第四二話 もう一つの名前
~ネージリンス・ジャンクション宙域、ボイドゲートβ~
カルバライヤ・ジャンクション宙域とボイドゲート一つを隔てた先にあるこのネージリンス・ジャンクション宙域は、宙域自体は小さいながらもネージリンス有数の大企業セグェン・グラスチ社が進出した経済、学術宙域として栄えており、ネージリンスにとっても重要な宙域の一つだ。
そのカルバライヤ方面のボイドゲートから複数の艦船が飛び出してきたことにより、国境を警備するネージリンス軍艦の警戒レベルが引き上げられる。元々隣国のカルバライヤとは仲が悪いネージリンスであり、ただでさえここ最近は緊張状態が高まっているという時期だ。警戒しない方がおかしい。
最終的に殆どが戦闘艦で構成された30隻以上の中規模艦隊がゲートから姿を現したことでネージリンス艦の警戒は極限にまで達したが、その艦隊からの通信で漸くそれが敵でないと判断したネージリンス艦は通常配備に戻っていく。
その光景を〈開陽〉艦橋から眺めていた霊夢は、ほっと安堵のため息をついた。
「・・・ようやく引き下がってくれたみたいね」
「はい。警戒艦のリーリス級駆逐艦2隻は通常配備に戻ったようです。エネルギー反応低下しました」
カルバライヤとネージリンスが不仲だとは聞いていたけど、まさかここまでピリピリしてるなんてね。所属と0Gドッグであることを表すコードを通信で何度か送りつけて漸く納得してくれたみたい。
まあ、対立国側のボイドゲートからこんな規模の艦隊が出て来たら仕方ないか。
新たな宙域に足を踏み入れて早々にトラブルを起こしかけた私達だが、なんとかそれは回避することができた。意味もなく軍隊とのドンパチなんて御免だからね。
さて、この宙域に足を運んだ訳であるが、依頼である奪還対象のご令嬢がこの先の宙域に囚われているためだ。件のご令嬢はカルバライヤ宙域保安局の捜査によると、この宙域からボイドゲート一つ跨いだ先のゼーペンストという宙域に居る可能性が高いらしい。ゼーペンストは自治領だから国家機関が強く出ることができず、自力救済に頼るほかないという訳だ。
「それじゃあ先ずは情報収集といきましょう。幾ら性能で勝っているとは言っても相手は国のようなもの、事前の準備はしっかりやっておかないとね」
「アイアイサー。じゃあ先ずは最寄りの惑星に寄港しよう。ショーフク殿」
「ふむ、なら此処からでは惑星リリエだな。取り舵10、進路をリリエに向けるぞ」
旗艦〈開陽〉が機動を修正し、それに僚艦が続く。回頭用の核パルスモーターが発する振動が艦橋まで響いた。
「――レーダーに敵影なし」
「そのまま巡航速度を維持。通常配備のままで良いわ」
レーダーを監視するこころからも異常なしの報告が上がる。最近のカルバライヤもそうだったけど、本当に平和な海だ。主に私達がグアッシュを狩りつくしたのが原因ではあるのだけれど。
「しかし暇だ。砲撃の腕が鈍っちまう」
「フォックスさん、最近そればかりですね。昔はもっと口数少なかったのに」
「ハハッ、どうも戦闘がデフォルトになっちまったみたいでな、こうも戦闘が少ないと逆に落ち着かないぜ」
静かになった艦橋で、砲手の席に座るフォックスが一人言ちる。ミユさんが言ったように最近の彼はそんなことを呟く機会が多い。最初はもっと軍人らしい雰囲気だったけど、今ではすっかり大砲屋気質に取り込まれているみたいね、フォックスは。
「確かに平和なのは良いんだけど、資金源がやってこないのは死活問題だわ」
フォックスがトリガーハッピーの初期症状を呈し始めているのはともかく、艦隊にとっても資金源が枯渇するのは大問題だ。無計画に大きくしてあまつさえ資源(海賊)を乱獲したせいだと言われればそれまでだけど、艦隊責任者としてこれは如何ともしがたい状況だ。まぁ、今のところは保安局から貰った報酬もあるし資金には余裕がある。それに、暫くすれば否応なしに戦う羽目になるんだから、今のうちに平和を満喫するのも悪くはない。
「あー、だけど本当に暇ね。目の前に海賊が沸いて出たりしてくれないかしら」
「縁起でもないな、霊夢・・・時には平穏も必要だぞ」
そこに、隣で控えていたコーディが突っ込んできた。彼はフォックスやエコーなんかと声や容姿は同じだけれど、私を名前で呼ぶので判断しやすい。
「そうねー。やることもないし、一旦神社に戻ろうかしら。それじゃコーディ、席は任せたわ」
「イエッサー」
艦長業務の書類なんかも既に片付いているので本当にやることがない。それに交代の時間も近いし、後はコーディに任せて適当に時間潰しでもするとしますか。
「なら霊夢さん、私と艦内デートなんてどうですか!?」
「ちょっと早苗・・・デートって、確か逢引のことでしょ?私女なんだけど・・・」
私が艦長席から降りると、いつも私に付き添っている早苗が腕を絡めてひっついてくる。別に悪い気はしないから放っておいてるんだけど、時々こんな風に変なこと言い出すのよね・・・なんでこうなったのかしら。
「とりあえず、今は離れて」
「むーっ、霊夢さんのけち・・・相変わらず鈍感なんですから」
ただ、いい加減動きにくいので離れるように言ってやると、早苗は私をケチ呼ばわりしてぷいっと顔を背けてしまう。だけど少しすればそれも治って私の方を見つめてくる。ほんと、早苗の行動原理は読みにくい。
早苗が続けて何か言ったように聞こえたけれど、小声なので上手く聞き取れなかった。
「神社といったら―――確か自然ドームにある霊夢の家だったか。あんたは気にしないと思うが、最近幽霊騒ぎがあるそうだぞ。せいぜい気を付けることだ」
「幽霊騒ぎ?」
早苗とのやり取りも落ち着いたところでコーディがそんな話題を振ってきた。続けて「ま、幽霊なんて眉唾だろうがな」と彼は言っていたけれど、昔の常識もあってそれを私は噂程度に捉えられなかった。
早苗はそれを知らなかったみたいで、頭に疑問符を掲げている。
―――害のない霊なら良いんだけど、そもそもうちに戦死者はまだいなかった筈。なんで霊なんて出るのかしら・・・
あれだけ戦ってるのに戦死者なしとは眉唾かと思われるだろうけど、実際本当のことだ。うちの艦隊は殆ど自動化されている上に、頻繁に募集をかけて増えたとは言ってもクルーの総数はせいぜい400人にも満たない。人間を重要な箇所に配置して末端や僚艦は自動化しているのと、〈開陽〉そのもののバイタルが硬くてそうそう抜かれないこともあって幸いにも人的被害は少ないままだ。なので負傷者はたびたび出てはいるけど、戦死者は未だ出ていない、という訳だ。
しかし、だとしたら何で幽霊騒ぎなんて出るのかしら。ここで死んだ人間がいない以上、やっぱり何かの見間違いとかなのかな。
「―――分かったわ。出会ったら退治しとくわね」
「うわ、相変わらずきついです、霊夢さん・・・でもそこが良いんですけどね」
私はコーディにそんな返事をして艦橋を後にする。それが本物だとしたら此方としても迷惑だし、さっさと成仏なり退治なりさせてしまおう。
予想はしていたけど、早苗は私にまたくっついてきた。
どうにかするのも面倒なので、そのまま私達は神社に向かった。
~ネージリンス・ジャンクション宙域、惑星リリエ~
この宙域に入ってから程なくして、艦隊は惑星リリエの宇宙港に入港した。この星の宇宙港はネージリンス独自の仕様らしく、苔色の八ツ橋みたいな形をした楕円柱を横倒しにしたような形の物だった。宇宙港というものは国ごとに特徴があるみたいで、つい最近までいたカルバライヤのものは宙域のデブリ対策に大きな装甲板をくっつけた形をしたものが多かった。
早速情報収集のために地上へ降りようと思ったんだけど、私はそこで同行していたメイリンさん達に呼び止められた。
「あの、霊夢さん、少しいいですか?」
「何?メイリンさん」
タラップを降りて少し歩いた所で、メイリンさんともう一人、確かザクロウに捕まってたサクヤさんの二人が待っていた。
「今回の依頼のことで朗報があったので、お伝えしようと思いまして」
「へぇー、朗報ね。それは何かしら?」
次に口を切ったのは、メイリンさんではなくサクヤさんの方だった。先に言われて悔しいのか、メイリンさんは何とも言えない表情をしている。
「本社の方から連絡があって、奪還艦隊を編成しているそうよ。今動くのは一個打撃群みたいだから、戦力としてはあまり充てにできないけどね。これはその情報。公開できる範囲だからあまり多くはないけど」
「あんたは確か、サクヤさんだっけ。どうも、受け取っておくわ」
「失礼、申し遅れました。顔は合わせていたと思いますが、スカーレット社のサクヤと申します。以後お見知り置きを」
サクヤさんとの単純な挨拶を済ませて、彼女が差し出した一枚のデータプレートを受け取る。どうやらこれが、その奪還艦隊とやらの情報を記したものらしい。
試しにそれを起動してみると、編成表のようなものが表れた。
「・・・サクヤ、それをここで起動させて大丈夫なの?」
「ええ。認識障害のフィールドを張ったから、情報が外部に伝わることはないわ」
私がそれを起動したのと同時に、私達の周りに薄い結界のようなものが張られた。ひょっとして、今の不味かった?
「あんたが公開できる範囲って言ったから覗いても大丈夫だと思ったんだけど、配慮が足りなかったかしら?」
「いえ、お気になさらず。此方の都合よ」
だけど、サクヤさんが言うには問題ないらしい。一応内密の話だから、ってことかしら。さっきは認識障害フィールドと言っていたが、確かあれは会話内容を隠すためのものだ。依頼そのものの内容があれだから聞かれたくない、という訳か。
さて、データプレートに記されていた情報のことだが、本社から送り込まれてくるという艦隊の陣容と到着予定が記されている。このネージリンス・ジャンクションに着くまでは13日とやや遅めだが、どうも整備と補給で手間取っていたらしい。
して肝心の戦力だが、改ゾロ級駆逐艦とアリアストア級駆逐艦が各2隻、改レベッカ級警備艇が6隻らしい。確かに戦力としては心許ない。一瞬レベッカ級と見て目を疑ったが、どうやらこのレベッカ級は通常艦と比べてかなり性能が高いのは救いだ。レベッカ級は警備艇として広く普及している艦船だが、その性能ははっきり言って最底辺だ。そんなのが6隻も来られたら足手纏いもいいところだが、奪還艦隊に含まれるレベッカ級の性能は同型艦を改造したスカーバレルのフランコ級水雷艇よりも高いらしい。これなら最低限の戦力として扱える。
「他の艦艇は改装スケジュールの関係でまだ動かせないらしく、援軍としては心許ないですが・・・」
「別に構わないわ。んで、こいつらはあんたの指揮下に入るんでしょ?なら私は何も言わないわ」
「それともう一つ、社長が個人的な伝を使って保安局の捜査を支援するみたいです。丁度この宙域にあるポフューラという星に捜査本部を用意したとのことですから、後ほど訪れてみるのも一計かと」
続けてサクヤさんはそんな情報も教えてくれた。話からすると、裏で色々手を回してくれたみたい。
「ネージリンスのセグェン・グラスチ社とはビジネス上の関係がありますから、その伝ですね・・・ああ、彼等とは商工会議とかで顔を合わせるだけなんですけど・・・」
そして、その伝とやらがセグェン・グラスチという会社らしい。メイリンさんはあはは、と笑って誤魔化しているけどカルバライヤとネージリンスって確か関係険悪なのよね。なのに会社関で多少なりとも付き合いがあると聞いたら普通の国民は何か思うところがありそうだけど、別に私はそういうのはどうも思わないし、過度に気にしなくても良いんだけど。
「・・・別に私は気にしないわ。基本0Gドッグは国とか関係ないからね」
「はは・・・それは助かります。」
メイリンさんもカルバライヤ人みたいだから、その辺り勘違いされたくなかったのかも。それに、会社どうしの関係とは言っても、多分業界のライバル程度だろうし、あまり気にしても無駄か。
「それで、話はもう終わりかしら」
「ええ、今のところは。現状は援軍が合流するまで情報収集、という形になりますね」
「分かったわ。んじゃ私は適当にやってるから。その時になったら教えて」
「了解です」
今後の方針は、メイリンさんに援軍が届くまではこの宙域を適当に散策するという感じで良さそうかな。そこでゼーペンストの情報を得るもよし、戦備を整えるもよしといった感じか。
「しかし、あんた達だいぶ落ち着いてるわね。普通はもうちょっと焦るもんじゃない?」
「はは・・・これでも内心だいぶ焦ってるんですけどね。お嬢ちゃん方がいかがわしいことをされていないか、心配で心配で・・・」
「・・・メイリン、焦っても結果は悪くなるだけ。相手の戦力も侮れないし、今は準備に専念しましょう」
「サクヤ・・・ああ、でも一度考え出すと不安がどんどん溢れてきて・・・」
うん、メイリンさんってだいぶ精神弱いみたい。本当に大丈夫かしら?状況があれだから仕方ないかもしれないけど。しかし、サクヤさんの方が冷静なのはちょっと以外かも。ほら、咲夜の方はなんだかんだあの吸血鬼にべったりだったし。
「うう、いや、このままだとお嬢様が・・・」
「はぁ・・・少しは冷静になりなさいメイリン。なら今日も"落ち着かせて"あげましょうか?」
「ひえっ!・・・もう、こんな所でそれは言わないで下さいよ・・・」
「クスッ、少しは落ち着いたかしら。それじゃあ、私達は色々あるから、そろそろ行くわ」
「ええ。それと、ちゃんと成功報酬は用意しておきなさいよ」
「心配無用よ。それは安心なさい。今日はこんなところかしら。健闘を期待してるわ」
話も終わり、認識障害のフィールドが解除される。本当に用はそれだけだったみたいで、軽く手を振るとメイリンさん達は足早にその場を後にした。
「・・・さて、そんじゃ地上に「ああ、やっと終わったの?」」
「ぅわあっ、・・・って、なんだあんたか。今度は何の用かしら」
突然後ろから話し掛けられて、心にもなく素っ頓狂な声を上げてしまった。振り向いてみると、そこにいたのは青い軍服調の衣装を着た金髪の等身人形・・・ブクレシュティだ。
「そんなに驚くこと?まぁいいわ。それで本題だけど、これ、実行できないかしら?」
彼女が差し出したのは、設計図らしきものが記されたデータプレートだ。私はそれを受け取って、ホログラムに表示された設計図を眺める。
「・・・・・・これ、あんたが作ったの?」
「いや、私にそこまでの権限はないわ。予めサナダが用意していたから私はそれを提示しただけ。次の相手も一筋縄ではいかない恐れもあるし、戦力強化の一環としては考慮に値するんじゃない?提督さん」
―――なにこれ?・・・
ブクレシュティが何か言ってる気がするけど、それよりもこのとんでも設計図の方が問題だ。
ホログラムに記された設計図にあったのは、単純に言えば〈ブクレシュティ〉の強化改装案の情報だ。それは既存の艦体に増加パーツを付け加える形で、彼女の戦闘能力を強化するものらしい。
それだけなら驚きもしないんだけど、問題はその仕様だ。
―――原型、残ってないじゃん。
肝心の改装案についてだが、まず基本となる〈ブクレシュティ〉の艦体に、両舷エンジンブロックの外側にさらに増加の格納庫とブースター、主砲塔を兼ねたユニットを接続、艦橋部分はその前にある反重力リフトごと増加装甲で覆って主砲とダミー艦橋を追加、艦底部には巨大な砲身を持った武装ユニットと増加装甲を接続して打撃力を高めているようだ。さらに、止めとばかりに追加の武器システムやスラスター類もかなりの量に上る。まるで全艦武器の塊といったような風体だ。
あんたは一体何と戦うつもりなのよ・・・
心なしか、普段は人形のように無機質なブクレシュティの両眼が、玩具をねだる子供みたいにきらきらしているような気がした。
「CGY-PLAN303、ディープストライカー。ODST投下機能を廃止する代わりに極限まで戦闘力を高めた増加装備プランよ。コストはかかると思うけど、単独での殲滅力なら戦艦以上だと自負するわ。この装備の真髄は6基に上る追加のインフラトン・インヴァイダーの存在ね。それが生み出す莫大なエネルギー量を以て通常の基準を遥かに超える加速力と機動力に連射速度を実現し、一対多においても全く引けを取らない性能を発揮する装備。どう?」
「どうも何も・・・そのコストは何処から捻出するのよ・・・駄目、今は却下」
「―――ちぇっ」
私が即座に却下の印を押すと、ブクレシュティの舌打ちの音が聞こえた。はっきり言ってこんなキ○ガイ装備、許可できるわけないじゃない。こんなマッド共が自重を殴り捨ててコスト度外視で設計したような装備なんて、今の艦隊には割に合わないどころか大赤字よ。なら却下に決まってる。
というか、〈ブクレシュティ〉って本来旗艦運用が前提の巡洋艦だった筈だ。ならどうして、その設計思想からわざわざ逸脱するような増加装備なんて設計するのよ。マッドの感性は本当に意味不明だ。
「―――まぁ、こうなることは予想できていたから良いんだけど。それで本題の方なんだけど、サナダから預かりものよ。戦力補充に使えってさ」
ブクレシュティもあれは到底無理な装備だと頭では理解していたらしく、私が却下してもしつこく食い下がってくるようなことはしなかった。単に望みが薄い願望程度の提案だったのかも。
そして素早く切り替えた彼女はもう一枚のデータプレートを懐から取り出して、それを私に投げ渡す。マッドからの預かり物とか言ってたから、どうせまた設計図とか何かだろう。
もう一枚のデータプレートを起動すると、案の定それは新型艦の設計図だった。
新型艦とは言っても、外見は既存のサチワヌ級巡洋艦とあまり変わりはない。違いといえば、両舷のカーゴブロックが消えて主砲が取り付けられている位か。
「グアッシュ戦で中小艦艇の攻撃力が足りないって話だったから、既存の艦艇を改良したらしいわ。コスト自体据え置きみたいだし、これなら一考の価値ぐらいはあるでしょ。艦隊の戦力も駆逐艦2隻分下がってる訳だし、時期を見て代艦でも作ったら?」
「そうね、さっきね自重を忘れたような案に比べればずっとマシね。確かにあんたの言う通り、ゼーペンストとやらに攻め込む前の戦力強化には丁度いいかも」
"くもの巣"での戦いでは駆逐艦2隻を喪失している。その穴埋めという形でなら、2隻程度建造するのも悪くない。ちょうど海賊討伐の報酬で少しは資金に余裕もあることだし、この星には造船工厰もある。後で幹部クルーの誰かに相談でもしておこう。
それで例の改サチワヌ級―――ルヴェンゾリ級巡洋艦の本体価格は17000G。巡洋艦だし、一通り内装を整えるとしたら25000Gは必要になるだろう。だとしたら現状の予算では1隻の増備が限度かな。
「あら、まだ何かある・・・・」
「ああ、言い忘れてたけど、他にも色々改良案があるみたいよ。今表示されてるのは・・・クレイモア級の改装案か」
どうやらこのデータプレートの中にあるのはさっきの巡洋艦だけではないらしい。誤って手を滑らせてしまったとき、偶然他のデータを表示するボタンを押してしまったみたいだ。それで現在表示されている設計図は艦隊の主力重巡クレイモア級の改良案のようだ。
図面ではあまり違いは分からないが、艦首部にドーゴ級戦艦と同型の超遠距離射撃砲を搭載したらしい。
「確かそれは、この艦隊が以前遭遇した敵が同種の兵器を集中運用してきたことへの対策ね。超遠距離射撃砲の搭載で耐久度は少し落ちるけど、その代わり照準と索敵レーダーが高性能なものに交換されてるわ」
「へぇ~、いつの間にこんなの設計してたのね。相変わらず機械のことになると仕事が早い連中・・・」
ブクレシュティが言った敵とは、たぶん前に戦ったマリサ艦隊のことだろう。あのときは重巡まで沈められたし、本当に危ないところだった。その頃は彼女は居なかったのだけど、戦闘データを見たりして知っているのだろう。
クレイモア級の耐久力は元々優秀な部類だし、射撃プラットホームとしての安定性は確保されている。それにサナダさんはあれの艦首ブロックは予め開けておいたみたいなことも言ってた気がするし、後付け搭載でも他の機能を圧迫することはないだろう。加えて新型の射撃システムとレーダーで命中率を高めているとなれば、またあの小娘がちょっかい出してきたときにも対処できる。それを考えれば、この改良は充分に実用性はありそうだ。・・・・・金があればの話だけどね。
「・・・でも、今の艦隊にそこまで資金の余裕がある訳じゃないし・・・工作艦の資源を使えば、1隻は改造できるだろうけど」
「戦闘を控えている以上、工作艦の資源は修理と補充に使いたい、と」
「そんなところね。取り敢えず、これは機を見てって感じになるわね」
何事にもお金はやはり必要だ。艦隊の資金が限られている以上、あれもこれもという訳にはいかない。この辺りの取捨選択ってのが、案外艦長業務のなかでも難しいところなのよね。
それから暫くマッドから預かってきたというデータプレートの中身を覗いてみたのだが、あまりパッとしないものばかりだった。新造艦はあまり作る余裕もないし、既存艦の改装でもできる数は限りがある。にとりが出してきたらしい1000m級弩級戦艦案とかもあったけど、流石にそれは時期尚早かな・・・
「これで全部、かな」
「そんなところね」
どうやらデータプレートの中身はこれで終わりみたい。しかし、何でブクレシュティがわざわざマッドからの届け物なんてしたのかしら。
「そういえば、そのサナダさん達はどうしてるのよ。わざわざあんたに頼むほど忙しい訳?」
従来なら、あのマッド共はこういった新兵器案なんかは我先にと自慢しにくる人種なんだけど、今日は珍しく他人を介しての紹介だ。また何か変なことしてなきゃいいんだけど。
「あ~、なんかそんな事も言ってたわ。サナダとシオンは戦艦設計の最終段階とかで手が離せないって言ってたわね。整備班長のにとりは機動兵器の量産試作機がロールアウト間近でその試験があるらしいわ」
・・・どうやら勘は当たったらしい。予想してたのよりは大人しめなのがせめてものの救いだが、これはそのうち自慢にくる予兆だろうなぁ~。にとりの機動兵器はともかく、サナダさんが戦艦設計したって今はお金の余裕があるわけでもないのに・・・どうやって断ろうか。
そもそもうちが金欠気味なのって、マッド共が勝手に大軍拡して艦隊の維持費を跳ね上げたり、研究開発でかなりの額を持っていくからなのよね。幸いといってはなんだけど、クルーの数が少ないから人件費はそこそこ押さえられているのだ。なら、浪費の原因はマッドしか残らない。
「ああ、やっぱりそんなとこなのね・・・」
私が艦隊運営で頭を悩ませたりしていても、ブクレシュティはどこ吹く風といつもの無表情のままだ。これが早苗なら気の利いた言葉の一つくらいは掛けたりしてくれるのに・・・ああもう、まさか来世になってまで金の工面に困るとは思ってもいなかったわ・・・
それと、ブクレシュティがわざわざ私にこれを届けにきたのって、もしかしてあの増加装備が欲しかったから?なんか、あの眼を見た後だとありそうな気がするわ・・・
ああ、それと少し、彼女に言いたいこともあったわね。
「―――そういえばさ、ブクレシュティって名前だと、ちょっと長くて呼びにくいのよね」
「はあ?」
「いや、だから愛称の一つでもあれば呼びやすいんじゃないかってこと」
これは前から感じていたんだけど、ブクレシュティだと半端に長くて呼びにくい。なんかこう、もうちょっと呼びやすくできないかしら。
あと、聞いた話では名前は自分で選んだらしいんだけど、本来名前ってそういうものじゃない気がするのよね・・・
「―――何も、提督さんが適当に呼べばいいでしょ」
「そう、ならアリスで」
「へ?」
私が即答したためか、彼女は目を丸くしてつっ立ったままだ。
だって、ほら、ブクレシュティとあの七色馬鹿って髪型以外ほとんど似てるし、おまけに声もあの七色に似てるんだもん。内心では時々あいつと間違えそうになるぐらいだし。
「・・・なに、知ってたの?」
「は?知ってたって何を・・・」
彼女の返答は、予想外のものだった。
わざわざ知ってたのなんて返すってのは、一体どういうことだろうか。早苗があっちの早苗だと言われても今更驚きはしないけど、こいつまで同じなんて言わないでしょうね?
「Advanced Logistic&In-consequence Cognizing Equipment(発展型論理・非論理認識装置)・・・略称ALICE。言うなれば、私の"核"みたいなものよ」
私の予想とは裏腹に、彼女は自身の頭を指しながら訳のわからん横文字を並べる。
「・・・なにそれ」
「はぁ?貴女がその名前を口にするものだからてっきり知ってるのかと思ったんだけど・・・まぁいいわ。要するに、AIである私の核となるプログラムよ。発展型ってのは、あの緑髪の本体にあるプログラムを文字通り発展させたものだから。人間の感情を学習してより精度の高い人工知能に育てようってサナダが付けたものよ。だから非論理認識装置ってわけ」
彼女は少し呆れ気味に、自分に搭載されたという人工知能?の解説を始めた。なんとなく話は分かったけど、相変わらず専門的なことは苦手なのよね。
どうやら、あの七色と目の前の彼女にあるプログラムの名前が被っただけのことらしい。単純な勘違いってやつだ。
「ああ、知ってるってそういう意味・・・私はただ、あんたが知り合いに似てるからそう読んでみただけなんだけど」
「なんだ、知らなかったのね。まぁ、私はそっちの呼び名でも良いわ。どのみち私なことに変わりはないんだし」
以外にも、彼女はその名前で呼ぶことをあっさりと承諾した。彼女にしてみれば、自分の中心みたいなプログラムの名前はイコール自分の名前と同義だと解釈したらしい。
「そう、なら遠慮なく。次からはそっちの名前で呼ばせて貰うわ」
「あ、一つ条件があるわ。艦に乗ってるときは、今まで通りの名で呼びなさい」
彼女はそれだけを条件に付け加えてきた。艦に乗ってるときか・・・あの艦にいる間は〈ブクレシュティ〉と一心同体だからってのが理由かしら。まぁ、自分で選んだ名前らしいし、何かしらの執着があるのかもね。
「はいはい、分かったわ。私からはこんなところね。アリスも用は無いんでしょ?なら一緒に地上とかどう?」
「地上?いや、お断りしておくわ。必要性を感じないもの」
「また必要性・・・相変わらず淡白な奴ね。少しは私の酒に付き合ってみなさいよ」
「仕方ないでしょ。AIの判断基準はそれなんだから。それについてとやかく言われる筋合いはないわ」
「ああ、もういいわ。だったら大人しく艦橋にでも籠ってなさいよ」
「なら、そうさせて貰うわ。それじゃあ失礼」
私が軌道エレベーターに向けて歩き出すと、アリスはドックの方角へ戻っていく。私が軽く手を振ると、彼女がそれを返してきたのがちょっと意外だった。
―――なによ、少しは人間らしくも出来るじゃない。
それなら酒にも付き合えと言いたかったけど、あまり無理強いするのもよくないし、今は一人で飲むとしよう。
それで肝心の地上だが、酒場での情報収集を終えた辺りで早苗が突撃してきて酒どころではなかったわ。あの娘、お酒に弱いところまで似てるなんて・・・お陰で私は介抱するばかりで少ししか飲めなかったじゃない。
なんか、こっちに来てからまともに飲める機会が少ない気がするわ・・・
今回から第5章です。いつになったら大マゼランに行けるのでしょうか。早くあの人とかあの機体を出したいです。
ブクレシュティのことについては、単なる名前繋がりです。ディープストライカーとかALICEとか。ガンダムの中でもセンチネル成分が濃くなってきた気がしますが(マゼラン級もセンチネル仕様だし)、そのうち(凸)が登場しますので緩和されるかと思います。
本作の何処に興味がありますか
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戦闘
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メカ
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キャラ
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百合