夢幻航路   作:旭日提督

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第五八話 "不抜"の将

 

 ~アイルラーゼン軍、クラウスナイツ級戦艦〈ステッドファスト〉ブリッジ~

 

 

 

「敵艦の沈黙を確認しました」

 

「・・・リフレクションレーザー、砲撃止め。〈リレントレス〉〈ドミニオン〉にも伝えなさい」

 

「―――了解しました。両舷リフレクションレーザー主砲、砲撃止め」

 

「旗艦より戦隊各艦へ、砲撃止め。繰り返す、砲撃止め」

 

 旗艦からの命令に従って、暗黒星雲内から姿を現した3隻の大型戦艦は砲撃を中断する。その直後、目標としていた白い楔型の大型戦艦が爆散した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 霊夢達の艦隊に迫るヴィダクチオ戦艦を撃破した艦隊―――アイルラーゼン軍α象限艦隊第81独立機動部隊旗艦、クラウスナイツ級戦艦先行生産型〈ステッドファスト〉の艦橋から、艦隊を指揮する女指揮官―――ユリシア・フォン・ヴェルナー中佐は、前方に見える大型戦艦、『紅き鋼鉄』の旗艦、改スーパーアンドロメダ級戦艦〈開陽〉の姿を見据えた。

 

「・・・あの戦艦に通信を繋げる?」

 

「前方の0Gドックの戦艦ですか?・・・はい、やってみます」

 

 ユリシアは通信士に命じて、霊夢艦隊の旗艦〈開陽〉に通信回線を接続させた。

 暫くすると、艦橋中央にあるホログラム投影装置に相手方の艦長、霊夢の姿が映し出される。それを見たユリシアは、自分もそうではあるのだが、随分と若い艦長だなと関心した。

 

 ホログラムの輪郭が明確になり、通信の準備が整えられると、ユリシアは一呼吸置いて相手方に語り掛けた。

 

「―――初めまして、私はアイルラーゼン軍、α象限艦隊所属、ユリシア・フォン・ヴェルナー中佐よ。よろしくね、可愛い艦隊さん」

 

 ユリシアは相手に無用な警戒心を抱かせないようにとフレンドリーな態度を演出するが、それが逆に相手の神経に障ったようで、霊夢は一種眉を顰める。

 

《・・・0Gドック『紅き鋼鉄』の博麗霊夢よ。一応さっきの援護には感謝するわ。んで、大マゼランの軍人様が、こんな辺鄙な宙域に何の用?》

 

 表情こそ平常のそれに戻したものの、霊夢は棘の残る口調でユリシアを問い質した。友好的を装ったユリシアの態度が霊夢にはとある人物を想像させてしまったため、それが余計に胡散臭く感じられてしまっていた。

 

 加えて、霊夢の疑問も尤もなものだ。このヴィダクチオ自治領は大小マゼラン銀河を結ぶ交通の要衝マゼラニックストリームに近いとはいえ、主要な商業航路から外れている上に自治領の危険さから一般航海者には敬遠されている宙域である。そんな自治領に大マゼランの大国の軍隊が居るとなれば、怪訝の視線で見られるのは当然である。

 

「あら、意外と怖いこと。見た目は可愛いのに残念ねぇ・・・」

 

《―――質問に応えなさいよ・・・》

 

 だがユリシアはそれをはぐらかすかのように、扇子を口元に広げて薄ら笑いを浮かべた。その態度が、霊夢には余計にとある妖怪を連想させる。

 

「まぁ、それは軍事機密―――ってことで納得してはくれない?そういうのは基本話せないことって貴女も分かっているでしょ?」

 

《―――まぁいいわ。元々期待なんてしてなかったし》

 

 霊夢はユリシアの飄々とした態度に、呆れたように溜め息をつく。元から期待してはいなかったが、こうも相手の口車に乗せられるのはいい気がしないと彼女は感じた。

 

「それより、貴女の質問、そのまま返させて貰っても構わないかしら?こっちから見ても、正体不明の重武装艦隊がこんな場所を彷徨いているのを見ると不思議なのよねぇ~。貴女達、もしかして戦争屋だったりしない?」

 

《誰が戦争屋よ。―――まぁ、傭兵じみてるのは否定できないわね。―――いいわ、少しなら話しても。こっちはこの自治領にちょっと用事があってね、これからしばいてやろうかってとこなのよ》

 

「あらあら、随分と乱暴なこと。折角可愛い見た目なのに、そこら辺のゴロツキみたいじゃないの。女の子ならもっとお淑やかに出来ないの?」

 

《余計なお世話よ》

 

 初対面でありながら、二人は軽口を叩き合う。ユリシアの側から見れば、霊夢は年下のやんちゃな妹のように見えてしまい、つい彼女は霊夢の反応を楽しんでしまう節があった。片や霊夢の側からすれば、ユリシアの態度が某スキマ妖怪を彷彿とさせてしまうので、言葉を交わしているうちに苛立ちが溜まって口調が攻撃的になってしっていた。それに加えてまたも歳を見た目相応に勘違いされている節があると感じていたので、それも霊夢の不機嫌な態度に拍車を掛けていた。

 

「へぇ~、ほんと、見た目は可愛いのに。―――ところでだけど、そっちが自治領攻めをやるつもりなら、私達も協力するのは吝かではなくてよ?どうする?」

 

 霊夢達の側の目的を訊いたユリシアは、一転して霊夢に協力を提案する。突然の転換に霊夢は一瞬の戸惑いを見せたが、やがて顔を上げて口を開いた。

 

《・・・成程ね、さしずめあんた達の目的もつまるところは一緒、って訳でしょ。でなければわざわざ協力を申し出る理由なんてないもの》

 

「御名答。賢い子は好きよ、私」

 

《好意の押し売りは嫌われるわよ》

 

「あら残念、嫌われちゃったわ。それで、どうする?貴女達にとっても実りのある提案だと思うけど」

 

 ユリシアは催促するように告げるが、霊夢はその申し出るを受けるか否か、慎重に吟味していた。

 

 霊夢の側からしてみれば、ユリシアの側の目的が見えない以上、何を対価として要求されるか分かったものではない現状ではその申し出にも慎重にならざるを得なかった。加えて彼女の属するアイルラーゼンは大マゼラン有数の大国であることは霊夢も知識としては知っていることだ。そんな大国の人間に簡単に恩を買ってしまえば、後々になっていいように利用される可能性もある。

 しかし逆にいえば、霊夢達の側が大マゼランの大国に恩を売るチャンスでもある。〈開陽〉のレーダー範囲から見られる範囲では、ユリシアの艦隊規模は霊夢の艦隊よりも小さい。(ユリシア艦隊のクラウスナイツ級こそ新型のため霊夢率いる『紅き鋼鉄』のデータベースに登録されていなかったが他の軍艦は識別されていた。その内訳はバスターゾン級重巡洋艦が4隻、ランデ級駆逐艦が12隻だったので、艦隊の総規模ではアイルラーゼン軍は『紅き鋼鉄』に劣っていた)さらに空母を有しないアイルラーゼン側からすれば、『紅き鋼鉄』と手を組むことは対ヴィダクチオ艦隊戦で航空援護を得られる可能性を獲得することになる。戦力的にも『紅き鋼鉄』が上である以上、共同戦線を組むとすれば霊夢側が主導権を握れる可能性もあった。

 

《いいわ、受けましょう。その方がきっとお互いの為だろうし》

 

「聡明ね。ありがと、貴女みたいな子は好きよ」

 

《いちいち五月蝿いわ》

 

「それでだけど、折角協力するのなら、一度挨拶に出向いた方がいいかしら?それに打ち合わせもあるわ。ちょっと急だけど、今からそっちの艦に行けない?」

 

《はぁ?随分と急な話ね・・・まぁいいけど。用意するわ》

 

「準備がいいわね。それではまた、貴女の(フネ)で会いましょう」

 

 結局霊夢はユリシアの提案を呑むことを承諾し、加えて二つめの頼み事も引き受けた。そこで霊夢との通信も終える。だが二つ目の頼み事に関しては、ユリシアの副官の側から苦言が呈された。

 

「宜しいのですか?艦長。相手は初対面の0Gドックですよ。流石に丸腰で乗り込むのは如何なものかと思いますが」

 

 ユリシアの左隣に控えていた、頭がすっかり白くなった初老の男性が意見具申をする。彼女の副官を務めている、ローキ・スタンリー少佐だ。

 

「あら、私の心配をしてくれるのね、ローキ。でも大丈夫よ。私を誰だと心得ているのかしら」

 

「ハッ、無用な心配でした」

 

 ユリシアは副官に、自身の左袖に隠したブレードナイフの刃を僅かに見せる。ユリシア自身の女らしい見た目からはあまり想像できないが、彼女も軍人の端くれとして格闘を始めとする白兵戦訓練は一通り受けており、多少のことなら切り抜けられる程度には自信があった。それに、もし自分に何かあれば、それは目の前の0Gドックがアイルラーゼンを敵に回すだけだと彼女は割りきっていた。だが、彼女は相手の艦長を内心では高く評価しているので、無用な真似はしてこないだろうとも確信していた。

 

「分かれば宜しい。じゃあ、出発は10分後ぐらいかな。その間は頼んだわよ」

 

「了解」

 

「あ・・・提督、少しお待ちいただけますか?」

 

 ユリシアは副官のローキに艦隊を預け、内火艇の格納庫に向かおうとしたが、通信担当のオペレーターがそれを止めた。

 

「何かあったの?」

 

「はい・・・右舷前方のロンディバルト艦から通信です―――ホログラムに出します」

 

 ユリシアを呼び止めた通信士は、通信相手を先程まで霊夢を映していたホログラム装置に表示させる。

 

 映し出された相手は中年の痩せた男性で、死んだ魚のような目をして電子煙草を咥えている。

 着用する軍服は一般的なロンディバルト軍の白い空間服ではなく、コートのような形状のものだ。

 

「へぇ―――話には聞いていたオーダーズの特務艦隊って、貴方が指揮官だったのね、ハミルトン」

 

 ユリシアは相手を嘲るような態度で、男に話し掛けて名を呼んだ。

 

《そういうあんたも随分と胡散臭くなったじゃねぇか。美人が台無しだぜ、ユリシアちゃんよ》

 

 男の側もユリシアと知古の仲なのか、砕けた口調でそれに応えた。男―――ロンディバルト・オーダーズ艦隊少佐のハミルトンも、挑発するような言葉をユリシアに浴びせる。

 

「余計なお世話よ。女はね、多少胡散臭い方が味が出るのよ。貴方も好きでしょ、危ない女」

 

《ぬかせ、それであんたが派遣されたってことは、アイルラーゼンも本気って解釈していいんだな?》

 

「それはご想像にお任せするわ。だけど、α象限艦隊の任務の一つは大マゼラン宙域海賊の勢いを削ぐこと。この宙域が連中の拠点になっているのなら、それは叩かなければいけないわ」

 

《阿呆か。てめえらの目的は見えているんだ》

 

「あら、だったら言ってくれるかしら?知ってるんでしょ?私の目的」

 

《そんな手には乗らねえよ。ただあんたらも"アレ"を本気で狙ってることが分かりゃ充分だ。そんじゃ、悪いが先を急ぐんでね、そろそろおいとまさせて貰うわ》

 

「せっかちな人ね。ねぇ、ここは一つ、一時的な協力関係を結ぶなんてのはどうかしら?0Gの子は承諾してくれたけど?」

 

《んなことやってちゃ先を越されちまうだろ。そう易々とあんたの思惑に乗って堪るか》

 

「女の誘いを断るなんて、酷い人ね。もし協力してくるのなら、私から後で"個人的な"御礼でもしてあげるわよ?貴方の側からしても悪い話ではないと思うけど」

 

 ユリシアは閉じた扇子を首元に当てて、僅かに襟を広げてみせる。だがハミルトンは眉一つ動かさない。

 

《五月蝿いわ、歳考えろババア》

 

「・・・殺すわ」

 

 呆れたような声色で、ハミルトンは呟く。それに対してユリシアは一言、殺気を込めて言い放った。

 

 だがホログラムはそのタイミングで消失する。相手方が通信を終えたためだ。

 

「艦長、連中は此方のリフレクションレーザーの射程内です。やりますか?」

 

「冗談、ここで無用な戦争の引き金を引くつもりはないわ」

 

「ハハッ、でしょうな」

 

「―――貴方も調子に乗るようになったわね、ローキ」

 

「ご冗談を。私はいつでも真面目に職務にあたっておりますよ?」

 

「―――後で第三艦橋に配属するわよ?」

 

「私が悪うございました。ですからそれはご勘弁を。あのジンクスは洒落になりませんので」

 

「分かればよろしい」

 

 ユリシアと副官のローキが軽口を叩き合う一方で、ロンディバルトの艦隊は反転して去っていく。その様子をユリシアは、時折複雑な表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~〈開陽〉応接室~

 

 

 ヴィダクチオ自治領軍の小艦隊を撃破した後、アイルラーゼン軍と接触した霊夢達は、アイルラーゼン側と通信で二、三言交わした後、その指揮官、ユリシア中佐の要請もあって彼女達を一度旗艦の応接室に案内していた。

 

 

【イメージBGM:無限航路より「Blockade」】

 

 

「んで一応もう一度聞くけど、、こんな辺鄙な宙域に、一体何の用なのかしら?」

 

 応接室に居るのは、艦長である私と、来客の胡散臭いピンク頭の女、ユリシア中佐だ。一応私の側には早苗もいるけど、弁えているのかいつも話には積極的に関わってはこない。

 私は確認の意味も込めて、もう一度通信で尋ねたことと同じ質問を彼女に向けた。

 

「あら、わざわざ説明することかしら?軍人が活動するのは、軍の命令があるからに決まってるでしょ?」

 

 私の言葉に対して、アイルラーゼン側の指揮官―――ユリシア中佐はそう返してきた。

 このピンク頭、言い回しがいちいち紫みたいで相手してるのが疲れるわ。頭の中まで春が詰まってるかと思えば何を考えているのか分からない。見た目は髪の色もあって亡霊寄りだけど。そういえば、あの亡霊も紫と胡散臭さではいい勝負だったわね。

 

「だから、私は目的を聞いているの。わざわざ大マゼランの大国様が出向いてくるぐらいなんだから、流石に何かあるんじゃないの?」

 

 ユリシア中佐の言い分も一応分からなくはないんだけど、協力するこっちとしては多少意図も訊いておきたいところだ。協力するからには、少しは信用できる情報が欲しい。

 

「そうね・・・これぐらいなら大丈夫かしら。ところで貴女、小マゼランのグアッシュ海賊団とかいう連中と戦ったことはある?」

 

「グアッシュ?ああ、私が滅ぼしたけど」

 

「え"っ・・・、とまぁ、それは別にして、何か気付いたことはない?」

 

 こちらが目的を問い質すと、ユリシア中佐は逆にグアッシュのことを訊いてきた。今更こいつの目的とグアッシュに何の繋がりがあるのかは分からないけど、わざわざそれを話すということは何か繋がりがある筈だ。なので私は、その質問には正直に応えることにした。

 

「気付いたこと・・・ああ、確かあいつら、人身売買に手を染めているとは聞いたけど、それにしても妙に羽振りが良かったわね・・・ねぇ、もしかして連中の大マゼラン製艦船は本当にここが輸入元だったりとかしない?」

 

「賢いわね、貴女。その通りよ。それで私が派遣された理由だけど、ここがグアッシュに流した艦船の出本が大マゼランの海賊なのよ。そいつらを叩くのが私の仕事。だから連中と繋がりのあるこの悪徳自治領をわざわざ潰しにきたって訳」

 

 ユリシア中佐の話で改めて分かったが、やはり以前からの予測は正鵠を得ていたようだ。やはりこの宙域が、グアッシュに大マゼラン製艦船を供給していたらしい。さらにこの自治領自体、大マゼランの海賊とつるむことで密貿易の利益を得ていた、ということらしい。だけど、軍が一自治領に出張ってくるのって、宇宙開拓法的にはどうなのだろうか。

 

「それに加えてだけど、この自治領が大マゼラン製艦船を小マゼランに流し続けたら、小マゼランのパワーバランスが一気に海賊側に傾いてしまうでしょ?そうなったらこの銀河そのものが私達の取締相手である大マゼラン宙域海賊を始めとする海賊勢力の牙城になってしまう恐れがある・・・だから私が派遣されたってことね。ほんと困る話だわ~」

 

「大体の話は分かったわ。確かにあんたの言うとおり、小マゼラン製艦船と大マゼラン製艦船にはかなりの性能差がある。それに数まで加わってしまえば小マゼランの政府機構の軍が逆に破れてしまう。その懸念は理解できるわ。でも自治領を軍が潰すとなれば、そこは宇宙開拓法との兼ね合いがあるんじゃない?」

 

「そうなのよ~!私が派手に動いたらそれこそ自治領政府から指差されちゃうし、ほんと困ってたのよね~。だから私は貴女達に目を付けたのよ。戦力は大したものだけど、一応民間の0Gである貴女達が暴れてくれればそれだけ私達アイルラーゼンは目立たなくなるでしょ?そこで貴女達と手を組めば、この問題も解決できるかな~って。丁度いいタイミングで現れてくれたんだから、ほんと感謝ね」

 

「そういうこと。だから0Gドックの私と共闘する価値があった、ってことか。んでさっき離脱していったロンディバルトの軍隊も、そういう事情があるから少数単独で行動していたの?」

 

「多分そうだと思うわ。まぁ、メタい話をすれば、私はこっそり隠密行動で領主を殺すつもりだったのよね・・・多分彼等はそうするつもりなんじゃない?」

 

「うわ、怖いこと言うわね・・・」

 

「見た目は優しそうなんですけど・・・」

 

「―――早苗、騙されちゃ駄目よ。きっとこいつ、見た目で油断させて相手を貪るタイプよ」

 

「げえっ、マジですか霊夢さん」

 

 このピンク頭、雰囲気はふわふわしている癖に考えていることがなかなかに物騒だ。軍人だからそういうのもあるかもしれないけど、タイプとしては謀略を巡らす高級士官・・・って感じだ。外の世界にもそういう人がいたらしいけど、きっとこいつも同類だ。

 

「あら酷い。お姉さん悲しいわぁ~。ねぇ、私がそんな悪女に見える?」

 

「えっ、私ですか・・・!?」

 

 ユリシア中佐は扇子を閉じて泣く仕草をしてみせたかと思えば、話題をいきなり早苗に振って尋ねた。

 

「ねぇ、どう・・・?」

 

「そ、そう言われても・・・」

 

 中佐はずいっと身を乗り出して、早苗に顔を近づけた。

 ・・・なんだか無性に、胸がむかむかする。

 

「あ・・・はい・・・、綺麗な人だと、思います」

 

「綺麗、ねぇ~、まぁそれでいいわ」

 

 ユリシア中佐はあまり満足してない様子だけど、それで手を打ったのか、乗り出した身体を戻した。

 

「何が楽しいんだか・・・」

 

 此方を試してくるような中佐の態度には、正直辟易としている部分がある。だけど語っている内容には嘘はないみたいだし、戦力面でも彼女の協力が得られるならそれに越したことはない。多分中佐にはまだ隠していることがありそうだけど、それは絶対に言わないだろう。私達が援護に入ったあのロンディバルト艦隊も、ユリシア中佐のように私達と接触せずに離脱したのにも、それに関係する意味があるのかもしれない。現時点で一番考えられるのは、ヴィダクチオが保有している遺跡船のことが大マゼランにも知られて、その技術を回収しに来た、という線だろうか。

 あれ、だとすれば、私もかなりヤバい立ち位置かも・・・

 

 そう考えると、中佐の飄々とした態度も、なんだか空恐ろしく思えてくる。

 

(早苗、そいつにはあまり気を許さないで)

 

(はいっ、了解しました、霊夢さん)

 

 小言で早苗にもそれを伝えるが、彼女もそれは分かっていたらしい。気を付けてくれるのなら問題はなさそうだ。

 

 しかし、これは困った。もし大マゼランの連中の狙いが遺跡船の技術なら、今後の立ち回りはかなり慎重にいかないと不味いわね・・・

 

「ねぇ貴女、ちょっといい?」

 

「・・・何?」

 

「貴女、若いのにこんな規模の艦隊を率いているなんて凄いわね~。なにか秘訣でもあったりする?」

 

 ユリシア中佐は、表面上は友好的な雰囲気を装って訊いてくるが、その意図するところは言わずもがなだろう。私は慎重に言葉を選んで、出来るだけ平静にそれに答える。

 

「・・・まぁ、だいぶ運も入ってるからね・・・運良く海賊から上手い具合に略奪して、艦と資金を整えられた、ってところね。あとはそうね・・・優秀な技術クルーを運良くスカウトできたりとか」

 

 だいぶ端折ってはいるが、少なくとも嘘は言っていない筈だ。サナダさんは、スカウトというのはちょっと

 疑問だけど。

 

「へぇ~海賊、ねぇ・・・貴女、可愛い癖に随分とリスキーな生き方するのねぇ。格好わよ。抱いてあげようか?」

 

「ノーサンキューよ。私にその趣味はないわ」

 

「あら残念」

 

 貴女が男の子だったら絶対落としたのに・・・と続けるユリシア中佐。

 いや貴女怖いわよそれ。軍人ってそういうのどうなのよ。それとも堂々とハニートラップしますよって宣言なの?

 

 ・・・この人、本当に頭の中まで春一杯じゃないでしょうね・・・別の意味で不安になってきたわ・・・

 

 

 

「そういえば、貴女の目的も詳しくは聞いてなかったわね。さっきはこの自治領に用事があるとか言ってたけど、それ詳しく聞かせてくれない?」

 

「・・・まぁいいでしょう。単純に艦隊の面子の話よ。連中私達が別の宙域にいる時にいきなり攻撃してきたんだから、ケジメつけさせてやらなきゃ艦隊の長として示しがつかないでしょ?」

 

「うわ、まるでマフィアみたいな思考じゃない・・・可愛くてもやっぱり0Gドックなのね・・・」

 

「野蛮で申し訳ないわね、どうも」

 

 面子の話をすれば、予想どうりユリシア中佐には引かれた。自分でもけっこう乱暴な理由付けだと思ってはいるんだけどね・・・

 それにスカーレット社の依頼関係は話せばややこしくなりそうだし、ここは黙っていた方がいいだろう。・・・そうすると余計ヤクザみたいな理由が目立つが仕方ない。それに、別に嘘は言ってない訳だし。

 

「これで充分かしら?」

 

「ええ、それで充分よ・・・そろそろ丁度いい頃合いかしら。話はまた今度聞かせてもらうことにするわ。最後に行き先の話だけど、貴女達もそのまま自治領の奥まで進むのかしら?だとすれば航路は一緒だと思うんだけど」

 

「そうね―――私達の目的地も敵の本星だし、航路は同じでいいわね。それじゃ、海兵隊にシャトルまで送らせるわ」

 

 話し合いも終わったところで、私は部屋の外に控えさせていた海兵隊員を呼び出す。

 

 扉のエアロックが開き、装甲服を纏った海兵隊員2名が入室して扉の前に立った。うち一人は椛なのだが、耳と尻尾はヘルメットと装甲服に隠れて見事に見えない。

 

「お呼びですか、艦長?」

 

「来たときと同じように、この人をシャトルまで送って頂戴」

 

「了解です」

 

「それじゃあ、お願いするわね。今日は楽しかったわ、可愛い艦長さん」

 

「霊夢よ。一応ここ敵宙域なんだから、あんたも気を付けなさいよ」

 

「ご心配どうも。優しいわね、貴女」

 

「それはどうも」

 

 ユリシア中佐も立ち上がると、海兵隊員二人と共に部屋を後にした。去り際に、中佐は私に向かってウィンクしてみせた。

 

 

「・・・ハァ、疲れたわ」

 

「霊夢さん、ああいう方は苦手そうですからね」

 

「そうなのよねぇ・・・昔の面倒な知り合いみたいで参ったわ、ほんともう・・・」

 

 出来れば、中佐みたいな人はあまり相手にしたくはない。同じ軍人でも、いつぞやのオムス中佐の方が分かりやすいだけまだやり易かったんだけど、ユリシア中佐は本当に面倒だ。スキマ妖怪で耐性がついていたのはいいんだけど、やっぱり積極的に絡みたくはない人だ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~???~

 

 

 

「んッ・・・あれ、ここは・・・」

 

 薄暗い牢獄のような場所で、彼女は目を覚ました。

 意識を周囲に向けていると、自身の両手は鎖に繋がれ、衣服も戦闘の衝撃のためか、所々破けたままだ。

 

「そうだ・・・お嬢様は―――」

 

 そこで彼女―――メイリンは、自身に課せられた使命を思い出す。

 彼女の主の愛娘の一人を救出するのが彼女の任務だ。しかし一度は助けられたものの、現状では逆に彼女までが敵の手に囚われてしまっている。

 これでは務めを果たせないと、彼女は自身に繋がれた鎖を引き剥がす方法を探ろうとする。軽く二、三度手を動かしてみたが、彼女の予想より鎖は強固なようで、引き剥がすのはかなり難しそうだと彼女は感じた。

 

「困りましたね・・・これではお嬢様を助けるどころか、下手すると動くことすら出来そうにないですね・・・」

 

 スカーレット社では戦艦の艦長を任されていたメイリンではあるが、元々彼女は格闘技をやっていただけに、腕力には並の男より遥かに高い自信はあった。しかしそれでも鎖を強引に突破出来そうにないと知ると、他に適当な手段もないので落胆せざるを得なかった。サクヤのように、自分もインプラントでなにか仕込んでおけば良かったかなと思ったメイリンだが、今更無い物ねだりしたところで現状は変わらない。

 

 こうなったら、看守が此処に来たタイミングで鍵を奪うしかないかと彼女は考えた。女の身の自分なら、欲望を抑えきれず野獣と化した男に襲われることもあるだろうと考えて、彼女はその隙に反撃で無力化した敵から鍵を奪うことにした。

 

 そして、そのタイミングは予想よりも遥かに早くやってきた。

 

 遠くで光が射し、鉄のドアが開く音がした。

 

 ―――来たか・・・?

 

 脱出のチャンスが転がってきただけに、メイリンの心に緊張が生まれる。

 

 コツ、コツと足音が近付いていくにつれて、彼女は息を呑んだ。

 

 足音は彼女の近くまで来ると、ぴたりと止まる。

 

 ぎぃ・・・と、メイリンが閉じ込められている牢屋の扉が開いた。

 

 扉の先には、以前彼女がゼーペンストで交戦したのと同じ戦闘服を纏った、無骨なヒトガタが二つ、立っている。

 

 ―――随分と、上質な装備なこと――。

 

 メイリンはそれを見て、素直に装備の室に関心した。

 ゼーペンストの軌道エレベーターで戦っていたときには細部まで見れなかったので、この際敵の装備はどんなものかと確認しようと、メイリンは敵の姿を目に焼き付ける。

 

 敵の装備は全体的に黒で統一され、顔は相変わらずマスクとゴーグル、ヘルメットに覆われて分からない。身体の方に目を移してみると、この手の装備に精通したメイリンには、敵はかなり上質なアーマーが支給されていると即座に分かった。それに加えて、ポーチや予備弾倉などを複数巻き付けて即席の装甲代わりにしているので、防御力もかなり高いことが察せられた。足回りにも装甲服を着込んでいるが、間接部位は防弾素材の布で覆われており、機動性も損なっていない。

 見るからに、特殊部隊に支給されているような極めて高度な装備だった。

 

 ―――ははっ、これはちょっと、私には難しそうですね・・・

 

 敵二人が特殊部隊クラスだと悟り、メイリンは脂汗を流す。

 せめて一人なら何とか制圧出来たであろうが、二人は流石に聞いていない。これが一般兵ならまだしも、特殊部隊だと勝てる見込みは彼女には見いだせなかった。さらに、この見るからに真面目そうなヒトガタは、そこらのゴロツキのように果たして自分に手を出してくるのだろうかという疑問も同時に生まれる。

 

 敵兵二人とメイリンの間で、睨み合いが続く。

 

 時間としては短いが、その時間はメイリンには長く感じられた。

 

 唐突に、ヒトガタのうちの一人がマスクに手をかけて、その素顔が晒される。

 

「貴女、もしかしてこの間拐われたスカーレット社の人間?」

 

「はい、そうですが・・・」

 

 ―――女の、声?

 

 メイリンの予想に反して、目の前の黒づくめの中身は女だった。

 もう一人も、マスクとゴーグルを外す。

 

「それなら都合が良かった・・・確かあんたのお嬢様も持っていかれてたよね、だったら早く探してオサラバしよう」

 

「え、あ・・・ちょっと、貴女達、一体何なんですか・・・!?」

 

 二人のうちの黒髪の方が、メイリンに繋がれていた鍵を外し、彼女を自由の身にする。

 

 突然の事態に頭の回転が追い付かず、メイリンは彼女達に尋ねた。

 

「宇佐美蓮子、しがないトレジャーハンターさ。だろう?メリー」

 

「ええ。っと、ご紹介が遅れました。私はマエリベリー・ハーン。彼女の相棒です」

 

「さ、自己紹介も終わったことだし、早くこの辛気臭い牢獄から出てしまおう」

 

「えっ、ちょっ、あまり引っ張らないで下さい・・・」

 

「メリーの改竄が効いているうちに抜け出さないと不味いからね、申し訳ないけどちょっと急ぐよ!メリー、敵の動きは?」

 

「・・・まだ気付かれていないわ。逃げるなら今がチャンスよ」

 

「―――って訳だから、今のうちに脱獄するよ!」

 

「あ、ですからそんなに引っ張らないでと・・・!」

 

 マスクとゴーグルを脱いだ二人は、挨拶とばかりにメイリンに自己紹介する。蓮子と名乗った黒髪の少女はメイリンを引っ張って、金髪の少女、マエリベリーがそれに続く。

 やがて三人は牢獄を抜けて、人目につかぬよう慎重に、かつ迅速にどこかの星にある監禁施設から抜け出した。

 

 

 

 メイリンが二人の手引きで脱獄した数時間後、一隻のアルク級駆逐艦が惑星大気圏を離脱した。

 




やっと新キャラを出すことができました。前もって開示しておきますが、ユリシア中佐とロンディバルトのハミルトン少佐は、軍学校の交換留学で知り合った間柄です。原作でいうサマラさんとトスカさんみたいな間柄なので、そのストーリーが本編の話の本筋には絡んできません。そういう関係、程度の設定です。ちなみにハミルトン少佐は原作青年編の時期に活躍させる予定なので、今回の章は顔見せ程度です。

そして最後に秘封の二人をぶち込みました・・・ここでは元気にトレジャーハンターをやってもらってます。イ○ディージ○ーンズみたいな感じです(笑)蓮メリちゅっちゅ。

最後にユリシア中佐のイメージ画像を貼っておきます。以前から書いていましたが、外見はゆゆ様イメージ、性格はゆゆ様とゆかりんを参考にしています。


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