蜃気楼の塔 ~塔に眠りし最後の呪文~   作:青秋

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一、静かなる捕食者(4)

 ポシェットから取り出したスキップの手には、冒険者でなくても馴染みの深い、あの小袋が握られていた。

 調味料や薬草なんかを携帯するのに便利な巾着袋だ。

 それを見た瞬間、ことさら目を引く小袋の絵柄に、俺は酸っぱいものを食べたときのような顔になってしまった。

「元気印の……発光塗料ぅ?」

 なんだそりゃあ?!

 小袋にはおそらく商品名だろう共通語の文字と、上にデフォルメされたおじいさんの絵が(たぶんドワーフだろう)小さく描かれている。

「…………」

「まぁっ、かわいい!」

 沈黙しているのは無論、バルバド。

 エルエスは両手を合わせて目を輝かせている。その輝き、まさに星屑の如く。

 あ、あれがかわいいのか?!

 不思議な感性を持つ彼女に、俺はあんぐりと口を開いたまま、しばらく閉じるのを忘れてしまった。

 だって、白髭がもじゃもじゃな顔をしわくちゃにして、やけににこやかな笑顔を振りまきながら、白い歯を見せているドワーフのおじいさんの絵だ。

 十人中、八人か九人は、きっと俺と同じ感想を持つと思うんだよなぁ……。

「スキップ。冗談にしちゃ笑えないけど」

 若干一名を除いて呆気に取られていると、

「バァーロ。見た目で物事を判断してんじゃねぇよ。こう見えてもかなり使えんだぜ、こいつぁ」

 馬鹿にするな、と言わんばかりにスキップは口調を強くして言う。

 一応、見た目が悪いことは自覚しているんだな。

 変なところに感心していると、スキップはおもむろに小袋から握り締めた手を出して開き、俺に見せる。

(粉?)

 スキップの手の平に現れたのは、鮮やかなモスグリーンの粉末。

 サラサラと砂のような粉で、ここが塔の中でなければすぐにでも風がさらっていきそうだ。

「これはな、発光蛇草っていう草を乾燥させて粉末にしたもんでよ。本来は暗闇で使うもんなんだけどな」

 彼が言うには、発光するという特徴を生かし、主に洞窟などで目印にしたい場所に塗って使うらしい。 材料はというと、自ら発光することで虫をおびき寄せて、近寄ったところをパクリと食べてしまう植物とのこと。

 その様子が、まるで上を向いて口を開いている蛇のように見えるところから、蛇草と呼ばれている植物なのだそうだ。

「なにに使うんだい、それ」

 聞くと、彼は小袋をもったいつけるように俺たちにかざしてから、

「まぁ見てな」

 俺たちに一つウインクをしたスキップは、その粉を壁に振りかけ始めた。

 少量を手に取って壁に振りかけては、少し進んでまた振りかける。

 粉が明かりを受けてキラキラと光った。

 砂のようだったそれは、壁に触れるとぴったり付着する。

「よく覚えときな、ジギーちゃんよ。二つに分かれてるもんをどんなに巧妙に張り合わせたってな、必ずどこかに歪みができるもんよ」

「ひずみ?」

「そう、歪みだ。例えば宝箱の鍵開けなんてものもな、モノによっちゃ、ガッチリと蓋と箱とが噛み合ってて、とてもじゃねーが開きそうにないもんもある。だがよ、作ったもんには作ったやつの意図ってもんがあんのよ。絶対に開けられない宝箱なんてねぇ。

 むしろ製作者は宝箱を凄腕のシーフに開けてもらいたくて、あえてギリギリの調整で難しく作ってんのな。だから、わざと歪みを残している場合もある──が」

 スキップはこちらを振り返らずに作業を続ける。

 一旦言葉を切った唇の端が心なし吊り上っているように見えた。

「中には、誰にも開けさせねぇ! っていうひねくれもんもいるわけだ。まー、相当に根性のひん曲がったやつだなそいつぁ。それでも、どんだけ複雑に作った宝箱だろうが、蓋と箱、この二つに分かれている限りは開けらんない宝箱なんて絶対にねえのさ」

 そう言ったスキップの肩はなにを思ってか楽しそうだった。

 まるで、製作者が絶対に開けられる人間などいないと豪語する宝箱を征服するのが自分の使命だと言わんばかりに。

 

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