夢幻航路   作:旭日提督

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第六○話 第一防衛線見ユ

 

 ~ヴィダクチオ自治領本土・サファイア宙域~

 

 

 

 多数の青色巨星や原始惑星系円盤、星雲が存在するここサファイア宙域は、青色巨星の蒼白い光が散光星雲に反射することにより、宙域全体が幻想的な光景で包まれている。

 

 その宙域の星雲内を縫うように、数隻の白色の艦艇が航行していた。

 ロンディバルト・オーダーズ所属の特務派遣艦隊である。

 

「少佐、間もなくレーダー障害が発生する宙域に入ります。」

 

「うむ。目視による警戒を厳にしろ」

 

「ハッ!」

 

 艦隊の指揮官―――ロンディバルト・オーダーズ特務派遣艦隊を率いるハミルトン小佐は、レーダー障害宙域突入の報告を受けて警戒方法を目視に切り替えるよう指示した。

 目視といえど、熟練見張員の手にかかれば戦闘距離外に存在する敵艦のエンジン噴射炎を見分けることもできるので、馬鹿にはできない方法だ。なので彼等が突入したようなレーダーに障害が生じる宙域では、このように往々にして目視による警戒が行われている。

 

「・・・しかし、だいぶ減っちまったなぁ・・・。こりゃ帰ったら怒られそうだ」

 

「ドートスの親父さんですか・・・まぁ、駆逐艦と巡洋艦を10隻近く失いましたからね。奇襲だったとはいえ、彼等が我々の艦船に対抗できる艦を複数揃えていたのも原因でしょう」

 

 ハミルトンは艦橋の窓から、めっきり減ってしまった自艦隊の様子を眺めて呟いた。

 出港時には彼の乗る旗艦、レオンディール級強襲揚陸艦〈ダウロン〉の他に、マハムント級巡洋艦とオーソンムント級軽巡洋艦が各2隻ずつとバーゼル級駆逐艦10隻が存在したが、先のヴィダクチオ自治領軍との交戦で巡洋艦はマハムント級を1隻沈められ、駆逐艦に至っては残り1隻まで撃ち減らされた。彼等の艦隊も負けじと反撃し、最終的には敵のシャンクヤード級巡洋艦2隻とナハブロンコ級水雷艇8隻を討ち取っていた。しかし、損害は同数といえど、艦隊の大半を沈められたオーダーズ艦隊は純軍事的には"全滅"の判定を受けるほどの損害を負ってしまった。

 

 ハミルトンの呟きに反応して、彼の左隣に控えていた少女然とした童顔の女性―――参謀のドリス大尉が応えた。

 ちなみに会話に登場したドートスとは、オーダーズ艦隊を預かる提督の名で、言わば彼等のボス的存在である。

 

「しかし、数が減って見つかりにくくなったのも事実だな。見つかってしまえばもう後はないが」

 

 一方では、ハミルトンが呟いた通り、艦隊の規模が縮小したことで隠密行動には丁度よい規模になった。だが、艦隊の規模が小さければそれだけ被発見のリスクは減るが、その分敵に見つかった際のリスクが増大したことも事実だった。この宙域に彼等の艦隊が足を踏み入れた理由も、ここがヴィダクチオ本星への道筋であることもあるが、何よりレーダー障害宙域に隠れることで被発見のリスクを減らすためだった。

 

「不謹慎ですよ、少佐。ドートスの親父さんに伝えますよ?」

 

「ハハッ、そうされちゃあ帰ったらいよいよ左遷かねぇ。俺ァお上の受けが宜しくねぇし。この任務を聞いたときぁ遂にポイされるのかと思ったぜ」

 

「それは流石に被害妄想ですよ、少佐。任務が任されたのは、少佐の戦歴あってのものです」

 

「戦歴・・・ねぇ―――俺、どーんな戦歴立ててたかねぇ。忘れちまったわ」

 

「認知症ですか、貴方は」

 

「うるせぇ。忘れたもんは忘れた。俺ァただ任務を果たしただけさ」

 

「はいはい・・・っと、排熱機構の点検は概ね終わったようですね。数刻前に越えた三重連星系の熱線で、いくらか冷却装置がダウンしているようです。報告データを転送します」

 

 ハミルトンの受け答えを聞いたドリス大尉は、半ば呆れるように溜め息をつくと、頬にかかった紫色の長髪を掻き分けて、一度手元の画面に視線を落とした。

 彼女の席には、艦内の整備班や僚艦から届けられた損傷報告のデータが表示されていた。それに目を通した彼女は、即座に艦隊司令のハミルトンへデータを転送する。

 

「ほいよ、・・・っと。あら、こいつぁ酷いな。この〈ダウロン〉でさえ排熱系の25%がイカれてるときたか。しかも僚艦の損傷も馬鹿にならんな・・・ドリス、予備部品の状況は?」

 

「はい、出港時は多めに調達できましたから、今回の損傷なら完全復旧可能です。ですが、今後の戦闘と帰路のマゼラニックストリーム越えを考慮すると、やや不足しているかもしれません。後ほど詳細報告を提出します」

 

「分かった。その件については、出来れば3時間以内、遅くとも5時間で完成させてくれ」

 

「了解」

 

 二人は先程までの砕けた雰囲気とは一変して、職業軍人らしい仕事モードでのやり取りを交わす。

 

 彼等の乗る艦隊旗艦〈ダウロン〉は工作艦としての機能も併せ持っており、この時点でも〈ダウロン〉から発進した工作艇が戦闘や宇宙線、恒星風による損傷を受けた僚艦の修理作業に当たっていた。艦隊司令のハミルトンは同時に補給整備作業の監督の任も受けていたため、こうして参謀のドリスに艦隊の資源状況の報告を任せていたのだ。

 

「・・・なぁドリス?」

 

「?、はい、何でしょうか」

 

 ハミルトンはなにか腑に落ちない点があったのか、再び参謀のドリスに声を掛ける。

 

「前の戦闘でこっちの艦はあれだけ撃ち減らされたのに、資源が少し不安だなんてことがあるか?出港時でたらふく積んできたんだとしたら、5隻まで減った今の艦隊には不足なんて生じないと思うんだがなぁ・・・」

 

「それですか―――確かに少佐の言われることは尤もです。仮に全艦が生き残っていたとすれば、予備部品の消耗はもっと激しかったでしょう。特に艦内容積の少ない駆逐艦には蓄えがありませんから、此方から供給しなければならない部品も多いですからね・・・ということは、少佐?」

 

「ああ―――完全に司令部のミスだなこりゃ。充分な補給整備態勢を確立するなら、少なくとも工作艦化させたレオンディールがもう2隻は必要だ。任務の性質上、足も機動力もない大型艦隊補助艦は連れてけないからな・・・全く困ったもんだぜ。どうせ小マゼランは雑魚ばかりだと思って、この程度の補給態勢で充分と判断したんだろうな、お上さんは」

 

「それは・・・ですが、ヴィダクチオは小マゼランの一自治領に過ぎませんから、参謀本部もそう判断するのもある意味仕方ないのかもしれませんね」

 

「ったく、これだから現場を知らん純粋培養のエリート共は役立たずなんだよ・・・俺が直々に"大マゼラン宙域海賊と敵が通じているなら、敵の装備もそれに準じたものに違いない"って言ってやったのにも関わらずこのザマだ。なーにが"小マゼランの連中なんぞ、この程度の艦隊で充分"だよ、足りねーのはてめえらの頭だってんだ・・・あーあ、こうなるならドートスの親父さんとコネでも作っておくんだったな・・・」

 

 ハミルトンは延々と、誰に向けたわけでもなく愚痴を溢す。

 事実彼は出港前、派遣艦隊の規模を決定したオーダーズ参謀本部に対して戦力の低さと補給態勢の不備を訴えていた―――具体的にはネビュラス級戦艦1個戦隊4隻と新型空母ギャラクティカ級1個戦隊2隻に加えて改レオンディール級高速工作艦(〈ダウロン〉と異なり本格的な工作艦化改装を受けたタイプ)2隻の追加配備を要請していたのだが、それらの要請の悉くが跳ね返されている。

 

 実際に彼の艦隊がヴィダクチオ自治領軍艦隊と刃を交えたことでその懸念は現実のものとなっていたが、幾ら愚痴を溢したところで、もう既に遅いことだった。

 

「あの・・・少佐?」

 

「っと、ああ・・・済まん済まん。つい不満が出てしまってねぇ―――それと艦隊の資源状況の報告の件、任せたぞ」

 

「あっ・・・はい、了解です」

 

 参謀のドリスに訝しげに見つめられて、慌ててハミルトンは愚痴を止めた。

 

(さっきはああ言ったが、実際のところは俺等ぁ鉄砲玉ってとこだろうな・・・今頃本部では情報将校共がこき使われてる頃だろう・・・さしずめ、現物が手に入れば万々歳、俺等が玉砕しても情報戦でデータさえ取れれば大勝利、ってところか―――だがまぁ、こっちも預かるもん預かってるんでね・・・そう簡単に、死ぬわけにゃいかないんでね―――!)

 

 ハミルトンは一度正面の景色を見据えながら、内心でそう決意を固めた。

 

 彼を乗せた強襲揚陸艦〈ダウロン〉は、確かな足取りで暗黒ガスの海を進み、ヴィダクチオ本星へと向かっていった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ウイスキー宙域・第四恒星系外縁~

 

【イメージBGM:無限航路より「overworld second Act(青年編通常航海BGM)」】

 

 

 ウイスキー宙域内の惑星状星雲付近でヴィダクチオの艦隊を撃破し、アイルラーゼン軍艦隊と合流した霊夢達は、宙域内を一路、ヴィダクチオ本土宙域に続くボイドゲートを目指して進んでいた。艦隊は宙域深部に存在する第三恒星系を抜け、ボイドゲートが存在する第四恒星系に差し掛かったところだ。第四恒星系は連星系で、航路はちょうどその中央を横切る形でボイドゲートへと続いている。

 

「艦長、敵のヴェネターの解析が終わったぞ」

 

「それはご苦労様。で、結果は?」

 

「まぁそう焦るな、先ずはこいつからだ」

 

 霊夢が控える艦橋に上がったサナダは、データディスクを艦長の霊夢に手渡すと同時に、解析したヴィダクチオ軍のヴェネター級についての報告を始めた。

 

 このヴェネターは前回の戦闘で霊夢達に鹵獲されたもので、破壊されたエンジンノズルを応急的に復旧させた後、艦内に侵入させた機動歩兵隊の手により制御系を乗っとることで艦隊に随伴させていた。

 その間に、科学班のサナダと整備班のにとりが中心となって解析を進めていたのだ。

 

「敵艦の内部構造であるが、詳細な調査の結果、かなり原設計に近い状態であることが判明した。我々のヴェネターは空間通商管理局の標準設備に合わせた改設計と舷側砲廓の廃止などの措置が施されているが、敵のヴェネター級は艦内通路の位置、武装の配置共に原設計に忠実だ。即ち、敵のヴェネター級は近距離での同航戦に強い艦、ということになるな」

 

 

「・・・つまり、大口径砲の類いは積まれていない、ってこと?」

 

「そうだ。少し以外かもしれんがな」

 

 ヴィダクチオのヴェネター級を解説するサナダが以外と評したのは、彼等が保有するリサージェント級戦艦が極めて超射程の屈折レーザー砲を保有していたことに起因する。サナダはヴィダクチオの戦艦群がこの超射程レーザーを主力にしていると考えていたが、その予測が外れたのは彼にしてみれば以外だった。

 

「・・・なんか、聞いていると中途半端な艦ね。元のヴェネター級って」

 

「ああ、それは私も感じていたことだ。ヴェネター級は空母に匹敵するだけの艦載機運用能力を有しているが、砲填兵装は中~近距離での交戦を主眼に置いたものだ。それも駆逐艦撃退用などの防御的なものではなく、砲門数から本格的な交戦を想定したものだと考えられる。確かにこれは、我々から見れば随分と矛盾した設計だな。これを設計した者達の用兵思想は、我々とはかなり異なったものだったのだろう。コーディ、その辺りはどうなんだ?」

 

 サナダがヴェネターの設計思想を矛盾していると評したのは、現代の艦艇設計思想から考えれば至極当たり前のことだった。現代型宇宙艦船、特に軍艦は艦種ごとの役割が明確に分担されており、一般には戦艦は遠~中距離砲戦、巡洋艦は中~近距離砲戦と護衛任務、駆逐艦は近距離での砲雷撃戦、空母は艦隊後方に位置して航空機による艦隊防空、攻撃任務に投入されるのが定番だ。強襲揚陸艦などの艦種はアンリトゥンルールによって惑星への直接攻撃が禁じられており、大半の惑星は航路の閉鎖だけで容易に陥落するため重要視されていないが、それでも整備する際にはそれ専門の艦艇を設計するか、輸送艦を転用するのが定石だ。時々カルバライヤのバゥズ級やダガロイ級、元は空母として造られたロンディバルトのレオンディール級のような例外はいるが、概ね諸国の艦船はこの設計思想に沿って建造されている。

 

 だがヴェネター級は、艦体自体は現代の戦艦並のサイズでありながら、砲填兵装は駆逐艦~巡洋艦並で数が多く、さらに艦載機、強襲揚陸艇なども空母や揚陸艦並に搭載されている。それらの艦載機を搭載することは近距離砲戦での誘爆リスクを上昇させることになるので、上陸支援や戦闘空母的運用を目指すなら砲填兵装は遠距離から砲撃できる戦艦や重巡と似たものになるのが現代の常識だが、敢えてヴェネターは近距離砲戦を主眼とした砲填兵装を搭載しているのが、サナダにとっては腑が落ちない点だった。

(ちなみに霊夢艦隊のヴェネター級〈高天原〉は近距離砲戦用の砲廓を全て撤去され、跡地は対空VLSや格納庫に転用されている)

 

 この点を疑問に思ったサナダは、当時の用兵を知ると思われるコーディに話題を振った。

 

「そうだな・・・確かに現代の常識からすれば、ヴェネターの設計は中途半端に見えるだろうな。だが俺達の時代には、艦艇同士の交戦距離は遠くとも現代の半分程度だったし、近距離砲戦もかなり頻繁に起きていた。加えて艦隊も10隻以下で編成されることが通常だったし惑星攻撃も日常茶飯事だった。だからヴェネターは大型汎用艦としての性格を強めている」

 

「成程な。有難うコーディ。つまり、ヴェネターはサイズこそ戦艦並だが、現代の駆逐艦や巡洋艦を極限まで大型化させて空母機能を持たせた汎用艦、と考えるべきだということか」

 

「その認識で、概ね間違いないだろう」

 

 サナダの解釈に、コーディは肯定の言葉を返した。

 しかしそれによって、もう1つの疑問がサナダの脳内に浮かぶ。

 

「・・・だとすれば、ヴィダクチオの技術陣はかなりチグハグだな。古代艦船を復活運用させ、しかも量産する力があるにも関わらず、現代の用兵思想に沿った改設計を行わないとはな・・・一体これはどういう意味だ」

 

「さぁ?俺には分からんな。霊夢はどうだ?」

 

「私に聞かれても・・・ねぇ、早苗?」

 

「私も分かりませんよぅ、そんなの・・・」

 

 伝言ゲームのように話題がコーディから霊夢、そして早苗に振られるが、回答を得ているものは誰一人として存在しなかった。

 

「むぅ、これについては分からず終いか・・・まぁ、仕方ないな。それともう1つ報告があるが、敵のヴェネター級の耐久性能はやはり、大マゼラン艦船に比べると劣るものらしい。サイズこそ戦艦並だが、耐久性は巡洋艦並だ。元が戦艦でないからと言われればそこまでだが、使用されている装甲の耐久性能は一般的な大マゼラン艦船に比べるとそれなりに劣る程度のものだった。とはいっても、一般的な小マゼラン艦船と比べたら雲泥の差だがな」

 

「成程ね・・・だとしたら、敵のヴェネターはシールドさえ突破してしまえば戦艦の主砲で簡単に沈黙させられるってことね」

 

「ああ。先の戦闘データも、それを裏付けている。だが油断は禁物だぞ。幾ら大マゼラン艦船に一歩及ばないといえど、纏まった数が組織的に運用されれば小マゼラン艦船を遥かに上回る脅威であることには違いないからな」

 

「そこは心得ているつもりよ。ああほんと、連中は厄介なんだから・・・それで、報告は終わり?」

 

「ああ。現状で判明していることは以上だ」

 

「了解。下がってよろしい」

 

「では」

 

 報告を終えたサナダは、一礼すると踵を返し、艦橋を退出して研究区画へと戻っていった。

 

 

 

 ..........................................

 

 

「ふぅ・・・終わったか。―――コーディ、サナダさんの分析、どう思う?」

 

「先程の報告か。少なくとも、内容自体は信用できるだろう。であれば、サナダが言った通り纏まった数を組織的に運用されると厄介なのは確定したな。前回の勝利は、此方が奇襲という条件を最大限に生かして有利なポジションを取れたためだろう」

 

「やっぱりそうなるよね~。分かってはいたことだけど、正面からガチンコ、って訳にもいかないかぁ~。本当、どう料理してやればいいのやら」

 

「敵の動向といえば・・・あの巨大艦のことも気にかかりますし―――」

 

 私とコーディが先程のサナダさんの報告について話していると、早苗があの巨大艦、リサージェント級戦艦の動向についての懸念を伝えてきた。

 

「巨大艦―――リサージェント級だな。あのクラスを如何にして早期に撃破するかが、艦隊決戦の要となるだろう」

 

「あの図体だからね・・・撃破するにしても、かなり時間がかかりそう――――」

 

 私は二人と話しながら、デスク上に例のリサージェント級戦艦のホログラムを呼び出して、それをくるくる回転させたりして玩んだ。

 そうしていると、ホログラムの一部の構造・・・超射程歪曲レーザーの砲口が目についた。

 

「これ―――ちょっと、コーディ、早苗?これを見てくれる?」

 

「何だ?」

 

「はい、何でしょうか―――?」

 

 私は二人を呼んで、ホログラムの砲口を見せる。

 

「この超射程歪曲レーザーの砲口、リサージェント級のサイズからすると、かなりでかくない?」

 

「そうだな。艦自体が3000m級だから、砲口の大きさもこの比率だと200mを越えるだろう。それがどうした?」

 

「ここ、艦載機隊を突入させれば、上手くいけば砲口を破壊できるんじゃないかって思うんだけど、どう?」

 

 リサージェント級の砲口は、艦体のサイズから推定すると艦載機が数機纏めて容易に突入できそうなほどのサイズを持っている。そこから艦載機隊を突入させて、砲口を破壊すれば、あの厄介な超射程歪曲レーザーを沈黙させられるのではないだろうか?

 

「成程・・・その手がありましたか!流石です霊夢さん」

 

「ふむ・・・だが、あれだけのビームを放つ砲口だ。砲身内部の耐熱性や防御も考慮されていると見るべきだと思うが?加えて砲口にはシャッターらしき構造物も見受けられる。そう簡単にはいかないぞ」

 

「それはそうだけど・・・幾ら砲身が防御されているとは言っても、レーザー発生器は構造上脆い筈だし、艦載機の火力でも何とかなりそうな気もするけどなぁ」

 

 コーディが指摘した通り、超射程歪曲レーザーの砲口は敵艦にとっても重要区画の筈だから、充分に防御されていると考えるのが普通だ。だが敵艦の規模を考えると、純粋に砲雷撃戦で片をつけるのでは撃破するまでに此方が膨大な犠牲を出すことになる。なら艦載機隊を砲口に投入させて、敵の超射程レーザーを封じた上で艦隊決戦を挑むという策は、充分考慮に値するのではないだろうか。

 

「砲口への突入を考えるなら、ここはVFとジム隊が適任でしょうか。人型なら機動性も効きますし、砲口内に留まっての破壊工作なんかも出来そうな気がします」

 

「そうだな。砲口の防御がどれ程か詳しくは分からんが、敵が砲撃のためにシャッターを開いたタイミングを見計らって、砲口に攻撃隊を突入させる手もない、か。霊夢、これを実行するなら、ジム隊に大火力を持たせた方が良さそうだと思うが?」

 

「確かにそうね。ジムの主兵装は確か対艦載機用のマシンガンだし、VFも元は制空戦闘機だから・・・よしっ、ここはにとりの奴に頼んでみましょう」

 

 私はその策を思い付くとすぐに、整備室に通信回線を繋いでにとりを呼び出した。

 

《なんだい艦長?こっちは今忙しいんだけど》

 

「にとり、いいから聞いて。ジムに大火力兵装を持たせたいの。今すぐ作ってくれる?」

 

《おいおい、急な注文だな・・・まぁいいよ。元々ジムの売りは高い兵装換装能力だからね。試作品なら幾らかあるから、そいつらを実用レベルにして量産しとくよ》

 

「任せたわ。出来れば5日以内にお願い」

 

《珍しく工期指定もか・・・こいつは燃えてきたね。任せておきなよ、整備班の名にかけて、期限までには用意してみせるさ》

 

「頼んだわよ」

 

 私がにとりに用件を伝えると、すんなりと彼女は承諾してくれた。

 会話のバックではなんかの溶接音や機械音が鳴り響いていたから、早速作業に取り掛かるのかもしれない。あそこは万年機械弄りばかりやってるような連中の巣窟だし、もしかしたら熱が入りすぎてとんでもない代物を造り上げてくるかもしれないけど、そのときはそのときで有効活用させて貰うことにしよう。

 

「ああ早苗、今期の整備班の予算、2割増しでお願い」

 

「了解しました。後で主計課のルーミアさんに伝えておきます(くくっ、本当はもっとヤバい機体も造らせてるんですけど、今は黙っておきましょう♪)」

 

 早苗に予算増額を頼むと、彼女はタブレットを取り出して、早速主計課にそのことを伝えたようだ。

 ・・・予算請求のときの態度がやけに嬉々としていたような気がするんだけど、気のせいかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ウイスキー宙域・ボイドゲート近傍暗黒星雲内~

 

 

 ウイスキー宙域の最奥に位置するボイドゲート、その周囲を取り巻く暗黒星雲の雲海を往く、一機の航宙機の姿があった。

 

「―――こちらグリフィス1。未だ敵影見ず」

 

《分かりました。そのまま偵察飛行を続けられたし》

 

「了解―――」

 

 暗黒星雲の黒き雲海を突き進むのは、霊夢艦隊のパイロットの一人、バーガーが操る偵察機だ。

 彼は偵察任務ということもあり、普段乗り慣れた可変戦闘機VF-19ではなく、増槽とアクティブステルス装置、偵察ポッドを装備したDMB-87〈スヌーカ〉に乗り込んでいた。

 

「隊長、そろそろレーダー衛星の射出ポイントです」

 

「おっと、そうだったな・・・これで最後の衛星か。まだ敵影はないが、もう少し進んでみるか?」

 

「そうですね・・・推進材にはまだ余裕がありますし、衛星射出後もう暫く進んでみましょう」

 

 後部座席に搭乗するマリアが、隊長のバーガーにレーダー衛星の射出を進言する。バーガーはそれを了承し、進言通りに、レーザー衛星の射出ボタンを押した。

 

 予め搭載した偵察用レーダー衛星の射出ポイントに到達した機体は、翼下に懸架したレーダー衛星が入ったポッドを射出する。射出されたポッドは一定の距離を進むと、外装をパージして衛星本体を作動させた。

 

 衛星を射出した機体は、二人が打ち合わせた通り暫くの間直進を続ける。

 

「・・・そろそろボイドゲートが見える位置だぞ。まだ敵影は見えないのか?」

 

「はい・・・本機のレーダー、同期した衛星のレーダー共に反応はありません」

 

「おかしいな―――事前の予測では、この辺りの暗黒ガス帯で敵が待ち伏せている可能性が一番高い、って話だったが」

 

 バーガーは、未だ見えぬ敵影に不信感を抱いていた。

 発進前に行われた事前のミーティングでは、艦隊の予想進路上に存在し、かつレーダー障害の高い暗黒ガスが充満しているヴィダクチオ本土宙域へ繋がるボイドゲートの近辺で敵は待ち伏せていると予測されていた。しかし、彼等の乗る機体がボイドゲートに近付いても、敵艦隊の姿は一向に見えなかった。

 

「なぁマリア、俺達の設置した衛星が、誤って暗黒ガス帯に入っちまったってことは考えられないか?」

 

「それは無いと思いますよ。リンクしてる衛星は全て正常に稼働してますし、万が一暗黒ガスの中に入ったとしても、赤外線センサーも搭載しているので半径0,1光時の範囲は探知できる筈です。他の部隊も航路上に同型の偵察衛星を設置していますから、ここまで来ていないとなると、本当に敵艦隊は存在しないのでは?」

 

「そうだと良いんだがなぁ―――」

 

 マリアはヴィダクチオ軍艦隊が事前の予測に反して不在なのではという推測を伝えるが、バーガーはどこか納得いかなげな表情をしていた。彼の軍人としての勘が、敵はこの暗黒星雲の何処かに潜んでいると告げていた。

 

「―――隊長、暗黒ガス帯に入ります」

 

「警戒を目視に切り替えるぞ。噴射炎の一つも見逃すな」

 

「了解です」

 

 二人を乗せたスヌーカは漆黒の雲海の中へ飛び込み、瞬く間に周りは暗黒の世界に包まれた。

 

「場所的に、この暗黒ガス帯を抜けた先がボイドゲートか」

 

「そうなりますね。そこまで行って敵がいないとなれば、本当にこの宙域には敵艦隊がいないことになりますね」

 

「前倒したあの艦隊が、この宙域の全戦力だったら良いんだけどなぁ。ともかく、今は警戒だ。機体下方は何かいるか?俺の視界には何もいないんだが」

 

「いえ、こちらも見当たりません」

 

「そうか・・・」

 

 敵影見ずの報告に、バーガーは焦りを強めた。

 

 絶対この雲海の何処か居る筈だ―――彼はそう、強く確信していたのだが、いよいよ推進材の残りが厳しくなってきたからだ。そろそろ引き返さなければ、帰還する前に推進材切れで宇宙を漂う羽目になってしまう。バーガーもそれだけは御免だった。

 

「―――マリア、あと5分進んで何もいなかったら引き返そう。推進材の残量が心許ない」

 

「そうですね、了解です――――――ん?あれは・・・」

 

 バーガーの方針をマリアは了承したが、途中でなにかを見つけたのか、視線を機体左下の方角へ向けた。

 

「隊長、あれって―――」

 

「なんだ、―――っ、アレは・・・!?」

 

 マリアの指摘を受けて、バーガーも彼女の視線の先を追う。

 

 そこには、不鮮明ながらも、巨大な楔型の影が複数、蒼いインフラトンの噴射炎と共に見えていた。

 

「おいおいおい、ようやっとお出ましかい・・・! マリア、敵艦隊の希望は分かるか!?」

 

「はい・・・っと、視界が不鮮明な上レーダーが使えないのでよく分かりませんが、1500m級の戦艦クラスが1隻、ヴェネター級艦が4隻、その前方には300m級の護衛艦が複数―――恐らくナハブロンコ級だと思われる艦影が20隻前後見受けられます!」

 

「チッ、なかなかの規模じゃねぇか・・・!マリア、レーダー衛星に奴等の影は映っているか?」

 

「いえ、ギリギリ探知圏外のようです!」

 

「成程な・・・敵さんもなかなか運がいい――――マリア、直ちに艦隊に連絡だ!それと無人機を一機、常に接触させるよう要請してくれ!ここまで来て見失ったとありゃこれまでの苦労が水の泡だからな!」

 

「了解ですっ、艦隊への通信回線を開きます!」

 

 遂にヴィダクチオ軍艦隊の姿を捉えたバーガー達のスヌーカは、敵艦隊上空を旋回すると、母艦〈開陽〉に向けて敵艦隊発見の報せを打電し続けた。

 

 

 彼等の眼下の敵艦隊では、既に円盤形インターセプターが数機ほど、慌ただしくヴェネターの甲板を蹴っていた・・・

 




お久し振りです。テスト期間に加えて本文そのものに煮詰まってしまったため、投稿間隔が空いてしまいました。

そろそろ6章も中盤に差し掛かります。敵の正体については(特に前回で)色々とヒントを出しましたが、見当がついた方はいらっしゃいますかね。

本文自体も、複数の勢力を動かすというのがなかなかに難しいです。今までとは違って群像劇っぽい雰囲気になってるように思います。この類の形式はまだ慣れないので、今後も精進していく所存です。

次回からは、投稿ペースを戻していこうと思います。

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