夢幻航路   作:旭日提督

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第六九話 敵艦内にて

 

 ~『紅き鋼鉄』旗艦〈開陽〉~

 

 

 

「敵一隻のインフラトン反応拡散・・・撃沈です」

 

「駆逐艦〈アーデント〉、〈早梅〉轟沈!〈スコーリィ〉損傷率60%を突破!」

 

「重フリゲート〈イージス・フェイト〉艦首ブロックに被弾。主砲損傷!」

 

「重巡洋艦〈ケーニヒスベルク〉大破!これ以上の継戦は危険です!」

 

 霊夢達が人質奪還のため敵艦隊の旗艦―――リサージェント級戦艦に乗り込んでいる間、艦隊を任されたコーディ達はヴィダクチオ軍艦隊の残存艦艇と交戦していた。

 敵の数は先の決戦時と比べると大幅に減っているが、『紅き鋼鉄』も多くの損傷艦を抱えており、さらには満足な修理もする暇なくこの宙域に突入したため、更に損害が蓄積していった。結果、敵艦の数が大きく減ったにも関わらず、亡失艦を複数出してしまっていた。

 

「―――事態が急を要するとはいえ、流石に連戦は厳しかったか・・・将軍、如何されますか」

 

《うむ・・・健在な戦艦群を楯にしつつ、駆逐艦隊は後退。後方の工作艦に合流させて応急修理をさせよう。後退命令は此方から出す。戦艦部隊は敵戦艦の足を止めてくれ》

 

「イエッサー」

 

 霊夢から〈開陽〉を預けられたコーディは、引き続き艦隊の指揮を執り続ける〈高天原〉のショーフクに指示を仰ぎ、命令通りに艦を動かさせる。

 

 ショーフクの命を受け、今まで前線を張っていた駆逐艦と巡洋艦の部隊が後退していき、代わりに健在な戦艦群が後退を支援すべく敵艦隊の前面に躍り出る。

 

 しかし〈開陽〉が前進を始めるや否や、出力が減衰したシールドを突き抜けたヴィダクチオ軍のレーザービームが艦に着弾し、艦体が大きく揺さぶられる。

 

「くっ・・・被弾したか」

 

「敵弾、第一主砲塔直下に着弾!砲塔存損傷!」

 

 コーディが艦橋の外を見遣ると、敵弾を受けた第一主砲塔は著しく砲身が歪み、激しく火花を散らしている。

 

「整備班を急がせろ!ダメージコントロールだ!それと一番砲塔の弾薬庫のスプリンクラーを起動しろ!」

 

「了解!」

 

 〈開陽〉の主砲塔はレーザービームの他に実弾を撃てるような仕組みになっているのだが、それ故に万が一主砲塔で出火したら誘爆のリスクがあった。なので第一主砲の惨状を目の当たりにしたコーディは即座に整備班をダメージコントロールに向かわせ、また予め弾薬庫を湿らせておくことで誘爆リスクを減らし、事態の沈静化を図る。

 

「前方の敵テクター級戦艦、本艦に向け量子魚雷を発射!」

 

「回避機動だ!」

 

「アイアイサー。予測パターン入力、回避機動に入るぜ」

 

 続いて〈開陽〉に正面を向けて相対するヴィダクチオのテクター級戦艦が量子魚雷を発射する。

 だが、元々命中率が低い量子魚雷であり、さらに比較的遠距離で放たれたことから回避機動を取った〈開陽〉には命中せず、見当違いの方向を突き抜けていった。

 

「魚雷、回避成功!」

 

「反撃だ!二番、三番砲塔及びミサイル発射管、前方テクター級戦艦に照準しろ!」

 

「イエッサー!目標敵テクター級戦艦。主砲発射!!」

 

 今度は返礼とばかりに〈開陽〉の健在な主砲塔から蒼白いレーザービームが放たれ、テクター級のシールドを焼く。続いて発射されたミサイルはテクター級のデフレクター・シールドを突き破り、白亜の艦体に炎の華を咲かせた。

 

「命中を確認、しかし効果微少!」

 

「チッ、流石にスターデストロイヤーは硬いな。一発の被弾じゃあどうにもならん」

 

「・・・っ、本艦の左舷前方より、敵ヴィクトリー級戦艦2隻、急速に迫る!」

 

「右舷前方からも敵ファンクス級戦艦の接近を確認!」

 

 ここで敵艦隊の動きに変化が生じ、生き残っていた敵戦艦3隻が〈開陽〉に向けて突撃コースを取り始めた。特に左舷側から接近するヴィクトリー級は中射程以上の火力は他の遺跡由来艦と同じく強力であり、ヤッハバッハのダウグルフ級戦艦を上回る火力を持つ〈開陽〉といえど撃ち負けるのは必須である。なので艦を預かっているコーディは最優先でこのヴィクトリー級2隻の排除を試みた。

 

「全砲塔、左舷側のヴィクトリー級戦艦を狙え!」

 

「はっ!」

 

 〈開陽〉の健在な全火器が左舷側から急速に接近するヴィクトリー級戦艦に向けられる。更に、艦隊を預かっているショーフクの指示によるものか、重巡洋艦〈ケーニヒスベルク〉と巡洋戦艦〈オリオン〉〈レナウン〉も同様にヴィクトリー級戦艦に狙いを定めた。〈開陽〉の右舷側から接近するファンクス級戦艦に対しては、〈開陽〉の右横に位置する〈ネメシス〉が相対する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「敵艦載機隊、本艦に急速接近!」

 

「迎撃ミサイル、撃て!」

 

 敵戦艦の突撃と合わせて、敵艦載機隊はそれを援護するかのように〈開陽〉に群がる。だが、直掩防空隊と迎撃ミサイルにより敵艦載機隊は数を減らし、攻撃に失敗する。

 

《こちらガルーダ1、敵攻撃隊を排除した。引き続き上空援護に務める》

 

「了解した。ガルーダ1は引き続き警戒にあたれ」

 

 敵艦載機を撃墜したガルーダ1―――タリズマンのVF-19が、〈開陽〉の艦橋の前を通り過ぎる。彼の機は別の獲物を見付けると、翼を翻して敵艦載機に再び襲い掛かっていく。

 

「敵戦艦、射程内!」

 

「砲撃、開始!!」

 

 接近を続けるヴィクトリー級に対し、〈開陽〉以下4隻の主砲が放たれる。

 ヴィクトリー級に向かった戦艦クラスのレーザー主砲弾は正確に敵艦を捉え、ヴィクトリー級の表面装甲にダメージを与えるが、第一斉射ではそこまでだった。その御返しとばかりに、ヴィクトリー級から中口径レーザーの雨が見舞われる。遂に敵艦の射程に捉えられたのだ。

 

「右舷第4ブロック被弾!」

 

「巡洋戦艦〈オリオン〉損傷率7割を突破!これ以上の継戦不可!戦線離脱!」

 

「チッ・・・後退しつつ応戦を続けろ!」

 

 徐々に距離を詰められつつある中で、コーディが歯噛みする。

 敵との距離が近くなるということは、即ち敵が発揮できる火力が増えるということだからだ。

 加えて僅か6隻にまで撃ち減らされた敵艦隊といえど、その全てが戦艦クラスであり、相応に堅牢な艦であった。なので無力化するだけでも手負いの『紅き鋼鉄』には少々荷が重く、誰もが長期戦を予想していた。

 

 だが、その戦いは唐突に終わりを迎える。

 

「!?、っ・・・て、敵艦に爆発反応です!」

 

「なに?」

 

『紅き鋼鉄』が放った攻撃が当たった訳でもないのに、〈開陽〉に接近していたヴィクトリー級戦艦の特徴的な大型艦橋が突然爆炎に呑まれる。

 艦橋に甚大なダメージを受けた片方のヴィクトリー級はコントロールを失い、並走していたもう一隻のヴィクトリー級に衝突、両艦とも大破して突入コースから外れていく。

 

 ヴィクトリー級が大破し敵の戦列を離れていくのと同時に、〈開陽〉のレーダーに一隻の艦の姿が捉えられた。

 

「これは・・・アルク級駆逐艦?一体誰の・・・」

 

「アルク級だと!?あんな艦でスターデストロイヤーに対抗できるとは思えんが・・・」

 

 〈開陽〉のレーダー画面に現れたのは、あのヴィクトリー級を下したと思われる所属不明の駆逐艦だった。しかし、そこに表示された艦級―――アルク級駆逐艦は本来武装輸送船を改造した護衛艦程度の能力しかなく、エルメッツァ正規軍やスカーバレル艦にすら劣る性能しかない艦であり、レーダー画面を監視していたこころと事態を把握したコーディの思考を混乱させた。

 

「所属不明艦より通信です!どうされます?」

 

「―――回線を此方に繋いでくれ」

 

「了解です」

 

 程なくして、件のアルク級駆逐艦から通信を求められる。コーディはそれを許可すると、天井のメインパネルを見上げた。

 

 暫くすると、メインパネルに通信相手と思われる一人の若い女性の姿が写し出された。

 

《あー、これで繋がるのかな、メリー》

 

《ええ。機器の調子は万全よ。それと、もう相手方と繋がってるみたいだけど》

 

《うげぇっ、マジで・・・っと、失礼。改めまして、私はこの駆逐艦〈スターライト〉の艦長をしている宇佐美蓮子。えっと、そっちは―――》

 

「俺はコーディだ。生憎だが、艦長は席を外している。今は俺が艦の最高責任者だ」

 

 コーディの通信相手―――蓮子は彼の姿を見てやや困惑した様子であったので、コーディはそれを訝しげに思いつつも自己紹介を済ませる。

 

《ああ、成程。道理で事前情報と違うわけか―――じゃあ早速本題だけど、この子が今、何処に居るか手懸かりはない?》

 

「―――!?」

 

 蓮子が提示したホログラムの写真に映る少女の姿を見て、コーディが絶句する。

 彼女が掲げた写真に写っていた娘は、ヴィダクチオに誘拐されたスカーレット社の令嬢・レミリアだった。

 

「―――貴様、何故その娘を・・・」

 

《おっと、そう邪険に見ないで欲しいなぁ―――こちとらちゃんと話も聞いている訳なんだし。それで、どうなの?それさえ分かればこっちも全力で手を貸せるんだけど》

 

「そうか―――失礼した。その娘なら、今はあの敵旗艦に囚われている」

 

《敵旗艦・・・あのでっかい遺跡船ね》

 

《ほ、本当ですか!?》

 

「な―――メイリン殿!?何故そこに!?」

 

 コーディは更に、蓮子の横から身を乗り出してきた女性の存在に驚かされた。

 その女性は、彼等がレミリアと共に誘拐されたと思っていた女性、メイリンだったからだ。

 

《あ、失礼しました―――。実は私、この方達に助けられまして、今はこうして身を寄せていただいています。それで、お嬢様があの艦に居るというのは本当に―――》

 

「ああ、そうだが・・・」

 

 メイリンの問いに対し、コーディは肯定を以て応えるが、彼はばつが悪そうに言葉の末尾を濁した。

 

《・・・何か、あったのですか・・・?》

 

 コーディの表情から、メイリンは敬愛するレミリアの身に只ならぬ事態が起こっているのだと悟り、青ざめた表情となっていく。

 

「彼女は―――敵の生物兵器を感染させられている」

 

《な――――、そ、それは―――》

 

「・・・これが証拠だ。奴等は躊躇いもなく、我々の前であのような外道の所業を・・・!!」

 

 コーディの言葉に、メイリンは驚愕のあまり丸く眼を見開いた。そんなことが有ってはならない、きっと誤情報の筈だと彼女は内心で必死に彼の言葉を否定するが、コーディが開示した映像データの前に現実を受け入れざるを得なくなる。普段は冷静な彼も、あまりの外道さのあまり、その口調は明らかに怒りを感じさせるものへと変化する。

 彼は続けて、レミリアに注入された生物兵器の無力化までの猶予時間が、24時間しかないことも告げた。

 

《な、なによこの外道―――あいつら、こんな奴等だったなんて―――!!》

 

《酷い・・・何てことを―――》

 

《そ、そんな・・・お嬢様は・・・》

 

 コーディが提示した映像と情報に触れて、蓮子は敵のあまりの外道さに怒りに震え、一時とはいえそんな彼等に手を貸した自分を呪う。彼女の相棒のメリーも、彼等の非道を記録した映像の前に、ショックから口に手を当てて抑えていた。

 

「・・・霊夢達は、レミリア嬢奪還のためあの旗艦に乗り込んでいる。君の仲間―――サクヤも一緒だ。まだ可能性はある。それに、此方の科学班が敵の生物兵器を解析して、試作の抗ウイルス剤の開発に成功した。レミリア嬢の下まで辿り着けば、まだ望みはある」

 

《そう・・・ですか―――ならば・・・蓮子さん!》

 

《言われなくとも。じゃあ、私達もそっちの艦長さんに加勢してくるよ!その間雑魚共の相手は頼んだ!それと情報提供、感謝するよ》

 

 希望の道筋が示されたことで、失意に打ちのめされていたように見えたメイリンは雰囲気を一変させ、蓮子の方へと向き直る。

 蓮子も言われるまでもないとばかりに、彼女の言わんとしていることを悟ると素早く行動に移った。

 

「あ、ああ―――だが敵旗艦の近接火力は強力だ。君達が突入する間は我々が援護しよう」

 

《おおっ、それは有難い!じゃあ私達の背中は任せたよ。メリー、機関最大出力!突っ込むよ!》

 

《了解。ま、こうなるだろうとは思っていたわ》

 

 コーディは素早く頭の中で思考を逡巡させ、彼女達との共同戦線を決意した。先の戦闘からは、彼女達が使うアルク級駆逐艦が著しく改造されたカスタム艦であることを窺わさせたが、所詮は駆逐艦である。並の戦艦を軽く越える巨躯を持つ敵旗艦、リサージェント級がスターデストロイヤーの特性上かなり強力な近接火力を持つことは用意に想像でき、その火力を単独で突破できるとはコーディには思えなかった。なので彼は、彼女達の突入援護を躊躇いなく引き受けると決断した。

 

《そんじゃ、目的が済んだらまた顔を会わせましょう》

 

「ああ。健闘を祈る。それと、艦長に宜しくな」

 

 通信が途切れ、加速していく彼女達の艦を、コーディは敬礼を以て見送った。

 

「・・・話は聞いていたな野郎共!攻撃戦だ!敵旗艦に火力を集中しろ!最大戦速、突撃だ!」

 

「イエッサー!」

 

「了解っ、機関出力最大―――って、私野郎じゃあないんだけどなぁ・・・」

 

「旗艦ネットワークを更新、臨時旗艦〈高天原〉からも作戦行動の変更許諾を確認―――確かに、ここの所帯は女性が多いんですがねぇ」

 

 コーディの号令を受けて、クルー達はそれぞれの持ち場で命令遂行のため動き始める。

 その中で溢されたユウバリの愚痴に、片手間で作業を続けながらミユが苦笑を浮かべながら賛同した。

 

「ま、今は目の前の敵に集中しましょう。二人共、手の速さが落ちていますよ」

 

「はぁい。ま、それもそうか」

 

 二人はその会話を横で聞いていたノエルに制されて、自らの任務に集中する。

 

 

 ヴィダクチオの旗艦に突撃する駆逐艦〈スターライト〉を援護すべく、その瞬間から『紅き鋼鉄』の全火器は敵旗艦、リサージェント級に集中された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ヴィダクチオ自治領軍艦隊旗艦艦内~

 

 

【イメージBGM:東方幻想的音楽より「永遠の巫女」】

 

 

 

 敵艦内に突入した私達だが、そこで敵迎撃部隊の襲撃を受けた。そこまでは想定通りだったんだけど、ここにきて予想外の事態が発生した。

 

「れ、霊夢さん、今のは・・・」

 

 事態の一部始終を見ていた早苗が、恐る恐る問い掛けてくる。

 

 きっと、目の前ので起きたことはなにかの間違いに違いない、そう思いたいのだろう。優しい早苗のことだ、まさか敵兵が"人間爆弾"なんておぞましい物だなんて、想像すらしたくないのだろう。私だって、反吐が出るほど不愉快だ。

 

「人間爆弾―――まさか、あんな禍々しいモノまで用意しているなんて・・・ああ、不愉快だ、実に不愉快―――」

 

 あの野郎は"教祖"なんて名乗ってはいたけど、なにが教祖だ、なにが宗教国家だ―――こんなもの、宗教なんかであってたまるか―――!

 

「―――殺す。殺すわ。アレだけは生かしておけないアレは生きてちゃいけない類のニンゲンだ。絶対に―――殺す―――!」

 

「れ、霊夢、さん・・・?」

 

「か、艦長―――?」

 

 確かに末法じみたこの世界だけど、それでも人として、"絶対に越えてはいけない一線"は有る筈だ。今まで私達が蹴散らしてきた海賊共なんかは、0Gドックのアンリトゥン・ルールなど知ったことかとばかりに暴虐の限りを尽くしていたような連中だったけど、それでもこんなカタチで命をコケにするような奴は居なかった―――だが奴は、それすらも踏みにじった―――!

 

「―――行くわよ。あの外道のドタマをぶち抜いてやるわ」

 

「・・・イエッサー」

 

 少し間を置いて、エコーの返答が聞こえた。いつもの声とは違って、やや覇気がないように感じる、機械的な声だった。

 

「―――艦長、あくまで目的はレミリア嬢の奪還だ。それを忘れるな」

 

「分かっているわ。アレを殺すのはついでよ」

 

「―――結局そこには固執するのだな」

 

 サナダさんが、私に釘を差すように忠告した。

 

 そんなことは、言われなくとも分かっている。

 あくまで目的はレミリア・スカーレットをあの外道の手から取り戻し、ウイルス兵器に犯された彼女に対して治療を施す。その目的は、違えない。

 

 だけど、やはり私はあいつを殺さずにはいられない。"人間"相手に、ここまで殺意を抱いたのは、多分これが初めてだ。今までにも"手遅れの人間"や"敵"を始末してきたことはあれど、一人の人間を殺すことにだけ拘ったのは、やはり今までにはないことだった。それだけ、私はアレの存在を許せないのだろう。

 

 アレを怒りに駆られて叩き斬ったところで何も生まれやしない、とご高説を垂れる輩も居るかもしれないが、やはり世の中には死んだ方がましな、殺すことが人間のためになるような奴もやっぱり居るんだ。私はそんな外道と相対してしまったからにら、怒りのままでも叩き斬った方がいいんだろう。きっと、後悔は、ない―――。

 

「―――霊夢さん」

 

「なに、早苗」

 

 先頭を走る私の後ろから、早苗が私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「上手くは言えませんが・・・気を確かに、持ってください。幾らアレが外道だとしても、その感情に呑まれては・・・駄目です―――」

 

「―――有難う。気を付けておくわ」

 

 ―――早苗の言葉を聞いて、黒一色の私の心に、僅かに白が戻った気がした。

 

 彼女の言葉は、純粋に私の身を案じてくれたものだろう。確かに、早苗の言うことも一理ある。というよりは、一般論としては彼女の方がきっと正しい。本当に、早苗はよくできた子だ―――。

 

 だけど、私が冷静だったとしても、やはり私はアレの頭を割るだろう。アレが生かしてはおけない奴なのも、また事実だ。

 

「・・・部外者の私が言うのも難だけど、確かにさっきまでの貴女、酷い顔をしていたわ。私だって、あいつのしたことは許せない。だけど、その感情に囚われるあまり周りに迷惑をかけては駄目よ」

 

「・・・ご忠告どうも。ほんと、私もまだ未熟ね―――」

 

 遂にサクヤさんからも、忠告を受けてしまった。

 彼女は単純に、まだ少女然とした私に人生の先輩として諭したのかもしれないが、彼女の言っていることは正しい。しかし、こんな状況で周りに気配りができるなんて、彼女もよくできた人だ。彼女自身、主君があの状況では気が気でないでしょうに・・・

 

 

「っ、前方距離50m、敵陣地確認!」

 

「小隊散開!各自自由射撃開始!!」

 

 事前にハッキングで得た情報を元に通路を曲がったところで、敵のバリケードと遭遇する。

 それを確認したエコー以下海兵隊員達は素早く散開し、物陰に身を隠す。私達も同じように、適当な物陰に身を隠した。

 敵の攻撃に合わせて、物陰から海兵隊員達が殺傷モードのレーザー銃で反撃する。

 

「無反動砲隊、目標前方50mの敵陣地!効力射、撃て!」

 

 エコーの号令で、大きな筒を構えた海兵隊員達が廊下中央にシールドで構築した簡易バリケードから身を乗り出して、敵陣地に向かってロケット弾を発射する。

 発射された弾は敵のバリケードの目前で炸裂し、周囲に爆炎が充満する。

 

「―――行くわよ、早苗。覚悟はいい?」

 

「はい―――望むところです」

 

 未だに煙が晴れぬ敵陣地に向かって、私と早苗が飛び出す。私は腰の刀(スークリフ・ブレード)に手をかけて霊力を込め、呪符を掛ける。

 

「私もご一緒します」

 

 先に飛び出した私達に続いて、両手にマシンガンを構えたサクヤさんが敵に向かって飛び出した。一瞬止めようかとも思ったけど、彼女は身体を機械化しているので問題ないと判断し、敵の一部を任せることにした。

 彼女の獲物がナイフでなかったのは、少々意外だった。

 

「覚悟ッ!」

 

 一番槍を切ったのは、黒い空間服を纏った早苗だった。

 彼女は右手の刀で敵兵の手足を飛ばして動きを止め、左手の銃で敵が自爆しないよう焼き払う。

 

「―――目標、捕捉!」

 

 続いて、サクヤさんが両手のマシンガンを敵に向けて撃ち放ち、未だに煙が晴れぬ中対応しきれていない敵兵を制圧していく。

 

「――――――」

 

 私はサクヤさんの銃撃で動きを止めた敵兵を、目についた奴から斬り捨てる。敵兵を斬ると同時に呪符が発動し、敵兵は炎に包まれて焼かれていく。こうして炭にしなければ、また敵兵が自爆してしまう。

 

 じゅわ・・・、と、血肉が焦げる嫌な匂いが鼻についた。

 

「総員、突撃!」

 

「「「イエッサー!!」」」

 

 私達が進路を切り拓くと同時に、エコーの号令に基づいて海兵隊員達が突撃する。

 彼等は敵兵に襲い掛かるや否や、レーザー銃やライフルで敵兵の四肢や頭を飛ばし、エネルギーソードで胴を貫く。最後の止めに、エネルギーバズーカを火炎放射モードにした海兵隊員達が敵兵の遺体を焼き払い、敵陣地の制圧は完了した。

 

「・・・敵陣地、制圧!」

 

「敵、残存兵力―――無し!」

 

「―――良くやった、野郎共。前進を続けるぞ」

 

「「「了解!」」」

 

 敵陣地への攻撃を終えて立ち尽くす私を裏原に、エコー達海兵隊員は軍隊さながらの統率を崩さずに周囲の状況を把握して報告している。―――やはり、ただ力があるだけの私達なんかと比べると、明らかに彼等は"場慣れ"していた―――。

 

「これが、戦場―――」

 

 無意識のうちに、私はそう呟いていた。

 これこそが"戦場"なのだとしたら、今までの白兵戦はお遊戯にも等しい。何度も白兵戦をこなしてきた私達ではあるけど、これまでは武装をパラライサーモードにしていたから、最初から殺す気で戦ったのは、思えば今回が初めてだった。

 

「ああ―――これが本当の"戦場"だ。銃弾が飛び交い、ブリキと血の焦げた匂いが充満する・・・だが、今回は幸いにも仲間を失うことはなかった。それだけでも、感謝しよう」

 

 いつの間にか私の隣に立っていたエコーが、ヘルメットを脱いで語り掛けた。彼の横顔からは、いつもの厳つい軍人然としたものではなく、過去を懐かしむ、一人の古老のような印象を受けた。

 

(そうか、この人は――――)

 

 エコーは、元軍人、それも戦場の最前線を駆け回る兵士だったと聞いている。きっと彼は、この光景を見て、過去に失った仲間達に思いを馳せているのだろう。

 

 

 ―――私には、立ち入ってはいけない世界だ・・・

 

 

 彼は一度、新調した装甲服にもペイントされた右胸の手形模様に手を当てる。そして思い直したように手を離すと、再びヘルメットを被った。

 

「・・・艦長、先を急ごう。あまり時間がない」

 

「ええ―――」

 

 私はエコーと共に、艦内を進む。

 彼が言うとおり、今回は時間に余裕がない。一刻も早く、レミリアを助け出さないと・・・

 

 

 ..............................................

 

 .........................................

 

 ..................................

 

 ...........................

 

 

「艦長、艦橋はここを左に曲がった先だ。そこのエレベーターを確保すれば、この艦のブリッジに出る」

 

「了解」

 

 サナダさんの案内に従って、私達は敵艦内を駆け抜ける。

 既に4、5回は敵の守備隊と交戦してきたが、全て火力に任せて押し通った。時間の余裕はまだある筈だ。

 

 しかし、ここで一つ、気になることがあった。

 

 最初は、敵兵は人間爆弾にされているから死にもの狂いで攻撃してくるのかと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。全員が自発的に突撃し、中には教祖への忠誠の言葉を述べながら自爆してくるような奴もいた。

 

「・・・・ああほんと、不愉快極まりない―――」

 

 ―――それが意味することは、敵兵は"教祖"とやらの邪教によって洗脳じみた状態にあるということ。全員が熱狂的な"信者"と化していた。

 

 ―――やっぱり私は、アレを殺さずにはいられない・・・

 

 敵の非道さを改めて目の当たりにし、より殺意を磨く。

 

 やはりアレは、排除しなければならない。

 

 

「艦長、曲がり角の先に誰か居るぞ」

 

「―――敵?」

 

 先頭を走っていたエコーが、ふいに立ち止まった。

 それに合わせて、私達も立ち止まる。

 エコーが言うには、この先に誰か居るらしい。

 

 ・・・ここは、彼の勘を信じることにしよう。

 

「俺が確認してくる。こんな場所だ。十中八九、敵兵だろうが―――」

 

 エコーは曲がり角の影からこっそりと身を乗り出し、確認もそこそこに人が居るであろう場所に発煙筒を投げ込んだ。

 

「ぐ、ぐええっ、ちょっと、何よこれ!」

 

「っ、蓮子、早く空気清浄機を――」

 

「なんの・・・この程度―――お二人は下がって!」

 

 ―――煙の先から聞こえてきたのは、今までの敵兵とは違う、女の声だった。その声の一つには、聞き覚えがあるような―――

 

「・・・待て、こいつら、敵兵じゃないな?誰だ!?」

 

「はぁ?あんた―――いきなりあんなモノ投げ込んでおいて、誰だは無いでしょう!」

 

 どうやら、先行したエコーと謎の人達の間で、口論になっているらしい。

 

「・・・私達も行きましょう」

 

「―――はい」

 

 私達も、曲がり角から出て、エコーの後ろに出る。

 

 既に煙が晴れつつある廊下の先には、エコーと向かい合う形で三人の女の人が立っていた。そのうち一人は、明らかに見知った顔で―――

 

「め、メイリンさん!?」

 

「あ、霊夢さん―――ど、どうも」

 

 三人のうち一人は、レミリアと共に誘拐されたと思っていたメイリンさんだった。

 

「どうも、じゃないわよ!あんた、一体どうやって「メイリンっ!」」

 

「えっ、あ・・・ぐぇっ!」

 

 ―――私の言葉もままならないうちに、メイリンさんの姿を認めたサクヤさんが彼女に飛び込む。メイリンさんには不意討ちとなったのか、彼女は飛び込まれた衝撃で後ろに向かって倒れ込み、呻き声を上げた。

 

「ああ、良かった―――無事だったんですね―――」

 

「まぁ・・・はい。迷惑を掛けました。申し訳ありません・・・」

 

 二人は再会の喜びを分け合っているのか、お互い抱き締めたまま言葉を交わし合う。

 

 ―――そこの二人は置いといて、問題は初対面のこいつらね・・・。

 

 メイリンさんと違って初めて会うこの二人は、一人は短めの黒髪に鍔広の黒帽子を被った女で、ちょっと胡散臭い感じを受ける。もう一人は金髪で紫色の服装に身を包んでおり、その姿はまるで―――

 

「―――紫?」

 

「ゆかり?誰それ」

 

「え、ああ・・・御免なさい、人違いだったわ。それよりも、貴女達は―――」

 

「ああ、ゴメンゴメン、自己紹介が遅れたね。私は蓮子、そしてこっちがメリー。しがないトレジャーハンターよ」

 

 私の声に反応して、初対面の女の人―――蓮子さんが挨拶した。紫に似た女の人―――メリーさんも頭を下げる。

 

「霊夢さん、あの人―――」

 

「―――多分、別人よ。ほら、あまり胡散臭い感じはしないし」

 

「ああ、言われてみれば・・・」

 

 私の後ろから、早苗が小声で話し掛けた。

 あのメリーさんって人、確かに装いは紫に似ているけど、アイツが撒き散らしていた胡散臭さは感じない。寧ろ、素直そうな印象を受けた。

 

 ―――彼女も、ただの別人だろう。

 

「あんたが『紅き鋼鉄』の艦長さんね。話はメイリンから聞いているわ」

 

「それはどうも。手間が省けるわ。一応名乗っておくけど、私は博麗霊夢。で、あんたは味方って認識でいいのかしら」

 

「まぁ、その認識で構わないよ。多分目的は一緒だろうし」

 

「―――目的?」

 

「ああ。そこのお二人さんの、お嬢様の救出さ」

 

 どうやらこの二人も、メイリンさん辺りから話を聞いて駆けつけてきた0Gドックのようだ。多分、メイリンさんを助けたのも彼女達なのだろう。

 

「そういう訳だから、これから宜しくね。時間、あまり無いんでしょ?」

 

 蓮子さんが、今までとは違って真剣な表情で言った。

 

 そうだ―――彼女を助けるにはあまり時間に余裕がない。まだタイムリミットまでは間があるが、治療するなら一刻も早く助け出さなければ。

 

「―――ここに来る前、あんたの仲間から話は聞いているよ。とにかく今は、ご令嬢さんを助けないとね」

 

「仲間―――ああ、外で艦隊を任せたコーディ達ね。事情を把握しているのなら話が早いわ。じゃあ、先を急ぎましょう。彼女はこの先に囚われている筈よ」

 

「承知した!ま、お互い聞きたいこともあるだろうけど、今は急がないとね。それじゃあメリー、この人達と一緒に行くよ!」

 

「了解」

 

 会話を打ちきった蓮子さんに続いて、メリーさんが駆け出す。彼女達は、真っ直ぐこの先のエレベーターシャフトに向かっていった。

 

「―――私達も行きましょう」

 

「はいっ、霊夢さん」

 

「イエッサー」

 

 私達も、真っ直ぐエレベーターに向かって走る。

 

 

 "教祖"との対面も、間近にまで迫っていた―――

 

 

 

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  • 百合

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