夢幻航路   作:旭日提督

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連投二つ目。小マゼラン篇最終回。


第八十話 ヴァナージの閃光

 

「左舷上方より敵突撃艦多数!」

 

「前方、敵戦艦接近!」

 

 敵艦隊の陣形内部に突入してから、未だに戦闘が続いている。

 ハイストリームブラスターを発射した直後、ユーリ君から『敵旗艦を落とす』という通信だけが届き、彼は未だに交戦中だ。あのハイストリームブラスターで周りにいた敵の大半は削ることができたが、それでも尚数は多い。彼だけを置いていく訳にもいかないし、敵旗艦を撃破できればそれだけヤッハバッハに与えられる混乱が増す。なのでその間、私はサマラの〈エリエロンド〉と共に向かってくる敵艦隊をひたすら迎撃していた。

 

「駆逐艦〈タシュケント〉反応無し!」

 

 VFとジムの防空網を突破した敵の艦載機〈ゼナ・ゼー〉の群が艦隊に対し急降下を仕掛け、クラスターミサイルの雨を降らせる。狙われた駆逐艦はクラスターミサイルを全身に浴びてシールドジェネレータに過負荷を掛けられ、オーバーロードを起こして轟沈した。

 

「チッ………艦載機隊は!?」

 

 此方の艦載機隊は、度重なる敵の空襲で半分以下にまで数を減らしていた。押し寄せるヤッハバッハ艦載機隊をジムとゴースト、そしてVF-11の編隊が迎撃するが、数に押されて何度もその突破を許してしまう。その度に、防空隊は徐々にその数を減らしていった。

 

《此方ヴァルキュリア2、弾薬が枯渇、加えて推進材も残量20%以下です。補給のため着艦許可を求めます》

 

「HQ了解。ヴァルキュリア2、着艦を許可する」

 

 連戦の航空隊にも、徐々に疲労の色が見えてきた。その点無人機は疲労を気にしなくて良いのだが、如何せん有人機に比べると動きが直線的で被弾率も高い。幾ら高機動といえど、百戦錬磨のヤッハバッハ進攻軍からしたらそれほどの強敵では無いらしい。

 

 だが、此方とて負けている訳ではない。

 

 肩に「01」~「03」とペイントされた三機のサイサリスはSFSで加速した後に敵艦の前に躍り出て、背中のミサイルコンテナとバズーカから量子魚雷を全弾発射、頑丈な筈の敵戦艦を一撃で物言わぬデブリへと変貌させる。被撃墜が目立つジム隊もスターク装備の機は持ち前の機動力で敵を翻弄し、両手と背中のマシンガンの火線に敵機を絡め取って撃墜する。スナイパー装備の機は戦闘で生じたデブリの中に上手く身を潜ませて、敵の突撃駆逐艦や被弾して動きが鈍った敵機をそのスナイパーライフルで貫いて沈めていく。

 

《ガーゴイル1交戦エンゲージ!》

 

《――ガーゴイル2、交戦エンゲージ!!》

 

 補給に戻ったディアーチェ達のヴァルキュリア隊と入れ替わりに、今度はマークさん達ガーゴイル隊が格納庫から飛び出す。発艦した2機のスタークスライダーは早速手頃な敵艦を見付けると重荷の対艦ミサイルをその艦にプレゼントして、未だに押し寄せる敵機とのドッグファイトに移行した。

 

「ガルーダ隊、エリアD-1が突破されかけている。直ちに援護に向かえ」

 

《ガルーダ1了解。エリアの援護に向かう》

 

 ノエルさんの航空管制の下で有機的に運用される航空隊は、その数からすれば破格の活躍を上げていると言っても過言ではない。数にして自軍の損害の5倍近くの敵機を既に撃墜、航空隊単独で26隻の敵艦船を撃沈破していた。しかし、そろそろ限界が見えてきているのも事実だ。

 

「右舷より敵巡洋艦!」

 

「主砲4、5番、一斉射!!」

 

 艦隊の方でも、既に数えきれない程の敵艦船を撃破している。が、敵の攻撃を受け止め続けるのもそろそろ限界だ。ユーリ君が上手く敵旗艦を破壊してくれたら良いんだけど……

 

「巡洋艦〈サチワヌ〉、駆逐艦〈ズールー〉轟沈!!」

 

「敵旗艦、インフラトン反応拡散中!〈ミーティア〉反転します!」

 

「よし、やったか!」

 

 遂に、ユーリ君が敵の旗艦に打ち勝ったようだ。ボロボロになった敵旗艦に背を向けて、アイルラーゼン艦隊の方向へと離脱を開始した。

 

「私達も戦線を離脱するわ!ユーリ君の艦隊に続いて!」

 

「アイアイサー!!」

 

 押し寄せる後続艦隊から敵旗艦と一騎討ちを演じていたユーリ君を守るように展開していた艦隊を、その場で180度旋回させる。そしてユーリ君に続いて、敵旗艦の脇を通り過ぎるコースを指示した。

 

「艦載機隊、帰還せよ!」

 

《ガルーダ了解》

 

《此方ガーゴイル、了解した!》

 

 展開していた艦載機隊も、援護に必要なごく一部を除いて母艦へと帰投する。その数は、開戦時の三分の一以下にまで減っていた。

 

《……アルファルド1よりHQ、VOBの再装着完了。撤退を援護するぞ》

 

「HQ了解。……気を付けて下さいね」

 

 撤退する大半の艦載機隊に反して、艦外作業でVOBを再装着された霊沙の〈グリント〉は、友軍を援護すべく単機で敵編隊に突撃する。凄まじい相対速度での擦れ違い様にマイクロミサイルを乱射して敵編隊に大打撃を与えた彼女は、ブースターを付けたまま急旋回して艦隊と同行する進路を取り始める。

 

 ……最近のあいつには心配しかないのだけれど、こと戦闘に至っては以前のようなキレを取り戻しているように見えた。

 

「艦長、前方に敵旗艦の残骸!」

 

 暫くして、ユーリ君が撃破した敵旗艦の変わり果てた姿が見えてくる。

 ……それを見た私は、あることを思い付いた。

 

「……サナダさん、この艦と〈ネメシス〉のトラクタービームでアレを曳航して、撤退活動に支障は出る?」

 

「いや、再大出力ならば問題はないと思うが……まさか!?」

 

 サナダさんは私の意図を察したのか、驚きの声を上げた。

 ……使えるものなら、何でも使って生還してやろうじゃない。

 

「トラクタービーム起動!目標、敵旗艦!アレを盾にするわよ!」

 

「流石は霊夢さん、取る手がえげつないです。了解しました。本艦と〈ネメシス〉のトラクタービームで牽引を始めます!」

 

 撤退する艦隊の最後尾に位置するこの戦艦2隻は、敵から最も狙われる位置にある。ならばあの旗艦を盾にすることで、多少なりとも被害を軽減できるかもしれない。流石に敵さんも、自軍の旗艦に砲口を向けるのは躊躇うだろう。

 

 トラクタービームが始動して、ガコン、という鈍い音が響く。

 

 私の艦隊は最後尾に敵の旗艦だったモノを張り付けながら、背後から撃たれるレーザーの雨を回避しつつ敵艦隊中枢から離脱した。

 

 

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 ~ダウグルフ級戦艦〈ハイメルキア〉~

 

 

 総員退艦し、静まりかえったブリッジを一瞥して、ライオスは呟いた。

 

「無益なことを。この艦一つ失ったところで、何が変わるものか……」

 

 先程から、艦外が五月蝿い。恐らくは敵に盾代わりにされているのだろうとライオスは推測した。この艦に一騎討ちを挑んできた小マゼランの戦艦にしても、この〈ハイメルキア〉を叩いたところで10万の大軍が止まることはない以上、無駄に命を危険に晒しただけだとライオスは考える。この艦が沈んだところで、自分が生きていれば何も変わらないのだと。

 

 ライオスも部下に続いて、この盾代わりにされている元旗艦から退艦しようと席を立ったとき、その声は響いた。

 

「そんじゃ、アンタが死んだらどうかな?」

 

「むっ……!?」

 

 ライオスは、瞬時に声がした方向へと振り向く。

 其処に居た人影の姿を見て、ライオスは目を見開いた。

 

「トスカ………!?」

 

 彼の眼前に立ったのは、ユーリの下で副官をしている筈の女性、トスカ・ジッタリンダだった。

 

 彼女は拳銃の銃口をライオスに向けて、彼を睨む。

 

 ライオスは彼女……かつての許嫁の姿を見て目を細める。

 

「流石のヤッハバッハも、こうなっちまうとそこらの軍と変わらないねぇ。大した苦労もなくここまで登って来られたよ」

 

 彼女達……ライオスとトスカには、並々ならぬ因縁があった。

 

 かつて彼等は友好国の王族同士で、許嫁の関係だった。しかし彼等の国がヤッハバッハの攻撃を受けた際、ライオスは祖国を見限ってヤッハバッハの側に付いたのである。それ以来、トスカは復讐の機会を窺っていたのだ。

 祖国を見捨てた彼の本心は、彼にしか分からないまま。

 

「フッ………女の執着というものは恐いな。それとも未練というヤツかな?トスカ・ジッタリンダ………」

 

 ライオスは敢えて煽るような口調で、彼女の名を呼んだ。

 

「自惚れもそこまで行くと大したもんだ。ハッ、未練だ?ことアンタに関しちゃその真逆だよ!……いいさ。その腐ったプライドを抱えてここで死にな!」

 

 カチャリ、と引き金に掛ける指に力が入る。

 

「そうすりゃ、流石のヤッハバッハといえど一時的には動きが鈍るだろう。その間に、ユーリが逃げる時間くらいは作れる」

 

「ユーリ……?」

 

 ライオスは、トスカが口にした聞き覚えのない名前に内心で首を傾げる。が、直ぐにその正体に当たりをつけた。

 

「ふ、ふふふ………そうか、あの時の小僧か。随分と男の趣味が変わったものだな、トスカ」

 

 彼は、トスカが口にした名を恐らく、カシュケントで降伏勧告を告げたときに、彼女と共に自身の前に立った若い男のことだろうと推察する。

 

 彼の言葉に、トスカは眉を顰める。

 

「五月蝿いね………。同じ口を開くんなら命乞いでもしてみなよ!」

 

「フフッ、いや、済まんな………」

 

 銃口を向けられているというのに、ライオスは余裕の態度を崩さない。そんな彼の態度に、トスカはさらに苛立ちを強める。

 

「………だが、小僧の艦がとっくに沈められたことにすら気付かぬお前が哀れでな」

 

「ッ!?何だって………」

 

 ライオスが放った言葉に、トスカは目に見えて動揺した。その隙に、ライオスは一気に彼女との距離を詰めて―――その腹を切り裂いた。

 

「ふんッ!!」

 

「っが……ッ!?」

 

 ――数秒の間を置いて、鮮血が溢れ出す。

 

「クソッ、たれ………」

 

 ライオスは彼女の腹を切り裂いた剣を納め、振り替えることなく艦橋の出口へと向かう。

 

「……腹を切り裂いた。もうこれでブラスターは使えまい。……両手で抑えなければ腸が零れ落ちるぞ」

 

「ッく………ライオス………あんた………!」

 

「………私はこの宙域全ての敵を殲滅する。お前はそこで、私の勝利を見ているがいい」

 

 ライオスは最後にそう言い放ち、今度こそ艦橋を後にせんと歩き始める。

 

 

 ―――直後、ブラスターの鋭い発砲音が響いた。

 

 

「!?っ………」

 

 右の頬に、熱い感触。

 

 ライオスは静かに自身の頬に触れて、その傷を確かめた。

 

「なん………だと………!?」

 

 彼は信じられないようなモノを見る目付きで、トスカの方向を振り返る。

 

 つい先程無力化した筈のトスカは、両手でブラスターを構え、ライオスを睨んでいた。

 

「ユーリのところには……行かせないって言ってんだよ……!」

 

 直後、トスカの腹から鮮血が溢れ出す。

 

 彼女の意識は、一時そこで途切れた。

 

 

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「―――たぞ!―――者だ!」

 

「まさか、――きていようとは………直ぐに医――を呼べ!」

 

「イエッサー!よもや、―――のタイミングで見つけるとは、彼女も幸運だ」

 

「ぼやくな、――――。…………は重篤な状態だ!―――を動かせ!」

 

「アイアイサー!!」

 

 

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 ~〈開陽〉艦橋~

 

【イメージBGM:無限航路より「Mebius」】

 

 

 敵艦隊の中枢からの撤退に成功した艦隊だが、最早どの艦も満身創痍だ。現在は戦列には参加せず、後方の工作艦隊との合流を目指している。…………そろそろエクサレーザーが発射される頃だ。もう戦場そのものから撤退しなければ生存すら怪しくなる。

 

《―――えるか………聞こえるか!》

 

 そのとき、艦橋に通信が舞い込む。

 

《聞こえるか!此方はアイルラーゼン艦隊司令のバーゼルだ。……君が、霊夢さんで間違いないね》

 

「ええ………何の用かしら?」

 

 通信の主は、ヤッハバッハを正面から押し止めているアイルラーゼン艦隊の司令官だった。あのピンク頭とは違って濃緑色の軍服に身を包んだ、若そうな青年の司令官だった。

 

《君のことは、ユリシアから聞いている。彼女は私の同期でね。離れ様に、君のことを気に掛けていたよ。…………それに君も、良い戦いぶりだった》

 

「それはどうも。んで、要件はそれだけじゃ無いでしょう?」

 

 わざわざアイルラーゼンの艦隊司令が通信してきたのだ。ただ世間話をするのが目的………という訳ではないだろう。

 

《ああ。間もなくエクサレーザーのチャージが完了する。そうなったらこの宙域は超新星の波に呑まれることになるだろう。…………その前に、民間人の君には大マゼランまで逃げて欲しい》

 

「……有難うございます、バーゼルさん。ご武運を」

 

《うむ。君こそ、気を付けてくれ………》

 

 バーゼルさんはそう言うと通信を切る。………あれは、死に場所を定めた人の目だった。彼はここで、ヤッハバッハ艦隊を道連れにする気らしい。………悲しくもあるけど、その覚悟を決めたというのなら私がとやかく口を出せる話ではない。

 

「………機関全速。戦闘宙域より離脱しなさい」

 

 私はそのまま、後退を指示した。

 

 

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 ~アイルラーゼン軍艦隊戦艦〈ステッドファスト〉~

 

 

 

「急げ急げ!もうすぐでチャージが終わるぞ!」

 

「エクサレーザー、充填率95%!司令、これ以上は………!」

 

「………全乗組員の回収が終わるまで、撤退は許可出来ないわ」

 

 クラウスナイツ級戦艦先行生産型〈ステッドファスト〉の艦橋で、指揮官席に座る彼女――ユリシア ・フォン・ヴェルナー中佐は命令した。タイタレスの運用ノウハウは何としてでも本国に持ち帰らなければならない。その為には、全ての運用員を回収せよ、と―――。

 

 かつてヴィダクチオ宙域で霊夢達と交戦した彼女達の艦隊は、本来ならとうの昔に大マゼランへと帰投している筈であった。しかし、本国から命じられたのはこの巨大砲艦〈タイタレス〉の護衛と援護だった。その為に彼女の艦隊は〈タイタレス〉を狙うヤッハバッハの艦隊から其を護りつつ、超新星爆発に備えて〈タイタレス〉のクルーの回収に努めていた。それも間もなく、終わろうとしている。

 

《………ユリシア、聞こえるか!?》

 

「あら、バーゼルじゃない。………そろそろこっちも限界よ。〈タイタレス〉の運用人員を逃がすなら、もう離脱しないと危ないわ」

 

《……そちらの状況は把握している。此方から二個戦隊を護衛に派遣した!直ちに撤退を開始してくれ!》

 

「了解。貴方も………とは言えないわね」

 

《済まんな………この仕事を選んだ以上、他に選択肢は無いんだ》

 

「分かってるわ、そんなこと…………またいつか、何処かで会いましょう」

 

《ああ………それと、君が気に掛けていた彼女達は無事だ》

 

「………それが聞けたなら、文句はないわ」

 

 今生の別れとも取れる通信をバーゼルと交わし終えたユリシアは、一度帽子を深く被り直す。

 

「〈タイタレス〉の運用人員、総員退艦完了!」

 

 その報告で再び顔を上げた彼女は、力強く命じた。

 

「………現時刻を以て本艦隊は戦線を離脱!!総員、撤退戦に入るわよ!機関、最大戦速!」

 

「了解!機関、最大戦速!」

 

 〈タイタレス〉の周囲に展開していた3隻の戦艦――〈ステッドファスト〉〈ドミニオン〉〈リレントレス〉は部下の巡洋艦と駆逐艦を従えて、バーゼルの下から派遣された護衛艦隊と入れ違いに〈タイタレス〉の下を離れていった……。

 

 

 

 

 

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 ~アイルラーゼン軍艦隊旗艦〈ガーディアン〉~

 

 

「民間協力者、及び〈ステッドファスト〉、戦線から離脱!!」

 

「〈タイタレス〉、エネルギー充填完了!オクトパス・アームユニット、及び重力レンズリングユニットの調節開始。発射角、収束率固定!」

 

「よし、もう一踏ん張りだ!敵を〈タイタレス〉に近づけさせるな!!」

 

「ハッ………!」

 

 旗艦〈ガーディアン〉のブリッジで、バーゼルが命じる。

 

 タイタレスの発射管制を握るこの〈ガーディアン〉は、逃げたくても逃げられない位置に居る。それが分かっているのか、艦橋クルーは皆悲壮な覚悟で任務に当たっていた。

 

「………済まんな、皆…………」

 

「いえ。軍人という職業を選んだ以上、覚悟は出来ていました。………今日が、そのときというだけです……」

 

 バーゼルの謝罪の言葉に、彼の部下が応える。

 

「………本当に、済まない………皆、よく頑張ってくれた」

 

 艦橋に、悲壮な雰囲気が漂う。

 

 皆、このまま無事にエクサレーザーが発射されて自分達は塵に還るものだと思っていた。………それが、レーダーに顕れた変化を捉えるのを僅かに遅らせる。

 

「ッ………!?司令!護衛艦隊が……」

 

「何ッ!?」

 

 バーゼルは報告が終わらぬうちに、ユリシアの艦隊に代わって〈タイタレス〉の護衛に回した艦隊の方角を見た。

 

 ―――敵、ヤッハバッハ艦隊は陣形変更に伴って生じた一瞬の隙を突いて護衛艦隊に大打撃を与え、陣形内側に突入させたブランジ級突撃駆逐艦が四方にクラスターミサイルのシャワーを射出、自身諸共アイルラーゼン艦隊の過半を道連れにした。

 そのブランジ級がこじ開けた穴に向かって、ダルダベル級重巡洋艦とダウグルフ級戦艦が殺到する。

 

 それに対して残ったアイルラーゼンのグワンデ級、バスターゾン級巡洋艦とバゼルナイツ級戦艦、そして終いには空母のヴィナウス級までもが突撃するヤッハバッハ艦隊に対する文字通りの盾となり、彼等の進撃を、その身を犠牲にして食い止める。

 

「くっ………〈タイタレス〉の発射までの時間は!?」

 

「ハッ………あと20を切りました!」

 

「よし、ここまで来たなら此方の勝ちだ!全艦、全力で〈タイタレス〉を護れ!」

 

 バーゼルの命令で、全てのアイルラーゼン艦隊が〈タイタレス〉に向かう敵に身を向ける。

 

 〈タイタレス〉の周囲では、アイルラーゼンとヤッハバッハによる大乱戦が繰り広げられ、蒼い火花を散らしていく。

 

 だが発射まであと僅かというタイミングまで迫ったエクサレーザーそのものを止めることは叶わず、〈タイタレス〉のエクサレーザー・フルバーストは遂にその威力を解放した。

 

「タイタレス発射まで、5……4……3……」

 

「2……1……、エクサレーザー砲、発射ッ!!」

 

 無人制御の状態で離れたエクサレーザー・フルバーストは射線上のヤッハバッハ艦船を巻き込みながら、赤色超巨星ヴァナージを目指して一直線に突き進む。

 

 ………しかしその軌道は、発射直前に一隻のダウグルフ級戦艦が放った捨て身の砲撃が〈タイタレス〉の砲身に命中したことにより僅かにヴァナージの中心核から反らされていた。

 

 直径1600mのレーザーといえど、極めて距離の離れた赤色超巨星の中心核に当てるためには正確な照準が必要である。それが僅かにずらされた結果、その差はレーザーがヴァナージに到達する頃には数千kmの単位に達し、果たしてエクサレーザー・フルバーストはヴァナージそのものを貫くことには成功したものの、中心核そのものは僅かに擦っただけに留まり、超新星爆発の誘発そのものには失敗した。

 

「な………エクサレーザー………不発ですッ!?」

 

「何だとッ!?」

 

 必勝の切り札が不発……バーゼルは耳を疑った。

 

 この作戦は、エクサレーザーがヴァナージの超新星爆発を誘発することによりマゼラニックストリームを通行不可能な状態に陥れることが要だった。そのエクサレーザーが不発ということは、眼前のヤッハバッハの大艦隊を止める手立てが無くなるということに等しい。

 

 ブリッジの空気が一転して、生存したにも関わらず絶望に包まれる。

 

「………総員、退艦だ」

 

「え………っ?」

 

「総員、退艦だ!友軍艦に合流後、直ちに本宙域を離脱!!殿は………私が務める」

 

 バーゼルは、静かに部下達に向けてそう言い放った。

 

 乾坤一擲の攻撃が外れてしまった以上、戦局を挽回する手立てはない。〈タイタレス〉そのものは健在だが、運用人員が全て退去した上にすぐ近くまで敵に取り付かれている現状を鑑みるに、再チャージの余裕などとてもではないが存在しない。ならば一人でも多くこの戦いを経験した兵を本国へと返し、来るべきヤッハバッハの大マゼラン進攻に備えるべきだ、とバーゼルは判断した。彼はその上で、最も危険な撤退戦の殿を買って出たのである。

 

「しかし、それでは……!」

 

「……私のことは気にするな。作戦失敗の責任は私が取る。それに………奴等との戦いを経験した貴重な兵や士官を死なせる訳にはいかん」

 

「………」

 

 艦橋を、沈黙が支配する。

 誰もがこの若い司令を引き留めようと考えたが、彼の表情と覚悟を見て、それは無駄だと悟る。

 

 そして、一人のクルーが命令に従って退艦しようと足を踏み出したとき………

 

「!?……し、司令……!」

 

「………どうした?」

 

 若い女性のレーダー管制士が驚きの声を上げると、バーゼルは彼女の方を振り向いた。

 

「撤退した0Gドックの艦隊が……反転しています!」

 

「何だと!?」

 

 思わず声を荒げて、バーゼルは艦橋の外を見た。

 

 続いて、反転したその艦隊から通信が入る。

 

《…………さん、バーゼルさん》

 

「……君か。何故戻ってきた?君には撤退するように言った筈だが?」

 

 戻ってきた艦隊は、以前からの顔見知りであったユーリではなく、霊夢の艦隊だった。彼はその行為を咎めるような口調で尋ねる。

 

《……此方には、ヴァナージを爆発させる手かある。時間がないわ、貴方達アイルラーゼン艦隊は急いで撤退して頂戴。殿なら………私が引き受けるわ》

 

「おい、待て――――」

 

 バーゼルが言いきる前に、ガチャリ、と一方的に通信は打ち切られた。

 

「司令―――」

 

 彼を案じるような声で、部下が指示を求めた。

 

「……全艦、現時刻を以てこの宙域を放棄。撤退するぞ」

 

 バーゼルの乗る〈ガーディアン〉の横を、白銀を赤で誇らしげに塗装された〈開陽〉が随伴艦を伴って、真逆の方向へと進んでいく。

 

 ――彼女に率いられた艦船は、合流時から見てやや減っているように見えた。

 

 一度は死に場所を定めておきながら結局最後は逃がすべき民間人に頼る形になってしまったバーゼルは、己の無力を噛み締めながら残存艦隊の指揮を続けた。

 

 

 ...........................................

 

 

 

 ~〈開陽〉艦橋~

 

 

 数分前、エクサレーザーの不発を観測した退避中の〈開陽〉では、艦長の霊夢があることを科学班長のサナダに尋ねていた。

 

(エクサレーザーが不発………だけど恒星はあれで極めて不安定になっている筈………)

 

 一時はエクサレーザーの不発に驚かされた彼女だが、異変時――戦時特有の勘の鋭さを働かせて、直感で現状の打開策を導き出す。その可否を、彼女はサナダに尋ねた。

 

「サナダさん、この艦の主機と艦首のハイストリームブラスター用のエンジンを全力運転させて今のヴァナージにハイストリームブラスターを撃ち込んだとしたら、超新星爆発の誘発はできそう?」

 

「ちょっと待て………理論上は可能だが………まさか、艦長!?」

 

 霊夢の意図を察したサナダは、早まるなとばかりに霊夢に詰め寄る。

 

「そんなことをしたら、この〈開陽〉は………」

 

「ええ、承知の上よ。だから……全員退艦しなさい」

 

「なっ………!?」

 

「霊夢さん!?」

 

 艦橋クルーの間に、衝撃が走る。

 

 〈開陽〉のハイストリームブラスターは、表向き艦首にある専用のインフラトン・インヴァイダーでチャージされていることになっている。これは発射後のエネルギー不足の解消と艦尾からハイストリームブラスターのエネルギー流に耐えられるだけのエネルギー伝導管を作るコストを節約するための措置であったが、後者に関してはヤッハバッハとの決戦前に、エネルギー伝導管が増設され、二基のインフラトン・インヴァイダーを利用したハイストリームブラスターの発射が行えるような改装されていた。その出力は、一基の時と比べて二倍ではなく、二乗………

 

 それを知っていた霊夢は、最後の切り札としてこのシステムの使用を決断した。

 

「聞こえなかったのかしら?総員退艦しなさい。残存クルーは〈ネメシス〉に移譲。全ての艦載機も〈ネメシス〉及び〈ラングレー〉〈ブクレシュティ〉〈ガーララ〉の何れかに着艦。工作艦隊と共に大マゼランへ待避。護衛艦として〈イージス・フェイト〉〈伊吹〉〈ブルネイ〉〈霧雨〉〈叢雲〉〈ブレイジングスター〉と共に艦隊を編成せよ」

 

「ちょ………待って下さい!艦長はどうするんですか!?」

 

「そうだ。お前が居なければ、誰が艦隊を、クルーを纏めるんだ!?」

 

「そうですよ!霊夢さんが居なくて、誰が………」

 

 突然のことに納得できないクルー達が次々と霊夢の元に駆け寄る。が、霊夢はそれを一蹴した。

 

「残存艦隊の指揮は………サナダさん、貴方が取って。貴方なら、人望も経歴も充分よ。それに………このシステムは、私の生体認証でしか解除出来ないから」

 

「そんな………」

 

 彼女の言葉に、クルー達は次第に諦めの色を濃くしていく。

 今の霊夢は、何を言われようとも決意を変えないという、そんな雰囲気を漂わせていた。

 

「さ、分かったなら行った行った。……アリス、しっかりと護衛して頂戴ね」

 

 《……了解したわ。全く、提督さんも面倒なシステムを組んだものね。あのAIに全部任せてしまえば良かったものを》

 

「………彼女を一人残していくことは出来ないわ。それに………いや、何でもない。クルーの面倒、任せたわよ」

 

 《仕方ないわね。………任せておきなさい》

 

 護衛艦隊を纏めていたアリスとも通信を終えて、一人淡々と準備を進める霊夢。………それを見て、サナダが動いた。

 

「………では艦長、失礼した。今まで、有難う」

 

「……………」

 

 艦長席に座り直した霊夢は、滅多に被らない艦長帽を深く被り、目元を隠す。

 

「おい旦那!」

 

「ちょっと、サナダさん!?」

 

「………艦長の命令が聞こえなかったのかしら。各自私物を纏め、直ちに退艦せよ」

 

「そんな………」

 

 

 一番にサナダが艦橋を去る。暫く戸惑っていたクルー達であったが、一人、また一人と艦橋を後にしていく。ある者は涙を抑えながら、またある者は立派な敬礼を残していく。誰かが退出する度にそのペースは速まり、遂には広い艦橋に、たった三人だけが取り残された。

 

 

「―――本気、なんだな……?」

 

「ええ、そうよ。………早く貴女も退出しなさい」

 

「――分かったよ。もう行く。………結局お前も、"博麗"の性を引き摺っていたか………」

 

 少女―――霊沙は一言だけ最後にそう言い残すと、他のクルー達のように黙って艦橋を後にした。

 

 

 

 ............................................

 

 

 

「………貴女は、残ったのね」

 

 二人きりになった艦橋で、隣の少女に尋ねる。

 

「………霊夢さんなら、分かっていたんじゃないですか?私が貴女から離れることなんて無いって」

 

 隣の少女――早苗は、そんな言葉を返してきた。

 

「それに……今の私はこの艦そのものですから」

 

「――あんたの身体なら、他のクルーと一緒に逃げられたでしょうに?」

 

「あら、気付いていました?でも、霊夢さんの居ない世界になんて、意味はありませんから」

 

 何気に、恥ずかしい台詞を返してくれる………

 

 私が幾ら退艦を命じようと、彼女―――早苗だけは最終的に残るような気がしていた。だから、敢えて彼女は追い出さなかった。

 

「………でも、どうした霊夢さんはこんなことを?」

 

「…………あれでも、仲間、だったからね………彼等の為に、自由な宇宙(ソラ)を残したかったの。それに―――死人はそろそろ舞台から降りる頃だわ」

 

 そうだ、私は所詮異物(イレギュラー)。本来この時代の住人ではない。本当なら、今頃適当な場所に輪廻転生しているか、或いは地獄の業火に焼かれているかのどちらかの筈だ。

 

「そんな………悲しいこと、言わないで下さいよ」

 

「事実でしょう?死人は、蘇ってはいけないの」

 

 生を終えた人間がそのままに蘇るなど、それは最早人間ではなく妖怪かそれに近いナニカだ。だから、………私の魂が在るべき場所に、還ろう。

 

「本当に貴女という人は………自分のことが、勘定に無いんだから………」

 

 早苗の言葉が、深く胸に突き刺さる。

 

 ―――そうだ。その通りだ。………周りからは色々言われていたが、それは結局、表面的なものでしかない。私は、究極的には何をすべきかで動く機械人形(カラクリ)だ。―――ああ、吐き気がする。

 

 この自己嫌悪も、今度こそ黄泉の国へ旅立てたなら消えてくるだろうか。

 

「さぁて………同郷の女二人、地獄への船旅と洒落込みましょうか」

 

「天国ですよ、霊夢さん」

 

「天国なんて、まさか。そんなこと有るわけ無いでしょ?………ただ、もしかしたら煉獄かもしれないわね」

 

「クスッ、相変わらずですね、霊夢さんは」

 

 早苗がくすりと、柔らかく笑う。

 

 ―――アイルラーゼンの艦隊が、真横を過ぎた。

 

「……最後に、一杯やりましょうか。………付き合ってくれるでしょう?」

 

「はい、勿論―――」

 

 艦長席の机の下から、秘蔵の酒瓶と杯を取り出す。

 

 ―――ヤッハバッハの艦隊が、眼前に迫る。

 

 

「こんな状況じゃあ、とても風流とは言えないわ」

 

 

「そうですね。なんだか暑苦しい景色ですし」

 

 

 杯を傾けて、私はそんな文句を言ってみた。

 

 ―――インフラトン・インヴァイダー、全力運転開始。チャージ加速。

 

 〈開陽〉のチャージ開始と同時に、僚艦がヤッハバッハ艦隊への応戦を開始する。

 

 ―――駆逐艦〈夕月〉〈ノヴィーク〉戦線離脱

 

 

「………これじゃあ、とてもではないけど"月が綺麗だ"なんて言えないわね」

 

 

「月というより、大きな太陽ですからね。―――って、えっ……!?」

 

 

 ……これ位なら、お天道様も許してくれるかな?

 

 ―――駆逐艦〈春風〉〈コヴェントリー〉通信途絶。巡洋艦〈ブリュッヒャー〉インフラトン反応拡散。

 

 

「その………霊夢さん!?今のは……」

 

 

「さて、そろそろ準備に取り掛からないとね。早苗、エンジンの出力は?」

 

 

「は、はい……順調に上昇を続けていますが………」

 

 

 ―――巡洋艦〈青葉〉〈ユイリン〉轟沈。駆逐艦〈有明〉〈夕暮〉戦列を離れる。

 

 

「出力を砲口に回して。それと、射線の計算開始」

 

 

「は、はいッ………」

 

 

 杯を一度置いて、最後の仕事に打ち込む。

 

 ―――巡洋艦戦艦〈レナウン〉大破、制御不能。巡洋艦〈ナッシュビル〉〈ボスニア〉応答無し。

 

 

「非常弁閉鎖。エネルギーの注入を開始します」

 

 

 流石に此方の思惑が気付かれたか。一気に向かってくるヤッハバッハ艦の数が増える。

 

  ―――重巡洋艦〈ピッツバーグ〉大破――応答途絶。巡洋戦艦〈オリオン〉轟沈。

 

 

「薬室内圧力、臨界」

 

 

「………ターゲットスコープ、開放」

 

 

 せり出してきた照準器の中心に、絢爛と輝く赤色超新星、ヴァナージの姿を捉える。

 

 同時に、ハイストリームブラスターの引き金を握る。……何かのロックが解除されたような音が響いた。

 

 

 

「発射まで、あと10、9、8………」

 

 

 

 ―――駆逐艦〈ヴェールヌイ〉沈没。

 

 

 

「「7、6、5………」」

 

 

 

 ハイストリームブラスターの引き金を握る手に、そっと早苗の手が添えられる。

 

 はっとして早苗を見上げると、"一人にはさせません"と語っているような、決意に満ちた、それでいて穏やかな彼女の顔があった。

 

 ―――重巡洋艦〈ケーニヒスベルク〉制御不能。………盾の大型艦が全て消えた。

 

 

 

「「4、3、2………」」

 

 

 

 早苗は私の視線に気がつくと、優しく微笑む。

 

 ―――駆逐艦〈雪風〉沈没………これでもう、付き従ってくれた僚艦は全て塵と消えた。

 

 

 

「「1………ハイストリームブラスター・フルバースト、発射あッ!!!」」

 

 

 

 

 引き金を、引く。

 

 直後、轟音と共に巨大なエネルギーの奔流が射線上のあらゆる存在を押し退けて、一直線に原初の炎へと突き進む。

 

 蒼白い破滅の光は進路上のあらゆるモノに等しく消滅という名の死をもたらしながら、寸分の違いなく赤色超巨星ヴァナージに命中した。

 

 瞬間、恒星が一度縮んだかと思うと、一瞬で膨張し、四方八方に死の光を撒き散らす。その様は、まるで命を散らして輝く死に際の花のようで………………

 

 

「霊夢、さん…………綺麗、ですね………」

 

 

「ええ………綺麗だわ、早苗―――」

 

 

 

 原初の光の奔流に、成す術なく呑み込まれる………。

 

 真っ白な光に呑まれて、フネが崩壊する音が響くなか、私は意識を手放した。

 

 

 

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