夢幻航路   作:旭日提督

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今回は新キャラが出ます。
本来この話は一話に纏める予定でしたが、長くなりすぎたので分割しました。なので久し振りに一万字を割ってます(当社比約1000字の減ですw)


第七二話 脱出への算段

 

「・・・ふぅ。とりあえず、これで応急措置は完了、といったところかしら」

 

「はい。やっぱり、霊夢さんは凄いですね。まさかこんな方法を思い付くなんて」

 

「ふふっ、これぐらい"元"博麗の巫女になら出来て当たり前よ。―――まぁ、褒めたかったらもっと褒めてくれてもいいのよ?」

 

「はい!流石は霊夢さんです!私の可愛い艦長です!」

 

 ・・・復活したデッドゲートを通ってこの宙域―――事象揺動宙域に入ってしまった霊夢達だったが、この宙域に彼女達が来てから約18時間が経過した現在では、霊夢の機転により「存在の拡散」―――即ち消滅という最悪の事態は回避することに成功していた。

 

 霊夢は敵旗艦、リサージェント級より〈開陽〉に帰艦してすぐに、4隻の駆逐艦を艦隊の最外縁部に、正方形の陣を描くように配置させた。この陣を敷くに当たって、担当の駆逐艦群には結界陣の一部とするための御札が海兵隊員によって運ばれて、艦橋部に貼り付けられていた。彼女は、結界によって艦隊の消滅を防いだのである。

 

 ―――彼女が試みたことは、簡潔に言えば、"結界の内外で空間の性質を反転させる"、というものであった。

 

 4隻の駆逐艦によって作られた正方形の結界陣の内側は、事象揺動宙域の"あらゆる存在が不安定となり、消滅する"という性質を反転させられ、"存在が確定"した状態となる。即ち、通常空間と同様の空間を擬似的に再現させられていた。

 

 しかし、結界とはいっても艦船一隻が数百メートル~一キロ以上もする規模の艦が集まった艦隊全体に対して敷かれたものである。空間の規模でいえば、霊夢がかつて過ごしていた幻想郷に匹敵するほどのものであり、それだけの規模を持つ空間に結界を張るというだけでも相当な労力が必要だ。事実、早苗に対しては自慢気な態度でいた霊夢ではあるが、その額には汗が浮かんでいた。

 

 さらに付け加えていえば、結界の維持に必要な霊力こそ〈開陽〉の主機関、インフラトン・インヴァイダーから生み出されるエネルギーを機関室に張られた特殊な札を通して霊的エネルギーに換算されて充てられているが、その霊力の制御は全て霊夢が一手に握っているのだ。なので、彼女の身体が持つうちにこの空間から出なければ結界が消失し、艦隊は再び消滅の危機に晒されてしまうことになってしまうだろう。

 

 本当に、彼女の策は"応急措置"程度のものでしかなかった。

 

 

「・・・ふむ。やはり艦長の策とはこのようなものだったか。いやはや、艦長が我々とは異なる概念の存在であったお陰で助かったな」

 

 〈開陽〉の自然ドーム内にある博麗神社で結界陣の構築を行っていた二人の下へ、艦隊の科学班長であるサナダが訪れる。

 

「あ、サナダさん―――」

 

「・・・サナダさんか。何か、解決の糸口になるようなことは見つかったの?」

 

 この男の来訪で脱出への期待を高めた二人であったが、サナダの曇った表示を見て、どうやら自分達の期待通りの結果は出ていそうにもないと悟る。

 

「・・・あの二人とこの空間からの脱出方法について色々と議論はしているのだが、やはりどうしても概念論だけに留まってしまう。事象揺動宙域自体、宙域の特性から今まで一度たりとも"生還した"人間がいない謎の宙域だ。具体的な方法論ともなれば、流石の私もそう楽にはいかなくてな・・・」

 

 サナダは〈開陽〉に帰艦したときから、同伴者の二人、0Gドックの蓮子とメリーの協力を得て事象揺動宙域についての調査と脱出方法の議論を行っていたのだが、ここでやはり事象揺動宙域という特殊な環境自体が事態の解決への阻害要因となっていた。

 蓮子とメリーの二人は0Gドックでありながら、同時に事象揺動宙域に比較的詳しい研究者でもあったことがサナダにとっては幸いだったが、事態が一向に好転しない現在では、いくら事象揺動宙域に詳しかろうと彼等は無力な存在でしかなかった。

 

「―――他のマッド連中はどうなのよ?ほら、・・・例えばシオンさんとか、ユウバリさんとか・・・にとりだって居るでしょ?彼女達は―――」

 

「・・・いや、彼女達にしてみれば、事象揺動宙域のことなど完全に専門外だ。一応な、この宙域を"確定"させられることが出来れば脱出できるだろうという結論は出ているんだが、肝心の方法が無くてなぁ」

 

 サナダは愚痴るように、現状の進展のなさについて霊夢に伝える。同じマッド仲間でもにとりやユウバリはそもそも専門は機械工学である。専攻が違うのだ。サナダも主に専攻は彼女達と同じ機械工学であり、他分野についてはあくまで齧った程度の知識しか持ち合わせていない(と、本人は主張している)。唯一、艦隊のマッドではシオンが宇宙論についてそれなりに詳しく、今回のような事態にもしかしたら使えるかもしれない「十六次元観測砲」なる装置を考案していたのだが、それすら現時点の科学では机上の空論―――ようは中二病ノートに書かれた超兵器のような存在でしかなかった。

 

 ・・・つまり、『紅き鋼鉄』が誇る最凶のマッド集団といえど、前人未到の謎の空間の前には完全な敗北を喫していた。

 

「成程ね。そっちの状態は理解したわ。・・・脱出方法についても、私も色々考えてみるから」

 

「済まない。我々ともあろうものが、艦隊の力になれないとは・・・」

 

「いや、そんなに気にしなくていいわよ。幾らなんでも、今回みたいな事案の前には誰だってそうなるだろうし」

 

「・・・そうじゃないんだ、艦隊最凶たる我々の頭脳を持ってしても打開策を掴めないことが悔しくてな・・・本当に済まない」

 

「ああ、そういうこと―――あんたらにも矜持ってやつがあるのね」

 

「む・・・我々とて、矜持はある。今回こそ事態の改善に寄与できるかどうかは怪しいが、今後は今まで通り活躍させてもらうさ。そして今回の事態に関しても、我々が諦めるつもりはない。吉報を待っていてくれ」

 

「―――分かったわ。期待しないで待ってるわね」

 

「・・・そこは世辞でも期待してると言うもんじゃないかね」

 

「あんたらに世辞なんて要らないでしょ?ほらほら、行った行った。こっちはこっちで色々考えておくから」

 

「むぅ―――」

 

 霊夢とのやり取りを終えて、サナダは微妙な表情を浮かべたまま神社の境内を出て参道を下っていく。

 

「さて、まず何から始めましょうかねぇ・・・」

 

「そうですね・・・まずは現状の整理から始めませんか?この空間の特性についても、一度見直してみることで何か見えてくる物事があるかもしれませんし」

 

「そうねぇ。・・・じゃあ、早苗の言うとおり、そこから始めましょう」

 

「はい!・・・それと霊夢さん?いくらサナダさんが変態マッドサイエンティストだからって、あんまり邪険にしすぎるのは駄目ですよ?あの人達だって、艦隊のために頑張ってくれてるんですから。トップたるもの、労うことも大切です」

 

「うっ・・・そう言われるときついわね―――まぁ、アイツらはいつもいつも好き勝手して財政を逼迫させてるんだし、それで帳消しってことで・・・」

 

「むーっ、それでは駄目ですよ!やっぱり科学者はロマンを追い求めてくれないと主に私が困ります!あんなものやこんなものを造ってもらう計画が・・・ぐへへっ」

 

(あ、コイツ駄目だ・・・マッドに毒されているわ・・・)

 

 ・・・多少の脱線はあるものの、霊夢と早苗は、事象揺動宙域からの脱出のため神社で作戦会議を続けていった―――

 

 

 

 ~数時間後~

 

 

 

 

「あー、やっぱり駄目かぁ・・・とてもじゃないけど、こんだけの広さの空間を確定なんて、どうやっても出来ないわよ」

 

「う~ん、そもそも、"確定"の方法すら思い付きません」

 

(ううっ、これじゃあサナダさん達を馬鹿にできたものじゃないわね・・・本当に手詰まりだ・・・)

 

 サナダと別れてから数時間、霊夢と早苗はひたすら事象揺動宙域からの脱出方法について思案していたのだが、サナダが語ったように、彼女達も一向に解決策を見出だせないでいた。

 

 彼女達は、主に自分達の得意分野である「結界」というアプローチから解決策を探ってみていたのだが、そもそも事象揺動宙域という空間があまりに広大なことに加えて、その大きさすら分からない(そして恐らく、事象揺動宙域の性質からして広さすら一定ではない)という現実の前に手詰まり状態に陥っていた。

 

 理論上なら、いま艦隊がある空間に展開している結界(確定と拡散の境界)を宙域全体にまで広げれば空間が"確定"した状態になるのではないか、という話にはなったのだが、この広大な空間に結界を貼るなど、恐らく八雲や彼女と協力して博麗大結界を張った初代博麗の巫女ですら不可能である、という結論に達してあえなくお流れとなっていた。(そもそも、結界内の性質を反転させることが出来ているのは"外の世界"、即ち事象揺動宙域が不安定な状態だからこそ"反転"させることが出来ているのであり、肝心の外の世界が消えてしまうとこの結界も意味を失う)

 

「はぁ・・・本当、どうしろっていうのよ・・・」

 

 最早打つ手なし、と諦観の境地に至ったことを示すように、霊夢から溜め息が漏れる。

 

「ううっ、お力になれなくてごめんなさい・・・」

 

「いいのよ、早苗―――だけど、あんまり時間の猶予もないわね・・・このままだと、持って十日、といったところかしら」

 

 十日・・・それは、霊夢が"確定と拡散の境界"を維持できるリミットを表している。その期間内に脱出方法を見つけ出し、そしてそれを実行しなければならない。しかも結界そのものは絶えず事象揺動宙域に晒されているので、幾ら"性質を反転させる結界"といえど、結界そのものが事象揺動の対象とならないとは限らない。結界自体が"ゆらいで"しまえば、それだけリミットは短くなるの。事実、霊夢は結界の強度を一定に保っているつもりなのだが、この短い時間内でも何度が"結界の強度が揺らいだ"ことを感じていた。

 

「確定、確定かぁ・・・霊夢さん、ここは一度、"確定"という要素を外して考えてみてはどうですか?」

 

「はぁ?それってようは"振り出しに戻れ"ってことでしょ?こんな状況で一から考えてなんていたら・・・」

 

 霊夢は、何を言っているんだ、という眼差しでそんな提案をした早苗に視線を向けたが、早苗は霊夢の言葉に流されることなく持論を述べる。

 

「"こんな状況だからこそ"ですよ!なまじ理論が提示されてしまっているがために、私達はそれにとらわれてしまっているんじゃないですか?でも、このまま理論に沿って考えていても何か妙案が浮かび上がるとは思えません。だからこそ、一度フラットな状態に戻して、別の理論がないか探してみるんですよ」

 

「別の理論、か・・・」

 

 霊夢は早苗の提案を聞いて頷きながら、それが果たして妥当かどうか、真剣に吟味する。

 

(今ある理論を捨てるのは惜しいけど、確かに早苗の言うとおり、このまま進んでも良い案が出る兆候はない・・・だったら、提案通り別の理論を探ってみるのが筋か―――)

 

「確かに、あんたの言うことも一理あるわね―――よし、一度それでやってみましょう」

 

「はいっ!」

 

 考察の結果、霊夢は早苗の意見を採用することにした。これで一度、議論は振り出しに戻った訳であるが―――

 

「で、別の理論って何?」

 

 がくっ。

 

 霊夢の台詞を聞いた早苗は、そんな擬音が似合うような態度で項垂れた。

 

「だ・か・ら・!それをいまから考えるんですよぉ~」

 

「なんだ。あんたに何か考えがあるのかと思ったんだけど、違うのね」

 

「いや、一応考えはありますけど―――」

 

 呆れたような霊夢の態度に、早苗は"こっちの方が呆れますよぅ・・・"と言いたげに細々とした声でそう愚痴る。

 

 だがそれを反論と受け取ったのか、早苗のか細い愚痴に霊夢は瞬時に反応した。

 

「えっ、あるの!?あるんなら聞かせなさいよ!」

 

「ちょっと、ま、待って下さい霊夢さん!は、話しますからいきなり胸ぐらを引っ張るのは―――」

 

 考えはある、という早苗の言葉に反応した霊夢は期待のあまりか、彼女に詰め寄ってぐいぐいと胸ぐらを引っ張る。引っ張られた早苗は何とかそれを止めさせて、説明を始めた。

 

「あ、ゴメン―――で、その考えってのは?」

 

「はい。そのですね・・・宙域全体を確定させるんじゃなくて、直接脱出してしまえば良いんじゃないかと思いまして―――」

 

「・・・それ、一番に試したやつでしょ」

 

 期待に満ちていた霊夢の眼差しは、みるみるうちに曇っていった。

 それもそのはず、早苗が提案した方法は、既に試されていたことだからだ。

 この宙域に入り込んでしまってからまだ時間が経たないうちに、ヴァランタインがやったようにワープで宙域を脱出しよう、という流れに当然なったのだが、肝心の座標計算が全くできず、あまつさえ艦隊全体で距離にして1光時へのランダムワープを行っても、また事象揺動宙域内に出るだけという結果が得られていた。(ついでにランダムワープ中に宙域内の距離がゆらいだためか、纏まってワープした筈の艦隊を構成する艦の距離が微妙に離れ、再集結に一時間程度を要していた)

 

 そんな結果が得られた方法をこの期に及んでまた提案するのだから、霊夢の反応は当然といえた。だが、早苗はそれとは違うとばかりに慌てて言葉を続けて説明する。

 

「れ、霊夢さん!それとは違います!直接脱出するとはいってもちゃんと違うアプローチですから!」

 

「―――聞かせなさい」

 

 早苗の釈明を聞いて、霊夢の雰囲気が一変する。諦観の眼差しから、真剣な表情へと変化した。

 

「え・・・あっ、はい!―――あのですね、艦隊が存在する空間ごと、概念的に外の宙域と遮断して、そこから空間を転移させれば上手くいくかな、って―――駄目ですか?」

 

 説明を終えた早苗は恐る恐る、自案の是非を霊夢に尋ねる。もしかして、今度も駄目出しされちゃうかなぁ、という懸念を彼女は抱いていたのだが、暫く経ってから出た霊夢の反応は、彼女の予想とは正反対のものだった。

 

「―――それよ!それだわ!」

 

「へ?」

 

「その案でいくわよ!早苗、今すぐ準備に取りかかるわよ!」

 

「準備って・・・でも、どうやって―――」

 

 脱出案の詳細な議論すらすっ飛ばして、いきなり準備だと騒ぐ霊夢の姿勢に早苗は戸惑いを隠せなかったが、霊夢は自信満々に早苗に対して指摘した。

 

「あんた、幻想郷に来たとき"外の世界から神社ごと"転移してきたでしょ。それをこの艦隊でやるわよ!」

 

「あ、そうか・・・・その手がありましたね霊夢さん!―――あっ、だけど私、今は力が―――」

 

 霊夢の指摘を受けた直後はぽかんと佇んでいた早苗だが、次第に霊夢の言わんとしていることを理解して、一筋の光明が見えたとばかりに立ち上がる。が、彼女はあることを思い出して急に萎むようにへたれ込んだ。

 

 ―――今の早苗には、信仰がなかった。

 

 かつて"外の世界"で過ごしていた頃の早苗には、二柱と合わせて一度の転移は可能にできるだけの力があったのだが、建前上ただの艦載AIに過ぎない今の早苗に信仰など集まる訳もなく、霊的な方面の力で今の彼女は幻想郷にいた頃はおろか、外の世界にいた頃よりも劣っていた。

 これでは霊夢さんの期待に応えられない・・・そんな思いが早苗を支配しかけたそのとき、思わぬ助け船が出された。

 

「なに勝手に垂れ込んでんのよ。"力が無い"なら、"余所から持って来ればいい"だけ。そうでしょう―――?」

 

「へっ?」

 

 霊夢の言葉に、早苗は頭を上げる。が、肝心の霊夢は早苗でない誰かに尋ねるように虚空を睨むように見つめていた。

 

「そろそろ、出てきたらどうなの?」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

「そろそろ、出てきたらどうなの?"八坂と洩矢"」

 

 

 

【イメージBGM:夢違科学世紀より「童祭」】

 

 

 

「あらら、気づかれちゃってたみたいだねぇ」

 

「・・・いつから我等に気付いていた?博麗霊夢」

 

 

 うっすらと空気がぼやけた霊夢の視線の先から、二つの人形の影が現れる。

 

 その人影の正体は、守矢神社の祭神、"八坂神奈子"と"洩矢諏訪子"の二柱だった―――

 

「れ、霊夢さん!?一体いつから気付いていたんですか!?」

 

「いつから、ねぇ・・・早苗がいるって分かってからなんとなく、かな?これが居るなら、オマケのこいつらも付いてくるだろうと思ってね」

 

「オマケとはまた、酷い言い方じゃないか。博麗霊夢」

 

 洩矢諏訪子が、霊夢の「オマケ」という語に対して抗議する。寧ろ早苗に祀られている自分達の方が本来上位なのだから、当然の反応だ。

 

 さて、何故この艦隊にこの二柱の姿があるのか、という点ではあるが・・・それは、少し前まで遡ることになる。

 

 艦載AI、サナエに東風谷早苗の魂魄が宿ってしまっていることは既知ではあるが、その早苗が艦隊に加護があるようにと〈開陽〉の自然ドームに守矢神社の分社を作ったことによって、この二柱は艦隊に現界することができたのだ。早苗は当初、武運も司る八坂神奈子をこの"艦内神社"の主神としようと目論んでいたのだが、「やっぱり御二柱(おふたり)が揃ってこそです!」という結論に達したため、諏訪子も祀られることになった。

 

 しかし、早苗と同じように艦隊で信仰が得られている訳でもない二柱は力が弱いのか、その姿は霊夢の目には霞んで見えた。

 

「全くだ。この艦隊の今までの武勲、一体誰が支えてきたと思っている?」

 

「むー!そうですよ霊夢さん!神奈子様は今までこの艦隊に武運を与えてくださっていたのですから、幾ら霊夢さんといえどそこは感謝して貰わないと困ります!」

 

 諏訪子に続いて、神奈子も霊夢の台詞に苦言を呈した。いつもは霊夢さんラヴな早苗ではあるが、今回ばかりは流石に敬愛する二柱の味方だった。

 だが霊夢には、そんなことよりも神奈子と早苗の台詞から導き出される、ある可能性の方が気がかりだった。

 

「へ?それって、まさか―――」

 

「―――お前の思った通りだよ、博麗霊夢。そもそも、敵艦艇との性能差が縮んでもこれだけ損害を押さえられた理由、この艦隊の士気と練度はあるにしても、決してそれだけではないぞ」

 

「―――やっぱり、あんたの加護があったのね・・・幾ら私のクルーが優秀でも、流石にあのヴィダクチオの主力艦隊と当たってあの損害は小さすぎると感じていたし―――それについては礼を言うわ。あんたの加護で、私のクルーの命が何個かは救われているでしょうからね」

 

 ―――早苗が建てた艦内神社は、確かに効果があったのだ。神奈子の台詞は、直々に自分がこの艦隊―――『紅き鋼鉄』に武運をもたらしたことを自白するものであることは、霊夢には容易に察せられた。なので彼女は、素直に神奈子に礼を述べる。

 

「やけに素直だな・・・いや、ここに来て少しは責任と礼節を弁えたか。うむ。可愛い風祝の頼みとあっては断れんからな。今後とも、宜しく頼むぞ」

 

「この巫女、だいぶ丸くなったなぁ。ま、あれだけの人間の上に立つようになったんだ。少しは成長したっけことなんだろうね」

 

 武運を司る神奈子の加護が、少なからず艦隊の武運に影響していた―――この事実を知った霊夢の対応は、前世の彼女を知る二柱からすると予想以上に素直なものだった。だが霊夢とて今は一艦隊の長である。彼女のお陰で部下の命が少なからず繋がれているのだとしたら、長として礼を述べない訳にはいかない―――その程度の礼節は、当然霊夢も弁えていた。

 

「ええ―――さて、話を戻すけど、さっきの所はどうなのよ?今の早苗に力はなくても、力さえ渡せばまた昔みたいに能力を行使できるんじゃないかって点。まだ早苗にも、力を扱う技術ならあるんでしょ?」

 

 霊夢は諏訪子の愚痴を無視して、もう一柱の神、神奈子に尋ねる。

 

「―――確かに、その通りだ。早苗に力は残されていないが、我等の力を使う能力は残っている。お前の言う通り、早苗にもう一度力を与えてやれば、転移の一度や二度など吝かではない」

 

 神奈子は、霊夢の推論をそのまま全て肯定する。だが、彼女に釘を刺すように言葉を続けた。

 

「如何にして早苗の力を取り戻す?話は聞いたが、生憎ここは前世もかくやという規模の科学世紀だ。十日程度で集まる信仰など、たかが知れていると思うがな」

 

 神奈子が指摘した通り、この世界はかつての"外の世界"などの比ではない程に科学が発達している。そんな中で神の信仰を取り戻すことは決して容易な道ではない。加えて元々この世界にあった信仰もあり(アッドゥーラ教に代表される宗教や航海者の間に伝わる迷信、宗教的価値観などがそれにあたる)、肝心の風祝たる早苗は建前上AIなため、布教活動など始めようものならコントロールユニットと義体の開発者であるサナダに隅から隅まで調べられかねない。そんな事情があるために、"信仰を取り戻して力も取り戻す"という方法は取れないのだ。

 

「それに、早苗自身に信仰が集まってる訳じゃ無いみたいだしねぇ・・・ファンクラブならありそうだけどさ」

 

 なにせ自慢の風祝だからねぇ、と続けた諏訪子に霊夢は内心で(親馬鹿か、こいつ・・・)と思ったが、それは隅に置きながら、彼女は神奈子と話を続けた。

 

「まぁ私も、早苗の信仰を取り戻そうなんて考えてないわ」

 

「だったら、どうやって早苗の力を―――」

 

「足りないなら、ある場所から持って来ればいいだけでしょ?ようは私から早苗に力を渡せばいい話じゃない」

 

 霊夢の言葉を、二柱は面食らったような表情で聞いていた。てっきり早苗の力を取り戻して転移を実行するものだと、彼女達は考えていたからだ。

 

「なるほど、霊力供給か―――確かにそれなら一時的にではあるが、容易に力を戻すことができるな」

 

「あの―――神奈子様?」

 

 神奈子が霊夢の提案について考えていた横から?早苗が恐る恐る申し出る。

 

「つかぬことをお聞きしますが、あの・・・霊力供給とは―――」

 

「ああ、そのことか。それはだな―――」

 

「名前通り、他人から霊力を受け渡してもらうことさ。今の早苗に力はないけど、憎たらしいことにこの巫女は力が有り余っているみたいだしさ、その力を分けてもらって転移術に使おうって話なんだ」

 

 早苗に説明しようとした神奈子の横から、彼女に変わって諏訪子が霊力供給について早苗に説明する。

 諏訪子に乱入された神奈子は一瞬不機嫌な顔を浮かべたが、この土着神との確執など万年来のものであり、取るに足らないことと彼女は思うことにした。

 

「そういう事ですか!なら今すぐ始めましょう!」

 

「―――だがな・・・いや、何でもない」

 

「うん・・・ああ、そうだねぇ。あはは・・・」

 

 霊夢の提案の有効性を認めつつも、何故か二柱は神妙な顔つきで渋っているように見受けられた。

 そんな謎の態度を取る二柱を疑問に感じて、早苗は提案者である霊夢に視線を合わせた。

 

「―――あの、霊夢さん?」

 

「今は緊急事態なんだから仕方ないだけ・・・早苗に、――を許す訳じゃあ・・・」

 

 だが肝心の霊夢も、うっすらと頬を紅潮させながら自分に言い聞かせるようにぶつぶつと小言を呟くのみで、早苗に目を合わせようとはしなかった。

 

「と、とにかく・・・善は急げよ!早苗、ちょっとこっちに来なさい!」

 

「え?あ・・・はい!」

 

 一転して、決心したように強気で命令する霊夢に内心で疑問を覚えながら、早苗は大人しく彼女について神社の奥へと消えていった。

 

「そこの二人!絶――――対覗くんじゃないわよ!!」

 

「・・・ああ。お前が変な気を起こさなければな―――これは早苗を消滅から救うためであって、決してお前を認めた訳ではないぞ」

 

「これで、ようやく早苗もオトナに・・・いや、女同士だから違うのか?まぁ・・・あの巫女も初心な癖に頑張るねぇ―――」

 

(霊夢さん、なんであんなに顔を赤くしていたんでしょうか?それに御二柱の反応・・・う~ん、早苗にはやっぱり分かりません・・・けど、この艦隊を救うためなら不肖東風谷早苗、如何なる運命でも受け入れる覚悟です!)

 

 霊夢と一緒に神社の奥へ行く直前、霊夢と神奈子、諏訪子の三人が交わしていたやり取りの意味がやはり分からず困惑していた早苗だが、これでやっと艦隊を消滅の危機から救うことができるのだと思い、心機一転、事象揺動宙域脱出のために頑張ろうと心に誓うのであった。

 




はい、御両神登場です(笑)

早苗さんが分社を建てた時点で察した方もいたかと思いますが、ようやく登場させることができました。久し振りの東方キャラ御本人です!(他はよく似た別人なので)

神奈子様と諏訪子様の話し方については少々想像しにくい部分があったので、特に諏訪子様はふし幻の諏訪子を参考にしています。(声もそのままのイメージですw)神奈子様はできるだけ威厳を全面に出した感じをイメージしています。声のイメージはふし幻よりやや低めで。(ついでに早苗さんもふし幻よりちょっと低めの声でイメージしています。特に戦闘時)

神奈子の加護についてですが、彼女は言及された通り艦隊では信仰が得られてないのでそこまで強くはないですが、勝ち戦の損害を減らせる程度には力を持っているという設定です。流石に敗けを勝ちに変えるような力はありません。

最後の霊夢ちゃん達の反応ですが・・・"霊力供給"というワードで察して下さい(笑)

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