夢幻航路   作:旭日提督

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第九二話 玄室考察

 ~戦艦〈ネメシス〉作戦会議室~

 

 

 

「………では、会議を始めるとしよう。良いな、艦長」

 

「………」

 

 霊沙が始祖移民船で倒れてから3日、臨時旗艦となっている〈ネメシス〉の会議室は、鉛のような重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

 出席者が全員揃ったのを確認すると、進行役兼解説役のサナダさんが一番に開口する。

 本来であれば艦長の私が仕切るべき場面なのだろうけど、元々私はそういう役割は得意ではないし、今回は議題が議題だけに専門家に任せるべきだと判断した結果だ。

 

 サナダさんの問い掛けに、私は無言で頷いてそれを承諾する。

 

 今回の会議は艦隊のなかでも最高機密に指定されるべき案件だとサナダさんも言っていたので、出席者は数名、それも今残っているメンバーのうちでもかなりの重役の人達かごく僅かな関係者だ。司会役の科学班長サナダさんを始めとして整備班長のにとりや医官兼研究者のシオンさん、副長のコーディに海兵隊隊長のエコー、〈アイランドα〉統括AIを自称する、これまた自称のブロッサム先生、そして私と早苗だ。あのとき同行していて、そして今回の話題の鍵を握る霊沙の奴は案の定体調不良らしく、医務室でポッドにぶち込まれて色々調べられてるらしい。ここに来るときにシオンさんがそう言っていた。

 人選から彼等も只事ではないと悟っているようで、サナダさんが話し始める様子を固唾を呑んで見守っている。

 

「まずは例の移民船………コードネーム〈アイランドα〉にて確認された謎の空間についてだ。我々科学班と整備班、艦長、そして霊沙君と共に調査に当たった結果、この施設は一種の通信装置であることが判明した」

 

 始祖移民船にあった謎の空間………あのどこか神秘的な雰囲気を帯びた部屋のことだ。古代に建造された始祖移民船とはいえやはり人類が造ったものであるだけに、全体としては直線的で機械的なデザインだったあのフネだけど、何故かあの部屋だけまるで"造った文明からしてそもそも違う"かのように異質な空間だった。

 他の箇所とは真逆の、いつか見たエピタフ遺跡に通ずる曲線的で有機的な幾何学的意匠に加えて、天然の洞窟に生えるヒカリゴケを思わせるようなぼんやりとした緑色の光……何もかもが、あの部屋だけ"特別"だった。

 

「通信装置?」

 

「どういうことだ?サナダ。あれが通信装置だとしたら、誰と連絡を取っていたんだ」

 

 サナダさんの言葉に、出席者から疑問の声が上がる。

 加えてコーディさんの言うとおり、通信装置なら繋げたい相手が居る筈だ。あのとき霊沙がいってたことはなんか支離滅裂だったし私もよく分かってないから、私も改めてサナダさんから話を聞きたい。

 

「ここから先は推測になるが、恐らく相手は異文明………それも人類でないことは明らかだろう」

 

「なに……ッ!?」

 

「………つまり、エイリアンという訳か」

 

 相手は人類ではない、という言葉に動揺が走る。明らかに驚いている者、驚愕しつつも分析しようとする者など、反応は様々だ。

 

「……この時代に来てからヒューマノイド以外の知的生命体を全くといっていいほど見てなかったが、やはり人間とは他種族の知的生命体が存在したのか」

 

「待て。話はそう単純なものではない」

 

「なに………?」

 

 コーディさんやエコーらトルーパー組は以前の経験からか、相手がエイリアンだと納得している様子だったけど、それにサナダさんが待ったを掛ける。

 

「私が霊沙君から聞いた話を吟味する限り、相手がただのエイリアンだと早急に決断を下すわけにもいかなくなった。どうやら相手は、我々の想像もつかないような高次元生命体らしい」

 

「高次元生命体?エイリアンとはどう違うんだ?」

 

「えっと………ブロッサムさんはあのフネの統括AIをずっとやっていたんですよね?なら何か知ってるんじゃ………」

 

「そうですよ!あのフネのことなら何でも知ってるんじゃないですか?れ……霊沙さんは一体何とコンタクトしてあんなんになったんです!?」

 

 問題の施設がある〈アイランドα〉の統括AIである彼女なら当然何か知ってる筈だとシオンさんが尋ねたのを切欠に、早苗が彼女を問い詰めるように身を乗り出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!確かに私はあのフネの統括AIですけど、私が搭載されたのはあのフネが完成してからですよ!?それにあの部屋、高度にブラックボックス化されててこのブロッサム先生でも分からない謎ルームだったんです!そんなに簡単に分かってたら、今頃洗いざらい話してますから!」

 

 彼女はわざとらしく「ぷんっ…!」と頬を膨らませて顔を背けて、抗議の意図を示している。早苗と違って魂が入ってる訳でもなさそうなのに全く人と変わらないその仕草には、彼女がAIであることを忘れてしまうぐらいだ。

 

「そんなこと言って、まだ何か隠してるんじゃないですか?事と場合によっては………」

 

「な、何なんですもう!だから、私は知らないって言ってるじゃないですか!人間の言葉も理解できないんですかぁ~?このポンコツ緑色。だいたいアナタ、私とキャラ被ってんですけど~?ま、私の方が可愛くてグレートデビルなんですけどね♪」

 

「はぁ!?新参の癖に何言ってるんですか!?貴女の方が明らかに癖が強くて扱いにくそうじゃないですか。そんな貴女と違って私は霊夢さんへの愛情MAXなんですから、絶対に裏切らない私があのフネを貴女に代わって掌握すべきです!!!」

 

 だけど案外疑い深い早苗はまだ納得した様子ではなく、彼女を問い詰めようとしていた。が、彼女も黙って言われっ放しなんて我慢できない性格なのは目に見えており、早苗も早苗で無視なんてできない質なのでブロッサム先生の挑発に容易く乗ってしまって瞬く間に口論に発展してしまう。他のメンバーは、それを冷ややかな目か、面白いものでも見るような目で観戦するだけだ。

 

「あーら、できるんですかぁ~そんなこと。そこの霊夢さんとあんなコトやこんなコトしちゃってたとこ、ぜーんぶ見てたんですよ?何ならここでバラしても……」

 

 ここはやはり、艦長の私が仲裁するべきだろうと割って入ろうとしたときだった。

 

 ………今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんだけど、気のせいかしら。……気のせいじゃないわよね。

 

「ななな、それは絶対にダメです!!やったら絶対許さないですよ!!!」

 

「きゃー☆ また私、あのときみたいに犯されちゃうー☆やっぱりバラしちゃおうかなー……」

 

「ちょっ………や、止めなさい二人ともッ………!!もう、私にまで飛び火させてこないでよね。特に早苗!そうやっていつも暴走しない!!」

 

「ひゃ、ひゃいっ………ごめんなさい………」

 

「もう、いい迷惑ですよホント。これに懲りたら、あの可愛い艦長さんの言うとおり大人しくしといてくださいね~?」

 

 早苗は反省してるみたいだからいいとして、この期に及んでまだ早苗を煽ってくるブロッサムは無視する。私はサナダさんに目配りして、話の続きを促した。

 

「………ゴホン、少々話がずれたようだが、続けるぞ。確か………通信相手の正体についてだったな。先程は相手が高次元の知的生命体といったが………いや、"生命体"などという我々の基準で計るのも烏滸がましい程の存在なのかもしれんな」

 

「………それは、どういうことだ?」

 

「単純な話だ。文字通り、彼等は我々とは"次元が違う"存在なのだ。物語の中の登場人物から、作者たる我々を見るようなものだろう」

 

 再び話を始めたサナダさんは、手始めに高次元生命とやらの解説から始めた。

 

 次元が違う、物語の中から作者を見るようなもの、か………。私でも分かりやすい例えだと関心するけど、それじゃあまるで私達が………

 

「ちょっと待ってサナダさん。その言い方だと、まるで私達がその"高次元生命"とやらに創られた存在みたいに聞こえるじゃない!」

 

「そんな………本当なんですかサナダさん!」

 

 物語の登場人物は、基本的に二次元だ。それが活字であろうと絵であろうと。彼等は私達が描いた通りに動くけど、逆の視点から見れば彼等は作者はおろか、自分達の世界の形も把握できない。三次元から二次元、つまり現実から紙の中の世界へは幾らでも干渉できるけど、その逆は有り得ない。サナダさんの話は、その関係が丸々私達と例の"高次元生命体"とやらの間でも成り立つと言っているように聞こえた。

 

 なんて、とんでもない連中を引き当ててしまったのだろう。

 

 最悪の事態……彼等と敵対したときのことを考えて歯噛みするが、サナダさんが諌めるように言葉を続けた。

 

「待て艦長。その可能性は勿論否定できないが、まだそうと決まった訳ではない」

 

「だが、その可能性も残されているという訳か」

 

「……チッ、俺達が物語の中の存在と同等だと?悪い冗談だぜ」

 

「はぁ?私より上の次元に立とうなんて、舐めてるとしか思えません。………私のフネにそんな意味不明な存在とコンタクトする装置があるなんて、正直気色悪いです」

 

 サナダさんの身からすればそれでフォローしているつもりなのだろうが、こればかりは衝撃が大きすぎる。自負達が物語の登場人物のような存在など、あまりに突拍子過ぎてついていける気がしない。見ると、どうやら出席者の半分ぐらいも明らかに狼狽えているように見えた。平静を装いこそすれど、衝撃の事実を前に脂汗を流す姿は無理して強がっているようにしか見えない。………私も多分、それと似たような感じなのかも。本当に平静でいられているのは、元から頭のネジが飛んでいるマッド共とブロッサムの奴ぐらいだ。………三マッドはともかく、彼女は早苗と違って元から造られた存在だから、あまり抵抗がないのだろう。文句を垂れこそすれど、エコーや早苗みたいに狼狽してる様子はない。

 

「話を聞け。彼等の目的が分からない以上、先ずは限られた情報から彼等の姿を推察するのが先だ。皆、よく聞いてくれ。ここから話す内容はオフレコで頼む。特に艦長―――君にも関わる話かもしれないからな」

 

「え………私?」

 

 ざわついた会議室をサナダさんが諌めると、声のトーンを落とし改めて説明を始めようとしていた。

 その真面目な声とオフレコという言葉に身を硬くするが、加えて直後に名指しまでされ更に緊張が迸る。

 

「私に関係あるって、どういう………」

 

「話せば分かる。ここで先に説明すると厄介だから、順を追って話していくぞ」

 

 人の不安と好奇心を煽るだけ煽っておいて、結局はお預けだ。彼らしいといえば彼らしいが、私からしたらたまったものじゃない。

 だけどここでサナダさんに突っかかっても話がややこしくなるだけだ。彼がわざわざ説明を後回しにするぐらいなのだから、ここは大人しく説明を聞いているのが吉だろう。

 

 そうしているうちに、サナダさんの解説が始まった。

 

「………まず一点、彼等が我々の次元を跳躍した存在であると霊沙君がハッキリ言った点だ。あのときこそ彼女は取り乱していた……というより興奮気味で支離滅裂な言動だったが、彼女が回復したのち改めて尋問を行った結果、彼女はそう断言した」

 

「おい、あの嬢ちゃんがそう言ったのだとしても、それの何処が証拠になるんだ?ただの妄想かもしれんぞ?」

 

「――勿論、その可能性も考慮したさ。だけどあれは………」

 

「にとり君、いい。後は私から説明しよう」

 

 霊沙が相手を高次元生命とやらと断言したとしても、それが証拠にはならない。戯言の一つと言い切ることもできよう。エコーもそう考えたようでサナダさんに反論するが、恐らく彼女の尋問を担当したであろうマッド連中から待ったがかかる。あいつらのことだ、何か決定的な証拠を握っているに違いない。

 加えて前々から様子がおかしかった霊沙のことだけど、ここで一つの推測が生まれた。

 

 ―――その高次元生命体が霊沙に干渉したことで、彼女はあそこまで情緒不安定になっていたのではないか、と………。

 

「確かにその通り、彼女が断言しただけでは妄想、戯言と切って捨てることもできよう。だがあの部屋を調査した結果そうもいかなくなった。我々はその後あの部屋を改めて調査したが、ごく一部であるがデータを抽出することに成功した」

 

「え、嘘………じゃなかった。ちょっとそこのアナタ、それ本当なんですか!?私でもあの部屋には一切侵入できなかったんですよ!?」

 

「ああ、本当だ。そう上手くはいかなかったがね。あまりの情報容量に記憶媒体が軒並みおじゃんになったさ。最高性能のメモリーデータカードを使ってやっと極一部の抽出に成功したのだがね」

 

 サナダさんはさも何事のなかったかのように平然としているけど、ブロッサムの奴の驚きようを見るにそれ、かなり凄いことなのではないだろうか。あのフネの統括AIでさえ、恐らく一万年かけても突破できなかった"あの部屋"に関する情報を、ごく僅かとはいえ抽出に成功したのだ。改めて、彼の凄さを思い知らされる。私がこの世界に来て初めて会ったのだサナダさんだったことは、かなり幸運なことだったのかも。

 

「そしてデータカードに移した情報を解析した結果、当時の人類が高次元生命体とコンタクトを取っていたことが示唆されるものだった。曰く彼等は人類を遥かに超越した存在であり、森羅万象を記した万物の根源………いわゆる"アカシック・レコード"である、とそのデータは告げていた。そして当時の人類は、彼等をオーバーロード(次元の超越者)と呼び神の如く敬っていたらしい。ブロッサム君、君のメモリーのなかに当時の人類が信仰していた宗教のデータはあるか?」

 

「え?宗教………ですか?はい、如何せんかなり昔のデータですから劣化が激しいですけど、何とか取り出せそうです」

 

「うむ、頼むぞ」

 

 サナダさんに言われるがまま、ブロッサムは自身の記録から当時の宗教に関する情報を引き出そうとしている。

 ………私や早苗にはおちょくるような態度を取っていた彼女だけど、サナダさんには従順なのは気のせいではないだろう。サナダさんは彼女も関心するほどの科学者だ。彼女が彼のことを認めていると考えてもおかしくない。

 

 ―――それにしても、オーバーロード………か。万物の根源、事象の記録……言葉にするだけでもとんでもない連中ね。意味はよく分からないけど、それだけでなんか凄そうな気配がひしひしと伝わってくるもの。

 

「………ところで、アカシックレコードってなに?」

 

 サナダさんは何の説明もなしにそんな難しそうな言葉を言っていたけど、そもそも何なのよそれ。なんかとんでもなさそうな気配はするけど。教えて早苗ちゃん。

 

「え、アカシックレコードについて………ですか?う~ん、私も上手く説明できる訳ではないんですけど、世界で起こった、そしてこれから起こるあらゆる事象が記録された場所というか世界というか、そんな感じのものらしいですよ?なんでも人間の深層心理に接続しているとかしていないとか………」

 

「うわっ、やっぱりよく分からないけどなんかヤバそうね、それ………人間の深層心理って、ようは私達にもそれが通じてるってことでしょ?そんな得体の知れないものが繋がってるとか、考えただけでも不気味ね……」

 

 ブロッサムがデータを取り出している間、ついでだからよく分からないアカシックレコードとやらについて早苗に聞いてみることにした。自称理系らしいし、今の早苗はスーパーコンピューターも同然なので何か知ってるんじゃないかと思っていたのだが、早苗もよく分かっていなかったのか、何となく輪郭が理解できる程度の説明だった。それだけでも、そのアカシックレコードとやらが充分凄いものだとは分かったけど……

 

「そうは言っても、霊夢さんも大概だと思いますよ?『夢想天生』とか、この世界から文字通り"浮く"って何事ですか。一体どういう原理なんです?下手したらそのオーバーロードとやらといい勝負ですよ?」

 

「ふぇ!?そ、そんなに凄いことなの……?私からしてみれば、何となくできたって感じしかしないんだけど………」

 

「何となく、って、どんだけトンデモなんですか………ああ、やっぱり霊夢さんには一生勝てそうにないです。………ベッド以外で」

 

「――何か言った?」

 

「いえいえ、何でもありませんよー」

 

 最後に早苗が小言でなんか言ったような気がしたのだけれど、気のせいかしら。なんだか悪寒が走ったように感じたんだけど………

 それはそれとして、もしかして私の力って、けっこう凄いものだったりするのかな………?早苗はああ言っていたけど、紫あたりにも聞いてみたくなった。―――あいつに聞いたら、胡散臭い笑みを浮かべておちょくってくるのが目に見えるのが腹立たしいけど。

 

「あったあった、有りましたよー。これがお探しのデータですね」

 

「うむ。ご苦労」

 

 私と早苗が話しているうちに検索作業は終わったようで、ブロッサムから求めていたデータを受け取ったサナダさんは満足げに頷いている。

 

「やはりそうか………全員、これを見てくれ」

 

 サナダさんが言うと、会議の参加者全員の下にそのデータが転送されてホログラムモニターに表示される。

 

 どれどれ………

 

「これは……当時船内で信仰されていた宗教に関する情報、みたいですね。一応居住区には教会や寺院があったらしいですが、人口の比率でいったら圧倒的にオーバーロードが多いです………」

 

 データの内容は、当時の移民船内に存在した宗教関連施設の内訳と、各宗教ごとの信者数の統計だった。船内に存在した宗教施設こそ寺に神社、そして教会と多種多様であったものの、信者数でいえば一目見て分かるほどある特定の宗教が突出していた。―――そしてそれには、オーバーロード、と名が記されている。

 

「へぇ………当時の人達って、よっぽどそいつらを崇めてたみたいね。まぁ、奴等がそのアカシックレコードとやらと同一視されるような存在なら当然か」

 

 オーバーロードが高次元生命体で、さらに向こう側がこっちの知り得ない情報なんかを持ってくるんだとしたら、そりゃ敬われて崇められるのも無理もない。しかしまぁ、そのオーバーロードが何を目的にして当時の人達に接触していたのか、ってのが全く見えないのが甚だ不気味なんだけど。

 

「………これではっきりしたな。高次元生命体が存在する、或いは存在したことは例の部屋から抽出したデータ、そして当時の記録から見ても明らかだ。いや………確実に現在も存在し、尚且つ我々に干渉しているのだろうな」

 

「今も存在するって………確証はあるの?サナダさん」

 

「ああ………そして、最初に私は"これは艦長にも関わりのあることだ"と言ったな。―――その説明を今からするぞ」

 

 オーバーロードは今も存在する………

 

 サナダさんは、間違いのない口調ではっきりと、そう断言した。

 その理由は……どうやら私、というか霊沙の奴と関係があるらしい。

 確かにあのときの彼女の様子は尋常ではなかったけど………いやちょっと待って。あのときは錯乱した様子に気を取られていたけど、よくよく思い出したらあのときのアイツ、身体の状態もなんかおかしかったような………ってまさか―――!

 

「……どうやら、気付いたようだな。艦長、あのときの霊沙君の身体の様子、覚えているか?」

 

「え、ええ………何となくだけど。確か、あの光の柱に取り込まれてから出てきたあと、身体が何処か欠けていたような………」

 

「そうだ。霊沙君が例の部屋でオーバーロードとコンタクトを取ったと思われる状態に陥った後、彼女の身体には普通なら見られない異常が多数見受けられた。シオン、解説を頼めるか?」

 

「はい」

 

 サナダさんは説明役を一度シオンさんに引き継いで、入れ替わりに彼女が立ち上がった。

 シオンさんはあの後、あいつの治療を担当していた筈だ。……異常というのを話すのなら、適任な人選だろう。

 

 あのときのアイツの様子とサナダさんやシオンさんの表情から、マトモな説明など望むべくもないだろう。―――きっと、ろくでもない結末が飛んでくるに違いない。そしてそれは、恐らく霊沙だけに留まらず私にも関わってくる話………

 私は覚悟を決めて、彼女が口を開くのを待った。

 

「――では説明します。彼女の治療を担当した私から状態と所見を述べさせていただきますが、これは"異常"の一言に尽きます。まず皮膚組織についてですが、全身に渡って擦り傷のような傷痕をはじめ火傷のように爛れた箇所、皮下組織まで腐り落ちて欠落している箇所が見受けられました。これだけでも異常です。さらに内臓組織も腐敗が進行しており見るに耐えない状態です。あそこまで腐り落ちてよく生きていられたと感心するレベルです」

 

 淡々と、彼女の口から霊沙の容態が説明される。

 

 ――素人の私ですら、異常と理解できる事態だった。

 彼女の説明では霊沙の身体が腐りきっていたような印象を受けるが、あの部屋に入る前は至って普通の状態だった。それがごく短時間でこの変わりよう………明らかに、作為的なものを疑わざるを得ない。

 

 これだけでも衝撃的だというのに、彼女の口からは更に驚愕の事実が告げられる。

 

「そして身体の内部についてですが、それが………ドロイド、だったんです―――」

 

 ――――は?

 

 ………いま、何て言った―――?

 

 今まで淡々と説明してきたシオンさんは、急に躊躇うように言い澱む。

 その先で告げられた真実は、確かに私の耳に入ってきた。だけど、頭の理解が全くといっていいほど追い付かない。だって、それじゃあ……

 

 ………霊沙の奴が、まるでオーバーロードに造られた存在であるかのように聞こえるじゃない――――

 

 

「な………!?」

 

「え………嘘………」

 

「…………マジかよ、そりゃあ――」

 

 ―――絶句。

 

 室内の気温が、氷点下まで落ち込んだとすら錯覚する。

 

 目を瞑り、平静を装う者。言葉すら出ず驚愕に目を見開いて絶句する者………

 反応こそ三者三様なれど、その言葉を聞いたもの全員が、私と同じ状態に陥っていた………。

 

「………おいおいちょっと待て!あの嬢ちゃんがドロイドだぁ!?それは本当なのか!?」

 

「シオンさん!本当なんですか!れい―――霊沙さんの身体がドロイドだって!?」

 

「―――はい、本当です」

 

 シオンさんの口から発せられた驚愕の事実。

 何かの間違いではないかと思ったが、彼女は事実だと断言した。サナダさんまで異論を挟まないあたり、恐らく本当に事実なのだろう。

 

「アイツの身体がドロイドって………本当なの?」

 

「はい………私も最初は目を疑いました。機械の故障なのではないかと。しかし肉眼での観測とサナダ主任と何度もこの目で確認した上で、間違いはないと判断しました」

 

 シオンさんだけならともかく、サナダさんまで肯定するとなると、本当、のことなのかな………

 

 突拍子もない話だけど、サナダさんの名前はそんな話にも信憑性を持たせてしまうほどに大きかった。

 

「そしてもう一つ、気がかりなことがあります。以前彼女が倒れた際診察したときは彼女の身体は人間のものと標示されていました。しかし、今回は違う。彼女の身体が短期間でドロイドに置き換わるとは思えないのです」

 

「それって………?」

 

 シオンさんが発した言葉の意味を尋ねるが、そこからはバトンタッチしたサナダさんが解説を始めた。

 

「うむ、可能性として考えられるのは二つある。まず一つ目、途中で彼女の身体がすり替わった説だ。こちらの方が現実味があるな。実際に彼女の性格はヴィダクチオ自治領戦を前後に変化している。そしてあのとき、我々はマリサというイレギュラーを乗せていた。可能性としては十分考えられるだろう」

 

 あのマリサとかいう偽物に霊沙の身体がすり替えられた………確かに有り得ない話ではない。サナダさんの言う通り、実際に性格が変化しているのだから。―――だけど、それだけでは説明が弱い気がした。彼女のあれは、別物にすり替わったというよりは寧ろ"眠っていたものを抉じ開けられた"といった方がしっくりくる。つまり偽魔理沙との接触ですり替えられたのではなく、性格の変化と身体の変化はバラバラなんじゃないかと。

 

 私が説明を聞きながら仮説を立てていると、サナダさんが言う二つ目の可能性が提示された。――それは私が考えていた仮説に近いものだったけど、そのさらに上を行くものだった。

 

「そして二つ目の可能性だ。此方は霊沙君の身体が"最初からドロイドだった"とするものだ」

 

 サナダさんの二つ目の仮説は、クルー達に驚きをもって迎えられた。

 その仮説に従うと、以前の診察時の結果と矛盾するではないかと各方面から指摘が上がる。――私も先程は同じようなことを考えたけどこれをどう説明するか何も理由が思い浮かばなかったので、サナダさんがそれをどう説明するのか気になった。

 

「でも………さっきは霊沙さんの身体は人間だった、って言ったじゃないですか。それなら矛盾することになりませんか?」

 

「そうだ。嬢ちゃんがあの少女によって入れ換えられたと考えた方がしっくりまだ自然だ。それをどうやって説明するんだ?」

 

「まぁまぁ落ち着け、順を追って話していくぞ」

 

 サナダさんはぼやく聞き手を抑え、説明の続きを始めた。

 

「私はね、彼女の肉体の変貌は高次元生命体―――オーバーロードと何らかの関わりがあるものだと見ている。実際に彼女の変化は"あの光"を浴びた後に起きたものだ、その際に置換されたとしてもおかしくない。そして―――」

 

「彼女の肉体に関する認識を、我々は弄られていたという可能性だ」

 

「認識を………弄られていた?」

 

 それはどういうことなのだろうか。認識を弄られていたとは、まるで頭の中をオーバーロードに直接操作されていたみたいな言い方だけど………

 

「言った通りの意味だ、オーバーロードは我々から見て高次元の存在だ。我々が紙に書かれた内容を別のものに書き換えられるように、彼等は我々の頭の中の認識や機械が示すデータを実際のものとはあたかも別のものであるかのように"上書き"できてもおかしくない。―――そういう可能性だ」

 

「嘘………」

 

「おいおい、マジかよ………」

 

 サナダさんが発した衝撃の可能性に、皆の間に動揺が広がる。

 認識を書き換えるとは、斯くも恐ろしいものだ。それってつまり、例えば隣にいる早苗が本当は別の人とも思わせることもできるということじゃない。これほど不気味で強力な能力もそうそう無い。

 

 ―――私の能力を越えてまで認識を変化させられるのかと言われたら、そこまでは分からないけど。

 

「ともかく、霊沙君の身体が例の少女と接触したことにより変化したのだとすれば………艦長、君も注意した方がいい。霊沙君が単に彼女のスパイに仕立て上げられたならまだしも、様々な状況を考慮すると私はあのマリサという少女がオーバーロードの手先である可能性もあると考えている。奴が霊沙君に接触して彼女の変貌を引き起こしたのだとすれば、血縁者である艦長も危険だ。そうなったら我々は最悪艦長を喪ってしまうかもしれない。だから奴と遭遇したときには、充分注意してくれ」

 

「………分かったわ。でもアイツがオーバーロードの尖兵?それって何か根拠があるの?」

 

「ああ。考えてもみろ、艦長。奴は最初、確かに我々がハイストリームブラスターを以て完膚なきにまで吹き飛ばした。センサーやレーダーに脱出艇のような存在が映ってない以上それは確かなことなんだ。だが、現実に彼女は復活した。そして何度も"上位存在"を匂わせる発言を繰り返し、更に艦長と霊沙君に執着する―――ここまで状況証拠が揃えば可能性の一つには浮上してくるだろう」

 

 ―――アイツが、オーバーロードの尖兵、か………

 

 あれを消せる大義名分を得た、とでも言うべきなのだろうか。私は確かにアイツのことが目障りだ。勝手に親友の顔と声を借りて何度も私達に襲い掛かってくる。不愉快極まりない存在だ。アイツのことを思い出すと今すぐにでもこの世から完膚なきにまでに抹消してやりたくなる。

 だけどハイストリームブラスターで消し飛ばすならともかく、直接手を下すとなれば私も正気でいられる自信がない。

 そしてもし、霊沙の奴が――――なのだとしたら……。

 

 霊沙はあの偽魔理沙と出会ってから変わった。それはつまり、あれにとって霧雨魔理沙という存在は―――

 

 いや、止めようこんなこと。考えても無駄なことだ。そもそも知られたくない人の過去をほじくり返すなど誉められたものではない。

 

 

 そうして私は、自分の中に芽生えた勘と不安を心の奥底へと追いやった。それが単なる逃げでしかないことを自覚しながら………。




【イ】
博麗霊夢は生前に自身のコピー妖怪(霊沙)を退治した記憶はない

【ロ】
東風谷早苗にもその様な記憶はない。

【ハ】
博麗霊夢がサナダに救出された際、彼女の存在は語られていない。

【二】
マリサと相対する以前と以後の彼女は、明確に性格、認識が異なる。

【ホ】
霊沙が博麗霊夢のコピー妖怪であるという彼女の身の上話は、真であるとも偽であるとも限らない。現時点では不明である。

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