ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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第四話:戦士長と隊長

 草原に長い影を落としながら、総数20名強の一団が馬で駆けていた。

 

「戦士長! カルネ村が見えてきました!」

「ああ。間に合っていてくれ……」

 

 リ・エスティーゼ王国の誇る戦士長ガゼフ・ストロノーフを先頭に、道中幾つもの村を巡回していたが、それらの村全ては既に焼き尽くされた後だった。

 僅かに生き残った村人を最寄りの城塞都市エ・ランテルまで護衛するため、少ない人員をさらに切り詰めつつ、ここカルネ村までやってきたのだ。

 遠目で見る限り、家屋は姿形を残しており、火の手も上がっていないように見える。疲労しきった隊員たちの顔にも希望が宿った。

 

 しかし、村の入口まであと僅かというところでガゼフの怒声が飛ぶ。

 

「総員! 止まれッ!!」

 

 急な停止動作に(いなな)きを上げる馬を沈めつつ、視線を前に送る。

 

「副長ッ!」

「はい!」

「残りは周囲を警戒! 陣形を整えろ!」

 

 そこには大地に転がるひとつの死体。その全身鎧にはバハルス帝国の紋章がハッキリと刻まれていた。

 

「報告にあった帝国の騎士で間違いないかと。……眉間から後頭部にかけて何かが貫通した痕があります。首も折れていますが、土の跡からして落馬した際のものでしょう」

「まさか村人がやったのか……?」

 

 視線を村の方向へと戻したその瞬間、上空から矢が飛来し死体の前方に突き刺さった。

 

「ッ!! 敵襲! 防御陣け──うおッ!?」

 

 刺さった矢を中心に突如火柱が、轟々と周囲の空気をかき混ぜながら、天空めがけて吹き上がった。

 目の前で起こった爆発的熱量に誰もが腕で顔を庇い、影が落ち始めていた周囲を明るく照らす。

 しかし、それも一瞬。何事もなかったかのように、火柱は消失。熱波も光線も嘘のように消えていった。残るのは地面を焦がした炭化した跡のみだ。

 歴戦の戦士達といえど、あまりの出来事に近くにいた者は落馬。馬は暴れ、とても陣形と呼べるものは維持できていなかった。

 そんな中にあっても騎乗を保ったまま、火柱があった向こう側に舞い降りる人影をいち早く発見出来たガゼフは流石と言えよう。

 

 今だ目が眩んで視界がぼやける中、視線の先から声が掛けられる。成人の、男の声だ。

 

「こんな辺鄙(へんぴ)な村に何のご用かな? 騎士さんたち」

 

 あくまで優しい声色だった。しかし僅かに敵意も込められているように感じる。

 

(先程のあれは警告か……)

 

 慌てて抜刀し、剣を構えようとする部下達をガゼフは片手を上げて制する。

 

「──私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っているものだ」

「……王国戦士長?」

「お前が何者なのか聞かせてもらおうか」

「……ペロロンチーノ。この村がそこの騎士達に襲われていたのでな。助けに来た者だ」

 

 ガゼフは驚嘆した。

 間に合わなかったガゼフの代わりに村を救ってくれたというのだ。ならば、武装して近づく我々に対して村を背に庇い、警戒するのも頷ける。

 本来であれば、知らずにとはいえ王国戦士長という地位の高い者に刃を向けたことは、罪に問われる事案だ。しかし、この場に口うるさい貴族どもはいないし、ガゼフもつまらないことで一々腹を立てるほど度量の小さい男ではない。

 むしろ、どのような身分の者であろうとも礼を尽くすべきだと、馬を降りようとしたところで部下のひとりが口を挟む。

 

「戦士長! あ、あの者……人間ではありませんッ!」

 

 ガゼフよりも後ろにいたおかげか、いち早く視界を回復させた部下が引き攣った声で報告する。

 黄金色の草原に佇むその姿は、確かに人間のそれではなかった。全身を覆い尽くしている羽毛は夕日に照らされ赤く染まっている。頭には猛禽類を思わせる立派な嘴が生えており、鋭い鉤爪が伸びるその手には、全長が身の丈ほどもある大きな弓を携えていた。

 部隊全体に緊張が走る。

 

「おま……失礼。貴殿がそこの騎士も殺したのかな、ペロロンチーノ殿」

「ああ、そうだ。既に村は襲われていたから仕方なく、な。そいつは見張りだったようだけど……」

 

 それを聞くと今度こそ馬から飛び降りて、重々しく頭を下げた。

 

「カルネ村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 長年に渡りガゼフ戦士長の元、共に王国に仕えてきた隊員達はガゼフの人柄をよく知っている。

 だが、まさか。このような異形の者にまで敬意を示すとは思わなかった。

 暫し沈黙が流れる──

 

「……。お前らの目的は騎士の討伐だと言ったよな? なら、目的は達成されたろう。さっさと帰ってくれないか」

 

 こちら側に敵意が無いことを示すと、相手も少し姿勢を崩し、弛緩した雰囲気を漂わせた。

 

「すまないが、この目で実際に村の様子を確認するまでは、王の御命令を遂行したとは言えないのだ。ここを通してもらいたい」

「……この村は襲われたばかりだ。村の人達の気持ちを思うのであれば、お引き取り願いたいのだが?」

「仰るとおりだ、ペロロンチーノ殿……しかし我々にも責務がある。村の状態を確認したらすぐに立ち去ることを約束しよう」

 

 嘘は言っていない。しかし、村に入れさせたくない理由が他にあるとガゼフは直感した。

 

「はぁ……そもそも、本当に王の命令だとか、王国戦士長だとか、証拠はあるのか? ……いやまあ、見せられたところで俺には判断出来ないけどな」

「もちろん証拠はあるが、信用出来ないのはお互い様だな……どうしてもここを通してくれる気はないか?」

「ああ。通さない。素直に帰るんだな」

「どうしてもか……」

「どうしてもだ」

 

 再び沈黙が流れる──

 

「……どいて頂けないのであれば、力ずくで通させてもらおう」

「じゃあ、全員ここで死ぬことになるぞ?」

 

 その言葉はハッタリではないのだろう。正直、勝てる相手とは思えない。

 あのモンスターは空中から矢を放ってきた。背中に生えた翼で自由に飛び回り、決してこちらの得意とする剣の届く距離では戦ってはくれまい。

 では、弓での応酬となる場合はどうか。通常であれば、遮蔽物のない空中に浮かんだ時点で射落とせばいい。〈飛行(フライ)〉を使った人間相手であれば、だ。はたして空飛ぶ鷲を撃ち落とすことが出来る者がこの中にいただろうか。

 それに、極めつけは矢に込められた魔法だ。あのような爆裂を伴う火柱は、皆目見当もつかない。ただでさえ肉体的能力で人間に勝るモンスターが、高位の魔法を行使する。これがどんなに恐ろしいことか、想像しただけでも戦慄する。

 さらには、奴がたった一人だけとも限らない。伏兵を警戒せずにはいられない。

 

 奴の言葉を信じたい気持ちはある。その言は村を守ることに終始一貫していて、誠意も感じられたからだ。

 であれば一度こちら側が折れ、日を改めて確認しに来れば無用な争いを避けられるかもしれない。だが一方で、得体の知れない存在を信じたばかりに、背後から狙撃されでもしたら目も当てられない。

 奴の目的は一体どこにあるのだろうか。純粋に村を、人間を守ること──それは楽観的すぎる。どう見てもあれは人間を襲う側の存在だ。

 先程の直感は無視出来ない。

 我々を村に入れたくない他の理由……例えばモンスターの多くは人間を食料と見なす。であれば、今まさに村中で食事の最中かもしれない。

 

 嫌な想像ばかりが次々と浮かんでくる。

 戦力が足りない。情報が足りない。時間もない。

 

 ペロロンチーノの弓を持った腕がゆっくりと上げていく。

 

「……お前とは平行線だな。ならば、仕方がないというやつだ」

 

 その言葉に覚悟を決め、ガゼフは剣に手をかけると一息に抜き放つ。

 そして、その刃をペロロンチーノに突きつけた。

 

「貴殿に一騎打ちを申し込む!!」

「……?」

 

 今まで獰猛な眼光を放っていた目が、一瞬見開かれたように思えた。

 

「受け入れていただけるのであれば、後の者たち全員を一騎打ちの立会人とさせて貰えないだろうか」

「戦士長! それは!」

「俺達も戦います!」

「最後まで戦士長と共に!」

 

 我らが戦士長は己の身も顧みず、部下を守り、この場を切り抜けようと。そう言うつもりか、と悟った隊員達が次々と声を張り上げる。

 

「この情報を王都へ持って帰るんだ、いいな?」

 

 ガゼフはそんな部下達を振り返りもせず小声で返した。

 

「私が勝てばここを通してもらう。負ければ部下達は必ず引き下がらせる。さぁ、ペロロンチーノ殿! 返答は如何に!?」

「はぁ……そっちが退くなら俺からは手を出すつもりは無いんだがなあ。それなら一騎打ちした後で結局皆殺しにされるとは考えなかったのか?」

「フッ。私の勘が正しければ、ペロロンチーノ殿はさぞ名高い戦士とお見受けする。ならばその誇りに掛けて反故にはされまい」

 

 それを聞いたペロロンチーノは一度視線を外し、どこか一点を見据えた素振りをしたかと思うと、手をヒラヒラと泳がせた。

 

「まったく……その真っ直ぐ過ぎて不器用なところ、誰かさんみたいで懐かしいな……。わかったよ、通っていいぞ」

「一騎打ちは……」

「もういいって。脅すような真似をしてすまなかったな。さあ、とっとと行ってくれ」

 

 不審な目線を浴びせられながらも、ガゼフ一行を見送ったペロロンチーノはひとりぼやく。

 

「それにしても来客の多い村だなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村にほど近い茂みの中、息を潜める者たちが居た。その数45名。

 

「隊長! ガゼフ・ストロノーフが現れました。真っ直ぐカルネ村に向かっています」

「よし……獲物が檻に入るまで決して悟られることの無いよう、注意を怠るな」

 

 陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインはこの瞬間をずっと待っていた。

 というのも騎士に村を襲わせ、おびき寄せることに成功するも、包囲するまでには至らず、これまで4度取り逃している。

 だがそれも今日で最後。

 ニグンは視界に捉えたガゼフ達王国の一行の動きに注視する。

 

 カルネ村まであと少し、そんな局面で急にガゼフ達は馬を止めた。

 まさか、こちらの策がバレたのか。ニグンの額に薄っすらと汗が滲みだす。

 

 しかし、どうやら様子がおかしい。ここからでは見えないが、足元の何かを調べているようだ。

 ガゼフ達の一挙手一投足に目を見張る。

 

 次の瞬間、突如として火柱が吹き上がった。自然の発火ではありえない、魔法的現象。

 そしてニグンはひとつの魔法の名に思い至る。

 

「〈焼夷(ナパーム)〉……だと……!?」

 

 知識としては知っている。周囲を明るく照らす爆発的火力、10mの高さにも及ぶ円柱状の火柱。

 そしてその魔法は第5位階に存在するということを。エリートの中のエリート、陽光聖典の指揮官であるニグンでさえ、そんな高位な魔法は扱えない。

 

 まさか本国からの応援か。

 確かにこの任務は、亜人種の村落などの殲滅を得意とする陽光聖典とって、適切な采配とはいえない。応援を寄越すこともあるだろう。

 しかし何の連絡も無いだけでなく、我々の作戦を台無しにして攻撃を仕掛けるなど、許されることではない。

 胸を炙られるような焦燥感がニグンを襲う。

 

 だが、それも一瞬。中空から舞い降りるひとつの影を見つけ、あんぐりと開けた口から空気が漏れた。

 

「……バード……マン……?」

 

 なぜ、このようなところにバードマンが。

 バードマンは手強い。背中に生えた翼で縦横無尽に飛び回り、ひとたびその鋭い鉤爪に掴まれば、成人男性をも軽々しく宙へ連れ去ることが出来る。

 その嘴も脅威だ。突かれれば、鉄の鎧に風穴を開けることも容易だろう。

 

「……ここ最近でバードマンの目撃情報はあったか?」

「いえ、最近はおろか、この近辺での目撃情報は記録に無いはずです……」

 

 状況から考えて先ほどの〈焼夷(ナパーム)〉は、あのバードマンが放ったものだろう。

 で、あれば、これは脅威だ。都市の。国家の。いや人類存続の危機。

 もしやこれが予言された破壊の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活なのか。

 そこまで考えて頭を振るう。

 

 ふぅ、と細く短い息を吐き出すと、懐に収まったスレイン法国の至宝の一つを上から押さえつけ、その存在を確かめる。今回のガゼフ抹殺の任に就く際に、神官長から必勝の切り札として渡されたものだ。

 それはクリスタル。その中に封印されているのは、最高位天使・威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する魔法。かつて、魔神と言われる存在が大陸中を荒らしまわった際、魔神の一体を単騎で滅ぼした最強の天使だ。

 

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が放つ第7位階魔法〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉をもってすれば、バードマンなど葬るのは容易い。

 

「ただし動きを封じる必要がある……か」

 

 いくら強力な攻撃魔法でも、その射程内に相手を収めなければ意味が無い。

 視線の300m先、状況は硬直状態。狙うならば決戦の火蓋が切られた瞬間。天使の数でバードマンを拘束し、ガゼフもろとも善なる極撃(ホーリースマイト)の餌食にする……!

 

「各員傾聴。戦闘の開始を合図に天使を召喚……バードマンを捕らえろ。最高位天使を召喚しガゼフもろとも吹き飛ばす。汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 急な作戦変更指示。しかし的確な指示が下されたことにより、隊員全員の顔に動揺は微塵もない。

 その表情を見渡し、ニグンは作戦の成功を確信するのであった。

 

 

 

 

 

 ──―様子がおかしい。

 

 ガゼフが剣を抜いたところまでは良かった。しかし、バードマンがこちらを見た気がした。いや、確かに目が合った。

 奴はこの距離で気付いたのか……?

 再びガゼフに向き直り、数度言葉を交わしたかと思うと、驚いたことにガゼフ一行はそのままバードマンの横を通り過ぎていく。

 

「なぜだ! なぜ、人類の敵を前にして戦おうとしない! ガゼフ・ストロノーフッ!!」

 

 怒気を(みなぎ)らせ唸る。

 

(まさかバードマンと取引を?! 愚かだ。愚かすぎる。大局も見えぬ王国のクズどもめ!)

 

 まだまだ罵倒を浴びせ足りないが、今は考える時だ。思考を巡らせろ。

 

 ──作戦は続行か?

 いや、既にこちらに気がついている。奇襲は効かない。

 

 ──では撤退か?

 ありえない。人類に仇なす人外の脅威。それを前にして、人類の守り手である陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインが逃げ出すわけにはいかない。

 

 ──勝算はあるのか。

 ある。魔神をも倒す必勝の切り札が。

 

 ──奴は、群れからはぐれた、放浪するバードマンか? ……斥候の可能性は?

 

 奥歯を噛み締め、絞りだすように告げる。

 

「……撤退だ!」

 

 隊員の間に動揺が走る。

 予想外の行動とは言え、強敵はガゼフと謎のバードマン、1人と1体という状況は変わらないはずなのに、と。

 部下からは口々に追撃を進言されるが、ニグンはそれを黙らせる。

 

 ニグンは揺るがない。

 なぜならば、知っているからだ。人間は弱い。この世界には自分たちを上回るモンスターが多くいることを。

 乱入者が同じ人間だったなら、退くこと無く任務を完遂できていただろう。

 しかし状況は違うのだ。

 

「5班に分かれて撤退する。あれが斥候の可能性も考慮して、遭遇には十分注意しろ! 必ずこの情報を持ち帰れ! 散開!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか……」

 

 あの集団は何だったのだろうか。

 戦士長の前に降り立った瞬間から、〈敵意感知(センス・エネミー)〉に予想を超える量の反応があったのだ。

 どうやら敵意は俺へだけじゃないような気もしたけど……。追いかけて問いただしてみるか?

 いや、それも面倒だ。まあ、元より追い払うつもりだったから、勝手に逃げてくれたのは良しとしよう。

 

 そんなことよりも、だ。

 

 今日、俺がここまで頑張ったのは何のためだ?

 そう。言わずもがな、あの少女と幼女のためだ。

 

 さっさと戻ろう。ご褒美の1つや2つぐらい願ったところで罰は当たるまい。

 

 太陽は地平線に飲み込まれ、一日の終りを告げようとしていた。

 しかし、ペロロンチーノの一日はまだ終らない。

 ペロロンチーノは村へ戻ってからの妄想に期待を膨らませつつ、心と翼をはためかせた。




※〈焼夷〉は原作で位階が判明していないと思われますが、ここでは暫定第5位階とさせてください。

12/21
ガゼフとの会話一部修正。その他も微修正
話の大筋に変更はありません

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