IS×Fate - No Limited War -   作:No.20_Blaz

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久しぶりに書きたいと思ったので…

という感じで第八話です。IS要素少なめの作品ですが、この後にちゃんと増えていく…ハズです(汗


今回も引き続き、セイバー陣営vsランサー陣営です。
そして何と、お助けキャラ登場。

そんな第八話をお楽しみ下さい。


#08 「戦う者」

 

 

 

 

「―――戦端が開かれたか」

 

これでやっと聖杯戦争が開戦する。始まりの一戦を気配で感じつつ眺めていたアーチャーはそう呟くと、やれやれと待ちくたびれた顔で立ち上がる。

 

 

「初戦はセイバーとランサー。しかもマスターも巻き込んでの陣営同士でか。恐らくランサー側の仕業であることは確かだろうが…問題はセイバーの陣営か」

 

まるで悪人のようなことを言って微笑むむ顔は正真正銘悪人のそれだった。彼自身は誰かの苦痛を見て喜ぶという歪んだ性格はしていないが、自分の気に入らない相手が苦痛に動き回る姿にはざまぁないと喜ぶ性格らしく、それはマスターたちからも度々言われている。

本人曰く、昔の名残というらしいが傍から見れば彼の性格に他ならない。

 

「…さて。あの小僧がどこまで持つのか、見ものだな」

 

精々頑張るがいいと皮肉も込めたような言い方で呟き、立ち上がって何処か遠くを眺めるように意識を研ぎ澄ます。

マスターとの間で行われる念話。それを今から飛ばすのだ。

 

 

『―――聞こえているか、マスター』

 

『―――ああ。始まったか』

 

『初戦はセイバーとランサー。どうやら、ランサーのマスターが魔術を使ってマスター同士でも決闘させているようだ』

 

『決闘…』

 

届くマスターの声になにを考えているのか察した彼は、先に言わせまいと塞ぐように素早く口を開く。

 

『介入は無駄だ。呪いの一種のようで外部からの干渉を受け付けないようにしている…いや、干渉させないようにしている…が正しいか』

 

『…どういう意味だ?』

 

『さてな。呪術に関しては私は詳しくない。君の目の前に居るキャスターなら、分かる筈だ』

 

 

 

―――まるでこちらが見えているようだな。

妙に言い当てるアーチャーの言葉に少し驚いた翼は、彼の言う通り目の前で夕食の調理をしているキャスターを見て彼女に疑いをかける。まさか彼女が情報を流したのではないかと思うが、目の前で嬉しそうに料理をしている姿にそれはないと考え、小さなため息をついた。

ちなみに。現在なぜかキャスターはほぼ裸でエプロンを着ているという状態だ。

 

「…キャスター」

 

「はい? なにか御用ですか?」

 

「ああ…実は…」

 

変にボディラインを意識した目線になったしまったが、アーチャーの話していたことをほぼそのまま伝えると、キャスターは片目で夕食の鍋の様子を確認しつつ考えていた。

それが難しいというより、ああそういう奴かという顔をしていたのは流石はキャスターというクラスだからか、答えは直ぐに彼女の口から語られる。

 

「―――なるほど。精神干渉…いえ、それは多分暗示のようなものですね」

 

「暗示だと…?」

 

「呪術というのは名の通り呪いの技。精神を呪う、なんてことは平安だったらお茶の子さいさいですが、そういった呪術はむしろ暗示に近いものです」

 

「自己暗示…そうしなければならないと、無意識に決定させているということか」

 

「ええ。恐らく、魔術かなにかで暗示のベースを作って、それを何等かの方法で脳にいきわたらせているのでしょう。暗示っていうのは基本的に脳の認識で何とかするものですから」

 

「………。」

 

「話を聞く限り、恐らくその呪いはその場所であって初めて発動する。ですから近づかなければ問題はないのですが…」

 

「入ってしまっては敵の術中…か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も居ない。警備室でさえも寝静まってしまった公共施設。

普段は老後の生活を送る壮年や学校での運動活動などに使われるが、その姿は今はなく人気のないホラースポットのようになっていた。

しかし、今はその静寂さを買われてある者たちによる戦いの場へと変化していた。

 

聖杯戦争。

七人のマスターがサーヴァントと共に競い合う儀式。

ただ一人勝ち残った者には栄光の証として万能の願望器である聖杯が与えられる。

己が野心のため、願望のため。マスターとサーヴァントが戦うのだ。

 

 

 

 

 

 

正門を真っ直ぐに進んで見える扉の向こう側。第一体育館と呼ばれるそこは、閉館時間をとっくに過ぎているというのに明るく、フィールドには二人の変わった服装をした者たちが互いに武器をつばぜり合いにしていた。

一人は青いドレスの上に銀色の騎士甲冑を纏った少女。手には剣が握られているはずだが、今はその姿はどこにもない。

対し、壮年の男は緑の服装に身を包み、利き腕である右には黒い甲冑を付けている。そして獲物である槍は、一直線に地面に先端をこすりつけている。

 

剣士の少女はセイバー。マスターである青年の代わりに自ら前線に立つ、かつて王だった騎士。麗しきその姿とは反して目には相応の修羅場をくぐり抜けて来た歴戦の趣を持つ。

 

槍兵の男はランサー。マスターである男と共に開かれた聖杯戦争の始まりの戦いを演じる男。気の抜けたような表情で構えるが、セイバーと同じく鋭い目で相応の場を抜けたという風格だ。

 

 

本来なら相対することもない、いや居るはずのないこの二人は、神話の時代から近代に至るまでにその名を刻み込んだ英雄たち。その死後、新たに使い魔であるサーヴァントとして蘇った英霊たちだ。

 

 

 

 

「………。」

 

 

「さて、と。ウチらの大将たちが揃って出て行っちゃったけど…どうする、セイバー?」

 

「…愚問だな、ランサー。我々は此度、聖杯の寄る辺に従い現れた英霊。互いに競い、どちらかが生き残るために私たちはこうして対峙している」

 

まるでランサーの言葉が世迷言であるかのように言うセイバーに、変わらず気の抜けた態度でいる。本人もそれを承知であえてその言葉を選んだのだが、セイバーの性格上はジョークとして受け入れられなかったようだ。

 

「…ま。そうだけどね。少しは軽口に乗ってくれるかと思ってたんだけどなぁ」

 

「残念ですが、私はその言葉に乗れるほど甘くはありません。それに、その気の緩みが貴方の敗因となる」

 

「………。」

 

再び剣を強く握り、応戦の構えを取るセイバーに対しランサーは構えも取らずに、ただセイバーが持っているだろう剣を見つめる。

 

 

(見えない剣…改めて思うが、ああいったのは俺も初めてだ。剣を見せないことでリーチを測りにくくして、間合いの優勢さを取る。加えて恐らくはあれがセイバーの真名に大きくかかわるからこそ、その真名を隠すために剣を見えなくしている…)

 

 

(初戦の時にランサーの槍を受けたが…あの槍…恐らく…いや確実に彼の真名に関する宝具だ。だがあんな神槍は…)

 

 

ランサーが持つ槍に目を落とすセイバーは、それが彼の真名に関するものなのではないかと睨むが形状からそれを当てることに苦労するのは確実だ。

 

(いずれにしても、時間が惜しい。早くランサーとケリをつけないと…!)

 

(時間はたっぷりとあるんだ…ま、向こうがボロを出すまで攻め続ければいい)

 

時間に余裕のあるランサーと余裕のないセイバー。二人にはそれぞれの事情があり、互いに余裕と焦りを見せていた。

仕掛けた側であるランサーは時間に余裕があると。仕掛けられた側であるセイバーは余裕はないと。

二人の脳裏に過ったのは、その場には居ない自分たちの主、マスターのことだった。

 

 

 

 

 

 

マスターは基本的にある程度の戦闘能力は持ち合わせているもの。

それは聖杯戦争が元々魔術師たちによって行われて来たものであったからこそで、戦えること、つまり魔術が使えることは常識というより当然のことだったからだ。

魔術師であるなら日常として魔術を持つ。例外的なものも確かに存在するが、それが魔術師たちにとっては「普通」と呼ぶべきものだ。

 

 

しかし。聖杯戦争はそんな常識も簡単に通じるものではない。

そもそも聖杯戦争は魔術師たちによって行われるが、絶対に魔術師たちにしか参加権がないというわけではない。

魔術を行使するにあたって必要な魔術回路があるならば、場合によっては魔術師でない者。最悪、一般人が参加させられることもある。

聖杯戦争は誰かが開催を決めるのではない、聖杯が開催を決めることだ。なので、開催時に人数が足りないのであれば足りない状態で始まるのではなく、無理やりにでも人数をそろえるというのが聖杯戦争のやり方だ。

 

なので、いくら魔術師であるからといっても開催に間に合わなかったら参加することも叶わない。

 

 

 

 

 

「…撒いた…かな」

 

建物を支える柱に身を隠した青年が荒い息のなかでポツリと呟く。

今まで敵に追われていた彼は戦う術がないことから逃げることしかできず、今に至るまでにあの手この手とその場のものを使って逃げ続けた。

そのお陰で逃げ切れたのか、足音も気配もないことに安堵した彼は取りあえずは安全な場所にたどり着いたと見てホッと胸を撫で下ろす。

 

「…戦えないっていうのも…歯がゆいっていうか…キツイな…」

 

途切れ途切れの言葉をつぶやきながら体力の回復のために柱に背を預けつつも、気配を探ることを続ける。いくら安全な場所とはいえ彼の居る場所は敵地であることに変わりはなく、いつ敵に襲われるか分からないという意識から恐怖するように辺りの様子を窺っている。だが仮に気配を察知できたとしても、彼には戦う術がない。そして戦う力さえもないのだ。

 

 

「…セイバーと別れて戦うって考え…失敗だったかな…」

 

今更なことに後悔する青年、織斑一夏は改めてこれからどうするのかと考える。

一般人に毛が少し生えた程度の実力しかない彼は、魔術師というデタラメ人間と正面切って戦うことなどできはしない。そもそも彼には戦うということ自体がまともにすることができず、喧嘩であっても殆ど一方的にやられていた経験しかない。

正面切って、互角とまではいかないが奮戦するということ自体なかった彼にとって、今回の聖杯戦争の戦いはそれとは比べ物にならないほどのレベル差だった。

 

 

「つっても…どの道、俺にはこれしか選択肢はなかったし…」

 

戦う事の出来ない自分があの場に居ては彼女の足手まといになる。だから一夏は態とそれらしい言い訳を付けてあの場から離れるしかなかった。

ランサー陣営との強制的な決闘を強いられた一夏たちはそのまま一騎打ちへと突入するが、ランサーとセイバーとの戦いの間で彼は自分が重りになっていることに気付き、その所為で彼女が全力で戦えないことを知ってしまった。

 

(…俺っていう邪魔が無ければ、最低セイバーは周りを気にせず戦う事が出来る。それまで俺が逃げるか、なんか方法を見つけて倒せることができれば…って考えるけどなぁ…)

 

実際はそう簡単にいくものではなく、その恐ろしさと傲慢な考えは身をもって味わっていた。風の属性のガトリング。そして自前の筋肉をフル活用した格闘戦。しかも存外動きはいいときた。三界四方に死角なしとまではいかないが、そこまで打つ手も対抗手段もない状況では彼も逃げることが精一杯で抵抗することなど逃げている内に失せて行ってしまっていた。

 

「距離を取ればガトリング…逆に近づけば格闘戦…まさに死角なしっていうか…」

 

離れればハチの巣。近づけばミンチ。間を取ろうにも姿を保っていられるか。

完全に詰んでしまったと思えてしまう状況に悲観する一夏は頭を抱えてため息をつく。表情はそこまで絶望していないという顔だが、彼の頭の中ではどうにもできない状態に半分ほど機能停止しており、残る思考の半分も諦めに染まりつつあった。

 

「………。」

 

小さく深いため息が吐き出される。誰かに聞こえないように絞って吐かれたその吐息は体内にたまっていた疲れや悪態を中途半端に吐き出させ、残った疲労が再び全身へと駆け巡っていく。

もう一人のマスターに気付かれてはならないという事もあるが、万策尽きてしまっている状態であることが彼の中では大きな悩みとなり、ため息の原因となっていた。

 

 

 

「…セイバーと離れてそろそろ五分…か」

 

セイバーにランサーを任せた一夏はマスター同士の一騎打ちということで直ぐにその場から離れた。しかし力量差が圧倒的なことから逃げの一手しかできず彼は館内を逃走し続け、現在は館内二階の廊下にある柱に身を隠していた。

 

「…たった五分…いや、もう五分…か?」

 

僅かに見えた時計から軽く時間を見積もるが、奮戦したというには早すぎる五分程度しか経っていなかったことに一夏は気休め程度の軽口をつぶやくことしかできず頭を抱える。

 

「あれだけの事がたったの五分…」

 

月明りに照らされた一夏は、至る所から流れ出る赤黒い血の様子にそれ以上は何もいうことができなかった。殆どの傷は掠った程度で済んではいるが、中には左足のように肉がえぐり取られたように赤くなっている場所もあり、決して無事であるとは言い切れる状態ではなかった。風のガトリングから逃げるのは可能だったがそれでも弾が全て外れたというわけではなく、まるで針が掠るように肌を抉っていくので途中何度も体勢を崩してコケることもあった。

 

 

「けど、無事でいられたのはラッキーかな」

 

いずれにしても今は五体満足なのだ。

四肢があり、頭がついて心臓が動いているだけまだマシだ。

そうやって生への有難味を噛みしめている一夏だが、それで状況が変わるかと言われれば当然変わる筈もない。精々生き延びる活力が戻る程度だ。

 

「…今は…セイバーが無事に勝つことを祈るしかねぇか」

 

斯くにも今は生き残ることだけを考える一夏は、そろそろ大丈夫かなと周囲の様子を見ながら立ち上がる。まだ左足も十分動くことができるので逃げることは可能だ。

 

「取り合えず、なんとかしねぇと…」

 

今は目の前に居る敵、相手マスターに対しどうするべきなのか。それを考えるだけだ。

次の場所に移ろうと一夏が立ち上がった

 

 

 

―――次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を切り裂き、彼の後頭部を掠める様に一発の弾丸が柱を抉る。

 

「ッ―――!」

 

恐怖が走り、怯えが全身の筋肉を刺激する。そしてその姿を一目見るために、彼の首は放たれた場所へと向けられる。

 

 

 

「…やはり単発では早々当たらんか」

 

 

低くも通る声が反響し、革靴が音を鳴らす。

一歩ずつ確実に近づいて来る音に四方からの攪乱も考えられたが、姿は真っ直ぐと目が向いた方向に現れ、影の中から姿を現した。

角ばったスーツ姿は何度見たことだろうか。この館内で何度も襲われたせいだからか、随分と見慣れてしまい感覚も麻痺したように慣れてしまっていた。

 

「…随分と余裕だな、有澤さんよ」

 

「そうでもないぞ。単発で仕留められるかと思っていたが…どうにも精密射撃は無理なようだからな」

 

「暗殺でもしようってか」

 

「そうでもしなければお前さんは逃げ続けるからな。仕留めるなら気づかぬうちに…というやつだ」

 

 

ランサーのマスターである有澤隆盛はそういって月明りが僅かに差し込む場所に姿を現す。至る所に攻撃を受けた一夏とは違い、大したダメージの跡がない隆盛との差は見るまでもなく、息もまだまだ余裕のあるもの。体力もそうだが、能力全てを踏まえても彼が優位に立っていることは明らかだ。

 

(マズイ…このタイミングで見つかるなんて…)

 

「如何せん、お前は普通のとは違って逃げ足がすばしっこいからな。お陰で仕留められるものも仕留められん」

 

「そりゃどうも…」

 

「…ランサーの時といい…随分と運には恵まれてるようだな」

 

「どうだろうな。ガチャ運ねぇから俺もないって思ってるけど…」

 

ただ運がいいのならもう少しダメージもマシなのではないかと思っている一夏は、再びその場から逃げる算段を建て始める。遭遇して直ぐに攻撃が飛んでこないのは自分が優位であることが揺らがないという慢心だということ。それぐらいは見えており、まだ逃げ切れるということに思考をフル回転させる。

どの道、彼には応戦することなどできないので逃げることに考えを集中できる。

 

 

(さっき向こう側に階段が見えた…あそこから逃げればまだ…!)

 

「―――運も実力の内…か」

 

有澤の右腕が爪を立てるように開かれる。目を落として見ると僅かだが彼の腕には血流のように何かが流れているのが見えたので、一夏は再びあのガトリングが飛んでくるのだと確信して足に力を入れる。

精密性は皆無だが、ばら撒かれる弾の嵐に回避方法は無きに等しく、それが一般人程度である一夏なら脅威に他ならない。

 

 

「―――なら、やってみるがいい。運を使って…私から逃げ延びてみろ…!」

 

面白いといった顔で右腕に魔力を集めた有澤は、溜まり切った魔力の弾丸を勢いよく吐き出させた。五本の指からそれぞれ風を纏った弾が集まっては発射され、それがたった一秒足らずで約二百発の弾丸の群れとなって一夏へと襲い掛かった。

 

「ッ―――!!」

 

命の危機に体が反応し足を動かす。横へと蹴り出した足は今さっきまで立っていた場所の隣に飛び込み、一先ずは弾丸の嵐に晒されることを回避する。だが当然それで終わることはなく、有澤も腕を構えた状態で追撃を行う。

 

「ッ…!」

 

「やばっ…!」

 

意識とは関係なく体が動き、弾丸から逃げようとその場から走り出す。目的地は先ほど見えた階段。そこから降りて再び一階を逃げるしかない。

 

「逃げの一手か…それも仕方あるまい…だがいつまで続くか………ッ!」

 

追跡劇に飽きてきたのか、退屈そうだった有澤はそれならばと腕に更に魔力を流し込んで弾数を増やす。今までよりも更に増量した弾丸の群れが、後ろから迫っていることに気付くが、だからといって守ることもできない一夏は階段の近くにたどり着くまでその嵐に晒されることになった。

 

「ぐっ……あっ……!」

 

数が増した弾丸の嵐は容赦なく一夏の体を掠り、抉り取っていく。しかしそれで足を止めるわけにはいかず、背に迫ってくる攻撃から逃げ続けて次の逃げ道である階段へと向かう。

背後から振りかかる攻撃の嵐は一夏へと当たる気があるのか、殆ど掠れて過ぎてしまうが、それでも彼を逃げに徹しさせるには十分なほどの脅威を持っていた。

 

「くそっ…!」

 

 

追い立てられるように逃げ続ける一夏は、それでもと必死に走り続けていき目的地である階段へと向かう。ガトリングの嵐に二階で逃げ続けるのは不利だと判断し、一階に降りて再び身を隠そうと考える。

 

「矢張り逃げるか…」

 

「それしかねぇからなっ―――!」

 

非難を浴びせられることも覚悟して逃げの一手を選び続ける。どうしたって彼には戦う力というのはないため、奇策でもない限りはこうして攻撃を避けて逃げるしかない。無理にでも戦えというのは同時に「死ね」と言っているのと同じだ。

 

「ッ…」

 

「やっと…!」

 

たどり着いた階段に一夏は、そのまま奥の方へと落下するのを覚悟で飛び込んでいく。勢いをつけて地面に落ちれば体にダメージを負ってしまうが、今の彼には一々そんな事を気にしていられるほどの余裕もなければ、今更体の痛みについて考える意味もない。既に自分の体はダメージを負い、動きが鈍くなっているのだ。これ以上相手の攻撃で鈍くなるよりは、自分から受け身をとってでも負ったほうが、まだマシだというのが彼の考えだった。

 

「いっ…!!」

 

「ほう、まだそれだけの元気が残っているか」

 

「ッ―――!」

 

変に高いところから落下したことと、肩を使ったことから骨にヒビが入ったかのように激痛が彼の体へと襲い掛かる。肉を抉り、骨が硬い地面に叩きつけられたことで割れたような音が聞こえてくるが、肩を痛めた様子はなく、単に地面に激突した時の痛みのみが、そこから中心に響いてきた。

 

「いっつ…」

 

それでもまだ逃げ続ける一夏は、無理やりにでも反対側の腕を使って体を起こし、残る階段を駆け下りる。追いかけてくる相手の恐怖に駆られ、命を優先とした行動は体の痛みも一時的に忘れさせ、まるで人形の体にでもなったかのように変に軽い感覚になる。自分の体だが、どこか自分のものではない義手か何かを付けているような。

手負いの状態だというのにまだ逃げ続ける一夏に、追いかける隆盛は余裕をもって足を止める。体力も魔力もまだ十分にあることもそうだが、未だに逃げられている彼の様子に思わず思考に落ちて動きを止めていたのだ。

 

「…それなりのダメージはあるのだがな…どうしてなかなか…」

 

戦闘を始めてから何度か攻撃を掠めたりした一夏の体は、始めた時よりも一目でわかるほど傷ついていた。中でも足や腕に当たった攻撃は、彼にとって致命傷とまではいかないが大きなダメージとなっていたはず。なのに足に傷があるにも関わらず彼は今もこうして走って逃げ続けていた。

それには勝利の余裕と物足りなさを感じていた隆盛でさえも苛立ちを見せるが、同時に面白さ(・・・)を感じていた。

 

「ただの小僧と思い見ていたが…悪運だけはいいのだろうな」

 

片手を鳴らし嬉しそうな笑みを浮かべる隆盛は、ならばと一夏に対する評価と対応の仕方を変更する。あれだけ走って逃げるということは恐らく、まだ遠いタイムリミットか援軍であるセイバーを待っているのだろう。だが援軍は館内に張り巡らせた呪術によって不可能に近く、例えセイバーが援軍に来れても暗示効果で手が出せなくなる。

どの道、サーヴァントが介入するということは無いに等しいのだ。

 

「と、なると最後に考えられるのは…」

 

まだ長い夜が明ける時間。つまり、数時間後という長い時間を逃げ続け人の来るだろう開館時間まで逃げ続けること。そうすれば警備員や館の職員がやってくるので、この初戦は引き分けか、最悪どちらかのサーヴァントが脱落という形で決着する。

聖杯戦争は基本人に見られてはいけない事を原則としているので見られる可能性が高くなれば自然とお開き(・・・)になる。

 

 

 

「なるほど。だが少年よ―――」

 

 

聖杯戦争、戦いはそこまで甘くはないぞ?

不敵な笑みを浮かべた隆盛は、自身の右腕に魔力を集めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いなす。防ぐ。そして反撃する。

サーヴァント二人の攻防は既に一進一退の硬直状態に陥りつつあった。最初はセイバーが攻め続けて優勢に思えたが、途中からランサーの防御と反撃が激しさを増しはじめ、あったハズのセイバーの優位性が段々と失われつつあった。

見えない剣と鍛えられた剣戟は衰えることなく、的確にランサーの急所や武器などを狙っているが、それが読まれ、慣れ始めて来たのか次々と防がれていく。

最初はかわされることもあったが掠ったこともあったりと、手ごたえは多少ではあるが感じていた。だが段々と防がれたりすることが増えていき、セイバーの顔には焦りと苛立ち、そして疑問と、当たらないという気持ちの悪さが溜まりつつあった。

 

 

「ッ…」

 

「どうした、セイバー。段々と攻撃が見え始めているぞ」

 

「………。」

 

剣は未だに見られていない。だが既に何度も剣を合わせているからか、間合いを読まれているように思え、彼女の攻撃は悉くをもって防がれ、そして中にはそこから反撃されることも増えた。

 

「―――オジサン、タイマンは久しぶりでね。最初はちょっと難儀したけど…今は大体の刃渡りは分かるよ」

 

(矢張り…今までの攻撃で大体のこの剣の長さを…)

 

なんて目と思考能力だと、再び剣を握りしめるセイバーは改めて相手のサーヴァントが予想以上の強敵であることを再認した。召喚された直後の戦闘で並みのサーヴァントではないと理解していたが、今回の何度も剣を交えたことから、多く語り合っていないというのに相手の凄みと風格を感じ、初めてそれを理解したように思えた。

 

(ひょうひょうとした性格なので、相手に思考を読ませないようにしていると思ってはいたが…本当に、並みの英霊ではない…)

 

見立てではかなり昔の、神秘が多く存在した時代の英霊ではないかと推測するセイバーは、今まで剣を交えたことからの推測を警戒を怠らずに纏め始める。

 

(ブランク…ではないが、恐らく今まで私が押せていたのは、この剣の間合いを読み切れなかったから。こちらはこの剣の刃渡りが見えないお陰で攻撃の先制を取れていたが、それも殆ど相手が読み切ったところを見ると、もう意味はないだろう。

 だが問題は彼の動きだ。あれは攻めというよりも…)

 

守りに徹した戦い方。守りに重視し、隙を見て攻めるという戦法。それはまるで後ろに何か守るものがあるからだと言わんばかりのやり方だったが、ランサーは常に自分の優位に立てる間合いと立ち位置をとって戦っているので殆ど動いていないという訳ではない。

 

(守備に重きを置いて、隙を見て攻める…防衛を得意とした英霊…か。いやそれよりも…)

 

 

個人的、といっては難だが、セイバーはランサーの持つ槍に少し興味を持っていた。

特別凄い槍というようにも見えないその槍は、何度か交わってみたが、別に何かステータス異常があったりする槍のようではなく、彼の攻撃にも特別それを狙ったという攻撃もなかった。

ただ、彼女はその槍の「持ち方」に疑問のようなものを持っていた。

 

(槍は基本、確かに長いことから刃に近い部分を持つ。元々投擲を目的とした槍だから投げやすいということもあって、その構え自体は不自然ではない。しかし、あの槍の持ち方…)

 

槍は元々投げることが主体であり、それがいつの時代か、その長さを利用して穿つことを目的とした武器になっていた。

あのケルトの大英雄も、彼が持つ槍は元々投げることを目的としたものであって、その後にその長さとリーチを使った戦闘方法を確立していった。

 

 

(しかし…時折見せるあの持ち方…投げることを主体としているような…)

 

攻撃、防御などではしっかりと槍を使い、その長さを活かした方法を行っているが、間合いを取ったり構えを取り直したりするときに、ランサーは決まって刃の部分に自分から手を近づけている。それもその長さを使った攻撃ではなく、投げるときのようにだ。

 

 

「その槍は一体…」

 

「………。」

 

 

セイバーの零した問いに、沈黙するランサーは再び攻撃の構えを取る。大して激しい攻撃ではないが、的確に隙を突いて来る攻撃は彼女であっても苦戦を隠せない。

しかも自身の剣の優位性が薄れている今、そろそろそれを活かした奇襲攻撃も通じなくなるだろう。

 

「さて。そろそろ変化が欲しいところだねぇ」

 

「ッ…」

 

自身が有利に立ちつつあることを自覚した一言に、セイバーは焦りの色を見せ始める。

見えない剣が見えてしまう。そんな矛盾のような状態が現実となりつつあることに彼女は決断を迫られる。

 

(本当はこんな初戦から使いたくないのですが…)

 

大技ではないが、隠しているものはいくつかある。ただそれを使ってどこまでこの状況を均衡ないし優位に持っていけるかは、今の状態では不明だ。

それでも、この状態ではそれしかないと判断したセイバーは苦渋の決断であると同時に今は居ないマスターへと謝罪した。

 

「申し訳ない、イチカ。ですが、どうか…」

 

「………ッ」

 

 

動く。セイバーの呟きと微動にそう読んだランサーは一瞬で攻撃から守りに構えを変更する。なにか隠し玉を持っているセイバーが仕掛けてくると見ていたが、真名も分からない相手にどう対処すればいいのか分からないことから、当然彼の判断は絞られていた。

 

 

(来るか…!)

 

「なにか」を仕掛けるセイバーに対し無闇にカウンターをする事はできない。それがもしカウンターを前提とした、もしくはカウンターの効果を打ち消すような攻撃であれば確実に致命傷だ。しかしだからといって避けることもできない。

仕掛けてくる攻撃が、ランサーには分からないのだから。

そうなれば、彼がとる行動は一つ。カウンターでもなければ回避でもない。

 

 

(守り…よしッ!)

 

 

(風が、強く……!)

 

 

刹那。號とした風が強く巻き起こり、無風である筈の館内に冷たい突風が吹き抜けていく。同時にセイバーの持つ剣に瞬時に魔力が集まっていき、そこから中心に風が巻き起こっていく。突如吹き荒れるこの風がセイバーの持つ剣から発生することは、目の前に居るランサーであっても直ぐに分かるが、それがどんな攻撃をするのか彼も分かった物ではない。

 

しかし何となくだがその攻撃方法を予想したランサーは、まさかと言う感覚に思わず半歩身を退いてしまう。

それが功になったのか。セイバーが足を地面から離し、ランサーが身を退いた次の瞬間

 

 

突如、館内に風に勝るとも劣らない轟音と響が駆け巡った。

 

 

「ッ…!!」

 

半歩身を退いたことに加え、突然の地響きに姿勢が崩れたランサー。それをセイバーは見逃さず、一気に間合いを詰めて攻めにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

風王(ストライク)――――――――鉄槌(エア)ッ!!!!」

 

 

 

 

風の一閃がランサーへと放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり館内の一角。突如起こった轟音、それによって崩れた天井に驚いた一夏は、辛うじて範囲外にいた事から瓦礫の下敷きになることはなく、地面に倒れていた。

地面が揺れたことで姿勢を保てずに前に倒れたことが幸いして、彼の足元にはいくつか瓦礫の石が転がっている。

 

「ッ…いつつつ……」

 

崩れた瓦礫に埋もれることはなかったが、地面に倒れたことに変わりはなく一先ずは痛めた体に鞭を打ちながらでも体を起こす。

 

「くそっ…何なんだ、一体…」

 

目の前に広がる瓦礫と砂埃。そして、その中心部から男の声が響く。

 

 

「―――逃げ足はまだあるようだな。まさか仕留められなかったとは」

 

「ッ………!」

 

自分の拳を地面に着けながら話す隆盛の姿に、一夏は嫌でも察してしまう。否、彼でなくても察せられるこの状態。結論は一つだけだ。

 

「次は…仕留める」

 

「これが魔術かよ…!」

 

更に高まった恐怖に、ようやく体を立ち上がらせた一夏は再びその場から逃げようと走り出す。相手の顔と構えから、次に確実に自分が狙われるのは明らかな事だ。

獅子は兎を狩るのにも全力を出す。今の隆盛の状態は正にそれだ。

 

「だが…」

 

「―――!」

 

兎は逃げに徹するしかない。言われるまでもなく逃げ出す一夏だが、その一歩を踏み出した瞬間に彼の体勢は大きく崩れていく。

 

「な―――」

 

「そろそろ…スタミナと失血量からの限界点に近づく」

 

 

走る前に膝が笑うように崩れ目の前へと倒れていくが、辛うじて両手で支えることはできたので四つん這いになるように地面に手を付けた。だが、それを機に体が立ち上がらなくなってしまい全身に力が入りにくくなってしまう。強引にでも立ち上がろうとするが、逃げに徹して体力を使い過ぎたのか、立ち上がる事でさえも重労働に思え、膝も激しく震えている。

 

「こんな…時に…!?」

 

「下手に逃げ過ぎたのが仇となったな。これでもう…」

 

「………!」

 

 

背後から迫りくる恐怖に一瞬だが硬直してしまった。体力がなくなり、生存本能としての逃げることもできなくなってしまったことからの諦めか、それとも単純に背後でその恐怖の対象が強大だったからか。いずれにしても、一夏にはもう逃げることすらも許されず、それが敗因となったのか、ほとんど抵抗する事なく隆盛に首元を捕まれてしまう。

 

 

「ッ…があっ!?」

 

「ようやく…!」

 

このまま相手の意のままにやられる。首をつかまれた瞬間に考えてしまった諦めの思考が、全身から更に力を抜けさせていく。敗北へと近づくにつれて抜けていく力だったが、それでも生きたいという最後のあがきはまだ残っていた。

足をもがき両手を使い最後まで腕をつかんで生きようとするが、相手の力の強さに自分の今の力では動かすことも出来ず、太い鉄を握っているかのように彼の手はズレ落ちていく。

 

 

「あ……がっ……」

 

「お前は確かに悪運は強いようだ。だが、それもこんな至近距離では起こらないだろうに」

 

残された左手に魔力を集め、トドメを刺そうと弾丸を生成する。身動きが取れない以上もう回避することもできない。

次に攻撃が終わった時には、ハチの巣にされた彼の顔がある。

 

「まずは一人だ。悪いな。この戦い、そう易々と甘さを見せられるものではない」

 

「ッ―――」

 

 

集束された魔力が弾となり、五本の指へと集められる。

そして弾丸は瞬く間に放たれる―――その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それはちょっとタンマです」

 

 

 

「ッ………!!」

 

 

 

刹那。攻撃を放とうとした瞬間、隆盛の耳に少年の声が聞こえ、そこから更に間髪入れずに爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――風の一撃が放たれた。

セイバーの剣が纏う風は一瞬にしてその勢いを増し、真っ直ぐにランサーへと向かって行った。ただ敵を飛ばすものではない、その風を武器として穿つ一撃。

それがセイバーの剣が持つ「風王鉄槌」だ。

 

 

「―――――。」

 

魔力を纏い、威力を増した一撃は一本の剣のようにランサーを撃った。その証拠にセイバーが放った攻撃によって体育館の床は大きくえぐり取られていた。

ただの風では傷すらもつかない床が、たった一撃で塗装すらも破壊したのだ。

 

 

(一瞬、両足を浮かせた瞬間に地面が揺れたように思えたが…あれはまさか…)

 

攻撃を放つときに僅かだが空気の揺れで感じた地響きに、今になって考え始める。先ほどはランサーを討つためにと考える余裕すらもなかったが、改めて地面に足をつけてその違和感を感じ、僅かに目線を下へと落とした。

 

「…マスター同士の戦い」

 

どうにかして彼を助けることはできないだろうか。目の前に吹くホコリと小さな欠片の音を耳に入れながらも、セイバーは今はここに居ない主のことを思い、次の行動を考えていた。それはこの決闘の勝者であるという事の余裕か、意識も目の前の敵ではなく自分の中に落ちてしまっており、周囲への警戒も散漫になってしまった。

 

 

 

 

 

「―――――!」

 

崩れる音に違和感を感じた。上から欠片や砂が振り落とされる音の中に、何かが動いている音が紛れていたのだ。考えに耽っていたセイバーもそれには直ぐに気付き、思考の海から意識を引き上げると、自然と俯いていた顔を目の前に向けた。

 

 

「いたた…」

 

「まさかッ…!?」

 

 

砂埃が晴れてくる。だがそれよりも先に、その中から蠢く何かが姿を現し、ゆらりと揺れるように立ち上がる。

年老いた老人のようにぼやきながら立ち上がる姿に、セイバーは汗を滲ませ、呆気にとられることしかできなかった。

 

 

「風王鉄槌を……受けて……!?」

 

 

一撃必殺とまではいかなかった。だがそれでも相手に深手を負わせるには十分な一撃だったハズ。それはセイバー自身でも自負しており、放った風王鉄槌はそれだけの威力があることも理解していた。

過去に避けられたこともあったが、今回は確実に当たった。それは当たり、吹き飛ばされるまでの一部始終を彼女自身が間近で見ていたのだ。

一撃が当たり、吹き飛ばされ、煙の中へと消えていった。防御していたとしてもダメージは確実にあるはず。

 

なのに。

 

 

 

「―――――。」

 

 

「はぁ…痛かったぁ…オジサンまさかこの年になってこんだけ吹き飛ばされるなんて…思ってもなかったよ」

 

 

平然とした、あのへらへらとした口調のまま立ち上がるランサー。至る所に切り傷はあるが、さして致命傷と言えるようなダメージのものは一つとして見当たらない。

だがそれ以上にセイバーはあの一撃を食らって、ここまで平気で立っていられるということに驚き、脳裏に過った可能性に戦慄してしまう。

 

「そんな……あの一撃を食らって……」

 

「そう。あの一撃を食らって…なお平気だった。

 

 ―――何故だと思う?」

 

立ち上がったランサーが返した言葉に、セイバーは思わずハッとする。あの一撃を入れる瞬間、それだけの為に一心になってしまっていたことが、今になって仇となったことを知ってしまう。

 

 

「残念。どうやら君の一撃とマスターの魔力とじゃ、つり合いが取れてないみたいだな」

 

「ッ…」

 

簡単に説明すると、一夏の魔力量を「10」とする。これが彼のもつ最大保有量で、それ以上に増えることはない。

しかし問題は、セイバーが使った風王鉄槌に消費される魔力の量が、一夏の持つ魔力とよりも多く消費されるということ。つまり、セイバーは10より上の「15」ないし「20」の魔力消費を行う技を使ってしまったのだ。

 

「お前のことだ。一応、魔力が少ないっていうのは分かっていたけど、そんなにも無かったとは思ってもなかったんだろうに」

 

「それは…」

 

「だから使うにしても、この一撃で決めなければなかった。

 だが。お前のマスターの持つ魔力量では、お前の技一つに消費される魔力とつり合いが取れない。その所為で、技が中途半端になってしまった…ってとこだな」

 

「………。」

 

図星を当てられたセイバーは返す言葉もなく沈黙してしまう。当人も今になって理解してしまったことで、しかもそれが戦いのこと、自分が最も自信があることだったこともあって俯いてダンマリを押し通すしかなかった。

 

「随分と自信のある攻撃だと思って、最初はビビったけど威力がなきゃね」

 

「ッ…」

 

「それに…今の技で決めることを前提とするのならば…」

 

 

(イチカ…)

 

今は、その場に居ない主のことを思うセイバーは、どうにかして助けに行かねばと急いていく。思考は少しずつだが散漫になっていき、焦りが見えて来た彼女の様子にランサーは自分の勝機があると感じていたが、まだ多くの不安要素があることから、完全にそれを信じ切っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が遠のいていた。

気が付けば目の前は暗く、感覚もおぼろげになっていたが、確かに生きているという感覚だけは僅かに残っていた。

何処か宙に舞っているような感じに気が付いた時に、どうにかして感覚をつかめないかと辺りを手探りのように探してみる。すると、手ではない何かが、その糸口を見つけたのか、一夏はその糸をたぐって、意識を覚醒させた。

 

 

 

 

 

「――――――。」

 

重い目蓋が開かれ、黒い世界の中に僅かだが色のついた景色が見えてくる。しかしその向こう側も月明りのせいで暗く、見える範囲も限られていた。

 

「ッ…」

 

遠退いていた意識が、段々と覚醒しているからか、徐々に全身からの情報が頭に流されてきて忘れていた痛みなどが一斉に襲い掛かってくる。

それを切っ掛けに一夏は気が付くことができたが、同時に自分の状態が先ほど、意識を手放す前よりも悪化していることに気付いた。

 

「いってぇ…」

 

全身からの痛みに、体が今にも壊れてしまいそうに感じる。ヒビが入り、砕けてしまいそうに思えてしまう。

だが生きている。

不思議と自分がこうして生きていることに気付いた一夏は、自分の体は大丈夫なのかと全身の感覚を再確認する。

両足は指を僅かだけ動かし、その痛みを再認し。両手は、ゆっくりと上げて自分の目の前に持ってくる。傷ついた手は今までの事が全て現実であるという証拠で、今も所々から血が流れ出ていた。

 

「俺……生きてる……のか……」

 

 

「あ。気が付いたんですね」

 

すると。一夏が気付いたことに反応して、彼の視界外から聞いたことのない声が聞こえてくる。

突然聞こえて来た声に、一体どこからだと辺りを見回す。今まで自分とあの男の二人だけだったというのに、新たに現れたその誰かに今は警戒することしかできない。

その彼の様子を軽く笑い飛ばすように、声の主は小さな足音を近づけてきて、倒れていた一夏の目の前にその顔を覗き込ませた。

 

「よかった。どうやら、無事に生きていたようですね」

 

「……………え?」

 

顔を覗き込んだその顔に、一夏はただ呆気にとられた声を出すしかなかった。

ひょっこりと顔を見せたのは金色の髪をした幼い少年で、赤い瞳を持つ少年は笑みを浮かべたまま、一人淡々と口を開く。

 

「心配したんですよ。まさか、あの程度の締め付けで死んじゃうんじゃないかって。見た目ひょろっちぃですし、どうにも戦いに向いた体もしてませんし。

 助けた時には本当に……ハラハラしました」

 

心配にされていたというよりも馬鹿にされているのだと、言葉で理解した一夏は何様のつもりだと思いながらも、今はそれを胸の内にしまいこみ、知りたい事だけを一方的に訊ねる。

 

「……お前が……助けたのか?」

 

「他に人が居ると思います?」

 

「……いや……だって……」

 

「「子どもだから運べるわけないだろ」…って思ってますね」

 

図星だった一夏は、無意識に目を見開き少年の顔を見て確かめる。当人は嘘をついたという様子はなく、表情もさっきから変わってもいない。だが、それでも自分よりも小さい少年が、自分を担いで逃げられるのかと問えば、絶対に無理だと答えられる。

一夏の体重は平均的だが、それでも子ども一人が担ぐには十分重たいのだ。

 

「残念ですが、どうやって僕が貴方を運んだのかは秘密にさせていただきます。仮にも、僕は貴方の命を救ったんですからね」

 

「…救った」

 

「そ。あのゴツイ男のひとから」

 

少年の言葉に、一夏は自分が気を失う前の出来事をようやく鮮明に思い出す。ランサーのマスターである隆盛との交戦。しかしその一方的な攻撃は一夏が傷つくだけの状態で、最後には逃げ続ける獲物を本気でとらえることにしたのか、今まで見たことのなかったほどの力を見せつけ、自分を殺そうとした。

 

「―――お前は…」

 

「といっても。これ以上、貴方が死にかけるのであれば、僕はこれ以上助ける気もありはしないんですがね」

 

 

倒れていたことと、気絶して体力が回復したことで一夏はゆっくりとだが体を起こす。未だ体の至るところが痛みを発しているが、動くことに関しては問題はないので、全身からの激痛を承知で無理やり体を立ち上がらせる。

 

「…何者なんだ…?」

 

「僕ですか。そうですねぇ…」

 

どうしようかな、と子どもの仕草で考える少年に余裕の差を見せつけられるが、少年もどこから話せばいいのか分からないようで、考えをまとめた時には、仕方ないとため息をついていた。

 

「―――いわば、「お助けキャラ」って奴です」

 

「お助け…だって…?」

 

「そう。それと、僕の名前ですが、早々に教えるワケにも行きませんので。取りあえずは「子ギル」と呼んでください」

 

「子ギル?」

 

「ええ、子どもの「子」にギルは…昔の愛称です」

 

そう言って、自分を「子ギル」と称した少年は、あどけない笑顔で答えた。

未だにどうしてと訊ねたい疑問が多く残っていたが、一夏は一先ず、目の前に居る彼が今は味方であるということを信じて、再び問いを投げた。

 

「…どうして助けたんだ?」

 

「そうですね…こればっかりは焦らすのは止めておきましょうかね」

 

 

子ギルはまるで、一夏に何かを与える神であるかのように手を差し伸べる。

その差し出された手に、一体なにかせあるのかと思っていたが、子ギルはその身に似合わない言い方で話を切り出した。

 

「戦う力が…欲しくないですか?」

 

「―――――えッ?」

 

「聖杯戦争を真っ向から挑む。それは勇ましいことですが、それにはその戦いを生き延びるための力が必要です。

 

 …今の貴方に、それがあると思いますか?」

 

「―――――。」

 

 

「サーヴァントに満足な魔力供給も行えず、戦う力もなく、こうして死にかけの状態で虫の息をしている。現実的に考えれば足手まとい以外のなにものでもない」

 

「ッ………」

 

突き刺さった事実に苦痛の表情を浮かべることしかできない一夏。いくらセイバーが戦えても、マスターが戦えないということには変わりはなく、彼の言う通り足手まといにしかなっていない。現に彼の知らないところでは、セイバーがマスターの魔力も考えて一撃で勝負を決めようとしていたが、失敗に終わっていた。更に、本人の戦力としての価値のなさもあって急いで救援に向かわなければという事もあり、少しずつ相手側に押されていた。

 

「であれば、道は二つ。さっさと諦めるか…悪魔と契約してでも戦う力を手に入れるか」

 

「…単刀直入過ぎるだろ…それ」

 

「そりゃそうですよ。だって、貴方は虫の息ですし、僕だって頼まれて来てるんですからね。しかも、頼んだ人からは出来るだけ生きてる間にってお達しも受けてるんですから」

 

「頼んだ人…?」

 

「それはいずれ。今は兎も角、生きてる内にYesかNoかだけでも聞いておきたいので」

 

「見た目に似合わず…言う事は冷たいな…」

 

歯を軋ませて痛みに耐えながらも、子ギルの質問に答えようとするが、正直彼の中では未だに迷いがあった。

こんな時だというのにはい、と答えないのかとなるが、冷静に考えれば疑ってしまうこともある。子ギルの言う力というのが具体的に何なのか。一体どういうものなのか。どういうデメリットが存在するのか。後の二つまでは考えられなかったが、具体的にどんなものか分からないものであれば、それを簡単に受け入れることもできない。

だからといって、今ここで拒めば、確実に一夏の命はない。嫌だという事は、力が欲しくない。つまりこのままでいいという事だ。

そうなってしまえば、一夏の結末は一つしかない。

 

 

 

「―――結局」

 

「………。」

 

「結局…俺はなにも…出来なかったんだな」

 

潔く自分の無力さを認めた一夏は、その場に打ちひしがれた。今の自分でもやれることはあるのではないかと思い、実践したが、現実はそう簡単には行かず彼の考えていた可能性は、いとも容易く潰されていった。薄々とは感じていた事だが、それがこうも簡単にとなると、彼も受け入れられても容易に全てをという訳にはいかなかった。

 

「ま。聖杯戦争で一般人が生き残れる方法なんてたかが知れてますからね。むしろ、その状態で戦えたことに、僕は驚きですよ」

 

「…悪運はあるらしいからな」

 

しかしもう、その悪運だけではこの戦いを生き残ることはできないということが実証された。これ以上、運だけに頼るのであれば自分は確実に死に至るだろう。

それは先ほどの交戦で自身の身をもって痛いほど痛感したことだ。運も実力の内というが、運だけが実力ではない。

 

「運じゃ生き残れない…生き残れるはずがない…」

 

 

なら。運だけで生き残れない自分を変えるしかない。

運に匹敵する強さを持てば、最低運にだけ頼ることはなくなるだろう。

 

 

 

 

「―――子ギル」

 

「なんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺に、戦うための力をくれ」

 

「………答えはYesと…」

 

一夏の返答に頷いた子ギルは、小さくうんうんと顔を縦に振ると、その返答に対しての対応をする。もしNoと言っていたらと思うと、とifの事を考えていたが、今はその道を通ることはないと自分の決断に迷いを持たなかった。

 

 

「いいですよ。なら、僕に付いて来てください。貴方の望む力、頼まれたものを渡しますから」

 

 

 

子ギルはそう言って一人、けが人のことを気にもせずに後ろに振り向くと真っ直ぐ歩き出す。その後ろを、未だ痛む個所を抑えながらも、一夏は付いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――立て。立って進め。

 

 

以前、誰かに言われただろう言葉を胸に、一夏は歩き出した。





次回予告



劣勢に立たされていく一夏とセイバー

少年「子ギル」によって案内された先には、彼の望む「力」が待っていた。


「―――これが、貴方の望む「力」ですよ」




次回 「剣(けん)と剣(つるぎ)」






…セリフ形式は無理と思ってこうしてみました(汗

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