夢幻航路   作:旭日提督

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第九三話 或る科学者(エルトナム)の決意

 ―――ふと、目が覚めた。

 

 晴れていく視界に映ったのはもはや見慣れた医務室の天井。最近はずっとここに世話になってばかりなので、第二の自室のような錯覚すら覚える。―――あまり世話になりすぎると、紫色の薮医者マッドサイエンティストから小言を貰うことになるが。

 

「―――っ、うっ……」

 

 腕に力を入れて、いつものように起き上がる。

 身体が動く度に激痛が走るが、数日前に比べれば遥かにマシなレベルだ。

 

「――あら、起きたんですか」

 

 私の小さな呻き声に反応したのか、件の薮医者は私のベッドの方向に顔を向けた。

 

 相変わらず、他人には無関心といった醒めた態度だ。ここに担ぎ込まれた当初はともかく、ある程度容態が回復した今では、基本的に私は治療時を除いて放置されている。………だが案外面倒見は良いコイツのことだ、私の内心を勝手に尊重しているのかもしれない。

 

「あまり動くと身体が軋みますよ」

 

「五月蝿い、私の勝手だ」

 

 そろそろこの部屋を抜け出そうかと考えていたら、思考を読まれたかのように彼女の注意が飛んでくる。人にはあまり関心が無いくせに、こういうところには鋭い。

 

 ふと、そこで彼女の髪型がいつもと違うことに気づいた。―――まぁいいか。私に関係あるわけでもないし。

 

「んで、今日は検査とやらは無いの?やるならさっさと済ませて欲しいんだけど」

 

「いえ。取るべきデータは大体取り尽くしましたので、もう大丈夫ですよ」

 

 はぁ、やっと終わったのか……と、その台詞を聞いて心中で脱力した。

 私があの移民船で野郎共(オーバーロード)の光に触れてからというものの、マッドサイエンティスト共の興奮のしようと言ったら………文字通り身体の隅から隅まで調べられていい加減疲れた。まさかこの身体まで奴等に隅々まで弄られていたという事実は気色悪かったし検査自体は有り難いのだが、付き合わされるこっちの身にもなれ。なにが「ほぅ、興味深い」だの「再検査(リテイク)です、良いですね?」だ。疲れた。さっさと帰って寝たい。それにあんまり長居してると、大嫌いなアレまで根掘り葉掘り問い詰めにやって来るだろう。その前にさっさと退散したい。

 

「あっそ。なら退院しても文句は無いな」

 

「ご自由に。止めても無駄でしょうし。ただ―――」

 

 彼女の瞳に、マッド共特有の好奇心に満ちた光が灯る。ぞくり、と悪寒を感じて、私は彼女から目線を反らした。

 

「今後、あまり私の世話にはならないように。今は忙しいんです、私。また無茶して運び込まれたとなったら今度は改造しますからね?ここはドロイドの身体にかけてメカにします?それともバイオ?いっそのこと合体にもチャレンジしてみますか。全部、でも一向に構いませんよ?」

 

「………わかった、大人しくしてる」

 

 嗜虐心と好奇心を湛えた瞳を光らせながらツインテールを揺らすおぞましいマッドサイエンティストを背にして、そそくさと私は医務室を後にした。

 

 

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 ~戦艦〈ネメシス〉医務室~

 

 

「お邪魔するわよ~」

 

「失礼しまーす」

 

 軽く扉を二、三回叩いてから、早苗と一緒に医務室へと足を踏み入れる。本当ならマッドの巣窟でもあるこの部屋へは一歩も足を踏み入れたくはなかったのだけど、用事ができては仕方なかった。

 

「……あら、艦長ですか。貴女からここを訪ねるなんて、珍しいこともあるんですね」

 

「まぁ、今回は用事があるし。―――へぇ、あんた、髪型変えたの」

 

 応対したこの部屋の主である傍迷惑なマッドサイエンティストの姿がいつもと違うことに気がついて、雑談がてらそれについて触れてみた。

 今までの彼女は長い髪を後ろで三つ編みに束ねていたのだが、今日の彼女はいつもと違って髪を左右に束ねていて―――俗にいうツインテールという髪型になっていた。

 

「ええ。心機一転、という奴ですよ。色々調べないといけないことも出来ましたし、父と向き合ういい機会かと思いまして」

 

「それでイメチェン、ですか!やっぱりシオンさんも女の子なんですねぇ」

 

「勿論。人生を研究に捧げても女であることを忘れた訳ではありませんから」

 

 そしていつの間にか仲良さげにしてる早苗とシオン。二人して勝手に盛り上がっている。

 

「へー。」

 

「あっそうだ、オーバーロードよオーバーロード。あんた、どうせアイツから根掘り葉掘り聞いたんでしょ?私もあいつらのことについて調べたいと思うんだけど、肝心の霊沙はどこ行ったのよ?」

 

「彼女ですか?ああ、つい先程この部屋を出ていきましたよ?」

 

「なっ………あんの気まぐれパチモン野郎――」

 

「霊夢さん霊夢さん、"一応"あの子も女の子ですよ?"野郎"は流石に………」

 

「んなことどうでもいいっての!!全く、肝心なときに居ないんだから」

 

 あの会議から一日も経っていないというのに、察しのいい奴め。しかもマッド共には素直に話して私には協力しないという姿勢が尚も怨めしい。

 ―――本当に放り出してやろうかしら。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。どうせ彼女は艦長には協力しませんよ。"自分嫌い"なのが丸分かりですからね。そういう訳ですから、情報は此方から提供しますよ」

 

「あ、うん………それはどうも。で、何か分かったことはあるの?」

 

 アイツが駄目でもマッド共が情報提供してくれるというなら話は早い。では早速本題に………と行こうとしたらシオンさんは呆れたような顔を私に向けてきた。

 

「ハァ………いいですか、艦長。科学というものはすぐに結論を出せるようなものでもない。そして我々がオーバーロードを認識したのはつい最近です。調べるにしても、これからが本番という時期なんですよ?彼等のことが気になるのは重々承知していますが、そう早く結論を求められても困る」

 

 情報を受けとるどころか、逆に説教されてしまった。

 ……幾ら変態のマッド共とはいえども、正体不明の相手には手こずるみたい。確かに、少々気が早かったか。

 

「……まぁ、幾つか分かったことはあります。とはいっても、先日の会議からあまり進歩した訳ではありませんが」

 

「少なくとも、オーバーロードの現存は確実視して宜しいでしょう。でなければ、霊沙があの部屋から彼等にコンタクトできた説明がつかない。そして彼等は我々の認識に介入し、自由に改竄できるどころか存在確率にまで介入できる」

 

「存在確率………?」

 

「ええ。艦長は霊沙さんの身に起こったことは概ね把握していますね?」

 

「うん、まぁ……会議で聞いた内容ぐらいなら」

 

「ではその辺りの説明は飛ばします。彼女があの光を浴びた直後、肉体の破損と劣化が見られたのは既知の事実ですが、診察を担当した私から言わせていただきますとこれは"存在を消去されかかっていた"のではないかと推察した次第です」

 

「消去されかかっていたって、それって……」

 

「つまり……オーバーロードが直接霊沙さんを亡きものにしようとしたと」

 

「その通り。肉体の劣化は皮膚から始まり内部組織に、そして内臓の腐敗は下腹部に集中していた。加えて当時彼女が着ていた服は肩と足、そしてへその辺りがやや露出するような格好をしていた。服の露出部とダメージを受けた部位は一致する。………つまり、"あの光"をより多く浴びた箇所が腐敗、欠損していたという事だ」

 

「光を浴びた場所が………でも、それだと"あの光"にそういう効果があった、という考え方もできるんじゃない?」

 

「その可能性も考えました。ですが、同様に光を浴びた艦長が何らダメージを受けていないというのはおかしい。あの光自体に肉体を破壊する効果があるのではなく、あの光に入った対象にオーバーロードが介入する、と考えた方が自然でしょう」

 

 確かに………シオンさんの考察の方が理にかなっている。だけどあのとき私は能力を使っていたし………でも確かアイツも同じ能力を持ってるみたいなことを言ってたから、オーバーロードの確率操作が「空を飛ぶ程度の能力」を貫通してきた……?う~ん、やっぱりよく分からない………

 

「ですから、艦長があの光から霊沙さんを救出したとき、既に分解された存在確率が肉体へのダメージとして現れたのではないか、と考えています」

 

「………話は何となく分かったわ。つまり、え~っと……あの光を介して連中が介入してきたって認識で大丈夫?」

 

「はい、その通りです」

 

 う~ん、難しい………

 彼女の考察が事実だとするならば、オーバーロードは自分達とコンタクトを取ろうとした連中に対して事実上の生殺与奪権を持っていることになる。――だけど目的は何だ?オーバーロードの権能について幾ら調べたところでも、目的が見えてこないなら対策のしようもない。奴等が私達や世界に害をもたらそうというのなら対策しなきゃいけないけど、何もしないというのであればわざわざ藪をつついて蛇を出す必要はない。相手の能力を鑑みるに、そちらの方が懸命だ。

 

「チッ、難しいわね………」

 

「――オーバーロードが敵対する存在なら対策はこの上なく難しい。かといって相手が無害な存在だと私達がちょっかいを出して怒らせると不味いことになる。そういうことですよね、霊夢さん」

 

「ええ。……ったく、やり辛いったらありゃしないわ。私がここまで後手に回らなきゃいけないなんて……」

 

 今まではとりあえず勘にしたがっていけば何とかなった。そうでなくとも敵はハッキリしていたから、単純に、迅速にぶっ飛ばすことだけを考えていればよかった。―――だけど今度の相手は違う。敵かそうでないかも分からない、正体不明の存在。おまけに私達を遥かに上回る力を持っているときた。

 

「………ねぇシオンさん、あんたはどう思う?奴等について」

 

「奴等――オーバーロードですか。………少なくとも、油断ならない相手なのは間違いないでしょう。ここから先は私見になりますが、敵……と同レベルの存在として警戒するべきですね。彼等が上位存在だというのなら、文字通り次元の違う世界に居るわけだ。我々は彼等に対して何ら干渉できないのに対して、彼等は自由に我々に対して干渉できる。―――それも、世界の存続に関わるレベルまで権限を持っているのかもしれない。私達が、出来損ないの物語(プロット)を破棄するかのように」

 

 オーバーロードについて推論を語る彼女の眼光が、最悪の可能性を睨むかのように鋭く光る。

 

「物語を、破棄………」

 

「ええ。最悪の場合、奴等はこの世界の命運すらも手中に収めているでしょう。高次元の存在、というのはそれほど危険なものです。先日サナダ主任が説明していた通りですね」

 

「あの、私達が物語の存在ーっていうくだりですか」

 

「その通り。覚えているなら改めて説明する必要はありませんね」

 

 シオンさんは関心したように目を瞑って腕を組んだ。あまりこうして深く話す機会がなかったから気づかなかったけど、いちいちリアクションが大きい人なのね、シオンさんって。

 

 

 

「………それに、霊沙さんの件以外にも我々の認識で不自然な点がある。―――艦長、貴女の能力についてだ」

 

「え、私?」

 

 突然の名指しに、驚いて目を見開いた。

 

 私の……能力?

 

「ええ。艦長の能力について、私はサナダ主任から話だけは伺っていましたが………何故、私を含めて貴女のそれを()()()()()()()()受け止めていたのでしょうか?」

 

「あ………」

 

 ―――言われて初めて、その異様性に気がついた。

 

 ………ここは、幻想郷ではない。

 

 幻想の世界で飛び回ったり弾幕をばら撒いたりするならまだしも、この世界は在り方としては"外の世界の延長線上"………即ち科学世紀だ。

 そんな場所で幻想郷に居た頃と同じように能力を行使しては、その異常性を指摘されるのが当然だ。

 

 だけど今まで、それを指摘する人は誰一人として居なかった。

 

 同郷の早苗ならまだ分かるが、他のクルーも全て、である。この世界の人間は能力的には里の人間とさしたる違いはない。私や魔理沙、早苗みたいに特別な力がある訳でもない。なのに私が能力を使ったときは、"人外を見るような"驚嘆と畏怖に染まった視線を向けられたことなど一度たりともなかった。何度か能力を使ったことはあるが、せいぜい多少驚かれたぐらいだろう。

 

 ―――確かに、これは"異常な認識"だ……

 

「……あの、シオンさん?何を言いたいんですか………?」

 

 早苗が恐る恐る、彼女に尋ねた。

 

 普段はマッドな研究で私の頭を悩ませていたこの変態藪女医―――シオン・エルトナム・ソカリスの瞳は、私を映しているようで本当はその奥にある、なにか得体の知れないものに向けられているようだった。

 

 

「………率直に申し上げます。"貴女も霊沙と同じ"だ」

 

 

「―――ッ!?」

 

 霊沙(アイツ)と、同じ………!?

 

 それって、つまり………

 

「……言い方が鋭すぎましたね、訂正します。………艦長、貴女の存在にもオーバーロードが関与している可能性が高い。先日サナダ主任からも警告されたかと思いますが、貴女自身がこの案件に関わるのはお勧めできない。彼女と同じように、貴女まで"存在確率を操作"される可能性がある」

 

「………成程。つまり、最悪の場合は私も霊沙の奴と同じようにドロイドの身体―――アイツらに"造られた身"って訳か。…………クッ、ア、アハハハハハッ!!」

 

 この私が、博麗霊夢が、よりにもよって"人形"だなんて!!滑稽にも程がある!

 

 ―――敢えて触れないようにしていたというのに、つくづく科学者(マッドサイエンティスト)という存在は………

 

「霊夢さん!?ッ、シオンさん!幾らなんでもストレート過ぎです!こんなやり方じゃ霊夢さんが……」

 

「あら、心配は無用ではなくて?この程度で崩壊するような人じゃないでしょう、博麗霊夢という"人間"は。それは貴女が一番知っているんじゃなくて?」

 

「え――――?」

 

「―――いいじゃない。徹底的に犯してやるわ、次元の超越者(オーバーロード)!高次元だのアカシックなんたらだのは知らないけど、ここまで私を虚仮にしてくれたのはあんたらが初めてよ!!」

 

 くく、ククククッ………奴等が敵対してるかどうかなんて、この際もうどうでもいいわ。―――私の身体を私が知らないうちに好き勝手弄った。それだけでもぶっ飛ばすには充分過ぎる理由よ、オーバーロード!!

 

 さぁて、どうやって料理してやろうかしら………煮るも良し、焼くも良し。あ、そもそもオーバーロードって焼けるのかしら。何だかとんでもない存在みたいだし。

 

 ともかく、私を弄くり回した報いは最低限受けてもらう。神だろうが超越者だろうが何だろうと、私の土俵にまで引き摺り落としてやる―――!!

 

 

 

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「………ごめんなさい、取り乱したわ」

 

「いえ、構いませんよ。普通の人間では、発狂するような内容ですし」

 

 溢れ出る怒りの余りオーバーロードに対して沸き出してくる片っ端らから呪詛を吐き続けた私だけど、一通り怨みを吐き出したら流石に頭が冷えてきた。―――人前であんな態度を見せちゃうなんて、恥ずかしい………

 

「ふむ、では本題に戻りましょう。―――方針は何をどうやってもオーバーロードとは敵対、という方向で行きそうですからその前提で話します。先に説明した通り、彼等は私達の認識にまで介入することができる。今確認されている範囲では艦長と霊沙さん―――オーバーロードに関わりがあると見られている方の周囲にそれは限定されていますが、彼等の権能がその範囲に留まるという保証はどこにもない。そして、認識操作は我々の気づかないうちに行われている」

 

「えっと、何が言いたいの?確かに頭の中を弄られるのはむかつくけど………」

 

 シオンさんが現状を整理するように情報を並べていくが、彼女ほど賢いわけでもない私にはそこから何が導きだされるのかというのが分からなかった。

 彼女は黙って聞いていなさい、とばかりに説明を続ける。

 

「―――つまり、"認識操作"に関して彼等はあの光を使う必要がない、という事です。これは由々しき問題だ。艦長の能力を"普通"に受け止める程度ならまだしも、いつの間にか潜り込んでいたスパイを昔からの仲間、あるいは身内などと思い込まされたら我々の情報は筒抜けだ。―――ああ、全く気に食わない。反則(チート)じゃない、こんなの」

 

 珍しく、不機嫌さを全面に露にしながらシオンさんが毒を吐いた。

 確かに彼女の言いたいことは分かる。何が次元の超越者だ、気に入らない。私達の全てを丸裸にして頭の中を弄くり回しておきながら自分達は安全地帯とは、例え敵意がないとしてもこの手で撃ち落としてやりたいぐらい腹が立つ。

 

 ―――思えば、あのときの霊沙の様子………今の私と同じ気持ちだったのかも。

 

 あのときの彼女の台詞――オーバーロードへの呪詛とも取れるような気迫と内容を考えると、ずっと前からオーバーロードのことを認識していた?それも、"自分が何をされたのかも含めて"………

 

「……申し訳ありません、私も取り乱してしまったようです、恥ずかしいところを見せてしまいましたね、中断(カット)中断(カット)

 

 非礼を詫びるかのように、シオンさんが頭を下げた。

 

 ―――それを言ったら、さっきの私も同じだ。………本当に、むかつく連中………。

 

「いや、別に気にしないわ、私がアイツらをぶっ飛ばしたいってのは貴女も同じだし」

 

「……でも、シオンさんだけが霊夢さんの凄さに気付けたなんて凄いですねぇ。もしかして、オーバーロードの認識操作にも対抗できちゃったりします?」

 

「あ、流石はサナダ主任謹製の統括AI(に取り憑いた何か)ですねぇ。そこに気付くとは、お目が高い」

 

 わざとらしくおだてるような台詞を言いながら、これまた自信満々にどや顔で言い放つシオンさん。

 

 ―――なんか早苗を値踏みするような視線を感じるんだけど、気のせいかしら。

 

「私の頭は特別製でね、いわゆる"天才"ってやつなのよ。具体的には頭の中にパソコンが七台ぐらい詰まってる感じ?ま、そんな感じで分割思考が得意なの、私。亡き親から貰った最大の贈り物ね」

 

「ほえー、流石はマッドサイエンティスト!!やはり格が違いますね~、凄いです!その分割思考のお陰で違和感に気づいたんです?」

 

「ええ、私の頭はあらゆる可能性を予測できる。常に演算を繰り返しているからね。そのお陰でこの違和感に気付くことができたのよ。きっとこれに関してだけはサナダ主任の上を行っていると自負できるわ」

 

「きゃー!できる女ですシオンさん!私の中で株が爆上がりです!……ところでそれ、サナダさんもやっぱりできていたりするんですか?」

 

「それは当然です。マッドサイエンティストたる者、分割思考の一つや二つは身に付けていないとお話にもなりません。あの人なら、四つか五つぐらいは持っていそうな気がしますね」

 

 さも得意げに語る変態女医(シオン・エルトナム)。それにすっかり早苗は食いついてしまっていて、しばらく帰ってくる気配がない。

 

「ところでシオンさん、さっき言っていたお父さんって、どんな人だったんですか?」

 

 あまりに長くなりそうなら早苗を置いて帰ろうかと思っていた矢先、話の風向きが変わった。

 シオンさんの家族、ということでマッドサイエンティストの身内がどんな変態なのかと興味を持って聞き耳を立てたが、予想だにしなかった回答を聞いてしまった。

 

「父ですか?ああ―――発狂して、もうこの世にはいませんよ」

 

 発狂………?

 

「うっ………あの、ごめんなさい」

 

 触れて欲しくない話題に触れてしまったと感じたのか、早苗が即座に謝罪する。まぁ、故人の話というのは易々とできるようなものではないし。

 だけどシオンさんは気にしないといった風体で、彼女の父のことを語り始めた。

 

「………父は天文学者で、宇宙論―――ひいては"宇宙の果て"について研究していたみたいです。そこそこ名は通っていたみたいですから、サナダ主任なら一度ぐらい論文に目を通されたことがあるかもしれません。ですが―――その果てに、よくない結末に辿り着いてしまったのでしょう。ある時から、父は人が変わったように過剰にまで研究に打ち込むようになりました。"こんな結末は認めない"、"計算が間違っている筈だ"と。だけど、どうやっても結末は変わらなかったようです。終いには発狂して、この世を去ってしまいました……」

 

 うわ、重っ………こんな重い過去があったなんて………。軽率に"マッドの身内がどんな変態か"なんて考えた数十秒前の自分が恥ずかしい。

 

「それは………」

 

「気遣いなら無用ですよ。―――今思えば、父が見た結末にはオーバーロードが関わっていたのかもしれませんね。晩年の父は"人類の滅びを回避する"というのが口癖になってしまいましたから。以前は演劇狂いの駄目親父だったんですが………。だから、私はその真相を明らかにしたい。父の研究を追うことで、オーバーロードの目的を明らかにできるかもしれない。………なので艦長、どうかこの案件は、是非とも私に任せてほしい」

 

 シオンさんが、真っ直ぐに私の瞳に視線を合わせる。

 普段の愉快な部分は鳴りを潜め、そこには最大とも言える決意を固めた一人の人間が立っていた。

 

 ―――そんな眼で見られたら、任せる以外に無いじゃない………

 

 狡い、と思った。………私は、そんな眼をできたことなど一度たりとも無かったのだから。軌条(レール)と惰性に乗って過ごしてきた私には、眩しすぎるその瞳………

 

 何故だか、それに魔理沙の姿を重ねてしまう。

 

 彼女の姿が重なってしまった時点で、答えなどはとうに決まったようなものだった。

 

 

「―――分かった。シオン・エルトナム・ソカリス、『紅き鋼鉄』の最高責任者として、貴女を対オーバーロード研究の責任者に命じるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~戦艦〈ネメシス〉臨時研究室~

 

 

 〈アイランドα〉で行われた調査から帰還し報告会議を終えたサナダ。彼は臨時旗艦〈ネメシス〉に築かれた即席の研究室にて、〈アイランドα〉の総合統括AI――ブロッサムから譲渡された資料との睨み合いを続けていた。

 

 ―――オーバーロードの件も気になることだが、まずは我々の足元を固めなければ。近いうちに戦力の再建に乗り出す必要があるだろう。あちらの件には、私よりシオン君の方が適任だ

 

 

 ―――しかし、未だに従来艦の域を出ない無人艦隊で留まっている。ハハッ、私はいつまで戦闘マシーンばかり作り続ければいいのだろうか………

 

 今まで数多の兵器を設計し、そして配備してきたサナダ。彼が独創と趣向を凝らして作り上げてきた兵器の数々は『紅き鋼鉄』の航路をその力を以て切り拓き、勝利へと貢献してきた。

 だが彼にしてみれば今まで造り上げてきた無人艦隊は依然として"木偶の坊"の領域を出ない紛い物であり、彼の理想からすれば程遠い。勿論彼とて、研鑽と努力を怠ってきた訳ではない。しかし予算という壁が、彼の頭脳を縛っていたのだ。

 金に糸目をつけなければ、〈開陽〉の統括AIや〈ブクレシュティ〉の中枢ユニットのような存在は造れる。特に〈ブクレシュティ〉は彼の理想とするところに最も迫った"作品"であった。――しかし、艦隊全ての艦を彼が理想とする姿に進化させる為には、どうしても金銭的余裕が無かったのである。

 

 彼が理想とするメカニズムの姿―――それは即ち"人馬一体"。ヒトとメカニズムの融合。科学者としてのサナダは、"人間が科学の限界に達すること"により科学を克服することを究極的な目標としていた。

 

 そして彼は、その方法に「ヒトと寸分変わらぬ存在を科学で生み出す」という、禁忌とも取れるアプローチを選択した。――「科学の結晶」でたるAIがヒトと寸分違わぬ存在となること………それは彼にとって「人間性が科学を克服する」ことに他ならない。合理の塊である"科学"を、非合理の塊である"人間"が克服するには、これしかないと彼は考えていたのだ。本来は単なる機械であり、合理的選択の下行動するよう造られた筈のAIが、人間性の象徴である非合理な選択を下す―――それは正に、人間性による科学への勝利宣言である。故に、彼は〈開陽〉の統括AIであった早苗の暴走とも取れる行為を半ば黙認していた。艦長である霊夢には一応警告はした。なので何が起こってもアリバイは確保できる、と彼は心の底で考えていた。寧ろ、早苗が自分の手元から離れていくのを望んでいた。彼女が"ニンゲン"に成れるように、と。―――実際は彼の想像もしえないような手段でAI・サナエは"ニンゲン"へと至ったのだが、これは本筋には関係のないことなので割愛しよう。

 

 故に、無人艦隊の建造も、――多少の趣味嗜好は入っていれど――彼にとってはそのアプローチへと至る一つの手段でしかないのだ。

 

「ふむ………ブロッサム君から貰ったこの義体技術………これは使えるな。より"ヒト"に近い器を。さすれば何れ"魂"も宿るだろう。問題なのは身体より頭だ。彼女が提示したこのニューロチップ配置は、より人間の神経系に近い。―――それに、彼女の在り方にも大いに興味があるな。あれは最早"人間"の領域に達しているのでは………」

 

 資料の山に目を通しながら、サナダは思索を続ける。

 

 よりヒトに近い器を、よりヒトに近い"心"を――

 

 彼の目指す根源はその先にある。

 

 

 プシュー…………

 

 

 そんな折、彼が缶詰になっている研究室の扉が開いて小気味良いエアーの音が狭い室内に反響した。

 

「………こんな時間に何だね?、"アリス"」

 

 サナダは来客を認めるとその名を呼んだ。

 

 今まさに、彼が取り組んでいる研究の中で産み落とされた存在、強襲巡洋艦―――次世代型AI搭載実験艦〈ブクレシュティ〉の中枢ユニットが彼の元を尋ねるとは、何たる運命の偶然だろうか。

 

 義体の不調か、はたまたコントロールユニット本体の不調か―――サナダは来客の要件を想像しつつ応対する。しかし彼は、ここでふと違和感を覚えた。

 

 ―――不調が出たなら、今までは事前に連絡を寄越していた筈だ。それに定期検診の時期でもない。………一体何の用だ?

 

 トラブルが発生したのが義体にしろ本体にしろ、従来はそれを通信で伝えるか信号という形でサナダの元に事前連絡が行っていた。しかし今回はそれがない。自前のメンテナンスベッドで済ませている早苗と違って真面目に(本来なら当然だが)義体の定期検診に顔を出していた彼女だが、そもそも本来定期検診の時期は今ではない。

 

 サナダがアリスの来訪の意図を図りかねている中、彼女が静かに口を開いた。

 

 

 

「………ほう、中々面白そうな研究をしてるのね、貴方―――興味深いわ」

 

 お前も分かるようになったか、とでも返そうかと思ったサナダだが、彼女の口調に強烈な違和感を抱いた。―――自分が造ったAIが言う台詞ではない、と。

 

 まるで初対面の相手を計るかのような口調に、サナダの警戒心は跳ね上がる。

 

「人造生命による科学の克服、ヒトと寸分違わぬ魂の想像―――まさか"私"のアプローチとここまで似ているなんて、一万五千年後の人間も考えることは同じなのね。そして科学の領域も、それに手が届くレベルにまで至っている。―――私の『砂鉄ノ王国』と、どっちが早く至るのかいい勝負じゃない」

 

「―――貴様、何者だ」

 

 ここに来て、サナダは眼前の人物が「〈ブクレシュティ〉の中枢ユニット・アリス」ではないことを認識した。彼女であれば、間違いなく飛び出すことのない台詞の数々。それは彼女の正体がサナダの知らない存在であることを雄弁に語っていた。

 

「おっと………これは失礼したわね」

 

 漸く自分を不審に思うサナダに気づいたと言わんばかりに、挑発的な態度で彼女が告げた。

 

「お前は誰だと聞いている、答えろ」

 

 サナダは語気を強め、そんな彼女を牽制した。

 

 彼女はわざとらしく観念したといった仕草を見せて、真っ直ぐにサナダの瞳と眼を合わせた。

 

「アリス」

 

「………何?」

 

 彼女が「アリス」ではないなら飛び出す筈のない名前。それが彼女の口から飛び出したことに、サナダの警戒が跳ね上がると共に彼の中に困惑が芽生えた。

 

 そんなサナダを歯牙にもかけずに、彼女は続ける。

 

 

「私はアリス、"魔女"アリス・マーガトロイド。………暫くの間宜しくね、未来世紀の科学者さん」




祝、エルトナムさんFGO参戦。

その煽りを受けて、本作のエルトナムさんも予定より遥かに掘り下げてしまいました。多分0、5話分延びた。
合わせてイメチェンも。ツインテエジプトニーソ可愛い。
人形師さんは次回。




プロフィール更新

*シオン・エルトナム・ソカリス
 
テーマ曲:「Blood Drain ~Again」(UNDER NIGHT IN-BIRTH)
 
マッドその2。〈開陽〉医務室を巨人の穴倉(アトラス)へと変貌させた元凶。イベリオ星系でのクルー募集時にサナダと意気投合して艦隊に加入した。医学の心得がある貴重なクルーのため現在は医務室勤務となっているが、本業は研究者である。ただサナダ同様いろいろな分野に手を出しているので、専攻が何かよく分からない。生物学と機械工学に詳しい。"ふもふもれいむマスィン"の基礎設計は彼女が手掛けたらしい。
霊夢に(研究対象として)興味があり、色仕掛けを試みたが失敗したようだ。
父は名の知れた天文学者だったが、発狂して憤死している。その父の死の真相とオーバーロードの関係を疑って、自らオーバーロード対策の責任者を買って出た。

出典はMELTY BLOOD。名前は主人公シオンの旧名から。メルブラシオンとは境遇が異なるので性格はUNIやFGO版に近い。FGOシオンと墜ちきった吸血鬼シオンを足して2で割ったような性格で、根は面倒見が良い真面目な性格ながらマッドサイエンティストとして色々愉快なことをやらかす。自身の研究欲に対しては利己的な一面も。

外見は92話まではアンダーナイトインヴァースのエルトナムが白衣を着た姿、93話以降はFGOに準拠したアトラスの制服+白衣にツインテール。白衣と眼鏡はオプションであり、つけている時とつけていないときがある。



【挿絵表示】


 
特殊技能、能力
 
・マッドサイエンティスト:A
研究に全てを懸ける。研究のためなら如何なる代償を払うことも厭わない。

・分割思考:A(New!)
思考中枢を仮想的に複数分割し、常に異なる可能性を演算することができる。彼女が言うにはマッドサイエンティスト必須能力らしく、自分は七つまで行使できるあてのこと。

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