夢幻航路   作:旭日提督

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第七三話 二重結界

 

 

 

 

「あの・・・霊夢さん?」

 

霊夢さんについてきなさい、と言われて私は一緒に神社の奥まできたのですが、霊夢さんは無言のまま、ただ歩いているだけです。

 

先程は私に力を移す、というようなことを言っていた霊夢さんですが、一体それはいつ始まるのでしょうか?

 

「・・・何よ」

 

「いえ、その―――私はこれから何をすればいいのかと思いまして・・・」

 

そこで、霊夢さんの足が止まります。

 

霊夢さんは無言で私を一瞥したあと、すぐに顔を逸らして目の前の障子を開いて、部屋の中へと入っていきました。相変わらず、霊夢さんの顔は少し赤くなったままです。

 

そもそも私、霊力供給の方法も聞いてないんですけど、ちゃんと教えてくれるのでしょうか?霊夢さんの様子がさっきから変なので、ちょっと不安になってしまいます。

 

「―――これだけ奥なら大丈夫か・・・」

 

部屋の真ん中あたりまで進んだ霊夢さんは、また立ち止まってそう言いました。

 

私はそーっと部屋に入って、物音を立てないようにゆっくり障子を閉めます。すると、何故か部屋に結界が張られてしまいました。

 

「・・・結界?」

 

「―――あまり、外野には見られたくないからね」

 

霊夢さんは振り返って私にそう言いました。その台詞からすると、この結界を張ったのは霊夢さんみたいですが、何故結界が必要になるんでしょうか?

 

「さて―――まずは霊力供給の前に、作戦の手順を教えるわよ」

 

「え―――は、はい!」

 

私に座るように促した霊夢さんは、私が畳の上に座ったのを確認すると自分も座って、真剣な表情になりました。霊夢さんの態度の変わりようからこれから真面目な話が始まるのだと思い、つい身体に力が入ってしまいます。

 

「―――っとその前に、さっき、私はあんたの転移術で艦隊を外に出すって言ったでしょう。まずそこで確認したいことがあるんだけど、あんたの転移術で本当に艦隊を元の世界に帰せる?」

 

「はい―――そこは大丈夫です。基本的に私が念じれば、転移先が本当に存在する場所ならあとは術式がそこまで運んでくれます」

 

「なら大丈夫か。もし失敗してまた事象揺動宙域の中なんてことになったら堪らないからね。安心したわ」

 

「あ、有難うございます?」

 

霊夢さんは、どうやら私の奇跡が本当に使えるものなのか、気になっていたみたいでした。私は霊夢さんに転移術の詳細を教えたことはありませんから、言い出しっぺの霊夢さんはそこが不安だったみたいです。隔離された一種の別世界にも飛べることは私達が幻想郷に行けたことで確認されていますし、この宙域から元の世界に戻ることだって理論上はできる筈です。

 

「よし・・・これで懸念材料は無くなったわね。じゃあ早苗、今から手順を説明するわよ。まず、今この艦隊に張っている結界だけど、これは結界の内と外で空間の性質を反転させるものだってことは教えたよね」

 

「はい。これは博麗大結界を模したものだって霊夢さんは言ってましたけど―――」

 

「そうよ。この結界は、外界と結界の中で"理"を反転させる。外の世界が"揺らいでいる"のが常識なら、結界の内側では空間が"確定している"のが常識―――空間の理になる。だから私達はこの宙域でも、存在が拡散することなく生きていられる」

 

「―――でも、結界を維持している霊夢さんの力が尽きたら、その効果も失われる、ですよね。だからこそ、私の転移術で艦隊を元の世界に戻さなければならない―――」

 

「そうよ。分かってるじゃない。だけど肝心のあんたには力がない。だから、まずはあんたの力を一時的にでも取り戻す必要がある。そのための霊力供給よ」

 

・・・なるほど。整理してみると大体理解できました。

つまり、艦隊を救うには私の力が鍵という訳ですね!これは失敗は許されません。気が引き締まる思いです。ところで霊夢さんは、何故未だに顔を赤くしているのでしょうか。

 

―――そんなことを考えていると、私はある可能性に行き当たってしまいました。

 

「あの・・・霊夢さん?もしかして、その霊力供給の方法って・・・」

 

霊夢さんがあんなに顔を赤くしている理由、それはもしかして、霊力供給の方法が―――

 

そんな考えを裏付けるように、方法の説明を始めた霊夢さんの顔はますます赤くなっていきます。

 

「っ、――い、いい早苗?よく聞きなさいよ――?」

 

私は黙って、霊夢さんの説明を待ちます。顔を真っ赤にしている霊夢さんが抱きたいくらい可愛いなんて、微塵も考えていません。ええ。だって、今は真面目な場面ですからね。

 

「その、ね・・・霊力供給の方法は――――だ、唾液か血液とかの、体液を、交換して――――血には、ちからがよく溶けるから・・・」

 

ほうほう、ふむふむ。体液の交換ですか。霊夢さんの話では、力を持つものの体液には霊力や妖力が溶けているので、霊力を与えたい相手に自分の体液を飲ませてやればいいらしいです。そしてその体液は唾液や血液ということですが・・・唾液、唾液の交換―――ふむ、それは―――

 

「つまりそれは、合法的に霊夢さんと接吻(キッス)が出来るということですね!!」

 

「ひゃうっっ!!」

 

唾液の交換、それは即ち接吻に他なりません。つまり、合法的な理由で霊夢さんの初めてを私のモノに出来るという訳です。昔の霊夢さんは誰とも付き合ってませんでしたから、その唇は未だに純潔なままの筈です。それを私のものに、モノに・・・うぇへへへ。

 

「さぁ、時間はありません!霊夢さんの純潔・・・じゃなかった。艦隊を救うために、神聖なる接吻を・・・」

 

では霊夢さん、お覚悟を!頂きま―――すっ!?

 

 

 

「っ―――いい加減にしなさいっ!!」

 

 

 

「ごはあッ!!!」

 

・・・怒られて、しまいました。

 

「―――調子に乗りすぎ」

 

「はい・・・ごめんなさい・・・」

 

真っ赤になった霊夢さんから全力の蹴りを受けてしまい、私は壁際まで吹き飛ばされてしまいました。

 

はい・・・ちょっと興奮しすぎてしまったようです。幾ら私といえど、性急過ぎました。やっぱりこういうのは、ちゃんと同意を得ないと駄目ですよね。

 

「ハァ―――しっかりしてよね、もう・・・ほら、こっちに来なさい」

 

霊夢さんは一転して、優しい声で私を呼びます。

 

姿勢を直した私は、霊夢さんのところまで這い寄って、顔を真っ赤にして目線を逸らしている霊夢さんの背中に手を回します。

 

霊夢さんの紅い透き通った瞳が、私の視線と合いました。霊夢さんは怖がるような、あるいは恥じらうような視線を私に向けてきました。もう、最高に可愛いです。

 

そしてそのまま、私は霊夢さんの唇を―――

 

 

「あ、ちょっと待って。接吻(キス)はだめ」

 

「ええっ!?」

 

―――奪うことはできませんでした。しゅん・・・

 

「あのね―――私の話、聞いていなかったの?血が一番よく力が溶けているから、そっちでお願い、って言ったんだけど・・・」

 

「ああっ、その―――ごめんなさい」

 

「―――どうせ興奮して聞いてなかったんでしょ?いいわよ、ほら・・・」

 

いつもの艦長服じゃなくて珍しく普通の巫女服を着ていた霊夢さんは、一度私に手を当てて押し退けると、襟に手をかけて肩口を肌蹴させました。

 

「―――って霊夢さん!?いきなり何を―――」

 

え・・・もしかして、血の交換ってあんなことやそんなことをでするんですか!?

 

「な、なに驚いてるのよ!?上着は吸うのに邪魔でしょ?」

 

「へ―――?」

 

霊夢さんは、訳がわからないというような表情を私に向けてきます。どうやら、私の予想は外れてしまったみたいです。

 

「だ・か・ら・・・その、血を分けるんだから、き、吸血鬼みたいに、噛んで―――血をのんで―――あんたの義体(からだ)なら・・・出来るでしょ?」

 

「はい、出来ますけど―――」

 

どうやら、霊力供給は私がバンパイアみたいに霊夢さんからちゅーちゅーすれば完了、のようです。

幸いこの義体は思うがままに機能や形状を調節できますから、吸血鬼の真似事だって出来る筈です。こればかりは、機械の身体に感謝です。

 

「―――なら、早く、私の血を・・・」

 

「・・・分かりました。ちょっと痛いかもしれないですけど、我慢して下さいね?」

 

霊夢さんは、小さく縦に頷きました。

 

それを合意のサインと見た私は、霊夢さんの後ろに手を回して、霊夢さんの華奢な身体を抱き寄せます。

そしてそのままゆっくりと押し倒すように、霊夢さんの首筋に顔を近付けます。

 

最後に霊夢のの白い肌に牙を突き立てて・・・そこで、私の意識は途絶えました――――。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ううっ―――クラクラする・・・」

 

 霊力供給を終えて神社から出た私達だけど、早苗に血を持っていかれすぎたためか、なんだか頭が重く感じる。力を抜いてしまえば、すぐに倒れてしまいそうだ。

 

「あ、その・・・ごめんなさい・・・私、やり過ぎちゃったみたいで―――」

 

「っ―――べ、別にいいわよ。気にしてないわ」

 

 ・・・早苗の声がする度に、びくり、と身体が疼く。彼女の声を聞く度に、あの溶かされる感覚と締め付けられる感触が甦ってきた。

 

 ―――だ、駄目・・・あの感覚に、流されちゃ―――いまは、あれを忘れないと・・・

 

 早苗の吸血があまりにも気持ち良すぎて、いや、正確には脳が痛みを快感に変換してしまっていたお陰で、身体はまだ彼女を求めている。だけどあれは一時の緊急避難、決してそういう関係になった訳でもないし、私はそういう関係に手を出す資格はない。だから、あれはいつかの悪夢と同じように、一時の夢として記憶の彼方に封印しないと・・・

 

 私は何とか身体の疼きを抑え込みながら、早苗に言葉を返す。

 

「でも・・・」

 

 申し訳なさそうに謝る早苗を制して、私は足早に神社の裏手にある広場に向かった。そこで早苗に転移術の準備をさせようと思ったのだが、既にそこにはあの二柱の姿があった。

 

「おおっ、戻ってきたみたいだねぇ。」

 

「・・・終わったか」

 

 諏訪子と神奈子の二人はなにやら広場の地面に陣を描いていたようだが、私達の姿を認めると手を止めてこっちを向いた。

 

「・・・何とかね。早苗の霊力なら、術の発動に充分なぐらいには回復している筈よ」

 

「―――うむ。確かに力は戻っているみたいだな。早苗、やれるか?」

 

「はいっ!」

 

 神奈子が呼ぶと、早苗は彼女達が描いていた陣の内側に入っていく。・・・多分あれが、転移術の発動に使う陣なのだろう。

 

「それと、博麗の巫女。少しこっちに来い」

 

「・・・なに?」

 

 加えて神奈子は、私にも陣の内側に来るように手招きした。何か用事があるのかと思い、素直に従って彼女の下へ向かう。

 

「転移陣の範囲をこの艦隊全体に広げるには、艦隊規模で陣を組む必要がある。お前の艦を何隻か、この陣と同じ形を描くように配置しろ」

 

 神奈子は足下の陣を指して、私にそう命令した。

 

 ―――足下の陣・・・五芒星ね。

 

 彼女によれば、艦隊全体を転移させるにはこの陣を艦隊全体に広げる必要があるようだ。幸い五角形の内側に五芒星という単純な陣なので、陣を組む艦の数は足りている。

 

「それと、陣を形成する艦にはこの札を貼ってくれ。これがないと、陣を組んでも霊力がそっちに流れてくれないんだ」

 

 続いて諏訪子が、懐から五枚の札を取り出してそれを私に手渡した。・・・この札が、結界の範囲を確定させるためのもののようだ。

 

「・・・分かったわ。これを貼ればいいのね」

 

「おう。頼んだよ。じゃあ早苗、そろそろ始めようか」

 

「はいっ、神奈子様、諏訪子様!」

 

 早苗は元気に、二柱の言葉に反応して張り切っている。

 

 ―――と、その前に、どうせ艦を動かすなら早苗にやらせた方が早いわね・・・

 

 私は艦隊のデータを呼び出して、比較的損傷の軽い艦を選び出す。

 

「早苗、その前に、この5隻を陣の配置につかせて。そこはあんたがやった方が早いでしょ?」

 

「あ、はい!えっと―――〈ヘイロー〉〈雪風〉〈春風〉〈タルワー〉〈ブリュッヒャー〉の5隻ですね。分かりました、お任せ下さい!」

 

 私はリストアップした5隻のデータを、早苗の端末に転送する。それを見た早苗は、私が言わんとしていることが分かったのか、元気に返事をしてくれた。

 

 統括AIとしての早苗は艦隊の他の艦を制御する権限もあるのだから、もうここで彼女に陣を組ませてもらった方が早いだろう。早苗は私の命令を承諾して、早速その5隻を動かしたようだ。端末から艦隊の状態を見てみると、その5隻は私が張った正方形の結界を完全に包み込む五角形の頂点に向けて、既に移動を始めていた。

 

「じゃあ、札の方は私がやっておくわ。いつまでに準備しておけばいい?」

 

「そうですねぇ・・・これだけの規模の転移となれば、儀式に二時間は必要でしょうから―――一時間、いや、できれば40分以内でお願いします」

 

「分かったわ。それじゃ、こっちは任せなさい」

 

「はい、お願いします。大丈夫ですよ霊夢さん!きっと私が、この艦隊を助けてみせますから!」

 

「フッ―――博麗霊夢、我等の風祝を仲間にできたこと、有り難く思うがいい」

 

「ハイハイ、分かったわよ。そこはちゃんと感謝してるわ」

 

 ドヤ顔でそう宣言する早苗と、それを誇らしげに自慢する神奈子に軽く言葉を返して、私は神社の外に向う。

 

「まぁ、ともあれこれで早苗自身も助かるだろう。これで一件落着―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところがぎっちょん!それはどうかな?」

 

 

 

「「「「―――ッ!!!?」」」」

 

 

 ―――突然、その声は響いた。

 

 私達は一斉に、諏訪子の独り言に反応するように浴びせられたその声の方向に振り向く。

 

 そこには、紫色の軍服調の衣装を纏った、赤髪の少女が佇んでいた。

 

 

「あんたは―――」

 

 

「クククッ・・・いやぁ、悪いねぇ靈夢。折角拾ってくれたところだけど、これも上からの命令なのよ。恨まないでくれよ―――!!」

 

 上空に立つ赤髪の少女―――マリサはそう言い放つと、懐から銃を抜いていきなり私と早苗にに向かって銃撃を浴びせてきた。

 

 私と早苗、それに神奈子と諏訪子は素早くその場から飛び退いて散開し、マリサの銃撃を避けた。

 

「な・・・マリサさん!?何でいきなり・・・」

 

「チッ・・・人様のフネに世話になっておきながら―――あんた、自分が何をしているか、理解できているんでしょうね―――!」

 

「ああ―――拾ってくれたことには感謝してるよ。ほんと、相変わらずのお人好しだよ。・・・まぁ、私にとっても些か不本意ではあるけどね」

 

 マリサは私の放った光弾を軽やかに躱しながら、私との問答を続ける。その(かお)は、まるで弾幕勝負のときのアイツ(魔理沙)みたいで、余計に苛立ちを覚えてしまう。

 

 そもそもコイツは、ヴィダクチオの巨大戦艦に乗艦をぶっ壊されたから、仕方なく私が慈悲で乗せてやってるのだ。その恩を仇で返すとは、コイツはよほど死にたいらしい。

 

「―――お前。先程確か"上からの命令"だと言っていたな。その上とは、何処の組織だ?」

 

 私の隣で、神奈子は睨みながらマリサに問うた。彼女からしてみれば早苗は身内にも等しい。その早苗にアイツは攻撃を仕掛けたんだから、彼女の怒りを買うのは当然だ。見れば、諏訪子の方も殺気を丸出しにしてマリサを睨み付けている。

 

「おっと、流石は神様ね。そこのヤクザ巫女とは違って中々に賢い。だけど―――今それに、応える気はないね!」

 

 マリサは神奈子にそう言い放つと、再び銃撃を加えてくる。私は容易くそれを避けてみたが、彼女の言葉一つ一つが私の気に触れてくるので、集中がままならない。

 それに何よ、ヤクザ巫女とは何様よ。いきなり攻撃を吹っ掛けてくるあんたの方がよっぽどヤクザよ。

 

「あ"あ"?誰がヤクザ巫女ですって!?」

 

「おい待て博麗の巫女!あまり挑発に乗るな!」

 

「・・・チッ」

 

 ああ本当、腹が立つ。やっぱりコイツ、ゼーペンストで宇宙に置いてった方が良かったかしら。

 

「その声に、その顔―――だけど・・・」

 

 諏訪子は私と同じように銃撃を避けながら、なにやら考え事をしていた。そして彼女のなかで思考が纏まったのか、諏訪子はマリサに向かって叫ぶ。

 

「おい、おまえ!一体何者なんだ、キミは!!」

 

「フッ・・・何者、か。さぁね?私は何でしょう?」

 

「クッ、あくまで答えない、ってことか―――だけどその物言い、キミは霧雨魔理沙ではないと見て間違いはないみたいだね」

 

「ノーコメント、よっ!さっきから言ってるけど、応えるつもりはない・・・わっ!!」

 

 諏訪子との問答を続けながら、マリサは諏訪子の放った透けた蛇の形をした攻撃(多分、祟りとかマシマシなんだろうなぁ・・・)を避ける。

 やはり彼女達も、アイツの容姿には少しばかり困惑しているみたいだった。それもそうよ、私だって、初めて戦ったときは混乱したもの。

 

「クソッ、このままだと埒が明かないわね―――こちら艦長。海兵隊、聞こえる?緊急事態発生よ。今すぐ自然ドームまで来て頂戴」

 

《艦長ですか。何がありました?》

 

「同乗者が発狂したわ。そいつは私が制圧するから、その間頼みたいことがあるの。今すぐ人を寄越して」

 

《サーイエッサー。直ちに椛とコマンダー・チーフを向かわせます》

 

 私は海兵隊に連絡して、札を彼等に託すことにした。このまま私が持っていても、彼女に構っていたら準備ができない。既に陣を構成する5隻の艦は"確定と拡散の境界"の外に差し掛かる頃だろう。結界の外に出てもすぐに拡散、ということは無いだろうけど、陣の形成を急いだ方がいいのは言うまでもない。ならここは私がマリサを押さえ込んで、札を貼る作業は他の誰かに任せた方が得策だ。エコーはすぐに人を寄越すと言っていたから、もう暫くコイツを抑えておけば大丈夫だろう。

 

「おい、博麗の巫女!コイツどうにかならんのか!元々乗せたのはお前だろう!」

 

「んなこと言われてもね!コイツがここまで礼儀知らずだとは思いもしなかったわよ!」

 

 いい加減イライラが溜まってきて、諏訪子の言葉につい強気に反応してしまう。本来ならこんなやつ、すぐに片付けられると思うんだけど、生憎大半の力は"確定と拡散の境界"を維持する方向に使われているから思うように力が出せない。いまの早苗ならスペルの一つ二つは使えるだろうけど、早苗の力はここから脱出するためのもの、そう安易には使えない。早苗もそれを分かっているのか回避に専念するばかりで、銃以外での反撃は控えていた。そして神奈子と諏訪子はと言うと、攻撃はしているものの、悉く躱されるか当たっても全くマリサには効いていない。やはりここでは、弱体化が顕著らしい。

 

「クソッ、ここにもう一人、誰が居れば―――」

 

 ・・・少なくとももう一人、誰がアイツと渡り合える奴が居れば、早苗を護りながら儀式を行うことができただろう。だけど今はそんな都合のいい存在がいない以上、私達だけでこの無礼者を何とかしないといけない。

 

 ―――そう、考えていたときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュン、と一筋の光が飛んできた。

 

 マリサは反応が遅れたのか、それを避けきれずに左頬に一筋の赤い切り傷をつけられる。

 

「―――オマエ、やり過ぎだ」

 

「あ、アンタ・・・」

 

 マリサの背後に立った黒い少女は、氷のような表情を浮かべてマリサを睨んでいる。

 

 その少女は、本来ならまだ医務室で寝込んでいた筈の霊沙だった―――。

 

「アンタ、まだ医務室で寝込んでいた筈じゃ・・・」

 

「―――あのマッド女医の許可なら貰ってきた。コイツならそろそろ暴れ出す頃合いだろうと思ったからな」

 

「そろそろ暴れ出す、ね。なんでそんなことが分かったのよ」

 

「勘だよ、勘。いい加減鈍った勘だが、それなりにまだ自信はあったんでね。それで来てみればこの様よ。―――艦長、ここは任せて」

 

「・・・分かったわ。アンタに任せる」

 

 私と霊沙は一瞬だけ視線を合わせて、言葉の応酬を交わした。アイツがやるって言うのなら、ここは任せよう。

 

 霊沙の奴は私達からマリサを引き剥がすように、光弾で彼女の進路を誘導している。

 

「おい、博麗の巫女―――」

 

 その様子を眺めていると、唐突に諏訪子から声を掛けられた。

 

()()は何だ?オマエにそっくりだったぞ?あの巫女」

 

 諏訪子は好奇心と、少しの警戒が混じった瞳で私と視線を合わせて尋ねた。一方の神奈子は、目に見えて警戒の視線を向けている。

 

「アレは・・・私の妹、とみんなは認識しているみたい。本人は私を基に作られた妖怪、みたいなことを言ってたけど、私もよく知らないわ。なんでも、私達とは別の幻想郷から飛ばされてきたらしくてね」

 

「ほう、別世界、ということは並行世界の幻想郷か―――しかし、本当に丸くなったなぁ。お前が妖怪を部下にするとは」

 

「うるさい。余計なお世話よ」

 

 妖怪だとは言っても、今は人間みたいだしねぇ、彼女。いくら私でも、身寄りのない人間を私のパチモンだからって理由で追い出すほど鬼じゃないわよ。

 

「ククッ、しかし妹かぁ。オマエに妹とは、フフッ、笑えるよほんと。それにオマエよりよっぽど質が悪そうな奴じゃないか」

 

「むー、そうですよ諏訪子様。霊夢さんはあんなに捻くれてないです。もっと素直でかわいいです」

 

「ハイハイ早苗、オマエの嫁自慢はそのぐらいにしておきなさい。そもそもあの巫女も相当の捻くれ者だと思うがな。さて、よく分からん敵も去ったし、そろそろ儀式を始めようか」

 

 早苗ははーい、と暢気に返事をして、二柱と共に儀式の準備に取り掛かる。

 ・・・何気に神奈子のやつ、失礼なこと言ってくれるじゃない―――。ついでに諏訪子のやつも、まぁ言いたいことはわかるけど、一応私達助けられたんだからね・・・

 

「・・・じゃあ、儀式の方は任せたわ。私は結界の準備をしてくるから」

 

「おう。ちゃんとやってくれよ?博麗の巫女」

 

「はい霊夢さん。お任せ下さい!」

 

 ひとまずはマリサの脅威が去ったんだし、いい加減こっちも仕事をしなきゃね。

 

 早苗と二柱に儀式を任せて、私は神社の参道を下る。

 

 ―――そもそも、嫁ってなんなのよ。まるでその言い方じゃあ、私が早苗の伴侶みたいじゃない。それに、まだ心を許したわけじゃ・・・

 

 私が参道を下っている間、何故か頭のなかでは、諏訪子が早苗に向けて言った、嫁自慢って部分が頭に引っ掛かっていた。

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

「艦長、ご無事でしたか!」

 

 私が参道を下ると、そこには二つの人影があった。

 

 一つは白狼天狗・・・みたいな容姿をした海兵隊員、椛だ。もう一つの人影は、緑色をした海兵隊の装甲服(ミョルニルアーマー)を纏った2mぐらいの大男だった・・・この隊員が、エコーの言っていたコマンダーらしい。

 

「艦長、発狂したという同乗者は?」

 

「ああ―――マリサなら今霊沙のやつが相手をしてるわ。それより二人とも、ちょっと頼みたいことがあるの。ついて来て」

 

「イエッサー!分かりました!」

 

「了解です」

 

 私が命令すると、二人の海兵隊員は素直に命令に従って私の後に続いてくる。

 

 私は二人の海兵隊員を率いて、格納庫へと急いだ。

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 ~〈開陽〉格納庫~

 

 

「では、我々はこの装置を該当の艦に貼ればいいということですね?」

 

「ええ、そうよ。私は〈春風〉と〈雪風〉に向かうから、椛は〈ブリュッヒャー〉と〈タルワー〉、チーフは〈ヘイロー〉に向かってこれを設置して」

 

「了解です。つまり・・・私が陣形の右側の2隻ですね」

 

「そうよ。んで私が左側の2隻、そしてチーフが艦隊先頭の艦ね。質問はない?」

 

 私は事の概要を二人に伝えて、仕事を説明する。札のことは、脱出に必要な装置と簡単に伝えてある。

 なにも難しい話ではない、この三人で、早苗の結界陣を構成する5隻の無人艦の艦橋に札を張りにいくだけだ。幸い椛とチーフの二人は、特に命令に疑問を持っていない様子だった。

 格納庫には暖気運転を済ませた三機の新型強襲艇、〈D77H-TCI ペリカン〉が待機しており、パイロットを務めるロングソード隊の準備も完了している。

 

「よし、それじゃあ・・・散開!」

 

「「了解(!)」」

 

 私の合図で三人は別れて、それぞれのペリカンに乗り込んだ。

 

「ロングソード、準備は出来ているわね?」

 

「はい、万全です」

 

「よし。それじゃあ、出しなさい!」

 

「了解。ロングソード1、発進!」

 

 私達の搭乗が完了すると、三機のペリカンは主翼の付け根と機体後部にあるスラスターを起動して、格納庫から飛び出した。

 

 宇宙空間―――事象揺動宙域内には、結界内でも宙域で生成されたと思われる小惑星っぽい物体が所々から流れてきたが、三機のペリカンのそれを難なく避けながら目標の艦に向かっていった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 ~〈開陽〉自然ドーム~

 

 

 霊夢が去った自然ドーム内部では、守矢神社の三人による転移術発動のための儀式が粛々と行われていた。

 マリサは機を見てそれの妨害に向かおうとしているが、その試みの全てが霊沙の手によって阻まれていた。

 

「チッ・・・思った以上に、再起が早いな・・・こうも動けないように、壊したつもりだったんだけど―――」

 

「―――其が仇となったな。あのまま干渉してこなきゃ、目覚めることも無かったのに」

 

「あー、やっぱりそうなっちゃったかぁ。しくじったなぁ・・・それは残念」

 

 マリサと霊沙、二人の少女は互いに弾幕を放ち、避けながら言葉を交わす。しくじった、と言うマリサの表情は、心なしかどこか嬉しそうだ。

 

「だけどまぁ・・・何故未だにあれに肩入れする?キミからすれば、あれは憎むべきモノだろう?」

 

「・・・関係ないわ。"それ"は私の仕事の範疇じゃない」

 

「アハッ、今ちょっと素が出たね!」

 

「―――黙れ、この紛い物ッ!」

 

 マリサの挑発的な言葉と笑みに堪忍袋の緒が切れたのか、霊沙は遂に手札(スペル)を切る。

 

「神技『八方龍殺陣』!!」

 

 霊沙の周囲から、八角形の黒い結界が放たれて、日が落ちた黒い偽りの空に溶け込んでいく。直後、それを避けたマリサに向けて血のような紅色の弾幕の雨が降り注いだ。

 

「―――っと、危ない危ない。なんだ、弾幕ごっこでもしたいのか?にしては随分と無粋なこと」

 

「五月蝿い。大体今更、そんな余興に興じるつもりはない」

 

「ちぇッ、可愛いげのない―――それじゃあこっちも、そろそろ行かせて貰おうかしら!」

 

 マリサは一度霊沙から距離を取り、彼女と神社が軸線に乗るような位置にまで移動する。そして、懐から拳大の物体を取り出した。

 

 その物体を目にした霊沙は、瞳を大きく見開いて空中に停止してしまう。

 

「まさか、オマエ――――」

 

「これでも、喰らいな―――ッ!!」

 

 マリサが手にした物体―――八卦炉から、紫色のエネルギー光線が放たれた。

 

「・・・チッ」

 

 八卦炉からの砲撃を確認した霊沙は、瞬時に表情を下に戻すと、すかさず回避を試みる。しかし、射線上に早苗達が転移術のための儀式をしている博麗神社があることに気付き、回避を中断して時間の許す限り最大限の防御結界を展開した。

 

「ぐう・・・ッ!」

 

「っ、ハハハッ―――それに気づくとは、流石だよ。だけど、それでお前には―――」

 

 しかし彼女の結界にはものの数秒で皹が入り、砕けた先から押し寄せるエネルギー流の砲撃を彼女はもろに受けてしまう。霊沙にとって幸いにも砲撃は彼女の先に届くことはなかったが、エネルギー流を一身に受けた霊沙影響で所々巫女服が焦げた霊沙は一直線に、眼下の森へと落ちていった。

 

「・・・フッ、堕ちたか―――」

 

 マリサはその様子を、さも興が醒めたといったような瞳で眺め、霊沙が完全に落下したのを見届けてから神社へと振り返った。

 

「さて、と・・・それじゃあお仕事といきますか」

 

 一転して軽い雰囲気でそんな言葉を口にしたマリサはゆっくりと神社に向けて進んでいく。が、彼女の眼前を、一振りの細長い物体が横切った。

 

「―――!」

 

 その物体に驚いて、すかさずマリサは物体の飛来方向へと振り向いた。

 

 ―――そこには、鬼のような形相をした、無傷の霊沙の姿があった。

 

「博麗幻影、か」

 

 無傷の彼女の姿を見て、マリサが呟く。

 先程マリサが撃ち落とした彼女は、幻影の身代わりだった。

 

 無言で佇む霊沙の手に、マリサに向かって投げつけられた物体―――黒い日本刀が戻る。

 

「お前は、ここで殺す」

 

「ほぅ、やるか・・・この私を()()も」

 

 マリサの言葉の一部に反応したように、霊沙は一瞬苦虫を噛み潰したような表情を見せる。しかし直ぐに真顔に戻った彼女は、刀の鋒をマリサに向けた。

 

「―――目障りなのよ、あんた。いい加減、消えなさい!」

 

 霊沙がマリサにそう告げると、黒い刀は一瞬で弾け、残骸が筒状に飛び散る。その内側から、今度は真っ黒なお祓い棒が現れた。

 

(あ、ヤバ・・・ちと挑発しすぎたかな・・・)

 

 そのお祓い棒を見た瞬間、マリサは背筋に悪寒が走るのを感じた。が、既に時遅し。霊沙はその真名(スペル)を謳い上げる。

 

 

「―――宝具『博麗幻想郷(ロストファンタジア)!!』」

 

 

 瞬間、マリサの身体は黒い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「ふぅ―――これで、何とか―――」

 

 守矢神社の面々が執り行う儀式も遂に終盤に差し掛かり、博麗神社の境内からは天を貫くような光の柱が立ち上る。

 

「・・・早苗、あと一息だ。気を抜くな」

 

「はい―――っ、風よ・・・」

 

 共に儀式に集中していた神奈子の声に、早苗は力の奔流に呑まれそうになって失いかけた意識を取り戻し、術のための詠唱を紡ぐ。

 

 儀式も再終盤、遂に霊力の奔流が艦外に溢れ出し、五方向に向かって一直線に延びていく。

 

 〈開陽〉から溢れ出した霊力の柱は、事前に霊夢達が札を設置した5隻の艦に命中し、反射されて星形を描くように、他の艦へと延びていく。

 

「霊夢さん・・・行きますッ!!」

 

「―――総員、これより転移に入る。衝撃に備えて」

 

 札を貼り終え、早苗の護衛のために神社に戻っていた霊夢は、早苗の掛け声を受けて通信回線で全艦に指示する。

 一応彼女は札を貼り終えた後、乗組員達に転移のことは「サナダの新発明」という形で説明していたため、彼等は素直に艦長である霊夢の言葉に従って転移に備えた。(当のサナダを始めとしたマッドは霊夢達の力の存在を知っているので、この件については黙っていることを承認していた)

 

 

「――――大奇跡『大いなる旅立ち』!!!」

 

 

 全ての詠唱を終え、早苗が高らかに術の発動を宣言する。

 直後、五芒星の角から光が延び、陣を包み込むように円が現れる。その円から、透き通った霊力の奔流が溢れ出し、球状の結界を形成して艦隊全体を包み込む。

 

 そして結界の内部は、眩いばかりの青白の光に包まれた。

 






霊力供給シーンはえっち過ぎるので(R15の範囲内には収まります)別途、短編集に投稿します。投稿次第、告知します。もしかしたら後日本編にぶち込むかもしれません。その辺りなにか意見がございましたら感想等までお願いします。

以下、ちょっとした説明。


大奇跡『大いなる旅立ち』

早苗さんが発動した転移結界。円形に五芒星を描いた陣の中にある対象の物体を別空間に転移させる。かつて守矢神社を外の世界から幻想郷に転移させる際に使用され、今回は『紅き鋼鉄』を事象揺動宙域から転移させるために使用された。本来の早苗なら、艦隊一つを転移させるような規模でこの術を行使し得ないか、出来ても非常に難しいのだが、霊夢の膨大な、質の高い霊力の一部を受け取ったことで可能となった。




宝具『博麗幻想郷(ロストファンタジア)』

ランク:EX
種別:対界宝具
レンジ:1
最大捕捉:-

霊沙の持つスペルの一つ。詳細不明

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