖宙域のど真ん中でそんなものが出ているとは、明らかに怪しい。

 

「―――早苗、偵察機を向かわせられる?」

 

「方角さえ分かれば何とかなりますが・・・」

 

 罠だとしても、封鎖のお陰で民間船がほとんど立ち入らないこの宙域で救助信号を発するのは不自然だ。それに本当にSOSだとしても、わざわざこんな宙域に立ち入る理由が分からない。ここは慎重を期して救助信号の発信源を調べてみるべきだろう。

 

「救助信号は褐色矮星γの方角にある小惑星帯の辺りから出ているようです」

 

「分かったわ。じゃあ早苗、この方角に偵察機を飛ばして頂戴」

 

 私は宙域図を呼び出して、ミユさんの報告を元に信号の発信源を探し、おおよその方角を掴んだところで早苗に指示した。

 

「了解です」

 

 早苗が指示を承諾すると、前衛の改ゼラーナ級駆逐艦〈ソヴレメンヌイ〉から2機のアーウィン偵察機が飛び立つ。偵察機隊は小惑星を避けつつ、目的の宙域に向けて飛行を開始した。

 

「フォックス、敵の罠の可能性もあるわ。直ぐにぶっ放せるように準備しておきなさい」

 

「アイアイサー。戦闘準備了解だ」

 

 

 一応念のため、フォックスには戦闘準備を命じておく。

 さて、何が出るか・・・

 

 

 

 

 

「艦長、偵察機からの映像データを受信しました。パネルに表示します」

 

 しばらく経つと、救助信号が発信されている方角に飛ばした偵察機から報告が届いたようだ。偵察機隊から受信した映像データがメインパネルに転送され、画像が表示される。

 

「これは―――客船だな。既に荒らされた後だろうが」

 

 その映像にあったのは、装甲か剥がされ煙を吐いているフネの姿だ。辛うじて原型は留めているが、あそこまで行けば廃艦レベルだろう。周りには護衛艦らしき艦の残骸も見られ、うち一つは辛うじてオル・ドーネ級巡洋艦と判別できるが艦体がいくつかに千切れているし、生存者は居ないだろう。

 

「艦種特定完了。どうやらカルバライヤのククル級装甲客船のようです」

 

 私がその映像を眺めている間に、ノエルさんは艦種の特定作業を終えて報告した。ククル級はカルバライヤが開発した貨客船の一種で、外見は丸いスプーン型の船首を持った箱形の船体に、船の両舷中央から下方に向けて大型の翼状のスタビライザーが伸びているのが特徴的だ。装甲が厚く耐久性に優れているタイプだ。そのため海賊に襲われてもある程度は持ちこたえられるのでカルバライヤに限らず広く使われているフネらしい。

 

「ブービートラップの類いは見当たらない?」

 

「はい。報告によれば、スキャンの結果艦内に火薬の類いは確認されていません。インフラトン・インヴァイダーはまだ生きているようですが、状態から考えてオーバーロードの可能性は低いかと思われます」

 

 こころのスキャン報告によれば、トラップが仕掛けられた兆候は見当たらないらしい。なら、救助信号が出ていることだし、一応生存者の探索も行っておこう。あの様子だとそれがいるかは怪しいけど。

 だが万が一のことも考えて、艦は客船から離れた位置に停泊させる。一応警戒のために駆逐艦1隻を客船の近くに向かわせたけど、何も起こらなかった。これで他のフネのインフラトン反応を感知して起爆する機雷という線は消えた。

 

「ああ、丁度良かったわ。霊沙、あんた暇なら船外活動にでも行ってきなさい。コーディ、こいつ引っ張ってあの客船を見てきてくれないかしら?機動歩兵は何体でも連れていって良いわよ」

 

「はぁ、何で私がそんなこと「了解した、霊夢。さてお嬢さん、そういう訳だからさっさと行くぞ!」

 

「あ、おいっ、引っ張るな!服が延びる!」

 

「はーい、行ってらっしゃーい」

 

 私がそう指示するとコーディは霊沙を掴んで小型艇の格納庫まで引っ張っていく。そんな様子を、私はやる気のない声で見送った。

 

「しかし、あんな船でここまで来たなんて大概ですねぇ・・・」

 

 二人が居なくなったところで、早苗が呟いた。

 確かに早苗の言う通りあんな客船1隻でこの宙域に突っ込んでくるなんて大した度胸だ。まぁそのお陰であの客船の連中はこんな羽目に逢っている訳なんだけど。

 

「ほんとね・・・・何か事情があるのか、或いは唯のバカだったか―――まぁ、事情なんてはっきり言ってどうでも良いわ」

 

「うわ、淡白ですねー霊夢さんは」

 

「五月蝿い、元からよ」

 

 私は基本他人の事情とかには無関心だし、そう言われても仕方ないんだけど、早苗に言われるとなんだか煽られているみたいで調子が狂うわね・・・

 

 そうしているうちに霊沙とコーディを乗せた小型艇は大破した客船に取りついたみたいで、作業開始のメッセージが届いていた。

 

 しばらくすると探索を終えたのか、小型艇はククル級の残骸から離れて戻ってくる。

 

「どうやら終わったみたいですね」

 

「そのようね。トラップの類じゃないみたいで良かったわ」

 

 少なくとも小型艇が無事に戻ってくるという事は、あのフネに足を踏み入れたらインフラトン・インヴァイダーがオーバーロードして爆発四散、即お陀仏なんて悪質なトラップが仕掛けられていないのは確かだ。

 

「だとすると、やっぱりここまで自力で来たのでしょうか?」

 

「さぁ?バカが突っ込んだのかもしれないけど、漂流しているうちにここまで来たのかもしれないわね」

 

 あの客船はブービートラップではなかったみたいだし、可能性としてはそのどちらかだろう。

 

 後はコーディの結果報告を待つだけね。

 

 

 

 

「戻ったぞ、霊夢」

 

「お疲れ様。それで、どうだった?」

 

 帰艦した小型艇を収容してしばらくすると、コーディと霊沙の二人が艦橋に戻ってきた。

 

「艦内は予想以上にボロボロだったな。殆どエアも抜けていたし、生存者がいたのは奇跡だ。ただ生存者が居た部屋の空気もだいぶ汚れていたし、それに衰弱も酷い。助かるかどうかは治療次第だな」

 

「ああ、一応医療ポッドに入れてあの女医マッドに引き渡したから、なるようにはなるだろ」

 

「そう。運の良い生存者ね」

 

 あの客船が漂流していたのはこんな宙域だし、私達が通り掛からなかったら救助信号には気付かれなかったかもしれない。そうなれば件の生存者は後はエア切れか宇宙線被曝かスペースデブリでお陀仏になるだけだ。何れにせよ、その生存者はかなり運が良い。どんな奴なのか、少し気になる。

 

「それでだな、その生存者、死体かと思って近付いたら急に動き出したもんだからこのお嬢さガッ!・・・」

 

 コーディが何か話そうとすると、突如霊沙の拳が彼の脇腹に炸裂した。

 

「う、五月蝿い!ったく、わざわざからかうようなこともないだろ・・・」

 

「ははっ、元気なこった」

 

 霊沙は顔を真っ赤にしてコーディに抗議するが、何があったのだろうか。

 

 ―――ははぁ~ん、これは少し弄り甲斐がありそうね。

 

「ああ、霊夢さんが悪い顔をしています・・・」

 

 早苗が何か言っているけど、気にする必要はないだろう。

 

「へぇ・・・で、見つけた時に悲鳴を上げたってとこかしら。あんたにしては柄になく珍しふごっ!!―――」

 

 訂正、どうやらおふざけが過ぎたらしい。霊沙のストレートパンチが私のお腹に思いっきり炸裂する事態になった。

 

 ―――殴るにしても、もっと力加減考えなさいよ・・・

 

 それは予想以上に強烈で、思わず膝をついてしまった。

 

「・・・へっ、思い知ったか、この鬼巫女。じゃあな、私はそろそろおいとまするぜ」

 

 倒れて悶絶する私とコーディを尻目に、霊沙はしてやったりとした表情を浮かべながら艦橋から退出した。

 

 ―――ほんと腹立つわね・・・・次は覚えておきなさいよ・・・!

 

 痛みにのたうち回る私は、密かにあいつに復讐してやろうと決意を新たにしたのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~カルバライヤ・ジャンクション宙域、"くもの巣"周辺宙域~

 

 

 

 あれから暫く航海を続けているが、未だにグアッシュの気配はない。それこそこのまま"くもの巣"に乗り込めるのではないかと思えるくらいに。

 グアッシュ海賊団の拠点"くもの巣"は、小惑星をくり抜いた基地同士をケーブルで繋ぎ合わせて、複数のそういった基地から作られた拠点だ。その姿が蜘蛛の巣に見えることが名前の由来らしい。

 

「・・・・〈レーヴァテイン〉より通信です。"貴艦隊ノ働キニ期待スル"と・・・」

 

「言わせておきなさい。さて、もうすぐくもの巣な訳ね。総員戦闘配備よ。保安隊は敵拠点の強襲揚陸に備えて強襲艇の発着デッキで待機。艦載機隊は直ちに発進準備よ」

 

 ミユさんからの通信報告は適当に受け流して、私は戦闘配備を下命する。ここまでは幸運にも海賊の襲撃はなかった訳だが、これから海賊の拠点に乗り込んで救助対象の身柄を確保する以上、戦闘は避けられまい。

 

「了解です。総員、戦闘配備につけ!保安隊は強襲艇発着デッキに集合せよ。艦載機隊は直ちに発進準備!」

 

 命令を受けたミユさんはてきぱきと各部署に指示を飛ばし、艦内は戦闘配備のため慌ただしさに包まれた。

 

 

 

 

【イメージBGM:東方紅魔郷より「月時計 ~ルナ・ダイアル」】

 

 

 

「早苗、艦隊の陣形を変えるわよ。前衛の艦隊は分艦隊ごとに楔型陣形を取って上下に展開。本隊の駆逐艦は左右に展開させて」

 

「了解。指示伝達します」

 

 私が陣形変更を命じると、前衛の第一、第二分艦隊は楔型陣先頭に巡洋戦艦を置く形で上下に別れて展開し、本隊を護衛している駆逐艦群も輪形陣を解いて左右に別れて展開する。

 各艦が姿勢制御ノズルを駆使して素早く巧みに指定された位置に移動していく様はいつ見ても惚れ惚れするほどだ。無人なのにあれだけ有機的な陣形変更が可能なのも、単に早苗の本体たるコントロールユニットの性能が規格外なためだ。こればかりはサナダさんも良い仕事をしたと思う。

 

「!、来ました艦長、グアッシュ海賊団です!」

 

「前方より敵艦隊接近中!数11。バクゥ級4、タタワ級7!」

 

「敵は3つの小隊形に分かれつつ此方に接近中。左の小隊形から順にグアッシュ小隊α、β、γと呼称します」

 

 遂にグアッシュの艦隊が現れ、ミユさんとノエルさんがそれを報告する。その報告で、艦橋内は緊張に包まれた。

 

《此方は〈レーヴァテイン〉です。霊夢さん、聞こえますか?》

 

 そこで〈レーヴァテイン〉のメイリンさんから通信が入った。ここで一体何の用だろうか。

 

《右側の3隻は本艦が相手をします。霊夢さんは他の敵を!》

 

「分かったわ。健闘を祈る」

 

 メイリンさんは右側のバクゥ級1隻とタタワ級2隻の相手をすると言い残して、〈レーヴァテイン〉を加速させた。これで此方が処理すべき敵はバクゥ級3隻とタタワ級5隻に減った。

 

「敵艦隊のより詳細な情報判明。敵バクゥ級は全てBクラス!Aクラスを含まず」

 

「敵艦隊との距離、22000です」

 

「フォックス、最大射程に入り次第叩きなさい!早苗、前衛艦隊を敵小隊形αとβに差し向けて!」

 

「イエッサー!」

 

「了解です!」

 

 ノエルさんとこころから詳細なデータがもたらされる。私はそれに基づいて、敵への対処法を考える。

 

 敵の小隊形αとβに差し向けた前衛艦隊は、巡洋戦艦〈オリオン〉と〈レナウン〉が距離16000で砲撃を始める。それと同時にグアッシュ艦隊も前衛艦隊に向けて砲撃を開始した。

 

「敵艦隊、最大射程に捉えた。砲撃を開始する!」

 

 同じくして最大射程に達した〈開陽〉の160㎝3連装砲も火を吹く。敵と〈開陽〉の間には前衛艦隊が展開しているので命中率は悪いが、敵巡洋艦のうち一隻に直撃弾を与えた。

 

「駆逐艦〈ソヴレメンヌイ〉、〈タシュケント〉被弾。シールド出力5%低下します」

 

 グアッシュの砲撃はかなり大雑把だが、数撃ちゃ当たるとでも思っているのか、ひっきりなしに砲撃を繰り出す。それに対して回避機動を実行しながら応戦していた前衛艦隊だが、駆逐艦に被弾が発生してしまう。だが戦闘継続には問題ないばかりか、前衛艦隊は突出したグアッシュに照準を合わせて一隻ずつ敵の数を減らしていく。

 

「敵4、5番艦のインフラトン反応拡散、撃沈です!」

 

「手を緩めるな、撃ち続けなさい!」

 

 既に敵はバクゥ2隻とタタワ4隻を撃沈され、残るは2隻となった。だが攻撃の手を緩めることはせず、敵の殲滅を命じる。

 

「〈レーヴァテイン〉より高エネルギー反応か。何か仕掛けるようだな」

 

 コーディの一言につられて右舷側で戦う〈レーヴァテイン〉に目を移してみると、艦底部の長砲身レーザーを発射してグアッシュ艦レーザーで串刺しにして撃沈していく様子が見えた。これは此方も負けてはいられない。

 

「駆逐艦〈ズールー〉被雷!レーダー機能低下」

 

 前衛艦隊は殆どの敵を掃討したが、敵が最後に放った魚雷が〈ズールー〉に被弾して彼女のセンサー類を吹き飛ばした。こうして地味に被害が出ていくところは少し痛い。

 

「新たな敵影を確認!今度は2時の方角からバクゥ級2、タタワ級2隻が急速接近中!バクゥ級にはAクラスを含む!」

 

「前方からも新たな敵艦隊が接近中。駆逐艦5隻の高速打撃部隊です」

 

 敵を掃討したと思ったらこの様だ。ミユさんとこころから新たな敵接近の報を受けるとすかさず対処を命じる。

 

「前方の高速打撃部隊は前衛艦隊が対処せよ。〈ケーニヒスベルク〉と〈ピッツバーグ〉は〈レーヴァテイン〉の援護に回れ!」

 

「了解です。各艦に指示を伝達します」

 

 まったく、これじゃあ幾ら倒してもきりが無いわ。一体どれだけの戦力抱えてるのよ・・・・依頼の性質上ハイストリームブラスターは"くもの巣"に当たると不味いし、少し困ったわね―――

 

 

 

 ~〈レーヴァテイン〉艦橋~

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 時は少し遡り、グアッシュ襲来の報せを受けた〈レーヴァテイン〉は右側のグアッシュ小隊形を殲滅すべく敵艦隊に接近を続けた。

 

「艦長、間もなく距離20000です。そろそろ射程に入りますが」

 

「まだ撃つな。必中距離で放て」

 

 艦橋では砲術士が攻撃を進言するが、艦長のメイリンはそれを拒否する。敵との連戦が予想される以上、エネルギーはできるだけ節約したいというのがメイリンの考えだ。

 

 ―――お嬢様、妹様、サクヤ・・・今私が参ります!

 

 メイリンは内心で海賊に捕らわれた自社の社長の息女二人と友人の救出を固く誓い、決意を新にして艦の指揮に臨んだ。

 

 

「"海賊狩り"のお嬢さんはもうおっ始めたみたいだな。早いことだ」

 

 戦況を監視していたオペレーターの一人が呟く。

 霊夢の前衛艦隊は一気に加速して敵を射程に捉えると、楔型に展開した陣形から幾つもの青白い火線が放たれる。そのいくつかはグアッシュの艦に着弾し、その船脚を鈍らせた。

 

 よく見ると砲撃しているのは前衛艦隊だけでなく、その後方に位置する大型戦艦――霊夢の旗艦からも砲撃が放たれているのが分かる。

 普通は陣形後方に位置する艦は対艦補正が高い戦艦であっても敵に命中弾を与えるのは至難の技なのだが、霊夢の旗艦は初撃からそれを成してる以上、かなり練度は高いとメイリンは感心していた。

 

「距離18000に到達。有効射程です」

 

「予測計算終了、初弾命中間違いなしですよ!」

 

「よし、砲撃用意だ!〈スターボウブレイク〉にエネルギーを回せ!」

 

 部下から矢継ぎ早に報告を受けたメイリンは、確実に敵を葬れる距離に達したと確信し砲撃を命じる。

 その命令と同時にインフラトン・インヴァイダーからのエネルギーが〈レーヴァテイン〉の艦底部に装備された長距離砲に回され、砲身が発熱する。

 

「エネルギー注入率100%、いつでもいけます!」

 

「よしっ、〈スターボウブレイク〉、発射!!」

 

 メイリンが号令を下し、トリガーが引かれる。

 〈レーヴァテイン〉の艦底部に装備された330cm長距離連装対艦レーザー砲「スターボウブレイク Mk.8mod2」は注入されたエネルギーを一気に放出し、巨大なレーザーとなってグアッシュの小隊に襲い掛かる。

 スターボウブレイクの火線は回避を試みたタタワ級に大穴を開けてこれを貫き、その後方に位置していたバクゥ級にまで損害を負わせた。

 

 〈レーヴァテイン〉の元となったドーゴ級戦艦には艦首に超遠距離射撃砲が装備されているのだが、カスタム艦である〈レーヴァテイン〉はそれを取り外し、スカーレット社が開発した長距離対艦レーザーであるこの「スターボウブレイク Mk.8 mod2」を装備していた。この砲は威力こそ超遠距離射撃砲に劣るが、エネルギー消費が小さいので超遠距離射撃のように砲撃後一時的にエネルギーが枯渇するという事態に陥ることはなく、敵に隙を与える間が短いという利点があった。

 

「うしっ、命中!敵駆逐艦1隻撃沈!」

 

「砲身の冷却急げ!残りの敵駆逐艦に向けて〈イゾルデ〉照準!」

 

「了解っ、イゾルデ照準、目標敵駆逐艦!撃てっ!」

 

 続いて〈レーヴァテイン〉の艦橋両脇に装備された88㎝3連装対艦レーザー砲「イゾルデ Mk.73」が生き残ったグアッシュのタタワ級駆逐艦に指向され、青白いレーザーの火線が放たれる。

 タタワ級駆逐艦は一撃目には何とか耐えたが、シールドが消失した直後に二撃目を受けて爆発四散して果てた。

 

「続いて敵巡洋艦に照準、撃て!」

 

「了解、目標敵巡洋艦!」

 

 それに続けて〈イゾルデ〉は生き残ったバクゥ級巡洋艦に矛先を向け、此を葬り去る青き槍を放つ。スターボウブレイクに被弾して黒煙を吹いていたバクゥ級はこの攻撃に耐えきれず、インフラトンの火球となって消えた。

 

「敵艦隊の沈黙を確認」

 

 戦闘終了を告げるオペレーターの声が響いたが、〈レーヴァテイン〉のクルーは休むことなく次なる戦いを強いられる。

 

「2時の方角より新たな熱源反応!数は巡洋艦、駆逐艦それぞれ2隻ずつと思われます!」

 

「チッ、そう簡単には行かせて貰えませんか・・・・全速回頭!敵に艦首を向けろ!」

 

「アイアイサー、全速回頭了解ぃ!」

 

 〈レーヴァテイン〉は新に現れたグアッシュの小隊に向けて、核パルスモーターを蹴って素早く艦首を向けて戦闘態勢を整える。

 

「スターボウブレイク、第二射発射用意!」

 

「了解、スターボウブレイク、エネルギー注入開始!」

 

 回頭を終えるとメイリンは再び〈スターボウブレイク〉の発射を命じ、艦は発射のために位置を安定させる。

 

「軸線調整完了、射撃位置に着きました」

 

「予測計算完了!射撃緒元入力します」

 

 ブリッジクルー達も発射に向けて着々と準備を整え、砲撃を必ず当てんと作業に集中する。

 

「スターボウブレイク、発射準備完了!」

 

「よし、スターボウブレイク、第二射撃て!!」

 

 射撃準備が整うと、メイリンは発射を命じ、〈レーヴァテイン〉の艦底部から2条の光条がグアッシュの小隊目掛けて飛翔する。

 果たしてレーザー光は戦闘を走るタタワ級を貫き、さらにその奥のバクゥ級の艦尾を破壊してインフラトン・インヴァイダーの暴走を引き起こさせた。この光槍に貫かれた2隻は瞬く間に轟沈し、残存グアッシュ艦隊に動揺を引き起こす。

 

「敵艦隊、回避機動を開始した模様です」

 

「通常砲撃に移行、イゾルデで畳み掛けろ!」

 

 グアッシュ艦隊はスターボウブレイクの砲撃を警戒して回避機動を始めるが、メイリンは手数で勝るイゾルデの砲撃で決着を図る。

 

「艦長っ、3時の方角より新たな敵艦隊の反応!数6!」

 

「クソッ、これではじり貧か・・・」

 

 メイリンが砲撃命令を下そうとしたその時、レーダー管制士が新たな敵艦隊が接近しつつあることを告げた。

 

「先ずは目の前の2隻を沈める。その後は後退しつつスターボウブレイクでアウトレンジ攻撃を仕掛けるぞ!」

 

 数が多い海賊相手に中、近距離で戦うことは敵の手数に押されるだけだと理解しているメイリンは、今しがた仕留めようとしていた海賊艦2隻を撃沈した後は、敵の増援に対してはひたすら射程外から一方的な攻撃を以て対処せんと考えた。

 

 直後、〈レーヴァテイン〉の前方を複数の光芒が駆けていく。

 その先には、先程現れたグアッシュの増援があった。

 

 青白い光芒はグアッシュの隊形を貫き、数隻の艦に深刻な損傷を負わせる。そのうち一隻の駆逐艦は損傷が原因で誘爆を起こし、轟沈した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「"我、博麗艦隊所属〈ケーニヒスベルク〉ナリ、貴艦ニ加勢ス"・・・電文は以上、援軍です!」

 

 通信士が送られてきた電文を読み上げたことで、メイリンは霊夢が援軍を回してきたのだと理解した。

 

「ふふっ、これは借りが一つ増えましたね。本艦の目標は前方の敵艦隊2隻だ、一気に叩くぞ!」

 

「了解っ!」

 

 メイリンは新たな敵艦隊は援軍に現れた霊夢艦隊の重巡〈ケーニヒスベルク〉、〈ピッツバーグ〉の2隻に任せ、撃ち漏らしたグアッシュ小隊残存艦の掃討に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~〈開陽〉艦橋~

 

 

 くもの巣に突入してからかなりの時間が経ったが、敵の勢いは減るどころかますます増している。1隻沈めたら2隻は増援に来るというペースで、沈めても沈めてもきりがない。

 

「これで15隻・・・っと!」

 

 フォックスが撃沈スコアを口に出すが、その顔には疲労が浮かんでいる。

 

 ―――ここが潮時か・・・?だけど、敵の戦力が分からない以上、判断が難しい所ね・・・

 

 このあまりの物量攻撃の前に私は撤退も視野に入れているのだが、まだ戦況は此方に有利だ。今まで艦隊全体で敵艦を少なくとも40隻は落としているのに対して此方は中破している艦こそあるものの、まだ撃沈された艦はない。この状況ではメイリンさんが撤退に同意する確率は低いだろう。

 

「はぁっ・・・・中々厳しいですね、霊夢さん」

 

 そこへ早苗がまるで見透かしたように声を掛けてくる。

 彼女が言った意味合いは敵の物量のことだろうが、引き際という面でも厳しいことに変わりはない。

 

「―――ええ。ほんと嫌になる物量ね。海賊の癖に生意気な連中・・・」

 

「本当です。エルメッツァの連中も大概でしたけど、ここの連中も嫌になるぐらいです。海賊なんて滅びてしまえばいいんです」

 

 ・・・早苗も疲れが出ているのか、中々過激なことを口走る。この子、今までそんなこと言ったことあったかしら?

 

 ただ早苗は私とは違って艦載機の操作や僚艦への指示伝達なんかもやっているからその負担は想像を絶するものなのだろう。機械とはいえ、限界まで能力を使えばそれは音を上げても仕方ないのかもしれない。早苗の場合は特に感情が豊富だから、人間みたいに疲れも覚えるのでしょう。

 

 それと艦載機隊だが、今は左舷側から迫ってきたグアッシュの巡洋艦隊を絶賛蹂躙中だ。時々霊沙やバーガーの雄叫びなんかが通信を介して聞こえてくるし、相当暴れているのだろう。

 

《グリフィス1、FOX2!これで頂きだぜ》

 

《ああっ、狡いぞバーガー!それは私の獲物だ!》

 

 ―――ほら、こんな具合に、耳を澄まさなくても聞こえてくる・・・・騒ぐのも大概にして欲しいわ。

 

「んっ―――空間スキャニングに反応、上方の小惑星に何かいる・・・」

 

 そこに、こころの落ち着いた声が耳に入る。しかし、その内容は穏やかではないものだ。

 

 ―――上方の小惑星に反応―――間違いなく、奇襲を狙っている敵だ。

 

 私はその可能性に思い当たると即座に次の命令を下す。

 

「全艦最大戦速、取り舵一杯!!上方の小惑星を警戒せよ!」

 

「了解っ!」

 

 ショーフクさんが舵を切り、〈開陽〉はその巨体をゆっくりと左に傾ける。

 

 私は艦長席に前のめりになって戦況を食い入るように眺める。今の艦隊は前方の敵艦隊の処理に集中しており、上方には対処する暇がない。

 

 ―――してやられたかっ・・・!!

 

 私は心の中でそう呟く。このままでは上の敵は迎撃できない。ならばどう出るか・・・

 

「っ、そうだ!フォックス、艦隊上方の小惑星に向けて〈グラニート〉をぶっ放しなさい!諸元は適当で良いわ!」

 

「了解した。グラニートミサイルVLS開放、発射!」

 

 私の意図を瞬時に理解したのか、フォックスは特に疑問を差し挟まずに命令を実行する。

 〈開陽〉のVLSから飛び出した2発のグラニートミサイルは小惑星に向けて飛翔し、その周囲で爆発する。

 

 その爆炎の中から、見慣れない形の艦が何隻か飛び出してきた。何れも艦体は赤く、IFFもグアッシュ海賊団を示している。

 

 その艦隊には、横に広げた翼のようなものを持った、艦尾が細く、艦首側の艦体が大きな艦と、箱形で両舷にエンジンブロックを持った、重圧なフォルムの三胴艦の二種類があった。大きさは何れも重巡洋艦クラス―――小マゼランでは戦艦に匹敵する大きさだ。

 

「上方に新たな敵影っ!艦種は・・・・不明!?」

 

 交戦データからその敵艦隊の艦種を特定しようとしたノエルさんが驚愕の表情を浮かべる。たかが海賊ごときがあれだけの規模の艦を持って、さらにデータに無いと来たら驚くのは当然だ。だが、私に驚いている暇はない。

 

「〈ラングレー〉の艦載機隊を上方の艦隊に回して!」

 

「了解ですっ――!」

 

 艦隊の上空に待機していた空母〈ラングレー〉艦載機隊の〈スーパーゴースト〉を上方の敵艦隊に差し向けて、奇襲攻撃を妨害させる。

 

 私がその指示を下すと、艦長席のコンソールにある通信機が反応した。

 

《ザーッ・・・か・・・艦長、聞こえるか!?敵艦の解析が終了した。あれは大マゼランの巡洋艦シャンクヤード級とマハムント級だ!何処で手にいれたかは分からんが、今までの連中とは装備も強さも段違いだぞ!気を付けろ!!》

 

 サナダさんの通信の後に、艦長席にその敵艦のデータが送られてくる。すると、ホログラムが起動して2つの艦影が映し出された。横に広い翼状の方がシャンクヤード級で、重圧な箱形艦の方がマハムント級というらしい。

 

《シャンクヤードは大マゼランで広く運用されている高速巡洋艦だ!ただ技術的に特異な点はない。ヤッハバッハのダルダベルと比べればそいつはまだ弱い方だ。落ち着いて対処すれば問題ない。もう片方のマハムントには気を付けろ!そいつの持っているプラズマ砲は此方のシールドや装甲による威力の減衰がない!当たるとかなり痛いぞ!》

 

「オーケーサナダさん。取り敢えず分析ご苦労様」

 

《私にかかればこの程度は造作もない。あと、出来ればマハムントは鹵獲しろ。プラズマ砲を調べたくなった。以上だ》

 

 ガシャリ、とそこで通信が切れる。

 

「鹵獲しろって・・・言ってくれるわね・・・・」

 

 ―――こっちは敵の物量攻撃に対処するので忙しいっていうのに、あの研究馬鹿ときたらっ・・・!

 

「霊夢さん、どうします?」

 

「どうしますって言われてもね・・・」

 

 早苗が方針を訪ねてくる。

 鹵獲するならここは速攻で方をつけて、プラズマを喰らう前にマハムントに取り付いて機動歩兵を吐き出してやるしかない。

 

「――上げ舵90度!主砲、グラニートミサイルはシャンクヤード級を狙え!本艦は敵マハムントに向けて突撃する!」

 

「これはまた無茶な機動ですね・・・了解です、上げ舵90」

 

「グラニートミサイル、敵シャンクヤード級に照準、6番から8番発射!――――なあ艦長、あのマッドの無茶振りだからって、無理に付き合わなくても良いのでは?」

 

「分かってるわよそんなこと。出来れば手っ取り早く破壊したいわよ。でもマッドの事だから、無視したら何されるか分からないし・・・」

 

 もう私の中でマッドに対する評価はそんなとこだ。それに元々サナダさんは研究目的で乗り込んでいるのだし、多少は要請に応えた方が身のためかもしれない。一応艦隊のコントロールユニットはサナダさん謹製な訳だし、要請を無視して反乱なんて笑えないわ。

 

「エコー、聞こえる?保安隊の機動歩兵を総動員して敵艦に送り込むわよ、起動準備お願い!」

 

 私は通信機を手に取って、保安隊のエコーに連絡を取った。

 

《了解した!序でに俺とファイブスも一暴れしてくるから宜しくな》

 

 エコーは勝手に白兵戦への参加を告げると一方的に通信を切った。

 

 ―――引き際は、この辺りかな?

 

 敵に大マゼラン艦なんかまで出てきたし、敵の物量は留まることを知らない。このままでは確実に此方が負ける。ここは連中のマハムントを手土産にして、一旦退くべきだろうか。

 

 〈開陽〉はグラニートミサイル4発を発射すると、艦を垂直に傾けてグアッシュのマハムントに突撃を開始する。

 グラニートミサイルが飛翔を始めると直前まで取り付いていたスーパーゴーストの群は一目散にシャンクヤードから退散し、逆に奇襲されて混乱していたグアッシュのシャンクヤードは下方から迫るグラニートミサイルに対して特に迎撃する素振りを見せぬまま―――いや、形ばかりのECM攻撃は行ったが既に赤外線誘導に切り替わったグラニートミサイルには何も意味を為さず、船底にあのでかいミサイルの直撃を受けて轟沈した。

 

 それを受けて残ったシャンクヤード2隻とマハムントが此方に砲を向けるが、最大戦速で突撃する〈開陽〉には中々当たらない。その一方で、〈開陽〉の砲撃は6割方敵艦を捉えている。ただ流石に大マゼラン製なだけあって、数発の被弾では沈黙してくれない。

 

「クソッ、中々硬いやつだ!いい加減沈め!」

 

 フォックスが何度目かの砲撃を放ち、残りのシャンクヤードに命中する。だがシャンクヤードはまだ中破といった所で、沈む気配はない。

 

「前方のマハムント級よりプラズマ砲が来ます!」

 

「回避っ!」

 

 グアッシュのマハムント級は正面に捉えた〈開陽〉に向けてプラズマの火球を放つ。

 〈開陽〉は姿勢制御スラスターで艦の位置を変えて回避を試みるが、敵弾のうち一発がシールドを掠めていった。

 

「APFシールド、出力15%低下!」

 

 ―――掠っただけでこれか・・・本当に当たるとヤバそうね。

 

 だが、此方もマハムントの懐に飛び込んだ。ここで一気に決める。

 

「エコー、白兵戦用意!盛大に暴れてきなさい!」

 

《イエッサー、よし野郎共、行くぞ!》

 

 そこで機動歩兵隊を乗せた強襲艇6機が発進し、対空砲火を掻い潜ってマハムントに取り付く。後は保安隊と機動歩兵の働き次第だ。

 

「艦長、"くもの巣"方面より大艦隊出撃の反応です。数は20、30・・・・まだ増えます。シャンクヤード級とマハムント級に―――さらに大型の艦も複数確認!」

 

 こころの報告が耳に入る。新たな敵の増援らしい。それが今までのバクゥとタタワなら何とかなるのだが、十数隻の大マゼラン巡洋艦とタイマンなんて今の状況じゃまさに悪夢といった所だ。まともに当たればこっちが持たない。

 

「チッ、こんな時に・・・・これはもう、退くしかないわね。早苗?前衛艦隊を殿にしつつ、保安隊が目標を奪取次第撤退するわ」

 

「そうですね―――戦術的にそれが正解かと。分かりました。やれるだけやっておきます」

 

 あれだけの戦力を繰り出された以上、もう突破は諦めざるを得ない。撤退しか、選択は残されていないだろう。

 早苗は指示を承諾すると、前衛艦隊の態勢を整える指示を出すことに意識を集中させた。

 

「ミユさん、艦載機隊に帰艦命令を出して頂戴」

 

「了解です。〈開陽〉より艦載機隊へ、艦載機隊各機は直ちに帰艦せよ」

 

撤退するとしたら、艦載機隊を置いていく訳にはいかないので、ミユさんに撤退指示を出させておく。彼女は直ぐに命令を実行し、艦載機隊に帰艦を呼び掛けた。

 

「―――ノエルさん、メイリンさんに連絡してくれる?」

 

「はい、了解です」

 

 ノエルさんに頼んで通信回線を繋いでもらうと、メインパネルにメイリンさんの姿が映し出された。あちらも相当消耗しているらしく、メイリンさんも肩で息をしているような状態だ。

 

《霊夢さん・・・・流石にもう、限界ですか・・・?》

 

「そうね。申し訳ないけど、ここが引き際だと思うわ」

 

 私がそう告げると、メイリンさんは一瞬迷いの表情を浮かべたが、自分の艦の艦橋を見渡して、再び口を開いた。

 

《―――そうですね・・・。恥ずかしながら、此方のクルーも限界のようです。悔しいですが、今回はここまでのようですね―――撤退します》

 

「・・・分かったわ。私達が殿になるから、あんたは先に離脱しなさい。敵に大マゼラン艦がうじゃうじゃ出てきた以上、その艦ではこれ以上前線に留まるのは危険だわ」

 

《――――大マゼラン艦ですか・・・それは流石に私達でも敵いませんね――――、了解です。では、霊夢さんも、早めに離脱して下さいね》

 

「ええ。こんなところで死ぬつもりは無いからね」

 

 通信を終えると〈レーヴァテイン〉は転進して、くもの巣から離れる航路を進み始める。

 

《スパルタンリーダーよりHQ、敵艦の機関部の掌握に成功!》

 

《此方クリムゾンリーダー、敵艦の艦橋を制圧した》

 

 それに続いて、ファイブスとエコーから敵艦制圧の報が入る。

 

「そのまま艦の制御系統を奪って下さい。本艦隊は此より撤退戦に移行します。奪取に成功した後は本艦に追随する航路を取ってください」

 

《クリムゾンリーダー了解。1分あれば機動歩兵が艦の中枢に侵入する。それまで持ち堪えてくれ》

 

 どうやらあちらは殆ど仕事は終わったらしい。後はこっちも、あの大マゼラン艦の大艦隊が向かってくる前にトンズラするだけだ。

 

「早苗、前衛艦隊各艦は応戦しつつ反転、撤退するわ!」

 

「了解です。前衛艦隊各艦、反転180度!本隊の各艦も同様に転進、撤退行動に移ります」

 

 早苗の指示を受けた艦隊各艦は回頭を始め、敵に艦尾を晒す。だが無抵抗でひたすら逃げる訳ではなく、前衛艦隊各艦は艦尾方向に指向できる砲全てを敵艦に向けて最後の置き土産とばかりに一斉射を行った。

 

 砲撃で追撃態勢に移っていたグアッシュの巡洋艦と駆逐艦を何隻か撃沈し、追手の動きを鈍らせることに成功した。

 

 その間に艦載機隊は母艦への着艦を果たし、本隊の撤退準備も完了する。暴れ足りない霊沙やバーガーがぶつぶつ文句を言っているかもしれないけど、そんなものは関係ない。兎に角今は一秒でも早くここを離れたい。

 

《此方クリムゾンリーダー、敵艦の掌握完了!これより旗艦に追随する!》

 

 エコーの報告が入ると、グアッシュのものだったマハムント級のメインノズルに火が入り、艦隊が撤退するのと同じ方向に進み始める。

 

「よし、全艦最大戦速!さっさと此処から逃げるわよ!」

 

 保安隊も仕事を終えたことだし、もうここに留まる理由はない。グアッシュの物量に押される前にトンズラするとしよう。

 

 

 〈開陽〉を始め艦隊の各艦はメインノズルを全開にまで噴射して、急ぎ"くもの巣"から離脱した。

 

 

 

 

 ―――戦果では此方の圧勝、だけど戦略的には敗北・・・スペルカードの時は負けても根に持たなかったけど、艦隊戦になるとほんと腹が立つわね・・・

 

 

 それは今まで格下に見ていた小マゼランの海賊なんかに戦略的敗北を喫したからだろうか。だが、自分が艦隊の強さに有頂天になって力を過信していたのは間違いないだろう。

 

「――――増長、か・・・嫌な言葉ね」

 

 撤退する〈開陽〉の艦長席で、私は小さく呟いた。

 

 

 




第34話、以上です。
せいぜい1万字ちょっとだろうと高を括っていましたが、まさかの連載開始以来最長の1万7千字・・・流石に疲れました。艦隊戦でぶつ切りにすると切れが悪かったので最後まで書いた形ですが、如何でしょうか。普段は1万~1万5千字の範囲を意識していたので、少し疲れるかもしれません。

ファズ・マティ戦でも活躍した機動歩兵の敵艦奪取機能ですが、これだけでは霊夢艦隊の艦のようには無人で動かすことは出来ません。これはあくまでフネに予め備えられた自動操縦機能を掌握するものなので、最低限の航行と戦闘行動しかできません。

グアッシュの戦力ですが、霊夢艦隊がインフレ気味なので大マゼラン艦を投入してバランス調整を計りました。一応グアッシュがそれを持っている理由はちゃんとあります。シャンクヤードとマハムント以外にも、もっと大きな艦を何隻かは持っているかもしれません。原作中でもグアッシュはエルメッツァの海賊とは規模も装備も段違いだという発言がありましたが、今作ではそれが輪を掛けて酷くなっていますw

どんな時にも研究精神を忘れないサナダさん、霊夢艦長相手でも時として無茶振りを要求します。次回はサナダさんの手に囚われた哀れなグアッシュマハムントのビフォーアフターにご期待下さい。

本作の何処に興味がありますか

  • 戦闘
  • メカ
  • キャラ
  • 百合

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。