~カルバライヤ・ジャンクション宙域、惑星ブラッサム~
さて、この宙域に来てから都合何度めかのブラッサム寄港だ。今回はユーリ君達が先にサマラって女海賊と話をつけてきたというので、その件に関する話し合いだ。
ユーリ君の話では、サマラは何故かザクロウという監獄惑星に入りたがっているらしい。わざわざ監獄に入りたがるなんて物好きな奴だと思ったけど、あっちはあっちで何か策略があるのかも。
しかし、惑星丸ごと監獄なんて随分と規模の大きいこと。これが宇宙クオリティって奴なのかしら。
「驚いたな。まさかサマラ・クー・スィー本人を連れてきてしまうとは」
「ま、流石にこの建物に連れてくる訳にはいかないし、今はウチの艦に残してあるよ」
いつも保安局との話し合いに使っていた部屋では、シーバットさんとそのサマラを捕まえた本人であるトスカさんが話している。シーバットさん達の側としては、単に協力の約束を取り付けて欲しかっただけだろうから、まさかサマラ本人がブラッサムまで赴くとは考えていなかったのだろう。
「しかし、わざわざ監獄惑星ザクロウに入りたがるとは一体・・・」
「そうよね。監獄なんだし、下手すると一生出られない訳でしょ?」
ただ、ウィンネルさんが口にした疑問は私も思っていたことだ。名の知れた大海賊がわざわざ監獄惑星に入りたがるなんて、傍目にみればただの自殺行為でしかない。たぶん何かしらの策があるだろうが、そのサマラという海賊の思惑がいまいちうまく読めない。
「さ~て、何でだろうねぇ。アイツ、いくら訳を聞いても答えようとしない。ただ―――」
「1年前に収監されたグアッシュのこと、だろ?」
「だろうね。ヤツのことで何か考えがあるんだろう」
バリオさんが言った通り、サマラとグアッシュは対立している。トスカさんもそれに関することではないかという所までは読めているみたいだが――――これ以上考えても仕方ないわね。今はサマラの策とやらに期待してみるしかない、か。
「ふむぅ・・・」
この場で保安局側トップのシーバットさんは何やら考え込む仕草を見せる。たぶん、サマラの条件を呑むか思案しているのだろう。グアッシュと対立しているからといっても相手は海賊、その力を頼ったとはいえ、保安局としてもそう簡単には信用できないのだろう。
「宙佐、ヤツは何を考えているのか分かりません!やはり思い直した方が・・・」
ほら、ウィンネルさんなんてサマラへの猜疑心を隠そうともしない。元々ウィンネルさんはこの計画自体にもあまり乗り気ではなさそうだったし、見た目通り真面目で堅物なのかも。
「大丈夫さ。ヤツはスジを通す奴だ。それでも不安だっていうんだったら、サマラの奴が妙な気を起こさないように私もついて行くよ。そうだねぇ~、ちょっとムカつくけど、ヤツの手下の一人ってことにすりゃいいだろ」
トスカさんはそんな様子を見てサマラの監視役を買って出るが、サマラについて行くってことは一緒に監獄惑星に入るということだ。本当に大丈夫なのだろうか。
「幾らなんでも、それは危ないんじゃないかしら?ユーリ君はどう思う?」
そこで私は、トスカさんの案に何か言い返そうとしていたユーリ君に話を振る。トスカさんは彼の副官みたいなものだし、決めるにしてもユーリ君の決断は必要だろう。
「・・・そうですね、霊夢さんの言うとおり、トスカさんも一緒に監獄に入るっていうのは・・・やっぱり危険じゃないですか?」
「ユーリ君の言うとおりだ。ザクロウはその辺の監獄惑星とは訳が違う。組織上は司法府の管轄下にあるとはいえ、完全に外界と隔離された上に内部の情報も少ない・・・。中で何があるか分からないんだぞ」
ユーリ君の懸念を補強するように、ウィンネルさんは圧力を掛けるような口調でザクロウの危険性を説く。真面目らしい彼のことだし、協力者のトスカさんをそんな訳の分からんとこに放り込むなんてのは憚られるのだろう。
「んなことは百も承知さ。それでもサマラにきっちり協力させなきゃグアッシュの壊滅は果たせないんだろ?ってことはムーレアにも行けないし、エピタフの調査もできないってことだ。これくらいの危険にビビってるようじゃあ自分の夢なんて叶わないさ」
それでもトスカさんは、ユーリ君に説くように語る。確かにトスカさんの言うとおり、何かを求めるなら相応のリスクというのは覚悟しないといけない。彼女は見た目通り、胆のすわった人のようだ。そういった態度には好感が持てる。
「・・・」
ユーリ君はその話を黙って聞く。彼女にそこまで言われたら、若い彼は何も言い返せないのだろう。
「大丈夫さ、任せておきなって。事が終わりゃ無事に帰ってくるからさ」
「トスカさん・・・分かりました。サマラの監視、お願いします」
ユーリ君も決心がついたのか、トスカさんの提案を呑む。
話が纏まったところで、再びシーバットさんが口を開いた。
「―――元々ムチャな作戦だ。こうなったら、サマラの言うとおりにしてみるしかないだろう。海賊の掌にまんまと乗るようなのは私も癪に障るが、今の状況では致し方無い。バリオ、収監手続きにはどのくらいかかりそうだ?」
「サマラ関連なら罪状なんて幾らでもありますんで。書類を整えるんでしたらすぐにでも」
「よし、ではサマラとトスカさんの2名を、バリオが監視役としてザクロウに移送することにしよう。バリオはそのまま向こうに残って24時間ごとに定期連絡を頼む」
「了解です。移送には俺の艦を使いますが、お前さん達はどうする?流石にザクロウまでは連れていけないが・・・」
バリオさんがユーリ君に尋ねる。トスカさんを心配していた彼を思ってのことだろうが、私もそのザクロウとやらには少し興味がある。
「途中までは付いていきます。やっぱりトスカさんのことは心配ですから・・・」
「ついでだけど、私もついて行っていいかしら?」
「ああ、別に構わんが」
バリオさんの承諾も得たことだし、そのザクロウとやらを一目見ることにしよう。これは勘だけど、なんか匂うのよねぇ~。私の勘ってよく当たるし、ちょっと確かめてみるのもいいだろう。
「分かった。準備ができ次第、出発といこう。んじゃ俺は色々整えてくるんで」
バリオさんは、収監手続き諸々をこなすために一旦部屋から退出する。話も終わったことだし、私も艦に戻ることにしよう。
「しっかし、あんたもいい艦長さんに恵まれたものねぇ~。少し羨ましいわ」
そこで、私はトスカさんを茶化すように声を掛ける。ユーリ君とは少し距離を取るのも忘れない。
「ハッ、そうだねぇ。副官冥利に尽きるってヤツだ。ああは言ったけど、自分を心配してくれるってやつは嬉しいもんさ」
トスカさんも実は満更でもないといった感じで、内心ではユーリ君が心配してくれたことは嬉しいみたい。
―――二人ともお似合いねぇ~。妬ましいわ、ぱるぱる・・・いけない、なんか変な電波を受信しちゃったみたい。
どこぞの橋姫みたいな思考を隅に追いやって、私は話を続ける。
「ま、何かあったらザクロウとやらを更地に変えてやるから、安心して行ってきなさいな」
「おぉ怖い怖い。あんた、可愛い顔してる癖に思考はやけに物騒なんだねぇ」
「お世辞は要らないわよ。バリオさんの連絡がないときは黒ってことでしょ。なら遠慮なんてしてやる道理はないわ」
「ハハッ、そりゃそうだ。だったら、私は巻き込まれないよう上手く立ち回るとしますか」
私は冗談めいた口調で言ったけど、やはりザクロウとやらは怪しい。バリオさんの定期連絡がないってことはザクロウで何かがあるということだ。こっちもいい加減依頼を何とかしないといけないし、手掛かりを掴むのにはザクロウに攻めてみるのも一考、といった所だ。
「それじゃ、あんたも気を付けなさいよ」
「ああ。子坊に宜しくな」
私とトスカさんはそんな言葉を交わしてです各々の場所に戻っていく。
「・・・トスカさん、霊夢さんと何を話していたんですか?」
「なぁに、ちょっとした世間話さ。それより、私がいないからってへたれるんじゃないよ、子坊」
「分かっています。艦隊の方は上手く纏めてみせますから。それより、トスカさんも気を付けて」
「そんな目するんじゃないよ、艦長なんだから、もっとビシッとしてな」
「はいっ―――何かあったときは必ず迎えにいきます」
――.ああ、後ろがなんか辛気くさいわぁ~。
少し桃色が入りそうな後ろの二人に背を向けて、私は早足で艦に戻る。あの空気に長く当てられるのは勘弁だ。
さてと、では今後の方針でも考えるとしますか。
~カルバライヤ・ジャンクション宙域、監獄惑星ザクロウ付近~
さて、やってきました監獄惑星。私の勘が告げた通り、目の前の監獄惑星(の防衛機構)からは胡散臭い雰囲気がたらたらと垂れ流されている。
今目の前に見えるのは監獄惑星の防衛システムらしく、無数の戦闘衛星が奥に位置するであろう監獄惑星ザクロウを包み込むように球状に展開していた。
成程、あの戦闘衛星の群で内部からの脱走者も、外部からの介入者も蜂の巣という訳か。ウィンネルさんが言った外界と完全に隔離されてるっていうのも伊達ではないってことね。
「あれが噂に聞くオールト・インターセプト・システムか・・・・監獄惑星としてザクロウを外界と隔てるシステム。中々興味をそそられるな」
今日も珍しく艦橋に来ていたサナダさんが感心したように呟く。この人はいつもこればっかりね。
「するとあれが、リアさんの彼が設計したっていうシステムですね」
「ええ。監視システムと自動攻撃システムが連動して永久稼働する・・・。アクセスコードを持たない、許可のないものが侵入しようとすればあっという間に蜂の巣というわけね」
目の前にあるザクロウの防衛機構こそ、先日リアさんが彼氏が開発したと言っていたシステムのようだ。彼女の口振りからすると、身内が開発者なだけに、システムの基本的な要目は理解しているのだろう。
「ふぅむ、成程・・・監視惑星というのも伊達ではないらしいですね。ワープで抜けようにも、あれが障害物になって中断されてしまいますね」
早苗は早苗で、そのシステムとやらを見て考察を巡らせている。ワープが使えないとあって、しかもあれが惑星全体を取り巻いているっていうのは中々に厄介だ。
しかし、何故考察があれを攻略するという方針でなされているのだろうか。まぁ、あそこは黒だって私の勘が告げているし、どのみち吹き飛ばす訳だから気にしなくていいか。
「だな。突破するなら正面からって訳か。この艦は耐えられても、随伴の駆逐艦が不安だな」
「ああ、被害を減らすにはやはりデコイをばら蒔きながらの突撃か」
コーディとフォックスの元軍人二人も攻略前提で話を進めている。幹部クルーの間では、ザクロウは攻略すべき敵の拠点という話でいつの間にか纏まってしまったようだ。確かにサマラがわざわざ入りたがる辺り何かあるのは間違いないだろうが、私は一言もザクロウを敵視しろなんて言ってないわよ。ただ、この状況ではもう放っておくしかないだろう。多分あれも黒なんだし、わざわざ訂正する手間も惜しい。
一旦外を見てみると、サマラとトスカさんを乗せたバリオさんの駆逐艦がザクロウへと向かっていく。そういえば、噂のサマラをまだ拝んだことがなかったわ。高名な女海賊というから少しは気になっていたのだけど、まぁ仕方ないか。どのみちグアッシュを殲滅するのに協力するって話だから、そのうちお目にかかる機会もあるでしょう。
「さてと、それじゃ撤収ね。ショーフクさん、反転180度。艦隊と合流するわよ」
「了解です。取り舵一杯、反転180度」
私はザクロウを警戒させないために後方に残してきた艦隊と合流すべく、〈開陽〉を反転させるよう命じる。
〈開陽〉の舷側スラスターが力強く噴射され、窓の外に見える景色が回っていく。ザクロウを取り囲む防護システムが景色から完全に消えた時点でメインノズルに点火され、インフラトン機関の振動が艦内に響いた。
~監獄惑星ザクロウ~
【イメージBGM:無限航路より「Secret Maneuvers」】
外界と完全に隔離された監獄惑星ザクロウ、ここには惑星全土の収容所に無数の犯罪者が収監されている。そんな犯罪者達を監視する看守達の本部―――管理棟の所長室を、宙域保安局三等宙尉のバリオは訪れていた。建前の上では大海賊サマラを引き渡すため、実際はサマラを使ったグアッシュ海賊団壊滅作戦の為だ。
「やーやーやー、ようこそこのザクロウへ、私がここの所長を務めるドエスバン・ゲスです」
そんなバリオと、彼に護衛された囚人2名―――大海賊サマラと手下役のトスカを、太った上に脂ぎった中年の男が出迎える。
男はドエスバン・ゲスと名乗ったが、ドS版があれば当然ドM版の下衆もいるということになる。しかし、それは今語るべきことではない。
「保安局海賊対策部所属、バリオ・ジル・バリオ三等宙尉です。囚人2名の護送に参りました」
「ほっほ・・・歓迎致しますぞ。モチロン、そちらの二人のお嬢さん方もね」
目の前の男の容姿はあまり気分のよいものではないが、バリオはごく自然に、上司にするような形で挨拶を交わす。
ドエスバンはそんなバリオの挨拶には適当に答えると、彼の後ろで手錠をはめられた態勢のサマラとトスカを舐め回すような目線で観察する
「(・・・ジロジロ見んな、デブ)」
「・・・・・」
トスカは外見上ポーカーフェイスを保つが、生理的に受け付けないなタイプの人間からそんな目線で見つめられたことに内心では不快感を全開にする。
一方のサマラはその冷徹な美貌と絹のような長い黒髪を微動だにせずに佇む。さしずめ、小者過ぎて見るに値しないといったところだろう。彼女は意図的にドエスバンを視界から外し、奥の壁に焦点を合わせた。
「ん~、ん~、ん~~~。いやいやこれほどの女囚が二人も・・・」
だが彼女達の内心などまるで気にも留めず、ドエスバンはその舐め回すような仕草を止めることはない。
それが彼女達の怒りを一層買ったのは言うまでもなく、トスカの額には青筋が浮かび始めていた。
「女囚・・・・・、ジョシュウ、ん~・・・♪」
「あの・・・所長?」
ドエスバンの視線は益々嫌らしさを増していき、変態的な言動すら隠しもしないほどだ。流石のバリオもこれには引き気味だが、名目上は目の前の人物はあくまでも上司であるため、必死で平静を装う。
「ところで女囚という言葉はお好きですかな」
「は?」
突然訳のわからない質問を振られ、バリオは思わずその本心を吐露しかける。お前は何を言っているんだ、と。しかし目の前の男がいかに変態と言えど階級はドエスバンの方が上なのだ。準軍事組織である保安局では軍隊と同じように規律に煩い。なのでバリオはそのあとに続けそうになった言葉を直前で飲み込む。
「あ、ああ、いや・・・何でもありませんぞ。で、貴方も7日ほど駐留されるとか」
ドエスバンもバリオの返事で漸く自身の言動を振り返り、慌ててそれを誤魔化すように話題を変える。
しかし、バリオの中でこの所長への評価が地に落ちたことは最早言うまでもない。女性に優しいプレイボーイを気取っている彼だからこそ、目の前の女性を慰みものとしか見ていないような変態への軽蔑は深く、重い。
それに、幾ら犯罪者といえど事案行為は実際違法である。手を出せばサヨナラ待ったなしだ。
「・・・ええ。これほどの大海賊ですからね。念には念を入れて経過を見ろと」
バリオは彼への軽蔑の言葉を我慢して、彼に言葉を返す。
「なるほどなるほど、いやいやごもっとも。では貴方の部屋もご用意いたしましょう。・・・すぐにね」
先程までのへと雰囲気から一転し、意味ありげに呟いた最後の台詞にバリオは彼への警戒を意識する。だが、このザクロウはドエスバンの下にある。ここでバリオが警戒したところで何の意味も為さなかった。
こうして、サマラとトスカは収監され、バリオもザクロウに留まることになった。
~〈開陽〉艦内~
さて、トスカさん達がザクロウに入って5日が経ったのだが・・・
「私の前では隠し事など無駄です!さぁ洗いざらい吐きなさいっ!!」
大尋問官サナエちゃん、降☆臨!
まぁ、あの話を聞いてからこうなることは予想できていたんだけど、やっぱり早苗は暴走してしまったみたい。
今私達は見ての通り、捕らえた海賊達を片っ端から尋問しているところだ。
事の発端は2日前に遡る。
トスカさん達が収監されてから3日が経っても予定されていたバリオさんからの定期連絡はなく、それを不審に思ったシーバットさんは法務局にザクロウの調査許可を求めていると通信で教えてくれたのだが、やはりそこは手続きに五月蝿い官僚組織、すんなりと許可が降りるわけではない。
それに副官をザクロウに送っているユーリ君は我慢の限界が来たようで、その通信があってから此方に一つの作戦を持ち掛けてきた。発案者はイネス君だが、要は保安局が手間取るようなら此方でザクロウの不正の証拠を掴んでしまおうというものだ。彼曰くザクロウには不審な点が多く、それゆえグアッシュの幹部クラスを捕まえればザクロウの秘密を幾つか入手出来るのではないかということだ。
サナダさんもその作戦に同意したこともあって、艦隊にとっても依頼遂行の上で役に立つと踏んだ私はそれを受けた訳だ。それで尋問と聞いてアップを始めた早苗が暴走して、大尋問官サマの降臨に至った訳だ。
現在進行形で〈開陽〉の尋問室では早苗による取り調べが行われているが、今までの連中は雑魚ばかりでまるでお話にならなかった。その度に早苗が捕虜を気絶させるので、大尋問官サマの周りには死屍累々の山が築かれている。
「ま、待ってくれ!俺は何も知らない!」
「へぇ~そうですかぁ~。それでは仕方ありませんね。物分かりの悪い方には消えて頂くしか・・・」
「ひっ、ひいぃぃぃあぁぁ!!」
恐らく何も知らないのだろうが、答えることを拒む海賊の頬を掠るぐらいの場所に早苗は光刀を突き刺し、脅しをかける。
背後の壁が光刀の熱でジュワーっと溶ける音を聞いて、海賊は男にあるまじき情けない悲鳴を上げた。
「どうします?答えますか?それとも死―――」
「あ"あ"ぁぁぁッ!――――」
早苗はくいっと顔を近づけて海賊に迫り、光刀が海賊の頬を焼く。
そこで海賊の意識は限界を迎えたのか、ぷつんと事切れてしまったようだ。
気絶した海賊は、情けなく白目を剥いてぽかんと口を開けている。
「あらあら、また気絶しちゃったみたいですね。男の人なのに情けないです」
「それは単に、お前が怖いだけだと思うぞ・・・」
早苗はそんな海賊にやれやれと溜め息をついたが、一部始終を目撃していた霊沙がツッコミを入れる。
「えー、こんなにかわいい尋問官なんですよ?どうせならもっと大物っぽい台詞を吐いて口説くぐらいの気概は見せて欲しいですねー」
「自分のことをかわいいと言うのもどうかと思うけどな・・・」
早苗のズレた回答に霊沙が呆れ気味に返す。かくいう私も、早苗の暴走具合には呆れを通り越して諦めの境地に入っているぐらいだ。
この子はもう少し自重というものを知るべきではないだろうか。仮にもうちの統括AIな訳なんだし。
「早苗、もうその辺りにしておきなさい。次の海賊を探すわよ」
「えーっ、もうですかー!まだ足りないですよぉ~。大尋問官サナエちゃんの欲求はこの程度じゃ治まりません!」
早苗は子供みたいに駄々をこねる仕草を見せるが、そこで何か思い付いたのか、意味ありげな視線を私に向けた。
「なんなら、霊夢さんでやってみますか?」
「へ?」
こいつ、何を言っているの?
早苗の言葉に私が戸惑っていると、彼女はそんな私を椅子に押し倒して、押さえつけるように上に跨がる。
「ちょ・・・あんたいきなり何してるのよ!?」
「だ~いじょうぶですよー。霊夢さんですから出来るだけ優しくしますって」
早苗は右手で私の顎を掴み、左手にはさっきの光刀・・・ではなくナイフが握られる。
「ふふっ、霊夢さんを尋問・・・霊夢さんの白い肌に私の・・・・うふふふふふふっ―――」
「早苗っ、いい加減に――――!」
―――これは重症だ。手段と目的が逆転している。兎に角今はこの状況から脱出しないと。
「ちょっと霊沙!見てるくらいなら助けなさいよ!」
「へぇ、これが世に言うキマシって奴なのかー?大丈夫さ、そいつの事だから悪いようにはしないだろ」
駄目だ。霊沙の奴は完全に傍観者に徹して楽しんでいやがる。あとで退治してやろうか?この私モドキめ。
「さぁ霊夢さん、覚悟―――!」
「あッ、ちょっと止めなさ―――」
私が霊沙に気をとられているうちに、早苗がさらに圧迫を強めてくる。
早苗が事を始めようと顔を近づけたところで、一通の通信が届いた。
《ブリッジより艦長へ、ブクレシュティより報告が入っています。至急艦橋までお戻り下さい》
尋問室に、ノエルさんが私を呼ぶ通信の声が響く。
報告の内容を気にする以前に、願っていた救いがやってきたことに私は心の中で安堵の溜め息をついた。
「―――そういう訳だから、降りなさい。早苗」
「ちぇっ、既成事実を作るいい機会だと思ったのに。仕方ないですねー、分かりましたよーだ」
私が声の調子を低くして早苗に告げると、以外にも彼女はすんなりと降りてくれた。少し不穏な言葉もあったが、素直に従ってくれるとは、多少はいい子みたいね。
早苗は文句たらたらの様子だが、私はノエルさんから呼ばれた通り艦橋に戻る。一応副官の早苗も、気持ちを切り替えたのか普段通りの様子で私の後に続いた。服は尋問官のままだけど。
「今戻ったわ。それで、報告の内容は?」
「はい、"ユーリ艦隊が証人と成りうるグアッシュ海賊団幹部を捕虜とすることに成功、これより保安局に向かう"との事です」
ノエルさんはブクレシュティから届けられた通信を読み上げる。
私がユーリ君の作戦に乗ったとき、ブクレシュティは連絡要員としてあちらに派遣しておいたのだ。私達の艦隊は主にガゼオン―ジーバ方面を担当し、ユーリ君の艦隊はドゥボルク―ザザン方面を担当するという話で纏めたので、何か進展があれば互いに情報を融通し合うという手筈になっている。
「彼にはブラッサムで落ち合うと伝えておいて。ショーフクさん」
「進路はブラッサムで宜しいですね。機関全速」
私がショーフクさんに呼び掛けると、彼は命を察して艦をブラッサムへと向ける。
さて、これで保安局が動けば漸く依頼達成も見えてくるというものだ。
~カルバライヤ・ジャンクション宙域、惑星ザザン周辺~
霊夢達が海賊狩りに勤しんでいる頃、ユーリ率いるグロスター級戦艦〈ミーティア〉を中心とした艦隊はグアッシュの幹部を求めてザザン周辺宙域を航行していた。
惑星ザザンは鉱物資源が豊富で、それらを運び出す貨物船も多く航行している。それを狙ってグアッシュ海賊団の幹部クラスもこの宙域に足を運ぶという訳だ。
「ユーリ、間もなくセクター8に到着するわ」
「分かった。警戒を厳にしてくれ」
レーダー手を担当していた緑髪の少女、ユーリの妹であるチェルシーが小惑星帯に到着することを告げ、グアッシュの待ち伏せを警戒するユーリは艦隊の警戒レベルを引き上げさせた。
「前も言ったと思うが、この辺りはグアッシュの幹部クラスが出る場所だ。今までのような雑魚とは訳が違うぞ、艦長」
「分かっているよ。だから霊夢さんだって援軍を寄越してきたんだろう」
イネスに注意を受けたユーリは、オブザーバー席に座る金髪の青い軍服調の艦長服を纏った少女――ブクレシュティを一瞥する。
彼女は一見人間に見えるが、その実艦隊の指揮能力を持った高性能AIである。だが、ユーリ達は彼女が殆ど人間にしか見えないこともあって、普通の人と同じように接していた。
「むぅ、しかし君のところの科学者も随分なモノを作ったもんだネ。どうだい、ここは一つ、わしの研究のために一度解剖させてはくれないかネ」
「しつこいわよ、お爺さん。乙女の中を覗き見ようなんてとんだ変態ね」
ブクレシュティがここに来てから、彼女に感銘を受けたジェロウ教授との間でこんなやり取りがあるのも最早日常茶飯事だ。ジェロウは彼女の人工知能に大いに興味があるのだが、彼女が協力に応じることはない。
「これもいつの間にか日常みたいなもんになっちまったな~。なぁユーリ、あいつのこと、どう思う?」
そのやり取りを見ていたユーリの悪友ポジションに収まっているトーロが、ユーリに耳打ちで尋ねる。
「どう思うって・・・有能な人だと思うけど」
「そうじゃねぇよ。あんな綺麗な姉ちゃんが居るんだ、何か思ったりしねぇのか?」
「綺麗って、確かにそうだけど・・・。まぁ、トスカさんとは違うタイプだなとは思うぞ」
「それだけか?」
「それだけも何も、彼女は霊夢さんから預かってるんだ。変な手出しはするなよ?」
「へいへー。おまえは相変わらず真面目だな」
「別に真面目で構わないだろ」
トーロは期待したような答えが出なかったことに肩を落とし、大人しく席に戻る。
普段はユーリの隣には活発で姉御肌なトスカが居たのだが、ブクレシュティはそれとは対照的に物静かで、大人しく紅茶を嗜んでいたりする。此方から絡めば応えてくれるが、彼女の方から積極的に絡むようなことはしない。
そのため、〈ミーティア〉の艦橋の雰囲気は以前とは少し変わったものになっていた。
「艦長さん?さっきは何か話していたみたいだけど・・・」
「い、いえ。何でもありませんよ」
珍しくブクレシュティに話しかけられたユーリが、先程の会話を誤魔化すように応える。その様子をチェルシーは面白くないものを見るような目で一瞥すると、レーダーの監視に戻った。
「・・・・ユーリ君、此方のレーダーに反応があるわ。距離17000、右舷前方1時の方向、上方13度の位置ね」
「!?っ、グアッシュですか?」
ブクレシュティは一度口を閉じるが、暫くすると瞼を開け、自艦のレーダーが捉えた反応をユーリに教える。
「そうみたいね。反応はバゥズ級が1、バクゥ級3、タタワ級5隻ね。恐らくバゥズは幹部クラスの旗艦でしょう。私は取り巻きを引き受けるから、貴方達は旗艦のバゥズを狙いなさい」
「っ―――了解しました。全艦戦闘配備、目標グアッシュ小艦隊!白兵戦の用意も怠るな!」
ブクレシュティの周りにはデータが並べられたリングが展開し、彼女は瞳を閉じて自艦隊の指揮に専念する。彼女の頬に青い線が迸り、ユーリ達は否応なく彼女が本来は人ならざるものだということを実感させられた。
ユーリは意識を切り替え、艦隊に戦闘配備を命じる。同時に彼は、ブクレシュティが運用する艦との性能差も如実に感じていた。
―――此方はまだレーダーの探知範囲外なのにこの精度・・・やはり叶わないな。
彼女がユーリ艦隊に合流した時も、彼女は配下の駆逐艦3隻を以てグアッシュ艦隊を翻弄し、自らの旗艦は動かさぬまま全艦撃破という様を見せていた。ユーリ達から見れば、それは個々の艦がまるで彼女から延びる糸で操られているようで、実力の差を思い知らされたと感じていた。
画面外では、ブクレシュティの配下にあるアーメスタ級駆逐艦とアリアストア級駆逐艦の戦隊が加速を開始し、グアッシュ艦隊が潜む小惑星に強襲を掛けんとしている。駆逐艦が牽制の砲撃を放つと、小惑星の影から5隻のタタワ級駆逐艦が飛び出した。タタワ級は反撃を試みるがその前に小惑星に向かって撃たれたアリアストア級の大型対艦ミサイルが命中し、その破片でタタワ駆逐艦の半数は瞬く間に戦闘不能に陥る。
一方、彼女が乗ってきた戦艦ほどのサイズがある蒼い巡洋艦はバクゥ級を射程に捉えると、それに向かって赤いプラズマ弾を連続して放ち、回避機動を行わせる暇も与えないまま一隻ずつ着実に撃沈していった。
「ユーリ、もう少しで敵の旗艦に取り付くわ」
「分かった。総員白兵戦の用意だ!」
その間をユーリ率いる〈ミーティア〉と巡洋艦、駆逐艦は残されたバゥズ級に突撃し、一気に懐に飛び込むと敵艦を強襲し、グアッシュ幹部を捕らえるため白兵戦を挑む。
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.....................
...............
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「どうだ!?、海賊を捕らえたか?」
「ああ。こいつ、グアッシュ海賊団の中でも中々の幹部らしいぜ。おらッ、さっさと来いよ!」
白兵戦の指揮を執っていたトーロがブリッジに帰還すると、ユーリは彼に駆け寄って成果を尋ねる。
トーロはそれに答えると、拘束された一人の男を突き出した。
「ふんッ、このような年端もいかぬ小僧共に捕らえられるとは、このダタラッチもヤキが回ったものだ。言っておくが、ワガハイはなに一つ喋らんぞ?」
トーロに突き出された細身で長身の男―――ダタラッチは余裕綽々とした態度でユーリに相対する。
「へぇ、なに一つ喋らないなんて、大した忠誠心だわ。それじゃユーリ君、始めましょうか」
「ええ――」
そんなダタラッチの様子を見てもブクレシュティは特に気に留めた様子もなく、ユーリに事を始めるよう促す。
ユーリは無言でダタラッチを見据えたまま、腰のスークリフ・ブレードに手を掛けた。
「むっ・・・?、ハッハッハ。なんだ、脅しのつもりか?小僧――――っああああぁぁぁぎゃああぁぁぁぁ!?」
その様子を見てもダタラッチは余裕を崩さなかったが、ユーリが彼の左腕を無言で切り裂くと、ダタラッチは漸くユーリが本気であると悟り、悲鳴と共に冷や汗を流す。
「・・・脅しじゃありませんよ。大切な人を助けなきゃいけないんだ。できれば今のうちに、ザクロウについて知っていることを洗いざらい話してくれた方が有り難いですね」
ユーリは氷のような瞳で、ダタラッチを射抜くような視線で見据える。
「あっあっ、あひっ・・・あひーッ!き、貴様っ、正気かぁッ!」
「・・・言ったでしょう、脅しじゃないって。こっちは時間がないんだ、できれば死ぬ前に、全部話してもらいたいですね」
ユーリはそう告げると、次は先程斬ったのとは反対の腕を切り裂く。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!、きっ、貴様ぁッ?!、イカれてるッ、イカれてるぞぉぉお!?」
「・・・話してくれるまで切り刻み続けますよ?」
「ま、待てえっッ!分かった、言うっ、何でも言うぅぅぅぅぅッ!」
ダタラッチもここにきて命の危険を感じ、自白に応じることを必死になってユーリに伝える。それを聞いたユーリはブレードを鞘に収めたが、それを見て安心したのか、その頃にはダタラッチは白目を剥いて気絶していた。
「あら、気絶しちゃったみたいね」
「少し・・・やり過ぎましたか?」
「いや、あれでいいわ。貴方の年を考えれば、海賊相手に舐められずに自白を強制させただけでも大したものよ」
「・・・・有難うございます」
「礼には及ばないわ」
先程のユーリの振る舞いは、実はブクレシュティの入れ知恵である。ユーリが副官(トスカ)のことで思い詰めているだろうと思った彼女は、彼が焦りから怒りっぽく海賊に迫っても効果はないと断じ、出来るだけ冷酷に拷問しろとアドバイスしていた。
この弱肉強食の宇宙では舐められたら終わりであり、実力を示す必要がある。なので冷酷に迫って力の上下を示せば、ユーリを侮っている海賊も自白させられるという寸法だ。
その後ダタラッチが目を覚ますと、次はブクレシュティによる聞き込みで彼は洗いざらい知っていることを吐かされた。ユーリのことも忘れて彼女を少女と侮ったダタラッチが、どんな目に逢ったかなどは語るまでもないだろう。
「―――つまり、海賊団への指示はザクロウから出ている訳ね」
「ああ・・・そ、そうだ」
ブクレシュティの無機質な声で発せられた確認に対し、顔面がボコボコになったダタラッチは怯えを隠しながらそれを肯定する。
「グアッシュ様にかかれば、ザクロウも安全な別荘という訳だ。オマケにさらった人間をあすこに送り込めば、たんまり資金も得られる。であるからして、ワガハイ達は金にはち~っとも困っておらんのだ」
最初の余裕もどこへやら、ダタラッチは頼まれてもいないことまで洗いざらいブクレシュティに話す。
「成程・・・人身売買、それが資金源か」
「それで、送られた人間はどうなるんだっ!?」
そのやり取りを聞いていたイネスは納得するように呟くが、副官がそのザクロウにいるユーリには気が気ではなく、焦りを含んだ声色でダタラッチに詰め寄る。
「ワガハイも管轄ではないからな、詳しくは知らぬ。ただ―――、ある程度、纏まった数が揃った時点で何処かの自治領に売り飛ばされるという話を聞いたことはあるぞ」
「なんだよ、それじゃあザクロウがグアッシュの本拠地みたいなもんじゃねぇか!」
「クッ・・・不味いな、すぐにトスカさん達を助けないと」
ダタラッチの話でトスカが売り飛ばされる危険を感じたユーリは、すぐにでも彼女を助けなければと頭を回転させるが、そこにイネスが手を差しのべた。
「そう焦るな、ユーリ。こいつを連れて保安局に行こう。証人がいれば保安局もすぐに動く筈だ」
「そうか・・・よし、直ぐに保安局に向かうぞ、進路ブラッサムだ」
「了解!」
イネスの助言を受けたユーリは、直ちに艦隊をブラッサムに向かわせるよう指示する。
―――艦隊が受けた依頼は確か大企業令嬢の救出だったわね・・・それなら少し不味いかも。
一方、ブクレシュティは霊夢が受けていた依頼のことを思い出し、この時期にきては最早手遅れなのではという憶測が彼女の思考を過る。
―――考えるのは後ね。兎に角今は本隊にこれを伝えないと。
彼女はその可能性を思考の片隅に追いやり、霊夢への報告となる暗号通信を作成し、それを〈開陽〉に向けて発信するよう自艦に命じた。
―――しかし、こうなるとザクロウに強襲上陸する必要が出てくるわね―――ふふっ、これから楽しくなりそう・・・・
暗号通信を送信し終えたブクレシュティは、その人形のような表情の下で薄く笑う。
彼女は人形のように変わらない表情の下で、確かな戦意を滾らせていた。
~監獄惑星ザクロウ~
監獄惑星ザクロウに備えられた女囚用収監施設の一室に、彼女達は居た。
「・・・・もう3日になるけど、いつまでこうしているんだい?」
床に腰掛けて壁を背もたれにしていた白髪褐色肌の女性――トスカは、入り口付近にもたれ掛かっている赤いバンダナを巻いた黒髪の女―――サマラに呼び掛ける。
「―――退屈したか?」
「いんや、ただ、いい加減監視体制も把握したんじゃないかってね」
サマラはそんなトスカに対して飄々と返すが、トスカはそろそろ"動いてもいい頃"なのではとサマラに尋ねた。
「フッ、そうだな。ではそろそろ散歩と洒落込むか」
「目的地は?」
「管理棟だ。グアッシュの奴が居るとすればそこだろう」
サマラはその言葉を鼻で笑うと、トスカの質問に答えながら自身の髪の毛の一本を抜き、唾をつけてキーロックに差し込む。
その数秒後、ボンッ、という軽い爆発音と共にロックが破壊され、扉のエアが抜かれて開かれる。
「―――開いたぞ」
「ニトロストリング・・・昔と変わらないねぇ」
サマラは扉の外側を見遣り、誰もいないことを確認すると廊下へと躍り出る。それにトスカも続き、二人は管理棟を目指して移動を開始した。
次回からはレッツパーリィーです。ブクレシュティ(アアリス)は強襲戦が楽しみで仕方ないみたいです。上陸戦ってなんだか燃えますよね。
今回は話の流れから原作沿いの会話が多くなっていますが、上手く霊夢達を絡められたでしょうか。
今まで散々暴れてきた早苗さんですが、次回以降も盛大に暴れてくれます。さでずむ降臨です(もう降臨しているかもしれませんが)
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