夢幻航路   作:旭日提督

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第六四話 甦るもの

 

 ~〈開陽〉会議室~

 

 ウイスキー宙域を越え、ヴィダクチオ本土宙域に踏み込んだ『紅き鋼鉄』、アイルラーゼン、スカーレット社の連合艦隊は、今後の方針を話し合うために〈開陽〉の設備を借りて会議を開いていた。その中には、倒れた霊沙を送り届けてきた霊夢と早苗の姿もある。

 

 

 

 

「・・・ではまず、私から現状の説明をさせてもらおう。我々の艦隊は、現在ヴィダクチオ本土宙域の入口、三重連星系に達しつつある。この宙域ではメテオストームが発生しているため、我々は恒星の至近を通過してこれを回避する予定だ」

 

 サナダさんが説明を始めると共に、中央の机からホログラムの宙域図が表示された。

 ヴィダクチオの宙域に入る前の会議でも説明された通り、この宙域のゲートを出た先には過酷な環境が待ち構えている。これから私達が突入する三重連星系は、互いの重力によって大規模なメテオストームが発生している場所だ。メテオストーム自体は前にもエルメッツァで経験したから強引に突破できないことはないが、多かれ少なかれ艦隊にダメージが出るのは避けられない。なので航路はメテオストームを避ける形で連星系の一つであるウォルフ・ライエ星の至近を掠めるように設定されている。だけどこっちの航路も大概で、恒星の熱線により排熱機構に異常が出るのはほぼ確実だ。艦体外郭も多少は恒星風の被害を被るかもしれない。だが、メテオストームの中を突っ切っていくよりはましだろう。

 

「この三重連星系を抜けた先は、暗黒ガスが充満するサファイア宙域に続いています。我々は、この宙域で敵艦隊主力が待ち構えていると想定しているわ」

 

 サナダさんから代わって、今度はアリスが説明する。

 この三重連星系を抜けた先にある宙域、サファイア宙域は、暗黒ガスの他にも多数の青色超巨星や原始惑星系円盤が存在し、恒常的なレーダー障害が予想されるほか小惑星などの障害物も無数に存在していると考えられている。敵にとっても過酷な宙域だが、同時に待ち伏せや罠が張りやすい宙域に違いない。そして今回の会議の目的は、ここに潜んでいるであろう敵艦隊を、どうやって攻略するか話し合うことだ。

 

「・・・事前に聞いていたけれど、中々酷い宙域ねぇ―――。こんな様子だと、まずは索敵で敵に先んじなければ話にならないわ」

 

 そう発言したのは、宙域図を眺めていたアイルラーゼン艦隊司令のユリシアさんだ。言動はふざけた奴だったけど、艦隊指揮官としての実力はあるのだろう。彼女の言うとおり、どんな手を使うにせよまずは敵を発見できなければ意味がない。そしてここは敵のホームだ。索敵では、既に敵に分があると考えるべきだ。

 

「その通りね。サナダさん、肝心の索敵機の準備はどうなってるの?」

 

「既に増加生産分のアーウィンは確保している。今は前衛のゼラーナに配備されている筈だ」

 

 ・・・計画していた偵察機の増備は既に終わっているようだ。この宙域に来る以前にこのような事態を想定して偵察機の増産が決定されていたが、なんとか間に合ったらしい。

 

「索敵機の発進は・・・どのみちこの三重連星系を抜けてからになるわね。ところでサナダさん、そのサファイア宙域って場所、どれぐらいレーダー障害が起こるの?」

 

「むぅ・・・私も実際に体験した訳ではないからな。あまり詳しくは言えんが、最悪レーダーが殆ど当てにならない、という事態も起こるやも知れん」

 

「おいおい、マジかよ・・・それじゃあ射撃管制レーダーも役に立たないってことか?」

 

「その可能性もあるな」

 

 サナダさんが示した可能性に、砲手のフォックスが悪態をついた。砲手の彼からすれば、射撃管制レーダーが使えなければ話にもならないからだろう。

 

「・・・では、何か解決の方法はないのですか?」

 

「そうねぇ・・・レーダー障害が激しすぎるようじゃあ、此方としても動きにくいわ」

 

 スカーレット社の艦長とユリシアさんが、立て続けにサナダさんに尋ねた。同盟を組んでいる彼等からしても、そんな宙域に無策なまま突っ込むのは御免だ、と遠回しに言っているようだ。

 

「その件に関しては対策済みだ。尤も精度は落ちるがね」

 

 だけど流石はサナダさん、もう対策を立案してくれていたらしい。流石は頼れるマッドサイエンティスト・・・って、それは関係ないか。サナダさんの場合、ただの発明馬鹿じゃなくてある程度戦術面でも助けてくれるのが有難い。

 

「へぇ、対策かぁ。どんなものか聞かせてもらおうかしら?」

 

「うむ。まずこの宙域では暗黒星雲によってレーダー障害が起きていることは伝えた通りだ。さらに、恒星から放出される恒星風や宇宙ジェットなどの影響によりレーダーのみならず、通信障害が発生する可能性もある。そこで、だ。私は艦隊の無人偵察機に改造を施し、中継衛星としての機能を応急的に付け足した。これなら仮にレーダー障害や通信障害が発生したとしても、中継衛星を介してリアルタイムでの情報共有を維持できるようになっている」

 

 サナダさんが用意した対策とは、偵察機と艦隊の間に中継地点を複数用意することで、障害が発生しても問題なく情報を艦隊に送れるようにするということらしい。

 

「成程、大体は分かったわ。だけどその手を使うとなると、通信方向を辿られて艦隊の位置が敵に露呈してしまうのでは?」

 

「さすが、鋭いな。その通り、レーダー、通信障害が発生している場合は敵艦隊に接触している索敵機から通信が送られてくることになる。それを逆手に取られて敵に此方の位置が探知されない可能性はない」

 

 ―――駄目じゃん、それ。

 

 敵の位置が分かったとしても、同時にに此方の位置が露呈してしまえば、索敵で有利に立てたとは言えないじゃない。

 

「あの・・・サナダさん?」

 

「何だ?」

 

 ここで早苗がなにか思い付いたのか、恐る恐る手を上げた。

 

「敵に此方の位置が探知されるというのなら、いっそのこと私達の艦隊を囮にするのはどうですか?幸い他の艦隊と違って私達の艦隊は無人艦が主体ですし、敵の目が私達に引き付けられるのなら、他の艦隊も動きやすくなるんじゃないかと思いまして・・・」

 

「ふむ、囮か・・・確かに一考の価値はあると思うが・・・どうかね、艦長」

 

「えっ、ど、どうって言われても・・・」

 

 早苗の提案は、要するに本隊を囮にして、アイルラーゼン艦隊や別働隊から敵の目を逸らすという作戦だ。彼女の言うとおり、囮役としては無人艦主体の私の艦隊は適任だと言えるけど・・・もし敵の戦力が此方より大きかったら、予想外の大損害を被る恐れも否定できない、か・・・

 

「・・・霊夢さん?」

 

「―――分かったわ。それで行きましょう。それじゃあ、次は具体的な作戦計画について話しましょうか」

 

 ・・・この際、囮役は引き受けるとしよう。あの胡散臭いピンク髪の提督がいる中でやるのは気が進まないが、まずは敵艦隊を撃破しなければどうにもならない。

 

「・・・サナダさん、予想される敵艦隊の戦力は?」

 

 まずは、敵の戦力がどれ程のものなのか見当をつけておかなければ話が始まらない。手始めに、その辺りをサナダさんに聞いてみることにしよう。

 

「うむ。敵に関する情報が少ないので何とも言えないが、私は敵艦隊の戦力を凡そ50~100隻程度だと見積もっている。我々がこの自治領に侵入して以来、20隻程度の敵艦隊を二部隊ばかり撃破し、その中には主力艦クラスも複数含まれている。敵戦力は、大幅に低下していると見て間違いない」

 

「50から100隻、ねぇ・・・敵戦力が低下しているという点については同意するけど、ちょっと振れ幅が大きいんじゃないかしら」

 

 サナダさんの予想に対して、ユリシア中佐がそう指摘する。

 確かに予測値の振れ幅が2倍というのは、些か精度に欠けると言わざるを得ない。けど、情報が未だに少ない現状では仕方がない面もある。

 

「その指摘はもっともだな。だが、我々が事前に予測していた敵艦隊の戦力は、大マゼランクラスの一級艦艇が約80隻程度、そして戦艦クラスはその一割と見積もっていた。それを基にして計算すると、既に敵は機動戦力の半分を失ったことになる。しかし、敵があれだけの艦隊を二部隊も展開させていたことを考えると、敵の規模は当初の予測よりも高い可能性が浮上してきた。その上方修正した予測値を組み込んだのが、先程の敵戦力評価になる」

 

 サナダさんが言うには、敵艦隊の規模は最初の予想よりも大きい可能性があるという・・・うげっ。私としては小さい方が助かるんだけど・・・

 

「成程ねぇ・・・予測値についての話は分かったわ。じゃあ、そろそろ本格的な作戦会議に移る?」

 

「いや、その前に具体的な敵戦力の評価を聞きたい。サナダ、その辺りは分かっていないのか?」

 

「私からも。そっちの話を先にしてくれると有難いわ」

 

 中佐の発言を押し退けて、航空隊隊長のディアーチェさんがサナダさんに尋ねる。

 具体的な敵戦力の評価、ということは、敵艦隊の構成内容や単艦あたりの評価を指すのだろう。これらの予測も作戦を立てる上では重要になりそうだし、ここはディアーチェさんに援護射撃をしておこう。

 

「うむ、了解した。まず敵戦力の評価についてだが・・・具体的な情報がない以上、まだ何とも言えんな。だが、今までの傾向からすれば、敵艦隊の砲力は中~近距離戦を主体としたものだ。真っ向から交戦することを想定するならば、此方は遠距離砲戦を主体とした戦術を策定することになるだろう。次に敵艦隊が保有する艦船の性質だが、大きく分けて3タイプが存在する。先ずはこれだな」

 

 サナダさんはそこで説明を一旦打ち切ると、ホログラムに艦船の立体画像を表示させた。

 表示された艦船の種類は、カッシュ・オーネ級戦艦、ファンクス級戦艦、シャンクヤード級巡洋艦、ナハブロンコ級水雷艇の4種類だ。

 

「まずはこの4艦種についてだが、これらの艦船は大マゼラン宙域海賊が使用しているものだ。大半の艦は速力を重視した設計が採られており、カッシュ・オーネ級については設計思想が異なるようで、此方は防御力を重視した設計らしい。戦闘能力は大マゼラン列強各国が用いている同クラスの艦艇よりもやや劣るな。グアッシュ海賊団が運用していた同クラスの艦がモンキーモデルであったことを考えると、敵が使用している同型艦も一部性能が低下したモンキーモデルである可能性もある。だが、我々から見れば充分脅威であることに変わりはないな」

 

 サナダさんはすらすらと、ホログラムに表示された艦船について解説している。ここに集まっている連中は大体これらの艦船についての知識があるのか、復習がてら聞いておこうかという雰囲気だ。ちなみにカッシュ・オーネ級はまだヴィダクチオ艦隊が運用している様子は目撃されていないが、奴等とつるんでいたグアッシュが使っていたので表示されているのだろう。

 

 サナダさんがこれらの艦船の解説を終えると、艦船のホログラムが隅に追いやられ、今度は別の艦種のホログラムが表示された。

 

「続いてこの2艦種、マハムント級巡洋艦とネビュラス級戦艦だな。この2艦種については、アイルラーゼンのユリシア中佐殿も詳しいと思うのだが」

 

「ええ。ロンディバルドは我が国のライバルですからね。ロンディバルド製艦船の特徴としては、高い汎用性と拡張性、プラズマ兵装の装備が挙げられるわ。耐久性も先の大マゼラン宙域海賊のものより優れているけど、何といってもプラズマ砲の攻撃力は無視できないわね。あれはAPFSを無効化する兵装だから、当たれば被害は免れないわ」

 

 ユリシア中佐が、サナダさんに代わってロンディバルド製艦船を説明する。

 特にこのネビュラス級戦艦は、敵にしては珍しくLサイズの兵装を有しており、そしてその兵装はプラズマ砲だ。これは注意が必要だが、構造上ネビュラス級のプラズマ主砲は前にしか撃てない。前にこの艦種を相手取ったときのように、側面から同航戦に持ち込めばそれほど脅威ではない。

 

「・・・だけど、今までの経験上敵はあまりロンディバルド製艦船を多用してはいないわ。この艦種は、敵の主力艦という訳ではないでしょう?」

 

「私もその可能性が高いと見ている。確かに性能面では脅威だが、他艦と違う武装システムを採用している以上、整備面で問題があるのやもしれん。そして最後だが、敵の主力艦について説明しよう」

 

 再びホログラムは端に追いやられ、新たな艦船のホログラムが表示される。

 それらは全て楔型の艦体を持ち、大きさも今まで登場した艦船より大型だ。―――敵の主力艦、遺跡船だ。

 

「最後にこれらの艦船について説明しよう。これらの艦船は、敵が遺跡から発掘運用、又はそれをコピーして建造したと思われる艦船群だ。まずこのヴェネター級航宙巡洋艦だが、このクラスの艦は多数の艦載機を搭載可能であり、敵の空母的な存在であると考えられる。続いてこの艦種―――ペレオン級戦艦は、敵の分艦隊旗艦や主力艦として多数が配備されている標準型戦艦と見ていいだろう。このクラスの敵艦は全ての砲塔が艦の前方を指向できるように取り付けられており、近距離で正面から相対するのは極めて危険だ。そして最後に―――」

 

 サナダさんは一呼吸置いて、最後の敵艦の説明に入る。―――あの忌々しい巨大艦、リサージェント級だ。

 

「―――リサージェント級戦艦。敵のフラッグシップだな。このクラスは3000m級の巨躯を有し、極めて高い耐久性と戦闘能力を持っていると考えられている。そして極めつけには、この歪曲レーザー砲だ。このレーザー砲は一撃で軌道エレベーターを破壊する火力を有している。当たればただでは済まんな。構造としては、艦底部にある砲口から発射されたレーザーを反射装置を搭載した航空機で屈曲させ、目標に向けて反射させるというものだ。このレーザー砲の攻略が、決戦の行方を左右するといっても過言ではないな」

 

「・・・大体のスペックは掌握したわ。このリサージェント級のレーザー反射装置を搭載した航空機というのは、事前に察知することはできないのかしら?」

 

「理論上は可能だろう。しかし、我々の交戦データから察するに、敵はこの航空機にステルス機能を持たせているようだ。対策としては、光学カメラを搭載した偵察機をばら蒔くのが一番手っとり早いと思うぞ」

 

「了解したわ。ああ、それと最後の遺跡船のデータ、ちょっと私にもくれない?こっちでも解析しておきたいわ」

 

「だ、そうだが、艦長、どうする?」

 

「え?、うん、ああ・・・いいんじゃない?そっちで対策考えるのにも必要だろうし・・・」

 

「感謝するわ、可愛い艦長さん」

 

「―――だからあんたはその胡散臭い態度を止めろ!」

 

 サナダさんが一通り敵艦船についての解説を終え、会議の内容は自然と対策の話へと移っていく。敵艦隊で一番脅威なのがこのリサージェント級戦艦だし、この艦種について話し合われるのはまぁ当然だろう―――相変わらず私に絡んでくる中佐が少しうざいけど。

 

「艦長、一ついいかね?」

 

「何?コーディ」

 

「我々の艦隊を囮にするのはいいとして、別働隊はどう動かす?」

 

 コーディが聞いてきたのは、別働隊に関することだ。さっきの話で本隊を囮にすることは決まっていたけど、肝心の別働隊をどう動かすかまでは、まだ決めていないからだろう。

 

「それなら、私の艦を暗黒星雲に潜らせながら敵の側面まで移動させて、アイルラーゼンとスカーレットの艦隊も本隊から離した位置で射撃させれば良いでしょう。私の艦は改装で迅速に移動できるだけの機関出力を得ているし、奇襲効果を狙うなら複数方面から同時に攻撃を仕掛ける方がいいわ」

 

「それには賛成だけど、暗黒ガスに潜るなら索敵はどうするつもり?同時に仕掛けるなら、敵の位置を正確に捕捉している必要があると思うけど」

 

 コーディの疑問に対して、アリスが答える。

 この流れだと、アリスの〈ブクレシュティ〉とユリシア中佐のアイルラーゼン艦隊、それにスカーレット社の〈レーヴァテイン〉が別働隊として活動する、ということだろうか。この艦隊なら通常の戦艦主砲を上回る射程の砲があるから、遠距離から奇襲攻撃を仕掛けるなら適任と言えると思うけど・・・・・・それより、なんで〈ブクレシュティ〉の諸元が変わっているのよ。さてはサナダさん、また改造したわね―――!

 

「それは観測機を使ったデータリンクで解決できるわ。直接レーダーで捉えてなくても、別の部隊が敵の姿を捉えていれば問題ない。仮に通信障害が発生しているのなら、リレー衛星でも置けばいい」

 

「ふぅん―――成程、それなら問題はない、か。見つかって各個撃破される恐れも無きにしも非ずだけど、そこはお天道様に懸けてみるしかないわねぇ―――いいわ、それで行きましょう。そっちの可愛い艦長さんはどうかしら」

 

「いちいちからかうな!・・・まぁ、作戦については異論はないわ」

 

「同じく。我々スカーレット艦隊も異論ありません」

 

「なら本番はそれで行くとして―――次に移りましょう。次はあの巨大戦艦の歪曲レーザー対策だけど・・・」

 

「その件で、私から一つ案がある。よいか?」

 

「いいわ。話してみて」

 

 続いて私があの巨大艦対策を切り出すと、腹案でもあるのか早速ディアーチェさんが発言を求めてきた。

 ここはまず、彼女の案を聞くとしよう。

 

「整備班からの報告では、ジム用の大火力兵装が整いつつあるという話ではないか。そこで、この新兵器群を活用し、ジム部隊を敵艦の砲口に差し向け破壊させるというのはどうだ?」

 

 ディアーチェさんが提案してきたのは、ジム部隊による破壊作戦だった。

 似たような作戦は私も考えていたので、事前ににとりに命じて大火力兵装を造らせていたんだけど、どうやらそれが軌道に乗ったらしい。相変わらず、準備がいいことだ。

 

「それは私も考えていたわ。だけど、敵の防空網をどう突破するかが課題ね・・・防空用の機体も残さないといけないし、敵の防空隊も数がいるでしょうからね―――」

 

 ただ、その案の一番の問題点は、到達する前に撃ち落とされはしないかという点だ。いくら大火力兵装を持たせたとしても、敵旗艦に到達できなければ意味がない。

 

「くっ・・・それを言われるときついな・・・」

 

 ディアーチェさんもその問題点は承知していたようで、苦虫を潰したような顔をしている。

 

「でも、他に何か案があるのか?長距離砲を使う手もあると思うが、それだと時間がかかる。それに、敵に対して時間を与えすぎれば、あのレーザーによる被害が拡大してしまう訳だ・・・難しい問題だな」

 

 コーディも頭を抱え、悩んでいる様子だ。

 もしかして、みんな煮詰まってる・・・? それはちょっと、勘弁して欲しいんだけど・・・

 

 

「あの、にとりさん?」

 

「ん、なんだい?」

 

 沈黙した会議室の静寂を破るように、そこで早苗が手を上げる。

 

「こんな感じのもの、急いで作れません?」

 

「ほう、これは―――うん、任せてくれ!50機ばかりは一日で準備できるよ!」

 

「では、お願いしますね!」

 

 にとりの近くに寄った早苗は、なにやら図のようなものを見せている。

 にとりもそれでヒントを得たのか、なにか思い付いたような表情をしていた。

 

「・・・そこ、いいからそろそろ話してくれない?」

 

「ああ、済まん済まん。これから話すから勘弁してくれ」

 

 良案があるというのなら、早く聞かせなさいよね。こっちは煮詰まって困ってるんだし。

 

 にとりは軽く咳払いをすると、説明を始めた。

 

「あー、じゃあ説明するよ。さっきの案の問題点は、ようは敵に撃ち落とされるってことだろう?なら、撃ち落とされなくすれば良いだけの話さ。まずはこいつを見てくれ」

 

 にとりは一旦説明を止めて、デスクを操作してホログラムを表示させる。

 ホログラムに映っているのは、ブースターらしきものを二本繋げただけの、簡素な航宙機の画像だ。

 

「おいおい、なんだこりゃあ。こんな簡素な機体、どうやって使うってんだ?」

 

「まぁまぁ、ここは静かに聞いてくれ。こいつは試作機の増設ブースターユニットを流用したもので、通常の航宙機を上回る高速を発揮することが可能だ。この機体に大火力兵装を装備したジムを載せて、敵艦隊中枢まで一気に突入させる。そうすれば、敵も迎撃が追い付かないだろう?ブースターもなんぼか試作品が転がっているから、品質にケチをつけなきゃ今すぐにでも纏まった数を用意できる。どうだい?」

 

 ―――成程、これは良いかもしれない。

 付け加えるなら、迎撃される直前のタイミングで加速させれば、敵の照準を狂わせることもできそうだ。これなら撃ち落とされる心配も減るだろう―――よし、採用。

 

「にとり、それ、採用するわ。すぐに作業にかかりなさい」

 

「ふぇっ、早っ―――分かったよ!整備班総出で準備するよ!」

 

「任せたわ。あんたの腕は買ってるんだから、必ず決戦には間に合わせて」

 

「了解したよ。期待してな、艦長」

 

「ええ―――他に、あの巨大艦対策で案はない?」

 

「いえ、特には」

 

「私はその作戦でいいわぁ」

 

 流れは決まったようなものだが、一応他に案はないか聞いてみる。だけど予想どおり無いようなので、巨大艦対策はこれで良いだろう。

 

 その後は、細かな戦術の想定なんかを何パターンか試したりして会議は解散となった。

 

 

 敵艦隊を撃破すれば、いよいよ敵本星だ―――私をここまで煩わせたツケ、きっちり払わせてやる―――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ヴィダクチオ本土宙域最深部・衛星ヴィダクチオⅣ~

 

 

 ヴィダクチオ自治領の最深部に位置する本土星系、そこに浮かぶ巨大ガス惑星にごく近い軌道を回る蒼い衛星―――これこそが、霊夢達が目指す敵の拠点、衛星ヴィダクチオⅣである。

 

 衛星ヴィダクチオⅣの周囲には、軌道エレベーターと結ばれた宇宙港を基点として設置されたオービタルリングが浮かび、侵入者を寄せ付けんと無数の砲口やミサイル発射台が外宇宙を睨んでいる。

 

 そのオービタルリングの監視の目を掻い潜るように星へ近づく、複数の宇宙船の影があった―――

 

「―――静かだな」

 

「そりゃあ、無音航行中ですからね」

 

 星に近づく宇宙船の一つ―――ロンディバルド軍・オーダーズ派遣艦隊旗艦〈ダウロン〉の艦橋で、艦隊指揮官のハミルトン少佐が呟いた。

 

 彼等の艦隊は、ヴィダクチオの防衛ラインを隠密に突破するために、オービタルリングがある赤道面を避け、星の南極方向に向かって慣性航行で近づいていた。

 彼等は事前にヴィダクチオ軍の主力艦隊が出撃したのを確認して惑星に接近していたので、主力機動戦力を欠いたヴィダクチオ側はまだ彼等の接近を察知していない。

 

「・・・しかしあの大艦隊、何処へ向かったんでしょうか」

 

「んなもん決まってるだろ。ユリシアの奴とあの民間人の艦隊を迎撃しにいったのさ。全く御愁傷様なこった。

 

「で、ですよねぇ・・・」

 

「お陰でこっちはだいぶ動きやすくなったから、一応アイツには感謝しておかねぇとな。それで、例の準備は整ったか?」

 

 司令官のハミルトンは、参謀のドリス大尉に尋ねる。

 "例の準備"の一言で察したのか、ドリスは滞りなく回答した。

 

「はい。現在のところ8割方は終わったという所でしょうか。仕掛けるには、もう少し時間が掛かるかと」

 

「分かった。これはお偉いさん曰く本国の未来に関わることらしいからな。確実に成果を出すためにも、準備は入念に行うよう言っておけ」

 

「ハッ、了解しました」

 

「それと・・・"プランB"の用意も忘れるな。部隊はすぐ出せるように準備させておけ」

 

「了解です」

 

 ドリスはハミルトンの命令を受けて、各担当部署へその命令を伝達する。

 

 暫くした後、ドリスから"例の準備"が整ったという報告を受けたハミルトンは、作戦の最終段階の開始を命じた。

 

「小佐、作戦準備が整いました。発令を」

 

「うっし、それじゃあ始めっとするか・・・って言っても、俺からしちゃあ随分と地味な作戦だがな。まぁいい。担当人員は直ちに作戦を開始しろ。奴等から少しでもモノを盗んでこい」

 

 ハミルトンは通信機を片手に持ち、ある部屋に通信を繋いだ。

 

「さて・・・閣下ご自慢の諜報部の力とやら、見せて貰いましょうかねぇ」

 

 通信機を置いたハミルトンは肘を置いて手を組み、虚空を見つめながら呟いた。

 

 

 

 ................................................

 

 

 

 

 ~衛星ヴィダクチオⅣ・自治領総督府~

 

 

 衛星ヴィダクチオⅣにある首都の中央に、天を貫かんと聳え立つ一棟の巨大ビルがある。―――ヴィダクチオ自治領の全てを司る、自治領総督府の建物だ。

 

 この自治領総督府では、かつてない混乱に見舞われていた。

 

「チイッ、敵の侵入ペースが早い!プロテクトはどうなっている!?」

 

「1番から15番までの隔壁消失!持ちこたえられません!」

 

「クソッ、神聖なるわが自治領が、何処の馬の骨とも知れぬ連中にここまで遅れを取るとは・・・お前ら、ここは何としてでも維持しろ!俺は教祖様に報告する!」

 

「ハッ!」

 

 自治領の軍備に関する情報を記録するこの部署は大規模なサイバー攻撃を受け、職員達が必死に対抗を試みていた。しかし相手の方が上手なのか、自治領側の防御機構は次々と破られていく。

 その部署の責任者らしき男は、この非常事態を自らの主君に伝えるべく、部屋を飛び出した。

 

 部署を飛び出した彼は階段を駆け、やっとの思いで領主が待つ最上階へ到達する。

 

「失礼します!教祖様、緊急事態です!」

 

 領主が控えるその部屋に入室した彼は、窓の外を眺める領主に詰め寄り、非常事態の発生を報告した。

 黒いスーツと顔全体を覆う白いマスクを身につけた領主は、彼が入室しても振り向かずに窓の外を眺めている。

 

「・・・情報室から報告は受けているよ。詳しい報告を頼みたい」

 

「ハッ!十分ほど前から、わが自治領のデータベースに対し何者かからの大規模なサイバー攻撃が仕掛けられました。今のところ重要機密は奪われていませんが、このままでは時間の問題かと・・・」

 

 彼は努めて冷静に事態を報告する。が、肝心の領主は肩一つ動かさず、窓の外を見つめたままだ。

 

「あの・・・教祖様?」

 

「・・・」

 

 彼はそんな領主の様子を不信に思い、恐る恐る声を掛けた。

 暫く沈黙が続いたが、程なくして領主が口を開く。

 

「・・・君、私がこの自治領をこの場所に築いた意味、分かっているかな?」

 

「は・・・確か、この宙域の地形が防御に適し、さらに星系内の資源が豊富だからと聞き及んでいますが・・・一体それが今回の事態とどう繋がりが―――?」

 

 彼は領主の問いに対して素直に応えるが、いきなり何の脈絡もなく自治領の立地の話をされたことを不信に思い、その理由を領主に尋ねた。

 

「概ねそれで合っているよ。だけど一つ足りないね。この宙域は恒星風が吹き荒れ、さらにマゼラニックストリームの近くに位置している。この立地は、敵対勢力からのサイバー攻撃を物理的に防ぐのにも適しているんだよ」

 

 領主は静かに、彼に対して自治領の立地の意味を説いた。

 宙域そのものに存在する恒星やマゼラニックストリームの影響により、自治領のシステムに対して外部からアクセスすることは困難を極める。いわば、常時通信障害が発生しているような状態なのだ。この立地に目をつけた領主は、ここに自治領を建設し、ひそかに軍備増強に励んでいたのだ。

 

「ハッ、そのような意味があったとは・・・!?、だとしたら、サイバー攻撃を仕掛けた敵は、この自治領の中にいると!?」

 

 彼は領主が語らんとしていることの意味を悟り、その言葉の意味を尋ねる。領主の回答は、それを肯定するものだった。

 

「そういうことになるね。最近煩いハエが何匹か紛れ込んだという報告があったけど、その中の一派だろうね。スカーレットの傭兵は主力艦隊が潰しにいったけど、まだ別行動を取っているハエがいるみたいだ。僕はそれを潰しにいくよ」

 

「了解致しました。では、私は現場の指揮に戻ります」

 

「いや、その必要はないよ」

 

「は―――!?ッ」

 

 報告を終えた彼は、未だにサイバー攻撃に晒されるデータベースの防衛指揮に戻ろうと退出しようとしたが、領主の言葉を耳にして立ち止まり、領主の方角を向く。

 

 しかし時既に遅く、彼の身体は至る所から血を流し、一瞬のうちに彼自身も意識を失った―――。

 

 

 

「―――ああ、掃除は頼むよ。それと艦の発進準備を急がせてくれ。ハエは僕が潰すよ」

 

 領主は何事もなかったかのように、何処かへ電話を繋いで指示を出す。

 通信を終え、受話器を置いた領主はゆっくりと立ち上がり、先程絶命した部下の脇を通りすぎてその場を後にする。

 

 白いマスクに覆われた奥にある眼光は、一度たりとも部下の死体に向けられることはなかった―――

 

 

 

 ―――自治領の空を、一隻の巨大戦艦が轟音を響かせながら進んでいく。

 

 白亜の巨艦は、艦尾のノズルから蒼いインフラトンの光を放ちながら、空を貫き、虚空の宇宙を進んでいく。

 

 甦りし遺跡船(リサージェント)は、その力を解放せんと、静かに侵入者に忍び寄る―――




多分次回辺りから、ヴィダクチオ艦隊との決戦になります。ちなみに早苗さんが提案したのは、ガンダムのサブフライトシステムのようなものです。


そして今回、初めて敵の上層部を登場させました。これだけの描写だと、まだモデルの正体については分からないでしょうが。

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