夢幻航路   作:旭日提督

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第七六話 博麗幻想郷(Ⅳ)

 

 ~カルバライヤ本国宙域・惑星バルバウス宇宙港~

 

 

 スカーレット社の本社に赴いて報酬と新たな依頼を受け取った私達は、その任務のための準備に邁進していた。

 

「…了解した。では、この資金は我々が有り難く使わせてもらうぞ」

 

「ええ。今回は特別に制限はかけないわ。パーッと新しい装備品、作って頂戴」

 

 私はサナダさんに、スカーレット社のヴラディス社長さんから受け取ったマネーカードの一部を渡す。

 

 依頼の報酬と新たな依頼の前払い報酬、それに受け取ったバウーク級戦艦の売却費用で15万Gは稼げたから、そのうち3万をサナダさんとにとり達に預けて新兵器開発費用に回した。

 残りの12万は、新造艦と艦載機、武器弾薬の補充費用や食料、修理物質や日用品などの各種必需品に回している。今回は大マゼランまでの長旅になる予定だし、途中のマゼラニックストリームでもヤッハバッハの侵攻スピードによっては充分な補給ができないかもしれない。だから、航海に必要なものはここで可能な限り買い込んでおく。

 

「ふむ。では艦長、我々科学班の働きに期待してくれたまえ。ああ、それと新造艦の件だが、作る艦は決まったかな?」

 

「ええ。とりあえず空母代わりにヴェネター級機動巡洋艦を一隻、それとクレイモア級無人重巡洋艦を1隻、ってところね。無人運用ならモジュールは最低限で済むし、それぐらいは可能でしょう」

 

「了解した。クレイモア級については、既に就役艦も超遠距離射撃砲の搭載工事を始めている。新造艦もその仕様で良いな?」

 

「構わないわ」

 

 資金を渡したついでに、サナダさんと新造艦の建造方針についても話す。

 新造艦に使える資金は8万ぐらいだから、大型巡洋艦2隻で建造費が大体6万G、武装は元から性能がいいやつが付いてるから換装にそれほどお金はかからないし、あとはヴェネターの艦載機の生産資金と内装資金に回しても足りるだろう。

 艦名については、ヴェネター級が〈ガーララ〉、クレイモア級が〈伊吹〉となる。

 

「そういえば…バリオさんが乗ってたバゥズ級重巡もうちの艦隊に入るんだっけ。そっちの工事はどうなってるの?」

 

「あの艦か…あれについては、各部の装備品をバゥズII相当にアップグレード、デフレクターとS(シールド)フレーム、Sジェネレータ、そしてコントロールユニットを我々のものと同様のモジュールユニットに換装している。後は、機関室にワープドライブを増設、だな。幾ら防御に優れるカルバライヤ製艦船とはいえ、それはあくまで小マゼランの中での話だ。ヤッハバッハと渡り合うには荷が重い。防御面を中心に、徹底的に弄らせてもらった。性能としては、大マゼランの軽巡洋艦クラスには届くほどには強化できただろう」

 

「なら安心ね。バリオさん達には、引き続きその艦に乗ってもらいましょう。コントロールユニットの設置で浮いた人員は、〈高天原〉の要員に回しておくわ。あそこ、艦橋クルーしか居ないからね」

 

 そして新たな依頼を引き受けるにあたってうちのクルーになったバリオさんとウィンネルさんの保安局組二人だけど、この二人が今まで使っていたバゥズ級重巡洋艦もうちの艦隊に編入されることになった。なのでこの艦隊に随伴できるよう改装させているんだけど(ちなみに費用はスカーレット社持ちだ。大企業様々ねぇ~)、…案の定、マッドの手で中身は原型を留めないほど改装され尽くしているようだ。……そこまでしないと小マゼラン艦ではヤッハバッハに太刀打ちできないって理由もあるんだけどね……

 

「……ところで艦長、もう少しいいかな?」

 

「…なに?」

 

 サナダさんが神妙な顔つきをして、話題を切り替えてきた。

 なんか……警戒するような感じ、かな…?

 …あの人があんな顔をするなんて、一体何の話だろうか。

 

「統括AIユニットの話なんだがな……どうも最近、アレが此方からのアクセスを拒絶しているのだが……それがどうも気になってな。本来管理者権限の変更はアレ単独では為し得ないんだ。もしかしたら、なにか異常があるのかもしれん。コントロールユニット本体と義体ユニットの精密検査を進言する」

 

 ……これは、ちょっと不味い事態なのかな…?

 アレは建前上、というか最初はただの統括AIだったけど、いまではどういうわけか早苗の魂魄が入り込んでいるし……

 サナダさんに中身を覗かれたらなにが起こるか分かったものじゃない。それに早苗の方からサナダさんのアクセス権限を制限してるってことは、きっと「乙女の中身を覗くなんて破廉恥です!」って意味だろうし……ここは早苗の味方をしておこう。

 

「……その必要はないわ」

 

「…なに?」

 

 私の返答に、サナダさんが眉をひそめた。

 

 それもそうだろう。本来私はAI工学なんて素人も同然だ。普通なら専門家のサナダさんの進言を聞き入れて然るべきところだが、私はそれを拒絶した。事情を知らないサナダさんからすれば、まさに寝耳に水だろう。

 

「…本気か?艦長」

 

「ええ」

 

「………そうか。だが、これだけは言っておくぞ。AIが権限外の行動に出ることは危険な事態だ。暴走を招く恐れもある。それは承知して欲しい」

 

「それは無いわ。少なくとも、アレは私を裏切ることはない。だからコントロールユニットも義体も、いつもの検査で充分よ。精密検査をするにしても、それは機能面や部品の耐久度に異常がないか調べるだけにして頂戴。メモリーを覗く必要はないわ。これは命令よ」

 

「……分かった。艦長の命令だというなら従おう……ただ、異常があった場合は此方の独断で行動させて貰うぞ」

 

 サナダさんはそう言うと、背を向けて去っていった。

 

 …さっきは早苗を庇ったけど、あれで大丈夫よね……?

 

 あの子、時々暴走気味だからちょっと心配になってくるんだけど……

 

 

 

「れ・い・む・さんっ!」

 

「ひやぁっ!?」

 

 突然、視界が真っ暗になる。

 

 何事かと思ったら、どうやら掌で目を塞がれたらしい。

 

 あまりに唐突だったので、情けない叫び声を出してしまった……ちょっと恥ずかしい……

 

「さ、早苗!?」

 

「はい♪あなたの可愛い早苗ちゃんです!」

 

 噂をすれば何とやら、ご本人の登場だ。

 

「なんだ、あんたか……驚かせないでよ」

 

「あれ、なんか予想と違う反応……もっと騒ぐかと思ったのに。うぎゃー、って」

 

「失礼ね。昔とは違うのよ」

 

 初っぱなから何気に失礼しちゃうわね……どうも肉体年齢に精神が引っ張られてる感があるとはいえ、昔に比べたら落ち着いている……つもりよ。ちょっとした悪戯程度じゃ流石に怒らないわ。

 

「なんだ、残念。それより霊夢さん、どうしたんですか?なんか難しい顔つきをしてましたけど」

 

「うん?ああ……別に何でもないわ。ちょっと考え事してただけ」

 

「ふぅ~ん」

 

 私が誤魔化すようにそう弁明すると、早苗が神妙な顔つきで私を覗き込んでくる。

 

「あ、ああ、そうだ………あんた、その身体でなにか不都合とかない?……ほら、昔と違って生身じゃないんだから、苦労してないかな……なんて」

 

「考え事って、もしかしてその事ですか?……あ、はい。意外と不自由はしてないですよ。この身体になってから、生活は昔と同じように過ごせてますし。むしろ、便利過ぎる位です。それに、色々面白いですし………。なので、特に困ってることはないですねぇー」

 

「そう……なら良かったわ」

 

 早苗が大丈夫って言うなら多分そうなんだろう。少し安心した。……色々面白い、のくだりで邪悪な笑みを溢していたことには触れないでおこう。うん。

 

「あ、強いて言うなら……昔と同じように、とは言っても頭は完全に人間のそれじゃないですから、記憶の処理が少々面倒なとこですかね……それ以外は、特に不自由してません」

 

「記憶の処理?」

 

 それの処理が面倒とは、どういうことなのだろうか。……ちょっと気になるかな。

 

「はい。実はですね、AIの記録回路はヒトの頭と違って不要な情報も溜め込まれちゃうんですよ。それを定期アポトーシスで消去する仕組みになってるんですけど、それでも人間の脳には及ばないので、10年かそこらでボケちゃうんですね。管理局のAIとかは、そうなる前に新しいドロイドを要請して回しているらしいですけど」

 

 うわ……10年でボケるって、聞いてて心配になってきたわ。……早苗は大丈夫なのだろうか?

 

「あ、霊夢さん!いま"うちの可愛い早苗ちゃんは大丈夫なの!?"って思いましたね!ええ、心配ありませんとも!今でこそメンテナンスベッドでわざわざ記憶の選別をしないと充分にゴミデータを削除できないんですが、どうやらこの義体?に私の魂魄がどんどん移ってきてるみたいでしてね……ここの造りがより人間の頭に近づいてますから、そのうち面倒なことをしなくても人間と同じように睡眠で記憶を整理出来るようになる筈です!……たぶん」

 

 早苗が自分の頭と差して、そう説明した。しかし、魂魄が移るとは……確か、最初はコントロールユニットの中に転生したとか言ってたから、そこから魂が義体に移ってる?ってことなのかな?それで、魂が設計図みたいに作用して義体の造りも人間に近づいてる、と。……う~ん、よく分からないわね……

 

「大丈夫ですか霊夢さん?理解できましたか?」

 

「え?あ……うん。大筋は」

 

「それなら大丈夫ですね!そういう訳ですから、多分10年でボケるなんてことは無いです!ご安心下さいね!」

 

 そう言うと早苗は、背中から腕を回してぴたりとくっついてきた……。ああもう、だから暑苦しい!くっつくな!

 

「ちょっと、近い……近いってば!」

 

「もぅ、ちょっとぐらいは良いじゃないですか~。霊夢さん、つんでれってやつです?」

 

「あんた……ボケないとか言っときなが、らもうボケてるんじゃないの 」

 

「違います!ボケじゃないです!色ボケです!」

 

「同じじゃない!」

 

「違いますよぅ、もう……!だから霊夢さん、ハグさせて下さーい!」

 

「ああもう、離れろ!鬱陶しい!!」

 

「いや~ん、霊夢さんのいけずぅ♪」

 

 

 

 だからもう、何でこの娘は隙あらば私にくっつこうとしてくるのよ……そういうのは駄目って前言ったのに……あ、ちょ……体勢が崩れて……

 

 

 

 ………暴走した早苗を引き剥がすまで、とんでもない目にあったわ………やっぱりサナダさんに精密検査させてやろうかしら、この色ボケ緑巫女め 

 

 

 

 ...............................................

 

 

 

 ~〈開陽〉自然ドーム~

 

 

 

 …さて、もう大体人は集まっているかな?

 

 私は神社の裏手にある広場を見回して、状況を確認した。

 

 この惑星に入港してから数日で、大体出港の準備は整ったので、対ヴィダクチオ、ゼーペンスト戦勝記念とこれからの航海の成功祈願を兼ねて、また宴会を開くことになった。

 しばらく戦闘続きな上にこれからの航海はどんどん厳しくなってくるだろうから、こういう機会もやはり必要だろう。人間ってのは適度に息抜きしないとやってけない生き物だからね。

 

「……大体集まってるみたいね。じゃあちょっと早いけど始めるわよ!今夜は無礼講よ!朝まで飲み明かしなさい!!」

 

 壇上で私が音頭を取ると、うおー、やら乾杯やら、クルー達の騒ぎ声が一気に聞こえてきた。うんうん、やっぱり宴会はこうでなくちゃ。善きかな善きかな。

 

 ん………あれ?航空隊のなかに混ざってるの、あれ神奈子じゃない。しかも何も違和感なく溶け込んでるし。一体どういう裏技使ったのよ。

 

「あ、霊夢さん……もう始まってるんですね」

 

「ええ。もうみんな大体集まってるし、なら始めちゃおうかなって」

 

 そういえば幻想郷の頃は、集まったら私なんか無視して勝手に妖怪共でおっ始めてたからねぇ、宴会……。0Gになってからは、一応艦長の私が音頭を取って始めるようになってるけど。

 

「どうします?何処かに混ざりに行きますか?」

 

 すると、壇上に早苗が登ってきて、私の隣に立った。

 

「いや、いいわ。みんなそれぞれ楽しんでるみたいだし。私はちょっと野暮用あるから、あんたも好きにしてていいわよ」

 

「そうですか……?なら、霊夢さんと一緒の方が……」

 

「……あんたは二柱の子守をしてて。お願い」

 

「え?神奈子様と諏訪子様の、ですか……って、神奈子様!?いつの間にクルーの中に、なんかもう何人か酔い潰して………では、行ってきます!霊夢さん」

 

「はいはーい。行ってらっしゃい。よろしくねー」

 

 宴会場で何故か暴れている神奈子の姿を見て、慌てて駆けていく早苗の姿を見送って、ひとまず私はその場を後にした。

 

 

 .............................................

 

 

 

 

「なんだ……お前か」

 

 神社の裏手にある広場から移動して、境内のなかを適当に見て回る。

 

 それは、広場の喧騒から離れた鳥居に隠れるように佇んでいた。

 

「…やっぱり、此所に居たのね」

 

「何処に居ようと、私の勝手だろ」

 

 素っ気ない態度を取る目の前の私によく似た少女……霊沙に私は声をかけた。返事は……予想通り、何の可愛げもない憎まれ口。

 

「そうは言ってられないの。いまの私は艦長なんだから、クルーの状態を確認するのも私の仕事なの」

 

「……何が言いたい?」

 

 私が霊沙にそう言うと、彼女は眉を顰めて、睨むような目付きで私に視線を合わせてきた。

 

「…あんた、前からなんかおかしいんじゃない?特に、ヴィダクチオで戦ってた中頃辺りから」

 

「………!、べ、別に何でもないわ。気のせいよ」

 

「そう?にしては、昔とは随分様子が違うみたいだけど?例えばほら、いまの口調とか、ね……」

 

「……チッ」

 

 やはり図星、か……。

 霊沙はさも面倒そうに、舌打ちで返してきた。

 

 ……最近の彼女の変容は、あまりに過ぎる部分がある。昔なら見敵必殺とばかりに飛行機に乗せれば調子に乗るし、今日みたいに宴会にでもなれば航空隊の連中なんかと絡んで騒いでいた。それが、最近では()()()()()

 前のヴィダクチオとの決戦だって、いつもは戦果拡大とばかりに勇んで飛び出していく癖に、あのときはどうも義務感で飛び出してた節があった。その時点で、今までのコイツとは違う。

 ここまであからさまなら、私でなくとも、彼女の変わりようには気づくだろう。

 

「……お前には、関係ない」

 

「言った筈よ。クルーの状態を確認しておくのも私の務めだと。……あんた、何があったの?あの魔理沙みたいな訳の分からない奴が原因?」

 

「っ……!、だから……何でもないわッ…!!」

 

 振り払うように語気を強めて、霊沙がそう吐き出した。

 

 その場から離れようとする彼女の腕を、私は掴んで引き留める。

 

「………何のつもりだ?」

 

 意に反して引き留められた霊沙が、怒りを含んだ強い語気で、私を睨み付けながら言う。

 

 

「…この際だからハッキリさせておこうと思ってね。……あんた、何者?」

 

 

「それは………」

 

 腹の探り合いなんかは面倒なだけだし苦手なので、直接、核心部分をぶつける。

 

 私の台詞を聞いた霊沙の顔は、明らかに動揺しているように見えた。

 

「何者かなんて、前言った通りだろ……?別のお前と「別の私と戦って封印されたタダのコピー妖怪だ、かしら?」っ……!」

 

 視線を反らして呟く霊沙に割り込んで、私がそう告げる。

 

 霊沙はさらに、動揺を強める。まともに私の目も見ない。

 

「……それ、嘘でしょ。さっきも言ったわよ、この際だからハッキリさせておこう、って」

 

「くっ………!」

 

 霊沙は苦虫を噛み潰したような表示をして、俯き加減で吐き捨てた。……やはり、これも図星、か。

 

「……いや、戦って封印された、ってのは嘘じゃない」

 

「あら、そうなの。……と、いうことは、あんたは単に別の私をコピーして生まれた妖怪ではない、って事ね」

 

「…………」

 

 彼女は、応えない。

 

 だが、その言い草からすると、そういう解釈で間違いはないのだろう。

 

「もう一度訊くわ。あんたは何者?」

 

 語気を強めて、彼女にそう言い放つ。

 

「…ついでに、あのマリサとかいう奴が何者なのかも教えてもらいましょうか」

 

 やはり艦長として、得体の知れない奴を置いておくというのは気が引ける。マリサの例もあるし、白か黒か、ハッキリさせておくべきだ。それが、この艦隊を預かる私の務めだ。

 もしこいつがあのときのマリサみたいに突然矛先を向けてくるような時があるのなら、そのときは消さないと……

 

 それに、彼女がおかしくなったのはマリサを乗せてからのことだ。ならその間に、何らかの因果関係があって然るべきだろう。それを確認するためにも、彼女にアイツの正体を尋ねる。

 

「………るさい」

 

 霊沙の口元が、僅かに動く。

 

 

「五月蝿い……ッ!」

 

「きゃっ……っ!!」

 

 霊沙は私を押し退けるように突き放し、首根っこを捉えられては思いっきり後ろの鳥居にぶつけられる。

 

「くっ……、あ、あんた……!」

 

「五月蝿いって、言ってるでしょ……!!」

 

 霊沙は怒りの籠った瞳で、強く私を睨む。

 

 ……いや、あれは怒りなんてものじゃない。憎しみだ。

 彼女は憎悪の籠った瞳で私を睨み付けながら、首根っこを抑える手に力を入れる。

 

 …霊沙、指が、喉元に食い込む。

 

「放、しなさい……っ!!」

 

「があ……ッ!?」

 

 力強く首元を握られる苦しさから、私は彼女の身体を押し飛ばす。

 振り払われた霊沙の身体は、力なく地面に倒れた。

 

「あんた…何のつもり……!」

 

「……済まん。少し、動転していた」

 

 今度は私が霊沙を睨んで、先の行為について問い詰める。が、先程までの気迫はすっかり薄れて、彼女は俯いて意外にも素直に謝罪の言葉を告げた。

 

「……なら、いい加減質問に答えてもらうわ」

 

「それは………っ……」

 

 だが、あの質問のこととなると彼女は途端に口を噤んだ。

 

 ……そこまでして答えたくないというのなら、相当な訳ありだろうということは想像がつくのだが……生憎此方も艦隊の運航と乗組員の安全のために、得体の知れない奴をそのまま置いておく訳にはいかない。余程のことでない限り、答えてもらわないというのは困る。

 

「……どうしても、今は答えられない……答える訳にはいかないの」

 

 霊沙は震えた声で、そう答えた。

 

「……理由は?」

 

「…………これは、私の問題だから。関わらないで」

 

「関わらないで、って言われても、こっちは「だから、博麗霊夢(オマエ)は関わるなっ…!!」―――ッ!?」

 

 突然語気を強められて明白に拒絶され、思わず一歩、後退りしてしまう。

 

「だから………これは■■■■(わたし)の問題なの………だから、これ以上、関わらないで」

 

 彼女は息を荒げ、今一度、拒絶の意志を明確にする。

 

「でないと……私は霊沙として振る舞えなくなるから……」

 

 最後にまた、憎しみの籠った瞳でそんな台詞を吐き捨てると、彼女はふらふらと幽鬼のような足取りで立ち上がり、境内に背を向けた。

 

「……最後に、これだけは言っておくわ。……私が霊沙()である間は、貴女と敵対することはない。…お前が懸念することも、起こさない。だけど、これ以上刺激されたら自分でも■■■■()を抑えて居られなくなるわ……」

 

 そんな台詞を残して、彼女は宵闇のなかへと消えていった。

 

 

 

 ―――自分を抑えて居られなくなる、か……。深い意味は分からないが、あの様子から察するに容易には触れられないものだろう。……まさに、藪をつついたら蛇が出てきたようなものだ。……彼女のことについては、問題を起こさない限り一時保留、としておいた方が良さそうだ。依然として正体やマリサのことについては気掛かりではあるが、肝心の彼女があんな様子だというのなら、流石にこれ以上問い詰めるというのも気が引ける。これ以上彼女を問い詰めては、言われた通り何が起こるか分からない。……そんな様子だった。

 

 

 

 

 

 

「あ、れいむさーん」

 

「………なんだ、早苗か」

 

 彼女が去ったのと入れ替わるように、早苗が神社の方角から現れた。

 

「れいむさん、ひっく………こんなところれぇ………なーにしてたんれすかぁ~!ひっく……」

 

 あ、駄目だコイツ……完全に酔っぱらってる。

 

 まともに呂律も回ってないし、顔も真っ赤だし……一体どんだけ飲んだのよ。いや、確か早苗は酒に弱かった筈……でも、今は生身ではないというのに、どうしてそこまで酔っぱらうのだろうか。そこが不思議ではある。

 

「あーハイハイ、野暮用は終わったから、あんたの介抱でもしてやるわよ。ほら、ついてきなさい」

 

「えー?わたし、よってないれすよぉー。ひっく。ほら」

 

 早苗はそう言うと、手に持った一升瓶を傾けて、ぐびっ、と中身を口に注いでいく。

 

 ……何処からどう見ても酔ってるじゃない。こんな様子なら、宴会場に戻す訳にはいかないだろう。誰だ、コイツにこんなに飲ませた奴は………ああ、あの二柱か。後でとっちめておかないとね。

 

「ほら、こんなに酔ってるんだからもう酒は飲まない!没収!」

 

「ふぇぇ……こんなの潤滑油みたいなもんですよぉ……平気れすって」

 

「だから!何処からどう見ても完全に酔っ払ってるじゃない!私が面倒見てあげるから、あんたは何も言わずついてきなさい!」

 

 私は強引に早苗から酒瓶を奪い取り、手を掴んで神社に向かう。少々乱暴だが、こうでもしないと言うこと聞かなさそうだし……

 

 ……すると唐突に、早苗が後ろから抱きついてくる。……って、酒くさっ!

 

「ぅえへへ――れいむさん、あったかーい」

 

「……んもう!だからくっつくなって、言ってるのに……!」

 

 またくっついてきた早苗を引き剥がして神社の布団まで連行するのに、だいぶ時間が掛かってしまった。

 

 なんでいつもいつも、この娘は私にくっつきたがるのよ、もう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .............................................

 

 

 

 

 宴会の喧騒から離れた艦内の一室で、彼女は糸が切れた人形のように、ベッドに横たわっていた。

 

 電気一つ点けられていないその部屋は、調度品は荒れたまま放置され、壁には幾つもの摩られたような傷があった。

 

 

 

 

 

 ―――ふふふっ、漸く、落ち着かれましたか。

 

 …頭のナカで、声が響く。

 

 あの胡散臭かった賢者と同じコエで、同じカオで、アイツは私のなかで囁く。

 

 ―――アレに手を出してはいけませんよ?今回の掃除(オーダー)の主力は、あくまでもあの娘なのですから……

 

 そう……私は脇役。いや、単なる最終手段に過ぎない。しかし……一度は弓を引いた私を再び使おうとしようとは、博麗(幻想郷)も余程の物好きらしい。……いや、単に私以外、最終手段足り得ないからか……

 

 だがまぁ、アレに同情する所がない訳でもない。アレの様子は、少なくともあんな経験をしてきた奴の顔ではない。……相応に自己嫌悪は有るだろうが……。にも関わらず、こんな私の後釜に据えられようとしているとは……何とも哀れなものだ。アレでは到底、■■■としては耐えられまい。

 

(それは……私の気にするところではない。私はただ、アレの予備として控えていればいい。もし抑止が失敗するようなことになれば、私はこの幻想を焼却すればいいだけだ……それでやっと、楽に、なれる……)

 

 アレが後釜に座るというのならば、今度こそ私はお役御免だ。……わざわざ機を伺って殺しに行ったのが阿呆らしく思える。………いや、そうして弓を引いたからこそ、やっと破棄されるのか……

 

(……んで、結局あいつは何なんだ――?やっぱり、あの■■■■■なの……?)

 

 ―――さぁ?それは貴女には関係のないことですわ。掃除(オーダー)の邪魔となるなら、今まで通り、消せばいいだけでしょう?()()も殺したのですから、今更躊躇うことなど無いでしょうに。………いや、"彼女"以外に幅を広げるたなら、最早数えきれないぐらい始末している(殺している)でしょうに………

 

(……黙れ)

 

 ―――あら、怖い怖い。これではまた、あのときのように矛先を向けられてしまいますわね。

 

(だから………黙れッ!)

 

 頭のナカで呟くソレに、強く念じてそのコエを掻き消す。

 

 やっと五月蝿く騒ぐソレは、黙る気になったようだ。

 

(……私は、また…あいつを………)

 

 殺さなければならないのだろうか。ただでさえあの容姿と声に、あの言い草だ。……間違いなく、アレは■■■■()を知っている。それなのに、また……

 

 ……今生のあいつは、何の因果か一度目は死んでなかった。今度こそ始末したとも言えない。………やっぱり、また始末する羽目になるのだろうか。やはり、幻想は残酷だ。

 

 

 

 

 ………もう魔理沙(あの子)だけは、二度とこの手に掛けたくなかったというのに………

 

 

 

 

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