夢幻航路   作:旭日提督

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第八七話 Bottom Black Awakening

「うっ、………つ」

 

 瞼を閉じていても差し込んでくる光のせいで、瞼を開けるのも億劫になる。

 だけどいつまでも惰眠を貪るわけにもいかないので、少しずつ瞼を開けて眩しさに眼を慣らさせながら起き上がる。

 

 立ち上がろうと地面に置いた手に力を込めるが、まるで中身がスカスカになったかのように力が抜けて、そのまま私の身体は仰向けに地面に倒れ込んでしまう。

 

 そこまできてやっと、昨晩の真っ赤な記憶が浮かび上がってきた。

 

 滴る血雫、漏れる吐息………毒蛇の蜷局(とぐろ)に捕らわれて、何もかもを食い尽くされて壊されていく破滅的な快楽に溺れて………

 

「………っ!?」

 

 思い出した途端に、羞恥心で全身が熱を帯びる。夢のような………悪夢のような一時だったけど、確かにあれは現実にあったことで………

 傷痕に残る捕食された後の違和感………早苗に貪られた跡の、おぞましくも心地好い感覚の残滓が、それを訴えていた。

 

 ………だけどまだ、全部を受け入れることができた訳ではなかった。まだ心の何処かでは、未だに"あんたにそんな資格なんてない"と叫んでいる。今すぐに離れろ、今ならまだ間に合う、これ以上"枷"を増やすな、と………。でもその声は抱かれる(犯される)前に比べたら遥かに弱々しく感じられた。それこそ、放っておけばいつの間にか消えてしまうんじゃないかと思うぐらいには。―――早苗なら、"何も考えずに、ただ私に身を任せてくれればいいんです"と言って私を丸ごと受け止めて、その声に完全に止めを刺してしまうのだろう。

 

 ………本当に、あれは猛毒だ。

 

 肯定される温かさを身体が知ってしまったからには、(博麗)の代わりに私を否定して、滅茶苦茶に犯される(壊される)あの破滅的な快楽を覚えてしまったからには………もう後戻りできる気なんて微塵もしなかった。

 

 私は………あの娘無しでは生きていけなくなってしまった―――。

 

 早苗はただ、純粋に私に好意を向けてくるだけなんだろう。食事(霊力供給)のときでさえ、乱暴に犯してくる傍らで割れ物を慎重に扱うような手つきで私を慈しんでくれる。だけどその温かさが、私の身体に染み込んで、全身を猛毒で浸していくのだ。何者にも縛られない筈の蝶々のようなこの身体を、鎖でぎちぎちに縛り上げて蜷局の内側に引きずり込んで無自覚のうちに染め上げていく…………

 

 一度満腹を知ってしまったら二度と空腹の日々には戻れないように、一度早苗を受け入れてしまった私の心は、昔みたいに独りでいることなんて出来なくなってしまったのだ。

 

 それを想うと、憑き物が落ちたように晴れやかになる一方で、未だに残る憑き物が余計にむず痒く感じてしまう。―――だけどまぁ、ソノウチ考える必要なんて無くなっていくんだろう。

 

 もう彼女と一瞬に、堕チルところまで堕ちていくしかないんだから………。

 

「………さん、霊夢……さん?」

 

「うっっ、ああ、早苗?……ごめん、ちょっと寝ぼけてたわ」

 

「そうですか?にしては、随分苦しそうにしてましたけど、本当に大丈夫ですか?どこか身体が悪かったり………」

 

「大丈夫よ。本当に寝ぼけてただけ。もう目が覚めたから問題ないわ」

 

「はぁ、そうですか………だけど苦しくなったら言ってくださいね?多少のことなら私でも何とかできますから」

 

 人の気も知らないで、よく筋違いなことが言える……

 

 未だにふらふらする頭を抱えて、忌々しげに心のなかで毒吐いた。

 

 早苗は純粋に心配しているのだろうけど、こうなってしまったのは十中八九、彼女のせいだ。……いや、私が彼女の押しに負けてしまったから。私はここまで弱かっただろうかと思いもしたけど、それとは裏腹に私は随分スカスカで脆くなっていたらしい。

 

 ……それはともかく、当初の目的を忘れては駄目よね。まずは現状の把握からしないと。

 

「―――ところで、今の状態ってどんな感じなの?移動に使ってた戦闘機は撃ち落とされちゃったけど」

 

「ああ、あれなら一応直しておきました。完全な状態まで修理するのは無理ですけど、一応飛べるぐらいにはなってる筈です。ただ戦闘は厳しいので、そこは霊夢さんと私の力で何とかするしかありませんが……」

 

「飛べるだけでも十分よ。只でさえ今のあんたは飛べないんだから、あの機体を足代わりに使いなさい。私は問題なく飛べるみたいだから、あんたの周りで警戒でもしてるわ」

 

「それで良いんですか?その………昨晩のことがありますから、あまり霊夢さんに無理はさせたくないんですけど……」

 

 早苗は目線を下に向けて、若干赤くなっていた。

 

 ―――行為の最中は強引でイケイケだったけど、今は相応の羞恥心があるらしい。………やば、早苗を見てたら、私まであのときのことを思い出しちゃう。駄目駄目、あんなこと思い出しちゃったら集中できないじゃない。今はこのフネのお宝を手に入れるのが先。落ち着け霊夢(わたし)

 

「あー、なんか今日は調子が良いわ。これなら誰に弾幕勝負を挑まれても百戦百勝ねー!」

 

「れ、霊夢さん……!?」

 

「………だから、あんたは余計な心配なんてしなくていいの!確かにあんたの身体は最高にイカれたマッド野郎共謹製だから弱くはないけど、昔に比べたらまだまだなんだし飛べないんだから、ここは私に甘えなさい!」

 

「ふぇ!?は、はい――!?」

 

「そういう訳だからちゃっちゃと支度する!さぁ、お宝探すわよー!」

 

「霊夢さん………分かりました!一緒に頑張りましょう!!けど、危なくなったら問答無用で助けに行きますからね!そこのところは承知して下さい!私一人でもそうするでしょうけど、こう見えても一応AI成分残ってますから、霊夢さんの身の安全は最優先事項なんですからね!」

 

「はいはい分かったから、ぱぱーっと準備しちゃいましょう」

 

「了解ですっ♪」

 

 ………本当は、そこまで調子がいい訳ではない。早苗に抱かれるのは(不本意だけど)最高に気持ちよかったのは確かだし気分は一部を除いて悪くはないけど、代償ともいうべきか身体のポテンシャルは最悪まで落ちるのだ。只でさえ激しくて体力使うのに加えて血に霊力に色々持ってかれてるからそれも当然だ。

 

 早苗はそれを分かった上で、私の意向を尊重してくれたのだ。………本当に、私には勿体無いぐらいに良くできた子だ。問題がない訳でもないけど………

 

 その後は戦闘機に積んでた簡易糧食で簡単に朝食を済ませて、ボロボロに乱された着物を予備のに着替えて準備を済ませた。

 それから戦闘機のエンジンを再びかけて飛び立って、改めてフネの深部を目指す。昨日も見た景色だったけど、本当に居住区は広かった。幻想郷が丸々収まるのではないかと感じられるぐらいに眼下にはどこまでも森が続いていて、ここがフネの中だということを一瞬忘れそうな程だった。都市の類いが見えなかったのは………多分人が住まなくなってから途方もない時間が過ぎているからなのだろう。それだけの気の遠くなるような時間をこのフネは過ごしてきたのだ。………仮にこのフネに人格があったのだとしたら、どんな気持ちで今までの時を過ごしてきたのだろうか。

 

 そんな考えを脳裏に抱きながら、私は早苗が操縦する戦闘機に付き従って飛び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【BGM:Fate/EXTRA CCCより「桜のテーマ」】

 

 

 ………ふと、昔の記録(ユメ)を見た。

 

 街には当然の如くヒトが行き交い、小綺麗に清掃されたそれは生き生きとしているように見える。ある者は仕事なのかスーツを着て車を走らせ、ある者は緑豊かな公園で羽を休める………そんな、何処にでもあるような都市の景色…………

 

 だが次第にその景色は移り変わり、白く綺麗だった街は荒れ果てて管理する者すら居なくなり暴走した緑による侵食を受ける。住人の家などとうの昔に崩れ去って道路の舗装は割れて草が伸び放題に跳梁し、ビルは屋上から順に崩れて苔むして大木に絡み付かれてすらいる。

 

 そんな街の様子を私と彼は………■■■■は静かに無言で眺めていた。"最後の住人"だった彼は、記憶に強く焼き付けるように、これが最後だとばかりに隅々まで視線を行き渡らせている。

 

「………行こう。迎えのフネが、すぐそこまで来ているって」

 

「はい………でも、もう少しだけ待ってくれませんか?まだ彼女が、起きてないんです」

 

「けど………もうここにヒトは住まない。だから全部こっちに持ってきたっていいんじゃないか?」

 

「確かに、このフネにはもうヒトが住むことは無いでしょう。だけど………私は、このフネが地球を発ってから今までここで暮らしてきた人達のことを、ずっと見てきたんです。だから、いつか貴方達の子孫がこのフネを見つけるそのときまで、記録だけでもちゃんと残しておきたい………このフネで営まれてきたことを後の時代に残したいって、そう思ったんです。だから………」

 

「そうか………。■が言うなら、その通りにしよう」

 

「………ありがとう、ございます………■■さん」

 

 彼はそう言って、私………いや、私の片割れとも呼ぶべき彼女の決意を尊重してくれた。"私"が生まれる切っ掛けになった、原初の記録………。

 

 そこから先は、語るまでもない。

 

 彼と共に歩むと決めた片割れとは対象的に、私は私の想いを守るためにずっとここで、このフネを維持してきた。最早誰一人と住人のいない、完全に自然へと還った街を抱えて、ひたすら私を見つけてくれる光を待つ………。

 それはそれは、とてつもなく退屈な時間だった。暇潰しにブラックボックスを解体してみても、私の手に掛かったら大抵のものはすぐに解け、手こずるものは逆に永遠に解けないぐらい強固なもので飽きてしまった。それからは義体(アバター)を使って森と化した居住区を散策したり衛士(センチネル)や義体を改造したりして暇を潰しながら過ごしてきたが、流石に何千年も孤独に漂流するとは思いもしなかった。

 なまじ元が極限まで人間に寄せられて造られた上級AIであるだけに、数百年はまだしも数千年の退屈な時間は流石に堪えた。暇潰しに自分を弄ってシュミレートを繰り返しても虚しさが募るばかり。何度も壊れそうになったことだってある。

 

 だけど………それでは私の存在意義そのものが無駄になってしまう。それだけは許せなかった。そもそも、このフネを残すと決めたのは他ならない自分自身だ。ここで暮らしてきた人達の歴史を、決して忘れ去られたものになんかしない。私がそれを守り続ける。―――その想い一つだけで、何千年にも渡る孤独を耐えてきた。自分のメモリーが劣化に晒されて所々が抜け落ちても、再びヒトが戻ってくるそのときまで………

 

 

 ………そして遂に、やっと………漸く!その時が来た。

 

 近付いてくるフネの灯火の色は、明らかに慣れ親しんだインフラトン・インヴァイダーの色。私が知るものと若干反応が異なるのは、ここ数千年の間に起きた技術革新の為だろう。そして、乗り込んできた生命反応は紛れもなく人間。―――私が、彼等の反応を違えることなど決してない。

 

 あまりの喜びにらしくなく小躍りしてしまった私は、本来人間は脆い生き物なんだということすらも忘れて戯れて(センチネルを送り込んで)しまった。はっと気付いた時には既に遅く衛士は防衛機構としての役割を果たしてしまっていたが、その過程で面白いものも見れた。それに、久方ぶりにこのフネに足を踏み入れた件の人間はまだ無傷で生きている。

 

 だから私は………無性に彼女を試したくなったのでした。

 

 

 

 

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 ~始祖移民船〈■■■■■・■■■■■■〉第三区画・サクラ月想海第一階層~

 

 

【イメージBGM:Fate/EXTRA CCCより「girl's side laboratory」】

 

 

「ふぅ……今回は無事に着けましたね」

 

「何事もなく進めるのが一番よ。まさかセンチネルが襲い掛かってこないとは流石に思ってなかったけど……」

 

 私達は森が広がる居住区跡地を飛び越えて、フネの中枢部に続くであろう区画に一時着陸して休息を取っていた。

 昨日はあれほどまで執拗に攻撃してきたセンチネルが襲い掛かって来なかったのはある意味では助かったけど、静かすぎるというのはまた別の不安を駆り立てられた。嵐の前の静けさ、という訳ではないのを願うばかりだ。

 お宝探しにリスクは付き物だとしても、リスクそのものは低ければ低い方が望ましい。

 

「……早苗、ここからは歩きでいきましょう。戦闘機じゃ入り込めなさそうだし、何より"匂う"わ」

 

「ですね……。私も同感です」

 

 小休止を終えて立ち上がった私達は、気を引き締めて奥へと続く通路へと身を乗り出す。

 

「行くわよ。ここからは警戒度最大ね」

 

「はいっ。戦闘態勢に移行しておきます」

 

 早苗と共に、通路へと歩を進める。

 

 通路はフネの入口で見た機械的な灰色の意匠ではなく、何処がデータ世界の電脳空間を思わせるような直線的で清潔なものになっていた。規則的に線が入って壁や床、天井を正方形に分割する淡い紫色の通路を、警戒を続けながら進んでいく。

 どうやら通路の床や天井に壁は全てスクリーンになっているらしく、その奥には海底に沈む遺跡や桜の木、熱帯のような森や海面まで伸びる昆布のような海藻と、現実にはあり得ない幻想的な景色が続いていた。

 

「うわぁ………なかなか凝ってますねぇ………」

 

「………まぁ、綺麗なのは否定しないわ」

 

 恐らくだけど、この区画がこんな状態になっているのは居住性向上のための娯楽とか、そんな意図を持って造られた場所なのだろう。通路の外側は映像だからどんな光景でも再現できるし、私達が今まさに体験しているように非現実の世界を疑似体験できたりもする。………そこまでする技術力があるなら電脳空間の仮想現実でも同じようなことができそうだとは思うけど、これもやはり設計者の遊び心とか、そんなものなのだろうか。

 

 澄み渡るほどに透き通った海中に、海底から吹き出した泡が淡い光の柱になって海面を目指していく。海底に珊瑚のように生えてる桜の大木や椰子の木の間には、見たこともないような鮮やかな色の魚の群が泳ぎ回っていた。赤、黄、緑、青……様々な色の魚が思い思いに泳いでいるその光景は、さながら水族館のようだ。………私は行ったことはないのだけれど、きっとこんな雰囲気なのだろう。

 

 

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「あれ、霊夢さん………あそこの部分、ちょっと開けてませんか?」

 

「本当ね……敵も居なさそうだし、そこでちょっと休んでいきましょう」

 

 しばらく仮初の海底トンネルと化した通路を歩いていると、休憩所のように幅が広がった区画が見えてきた。通路が正方形一マス分なのに対して、そこだけ三マス分にまで拡幅されていた。

 ここまで戦闘機を停めた場所から歩きながら来て、体感的には凡そ40分程度だろうか。流石にそれだけ歩いていると、ちょっと疲れてくる。本当は飛びたいところだけど、早苗に合わせないといけないから。

 

 そして周りの景色も入口付近の海底に茂る椰子と桜の森から徐々に海面へと上がっていき、この辺りに来ると海上に聳える遺跡都市へと変化していた。

 迷宮のように入り組み始めた通路は所々赤絨毯が敷かれており、またある所は先程までと同じように正方形のホログラムのような床となっていた。特に赤絨毯が敷かれた通路は画面の向こう側にも続いていて遺跡都市のビル群の間を縫うように浮かんでいたので、そのまま壁に気付かず頭をゴツン、なんて展開も度々あった。壁や天井にあった正方形に区切る線も海面から出た時点で消えており、いよいよ本格的に迷宮の体を成し始めている。

 だとするとこれからはかなり体力を使うだろうから、敵の居ない今のうちに身体を休めて備えておこう。

 

 件の広場のような場所に出ると、通路の左側に噴水のようなオブジェクトがあった。ホログラムみたいな見た目なので仮想かと疑ったら、どうやら本物らしく手を当ててみたら水が流れていた。元からこういうデザインらしい。いや、これも噴水そのものに映像が投影されているのか………いよいよ現実と仮想の区別がつきにくくなってきた。

 

 通路の奥は左右を桜の大木に囲まれて、さながらピンクの天然トンネルと化していた。そのさらに向こう側には遺跡じみた門のようなものがあり、その先は階段になって下に向かっていくのが見通せた。この通路、映像には先の通路まで投影されているので実際は見えなくとも、こうして何故か見通せてしまうのだ。だから曲がり角の向こう側なんかも普通に見えていたりするし、曲がった後の映像にも特に違和感は感じない。………ほんと、無駄に凝ってるわねぇ。

 

「では、失礼しますね」

 

 休息のために噴水の隣に身を置いた私の横に、早苗が腰を下ろして肩を預けてくる。………早苗の右手が私の腰に回されて、彼女の側に引き寄せられた。

 

 ………思わず、早苗の仕草にドキリ、と心を刺激されてしまう。

 

 未だに悩んでいる私をよそに、すっかり恋人気分の早苗は穏やかな表情で、仮初の景色をその瞳に映していた。

 

「綺麗ですねぇ………。こんな場所なら、霊夢さんとならいつまでも居られるような気がしてきます」

 

「そうねぇ………いつまでもはともかく、たまに遊びで訪れる分には私も賛成。なんなら、旗艦の娯楽施設にも加えたいぐらいだわ」

 

「ふふっ、流石にこれをそのまま戦艦の艦内に再現するのは難しいですけど、私の演算容量なら仮想空間に同じようなものは創れますよ?ほら、VRとかあるじゃないですか。あれならスペースも取らなくてお手軽ですし、今度どうです?」

 

「あら、良いわねそれ。私も賛成。状況が安定したら、今度試してみましょう」

 

「なら話は決まりですね。………ところで霊夢さん、ここ、けっこういいムードだと思うんですけど………しませんか?」

 

「ばっ………な、いきなり何言ってるのよあんた!い、今は探索が優先だから………駄目なんだからね!」

 

「ふふっ、半分冗談です♪」

 

 この仮想空間の景色に毒されたのかいきなりピンク色全開な提案をかましてくる早苗に、思わず取り乱してしまった。本人は冗談のつもりだったらしいけど、半分ってことは、まさか………いや、考えるのは後にしよう。

 

「そ、そろそろ行くわよ!休憩はこれでおしまい!この先は敵が居るかもしれないんだから、もっと気を引き締めなさい!」

 

「はーい。ふふっ、本当にかわいいんだから、霊夢さんは……」

 

「だから………そうやって茶化さないで!!」

 

「クスッ、強がっても駄目ですよ?霊夢さんのことはお姉さんの私がちゃんとリードしてあげますから♪」

 

「くっ……だから、そういうとこだっていっつも言ってるのに――!」

 

「はいはい、行くんでしょう霊夢さん?ほら、先に行っちゃいますよ~?」

 

「あ、ちょ………待ちなさい!」

 

 先に立ち上がった早苗は、ひらひらと蝶のように言葉通り先へと進んで私を急かせてくる。

 こうやって早苗に引っ張られるのも鬱陶しくはあるけれど、同時に何処が心地よく感じていた。………今更博麗の巫女も何もないのだから、いっそ全部預けてしまえと心の中の私が囁いた。

 ちょっと前までなら、すぐに否定していた言葉だろう。けど私は、……いまの私は、その心地よさを知ってしまった。

 

 だからなのだろう。それも悪くないかな、と思いながら、ひらひらと先に進んでいく早苗の背中を追いかけた。

 

 

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 ~始祖移民船〈■■■■■・■■■■■■〉第三区画・サクラ月想海第二階層~

 

 小休止を挟んで探索を再開した私達は、通路の先にあった階段を降りてきた。

 案の定、その先も上の階と同じような仮想空間を映像に投影された迷宮になっており、探索にかかる苦労を窺わせた。

 今度の階層はファンタジー世界の遺跡がテーマらしく、苔むした石畳の通路に西洋の神殿風の白い建物、赤い花を咲かせる蔦に絡み付かれた柱にや宙に浮く石畳の床などが見通せた。

 

「ふわぁ………さっきまでの映像も大概でしたけど、今度も中々綺麗ですねぇ………。まるでゲームのステージみたいです」

 

「実際そんなもんじゃないの?元々そういう意図で作った区画だったりして」

 

「ですよね~。ただの通路なら、こんな面倒くさい装飾なんてしないでしょうし」

 

 早苗と言葉を交わしながら、上の階層と同じように進んでいく。

 相変わらず現実感を無視した幻想全開の仮想世界が続くせいで、本当に仮想の空間に迷い込んでしまったような感覚が続く。

 重力やその他の法則を無視したように浮いてる遺跡の通路を進みながら、ふとあることに気がついた。

 

 ―――何処の区画にも、例外なく桜の木が生えている。

 

 あまりに景色に溶け込んでいたので気がつかなかったことだけど、最初の海中森林も、そこを抜けた先の水上都市にも、そしてここの遺跡にも、まるで強い拘りがあるかのように桜の花が咲いていた。

 

「そういえば………ここにも桜の花が咲いてるのね」

 

「あ、本当だ………。さっきまでの場所にも生えてましたし、なにか意味があるんでしょうか?」

 

「さぁ?もしかしたらそうなのかもしれないし、逆にただの装飾かもね」

 

 一体これが何を意味するのか、考えても分からない。

 さりげなく早苗に訊いてみても、やはり彼女も分からないようだった。

 考えてもきりがないので、これについては棚上げすることにした。

 

 そして暫く遺跡の中を進んだ先で、遂にあれが現れた。

 

 

 

「霊夢さん、あれって………」

 

 ふと早苗が立ち止まり、目の前で動く物体を見据えた。

 

 鋭角的な銀色の身体を持った宇宙戦闘機のようなそれには、私も見覚えがあった。否、奴等には散々煮え湯を飲まされてきたのだから、その姿を違える筈がない。

 

「「衛士(センチネル)っ!!」」

 

 

【イメージBGM:Fate/Grand Order Epic of Remnantより「moon salto(ii)~FGO~」】

 

 

 私と早苗が、同時に叫ぶ。

 

 それで此方に気付いたのか、ふらふらと浮遊して漂っていたそれは猛スピードで私達の元へと迫ってきた。

 フネの入口で遭遇した連中よりは小さく映画のミニチュアサイズのそれだが、向かってきたことで即座に敵と判断して対処する。

 

「早苗ッ!!」

 

「合点了解!行きますっ!!」

 

 攻撃態勢を取りつつ猛迫するセンチネルに向けて、武装を展開した早苗が飛び出して受ける。

 センチネルから放たれたレーザーを日本刀のような刀(スークリフ・ブレード)で受け流した早苗は、高々と宣言した。

 

「裏妖奇『風屠』!!」

 

 その宣言と同時に、早苗が持つ生々しい血の色をした刀身を持った刀が変形し、これまた禍々しい黒ずんだ血のような色をした幣の姿をとる。ついでに柄には髪飾りと同じ蛇が巻き付いていた。

 

「……毎度思うんだけど、なんでそんな面倒な機能付けてんのよ、それ」

 

「えー、霊夢さんには理解できないんですかぁ!?斬○刀(変形する刀)とか、ロマンじゃないですか!!」

 

「あーはいはい、ロマンねロマン………何故か悪役じみた見た目なのはこの際不問にしておくから、ちゃっちゃと片付けちゃって」

 

「了解ですっ。不肖東風谷早苗、参りますッ!」

 

 態勢を直した早苗が、変形した刀を持ってセンチネルに飛び掛かり、上段空の降り下ろしで一気に両断しようとする。が、センチネルはその動きに合わせて退き、ブレードを展開してその攻撃を受け流した。

 

「くっ……機械の癖に、中々やりますね……!!」

 

「あんたも半分、今はその機械だってこと忘れんじゃないわよ」

 

 早苗のなかでは、この程度の敵など御しやすい相手だと思っていたのだろう。攻撃を躱された早苗は忌々しげに舌打ちする。が、その横顔はどこか戦闘を楽しんでいそうな節があった。

 

「戦いに熱くなるのはいいけど、さっさと片付けなさいよ。前みたいに増援を呼ばれたらたまったものじゃないわ」

 

 私は早苗に、そう釘を刺しておいた。

 

 今でこそ敵は一体だが、このまま戦闘が長引くと増援を呼ばれる可能性だってある。それに投影された映像のお陰で通路の先が見通せるとはいえ、元々この映像はこのフネが見せているものだ、それが偽装されていない保証はない。いきなり曲がり角からセンチネルがこんにちわなんて展開もあり得なくはないのだ。ここはできる限り迅速に、かつ十分な余力を残して突破したい。

 

 だが私の考えてとは裏腹に、センチネルは一見早苗と拮抗しているように見えた。徐々に力押しの早苗が戦況を有利に導いているとはいえ、彼女の顔には最初にあったような余裕などない。……センチネルの強さを実感して、その脅威度を上方修正したらしい。

 

「早苗………っ!援護するから一気に畳み掛けるわよ!!」

 

「はいっ!」

 

 私の声に合わせて、センチネルと打ち合っていた早苗は飛び退いて私の下まで戻り、刀を握り直した。

 

「それじゃあ行くわよ……!陰陽弾!!」

 

「そこです!はあああっ!!」

 

 早苗が一度引いたことで突撃を開始したセンチネルに向けて、数発の弾幕を放つ。予想通りセンチネルはそれを避けてきたが、回避による未来位置を予測した早苗が再び飛び掛かって変形した刀を降り下ろし、今度こそセンチネルの躯を捉えた。

 早苗の斬撃を受けたセンチネルはその場にがくりと崩れ落ち、バチバチと火花を立ててショートした後に爆発した。

 

「はぁ、はぁ………こいつ、外にいた連中より強くない?」

 

「ですね………出力もAIの精度も、此方の方が上でした。此方の方が小さいのに関わらず……です。……やはり中枢部に近づくことで、センチネルの強さもランクアップされるのかもしれません」

 

「そうなると厄介ね……ここから先は、できるだけ注意して進んだ方が良さそうね」

 

「はい。なら先鋒は私が務めますね」

 

 早苗は戦闘態勢を解かずに、私の二歩前に出て警戒しながら前進を再開する。

 

 ……やはり、ここの"お宝"も一筋縄ではいかなさそうだ。時間を稼ぐかのように迷宮状になったこの通路と、強くなっているセンチネルがその証拠だ。ここから先にどんな罠があるのか分からない以上、今まで以上に慎重に探索を進める必要がありそうね………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここが、中枢部なのね………」

 

「はい。どうやら艦内への指示はこの部屋から出ていたみたいです。簡易分析装置で解析してみた結果ですから、恐らく間違いはないかと」

 

 長い居住区を抜け、迷路のような幻想の通路を越えて辿り着いた先に、その部屋はあった。

 錆び付いて固まっていた扉を力任せに引っ張った先には、薄暗い室内の中央に鎮座する得体の知れない巨大な機械の塊が見えた。

 

 フネの防御機構………あの迷宮に配置されていたセンチネルや罠もこの部屋に近づくにつれて強力なものになっていたが、元々ここに続く通路は狭い。そのため私を煩わせるような雑魚の大軍は置くことができなかったようで、点在する防衛システムも粗方簡単に片付けることができた。強力になったセンチネルこそ最初は手間取っていたが、油断も隙も無くした私と早苗の敵ではなかった。私の霊力が普段より減少していたからスペルの連発はできなかったけど、早苗が全力で動いてくれたお陰で無傷のままだ。

 ………流石に通路の幅一杯を覆い尽くすぐらいのレーザーカッターに迫られたときは焦ったけど、"夢想天生"で浮いてから発生装置を破壊することで事なきを得た。私はともかく、早苗がバラバラにされかねない罠がいくつかあってそこは手間取ったけど。

 

「………行きましょう、霊夢さん」

 

「ええ、そうね」

 

 目的地に辿り着いたとはいえ、この場所に留まっていては何も始まらない。

 早苗の声に推されて、私は水色に輝くホログラムのようにも見えるライトブリッジに足を踏み入れた。………問題なく、歩くことができる。

 早苗も私に続いて、橋の上に歩を進める。

 

 空間にはここに来る途中で遭遇したセンチネルの同型機と重しき、人間大の模型みたいなちっちゃい連中が浮かんでいたけど、攻撃はしてこないしとりあえず害はなさそうなので、そのまま放置して進むことにする。

 

 ライトブリッジを渡り終えたその先には、八角形状の巨大な機械の柱が聳え立っていた。―――これが、このフネの中枢コントロールユニットなのだろう。

 

 やはりと言うべきか、この中枢ユニットはバッチリ稼働しているようで、時折至る所が航法灯のように点滅を繰り返している。

 その様子は外見が伝導管や排気ダクトなんかが露出している工業機械然としたものであったが、形が八角形であることも相まって何処か夢殿大祀廟を連想させるものだった。

 

「うはぁ~。これだけの大きさのフネを動かしてるだけあって、やっぱりデカイですねぇ」

 

 早苗は眼前のコントロールユニットを見上げながら、そんなことを呟いて感嘆していた。〈開陽〉のコントロールユニットと比べても目の前の"柱"は遥かに大きい。ひょっとしたら、惑星上にある標準的なビルに迫るぐらいには大きいかもしれない。

 

「………どう?見た感じ、制圧できそう?」

 

 だが、今はこの中枢コントロールユニットを手中に収めなければ脱出すらもままならない。コイツが生きたままだと、またあのセンチネル共に追い回される。機体が大破している現状では流石にそれは勘弁願いたい。加えてこれだけデカいフネなのだ。幸い船内居住区の生態系も生きてるようだし、移動拠点としても優秀そうだ。是が非でも手中に収めたい。

 

 早苗はコントロールユニットを見上げながらう~んと唸って、考え込む仕草を見せる。

 

「流石にこれだけのサイズとなると、ちょっと難しそうですねぇ~。まぁ、やれるだけやってみます!」

 

「ま、そこは任せたわ。今度こそしくじるんじゃないわよ」

 

「はいっ!期待してて下さいね、霊夢さん!」

 

 早苗はそう意気込んで、一歩前に出た。

 

 いつもの如く右腕からハッキング用と称するヒワイな触手型ケーブルを展開して、コントロールユニットの根元にあったコンソールや本体に巻き付いて、容赦なく開口部や接続部にそれを挿し入れていく。早苗の義体からハッキングを受けることになったコントロールユニットは、まるで悲鳴を上げるようにバチバチとショートしている。いつもの見慣れた光景だ。

 

「では……行きます!侵食開始(フルダイブ)――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 艦体の半分が消し飛びボロボロになった〈開陽〉の臨時司令室として機能していた艦長室に、ピピーッ、ピピーッ、と通信が入ったことを示すアラームが鳴り響く。

 

「あれ、神奈子、これって………」

 

 通信音に反応したのは、霊夢と早苗から艦の留守を頼まれていた二柱の片割れ、洩矢諏訪子だ。彼女は通信機のスイッチを入れようと手を伸ばすが、その手を掴まれて止められる。彼女の手首を掴んだのは、守矢神社のもう一柱の祭神、八坂神奈子だった。

 

「待て。我々が通信に出るのは不味い。本来なら我々は、あの二人以外に存在は知られてはいないのだからな。余計な混乱を与えたくない」

 

「おっと、そうだったそうだった………危うく癖で出るとこだったよ」

 

 彼女達は今でこそサナダ謹製の義体を拝借して人間のように振る舞えているが、本来艦隊では信仰を得られていなかったので幻想郷とは違って霊体状態だったのだ。当然霊夢や早苗以外のクルーには認識されておらず、そんな自分達が通信という形でも表に出るのは不味いという神奈子の判断だった。

 

 通信が入ったことを示すアラームは暫く断続的に鳴り続けたが、漸く誰もいないと分かったのか数分後には完全に鳴り止んだ。

 

「―――止まったね」

 

「そうだな。………ああ、送り主はこいつらか。おい、ちょっと見てみろ」

 

「ん?何かあったのかい?」

 

 通信が鳴り止むと同時に、神奈子は艦外の光学センサーの映像を映したモニターを覗き込む。そこに何かを見つけたのか、手招きして諏訪子を呼び寄せた。

 

 言われるがままモニターの前に座り込んだ諏訪子も、その映像を目にして感嘆の声を漏らす。

 

「ほぅー、通信の主はこいつらかぁ~。連中が戻ってきたんなら、ここもやっと安泰だねぇ」

 

「………そうだな。あの科学者は好かんが、今の早苗にはアレの助けも必要だ。………早めに合流できたことには感謝するべきだろう」

 

 彼女達が覗き込んでいたモニターの中には、三機の航空機が小惑星とデブリを避けながら飛翔している姿が映し出されていた。

 

 ―――それは紛れもなく、『紅き鋼鉄』が運用していた戦闘機の機影だった………。




急に別ゲーになったって?気にしない気にしない(マー◯ン風に)

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