夢幻航路   作:旭日提督

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第八二話 毒蛇の誘惑

「さ……なえ………?」

 

 早苗の顔が、目前まで迫る。

 彼女の身体を退かそうにも、回された腕と上に乗られた身体に挟まれて、まともに身動きすら出来ない。

 

 もがけばもがくほど、毒蛇に締め上げられていくように私を締め付ける早苗の力が強まっていく。

 

 彼女の中に包まれて身動きすら取れない私に、重力に引かれるように早苗がゆっくりと顔を近付けてくる。

 

「んっ、ん…………」

 

「…………っ、!?」

 

 早苗の顔が、目前まで迫る。

 

 私と早苗の唇が僅かに触れ合ったかと思うと、そのまま一気に、私の口は早苗の唇に塞がれた。

 

「んんッ………!!っ(ちょ―――早苗!?な、何を………)」

 

 いきなり何をしているのか、と問い掛けようにも塞がれた唇からは呻き声が溢れるばかり。私が幾ら足掻いたところで、毒蛇の捕食からは逃れられない。

 

「ちゅ……んっ………んんっ――」

 

「!?っ、むぐっ、んッ………!!」

 

 早苗の長い舌が、私の舌に絡み付いて吸い上げていく。

 

 ぬちょ………ねちょ………、と舌に絡み付いたまま口内を貪るように犯したそれは、まだ足りないと言わんばかりに喉の奥までその食指を伸ばしてくる。

 

 当然それに抗える筈もなく、私は全身を早苗に拘束されたまま、成されるがままに早苗の舌にいいようにされてばかり。それどころか、痺れたように身体に力が入らなくなってきた。

 

 ―――毒蛇は獲物を丸呑みにする前にその毒を以て獲物の動きを止めるというが、それもこの一種なのだろう。

 

 ……早苗に口内を犯されるごとに、感覚があやふやになっていく。

 

「っ―――うッ…!!?」

 

 また、あの感覚………!

 

 早苗に貪られるごとに、魂から直接ナニカを持っていかれるようなおぞましい快感が全身を迸る。

 以前血を分けた時ほどではないが、それでも全身が空中分解してしまいそうな、あり得ない感覚に浸されていく。

 

 ―――駄目っ、早苗………これ以上は………ッ!!

 

 魂に噛み付かれて、引きちぎられるようなあの快感が全身を襲う。絡められた早苗の舌から、私の中身が吸い出されていく。

 

 ……端から見れば、女同士とはいえただの接吻、のようにも見えるこの行為―――だけど、その実態は捕食だ。決して情事などという、生易しいものではない。

 

 内側は早苗の猛毒でドロドロに溶かされて、中身を蹂躙され貪られて、外は早苗の滑らかな肢体に締め上げられて。

 

 破滅的で倒錯的な快感に浸されて、頭もカラダもバラバラに壊れてしまいそう。

 

「っ……う………アァっ!!」

 

 締め付ける力が一層強まる。

 それに合わせて、毒が回っていく速さも上がった気がした。………囚われたまま、魂を飴細工に変換されて吸い出されていく。

 

 だけど、私の中身が吸い出されていくごとに早苗の冷えきった身体に体温が戻っていく。行為が進むにつれて、乱れていた早苗の呼吸も平常に近づいている。

 

 ―――ならば、この行為に何の問題があるというのだろうか。

 

 私の中身が犯されようと、それで早苗の調子が元通りになるというなら、幾らでも貪られたところで一向に構わない。こんな私でも早苗の役に立てるというなら、寧ろ喰らい尽くされて魂を全部吸い出されたとしても、きっと微塵も嫌悪感など抱かないだろう。

 

「ちゅ………んっ、あ……………」

 

 一通り私の中身を貪り尽くした早苗は最後に絡ませた舌で口内を舐めとり、名残惜しそうに私の唇から離れた。

 

 離された互いの唇の間に、銀色の糸が架かる。

 

「っ……はぁ、はぁ、はぁ………んっ………。もう、終わりなの―――?」

 

「はい……ご馳走様でした、霊夢さん」

 

 早苗が起き上がって、私の身体から離れる。

 

 ………まだ、身体が思うように動かない。

 

 私は仰向けに寝そべったまま、天井を見上げて乱れた呼吸を整える。少し目線を下げてみると、そこには視線を逸らした早苗の姿。

 

 ―――あ…

 

 ようやく、早苗と目があった。

 

 早苗の挙動はどこかぎこちなくて、私から目を背けたと思えば今度はちらりと私の顔を覗いてくる。が、また目が合うと途端に視線をずらしたり。……その仕草は、先程までの行為とは真逆な、初々しい印象を抱かせた。

 

「………早苗?」

 

「ひゃ、ひゃいっ……!?」

 

 しばらくはこの可愛い仕草を見ていても良かったのだけれど、いつまでもそうしている訳にもいかないので彼女に声をかけてみた。すると、びくんと飛び上がるかのような驚いた反応が返ってくる。

 

「そんなに驚かなくてもいいでしょ、もう」

 

「で、でも………わ、私は霊夢さんを………」

 

 目線を下げて視線を外す早苗の仕草は、どこか罪悪感に駆られたような印象を感じさせる。………成程、さっきの行為について、少しは申し訳なく思っているのだろうか。

 

「……早苗、一ついい?」

 

「はい……何でしょうか」

 

 早苗が、尋問を答える被告のような声色で応えた。………そこまで怯えなくてもいいのに。

 

「別に、怒ってないから正直に話して。………さっきのあれ、何だったの?」

 

「やっぱり、気になりますよね………。分かりました。全部、話します」

 

 早苗はそこで一旦言葉を区切って、心を鎮めるように一度深呼吸をする。―――私はただ、早苗が語り始めるのを待つ。

 

「―――以前事象揺動宙域から脱出するとき、一度霊夢さんの力を分けてもらいましたよね?あれと基本的には同じなんです」

 

 以前、といえばあの、事象揺動宙域から出るときにやったあの霊力供給か。………確かに、あのとき血を吸われた感覚とさっきの接吻の感覚は似ていたけど。―――でも何で、また霊力供給なんかやる必要が出てくるのだろうか。

 

「ああ、だからあんな感覚が………。でもちょっと待って。さっきの行為が霊力供給なのは分かってけど、それが必要な理由はあったの?」

 

「はい………実は、その、大変申し上げにくいんですけど………」

 

 私の問いに、早苗は峻巡するような仕草を見せる。が、程なくしてまた言葉を続けた。

 

「実はですね………この身体、幾ら人の身に似ていようと所詮は機械の身体ですから―――私の魂が上手く馴染んでいないみたいなんです。だから………」

 

「私の霊力を貰わないと、魂を引き留められない……でしょ?」

 

 私の言葉に、早苗は小さく頷く。

 

 霊力供給が必要な理由なんてそれぐらいしか思い付かなかったのだけど、やっぱりそうだったのね……。

 

「……霊夢さんの言った通りです。本当なら、もう少しは大丈夫だったと思いますが、かなり力を使ってしまったので、それで………」

 

「足りなくなった、って訳か。………別に、嫌じゃないわよ、私は」

 

「へ?」

 

 早苗は不思議そうに、頭を上げた。

 

「だって………そうしないとあんた、消えちゃうんでしょ?それは私も嫌よ。だったら私の霊力をあんたに分けて傍に居てもらった方が、私も嬉しいわ」

 

「霊夢、さん………」

 

 早苗が申し訳なさそうに項垂れる。

 

 やっと力が戻ってきた身体を起こして、早苗の頭を、私の胸に抱き寄せた。

 

「ふぇ……れ、霊夢さん…!?」

 

「辛かったでしょ?消える寸前まで磨り減らされて。私が寝てる間に、大変だったでしょ―――。だからもう、我慢なんてしなくていいわ。私のでよかったら、幾らでも貰ってくれて構わないわ」

 

「はい―――有難うございます、霊夢さん……」

 

 泣きそうな程だった早苗の様子も、私が抱いているうちに落ち着いてきたみたいだ。

 私の腕から早苗が離れて、お互い向かい合う形になる。

 

「その、霊夢さん………?また、足りなくなったら…いいですか?」

 

「当然よ。何も我慢なんてしなくていいから。それに―――唾液より血の方が効率はいいんでしょ?なら前みたいに血を吸ってもらっても構わないわ」

 

 私の霊力で足りるのならば、それを拒否する理由なんて何処にもない。寧ろ………早苗の気が済むまで奪い尽くされても構わないに……。

 

「それはそうなんですけど……いまの霊夢さん、病み上がりみたいなものじゃないですか。だから、いま血を吸っちゃうと霊夢さんの身体に悪いかな、なんて思いまして……」

 

「あら、意外ね。あんな理性が飛んだ状態でも、その程度の気遣いは出来たのね」

 

「理性が飛んだ、って…………」

 

 私の意図としては単に茶化しただけなんだけど、早苗にとってはそうは聞こえなかったらしい。

 早苗の顔が、どんどん茹で蛸みたいに赤く染まっていく。今頃あれを思い出して恥ずかしがるなんて……早苗も意外と可愛いのね。

 

「ああああ、あれはですね!その、抑圧された深層心理が噴き出したというかその……………はい、ごめんなさい。正直に告白します。私、霊夢さんに無理矢理するのが好きです」

 

「…………変態」

 

「がはっ―――ううっ、弁解の余地もございません……ああ、でもストレートに躊躇いなく言う霊夢さんも素敵……」

 

 あ、早苗が倒れた。

 けど数秒後には、何事も無かったかのように起き上がってくる。

 

「その、ですから今度も多少乱暴になってしまうかもしれないんですけど………本当に大丈夫ですか?」

 

「……やっぱり変態だったのね、早苗」

 

「あーもう、どうしてそうなるんですかぁ霊夢さん!性癖が曲がってるのは認めますけどぉ!」

 

 あ、これ意外と楽しいかも。

 

 それはともかく、自分の性癖がアレなのは認めるのね。ついでに霊力供給と言いながら楽しんでそうな節もあるけど……早苗の意図にまであれこれ言うべきところではないか。私で勝手に楽しみたいなら、そうしてもらっても別に構わない、か。

 

「私、初めてだったんだから、もっと優しくしてくれたって良かったのに………早苗に汚されたわ、おろろ……」

 

「ひっ………ごめんなさいごめんなさい!!つ、次からは嫌なときは嫌って言っていいですから!」

 

 あからさまな泣き真似だったにも関わらずこの反応だ。本当、弄っていて楽しいわ。あんだけ好き放題貪ってくれたんだから、少しはお返しよ。

 

「クスッ、ごめんごめん。あんたに良いようにされっぱなしだったから、つい……ね」

 

「ハァ……びっくりしたじゃないですか霊夢さん。いじわる」

 

「あんだけ犯しといて、よく言えるわね」

 

「霊夢さんだって、嫌がってなかったじゃないですか」

 

 嫌がってなかった……何気無く発せられたその言葉が、胸に突き刺さる。……確かに私も、あのときは早苗に喰い尽くされても構わない、なんて考えてたっけ。―――性癖がひん曲がってるのはお互い様、か。

 

「……霊夢さん?どうかしました?」

 

「あ………いや、何でもないわ」

 

 あの時の感触を、思い出す。

 

 私も私で、一度は退けておきながら何処かで早苗を求めてしまっていたのかもしれない。それは、認めざるを得ないだろう。だけど………私は、そんなことをしていいのだろうか。霊力供給が必要なことを言い訳にして、早苗を求めるのは…………

 

 でも、早苗を断る訳にはいかない。他ならぬ私自身が消えて欲しくないと願っているのだから、早苗を繋ぎ止める為に霊力供給は必須なのだ。……早苗がそれを楽しんでいるのは、この際不問にするけれど。

 

「そう…ですか。あ、ついでにもう一ついいですか?」

 

「……なによ」

 

「その……やっぱり接吻(キス)だと効率が悪いですから、明日も……お願いできますか?」

 

「―――好きにしなさい。私は疲れたから一度寝るわ。おやすみ」

 

「はい、おやすみなさい――――ああっ霊夢さん、ちゃんと布団ぐらい被らないと風邪引きますよ!」

 

 一気に力を持っていかれたせいか、はたまた病み上がりで体力がないせいか、なんだか眠たくなってきた。

 

 畳の上で適当に寝転がると、早苗があたふたしながらも丁度良さそうな毛布を引っ張り出してかけてくれた。……ちょっと煩わしい部分もあるけれど、こうした身を案じてくれるというのも、なんだか嬉しい。

 

 ――今は、これぐらいの距離感が心地いい………

 

 

 .........................................

 

 ....................................

 

 ..............................

 

 .......................

 

 

 

 突如、ヴー、ヴー、と警告が鳴り響く。

 

「何っ!?」

 

 けたたましく響くその音で、私は毛布を剥いで飛び起きた。

 

 フネが満身創痍な状態での警告―――艦自体の異常なのか、はたまた外部に異常があるのか……どちらにせよ、嫌な予感がする。

 

「早苗、何があったか分かる?」

 

「は、はい……今調べます!………っと、出ました!どうやら敵さんみたいですよ」

 

 早苗も私の隣で眠っていたみたいだけど、私と同じように警報で起こされたようだ。――彼女の場合は元からフネと繋がっているから、そっちのルートで信号やら何やらで起こされたのかもしれない。

 

 敵襲、か………。何とも都合の悪い時期に出てきてくれたものだ。

 

「……敵艦の種類は?」

 

「はい――――えっと、ブランジ/P級が3隻だけみたいですね。ヤッハバッハの偵察艦隊です」

 

 早苗はホログラムの画面を呼び出すと、艦のレーダーが捉えた敵艦隊の姿を確認する。

 

 向かってきてるのは通常のブランジ級ではなくパトロール用に武装を減らされた警備艦タイプのようだが、それでも満身創痍の〈開陽〉にとっては難敵だ。出来れば戦わずにやり過ごしたいものだけど……

 

「パトロール艦隊か……。所詮警備艦3隻とはいえ、今の〈開陽〉だときついわね。――早苗、使用可能な兵装は?」

 

「そうですね……まともに艦の修理が進んでいない状態なので、いま使えるのは三番主砲の中央砲身と四番主砲ぐらいですね……それも残存エネルギーの関係でレーザーに回す分がありませんから、使えたとしても実弾だけです。ミサイル類は迎撃用しか残ってませんから、実質使用可能兵装はそれだけです」

 

「厳しい状況ね………。警備艦隊をやり過ごすことは出来そう?」

 

 改めて兵装類を確認しても、やはり戦うのは厳しそうだ。見つかっても上手く逃げる手段とか、あればいいんだけど……

 

「微妙ですねぇ。こっちは廃艦同然で機関出力も大きく落ちてますから、上手くいけばデブリと見なして素通りしてくれるかもしれないですけど………う~ん、確率としては五分五分、といった所でしょうか」

 

「確率は五分、か……。よし、それに賭けましょう。ついでに聞くけど、一回でもワープは行けそう?」

 

「ワープですか?ちょっと待ってください………う~ん、厳しいですねぇ。何しろ機関があのザマですし、まだ修理だって碌に………いや、ちょっと待ってください。機関室の予備エネルギーコンデンサーに多少蓄えがありますね。これをワープドライブに回したら一回だけ行けると思いますが、どのみち航法装置もいかれてますから出来たとしてもランダムジャンプになってしまうと思いますけど………」

 

「―――いや、それだけあれば十分よ。万が一見つかったら、それで逃げましょう」

 

 駄目元でワープが使えるかどうか聞いてみたのだが、これはついている。一回のランダムワープでも、可能ならばそれだけで上出来だ。……これで、捕捉されても逃げる算段が整えられた。

 

「良いんですか?霊夢さん。行き先はランダムですから、もしかしたら敵の大艦隊の真っ只中、ということもあるかもしれませんよ?」

 

「大丈夫大丈夫。私の運と、早苗んとこの神様が付いてんだから。きっと上手くいくわ」

 

「そ、そうですか………えへへ、霊夢さんに言われると、なんだか誇らしいですね。―――昔は絶対、そんなこと言ってくれなかったから………」

 

「ん、何か言った?」

 

「いえ、何でもありませんよ。さ、そうと決まったら準備に取りかかりましょう霊夢さん。ワープドライブにエネルギーを回す準備だけして、あとは余分な電源を落として沈没船に擬態するだけです」

 

「そ、そうね……。私は敵の動きを見てるから、艦内の諸々はあんたに任せたわ」

 

 小声で早苗がなにか言ったような気がしたのだが、何でもないなら気に留める必要はないだろう。……なら、さっさと準備に取りかかるとしよう。

 

「畏まりっ♪」

 

 早苗は返答すると、部屋を出て一足先に神社地下の艦長室に降りる。続いて私も艦長室に降りた頃には、彼女は既に席について画面と向かい合っていた。

 

 

「………状況はどう?」

 

「はい。艦内の予備電源は大半をカットしました。メインエンジンは元から稼働してませんから、こっちは弄らなくても良さそうですね。予備のコンデンサーは直ぐにワープドライブにエネルギーを供給できる状態にしてあります」

 

「仕事が早いわね。さて、敵の動向だけど………このままだと、この近くを通過しそうね。遠目だけならやり過ごす自信はあったけど、これはちょっと厳しそう」

 

「……みたいですね。離脱準備だけは整えておきます」

 

 まだ生きている艦外の各種センサーから敵艦隊の様子を観察するが、敵の予想航路は〈開陽〉のすぐ近くを通っている。このまま上手くやり過せたらよかったのだが、この状態だとそう上手くは行きそうにない。

 

「敵艦隊、距離20000を切ったみたいですね。間もなく主砲の有効射程圏内です」

 

「当初の方針を堅持して。此方から仕掛ける必要はないわ敵が向かってきたらエネルギーパターンが戦闘態勢に変化する筈だから、その兆候を捉えたらすぐに跳ぶわよ」

 

「了解ですっ」

 

 画面に表示される情報に、注意を凝らして状況の把握に努める。センサーやレーダーの大半が破壊された影響で情報にムラがあるが、それでも大体の状況が分かるだけマシなものだ。

 まだ敵は特に目立った動きを見せてはいないが……

 

「っ、霊夢さん!敵艦から通信です!」

 

「チッ、気付かれたか……!そう上手くはいかないもの、ね!」

 

 敵艦から通信………それは即ち、此方を生きているフネだと見なしたことに間違いない。これで死んだデブリに擬態する作戦は失敗だ。なら死んだ振りに拘る必要はない。直ぐに次の行動に移ろう。

 

 私はホログラムのボタンに拳を降り下ろして、予備のエネルギーコンデンサーの回路を開かせる。続いてまだ生きていた補助エンジンに点火して、フネは加速を始めた。

 

 満身創痍な〈開陽〉の状態を見ているのだから相手は此方を難破船と認識して生存確認の為に通信を送ってきたのかもしれないが、通信に出たら出たで此方が敵だということはどのみち露呈するのだ。ヤッハバッハは0Gの存在を許さないというから仮に生き残れたとしてもこの先一生何処かの星に縛られることになるだろう。―――それに、早苗の義体(カラダ)はこの艦隊でないと満足に整備できないのだ。アレが身体はドロイドだと知られたら調査だの何だのと称して多分奴等に連れてかれる。……それだけは、避けなくては。

 

 だから、敵がまだ此方を明確に敵だと認識していないうちに、さっさと逃げる準備を整えてしまおう。連中が戦闘態勢に入る頃には、此方はもうワープ寸前だ。

 

「早苗っ!ドライブの操作は任せたわ!あんたのタイミングで跳んで!」

 

「了解しましたっ!最低限のエネルギー供給を確認次第跳びますから、霊夢さんは衝撃に気を付けて下さいね!」

 

「言われなくても………!」

 

 早苗の周りにホログラムのリングが出現する。――本格的に管制に集中している証だ。

 

 早苗がワープドライブの面倒にかかりきりな間、私は敵の観察を続ける。此方に動きが見られたためか、増速して向かってきているみたいだ。センサー類は、敵のエネルギーパターンが戦闘態勢に入りつつあることを示唆している。

 

 ビュン、と、敵から青白い光線が飛び出した。――――威嚇射撃だ。

 

 まだ当てるつもりは無いのか、レーザーの光は〈開陽〉の右舷側を素通りしていく。擦ってすらいない。

 

「早苗、敵が撃ってきたわ。ワープ準備にはまだかかりそう?」

 

「そんなの、分かって、ますよ……!あともう少しです!」

 

「まだ威嚇射撃だから当ててはこないでしょうけど、あまり時間がないわ。慌てず正解に、できるだけ急いで頂戴」

 

「まったく、無理を言いますね、霊夢さんは。まぁ、言われなくてもやりますけど、ね……!」

 

 ワープドライブにエネルギーが注がれていき、今は動かない主機であるインフラトン・インヴァイダーのそれとは違った独特の振動が伝わってくる。

 

 《前方の未確認艦に告ぐ。直ちに停止し此方の指示に―――ザザッ》

 

 通信機から、耳障りな通信が入った。

 

 私は微塵の躊躇いもなく、その電源を落とす。

 

「―――御免なさい、煩い野郎の声なんて聞きたくないでしょう?」

 

「クスッ、相変わらず乱暴ですね、霊夢さんは。そういうところ、素敵ですけど」

 

 私の軽口に、早苗が口元を緩めて不敵な笑みを溢す。きっと私も、同じような顔をしているだろう。―――まるでこっちが、悪の女海賊みたいだ。………女海賊、か。悪くない響きね。

 

 ただ敵さんは強引に警告の通信を打ち切られてトサカに血が昇ったのか、またレーザーを撃ってきた。しかも今度は、威嚇射撃を通り越して当たりそうなコースで数発、撃ってきてる。

 

「敵第二射、来るわ。今度は近くを通りそう」

 

 敵パトロール艦隊から放たれたレーザーは、此方が停船はしているにも関わらず至近を僅かに擦めただけで通り過ぎた。敵のレーザーがすぐ近くを通過した衝撃で、僅かに艦が揺れる。………あれは本気で当ててきそうな気配だったから、単に腕が悪かっただけか、それとも最初からこれも威嚇のつもりだったのか―――――ともかく、どちらにせよ次は当てられることは確実だ。

 

「………次は多分当たるわね。早苗、首尾はどう!?」

 

「はいッ!只今完了致しましたっ!―――跳びますよ、霊夢さん!!」

 

 早苗が勢いよく椅子を蹴って、それごと予備操舵席の位置まで移動する。

 移動し終えた彼女は予備操舵席のレバーを思いっきり引き倒して、艦をワープ態勢に移した。

 

「……クラスターミサイルね。厄介なものを」

 

 敵の第三射は、レーザーではなく命中率が極めて高いクラスターミサイルの群れだった。

 敵3隻から放たれた無数のクラスターミサイルが、ワープ態勢に入った〈開陽〉に殺到する。

 

「だけど…………少し遅かったわね!」

 

 敵ミサイルが、猛烈な勢いで〈開陽〉を轟沈せんと目前に迫る。―――だが、それよりも僅かに早く、〈開陽〉の艦体は超空間に吸い込まれた。

 

 ミサイルの残像が一気に遠くなって、その代わりに星々が白い尾を引く。

 

 センサーの視界が白に包まれたかと思うと、景色はそのすぐ後には青白い超空間へと変貌していた。

 

「………ふぅ、間一髪でしたね」

 

「言ったでしょ、どのみち上手くいくって」

 

「……でも、まだ何処に出るかは分かってませんよ、霊夢さん」

 

「なぁに、そんなの気にすることではないわ。私と早苗の幸運なら、離れた仲間の近くに出たりしてね」

 

「ふふっ、そうなるといいですね♪」

 

 事を成し終えた達成感からか、よく口が回る。それは早苗も同じようで、彼女も上機嫌な様子で言葉を返してくる。

 

「さて―――超空間にいる間は当分暇だし、生き残りのドロイドにでもフネの修理をさせておきましょう」

 

「そうですね。指示は私から飛ばしておきます。それはともかくとして……霊夢さんはどうするんですか?」

 

「ん、私?―――う~ん、私は機械弄りとか得意じゃないし、適当に神社でゴロゴロしてようかしら」

 

 早苗に今後を訪ねられて、私は反射的にそう返した。どのみち修理はドロイド達に任せる他ないんだから、しばらく私の出る幕はない。

 

 何の考えもなく惰性で神社に戻ろうとしたとき、早苗から、突拍子もない言葉が飛び出す。

 

「―――じゃあ、さっきの続き、しませんか?」

 

 ………え?

 

 一瞬、頭が混乱して硬直する。

 

 それはどういう意味か、とやっと硬直から抜け出して問い質そうとしたとにきは、既に早苗の顔は私のすぐ近くまで迫っていた。

 

「言ったじゃないですか。唾液じゃ血に比べたら気休め程度にしかならないって」

 

「だ、だからってこれは幾ら何でも早すぎ……んぐっ!?」

 

 恥ずかしさのせいか、早苗から顔を背けようとするもすぐに彼女の両手に顔面を固定されて、強引に唇を奪われる。

 

 やっぱりこいつ……絶対楽しんでるでしょ――!!

 

「だ~め。逃がしませんよ、霊夢さん。……このフネにいる限り、逃げ場なんて無いんですから………」

 

 一度唇を離した早苗が、耳元で囁いた。

 

 普段のような、少女然とした溌剌な調子ではなく、蕩けるような、女の低くて甘い声………それも、魔女の誘惑を連想させるような、とびっきりたちの悪い部類の。

 

思わずゾクリ、と、身体が震えてしまう。幾ら理性で押さえつけても、本能は期待に満ちて犯されるのを待っているみたいだ。

 

「さぁ………楽しみましょう、霊夢さん。――貴女は何も考えずに、ただ沈んでいけばいいんですから……」

 

 ぞくり、と背筋に電流が走る、

 

 早苗の締め付けが強まって、再び唇が塞がれた。

 彼女の舌が、反射的に閉じた唇を強引に抉じ開けて押し入ってくる。

 

 ぐちゅ、ぬちゃり………

 

 蔦のように早苗の舌が絡み付いてきて、背徳的な水音を立てる。

 

 シュルシュル……と、いつの間にか身体にもナニカが蛇のように巻き付いてきた。脚から太腿、そして腰へと、それは這い上がって私達を締め上げていく。

 

「ん……ぐっ………!」

 

 ぎっちぎちに締め付けられて、全身を早苗の身体に圧迫される。早苗の胸に肺を押し潰されて、唇は早苗に塞がれたて、まともに息すらできなくなる。

 

「うっ………ツ!?」

 

 ―――また、あの感覚だ。

 

 魂が内側からバラバラに溶けていくような、あのおぞましい感覚。

 今度ばかりは、気を失ってしまいそう。

 

 早苗は変わらず、私の霊力を貪り続けている。

 

 必要なことだと分かっていても、こうも甘美だと………

 

「ん、ぐっ………んんっ………ッ!!」

 

 

 ―――私が傍に置いていたのは陽気のような友人ではなくて、獰猛な毒蛇だったのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククッ、遂にあの巫女は受け入れたみたいだねぇ」

 

「―――そのようだな。だが、あれで良かったのか?特に早苗は………」

 

「大丈夫大丈夫。元から早苗だって乗り気だったんだし。それに、もし博麗の巫女が此を受け入れてくれたなら、あれも喜ぶじゃないか」

 

「それもそう、か……。確かに、悪い話ではないな」

 

「だろう?―――ふっふっふ、この神社が我等のものになるときも、そう遠くはないかもねぇ」

 

「………だな。この先は、あの娘に期待するとしよう」

 

 偽りの朱月が照らす神社の一角、風すら凪いだ人工の庭で、二柱は妖しく劃策する…………

 




ずぶずぶと沼に嵌まっていく霊夢ちゃん。もう抜け出せません。魔性な早苗さんを傍に置いてしまったのが運の尽きです(笑)

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