夢幻航路   作:旭日提督

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第六七話 激突、サファイア宙域戦線!(Ⅲ)

 ~ヴィダクチオ自治領・サファイア宙域~

 

 

 

【イメージBGM:無限航路より「戦闘空域」】

 

 

 霊夢率いる〈開陽〉がヴィダクチオ艦隊旗艦と思われる巨大戦艦と交戦していた頃、ユリシア・フォン・ヴェルナー中佐率いるアイルラーゼン派遣艦隊は、ヴィダクチオ自治領軍機動部隊と交戦していた。

 機動部隊とはいっても戦艦、空母共に8隻を擁する大艦隊であり、戦艦3隻を基幹とするアイルラーゼン艦隊からすれば相手をするには荷が重い艦隊だった。序盤のリフレクションレーザーによる遠距離奇襲攻撃で空母2隻を撃沈、さらに2隻を戦闘不能に陥らせたとはいえ、ヴィダクチオ側は未だに空母4、航空機600機以上を擁する一大機動部隊としての体裁を整えてえおり、空母がないアイルラーゼン側からすればこれらの航空機も深刻な脅威であった。

 

「10時の方角より敵円盤機、急速に迫る!」

 

「対空迎撃、急げ!」

 

「了解ッ!」

 

『紅き鋼鉄』からの上空援護を得ているとはいえ、幾ら高性能機主体といっても敵編隊の三分の一程度機数、200機程度の戦闘機隊ではその三倍にも及ぶ敵機は流石に抑えきれず、『紅き鋼鉄』の戦闘機部隊を突破したヴィダクチオ軍攻撃隊がアイルラーゼン艦隊の上空に迫る。アイルラーゼン軍派遣艦隊旗艦〈ステッドファスト〉の艦橋ではレーダー手が敵機接近を告げ、艦長兼司令部副官のローキ・スタンリー少佐が即座に迎撃を指示する。

 〈ステッドファスト〉の直上に迫った円盤形攻撃機は同艦のパルスレーザーに絡め取られて撃ち落とされ、蒼い宇宙に一輪の花を咲かせた。

 

「敵攻撃隊、尚も接近!」

 

 しかしヴィダクチオ自治領軍の円盤形攻撃機は尚も多数がアイルラーゼン艦隊に迫り、次第に艦隊の防空網を突破する機も現れる。そのうちの一機がアイルラーゼン艦隊に所属する一隻のバスターゾン級重巡洋艦に肉薄し、ミサイルを放つ。

 放たれたミサイルはパルスレーザーの雨を掻い潜って目標を捉え、命中したミサイルは艦体外郭に食い込むと弾頭を起爆させた。

 

「巡洋艦〈トラニオン〉被弾!」

 

「っ、司令!〈トラニオン〉の艦長より緊急通信です!」

 

「緊急?分かったわ。メインスクリーンに出して」

 

「了解!」

 

 ユリシアの命令で、艦橋頂部のスクリーンに重巡洋艦〈トラニオン〉の艦長が写し出される。30代後半に見える若手の艦長は明らかに焦燥しており、只ならぬ様子が伺えた。

 

《―――こちら〈トラニオン〉のアーネスト艦長です。司令、敵のミサイルは危険です!》

 

「危険?先ずは落ち着いて、詳しく聞かせて貰えるかしら」

 

 如何にも鬼気迫るといった様相で、〈トラニオン〉のアーネスト艦長が早口に告げる。

 

《はっ、申し訳ありません―――簡潔に報告しますと、敵のミサイルにはBCが搭載されているようです。バイオセンサーの情報によれば、何らかの生物兵器だと思われます。―――本艦の被弾箇所には生物兵器を含んだガスが充満し、それを浴びた乗員が極めて短時間で死亡させられる様子がカメラに記録されていました。当該区画周辺は隔壁で厳重に閉鎖しましたが、中にいた乗員はもう―――》

 

 僚艦が被弾したとはいえ一発程度、取るに足らないことだと考えていたユリシアは、直後に被弾した重巡〈トラニオン〉の艦長から送られてきた緊急通信の内容を聞いて絶句する。

 生物兵器など、彼女を始めとした多くの宇宙で生きる人間にとって宇宙空間の戦いとは殆ど無縁といってもいいような存在だったからだ。宇宙空間での戦闘は基本的に敵艦を破壊するだけで事足りるので、乗員の殺傷を目的としたBC兵器がそこに入る道理など存在しない。過去の戦史を紐解いても、宇宙での艦隊戦でBC兵器が用いられてきた事例など殆ど無いに等しく、それだけにユリシア中佐を始めとした艦隊幕僚はおろか、報告を耳にした艦橋クルーは大きな衝撃を受けた。

 

「生物兵器―――何でそんなものが―――」

 

《理由までは分かりません―――。しかし、本艦に生物兵器が撃ち込まれたというのは確固たる事実です。司令、この事態を他の艦にも―――》

 

 アーネスト艦長は、見るからに悔しそうな表情を浮かべてユリシアに進言する。彼の表情の理由が、非道な生物兵器の攻撃で部下を失ったことにあるのは想像に難くない。

 彼の進言で、ユリシアも意識を一気に目の前の現実に引き戻された。

 

「ッ、そうね―――〈トラニオン〉は異常が発生次第直ちに報告しなさい」

 

《ハッ!》

 

「―――話は聞いていたわね。通信士!直ちにこの状況を全艦に伝達!今すぐに伝えなさい」

 

「りょ、了解!」

 

 ユリシアは艦橋右側の席に座る通信士に命じ、隷下の全艦船に対して警戒を促させた。

 

 彼女達の苦しい戦いは、まだまだ続きそうであった―――。

 

 

 

 

 

 

 ~『紅き鋼鉄』第一機動艦隊旗艦〈高天原〉艦橋~

 

 

 蒼い星雲に包まれた星空に、一輪の花が咲く。それは撃沈されたヴィダクチオ軍巡洋艦の最後の輝きだ。

 

 敵巨大戦艦と対峙する総旗艦〈開陽〉より艦隊の指揮権を譲り受けた〈高天原〉艦橋内で、臨時の司令代行となったショーフクは戦況を俯瞰する。

 ショーフク率いる『紅き鋼鉄』本隊は巧みな操艦機動でヴィダクチオ自治領軍高速機動艦隊の突撃を退け、戦いを有利に展開していた。

 

 戦果としては、緒戦のミサイルによるものに加えて、ショーフクが指揮を譲り受けてからさらにヴィクトリー級戦艦2隻、ファンクス級戦艦、シャンクヤード級巡洋艦各1隻、ナハブロンコ級に至っては残存艦全てを撃沈していた。対して『紅き鋼鉄』は駆逐艦〈ソヴレメンヌイ〉を失なったのみで、中大破している艦こそあれど、損害は最小限に留められていた。性能差という点ではあまり差がない両者であるが、『紅き鋼鉄』の側はセオリーに従って遠距離戦に終始したことが両者の損害の差に繋がった。『紅き鋼鉄』はアンドロメダ級戦艦〈ネメシス〉など遠距離砲戦で並の戦艦以上の戦闘力を発揮する艦船を複数保有しており、また彼女達と撃ち合える射程を持った艦をヴィダクチオ側はファンクス級しか持ち合わせていなかった。そのためヴィダクチオ側は射程に飛び込むまでは終始『紅き鋼鉄』の強力な戦艦、重巡洋艦の砲撃に晒されることになり、被害を続出させた。

 またショーフクは空母〈ラングレー〉に残された余剰のスヌーカ、ドルシーラ等の攻撃機を用いてヴィダクチオ艦隊の進路を妨害し、相手の突撃のペースを乱すことにも成功していた。そのためヴィダクチオ側は戦場のイニシアティブを終始『紅き鋼鉄』に握られたままさしたる戦果を上げることなく大損害を出してしまったのだ。

 

「ふむ・・・大マゼラン並みの性能と聞いて警戒していたが・・・これは拍子抜けだな。脆い」

 

「はっ・・・しかし敵の突撃により我が方は駆逐艦一隻を失いました。無視し得ない損害を受けている艦もあります。やはり侮りがたい敵です」

 

「うむ。だが、敵は何故あそこまで突撃に固執したのだ・・・?あれほど緒戦で損害を受けたのだから、一度退いて体勢を整えてくるものかと思っていたのだが・・・」

 

 ショーフクは、戦闘中敵艦隊が執拗に突撃を繰り返していたのを不審に感じていた。普通の指揮官ならば、緒戦で大損害を受ければふつうは体勢を建て直すなり何らかの対処行動を取るものである。しかし眼前のヴィダクチオ艦隊は、まるで何かに捕らわれたかの如く接近を続け、七面鳥撃ちさながらの死屍累々をこのサファイア宙域に築き上げることになった。無論、射程の関係で接近しなければ血路を開けない、という理由もあったのだろうが・・・

 

「敵残存艦の転進を確認しました」

 

「・・・漸く逃げる気になったか。全く、部下の命を徒に散らしおって。敵の指揮官は何を考えている。操舵、我々は友軍の援護に向かう。敵主力艦隊の側面を突くぞ」

 

「了解!」

 

 ショーフクの命令を受けて、〈高天原〉の舵を任された操舵手は未だに友軍のアイルラーゼン艦隊と交戦を続けるヴィダクチオ軍主力艦隊に向けて進撃を開始した―――。

 

 

 

 

 

 

 ~『紅き鋼鉄』第三打撃艦隊旗艦〈ブクレシュティ〉~

 

 

 

 

 アイルラーゼン、そして『紅き鋼鉄』の本隊がヴィダクチオ艦隊と正面から交戦している頃、"彼女"はその蒼い身体を漆黒の暗黒星雲の中に潜ませていた。

 彼女の半身、強襲巡洋艦〈ブクレシュティ〉は、緒戦のでの敵空母への狙撃を終えた後、新たな狙撃ポイントに移動して機を窺っていた。

 ヴィダクチオ艦隊の注意は正面のアイルラーゼン艦隊に向いており、残りの空母艦載機は全て彼等へと襲い掛かっている。序盤戦で彼等もこの〈ブクレシュティ〉ともう一つの友軍であるスカーレット艦隊の存在には気づいている筈だが、〈ブクレシュティ〉は単艦で脅威度が低いと見積もられたのか、半ば無視された形になっていた。事実、この艦が新たに装備した超遠距離射撃砲はいざ使用してみると廃熱機構に重大な問題があることが分かり、艦を操作するアリスは修理ドロイド達を全力で故障箇所に向かわせている所だった。

 そしてスカーレット艦隊の方ではあるが、ヴィダクチオ艦隊はこちらもさほど脅威とは見なさなかったのか、〈レーヴァテイン〉の砲撃に応じて回避機動を見せるのみで、本格的に相手にしている訳ではなかった。それどころか、暇潰しとばかりに彼等から十数機の攻撃隊を送られて護衛のレベッカ級を沈められている始末だ。

 

「あのマッドサイエンティスト・・・なんて欠陥品を押し付けてくれたのかしら。用意してくれたのは有り難いけど、まさか設計ミスがあったなんて・・・幾ら頭が良いとは言っても、所詮は人間、という事か―――」

 

 薄暗い艦橋に一人佇むアリスは、カップに入った紅茶を飲み干すと、ここには居ないマッドサイエンティストの一人に向かって悪態を吐く。

 彼女の半身、〈ブクレシュティ〉が装備している超遠距離射撃砲ではあるが、廃熱系に使われている部品の強度が足りず、砲が故障を起こしてしまっていた。設計に携わったサナダにしては珍しいミスといえるだろう。そのお陰で、当初想定していた砲撃速度を完全に発揮することができず、不本意ながら彼女は遊軍と化してしまっていた。

 

「まさか・・・この私がこんな失態を犯すなんて―――」

 

 彼女は給紙ドロイド(見た目は上海人形)から次のティーカップを受け取り、それを口に付けようとしたところで自艦の戦術ネットワークに新たな情報が入ってきたことを察知した。

 その内容は、ヴィダクチオ高速戦隊を殲滅したショーフクからの、敵本隊挟撃の報せだった。

 

「―――成程ね。敵の高速前衛艦隊を殲滅した勢いで、このまま敵の主力まで喰おうっていう魂胆か。流石はエルメッツァの闘将、面白いことしてくれるじゃない」

 

 アリスはティーカップを一旦艦長席の脇に起き、情報の詳細を覗き見た。

 デスクに食い付いて情報を眺めるアリスの口角が、自然とつり上がっていく。

 

 頼みの綱の超遠距離射撃砲が封じられた彼女ではあるが、なにも武器はそれだけではない。少なくとも重巡洋艦に匹敵するだけの火力を彼女は持ち合わせている。

 

 彼女の思考でなにかが閃いたのか、アリスは艦長席に再び腰掛けるとその演算力を使ってなにかのシュミレーションを始める。

 それで満足いく結果が得られたのか、彼女は先程までの不機嫌な表情から一転して、猛禽類の如く獰猛な眼光をその人形のような端整に整えられた表情に浮かべた。

 

 彼女はシュミレーションの結果を通信中継衛星を介して臨時旗艦〈高天原〉に送信すると、自身に背を向けるヴィダクチオ主力艦隊の姿を見据える。

 

「さて・・・これからが楽しい時間よ。一緒に踊ってあげるわ」

 

 全ての演算力を、彼女は艦を操作することに捧げる。

 瞳を閉じた彼女の肌には、閃緑に輝くナノマシンの光筋が走る。

 

「フルダイブ―――――私を無視したツケ、今ここで払ってもらうわ」

 

 

 漆黒の暗黒星雲のなかに、蒼く輝くインフラトンの閃光が迸る。

 数秒の後には、並大抵のフネでは有り得ない加速力を叩き出しながら、ヴィダクチオ艦隊に向けて駆け抜けていく一隻のフネの姿があった。

 

 

 

 

 ~アイルラーゼン派遣艦隊旗艦〈ステッドファスト〉~

 

 

「司令!友軍艦より通信です」

 

「友軍?あの0Gドックの艦隊?」

 

「はい―――どうやら此方を支援するようです。敵艦隊の側面を突くので挟撃できないかと此方に問い合わせてきましたが...」

 

「ふぅん、成程ねぇ・・・よし、乗った。各艦は第一戦速まで加速。敵主力艦隊と撃ち合うわよ。宙雷戦隊は直ちに突撃用意」

 

「ハッ、了解しました!」

 

 未だにヴィダクチオ艦載機部隊と交戦中のアイルラーゼン艦隊は、友軍艦隊『紅き鋼鉄』より送られてきた作戦計画案に従って、ヴィダクチオ主力艦隊との通常砲雷撃戦を決意する。

 艦隊の指揮を執るユリシアは、ヴィダクチオ艦載機部隊が一度母艦に帰投する頃合いを見計らって、全艦隊に突撃を命令した。

 ヴィダクチオ艦載機部隊の攻撃でランデ級駆逐艦2隻を失い重巡洋艦にも損害を受けていた彼女達の艦隊だが、再び攻勢に出るとその動きは速かった。

 

 ヴィダクチオ主力艦隊との距離を縮めつつ、長射程を誇るリフレクションレーザーを装備したクラウスナイツ級戦艦、バスターゾン級重巡洋艦は其を放ちながら敵艦隊に出血を強いる。そして量子魚雷を抱いたランデ級駆逐艦からなる宙雷戦隊は戦艦群の楯に守られつつその短剣を敵艦隊の喉元に突き刺さんと機を窺う。

 

 彼女達が突撃を開始すると共に、宙域の他の箇所でも新たな動きが生じた。

 

 彼女達から見て右舷側、ヴィダクチオ主力艦隊の左舷下方より全速力でヴィダクチオ高速前衛艦隊を下した『紅き鋼鉄』の主力部隊が接近し、さらにヴィダクチオ主力艦隊の後方からは撹乱任務に当たっていた長距離レーザー砲搭載の巡洋艦が急速に迫っていく。

 

 しかし、三方向からの同時突撃を受けて混乱するかと思われたヴィダクチオ主力艦隊は、未だに統率を保っているのか陣形を崩す艦は見当たらない。しかし、射程に入った砲からそれぞれ別個の目標に向けて砲撃を行っているところを見るに、やはり指揮系統が混乱していると見るのが筋だろう。

 各砲が別個の目標を指向しているために、突撃する艦に命中したとしてもそれは到底致命傷に届くほどのものではなく、アイルラーゼンと『紅き鋼鉄』の連合艦隊の船脚は止まらない。

 さらに状況を把握したスカーレット艦隊からも援護射撃が放たれ、ヴィダクチオ主力艦隊の迎撃を妨害する。

 

「ははぁん、やっぱりねぇ―――。敵さんどうも指揮系統が硬直的みたいね。或いは指揮官の頭が硬いか、その両方か・・・ここは敵に"臨機応変"という言葉を教えてあげなきゃねぇ―――各艦全砲門開け!一斉射よ!」

 

「了解。全砲門開口。砲手、予測計算急げ!」

 

「ハッ・・・全砲斉射用意!散布界パターン入力!」

 

 ヴィダクチオ主力艦隊を射程に捉えたアイルラーゼン艦隊は、艦隊指揮官のユリシアの指示で戦艦、重巡洋艦は持てる全ての対艦レーザー砲塔にエネルギーを注ぎ込む。

 

「全艦隊、撃ち方始め!」

 

「全砲門、斉射!撃て!」

 

 旗艦〈ステッドファスト〉より、虚空を貫く幾つもの蒼白い閃光が迸る。やや遅れて、随伴の戦艦と重巡洋艦からも同じようにレーザーの雨が撃ち出された。

 発射されたレーザーの雨は寸分の違いなく、ヴィダクチオ主力艦隊の位置に降り注ぐ。

 流石に一斉射で撃沈に至った艦はなかったが、輪形陣の外側に位置するヴィダクチオのマハムント級巡洋艦群は大きな損害を受けた。

 

 砲撃を受けた敵艦隊からも当然の如く反撃が繰り出されるのだが、それはアイルラーゼン側の砲撃に比べると酷く稀薄だ。

 ヴィダクチオ主力艦隊は陣形の中まで敵艦に入り込まれ、さらに側面からも絶えず砲撃に晒されているのだ。それでは迎撃の砲火も分散しよう。

 赤いプラズマと蒼白いレーザーの閃光がアイルラーゼン艦隊に降り注ぐが、その攻撃で重大な損傷を受けた艦はない。

 

「重巡洋艦〈レビヤタン〉被弾!小破!」

 

「駆逐艦〈リッチェンス〉、シールド出力低下。戦闘行動に支障なし!」

 

 ヴィダクチオの反撃はアイルラーゼン艦隊に掠り傷程度の損害しか負わせることができず、彼女達の脚を止めることは叶わない。

 悠々と反撃を受け流しながら一定の距離まで近づいたアイルラーゼン艦隊は、今度は先程まで後衛に位置していた駆逐艦群を全面に押し立てて更なる突撃を試みる。

 

「宙雷戦隊、統制雷撃戦に移行します!」

 

 弱った敵艦隊の輪形陣外縁の艦に止めを差すべく、量子魚雷を身に宿した駆逐艦戦隊がその矛先をヴィダクチオ主力艦隊に向ける。

 量子魚雷は高威力だが命中率が低い兵器であり、単艦~数隻の攻撃では有効打を得ることは中々難しい。しかし戦隊単位での統制雷撃の前にはそのような問題など些細なものであり、40発にも及ぶ量子魚雷の雨を浴びたヴィダクチオ艦隊の巡洋艦群は瞬く間にその身を閃光に覆い包まれて宇宙へと還っていった。

 

「宙雷戦隊、統制雷撃戦終了。戦果多大!」

 

「敵マハムント級巡洋艦のうち2隻の撃沈を確認。3隻を大破させました」

 

「フン、幾ら大マゼランの装備で身を固めようと、所詮は二流の自治領軍であったか・・・司令、敵の輪形陣は崩しました。如何されますか?」

 

 敵艦隊があっさりと壊滅していく様を見届けたローキはそんな不甲斐ない敵に向かって小言を吐きつつ、司令官であるユリシアに指示を請う。

 

 

「あら、そんなの決まっているでしょ?―――大将首を討ち取りなさい!目標、敵艦隊中央の敵戦艦よ!」

 

 

 ................................................

 

 

 ユリシア率いるアイルラーゼン艦隊がヴィダクチオ艦隊の正面で暴れていた頃、ヴィダクチオ主力艦隊は更なる悲劇に見舞われていた。

 

 突如艦隊後方から瞬く間に距離を詰めてきた巡洋艦に懐に入られて、陣形の内側を食い荒らされる。ある艦は対艦ミサイルの斉射を浴びて艦体表面を丸焦げにさせられ、またある艦はエンジンノズルを撃ち抜かれて動きを封じられる。

 

「ククッ、ア、ハハハハッ・・・ああ、蹂躙は心地良いわぁ!さぁ、止められるものなら止めてみなさい!」

 

 敵艦隊の中心で、有人艦には有り得ない速力と機動で躍り狂う〈ブクレシュティ〉の艦橋で、自身の半身とも言える艦を操るアリスは一人高笑いを上げる。

 

《―――か・・・聞こえるか?こちら臨時旗艦〈高天原〉のショーフクだ。〈ブクレシュティ〉は少し前に出過ぎだ。敵艦隊は充分に撹乱された。一旦退がれ》

 

「クッ、ア―――ああ、・・・少し興奮し過ぎたみたいね・・・失礼、だけど心配は無用よ。私をそこらの雑魚とは一緒にしないで。友軍艦の砲撃に巻き込まれるなんて失態は晒さないわ」

 

《むっ・・・ならいいが―――幾らあのマッドが手に掛けた君とはいえ、ミスを犯すときがないとは限らん。くれぐれも気を付けてくれ》

 

「了解。まぁこっちも適当なところで切り上げるわ。粗方主力の足は止めたから、あとは的撃ち宜しく十字砲火にでも晒して沈めなさい」

 

 艦隊の指揮を執るショーフクとの通信を終えて、アリスは昂った自身の身体を落ち着かせるかのように、艦長席の椅子に深く腰かけた。

 そこで、彼女の思考にふとある疑問が浮かぶ。

 

(―――興奮?まさか。AIであるこの私が・・・?)

 

 本来、高性能とはいえ一介の戦術統括AIに過ぎない彼女である、幾ら人間らしく振る舞えようど、根本の部分では全くの別物なのだ。だが、それにも関わらず"興奮"などという人間らしい感情を口にした理由を、思い返してみれば彼女は全く分からないでいた。

 

(まさか、これも機能の一環だとでもいうの?―――あのやけに人間臭い姉(早苗)のこともあるし、あながち間違いではない、か・・・いや、それは些細なこと。今は艦隊の一艦としての務めを果たすべき―――)

 

 僅かに考え込んだ彼女ではあるが、本来の仕事もあるのでその思考を隅に追いやり、再び敵艦隊を蹂躙すべく、彼女は演算力を敵艦隊の撃滅へと集中させた――――

 

 

 ..............................................

 

 

「宙雷戦隊、第二次攻撃に入ります!」

 

 一方、ヴィダクチオ艦隊と正面から撃ち合うアイルラーゼン艦隊は、敵主力艦の射程に捉えられたために今まで以上の砲火に晒されていたが、それでも彼女達の宙雷戦隊は果敢に量子魚雷を叩きつけるべく突撃を敢行する。

 

「駆逐艦〈シュルツ〉轟沈!〈メルダース〉損傷率75%を突破、一時後退します!」

 

「ちっ、あの楔型、足を止められて尚あそこまで抵抗するか―――あの様子だと、側面もハリネズミよね?」

 

「でしょうな。私は目標の変更を進言します」

 

「―――悔しいけど、敵の主力艦とこの距離で撃ち合うのはやはり無謀か・・・全艦、目標を敵楔型戦艦からネビュラス級戦艦に移行。」

 

 悠々とヴィダクチオの巡洋艦隊を下したユリシア率いるアイルラーゼン艦隊ではあったが、今度はヴィダクチオの楔型戦艦群―――テクター級戦艦とペレオン級戦艦の強力な近接砲火を前にして攻めあぐねていた。これらのクラスは通常の戦艦が持って然るべき大口径レーザーを持たない代わりに中~近距離を射程とする対艦レーザーをハリネズミの如く大量に装備しており、まともに射線に入ってしまったアイルラーゼン宙雷戦隊は今度は大損害を受ける羽目になり、バスターゾン級重巡1隻とランデ級駆逐艦2隻を喪失するという代償を支払わされた。

 

「これで一個駆逐戦隊が丸ごと壊滅、か―――やってくれるわね。ローキ、〈ステッドファスト〉を前に出しなさい。戦艦を楯にしつつ、敵の有効射程から離脱するわ。幸いあの楔型は足を止められている。今度はじっくりと腰を据えて砲撃戦と洒落込みましょう」

 

「了解。操舵、艦を前に出せ。艦首のシールド出力は最大だ」

 

 駆逐艦部隊に大損害を受けたアイルラーゼン艦隊は、遠~中距離砲戦に終始している『紅き鋼鉄』とスカーレット艦隊を見習って、艦隊最大の火力源である宙雷戦隊の統制雷撃戦を放棄して彼等同様砲撃戦に移行する。

 その際にも殿を務めた3隻のクラウスナイツ級戦艦は敵のテクター、ペレオン各級から集中砲火を浴びたが防御に注力したお陰で損害は中破までに留められた。

 

「艦隊、再集結完了しました」

 

「よし、仕切り直しといきましょう。目標は変わらず敵ネビュラス級よ。あれは遠距離砲戦にも対応しているから、この距離だと厄介だわ」

 

「了解。主砲、全砲門斉射用意。目標敵ネビュラス級!」

 

「目標、敵ネビュラス級!射撃緒元入力完了。全砲門発射!!」

 

 ヴィダクチオ戦艦群の猛攻を潜り抜けて距離を離したアイルラーゼン艦隊は、再び全砲斉射を敢行してヴィダクチオ主力艦隊のネビュラス級戦艦を狙う。

 

 既に『紅き鋼鉄』からの砲撃で中破状態にあったネビュラス級はさらにアイルラーゼンのリフレクションレーザーによる斉射を浴びた後、火達磨になって艦隊から脱落していった。

 

「敵ネビュラス級、1隻撃沈。インフラトン反応拡散中です」

 

「敵戦艦、1隻が大破しました。さらに友軍艦隊の砲撃により敵空母2隻が轟沈。マハムント級も一隻撃沈です」

 

 アイルラーゼン艦隊の砲撃と前後して、『紅き鋼鉄』の戦艦〈ネメシス〉と重巡洋艦〈ケーニヒスベルク〉〈ピッツバーグ〉から都合何度目かの斉射が繰り出され、ヴィダクチオのヴェネター級とセキューター級空母が遂に沈められる。さらにスカーレット艦隊の砲撃により、マハムント級一隻も沈められた。

 

「敵残存艦、残り14!うち健在は8!」

 

 ヴィダクチオ主力艦隊は既に空母の大半を失い、残った空母も殆どが砲撃戦を影響で格納庫に誘爆したのか、連載爆発を繰り返している。轟沈も時間の問題だろう。そして戦艦群は陣形の内側で暴れまわった〈ブクレシュティ〉に足を止められて満足に動くことができずにいた。

 

「敵艦隊の残存艦、撤退していく模様!」

 

 ここにきて既に勝敗は決したと見たのか、残された敵艦のうち健在なテクター、ペレオン、ヴェネターが一隻ずつ反転していく。そして殿を引き受けるかのように、火達磨になった空母群と残りのペレオン、ネビュラス級戦艦と僅かに残った巡洋艦が連合艦隊の前に立ち塞がった。

 

「敵損傷艦は撤退を援護する模様」

 

「―――まだ戦闘力のある艦を本星防衛に回したか・・・いいでしょう。損傷艦といえど手加減は不要、全力で叩き潰しなさい!」

 

 連合艦隊の進撃を抑えようと、傷付いた艦体に鞭打って立ち塞がるヴィダクチオ軍艦艇に対し、ユリシアは内心で天晴れとその心意気に称賛を送る。だが手加減は無用とばかりに、彼女は再び全砲門の斉射を命じる。

 

 

 ここにサファイア宙域戦線最後の戦いが開始され、遂にヴィダクチオ軍主力艦隊は壊滅した。

 

 

 

「・・・敵艦隊、壊滅しました」

 

 ヴィダクチオ艦隊が遂に壊滅し、『紅き鋼鉄』臨時旗艦〈高天原〉の艦橋内には勝利を告げるオペレーターの報告が響いた。

 クルー達は勝利に沸き上がる訳でもなく、ただ事をやり遂げた達成感か、はたまた戦闘の疲れからか、皆がぐったりと脱力した様子だった。

 

「・・・皆、よく頑張ってくれた。後は、目標のご令嬢を取り戻すだけだ。あともう一踏ん張り、最後までやり遂げよう。だが今は、ただ君達の働きに感謝したい」

 

 指揮官席に立つショーフクは、そんなクルー達に労いの言葉を掛ける。戦術ネットワークでも脅威とされた敵巨大戦艦の歪曲レーザー砲の撃破と撤退が報告され、それを確認したいショーフクは遂に脅威は壊滅したと確信した。後は消化試合よろしく奪われた令嬢を奪還し、こんな宙域を後にするだけだ、と。

 

 しかし、彼の認識は間もなく覆されることになる。

 

「っ、司令!総旗艦より緊急通信です!」

 

 突如、脱力していた通信士が目を丸くして飛び起きて、只ならぬ様子でショーフクに報告する。ショーフクもそれだけで事態の深刻さを悟った。

 

「総旗艦―――〈開陽〉の霊夢からか。よし、繋げ」

 

「り、了解!」

 

 程なくして、明らかに焦燥―――それに加えて、いつにない程の不機嫌さを滲ませた表情を浮かべた霊夢の姿が、〈高天原〉のメインスクリーンに投影される。

 

 通信が繋がったのを確認して、霊夢はショーフクを真っ直ぐ見据える。

 

「・・・ショーフクさん、緊急事態よ。今すぐ全艦隊を本星に向けるわ―――」

 

 何時もの少女然としたものとはかけ離れた、低く重い口調で、静かに霊夢は告げた。

 

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