ふと何かの拍子に目が覚める。目の前に見えるのはいつも見ている部屋の天井。──ああ、夢から覚めたのね。もっと長く見ていたかったのに。
少し名残惜しいが、暖かい布団から起きて部屋のベランダから外へ出る。朝かと思ったら、外には満天の星空とその中で煌々と輝く月が浮かんでいた。あら、夜だったのね。寝過ぎで時間感覚狂っちゃったかしら。出来たらこの際ずっと眠っていたいのだけど。
「紫様、ご報告致します」
気づくと私の従者、藍が後ろに控えていた。どうやら今戻ってきたわけではなく、私が起きるのを待っていたようだ。さすが私の従者、そこのところわかっているわね。
「先ほど博麗霊夢が無事デュエルに勝利、異変を解決いたしました」
まあ、霊夢の実力なら当たり前だけど。
それにしても、新たな決闘法にデュエルモンスターズを採用してからもう10年近く立つのね。もしも彼女が…「カードでなんでも決まる世界があっても面白いと思うな~」と言っていた私の親友が今の幻想郷を見たらどう思うだろうか。彼女のことだから、きっと目を輝かせて喜ぶわね。
「そう、ならよかったわ。私はこれからまた眠るから、何かあったら起こしてちょうだい」
「わかりました」
ペコリと頭を下げる藍の横を通って寝室に向かう。夜の冷たい風に当たって、少し冷えちゃったわね。速く暖かい布団のなかに戻りましょう。
「…紫様、1つ聞いても宜しいでしょうか?」
寝室の扉に手をかけたところで藍に呼び止められた。珍しいわね、いつもは何も言わずに動いてくれる藍が私に聞きたいことがあるなんて。
「なにかしら?」
「紫様はどうしてそんなに眠ってらっしゃるのですか?」
私はその問いに間髪入れずに答える。
「夢が好きだからよ」
「それは寝ている間にみる夢のことですか?」
藍の言葉に私はうなずく。そう、私にとって夢はとても大切なもの。誰にも…それこそ世界の因果率でさえ介入する余地のない私だけの世界。
「夢はいいものよ。例えこの幻想郷ですら実現できないことが意図も簡単にできてしまう。素敵なことだと思わない?」
「それでは紫様は夢で何をされているのですか?」
─────何をしている…か。具体的に言えば何かをしている訳じゃない。強いて言うなら…過去の光景をずっと見ている…何度も何度も。色褪せることのない過去の記憶を。
「そうね、私の親友に会っていたわ」
「親友…あの亡霊姫ですか」
首をかしげる藍に私は首を横に降る。
「違うわよ、遠い昔に離ればなれになった…今は未来にいる大切な人よ」
藍は私の言葉を理解できないでいる。
それもそう、私の『境界を操る程度の能力』では『時間の境界』を操ることができない。過去へ行くこともできなければ、未来に行くこともできない。彼女に会うことは…できない。
「それじゃお休み」
それだけ告げて寝室の扉を閉めた。そしてまだ暖かさが残っている布団にくるまり、静かに目を閉じる。ゆっくり体の感覚が無くなって、意識が遠退いてく。──夢を見ている間だけ貴女に会える。私は貴女に会うために夢を見るの。
◇
私が通っている大学の向えにある喫茶店の席に腰かけてもう一時間近い時間が過ぎた。空はもう赤く染まり、太陽は地平線の彼方へ行こうとしている。季節が秋に変わろうとしている今の時期ではこの時間帯でも十分に肌寒い。
「はぁ…遅いな…」
ため息混じりに目の前にある大学の時計塔を見てみると、時計の針は十八時三十分を指していた。
待ち合わせは十八時のはずなのに…まあ、彼女の遅刻ぐせは今に始まったことではないのだけれど。テーブルの上に置いてある少し温くなってしまった紅茶を飲みながらポケットからスマートフォン取り出し、電源を入れて『電話張』にたどり着く。普段は滅多なことがなければ電話はしないけど、さすがに何もしないままこれ以上待つのもつまらない。『電話張』の中にある彼女の名前を押して、端末を耳元に当てる。珍しいことに二回くらいコールがなったところで電話は繋がった。
「ちょっと遅すぎよ。今何処にいるの」
『あはは…実は十分の仮眠のつもりが蓋を開けたら三時間くらい寝ちゃって…もうすぐ着くからあと少しだけ待ってて』
私が訪ねると、明るい彼女の声が返ってくる。電話の後ろから電車の音が聞こえるところからもう大学の近くまでは来ているのだろう。迎えに行くという考えも浮かんだが、すれ違う可能性を考えればここで待って居るほうが賢明だ。
「急がなくていいから事故にだけは気をつけなさいね」
『大丈夫、大丈夫』
そう言って一方的に電話を切られた。──貴女はいつも周りが見えてないから心配なのよ。
それから数分後、彼女はお店にやって来た。彼女は私の顔を見ると、顔の前で手を合わせて「ごめんね?次は遅れないからさ…」と申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を口にした。
そんなふうに謝られたら、怒るに怒れない。もしかしたら彼女の遅刻癖が治らないのは私が甘いからなのかもしれない。次は絶対に怒ろう。うん、そうしよう。
「それで?今日はどんな話を聞かせてくれるの?」
私の謎の決断をよそに私の目の前の席に腰掛けて、いつの間に注文していたミルクティーを飲みながら訪ねてくる。───来てそうそうそれなのね…まあ、私が話を聞いてほしくて彼女を呼んだから別にいいのだけれど…。
そして私は昨日見た──不思議な夢を彼女に話した。私の話を彼女は瞳を輝かせながら聞いてくれた。
「へ~いいな~私もそんな物が見えたらいいのに」
「…今更だけどよく信じるわね、こんな話」
ふと彼女にそんな疑問を投げかけた。彼女は手を顎に当ててほんの少し考えたような顔をしたけれど、すぐにいつもの眩しい笑顔に変わって私の疑問に答えた。
「だってメリーは私に嘘ついたことないし、私はメリーを信じてるから」
彼女の言葉に思わず顔が熱くなってしまった。信頼してくれているのはうれしいのだけれど、よくもまあなんの恥じらいもなくそんなことが面と向かって言えるものだ。そんなことが言えるのは何処かのアニメの主人公か彼女くらいだろう。
「貴女だって私と約束して来なかったことはないわね──遅刻は絶えないけど」
皮肉交じりの私の言葉に彼女は少し顔を赤くして、困ったように頬をかいた。
「ごめんってば…次からは絶対に遅れないから…ね?」
「信じてほしかったら一度くらい時間通りに来ることね」
そんな話をしていると、突然周囲に鐘の音が響いた。どうやら大学の時計塔の針が十九時を指したらしい。他愛ない話をしているうちに、それなりの時間が過ぎていたようだ。空を見上げればさっきまでとは違い黒く染まっている。
私たち秘封倶楽部の活動時間がやって来た。彼女も嬉しそうに今日の目的地までの道のりを確認している。
「よし、それじゃ行こうか」
彼女は椅子から立ち上がり、トレードマークの白いリボンを巻いた黒い帽子を被りなおす。暗くなった空を見上げてニヤリと笑っている彼女は、まるで体育館が暗くなってはしゃいでいる小さな子供のようだ。
二人で会計を済ませて、今日の目的地である『博麗神社』を目指し、歩き始める。なんでもそこは『神隠し』が起こることで有名らしい。そんなところに行って私たちが神隠しにあってしまわないか少し不安はあるが、彼女にそれを言ったところで所詮無駄だろう。言って止まったためしがない。元気よく道案内してくれる彼女の後ろを私は黙って着いていった。
彼女の後を着いていくことおよそ数十分。目的地である博麗神社の麓まで来た。辺りは太陽が隠れてしまったこともあり薄暗く、森で囲まれていて人の気配は全くない。──いかにもって感じの雰囲気ね。オカルトスポットとしては最適だわ。
ここから博麗神社までは目の前の石で作られた階段を上って行く他ないようだ。いつも自室で本ばかり読んでいる私には少しキツイかもしれない。まあ、ゆっくりでも上り続ければいつかは神社に辿りつくだろうし、そこまで遠くもないだろう。彼女も「早く!早く!」と目を輝かせていることだし、取り敢えず上ってみよう。
そうして一段一段階段を上って行く。彼女はウキウキしながら軽快に上って行くが、私は十数段上った段階で心臓がうるさくなった。やっぱり私にアウトドアは向いてない。そう再確認した。
上り始めて四、五分で博麗神社に到着。神社自体には誰も住んでないらしく、麓同様人の気配は一切ない。本堂の方も長い間手入れされていなかったせいか、強い衝撃でも与えようものなら崩れてしまいそうなくらいボロボロだった。
「ねえメリー、どこかに境界とか見えたりしない?」
彼女に言われて入口にあった鳥居から神社全体を見渡す。私の目は少々特別で、どうやら『世界の境界』を見ることができるらしい。その境界の向こうは私が時より見る夢の世界だったり、まったく別の世界だったり、はたまた私たちが住む世界のどこか別の場所だったりと、いろいろあった。けど、神社の周辺にそんな物は見えなった。
「う~ん…何も見えないわね」
「そっか、ちょっと残念」
がっかりする彼女に「まだ神社の裏とか調べてないでしょ」と言うと急に立ち直って「やっぱり裏だよね」と私の手を掴んで神社の裏に走り始めた。
だが──彼女が神社の角を曲がる直前でなぜか私の足が止まった。体の自由がきかないのだ。自分でもこの状況がよくわからないが、この先には行っちゃいけない…いや、この先で何が起こるのか既に知っているような、そんなふうに思えた。
すると彼女は振り向いて一歩私の方へ近づき、「大丈夫?」と聞いてきたが、私はそれに答えることができずに繋がれた彼女の手を強く握った。
「も、もしも…もしもよ?私が夢の世界に行ったまま帰ってこられなくなったら…貴女はどうする?」
俯きながら、震えた声で彼女に聞く。なぜこんな質問を彼女にしたのか、それは自分でもわからない。でもそれを聞かないとここから一歩も動けないような気がしたのだ。
「メリー」
彼女がつけてくれた愛称が無音の神社に響く。ゆっくり顔を上げると、彼女は私の頬に手を当てて真剣な顔で私の瞳をまっすぐ見ていた。
「どうしてそんなことを聞くかはわかんないけど─────探し出すよ、何処に居たって。そして迎えに行くよ。絶対ね」
◇
「───様!──かり様!紫様起きてください!」
体を揺さぶられ、強制的に夢の世界から現実に引き戻される。見れば藍が必死に私を起こしていた。いつも冷静で私のことを絶対に起こさない藍がこんなに慌てるなんてよほどのことかがあったに違いない。何があったのか尋ねると、藍は一回唾を飲んだ。
「博麗大結界が攻撃を受けています」
「───ッ」
予想だにしない言葉に目を見開く。───一体どうして?いくら寝ていたとはいえ、そんなことになっていればすぐに気付くはず…それにどうしてこんな時期に?このタイミングで?相手の狙いは?
考えると同時に博麗神社と寝室をスキマで繋ぎ、そのスキマに飛び込む。相手が誰であれ、どんな目的であれ、私が作ったこの世界に危害を加えようものなら容赦はしない。移動時間数秒で博麗神社に到着するとそこでは霊夢が歯を食いしばりながら結界を支えていた。
「ちょっと紫!どうなってんのよ!」
必死に耐えている霊夢だったが結界にはどんどん罅が入り、今にも破られてしまいそうだ。───これは長くはもたないわね。
結界の方を見ると、全体的に緩くなったせいか向こう側──外の世界の様子が薄く見えた。状況的には黒い竜のような何か、力技で結界を破ろうとしているようだ。これは一刻も早く竜の使用者をたたく必要がある。ここは───
「ねえ、霊夢。あとどれぐらい耐えていれる?」
「三十分って言いたいところだけど…ッ!三分よ、三分!」
───それだけあれば十分ね。
霊夢の頭を軽く撫でてから、もとから博麗神社の裏に出るように作っておいたスキマを開き、外の世界へ向かう。外の世界に出て神社の真上まで飛ぶと、形が酷く曖昧な黒い竜と、恐らくその使用者と思われる人物を確認できた。人物の方は黒い竜のせいでよく見えない。───けど相手は捕捉できた。それに攻撃も少しずつ弱くなってきている…このくらいなら私一人でなんとかなるわ。
勝利を確信したところで鳥居前にスキマで移動し、相手の前に立ちふさがった。
「やめなさい。これ以上は───」
そう言って相手の方を見た瞬間、黒い竜の攻撃と、私の思考は止まった。目の前で何が起こっているのかわからなかった。
「ずっと探したよ───メリー」
懐かしい声で発せられた言葉と共に、黒い竜は消えて、攻撃してきた相手の姿がはっきり見えた。───そんな…うそ…どうして…どうして貴女が───。
白いシャツに赤いネクタイ、黒いスカートにトレードマークの白いリボンを巻いた黒い帽子を被った少女、私のかけがえのない親友───宇佐美蓮子の姿がそこにはあった。
「蓮子!」
数十年…いや、もっと長い間、呼びたくても呼べなかった名前を叫んだ。すると蓮子は安心しきった顔をしてその場に倒れこんだ。私はスキマで一瞬を使えば一瞬で移動できることも忘れて蓮子の元へ駆け寄った。
「蓮子!?大丈夫!?」
急いで抱きかかえると、あの頃となにも変わらない眩しい笑顔を向けてくれた。それが懐かしくて…嬉しくて…彼女の体温が暖かくて…『ありがとう』とか『ごめんね』とか、いろんなことを伝えたいのに声が出なくて、ただただ泣いた。
「夢じゃ…夢じゃないのよね…」
「うん、感じるよ。メリーの鼓動を…温もりを」
そう言って私の頬を伝う涙を拭ってくれた。
「ごめんね。次は遅れないって約束したのに───ずいぶん遅れちゃった」
蓮子は申し訳なさそうな顔をして、その瞳に涙を滲ませた。───何処にいるかもわからない私を探し続けて、生きている時間さえ越えて迎えに来てくれるなんて…本当に貴女って人は──────私は強く、強く───もう離れないように蓮子を抱き締めて、首を横に降った。
「ううん……待ち合わせ時間ぴったりよ」
──────約束を守ってくれて……ありがとう