夢幻航路   作:旭日提督

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エコー達については霊夢は「保安隊」という表現の方が慣れている上に現在の規模が小さいので、今は基本的にそう呼んでいます。
本来は「海兵隊」に改組されていますが。


第九一話 始祖の部屋

 

 ~始祖移民船・居住区内~

 

 

「………戻ってきちゃいましたね」

 

「……ええ」

 

 乗っている〈ペリカン〉強襲艇の窓から、移民船の船内を覗く。

 

 私達はサナダさん率いる〈ネメシス〉に回収された後、マッド連中の移民船調査に付き合わされる形で再びこの船にとんぼ返りする形になった。

 今回は移民船統括AIのBB――もといブロッサムが明確に此方側についたので戦闘機の護衛は無く、輸送用の強襲艇一機で来船している。

 艇にはサンプル採集に携わるサナダ、にとり、シオンのマッドサイエンティスト共を始めとして雑用係を期待された保安隊の二人に、当然ながらフネの主であるブロッサムも乗り込んでいる。それに加えて私達の他に―――何故か霊沙の奴までついて来ていた。

 

「――何だ、そんなにジロジロ見て」

 

「いや、思えばあんたとも久しぶりだなってね。元気してた?」

 

「………」

 

 無視か。

 

 人がせっかく気をかけてやってるってのに、失礼なやつめ。久しぶりの挨拶すらも無視するなんて。

 

 相変わらず可愛げのないこの私の2Pカラー(パチモン)ではあるが、少なくとも以前よりは落ち着いているように表面上は見えた。あの偽魔理沙になにやら誑かされたのかヴィダクチオにいた頃は酷い荒れようだったけど、一月以上も経過すればそれなりに冷めていたらしい。

 

 コイツのことだから何かやらかさないか心配になるけど、冷静さを取り戻しているならそこまで心配はしなくてもいいか。どうせマッド共が付いてるんだし。

 

 

 

 

 

 このときの私は、そんな風にあまり危機感を抱いてなかったのだけれど、まさかあんなことになるなんて、思ってもいなかった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、到着したな。エコー、ファイブス、艇から機材を降ろしてくれ」

 

「「イエッサー」」

 

 〈ネメシス〉を発進した強襲艇は、気づいたらもう目的地にまで到着していた。

 

 いの一番に下りたサナダさんが指揮を取って、早速保安隊の二人を使っている。

 サナダさんの指示を受けたエコーとファイブスは、なにやら強襲艇から見慣れない機材の山を引っ張り出している。

 サナダさんに続いてシオンやにとりといったマッド勢が艇から下りて、他の強襲艇が懸架してきた小型車の準備と点検をしている。

 彼女達はサナダさん同様調査活動ということもあり、ごっつい装甲服を纏っていた。

 

「さて、ここからは車と徒歩で移動する。私とブロッサム君、シオン君とにとりは1号車に、艦長達は2号車、保安隊は機材を3号車に積んで待機してくれ。先導は私が行う」

 

 サナダさんに指示された通り、私達はにとり達が準備していた小さな車に乗り込んだ。ワートホグ、という車らしい。天井もないし熊にぶつかったらひっくり返りそうなぐらいの大きさだけど、不整地の走破能力は高いらしい。

 隣の早苗は組分けが発表されると「ふふっ、霊夢さんと一緒ですね」なんて言ってくっついてきたけど、すぐにその表情を歪ませた。

 

「……って、なんで霊夢さん以外にも乗ってくるんですか」

 

「仕方ないだろ、そう指示されたんだから。生憎サナダの車は満員、後ろの車は機材でいっぱいだ。移れなんて言われてもできないよ」

 

「そんなの分かってますよ!!ああもう、折角霊夢さんとのドライブデートができる機会だっていうのに、あのうざいAIが居ない時に限って………」

 

 ―――早苗、これはそういう目的で来た訳じゃないからね……?

 

 脳内ピンク真っ盛りの元同業者に心の中で注意しながら、私は無言で早苗の隣に座った。後部座席のアイツの隣は絶対に険悪な雰囲気になる故、ここしか私の居場所は無い。二人きりならともかくとして、人の目があるところでは流石に「霊力切れちゃいましたぁ~(はぁと)、なので吸わせて下さいね♪」なんて真似はしてこないだろう。………してこないと信じたい。

 

「ったく、なんで………コイツなんかが良いんだか。理解に苦しむね」

 

「なっ、今霊夢さんを侮辱しましたね貴女!?私のドライビングテクニックで振り落としちゃいますよ!!?」

 

「ちょ………それ私にも害が及ぶでしょうが!!」

 

 霊沙の言葉に早苗が食って掛かる―――まではいいんだけどその後の台詞は聞き捨てならない。

 

 ―――あんたが暴走運転なんかしたら私まで振り落と

 されるでしょうが!!

 

 早苗の暴挙を止めるべく抗議するが、前方のサナダ車からの声でこの遣り取りは中断された。

 

「――おーい、準備できたら出発するぞー艦長」

 

「あ、はーい。という訳なので、早速行きましょう霊夢さん」

 

「はいはい。くれぐれも危険運転はしないようにね」

 

「………チッ」

 

 ―――ふぅ、助かった………

 

 前の1号車から発進指示があって早苗の態度が切り替わったことで、私はほっと胸を撫で下ろした。あのまま険悪な空気が続いていきなり危険運転から入られたのでは私にまで危害が及ぶ。コイツら二人がいがみ合う分にはともかく(それもウザいけど)、私も巻き込まれるなんて問題外だ。

 

 平常心に戻った早苗は普通に車を発進させてサナダさんの車についていく。

 後ろの霊沙は終始不機嫌そうなままだったけど、早苗に声を掛けなかったので到着までの間にまた彼女といがみ合うことはなかった。私も何かがトリガーになってコイツが早苗の逆鱗に触れることがないよう早苗の相手しかしてなかったので、最後まで安全運転で移動できた。

 

 

 ......................................

 

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 ....................

 

 

 

 ~始祖移民船・工場区画~

 

 

 サナダさん達の後を追って着いた場所は、廃棄された巨大な船体がごろごろと転がっている工場区画だった。建造中だったのが放棄されたものなのか、はたまた廃艦になったものなのか、船体に貼られていたであろう装甲板は所々剥がれ落ちて無惨にも内部を晒している。

 

「とりあえず、一つめの目的地には到着だな」

 

「ほぇー、ここが始祖移民船の工場区画なのか。これはガラクタ漁りのし甲斐がありそうだ」

 

「……あまり勝手に弄らないで下さいよ?特に操作機器類は。後でちゃんと動かしてあげますから」

 

「彼女に忠告しても無駄ですよ。黙らせるには適当なガラクタを与えないと」

 

「おい、何だよシオン。それだとまるで私が子供みたいな言い方じゃないか」

 

「我々にとっては事実でしょう。興味関心のある事象に対してはとことん貪欲なのが我々の在り方なのですから」

 

「………まぁ、そうだけどさぁ」

 

「――という訳ですから、彼女には後で発明のヒントになりそうな、適当な部品でも何でもいいですから与えといてやって下さい」

 

「分かりました。とは言ってもデータや現物含めて機械類なんて腐るほどありますから、後で希望でも聞いときます」

 

「え、ホント?やった!」

 

 サナダさんとブロッサム、にとりにシオンと、1号車に乗っていた連中が降りていく。マッド共……特に機械弄りが大好きなにとりは早速目を輝かせているようで、まるで子供のように目をキラキラさせながら周りの機器を観察している。猫に鰹節、マッドに機械と言うように帰ってから何かやらかさないか心配だが、まぁ何とかなるでしょう。幸い資材はここに腐るほどありそうだし。

 

 私達もサナダさん達に倣って、車を適当な場所に停めさせた後彼等に続いた。

 

「ところでサナダさん、この区画には何しに来たの?」

 

「ああ、実はな、ここの工場を一目見ておきたかったんだ。言葉では聞いていたが、実際にどれくらいの期間で使えるようになるかどうか一度この目で見ておきたかったんだ」

 

「へぇ~」

 

 サナダさんは私に軽く説明し終えるとブロッサムと共に工場の奥へと向かっていき、何やら話し込んでいるみたいだった。

 

「………退屈ねぇ」

 

 マッド共も思い思いに工場の機械を観察してるし、コンソールを弄ってデータを観閲していたりする。私にはてんで機械のことなど分からなかったので、来たは良いけど何もすることが無くなってしまっていた。

 

「でしたらサナダさん達が帰ってくるまで、車で雑談しながら待ってますか?エコーさん達もそうしているみたいですし」

 

「………そうね。それが良いかしら」

 

 私は早苗の提案に従って、乗ってきた車へと戻る。早苗が示したように、少し離れたところに車を停めていたエコーとファイブスは乗ったまま雑談に興じていた。どうやら積んできた機械はここで使うものではないらしい。

 私にとっては完全に無駄足になってしまったけど、マッド共がここでインスピレーションを得て有益な発明をしてくれるというなら私は別に構わない。―――実害がこちらに及ばなければの話だけど。

 

「………なんだ、もう戻ってきたのか」

 

 私達が車に戻ると、唯一車内に残っていた霊沙が素っ気ない態度で出迎えてきた。

 

「まぁね。どうせマッドの話にはついてけないし、下手に弄って変なことになったりしたら困るからね」

 

「へぇ………」

 

 霊沙はさも興味がない、といった風体のまま後部座席で寛いでいた。全く、人が話してやっているというのに無神経な奴………

 

 ―――しかし霊沙のやつ、こうして見ると前とはほんと違うわねぇ………昔はもっと、こう………好奇心があって快活な奴のような気がしたんだけど。―――まるで、魔理沙みたいな…………

 

「もう、さっきから何なんですかその態度は!折角霊夢さんが聞いてるんですよ?」

 

「はいはい、悪いけど必要以上に馴れ合うつもりはないの、私は。もう昔とは違うんだ、ほっといてくれ」

 

「はぁ………」

 

 早苗が非難の意図を込めて彼女を諭すが、全く効果はない。それどころか、完全無視を決め込むように後部座席で狸寝入りを始めてしまった。どうやら、事あるごとに私を揶揄ったり航空隊と研鑽し合っていた彼女は完全に過去のものになってしまったらしい。ヴィダクチオでおかしくなったときから気づいていたが、こうして落ち着きを取り戻した後でも以前との違いが明確に現れていたらそう結論付けざるを得ない。

 

「いいのよもう。コイツなんか放っときなさい」

 

「でも………」

 

 早苗はまだ諦めきれていない様子だけど、霊沙の態度を変えることはできないと実感したのか渋々と引き下がった。

 

 ―――ああもう、雰囲気最悪じゃないの!

 

 早苗が黙ってしまって以降、気まずい雰囲気が車内を流れている。―――正確には、私と早苗の間に、だが。霊沙の奴は何も知らんとばかりに後部座席でぐっすりと眠ってやがる。狸寝入りどころか、本当に眠ってしまっていた。

 

「ハァ………霊沙さんのことについて、相変わらず何も分からず仕舞いですか」

 

「仕方ないわ、アイツの方から口を割ろうとしないんだもの。あんたの責任じゃないわよ」

 

 落胆する早苗を諭すように、私は彼女を慰めた。

 

「―――私ね、一度アイツを問い詰めたことなあるの。ヴィダクチオ自治領での戦いが終わった直後のタイミングでね。確か、宴会のときだっけ」

 

「そうなんですか!?――あ、確か私そのとき神奈子様の隠蔽工作に追われていて………その間にそんなことがあったんですね」

 

「まぁね。で、肝心の内容なんだけど………どうもあいつが言っていた生前のストーリーってのが半分ぐらい嘘っぱちみたいでね………」

 

「ストーリー、ですか?」

 

 ストーリー、という言葉に早苗はきょとん、と首を傾げた。

 

「ええ。あの時私は「あんたは誰だ」って問い詰めたのよ。アイツ、ヴィダクチオ戦のときから様子がおかしいどころか口調まで変わってたから。そのときアイツは「私達と戦って封印されたのは事実だ」って言ったのよ」

 

「つまりそれって……」

 

「"私のコピー妖怪"って話は嘘だ、とも取れる言い方よね。変わった性格に作り話―――全く、一体何を隠しているのやら」

 

 霊沙の正体に関する考察談義は続く。当の霊沙は、ここまで自分のことが話題にされているにも関わらず全く起きる気配がしない。

 

「でも霊沙さんって、おかしくなったのがあの偽魔理沙さんを拾ってからのことですよね?それって………」

 

「それって?」

 

 早苗はなにか思い付いたのか、意味ありげな眼差しを向けてきた。

 

 

「もしかして並行世界の霊夢さんだったり!?」

 

 

「へえっ!?」

 

「………!!」

 

 大声で発せられた突拍子もない推測に、思わず驚嘆の声が出てしまう。

 

 ―――はあっ!?コイツが私自身!!?

 

 冗談じゃない、と私は続けようとしたのだけれど、早苗は私の様子などお構いなしと言わんばかりに自信満々に自分の推論を披露した。

 

「だって、相手は魔理沙さんによく似た相手ですよ!?きっと幻想郷に居た頃に何かあったんです!一度は袂を別った筈の相手がいきなり目の前に現れて、きっと封印されていたあんなことやこんなことが「おい」ッ!?」

 

 ノリノリで推論を話していた早苗に冷や水を浴びせるかのように、起きた霊沙の声が響く。

 早苗はそれにびっくりして彼女の方向に振り向いた。霊沙の奴は、殺意すら感じさせる程の眼光で早苗を睨み付けている。

 

「早苗、今の話は訂正しなさい」

 

「へっ!?」

 

 霊沙は静かに、ドスの籠った低い声で威嚇する。

 

「私が"博麗"霊夢なんて、冗談じゃないわ」

 

 霊沙はそう吐き捨てると「私は寝る、次の目的地に着くまで起こすな」とだけ言い残して再び後部座席に横になり、あっという間に眠ってしまった。

 

「……早苗、これからアイツのことをあまり刺激しないで」

 

 私はあの宴会の日アイツに言われたことを思い出して、一つ早苗に忠告する。

 

「は、はぁ………分かりました。あの言いようでは、そうせざるを得ないみたいですし………」

 

 早苗は不満げな空気を漂わせていたが、あの様子では仕方ないと諦めたのか渋々といった様子でそれを承諾した。

 

 ―――これは、私もミスったなぁ………

 

 斯く言う私も、あのときの話を忘れて早苗を止められなかったのは不覚だった。あれ程彼女から頼まれていたのに、これでは片棒を担いだようなものだ。折角安定してきたのだから、艦隊の安全的な意味で彼女をあまり刺激したくないというのに。

 あの偽魔理沙でここまで取り乱していたのだから、本物の幻想郷の住人だった私や早苗がつっついたらどんな反応が帰ってくるか分からない。寧ろ今回のそれは、わりかし大人しい方だったとも言える。

 

 

 ―――だから………これは私の問題なの………これ以上、関わらないで―――

 

 

 ―――でないと……私は霊沙として振る舞えなくなるから……―――

 

 

 ―――だけど、これ以上刺激されたら自分でも私を抑えて居られなくなるわ―――

 

 

 これ以上は抑えられない、か………

 

 宴会のとき彼女から言われたことを思い出しながら、私は言いようのない不安に襲われていた。この問題はデリケートなものだ。故に、慎重に扱わなければならない。

 

 ―――アイツの正体を暴いたとき、果たして蛇が出るのか鬼が出るか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~始祖移民船・中枢部~

 

 

 工場の調査を終えたサナダさん達は再び居住区に向かい、今度は空気や土壌の調査、居住の可否を調べていた。

 何千年も漂流していた割に整備はちゃんと行き届いており、空気汚染や土壌汚染、未知の細菌や凶悪な病原菌も居ないと分かり今すぐ居住可能な状態が保たれているらしい。総合統括AIのブロッサムが毎日調べていたとの話で、かつサナダさん達が持ち込んできた機械で調査しても見つからないのだから本当の話なのだろう。これで移民船の拠点化や食糧生産が問題なくできる。

 

 居住区の調査を終えた私達は車で端まで移動して、そこから徒歩に切り替えた。

 

 この先にもう一つ、調査したい箇所があるらしい。

 

「んで、その調べたい部屋ってのは何なのよ?まさかコイツの本体をバラすとか突拍子もないことは言わないでしょうね?」

 

 私はサナダさんへの牽制も兼ねて、彼に尋ねた。

 マッドサイエンティストな彼ならブロッサムの本体であるコントロールユニットを解体して研究とか始めかねないし、それで折角築いた契約を台無しにされるのも勿体ない。一応常識がある彼に限ってそんなことは無いでしょうけど、一応だ、一応。

 

「まさか、そんな信義則に反するような真似は幾ら私でもやらないさ。それより、件の部屋は"玄室"と呼ばれていた部屋らしくてね、彼女でもブラックボックスが解けないというからこうして我々も調査に協力することにしたのさ」

 

「このフネから人間が去ってから調べ始めたんですけど、あの部屋だけ私の管理権限を受け付けないんです。それで気になってハッキングしようとしても跳ね返されるし………とにかく!私のナカに正体不明の謎部屋があったら落ち着かないじゃないですか!それにこの人、稀代の天才らしいじゃないですか。彼の実力の一端は見させてもらいましたし、ここはサナダさんとこの私、ブロッサム先生の悪魔合体でちょちょいのチョイです♪」

 

 ―――という訳らしい。

 

 一瞬罠かと勘繰りもしたけど、既にサナダさんの盟友と言ってもいいような地位を占めている彼女が裏切る理由はない。それどころか彼女がAIであるならば、契約に反するような内容はできない筈だ。………早苗という例外がいるので断言はできないけど、まぁ、彼女は人の魂が入ってるから………

 

「玄室、か………。ところで、その部屋はどんな場所なんだい?」

 

「それが、私にも分からないんです。当時の人間達は決して私に部屋のことを教えませんでしたし、部屋に出入りしていたのはごく僅かな権力層の人間だけでした。彼等がこのフネから去ってからも部屋には強力な防壁が掛けられたままで、電子的にも物理的にも此方からは覗けなかったんです」

 

 にとりがブロッサムに質問するが、返ってきた内容も謎だらけ。管理AIでも覗き見ることができない部屋って、どれだけ強固なセキュリティなのよ。私の早苗でさえ、フネの中は通路一本部屋一つに至るまでその気になったら丸裸だったのに。

 

「管理AIでも入れないなんて、それっておかしくないですか?フネの安全運航の為にAIは必要とあらば全ての空間にアクセスできる権限が与えられています。だけどアクセスできない部屋があったらその部屋で発生した異変や事故は感知できないってことになりますよね?それだと本末転倒じゃないですか?」

 

「……ええ、貴女の言うとおりですよ緑色。私……というか正確には私の先代なんですけど………がフネに異常がないか調べようにも、その部屋だけ毎回空白になってたんですから気になって気になって仕方がなかったんです。当時の人間に運航上のリスクを伝えても駄目だの一点張りで、権力層が去った後最後の住人さんと調べても突破できず―――本当に気味の悪い存在ですよ」

 

 あのマイペースでハイテンションなブロッサムがここまで嫌悪感を露にしているなんて、件の部屋はどれだけ堅いセキュリティに護られているのか………それだけ隠されているなら暴きたくなるのが人間の性というものだけど、

 

「………ねぇサナダさん。調べるのはいいんだけど、そんな部屋どうやって入り込むのよ?」

 

「うむ。セキュリティ以前に物理的にも突破は難しいらしいからな。我々の科学力を考えると電子面でのアプローチは難しい。何しろこの分野は"風のない時代"の方が我々より勝っていたのだからな。そしてその"風のない時代"の科学の粋を集めたブロッサム君でも突破は不可能ときた。ならば………」

 

 サナダさんは一呼吸置くと、後ろの保安隊員二人に目を向けた。

 

 彼等の手にはでっかいドリルのようなものが握られており、それだけでサナダさんがこれから何をしようとしているのか大体の察しがついてしまった。

 

「この超硬貨テクタイト製プラズマドリルで物理的に隔壁を破壊する」

 

 うぃーん、うぃんと保安隊の二人はサナダさんの言葉に合わせて、ドリルのスイッチをつけたり切ったりとその存在を誇示していた。

 

 ―――うわぁ、またろくでもない物を………

 

 それがドリルを見た私の第一印象だ。

 一体いつの間にこんなものを、と思ったが元からあるものを再利用しただけかもしれない。だけどサナダ印というだけでヤバい雰囲気がぷんぷんしてる。

 

「ドリル!ドリルですよ霊夢さん!やっぱりドリルは格好いいですよねぇ~」

 

「おおっ、やっぱり分かるかい盟友!何せコイツは最早何個目か分からない私の自慢の発明だからね!この宇宙にコイツが壊せない物なんて無いさ!あのエピタフ遺跡だってコイツの手にかかればバラバラさ!」

 

 ………あのドリルはサナダ印ではなくにとり印だったらしい。それがどうしたという話だけど。

 ぶっちゃけサナダ印でもにとり印でも、その危険度(と効果)はあまり変わらないのだからどちらも要警戒対象なのには違いない。

 

「………変なヘマやらかすんじゃないわよ」

 

「それは我々も承知の上です、艦長」

 

「何でもこのドリル、プラズマの熱はロンディバルト駆逐艦の主砲に匹敵するという話ですから。我々も慎重になりますよ」

 

「うげっ、滅茶苦茶危ないじゃないのそのドリル!」

 

 ドリルを扱うエコーとファイブスの話を聞く分には安全性に大いに不安が残るのだけれど、扱うのが常識人で頼もしい保安隊というのは唯一の安心材料だ。

 

「色々話しているうちに着いちゃいましたよ」

 

「ふむ、これが"玄室"か。扉の見た目は他の部屋と変わらないようだが………」

 

「見た目で侮ったら駄目ですよ?この部屋には私が5000年かけても解けなかった難題が眠ってるんですから」

 

 ブロッサムの言葉にへぇ、と心の中で相槌を返しておきながら、私は「玄室」の入り口だという扉を見つめた。

 

 ―――思ったより地味なのねぇ~。

 

 その扉からは、他の部屋のそれや通路と同じように均一的で機械的な清潔さを感じさせる、ただの宇宙船の扉という感想しか思い浮かばない。しかしブロッサムに言わせてみれば、それは欺瞞、偽りの姿だという。

 

 サナダさんはその姿を暴くべく、保安隊の二人に命じてドリルの鋒を扉に向けた。

 

「作戦開始だ、エコー、ファイブス、手筈通りに頼む」

 

「イエッサー」

 

「了解。危ないぞ、艦長。下がっていろ」

 

 保安隊のエコーとファイブスが前に出て、ドリルの電源を付けて扉にそれを押し当てる。

 ウィンウィンと不愉快な甲高い騒音を立てながら扉を抉じ開けようとするドリルだが、全く削れる試しがない。それを見たエコー達は、二つ目のスイッチを入れた。

 

 するとドリルは眩い光を放ちながら蒼色の高熱プラズマを帯び始め、その熱量を以て扉を抉じ開けようと猛烈に火花を散らしていた。

 

 ―――マッド共とエコー達が重装甲服を着ていたの、これが原因だったのね。

 

 確かにこれは危険な現場だ。身体が義体になってる早苗や悪名高い間欠泉でも能力を使えば平気な私はともかくとして、頭は異常でも身体は普通の人間の域を出ないサナダさん達に装甲服は必須だった。

 

「うわぁ、ゴリゴリ削られていってる……」

 

 火花を散らしながら扉を掘り進むドリルを見て、ブロッサムは感慨に耽っているような様子だった。―――5000年かけて自分が突破できなかったものがマッド共の手によっていとも簡単に突破されようとしているのだ、それも無理はない。

 

「いよいよですねぇ、楽しみです」

 

「これだけ厳重ならお宝の一つ二つはあってもいいような気もするけど………なーんか嫌な予感がするのよねぇ」

 

「…………」

 

 件の"玄室"を前にして、私の勘は不安を訴えていた。

 ――この中にあるのは、何かよからねものなんじゃないかと。

 

「嫌な予感、ですか。う~ん、何千年も空かずの間というのもロマンがあると思うんですけど、霊夢さんの勘はよく当たりますからねぇ………」

 

 ………早苗の言う通り、私の勘はよく当たる。それも今回みたいな悪い予感は特に。

 

 ―――杞憂であればいいんだけどねぇ………

 

 ドリルでがりがりと削られていく扉の様子を眺めながら、私はこの勘が当たらないことを願った。

 

 

 .........................................

 

 

 

 ガンッ、と金属の甲高い衝撃音が響き、5000年間ブロッサムの攻撃を耐え続けてきた「玄室」の扉は遂に陥落した。サナダとにとりという稀代のマッドサイエンティストコンビの手によって。

 

「開いたな。行くぞ艦長」

 

 サナダさんは扉が崩れたのを確認すると、ずかずかと室内へと入っていく。

 

「ああっ、抜け駆けは狡いぞサナダ!」

 

「――私達もいきますか。何が出るか………」

 

「ふ、フフフッ………遂にこの時が………覚悟しなさいこの謎部屋」

 

 それに続いて、にとり、シオンのマッド勢が意気揚々と「玄室」の中へと入っていく。ブロッサムは何千年以来の悲願が目前にあるためか、テンションがおかしい。

 

「さて、私達も行きましょう霊夢さん」

 

「………、ええ」

 

 早苗に手を引っ張られながら、私もサナダさん達の後に続いて入室する。

 サナダさん達が事前に踏み込んだ限りでは罠の類いはないようで、彼等はさらに奥まで踏み込んで部屋の床や壁からサンプルを採集している。

 

「暗くて何も分かりませんねぇ」

 

「………そうね。サナダさん達の作業が終わるのを待ちましょう」

 

「………サナダ、照明の準備が終わったぞ」

 

「うむ、ご苦労。では点灯頼む」

 

 マッド達のサンプル採集が終わった頃、入り口付近で背中に担いできた照明を組み立てていたエコーとファイブスから報告が入る。

 サナダさんの指示通り、二人は照明のスイッチを押した。

 

 カッ、カッ、という音と共に部屋の全体を照らし出す程の光が放たれ、ついに暗闇に包まれていた「玄室」の全貌が明らかになる。

 

「これは………」

 

「―――こんな見た目だったんですね、この部屋」

 

 誰もが固唾を呑んで、「玄室」の全貌を眺めていた。

 

 部屋の内装は先程までの通路のような、未来的な清潔感に溢れる無機的なものとはうって代わり、蒼色に包まれている有機的で曲線的な、まるで宇宙人の巣なんじゃないかと思えるほど幻想的で不気味なものだった。壁の装飾や天井からぶら下がる得体の知れない物体はどれも機械とはかけ離れた外見で、宇宙船の中よりも幻想郷にある洞窟の奥地と言われた方がずっとリアリティのあるような不思議な見た目をしていた。

 

 床にも壁にもチューブのようなものが埋め込まれ、壁の一角にある何らかの装置みたいな物体の周辺には青白い光の粒が半透明のチューブを流れていく。

 それらの光景はまるでここが母体の胎内であるかのような、不可思議な感覚を私に感じさせていた。

 

「これが……"玄室"………」

 

 その幻想的な風景に、思わず目を奪われる。

 エピタフ遺跡にも通じるようなこの景色に心まで奪われかけていたとき、突如として響いた狂気によってそれは辛くも中断された。

 

 

 

 

 

 

 

「く………フッ、あは、アハハハハハっ!!」

 

 

「………霊沙?」

 

 狂った叫び声の主を見て、恐る恐る、私はその声の主を呼ぶ。

 

「くくっ、やっと………やっと見つけたぞ!」

 

 

「あ、貴女、何してるんです……?」

 

「霊沙、さん―――?」

 

 ブロッサムが怪訝の視線を彼女に向けて、早苗は私と同じように彼女の名を呼ぶ。保安隊の二人やマッド達も流石にこの光景には目を向けざるを得なかったようで、驚愕、怪訝、あるいは眉をひそめて睨むか思い思いの視線を彼女に向けていた。だけど変貌した彼女にどう対処してよいのか分からないまま、彼女を警戒しながら観察することしか出来ないでいる。

 

 だけど彼女は周りの視線などお構いなしと言わんばかりに狂った笑い声を上げ続け、ばたんと糸が切れたかのように首と腕をだらりと降ろした。―――かと思うと、なにかをぶつぶつと呟きながらのそり、のそりと幽鬼のような足取りで得体の知れない装置の下へと向かっていく。

 

「あんた………何する気なの………?」

 

 私の問い掛けにも応えずに、装置の下まで辿り着いた彼女はさも慣れていると言わんばかりの滑らかな手つきでコンソールのようなものを操作した。

 

 すると、彼女を取り囲むようにして金色の光の柱が出現する。

 

「な、何だあっ!?」

 

「くっ、何の光ィ……!?」

 

 一瞬で発せられたそれの眩しさに思わず目を背けてしまうが、気づいたら彼女は光の柱の中に浮かぶようにして、操作のようなものを続けていた。

 

「お前らが………お前らがなんだろう!?私のナカをぐちゃぐちゃにして、糞みたいな記憶と性格を植え付けていったのは―――!!」

 

 光の柱の中にあっても、支離滅裂な霊沙の独白は続く。

 霊沙は鬼のような形相で嗤いながら、得体の知れないナニカに向けて延々と呪詛を吐き続けていた。

 

「く、ククッ――!アイツの姿と記憶を盗んでいった報いよ、受け取りやがれ……ッ!!」

 

「ッ、霊沙………、その光から離れてっ!」

 

「彼女を取り押さえろッ!!」

 

 私とサナダさんが同時に叫び、反射的にエコーとファイブスが飛び出した。

 だが彼等の腕は光の柱に阻まれて彼女に届くことはなく、それどころか弾き飛ばされて床に転がってしまう始末だ。

 

 ―――くっ、こうなったら………

 

 エコー達が起き上がる前に、堪らなくなった私は"能力"を使って彼女の下へと飛び出した。

 

「事情は、分からないけど…………ぐうッっ!?

 、……いい加減、こっちに、………戻りなさいッ!!」

 

「う………ッ!?」

 

 予想通り、私の能力なら光の柱を突破することができた。

 

 光の柱を腕がすり抜けたときに感じた痛みに顔をしかめながらも、確かに彼女の腕を掴んだ私はそこから無理矢理引っ張り出す。

 

 すると、バリンッ、という硝子が割れるような音を立てて光の柱は崩壊し、彼女の身体はバタリと力なく床に倒れ伏した。

 

「…………」

 

「霊沙っ」

 

「霊沙さんっ!!」

 

 倒れた彼女を見て、突然の事態に硬直していた皆が彼女の下へと駆け寄ってくる。

 

「嘘、そんな………こんなことって………」

 

 ただ一人、調査を依頼したブロッサムだけはいつものお調子者の雰囲気が嘘のように、恐怖に囚われたような表情をしながらこの光景に後退りしていた。

 

「あの時代の人間達は、何を………」

 

 ―――くっ!やっぱり当たるじゃないの、悪い予感に限って………

 

 AIですら衝撃を受けるこの光景―――クソッ、一体何が起こったっていうのよ―――!!

 

 彼女の身に何が起きたのか、あの装置と光の柱は一体何なのか………知りたいことはいっぱいあるけど先ずは彼女の身体を何とかしなければならない。

 

 倒れた彼女の介抱を早苗に任せて、私はサナダさんに命令した。

 

「………サナダさんっ、今すぐに救護班を呼びなさい!―――今すぐよ!!」

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