第三話 ハジマリ
星明かりだけが照らす宇宙に、突如として1隻の小型宇宙船が現れる。ワープアウトしたサナダ達が乗る小型船〈スターゲイザー〉だ。
博麗霊夢は、コーディから聞かされた0Gドックになる方法を思い出していた。
0Gドックになるのは以外と簡単で、惑星軌道上に設置されている空間通商管理局の宇宙港へ行き、登録を済ませるだけで良いらしい。複雑な手続きがないのは楽で良い。そして、宇宙港にはヘルプGと呼ばれる0Gドックにとって必須とも言える知識を新人0Gドックに教授するドロイドがいると聞いた。登録を済ませた後は、そのヘルプGとやらに知識や技術を教えてもらうのも良いだろう。
そして、どうもサナダさん達は惑星に上陸したら色々やることがあるらしい。宇宙港に入港したら船の整備や補給等、色々やることがあるみたいなので、その間に私も用事を済ませてサナダさん達に合流しよう。初めて地球以外の惑星に足を下ろすのだ。私でも、幻想郷では考えられなかった経験ができることに少し興奮しているみたいだった。
霊夢は今後について思案した。自分が今まで考えたことも無いような経験に思いを馳せながら、彼女は惑星カミーノに到着するまで、窓の外から見える宇宙の景色を眺め続けた。
〈スターゲイザー〉のブリッジには、たった今自室から上がってきたサナダが眼前に迫る惑星カミーノを見つめていた。カミーノは惑星の95%以上が水に覆われており、宇宙港から通じる軌道エレベーターの先には惑星原住民のものと言われている遺跡が存在する。コーディが産み出された場所だと話していたものらしい。
―――遺跡は風化が激しいと聞くが、何かしらの収穫は期待したい所だ。最低でも遺跡の構造や素材の種類、あわよくば技術も頂きたい。船の残骸や設計図もあればもっと良い。
サナダは惑星カミーノを前にして、未知の技術や装備、またそれらが記録されたデータの山に対する期待を高めた。
流石にこの〈スターゲイザー〉だけではヤッハバッハから逃げ切る自身がサナダにはなかったので、あわよくばこの遺跡でより強力な艦船の建造、それが出来なくともフネの強化程度はしたいと彼は考えていたのだ。現時点でサナダはもっと大型の船の設計図も持ってはいるのだが、それは単なる貨物船の設計図でしかない。流石に足が遅いヤッハバッハ標準貨物船を建造しても逃走用としての性能は〈スターゲイザー〉より期待できないので、古代の戦闘艦の設計図があるならばサナダはそれを元に保守整備コストを下げるために空間通商管理局の規格に合わせた改設計を行うつもりでいた。そしてこのカミーノまでワープする間、以前から設計していた新型コントロールユニットの設計図が完成したのだ。このコントロールユニットがあれば、1000m級(重巡洋艦~戦艦の中間サイズ)までの船なら問題なく動かせる筈だった。サナダは、このユニットのテストができる船としても、古代船の設計図に期待していた。
これらのサナダが期待していることは、決して根拠がないという訳ではない。彼は、彼が助けたコーディは、初陣に赴く際は育成された場所で建造されたらしい揚陸艦に乗って出撃したとサナダに語っていた。それが本当なら、地上の何処かに造船ドックがある筈だと彼は推測していたのだ。
船は徐々にカミーノへと接近し、ついに宇宙港が確認できるほどまでは接近した。
「コーディ、間もなく入港する。準備を頼むぞ」
「了解した。入港準備にかかる。―――さて、港は生きてるかな?」
コーディは入港に備え、〈スターゲイザー〉の操舵席に座る。此処からは、宇宙港の指示に従って船を操縦するのだ。尚、宇宙港を管理する空間通商管理局は基本的にどの国家からも中立なので、入港自体は船を操るのが誰であっても問題ない。問題になるのは、宇宙港に国家の治安機構が駐留していて、それに見付かった場合だ。幸いこのカミーノにはヤッハバッハの警備隊は駐留していないので、その心配は必要なかった。
《こちらカミーノ宇宙港管制塔、貴船の入港を許可する。1番ドックに入港されたし》
「こちら〈スターゲイザー〉。了解した。入港許可に感謝する。――ふぅ、港までは死んでなかったか」
宇宙港から通信が届き、サナダはそれに返信した。
サナダからカミーノは無人だと聞いて施設が使えるかどうか気がかりだったコーディは、宇宙港の機能が生きていたことでほっとしていた。
〈スターゲイザー〉は宇宙港側の指示通り、指定されたドックへと舵を切って入港に備えて逆噴射ノズルを起動、減速する。〈スターゲイザー〉はコーディの操船で、滑るように宇宙港へと入港し、アームに固定されて静止した。
「ガントリーアーム固定完了。よし、入港完了だ。コーディ、私は船の整備に入る。お前はあのお嬢さんを案内してやれ」
「わかった」
コーディは、霊夢を案内するためにブリッジを後にして客人――霊夢が待つ部屋へと向かった。
「お嬢さん、宇宙港に入港した。0Gドック登録の受付まで案内してやる」
コーディーは部屋の外からマイクを通して霊夢を呼んだ。
「わかったわ。今行く」
彼の声が聞こえたので、くつろいでいたベッドから起き上がりって扉のボタンを操作する。使い方はサナダさん達が教えてくれたので私でもなんとかなった。
━━そういえば、まともに部屋から出るのは初めてかも━━
私はそんなことを思いながら、コーディに渡された茶色のコートを羽織って彼に続いた。コーディ曰く、"寒そうだからこれを着ろ"らしい。
宇宙船の通路も、部屋と同じように、灰色に塗装された滑らかな外壁に覆われていて、所々パイプ類などが露出していた。コーディーに続いていくと、今までの通路とは雰囲気が違う通路が見えてきた。
「この先が宇宙港だ」
コーディが軽く説明してくれる。
━━この先が宇宙港か・・・いよいよね。
私は気を引き締めて、通路を越えて宇宙港に降り立った。
宇宙港の様子は想像した通り、機械じみた雰囲気の未来的な様子だった。―――そもそもここは幻想郷より遥かに技術が進んでいるんだから、当然といえば当然か。
港のことも気になるけど、今は先に済ませるべき用事がある。そう、私が自由になるための手続だ。
暫く歩くと、コーディがある扉の前に立ち止る。
「ここが受付だ。手続きは簡単に終わる」
「そう。ありがと」
私はコーディに一言礼を告げて、扉のボタンを操作した。船にあったやつと同じような仕組みだったので、遥か未来の機械だけど手間取らずに操作できた。
プシューと扉が音を立てて開き、私は部屋の中へと足を踏み入れる。受付の部屋は全体が青色基調で纏められており、長椅子やモニターらしきものが見えた。私は正面に見える、1体のドロイドが立っているカウンターへと向かった。
「ねぇあんた、此処で0Gドックとやらの登録ができると聞いたんだけど、それは間違いないかしら?」
「はい。0Gドック新規登録希望の方ですね。では、こちらのタッチパネルに貴女の御名前を入力し、このスペースに遺伝情報………具体的には貴女の髪の毛等を置いてて下さい」
私は目の前のドロイドに言われた通りに自分の名前を入力し、髪の毛を置く。登録はアルファベットだったので、少し入力には苦労した。―――本来なら日本語以外はまともに知らなかった筈なんだけど、何故か元から頭の中にそれがあったかのように、入力を進める度に思い出していくような感覚に襲われた。
変なな感覚ではあったけど、お陰で入力は滞りなくできたんだし今は特に考えなくてもいいか。
「はい━━では、こちらがフェノメナ・ログ(航海記録)になります。これは船に差し込むことによって辿ってきた航路や交戦結果を記録し、管制塔のデータベースへと転送して名声値へと反映します。名声値が上昇すれば、管理局から報酬として艦船やモジュールの設計図が支給されますので、是非とも頑張って下さいね。これはそういった機能がある大切な部品ですから、くれぐれも紛失しないようお気をつけ下さい。尚、万が一ですが船の損傷等でこのフェノメナ・ログが破壊、または紛失した場合は、管理局に遺伝情報を提出すれば再発行が可能です」
私は、ドロイドから手渡された一枚のカードを受け取った。どうもこれは、船に接続して使うようだ。私はそれを、コートのポケットに仕舞い込む。
「これで終わりかしら?」
「はい。只今貴女は0Gドックとして登録されました。おめでとうございます、貴女は今から星の海を旅する航海者の末席に名を連ねたのです。貴女の航海の行く末にどうか幸あらんことを」
ドロイドはそう私に告げる。機械の癖に、結構洒落たこと言うのね。もっと事務的な対応をされるのかと思ったのに。
「わかったわ。ありがと」
私は踵を返して部屋から退出する。そこには、コーディーが私を待っていた。
「どうだった、お嬢さん?」
「登録完了よ。それとコーディさん━━━」
私はコーディーを見上げ、彼に言った。
「私は霊夢よ。そろそろ、お嬢さんってのは止めて貰えないかしら?」
「―――そうだな。ではこれからは霊夢と呼ばせてもらうとしよう。これで良いかな?」
「ええ━━上等」
私とコーディーは、そんな会話を交わしながら、今度はヘルプGの部屋へと向かった。
私達は、携帯端末でサナダから整備が終わったと連絡を受けて、船へと戻っている。ちょうど一通りヘルプGの解説が終わったと頃なので、適当に切り上げて船に戻ることにしたのだ。
「爺さん型のあのドロイド、ヘルプGだっけ、あれだけ妙に機械くさい見た目だったわね」
管理局の他のドロイドは人間を模して作られていたのに対して、あのドロイドは爺さんをモデルにしながら、肌が灰色でリベットが打たれていたり、手がアーム状だったりして機械的な見た目だったのだ。
「俺達の時代では、ドロイドは総じて機械的な見た目だったけどな。俺からしたら、人間に近い見た目の方が驚く」
どうもコーディの時代では、あんな形のドロイドが普通だったらしい。
私達はそんな他愛のない話をしながら、乗ってきた宇宙船へと戻る。コーディとは会ってからそれなりに時間が経ってきたためか、だんだん打ち解けるようになってきた。
「おお、戻ったか」
私達が戻ってきたのを見て、サナダさんが話し掛けてくる。
「いま丁度整備が終わったところだ。これから惑星に降りようと思う」
これから惑星に降りる━━私は、まだ見ぬ地球外の惑星に期待した。幻想郷には海がなかった。それが、この惑星は殆ど海に覆われているらしい。宇宙から見たときは、惑星全体が青色に輝いて見えていた。地球も、外から眺めればあれに緑が加わった感じだったのだろう。この惑星の、広大な海を目にするのも楽しみだ。
私達は、サナダの案内で軌道エレベーターへと向かった。軌道エレベーターは、宇宙港と地上を繋ぐものだと聞いている。
「で、これに乗って、地上に降りる訳ね」
軌道エレベーターに到着した私は、目の前にある流線型の電車を眺める。
━━こんな感じの電車は新幹線っていうんだっけ?紫のスペルを見た早苗が、色々教えてくれたんだったわね━━━
私は早苗から聞かされた、外の乗り物についての話を思い出した。確かあのときは、早苗が守谷神社からその新幹線の模型を持ってきて、熱く語っていたのを覚えている。なんだか懐かしい気分になってくる。
「さて、これから地上だ。全員乗り込むぞ」
私達はサナダに続いて、列車に乗り込む。
列車が動き出した。
列車は徐々に下り坂を下っていき━━━
「って、ちょっと、垂直!」
私は予想外の展開に驚いた。窓の外を見ると、軌道エレベーターの透明な外壁を通して、自分達が惑星の地面に対して垂直になっていることに気づいたからだ。
「安心しろ、重力制御が働いている」
サナダさんがそう解説する。なんでも、重力制御が働いている限り、星の重力に引っ張られることはないという。
それでも慣れないものは慣れないのだ。幻想郷で飛ぶときだって、地面は水平に見えるよう飛ぶのが普通だったからだ。
━━そういえば、こっちの世界でも飛べるのかしら━━
そんなことを思っているうちに、列車は地上に到着する。
惑星に降り立つと、そこは一面の蒼だった。
━━これが海、か………。
どこまでも蒼が続き、空には白い雲が浮かんでいる。
━━綺麗━━
私は暫く、その光景に見惚れていた。
「遺跡に入るぞ」
サナダさんの声で、意識を戻す。
見ると、サナダさんとコーディは遺跡の入口らしき所に立っていた。
「今行くわ」
私は、サナダ達の後に続いた。
遺跡の内部は、所々崩れていたが、差し込む光と青白い外壁のお陰で、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「ここはクローンの育成施設だな」
コーディが解説する。
「成程、君は此処で育てられた訳か」
サナダさんコーディの話に関心を示しながら、彼と一緒にさらに下へ降りていった。
さらに降りた所には、広大な空間があった。
「ここはアクラメーター級の発着ポートだ。此処から、訓練を終えたトルーパーが送り出された」
どうもここは船を停める場所だったらしい。それも、サナダさんの船とは比べ物にならない大きさの船だ。この空間の広さがそれを物語っている。
「この先に造船区画があった筈だ。行ってみよう」
コーディーが催促し、サナダさんは期待に満ちた瞳で続いていく。
先程の空間の先には、クレーン等が設置されている、これまた広い空間に続いていた。空間の中央には、巨大なエンジンノズルを備えた作りかけの宇宙船らしきものが見える。
「成程、これはどうも造船所のようだな。コーディ、ここの構造は分かるか?」
「いや、残念だが俺には専門外だ。生憎技術職では無かったからな」
「そうか、それなら仕方ないな。では私は暫く一人で探索している。必要があれば端末で呼び出すから、君はそこのお嬢さんと居るといい」
「了解だ」
サナダさんはそう言うと、奥の区画へと進んでいった。
「随分と大きい船ね。これ、使えるかしら?」
私はコーディに尋ねる。そういえば、0Gドックになったはいいが、0Gドックとして活動するには自分の船がないと始まらないのだ。そんな初歩的なことを忘れていたなんて………
「そうだな━━━こいつは放棄されてから随分と時間が経っている。リサイクルした方がマシだな」
どうも、この船は使えなさそうだった。
あわよくばコイツを私のフネにして宇宙に行こうかと思ったのだけど、コーディ曰くもう使い物にならないぐらい壊れているのだそうだ。―――見た目だけはまだ原型を留めてるのに。
「ところで霊夢、ブリッジに上がってみるか?こいつも一応は軍艦だ。歩いても問題ない強度は保たれている筈だ」
「面白そうね。行ってみましょう」
私はそれを、二つ返事で了承した。
まだ見たことも入ったこともない宇宙船の操縦席だ、ちょっと興奮してくる。
━━━丁度いいわね。飛ぶのも試してみましょうか。
私はこれは飛んでみるには丁度いい機会だと思い、船の後ろに立っている塔、恐らくブリッジだろう━━に向けて飛んだ。どうも、この世界でも力は使えるらしい。
「おい霊夢!お前飛べるのか!」
コーディが驚いた表情で私を見上げる。そういえば、この事はまだ話していなかった。
「ええ。私達の世界では、力があれば普通に飛べたわよ」
私はコーディにそう話す。
「やれやれだ━━━今そっちに行く」
コーディは、背負ったバックパックを操作して、一時的な飛行を可能にして私についてきた。
「船のエレベーターは止まっているだろうからな。こっちの方が都合がいい。こっちだ、霊夢」
私はコーディの後に続いてブリッジに近づいた。コーディーがブリッジの外壁を操作すると、ブリッジの扉が開いた。
「此処から中に入れるぞ」
コーディーが先に中に入り、私を案内する。
ブリッジの中は、この船が大きい宇宙船なだけあって、ブリッジ自体もかなり広いものだった。
「へぇ━━━中々雰囲気出てるじゃない」
ブリッジの中は、所々にモニター等が浮かび、如何にも機械的な見た目をしていた。早苗がいたら喜びそうだな、と私は思った。あの子は、確かこんな感じのものに強い興味を示していた。河童の技術にも、かなり興味を持っていたことを思い出す。
私はブリッジの一番高い位置に移動した。ここが艦長席というものだろう。
━━全砲門開けぇっー なんてね………。
私は心の中で、思い付いた艦長っぽい台詞を言ってみたりする。
私達はそうして暫くブリッジを散策していたが、途中でサナダさんから通信が入った。
「霊夢、サナダが"お宝"を発見したらしい。ここを降りよう」
「わかったわ」
サナダさんから通信を受けた私達は、そのまま来た道を辿ってブリッジを後にした。それにしても、お宝とは何だろうか。
「ははっ━━━まさか本当にあるとはな━━━」
サナダさんはなにやら独り言を呟いている。
「で、何があったわけ?」
私はサナダさんに尋ねた。さっきから言ってるその"お宝"っていうの、がすごく気になるんだけど。
「ああ、設計図だよ!1000m級と700m級の巡洋艦設計図に航宙戦闘機の設計図だ!今すぐ船に持ち帰るぞ!」
サナダさんがそう言って取り出したのは、一枚のデータディスクだ。どうも、それらの設計図はコーディの時代のものらしい。
「ああ、そういえば君は、もう0Gドックとして登録していたらしいな」
サナダさんが話題を変えて、私に振る。
確かに登録は済んだけど、それとサナダさんが騒いでるお宝と何の関係があるのだろうか。
「ええ、そうだけど、その設計図となにか関係あるの?」
私はそうサナダさんに尋ねた。彼からは、意外な答えが返ってきた。 ―――サナダさん、にやりと笑って私に告げる。
「乗ってみないかね━━━古代の宇宙船に」
━━古代の、宇宙船………?
0Gドックとなった私には、宇宙船が必要だ。それが、いきなり古代の、異星人の宇宙船だ。━━━へぇ、これは中々面白そうじゃない。今は存在しない宇宙人の宇宙船なんて、それだけでも希少性バツグンだ。こんなに浪漫のある話はない。
私は二つ返事で、その提案を了承した。
「良いわね━━━受けたわ、その提案」
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