ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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守りたいもの
第十一話:死都エ・ランテル 前編


 初めに異変に気が付いたのは墓地を巡回していた衛兵隊だった。

 

 エ・ランテル外周部、城壁内のおよそ1/4。西側地区の大半を使った巨大な共同墓地がそこにある。

 時刻は太陽の昇りきった正午過ぎ。日中であっても高い城壁に囲まれた墓地内には陰鬱な影があちらこちらに伸びているのだが、この時間だけは違う。真上から注がれる太陽光によってほぼ全ての闇は追いやられ、黒く湿った土はその色どんどん薄くしていき、普段の墓地とは違った明るい世界が広がる。

 帝国との戦場を近くに持つエ・ランテルの墓地ではアンデッドが多発する。もちろん、日没後の夜間の方がその頻度は圧倒的だが、日中だからといって発生しない訳でもない。そして、それを放置しておくと、より強いアンデッドが発生する確立が高くなる。

 だからこうして夜間の見回りよりもずっと少ない人員ではあるが、骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)のような下級アンデッドを見逃さないように警戒しているのだ。

 

 普段であれば楽な仕事だった。そもそもアンデッドと遭遇することも少ないし、視界も良いため、敵より早く発見が出来て危険も小さい。

 故にその日、巡回をしていた衛兵は夢か幻でも見ているのではないかと、我が目を疑ってしまった。

 骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)だけでない。食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)黄光の屍(ワイト)膨れた皮(スウェル・スキン)崩壊した死体(コラプト・デッド)などの大量のアンデッドが突如、津波のように押し寄せてきたのだ。

 

 内周部へと続く門にその大群が押し寄せ、突破されるのは時間の問題だった。その場を守っていたのは衛兵とは言え、所詮は一般市民に毛が生えた程度である。

 門が突破された後の被害は絶大であった。厚い壁に守られ平穏な暮らしに慣れていた市民は大した自衛手段も持たず、ただ食い散らかされていった。

 多くの市民が犠牲になったおかげだろう。アンデッドの進軍が鈍った隙に街に残っていた冒険者達は集結し、その場に防衛線を構築することに成功したのだ。

 しかし、アンデッドの集まるところには、より強いアンデッドが発生する。さらに、アンデッドは疲労せず、その偽りの生命が尽きるまで動き続けることが可能だが、人間である冒険者達は違う。

 果たして今もその防衛線は維持できているのか。日没前にエ・ランテルを発った伝令にその先を知る由もない。

 

 ──以上が早馬より“蒼の薔薇”にもたらされた厄災の内容だった。

 

「おはようございます、ペロロンチーノ様。実は……」

 

 ラキュースは伝え聞いた内容をペロロンチーノに告げた。それをペロロンチーノは黙って聞く。 

 対アンデッド戦──アーチャーであるペロロンチーノにとっては相性の悪い相手だ。だが、そんなことは些細な問題でしか無い。 

 目の前の美女達──残念ながらイビルアイの素顔は再び仮面を被っていて見えない──からは眩しい視線を感じる。

 こんな期待の眼差しを受けてなお、立ち上がらない男がいるだろうか。否。少なくともこのペロロンチーノの男気は今、奮い立っていた。

 

「──どうかお力添え頂けないでしょうか?」

「…………」

 

 しかし、こんな時だからこそ下半身の火照りとは別に、思考は冷静に働かせねばならない。

 エンリ、ネムの姉妹ルートは最早盤石なものに成ったと確信している。苗床を整え、肥料と水を与え、丹念に世話をかけた青い果実は既に食べごろと言っても良い。

 そこへ現れた“蒼の薔薇”という新たな甘い蜜の誘惑。姉妹と一言にまとめているが、既に二人同時攻略に挑戦中の身だ。

 二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉もある。恋愛経験の乏しい者がうまくやれるはずもない。今あるもので満足するべきなのだ。

 

 しかし──

 

 ──本当にそれで満足か、ペロロンチーノ。

 満足なわけがあるか。姉妹丼を諦めるつもりはない。だけど、金髪ロリ吸血鬼は理想のそれだ。

 

 ──思い出せ、今までの人生で培ってきた経験を。

 ……エロゲ・イズ・マイライフ。そうだ、経験ならあるじゃないか。幾千もの恋愛を経て積み重ねてきた経験が!

 ゲームのようなセーブ&ロードなんて都合の良いものは無い。過去の分岐に戻ってCG回収なんて出来ないのは当たり前だ。

 だったら、夢の様なこの世界で、無難で平凡なハッピーエンドを迎えるなんて勿体無い。

 そう、どうせ目指すなら──

 

「……ハーレムエンドだな」

「えっ?」

「あっ。いや、なんでもない! ええっと、ハードモードだな、と言ったのだ! も、もちろん協力させてもらうとも」

 

 まさか不覚。考えていたことをつい口に出してしまう、そんなベタなことをしでかし慌てるペロロンチーノ。だが、なんとか誤魔化せたようである。

 一方、黙ってしまったペロロンチーノに不安を募らせていた“蒼の薔薇”だったが、良い返事をもらえたことで明るさを取り戻した。

 

「しかしよぉ。きな臭くねえか? リ・ロベルのおばけの件といい、今度はエ・ランテルのアンデッドだぜ? 偶然だと思うか?」

「たしかに……無関係とは言い切れんな」

「リ・ロベルのおばけ?」

「あぁ。ペロロンチーノ殿はご存知無いだろうか? ここよりずっと西にある街の怪事件なのだが……」

 

 イビルアイ曰く、おばけと言ってもアンデッドとは関係無さそうではあるが、地域とタイミングが重なっているため妙に引っかかるとのこと。そして昨日の話にもあった、同時期に転移してくる他のプレイヤーの存在。ペロロンチーノがついこの間、カルネ村の近くで転移したことを考えれば、その事件のどちらか、もしくは両方にプレイヤーが関わっている可能性も低くはない。

 ならば論より証拠。状況も差し迫っていることだし、まずは現場に急行することが先決だ。

 

 “蒼の薔薇”を見やれば馬に鞍を取り付け、そろそろ出発の準備が整おうとしているところだった。

 その様子を眺めながらペロロンチーノは閃いた。

 

「こほん。あー……そういえば、君たちは馬で向かうつもりなんだよな?」

「あっ……申し訳ございません。協力を要請した身でありながら、ペロロンチーノ様に遅れを取ることになるかと……」

 

 馬をとばせば、昼前にはエ・ランテルへ到着出来るだろう。しかし、飛行できるバードマンであればそれよりも圧倒的に早く到着できるはずだ。

 

「よし。じゃあ皆、俺に掴まってくれ」

「え? でも流石に……」

「急ぐんだろ? 心配ないさ。こう見えて力には自信があるんだよ」

 

 たしかにペロロンチーノは細身であるが、見た目──筋肉量とその力強さは必ずしも比例しない。冒険者であれば常識である。

 軽装のティアとティナならともかく、重装備のラキュースやガガーランも一緒に運べるのかという不安も残る。だが今は一刻を争う事態だし、棚ボタだ。むしろせっかくの提案を無下にすれば、築いたばかりの信頼関係にヒビが入る恐れもある。

 ラキュース達は互いに目配せした後、遠慮がちにもペロロンチーノの誘いに応じることにした。

 

「では、よろしくお願い致します。……イビルアイ、また後でね」

「ああ。皆をよろしく頼む、ペロロンチーノ殿」

 

 その会話の意味が解らなかったが、とりあえず「任せろ」と答えたペロロンチーノ。

 直後、イビルアイはその場から掻き消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルを襲った悪夢から一夜明け、再び太陽が顔を出す時刻になっても、悪夢を払う日光が地上に降り注ぐことはなかった。

 昨日と打って変わって暗雲が垂れ込めているのも原因のひとつだが、それだけではない。10m先を見通すのがやっとの程な濃霧がエ・ランテルの街のみを覆うように立ち込めていたのだ。

 

 エ・ランテルが誇る3重の城壁。その最も外周の城壁内。共同墓地の他にも軍事関係の設備や用地が多く、戦時には25万もの兵を収容できるほどの広大な敷地が広がる。

 この時期であれば閑散としていてもおかしくないはずのそこは、アンデッドで埋め尽くされ、特有の臭気で満たされていた。

 

「うわー。流石に私でもこれはひくわー……」

 

 城壁の上に設けられた(やぐら)から(うごめ)くアンデッドを見下ろすただ一人を除き、他に生ある者の姿はない。

 声の主はフードを深く被り、片手には殴打武器のモーニングスターを携えて城壁の上を滑るように移動していく。

 だが、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)黄光の屍(ワイト)が通りかかる獲物を待っていたかのように行く手を遮った。

 気付いていない訳ではないのだろう。一瞥をくれただけで、その者は無造作に歩を進める。

 

 そしてあと数歩の距離まで近づいた瞬間、フードの奥の瞳が獣の輝きを見せた。

 振り下ろされる錆びついた剣を常人離れした身のこなしで掻い潜ると、躱しざまにモーニングスターを白骨化しかけた後頭部に叩き込む。

 一撃粉砕。続く次の瞬間には腐った肉片が吹き飛ばされていた。

 

「チッ……これ以上は無理かー。カジっちゃんに追加でお願いしたかったけど近づけないんじゃねー……」

 

 目標地点だったのだろうか、視線の先には霊廟の影がうっすらと見える。

 しかし、その周りには先ほどの骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を始め、骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)など、多種多様なアンデッドが密集し、さらには得体の知れない屈強なアンデッドの姿も確認出来た。

 また驚くべきことに、それらはまるで霊廟の守護者であるかのように隊列を組み整列している。これは周りの、ただ生者を求めて徘徊するアンデッドとは明らかに様子が違う。何者かによって支配されていると断言出来よう。

 

 その者は諦めた様子でため息をつくと、チャラっという金属が擦れるような音を残して城壁の外へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バサバサと大きな羽音を立てながらペロロンチーノはエ・ランテルの上空へと差し掛かる。

 

「どうしてこんな……」

「…………」

「…………」

「こりゃひでぇ……」

 

 右腕にしがみつくラキュース、左腕に掴まったティアとティナ、そして両脚にぶら下がったガガーランは目にした光景に言葉を失った。

 

 エ・ランテルの城壁外、そこには難民と化した多数の市民の姿が映る。なんの準備も無く街を飛び出したのだろう、人の姿以外には棒切れと布で(こしら)えたような粗末なテントがポツポツと見えるだけだ。多くはただ身を寄せ合い座り込み、絶望に打ちひしがれていた。

 そして城壁内、街の様子はというと……濃い霧に遮られ視程がまるで通らない。発生源は一番外周の城壁内なのだろう。そこが一番濃く、内側にいくにつれ霧の濃さは薄くなっていく。そして街の外には全く漏れていないことから、この霧が自然に発生したものでないのは確実である。

 すると街の中心からイビルアイが一直線に飛んで来るのが見えた。

 

「早いな。流石はペロロンチーノ殿だ」

「イビルアイ! 街の中の様子は……!?」

「ああ。幸い最内周部にはまだ多くの生存者がいるが、あまり長くは保たなさそうだ。とても空から運び出せる人数ではないから、退路を確保したいところだが……内周部は、まだいい。問題は外周部だ」

 

 生存者が残っていたことは喜ばしい。イビルアイの言葉に一筋の希望が見えたが、その声音からは厳しいものが感じ取れる。

 

「外周部……ということは、あの濃い霧の中ね。一体何があるというの?」

「足の踏み場もないほど、ただひたすらにアンデッドだらけだな。見通しが悪くてはっきりとしたことは分からなかったが……血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)など、なかなか手強いモンスターも混じっていたぞ」

 

 イビルアイは肩を竦めてみせる。

 血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)──強い腕力を誇る巨大な動死体(ゾンビ)だ。特殊な攻撃方法を持つわけではないので、単体であれば銀級(シルバー)冒険者チームでも足止めをすることくらいは可能だろう。しかし、再生能力を保有するため、チームに魔法詠唱者(マジックキャスター)がいなければ倒すことが難しい存在だ。

 

「そんぐれぇなら俺たちでどうにでもなるが……数がキツイか」

「ああ。いくら筋肉バカのお前でも多勢に無勢ではな。それに、これだけのことをやらかした相手だ。まだ数段上のアンデッドがいてもおかしくもない。……ん? ペロロンチーノ殿? なにか心当たりでも?」

 

 ペロロンチーノの脳裏には死霊系に特化したオーバーロードの姿がよぎっていた。だが、頭を振って否定する。例え同じく人間を止めてしまったとしても、こんなことをしでかすような人ではないはずだ。

 

「いや……特に無いな。そっちはどうだ?」

「……近い事例を知っている。アンデッドが集まる場所にはより強いアンデッドが生まれる……この特性を利用して、かつて一つの都市を丸ごとアンデッドの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する地に変えた魔法儀式──“死の螺旋”というものがある。これによく似ている」

「ズーラーノーンの邪法……」

「だったら尚更時間がない」

 

 聞き覚えのあったのか、“蒼の薔薇”の面々の表情は一層険しくなる。

 

「うむ。避難を優先させたいところだが、先にも言ったとおり凄まじい数が相手だ。外周部を横断する退路を維持するのは……まず無理だろう。そこで提案なのだが、皆は最内周部の防衛にまわってくれないか? その間に私とペロロンチーノ殿で敵の首魁を叩く! どうだろうか、ペロロンチーノ殿?」

「親玉をぶっ潰せねえのは口惜しいが仕方ねえ。 時間稼ぎは任せてくれ!」

「俺も構わないけど……アンデッドだらけなんだろ? イビルアイこそ大丈夫かい?」

「ふっ。私の正体を忘れたかペロロンチーノ殿」

 

 そう言うとイビルアイは一つの指輪を外して見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三重の城門の一番内側。機能性を重視した一番外側の門ほどの高さは無いものの、それは立派な造りをしていた。壁面のいたるところに、権力や財力を示すかのような装飾が施されていたのだが──今や見る影もない。

 生者の匂いを嗅ぎつけたアンデッド達が四方八方から迫り、その美しい壁を覆い隠す。この辺りの霧が薄いせいか、はたまた他所で逃げ遅れた人間を貪っているせいか、ここにはまだ骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)程度しか現れていない。

 生き残った──もとい、取り残された衛兵と冒険者、合わせて200人近くが交代で城壁の上に登り、時折よじ登ってこようとするアンデッドを突き落とす。さらに稀だが飛行出来る死霊(レイス)などが現れたときは魔法詠唱者(マジックキャスター)が集中砲火を浴びせてこれに対処する。

 

 防戦一方の籠城戦。幸いにも食料庫や武器庫を内包していたため、現状維持だけなら数日間持ちこたえることが出来そうだ。それだけあれば外からの救援が間に合うかもしれない。

 

(いや、きっと大丈夫だ。助けは必ず来る。そう思わなくてはやってられん。)

 

 ミスリル級冒険者チーム“虹”のリーダー、モックナックは疲労感を湛えた瞳で周囲を見渡す。数々の死線を乗り越えてきた彼ですらこうなのだ。初めて間近に感じる死の恐怖、これに長時間晒され続けた者たちの精神的な疲労は最早ピークに近い。

 もちろん彼らとて、助けだされるのを雛鳥のようにただ口を開けて待っている訳ではない。魔術師組合からは〈飛行(フライ)〉の使える精鋭チームが、冒険者組合からはイグヴァルジ率いるミスリル級冒険者チーム“クラルグラ”が、状況の把握及び退路候補の選定を目的として周囲の調査に乗り出したのだ。

 

「どうかね? 状況は」

「これは魔術師組合長……相変わらずですよ。そろそろ彼らが戻ってきてもおかしくないはずですが」

 

 モックナックの隣に並んだのは痩せすぎていて神経質そうな線の細い男だ。名をテオ・ラケシルという。

 

「ふん。わざわざ危険な陸路を行こうとするとは愚かな男だよ。我々魔術師組合だけで安全に済む話だというのに」

「はは……。仰るとおりですが、彼にも……彼なりの考えがあったのでしょう。あんな性格ですが、今までにたった一人の欠員も出さずにミスリル級冒険者のリーダーを務めている男ですので」

「そうかね……いや、すまないね。こんな時だというのに。私だって彼には無事で帰って来てもらいたいと思って……ん?」

 

 薄っすらと霧の向こう側に人影が見えた。高速で飛来する人影は近づくにつれ魔術師組合のメンバーと判別出来たが、同時にその慌てようと恐怖に歪んだ表情からただ事ではないことが察せられる。

 

「どうした!?」

「組合長っ! お、応援を! 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)です!」

 

 耳を澄ませば確かに金属がぶつかる音に、地響きのような低い音、そして魔法的な爆裂音が響いている。そしてその音は徐々に大きくなっていく。

 目配せ一つでモックナックは頷くと、城壁の下へと飛び降りた。後に彼のチームメンバーも続く。

 

 息巻く男を宥め、ラケシルは詳しい状況を訊いていく。

 

 

 

 

 

 上空の高い位置からでは霧のせいで地表の様子が把握出来なかったため、魔術師組合のチームは霧の中を飛行していた。決して油断していた訳ではない。しかし、緊張感が続く中で何事も起こらなければ注意が散漫になる瞬間もあるだろう。

 仲間の一人が脚を捕られた。寄生虫の様に蠢く大量の内蔵を孕むアンデッド──内臓の卵(オーガン・エッグ)の触手の様に絡みつくピンク色の腸によって。

 たちまち引きずり落とされたその先には、多数のアンデッドが待ち構えていた。

 しかし、魔術師組合の精鋭チームにはもちろん信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)も編成されている。咄嗟に唱えられた〈アンデッド退散〉によってそのほとんどを滅ぼすことに成功した。

 

 体勢を立て直し、再び上空へ避難しようとしたきに現れたのが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)──魔法に絶対耐性を有すると知られる竜の姿を象った人骨の集合体だ。

 地上すれすれを這うように薙ぎ払われる巨大な骨の尻尾。負傷した仲間を担いでいては回避は間に合わない。ダメージ覚悟で〈盾壁(シールドウォール)〉を発動させる。

 

 ガキィィイン──

 

 体を襲う痛みは来なかった。代わりに硬質な音が鳴り響いたその先には、目の前で立ちはだかる冒険者──“クラルグラ”のチームの姿があった。

 

「何ボサッとしてんだ!! 邪魔だ! 退いてろ!」

「す、すまん! 恩に着る!」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)だけではどうしようもない相手だが、ミスリル級冒険者であれば骨の竜(スケリトル・ドラゴン)一体ならどうにか出来る。

 あとは冒険者が戦いやすいように、周りの雑魚アンデッドを近づけさせなければ勝てる。助かる。

 

 ──そう思った次の瞬間だった。薄い霧の向こう側から姿を現したのは、もう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。そして足元には古びたローブを纏い、片手に捻れた杖をもった人影が見える。この状況で助けに駆けつけた仲間であるはずもなく、ましてや人間ですらなかった。その証拠に顔は腐敗した皮が僅かに残る骸骨で、ぽっかりと空いた眼窩には叡智の光を宿していた。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)──これも一体だけであればどうにか対処出来る相手だが、状況は違う。

 

「応援要請だ! 行け!!」

 

 男は全力で飛んだ。良くも悪くも、予想していたより城壁は近いところにあった。

 

 

 

 

 

 ──状況は良くない。このままではミスリル級冒険者2チームと魔術師組合チームが全滅してしまう可能性もある。

 ラケシルの迷いは一瞬だった。今、この戦力を失えばどの道後が無い。

 総力戦だ。最低限の守りを残してこの困難に打ち勝つ他無い。

 

 ラケシルは立ち上がり、冒険者組合長のアインザックに〈伝言(メッセージ)〉を繋げようとした瞬間、視界の隅に何かが映った。それは薄暗い雲と霧を引き裂くような、天から引かれた白銀に輝く一本の線だった。




12/22
色々と微修正
話の大筋に変更はありません

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