夢幻航路   作:旭日提督

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漸く長きに渡ったチュートリアルは終わりです。ここからが本番です。


第七章――厄災、来冦
第七五話 赤色の城


 

 

 ~惑星バルバウス・スカーレット社本社~

 

 

 宇宙港でレミリア達と合流したあと、私達はそのまま軌道エレベーターを降りて地上へと向かった。流石に首都というだけあって、地上の街は以前見たカルバライヤ・ジャンクション宙域のどの惑星よりも発展しているように見えた。今回は特に街へ向かう用事もないので、そのまま地図を基にスカーレット社の本社を目指す。

 

 そして巨大な本社ビルについた私達は、事前にあっち側が手配していたのか、すんなりと中へ通された。ビルの外観こそ近代的な見た目だったか、内装は西洋の城を彷彿とさせるレトロな雰囲気だった。・・・流石に紅魔館ほど赤だらけではないが、赤を基調とした内装は、貴族の居城のような雰囲気を感じさせられた。

 

 ビルの中に入った私達は、簡単なチェックを終えると応接室のような部屋へと案内された。

 中に入ると、部屋の奥には黒いスーツを着込んだ、白髪の髭を蓄えた中年の男性が佇んでいた。

 

「「お父様っ!」」

 

 その人物の姿を目にした途端、レミリアとフランは飛び付くように彼の下へ駆け寄る。・・・彼女達の反応からして、どうやらこの人物が社長らしい。

 

「おお、よく無事だったな、二人とも。済まないね、怖い思いをさせてしまっただろう?」

 

「ううん、大丈夫よ。霊夢さん達が助けてくれたもの」

 

「何度もあの人が悪いやつらを追い払ってくれたから、私達は全然大丈夫よ!」

 

「ほう、それは良かった。さぁ二人とも、彼女達にもう一度お礼を言っておきなさい。父様は、これから大事な話があるからね」

 

「はいっ!」

 

 レミリア達は彼女達の父親と話終えると、彼の言葉に従って、私の下へと戻ってきた。

 

「あの・・・霊夢さん・・・」

 

「「い、今までありがとうございましたっ!!」」

 

 ほんのりと頬を赤くして、レミリアとフランが改めて礼を告げる。

 

「二人とも、今までよく頑張ったわね。私はこれからあんた達のお父様とお話があるから、ちょっと席を外してもらえるかな?」

 

「あ・・・はいっ!」

 

「今まで有難うね、霊夢さん!」

 

「さ、お嬢様、妹様。こちらへ」

 

 レミリアとフランは、礼を言い終えるとサクヤさんに連れられて、大人しくこの部屋から退出した。やっぱり素直な子供は良いわねぇ。あっちの面倒くさい吸血鬼とは

 雲泥の差だわ。

 

 さて、ここからが本題だけど・・・

 

「では、初めまして。お話は聞いていたと思いますが、0Gドックの博麗霊夢です。んでこっちが副官の早苗に、海兵隊員のチーフです」

 

 この社長とは初対面なのだから、まずは自己紹介だ。一応目上の人だし、勿論敬語で。ついでに同伴の部下二名も紹介しておく。

 早苗とチーフが礼を終えると、先方も口を開いた。

 

「うむ。わが娘達の救出の件、大義であった。私はこのスカーレット社を率いる社長、ヴラディス・D・スカーレットだ。宜しく」

 

 スカーレットの社長さん・・・ヴラディスさんは席を立つと、私に右手を差し出す。私はその手を取って、彼と握手を交わした。

 間近で見ると、ヴラディスさんの身体はスーツの上からでも分かるぐらいよく鍛えられていて、ビジネスマンというより武人という印象を抱かせた。この職につく以前は、色々やっていたのかもしれない。

 

「こちらこそ。色々あったとはいえ、お嬢様方を送り届けるのが遅くなってしまい、誠に申し訳ありません」

 

「いや、そなたらが謝る必要はない。全てはわが愛娘に手を出した悪党共の責任だからな。それに、事象揺動宙域のデータ、見させてもらったが実に興味深いものであった」

 

「有難うございます」

 

「ふむ、ではそろそろ、本題といこう。そちらにお掛けなさい」

 

「はい。失礼します」

 

 ヴラディスさんに促されて、私達は部屋のソファに腰掛けた。ヴラディスさんはテーブルを挟んだ対岸の椅子に腰掛けて、懐から一枚のデータプレートを取り出す。

 

「まずは、娘達を救出した礼だ。ここに、4万Gのマネーカードと、わが社が開発した新型戦闘空母の設計図がある。是非とも、受け取って欲しい」

 

「よ、4万・・・」

 

「それに、設計図まで―――」

 

「多少の遅れはあったとはいえ、それはそなたらの責任ではないようだからな。ならば、正当な報酬を払うというもの。なに、娘達の価値を考えればこれでも足らんと思っているのだが・・・」

 

「いえ、有難うございます。私達には充分過ぎるほどです。では」

 

 私は差し出されたマネーカードとデータプレートを受け取り、懐に仕舞う。本音ではもう少し欲しいところだけど、この辺りが相場だろう。特に新型艦の設計図など、この手の会社からすれば最大級の企業秘密だ。それを渡されたとあれば、この辺りで手打ちにするべきだろう。それに、影響力のある人物の前なのだから、あまり不用意な態度も取れない。もう、昔とは違うのだから。

 

 

「正当な労働には正当な対価を。我が社のモットーだ。では次の話に参ろうか」

 

「次・・・ですか?」

 

 次の話、という言葉に反応して、私はヴラディスさんに尋ねる。本題の報酬の話はもう終わったのだから、私達との関係性もこれで終わりだと思うんだけど・・・

 

「・・・私達が事象揺動宙域から出るまでの一ヶ月間に、なにか憂慮すべか情勢の変化でもあったのですか?」

 

 なにか思い当たる節があったのか、私に変わって早苗がヴラディスさんに尋ねた。彼は、それを肯定するように頷く。

 

「うむ。その通りだ、お嬢さん。君達が丁度、あの偏屈な宗教野郎と戦っている間、我々カルバライヤとネージリンスの間で戦争が起こったのだ」

 

「せ、戦争・・・!?」

 

「ああ、戦争だ。アーヴェストと呼ばれる未開拓宙域を巡り、我等と奴等は緊張を深めていたのだが、遂に奴等の軍艦が我々の移民船に向け発砲したのだ。それが引き金になり、戦争が勃発した」

 

 戦争とは、何とも物騒な話ね・・・カルバライヤとネージリンスの不仲は聞いていたけれど、まさかこんなタイミングで戦争になってるとは・・・

 

「成程。ということは、私達にカルバライヤの傭兵となれ、と仰りたいのですね?」

 

 こんなタイミングで重要な話となれば、もうそれ以外に思い付くものなどないだろう。既に海賊退治を通して私達の実力は知れ渡っているのだ。これほどの艦隊を、戦力として欲しがらない訳がない。

 それに戦争となれば、普段はお目にかかれない正規軍のフネを合法的に鹵獲し放題じゃない・・・ぐへへっ。

 

「うむ・・・そなたらの帰還が一月早ければ、そう言いたかったのだがのう・・・」

 

 ・・・だが、ヴラディスさんの話とは、どうやらそれではないらしい。なら、話とは一体・・・

 

「実はな、この戦争・・・つい数日前に終結したのだ。戦争などという贅沢を味わっている暇は無くなった、という事だ」

 

「戦争をやる余裕が無くなったとは・・・一体何があったのですか?」

 

 ヴラディスさんの意味深な言葉に反応して、早苗が彼に尋ねた。戦争に勝った負けたのではなく、戦争をやる暇がなくなったとは、一体どういうことなのだろうか。

 

 

「つい、一週間前のことだ。エルメッツァの艦隊が、謎の勢力と接触して壊滅した」

 

 

 

 ~小マゼラン雲郊外宙域~

 

 

 霊夢達が事象揺動宙域を脱出する一週間ほど前、エルメッツァ艦隊凡そ5000隻は、外宇宙より接近する謎の勢力とのコンタクトのため、本国から約20光年離れたこの宙域に集結していた。

 エルメッツァと謎の勢力―――ヤッハバッハの両者はコンタクトに成功し、この宙域にて会談を行う手筈となっていた。会談位置に指定された両陣営艦隊の中間点に向けて、互いにの旗艦が発進する。

 

「言語変換ジェネレーターの交換は済んでいるな?」

 

「ハッ。データ形式はやや異なっていましたが、問題なくコンバートできました」

 

「うむ。どうやら、最低限度の文化水準はあると見た」

 

 エルメッツァ側の大使として艦に乗り込んでいた軍政長官ルキャナン・フォーは、言語ジェネレータの稼働状況を部下に尋ねていた。言語も異なる異民族同士の接触なのだから、意志疎通を円滑なものとするためだ。

 言語ジェネレータの変換が問題なくなされたことを受けて、ルキャナンは相手の艦隊を見下し気味に評する。ここはエルメッツァのホームグラウンドとも言うべき宙域であり、艦隊の整備、補給も万全だ。対して相手は長い距離を経てきた遠征軍。整備面でも士気の面でも、エルメッツァ側が圧倒的に有利であら、少なくとも負けることはない・・・ルキャナンを始め大多数の人間はそう思っていたのだが、その予想は数分もしないうちに覆されることになる。

 

「もうじき、レーダー範囲に入ります。それから30秒後にコンタクトの予定」

 

「うむ」

 

 部下の報告と共に、ルキャナンの目には、相手の艦の輪郭がしだいにはっきりと映ってきた。その大きさを見て、ルキャナンは絶句する。

 

「何と・・・!?これほどまでに巨大な艦とは・・・」

 

「・・・ヤッハバッハに対する認識を、改める必要があるのでは?」

 

「むぅ・・・」

 

 流石にルキャナンといえど、目の前にある自艦―――グロスター級戦艦を遥かに上回る体躯の巨艦を見せつけられては認めざるを得ない。ヤッハバッハの戦艦は、姿こそ水上艦じみた巨砲を持つ前時代的なものであるが、全長にして800mクラスのグロスター級を倍以上も上回る巨艦である。これだけのものを見せつけられては、いやがおうにも警戒せざるを得ない。

 

 ただ、ルキャナンは内心部下の言葉に同意しつつも、明確に返答せず言葉を濁した。彼ほど立場のある人間があっさりと相手の優位を認めてしまえば、艦隊の士気にも関わりかねない問題だからだ。それを認識しているからこそルキャナンは軽く唸る程度に留めたのだが、彼が振る舞いに気を使おうが使かわまいが、同じようにヤッハバッハの戦艦を間近で見たクルー達には早くも不安の感情が広がり始めていた。

 

 

 

 

「ようこそ、我がヤッハバッハ先遣艦隊旗艦、ハイメルキアへ。艦隊総司令はこちらでお待ちです」

 

「は・・・」

 

 コンタクトのため、ヤッハバッハ側の旗艦に乗り込んだルキャナン達は、案内らしき男に続いて艦内を進む。その間にも、少しでも多くの情報を持ち帰ろうと、ルキャナンは艦内の様子を細かく目に留めた。

 

 彼等がいま歩いている通路も、エルメッツァ艦の倍近くあるサイズであり、普段の居住性はおろか、戦闘時などに際しても物資や人員の運搬で有利であろうことが予想された。

 

 廊下を進み、何度かエレベーターを乗り換えた後、一同は会議室のような場所へと案内される。恐らくは、ここで会談を行うのだろうとルキャナンは考えた。

 

 会議室のテーブルには、中央に金髪の美青年が腰かけており、傍らには副官らしき人物の姿もあった。その周りには、他にも高官らしき人物の姿が見える。

 ルキャナン達が入室したのを確認すると、美青年は立ち上がり、ルキャナンと向かい合った。

 

「エルメッツァの全権大使、ルキャナン様ですな。私はライオス・フェムド・ヘムレオン。ヤッハバッハ皇帝ガーランド陛下より、小マゼラン先遣艦隊総司令の役を仰せつかっております」

 

「これは・・・」

 

 ライオスと名乗った青年の自己紹介に、ルキャナンは目を見開くほど驚かされた。理由は彼の外見年齢と役職の齟齬などではなく、彼が非常に流暢なエルメッツァ語を話したことである。

 それにはルキャナンだけでなく、彼に付き添う部下や護衛官も驚かされ、早くも情報戦で出し抜かれてしまっているのでないかと危惧された。

 

「これは驚きましたな。随分と流暢なエルメッツァ語を話される」

 

「ああ、これは彼女―――ルチアから教わったものです」

 

「ルチア?」

 

 エルメッツァ側の人間の心情を代弁するかのように、ルキャナンが口を開く。

 だがライオスはしたり顔で、意味深な笑いを浮かべて答えた。

 ライオスの言葉を受けて、改めてルキャナンは彼の周囲に視線を向ける。そして彼は、単にライオスの副官だと思われた人物が、実は自分が見知ったものであることに気付いた。

 

 彼の視線を向けられたことに件の人物も気付いたようで、彼女もルキャナンに向かって口を開いた。

 

「ルチア・バーミントンです。・・・かつてツィーズロンドのアカデミーで主任を勤めておりました。軍政長官にも何度かお会いしたことがあるのですが・・・覚えていらっしゃいませんか?」

 

「まさか・・・消息不明となっていたエピタフ探査船の!?」

 

「はい。今はライオス様に拾われて、お世話になっております」

 

「っ・・・!?」

 

 彼女の容姿と名前から自身の記憶を辿っていたルキャナンは、そこで彼女の正体に思い当たり吃驚した。

 彼女―――ルチアは数ヶ月前に行方不明となったエピタフ探査船の長であり、エルメッツァの事情にも精通している。探査船がヤッハバッハに破壊されたのか、はたまた何らかの原因で遭難したところを救助されたのかは定かではないが、彼女ほどの人物がヤッハバッハに救助されているという事実は、エルメッツァに関する相当の情報がヤッハバッハの手に渡ってしまっていることを意味していた。加えて、彼等からすれば単なる漂流者に過ぎない筈のルチアが艦隊総司令の副官などに収まっていることを勘案すれば、恐らくは知っていることは全て話したのだろうと推察された。

 

 その可能性に勘づいたルキャナンは、人知れず冷や汗を流す。

 

「彼女のお陰で、我々は既に貴方がたエルメッツァを始めとした小マゼランの政情、国勢などを把握しております」

 

「くっ・・・」

 

 自身の予測が悪い方向に的中してしまったことに、ルキャナンは苦虫を噛み潰したような表情になる。だが、ライオスが次に放った一言で、さらに彼は驚愕させられた。

 

「その上で申し上げる。エルメッツァ政府は直ちに我々に無条件降伏し、我々の下へ入っていただきたい。当然現政府は解体し、ツィーズロンドに我々の統監府を置く。勿論、軍は我々の指揮下ということになります」

 

「な・・・何を言われるか!?そんな条件が、果たして飲めるとでも!?」

 

 突然の降伏勧告である。

 ファーストコンタクトの時期からすればあまりに非常識であり、またその内容も荒唐無稽な、到底飲めるようなものでもなかった。

 

 戯言ともいえるようなライオスの降伏勧告を耳にして、当然の如くルキャナンは激昂する。

 

 そんなルキャナンを前にして、ライオスはどこ吹く風とばかりに、既に勝ち誇っているかのような口調で、ルキャナンに言葉を返した。

 

「確か、そちらの艦船数は3万ほどだったかと」

 

「・・・・・・」

 

「そちらの宙域レーダーでは全貌と捉えきれていないでしょうが、我が先遣隊の総数は――――――12万です」

 

「ッ!?」

 

 12万、というライオスが口にした数字に一瞬動揺するルキャナンであったが、どうにか外見上はポーカーフェイスを保つことに成功する。すかさずルキャナンはライオスに言い返すが、その声は、どこか震えていた。

 

「そのようなハッタリを・・・」

 

「ハッタリだとお思いならば、現実にその力でお見せして差し上げるまで。――――――元々、我々ヤッハバッハはそちらの方が得意なのでね」

 

 ルキャナンの言葉にも一切表情を変えることなく、ライオスはさも当然といった表情で言葉を返す。

 それはいやがおうにも、彼の言葉がハッタリなどではなく真実であると、ルキャナンに感じさせるには充分であった。

 

「くっ・・・・これ以上の交渉は、最早無意味ですな!失礼する!!」

 

 ルキャナンは目を見開き、最後の威勢とばかりに交渉の席を蹴って退出した。この事実を少しでも早く本国に伝えなくてはと道を急ぐが、そんなルキャナンを、怒らせた本人であるライオスが呼び止めた。

 

「ルキャナン大使」

 

「・・・なにかな」

 

「ズィー・アウム・ヤッハバッハ―――」

 

「・・・?」

 

 ライオスに呼び止められ不機嫌そうに振り返ったルキャナンだが、彼の口から出た言葉の意味が分からず困惑する。

 

「我々はヤッハバッハである、という意味です」

 

「・・・それ以上の説明は要らぬ、と?」

 

「ふふっ・・・」

 

 ルキャナンの問いにライオスは不敵な笑みを浮かべ、静かに腰を下ろした。

 ルキャナンはそんなライオスを睨み付け、振り返って今度こそ退出し、自らの乗艦へと戻る。

 

 

 両軍の旗艦がそれぞれの艦隊に戻ると同時に戦火の火蓋は切って落とされ、最終的に質・量で劣るエルメッツァ艦隊は総数5192隻のうち半数にも及ぶ艦を開戦から僅か数分で喪失。数時間の後に撤退するまで、実に9割強もの艦船を失い敗走した。

 対するヤッハバッハの損害は文字通りゼロであり、赤子の首を捻るような勢いでエルメッツァ艦隊を殲滅したヤッハバッハ艦隊は、その凶悪な矛先を彼等の本拠地たるエルメッツァ本国へと向けて、再び進撃を開始したのであった・・・・・・

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「そ、そんな事が・・・」

 

 予想以上に早い、ヤッハバッハの来冦とエルメッツァ艦隊の壊滅に、思わず言葉を失ってしまう。いや、予想以上に早いのではない。―――私達が、事象揺動宙域で足を取られたが故に、彼等の進軍が早いように見えただけだ。

 ヴラディスさんが言ったもう一つの重要な話とは、恐らくこのことなのだろう。

 

「―――ヤッハバッハ、と名乗るその勢力は、現在小マゼランよら18光年の位置にいる。一月もすれば、忽ち小マゼランに辿り着いてしまうだろう」

 

 現在の戦力では自治領の一つ二つを潰せるぐらいには強力な私の艦隊だけれども、流石にヤッハバッハと正面から渡り合って打ち破れるだけの力は有していない。・・・本来なら、奴らが攻めてくる前にこの銀河をトンズラするつもりだったけど、足止めを食らったせいでその準備も碌にできていないのが現状だ。・・・さて、どうする?

 

「―――さて、現状は理解して貰えたかな」

 

「それはもう、嫌なほどに」

 

 まさかこんなタイミングで奴らが攻めてこようとは・・・あいつらに捕まれば私達の生存権なんてあって無いようなものだし、何とかして艦隊を逃がしたいところだけど・・・

 

 

「では、私から一つ、君達に頼みたいことがあるのだ。―――娘達を逃がす護衛を、引き受けて貰いたい」

 

 

 ヴラディスさんは真剣な眼差しで、頭を下げて私達に頼みこんだ。・・・態々航海時間など底が知れている新参の私達にそんなことを頼むのだ、よほど真剣と見て間違いないだろう。―――やはり、自分の娘となれば可愛いものでしょうからね。

 

「・・・分かりました。ですが、理由をお聞かせ下さい。此方も戦火には出来るだけ巻き込まれたくはないですから、今すぐにでも飛び出したい気分なんです。そこを抑えて護衛を受け持つというからには、クルーを納得させるためにも是非ともそれを教えていただきたいのですが・・・」

 

「―――うむ。良かろう」

 

 ヴラディスさんは少し考え込む仕草を見せると、私の頼みを承諾してくれた。

 

「エルメッツァの主力艦隊が壊滅し、我等とネージリンスも戦争で痛手を受けている以上、奴等に対抗する力はない。奴等の統治が如何様なものかは知らんが、少なくとも現体制は破壊するだろうよ。そして我等は、現体制下で決して少なからぬ利益を得ておる・・・後は分かるな?」

 

「ヤッハバッハによる取り潰し、ですか」

 

 私がそう答えると、ヴラディスさんは肯定するように頷いた。

 

「現体制・・・特に軍政と深く結び付いている我がスカーレット社は、奴等の占領統治にとっては頗る目障りなものとなろう。何せ我等は武器商人だからな。ゲリラを潰すなら、先ずはその元締めから、という訳だ」

 

 ・・・成程。つまり、スカーレット社のような被占領地の軍事企業は反ヤッハバッハ派に武器を売る恐れがある以上、積極的に吸収、解体するという訳か。・・・だけど、そこでどうあの二人が関わってくるのだろうか。

 

「そこで、だ。―――悲しいことに、奴等に"手土産"を献上して取り入ろうとする輩が内外に蔓延っておってな。その駆除の余裕すら無いのが現状だ。それに、侵略者の統治が人道的であるという保証など何処にもないのだ。(オレ)の愛娘が野獣共の慰みモノになる事態は絶対に避けなければならん!」

 

「・・・だから、彼女達を大マゼランへ逃がす。という解釈でよろしいですね?」

 

「うむ」

 

 ―――話を纏めると、こうなるらしい。"ヤッハバッハの占領を見据えて、社内ばかりか社外・・・多分政府の高官辺りだろうけど・・・にあの姉妹を供物として差し出そうとする動きがある。そして、ヤッハバッハの占領統治下で人権を保証される確信はない。だから、彼女達を大マゼランへ逃がす"。・・・成程、随分と娘想いの人なのね。元々私達も大マゼランにトンズラするつもりだったんだし、引き受けても問題ないでしょう。

 

「分かりました。その依頼、受けましょう」

 

「おお!本当か!」

 

「ええ。此方としましても、丁度よい話なので。護衛の任、お任せ下さい」

 

 私が依頼を引き受けると知ると、ヴラディスさんは涙を流して女神を称えるような視線で礼を言ってきた・・・あの、そんな目で見られても困るんだけど・・・

 

「あの・・・ところで・・・」

 

「―――何だ?」

 

 そこで早苗が、恐る恐る口を開いた。

 彼女には、どこか気になる部分でもあったのだろう。

 

「その・・・ヴラディスさんは、どうされるおつもりで?」

 

 早苗の問いを耳にすると、ヴラディスさんは急に押し黙って、難しい顔をして考え込んだ。

 

「―――私は、娘達の父であると同時に、3000万の社員の上に立つ社長なのだ。・・・彼等の面倒を、果たして私以外の誰が見ようというのか。奴等が我等を解体するというのであれば、吾は彼等の待遇を保証させるために戦う義務がある。それを、放棄することは出来ない」

 

「・・・そうですか。分かりました」

 

「なに、そう悲観するものでない。この私とて、無様にくたばるつもりなど無い。娘達が力をつければ、何れまた相見えることになるだろう。それまでの、辛抱だ」

 

 ヴラディスさんは、残される社員の面倒を見るために、ここに残ってヤッハバッハと渡り合うのだという。

 ・・・ヴラディスさんの覚悟は、恐らく本物だろう。同じく人の上に立つ者として、その姿には感服させられた。―――これでは、ますます依頼を完遂しなくちゃ、という思いになってくるわね。

 

「という訳だ。娘達のこと、頼んだぞ」

 

「―――はい。任されました」

 

 私は彼と視線を合わせて、依頼の承諾を明言する。

 

「では、これがその前金と報酬だ。もう払う時期など無くなるだろうからな。これを使って、装備を整えてくれ」

 

 そう言ってヴラディスさんが取り出したのは、5万Gが入力されたマネーカードだ。

 

「え?こんなに、良いんですか!?」

 

「うむ。娘達の安全を図るためだからな。持っていけ」

 

「あ・・・はい!有難うございます」

 

 ―――前払いで報酬を受け取っちゃあ、ますます失敗する訳にはいかなくなったわね。艦隊の皆のためにも、あの姉妹とヴラディスさんの為にも。今回は特別に、あのマッド共にこの資金を預けよう。彼等なら、きっとこの危機を乗り越える有意義な発明を繰り出してくれることだろう。救助の報酬は・・・武器弾薬や艦載機の購入に、若干の新造艦と宴会費・・・かなぁ。4万Gもあれば、それを果たすには充分な額だ。

 

「では、此方の用意が整い次第、出港する。それまでに準備を整えてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

「ああ、それをもう一つ・・・入りたまえ」

 

「ハッ!」

 

 話し合いもこれで終わり、一度艦に戻ろうとした私達を、ヴラディスさんが引き留めた。・・・台詞から察するに、どうやら会わせたい人物がいるらしい。

 

「警備部門所属、バリオ・ジル・バリオ、出頭しました」

 

「同じくウィンネル・デア・デイン、参りました」

 

「あ、あんた達は・・・」

 

 思わぬところで、見知った顔を見かけて驚かされた。

 バリオさんにウィンネルさん・・・この二人は、カルバライヤ・ジャンクションでグアッシュ退治に協力して以来の関係だけど、どうしてこんな場所に―――

 

「よう、久しぶりだな。可愛い艦長さん」

 

「茶化すなよ、バリオ。・・・久しぶりだね、霊夢さん」

 

「え、ええ・・・ひさしぶり。―――でも、どうしてこんな場所に・・・?」

 

「ああ、それはだな―――」

 

「私が、雇った」

 

 バリオさんの声を遮って、ヴラディスさんが明言した。

 

「聞けばこの男、忠義の為に組織を抜けてまで義を通そうとしたらしいではないか。その心意気を、私は買ったのだ」

 

「いやぁ、忠義って程でも無いんですがねぇ。ああ、それとウィンネルは俺が軍から引っ張ってきた。なんでも社長さんが"人手が欲しい"って言うもんだからねぇ。アーヴェストの戦争が起こって軍に行っちまったコイツを、俺が引っ張ってきたって訳さ」

 

「バリオ・・・全く、僕はあのまま軍でやっていくつもりだったんだが・・・」

 

「まぁ良いじゃねぇか。また一緒に働けるんだしよ」

 

「確かにそうではあるけど・・・」

 

 やはりバリオさんとウィンネルさんは昔からの仲なのか、互いに軽口を叩き合う。だけど、ヴラディスさんがゴホン、と咳払いをすると、彼らの私語も自然と止んだ。

 

「この二人、聞けば貴様と面識があるそうではないか。そこを考えて、任務中は連絡要員として二人を艦に乗せて欲しい。無事に大マゼランに着いたなら、そこの二人は好きに使ってもらって構わん」

 

「つまり、クルーとして使ってもいい、ということですね?」

 

「そうだ」

 

 ヴラディスさんが言うには、彼等を依頼の間は連絡要員として乗せろ、ということらしい。おまけにクルーとして使ってもいいと来た。万年人手不足のわが艦隊に、二人とはいえ人手が加わることが約束されたというのだから、これを断るという手はない。

 

「・・・らしいですね。という訳みたいなので、バリオさんにウィンネルさん―――また宜しくお願いします」

 

「おう。ゼーペンストの件でも借りがあるしな。よろしく頼むぜ」

 

「僕からも、よろしく。共に戦えて光栄さ」

 

「それはどうも」

 

 契約の証として、私は二人と握手を交わした。続いて二人は早苗と、チーフとも握手を交わす。・・・早苗はともかく、全身装甲服のチーフの前では少し引いていたけれど。そういえば、装甲服を脱いでないのによく中に通されたなぁ、うちの海兵隊。

 

「・・・挨拶は済んだな。では、私から最後にもう一つ、君達に贈るものがある」

 

「これは・・・?」

 

 ヴラディスさんは立ち上がって、私に一枚のデータプレートを渡した。

 

「それはバウーク級戦艦のデータだ。アーヴェスト戦争の折に我が社に発注されたのだが、肝心の戦争が終わって放置された不良在庫が何隻かある。それも好きに使え」

 

「え、でも・・・それって軍の機密とか・・・」

 

「そんなものはどうでも良い。こんな状況だ。使えるモノは何でも使う。―――娘の為ならな」

 

 私がデータプレートの中身を眺めている間に早苗がそんなことを聞いていたけど、本当にそれで大丈夫なのだろうか・・・

 

 ちょっと諸元を眺めてみたけど、この艦首に長い羽根みたいなのが付いてるバウーク級とかいう戦艦、どっかに売って資金の足しにした方が良さそうだ。デフレクターこそ分不相応な程に強力だけど、ヤッハバッハの前では肝心の艦体強度もジェネレータ出力も足りないし有っても無いようなものだ。オマケにデフレクターに出力を喰われてるからビームも戦艦の癖に使い物にならないときた。

 カルバライヤ政府にとっては何か使い道があるからこんなフネを作ったのでしょうけど、ヤッハバッハを前にした私達にとってはただの鉄屑でしかない。ヴラディスさんも、態度からしてこのフネにはスクラップ程度の価値しか見出だしていないようだし、やはりここは資金と資材の足しにする方針で良いだろう。仮にも戦艦だ、最低でも一隻2万Gで売れてくれることだろう。

 

「・・・分かりました。有り難く使わせていただきます」

 

「うむ。では、成功を祈っておるぞ」

 

「はい。任せて下さい」

 

 最後にヴラディスさんと挨拶程度に言葉を交わして、私達はスカーレット社本社ビルを後にした。

 

 

 

 

 

 ・・・決戦(逃走)に向けた準備が、いま始まる。

 

 





第七五話、以上です。ここから新章となります。尺の都合でモルポタさんの格好いいシーンはカットとなりました。南無。まぁ他の人が丁寧に書いてるし、何より原作と全く変わらないので。そのうち書く暇があったら追加するかもしれません。果たしてモルポタさんの格好いいシーンとはなんぞやという人は、是非とも原作ゲームをお買い求め下さい。(露骨なダイレクトマーケティングw)

今回、というか今回しかマトモな登場シーンが無さそうなヴラディス社長は、見た目のイメージはFate/EXTRAのヴラド三世にスーツを着せたようなものです。レミィの道中曲が「ツェペシュの幼き末裔」なんて名前ですから、彼女達の父親役には適任でしょう。(尤も、作中のレミィは東方のレミィによく似た誰かさんですがw)

本作の何処に興味がありますか

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