ジョセフィーヌ・ジョースターの奇妙な幻想譚 作:勇(気無い)者
半年前。
「さて、と」
ジョセフに「暫く留守番お願いね」と残し、スキマから出て来た紫。その場所は、立派な大屋敷の前。
冥界にある白玉楼である。
「うぅ……橙……」
と、遅れてスキマから姿を現したのは藍。項垂れている。
「もういい加減に機嫌を直しなさいよ……幽々子の従者にそんな情けない姿見せる気?」
「だっ……だって、紫様……
「する訳ないでしょ、あなたじゃないんだから」
何気に酷い言われようである。まるで藍が橙に変な事をしているみたいな。
因みに、なぜ藍がそんな心配をしているかというと、ジョセフが普段から藍に変な事をしているからである。
と言っても、別にいやらしい事をしている訳ではない。普通に抱き付くなり口説くなり━━勿論、本気ではない。意味もなくシーザーの真似をしているだけ━━である。これは紫にも行っているただのスキンシップで、ジョセフが紫に接する時と同じノリで藍に接しているだけなのだ。
しかし、抱き付くなんて相手の好感度が余程高くなければただのセクハラだし、口説くなんて事をしているから藍に変な勘違いをされてしまう。
その上、藍に勘違いをされているという事をジョセフが認識しておらず、藍と仲良くしたいジョセフは
なんというスレ違い。仲良くなれる訳がない。
尚、紫は二人のスレ違いに気付いてはいるものの、藍の成長を促す為にあえて何も言わない。
藍は元々、別の大陸でかなりヤンチャしていた事もあり、思考は柔軟だった。が、紫と出会い、見事に鼻っ柱をへし折られて紫の式になって以来、藍の思考から柔軟性が失われてしまったのだ。
故に、紫は何も言わない。藍が自分で気付くまでは。
……このままジョセフが寿命を迎えるまで何も気付かない可能性もあるが。
「ようこそいらっしゃいました。紫様、藍様」
ふと気が付けば、緑の服に身を包んだ白髪の少女が立っていた。年の頃は霊夢とそう変わらない程度。
彼女の名は魂魄妖夢。白玉楼住み込みの剣術指南役兼庭師であり、紫の友人の従者である。
妖夢は
「うむ、出迎えご苦労。顔を上げるがいい」
と、いつの間にか立ち直った藍が威厳ある口調でそう言った。何という切り替えの早さ。藍は決して紫やジョセフ以外には情けない姿━━あと、橙の前で少し間抜けになる時がある━━を晒さないのだ。
それを見ながら、紫は小さく溜め息を吐く。色々言いたい事はあるが、妖夢の手前下手な事は言えない。
紫は気を取り直して口を開く。
「幽々子に用事があるの。案内してもらえるかしら」
「畏まりました。案内致します」
そう言って妖夢は歩き出し、紫と藍はその後に続いた。
★
白玉楼の縁側にて。
「それでね、ジョセフったらひどいのよ!」
と、縁側から足を出して座る紫が愚痴を零す。それを聞いているのは、紫の隣に座る少女。
年は紫と同じぐらいで十代半ばといったところ。髪は桃色のセミロングで、半ばからウェーブが掛かっている。服装は水色を基調とした和服。袖やスカートなど、ところどころにフリルが付いている。頭には服と同じ色のナイトキャップ。そのナイトキャップには、よく幽霊が頭に巻いているような三角鉢巻がついており、三角の部分にドリームキャストみたいなグルグル模様が入っている。
彼女は白玉楼の管理者にして魂魄妖夢の主、そして紫の友人である西行寺幽々子である。
その二人の後ろには、藍と妖夢が控えている。
幽々子は紫の愚痴を聞きながらも、クスクスと笑っていた。
「もう、何を笑ってるのよ幽々子ったら」
「いえ、ごめんなさい。紫は本当にそのジョセフさんが好きなのね」
「…………」
紫は僅かに頬を赤く染めて顔を逸らした。図星である。が、自ら口にしたくはない事でもある。
妖怪の自分が、人間の事を好きだなどと。
「紫がそんなに入れ込むなんて、やっぱり私も会ってみたいわぁ。どうして私には会わせてくれないの?」
「だって、幽々子は気に入ったら殺して自分のそばに置くでしょう?」
「そんな事はするかもしれないけどー」
「ほら見なさい」
何気に物騒な会話である。
「もしも会わせてくれるなら、紫のお願いも聞いてあげるんだけどなー」
「わかってるわ。半年程したらここへ連れてくる予定よ」
「あら、いいの? 私が取っちゃうかもしれないわよ?」
「安心して。絶対に渡さないから」
二人はニコニコしながらうふふと笑う。まぁ、紫は幽々子が本当にそんな事をすると思っていないし、幽々子自身も紫が本当に嫌がるような事はしない。ただの冗談である。
「でも、半年間も閉じ込めておくなんて可哀想じゃない?」
「半年なんてあっという間よ。それこそ、瞬きする程の一瞬でしかないわ」
「私達にとってはね。でも、ジョセフさんは人間なんでしょう?」
「そうね。でも、仕方のない事なのよ」
紫は何も、意地悪でジョセフを閉じ込める訳ではない。霊夢の事を考えて、である。
霊夢にとって、ジョセフは余りに大きな存在である。霊夢の心の大半を占めており、それこそ親のように慕っている。
今のままではいけない。霊夢は正式に博麗の巫女を継いだのだ。いつまでも子供のままではなく、一人前の博麗の巫女として振る舞えるようにさせなければ。
その為に、ジョセフを離す。いつまでも師に甘えていてはいけないのだと、気付かせる為に。
「……まぁ、紫がそう決めたのなら、私は何も言わないわ」
「ありがとう、幽々子。で、悪巧みの話なんだけど━━━━西行妖を咲かせてみない?」
紫は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、そう言った。
★
そして、半年後。
「幽々子」
縁側でのんびりお茶していた幽々子のところへ、紫がやってきた。
「そろそろジョセフをここへ連れてこようと思うのだけれど」
「そうなの、それは楽しみね。今から行くの?」
「ええ、ちゃちゃっと連れてくるわ」
「ん、行ってらっしゃい」
幽々子の言葉を背に受け、紫はスキマを開いて中へと消えていった。
「妖夢、いるー?」
「はい、ここに」
と、廊下の影から妖夢が姿を現した。すぐに出てきたのは別に待ち伏せしていたとかではなく、
「今から紫がお客さんを連れてくるから、お茶菓子の用意をしてくれる? あと、お出迎えもね」
「わかりました」
それだけ言うと、妖夢は再び奥へと引っ込んでいった。
そして、紫の方はというと。
「初めて来るんだから、まずは門から入るべきよねぇ」
白玉楼の立派な門の前に居た。ここにスキマを開いてジョセフを連れてくるつもりなのだ。
手に持った扇子を、縦に一振り。空間がばっくり割れて、スキマが開いた。
「さてと、ジョセフを迎えに━━━━ッ!?」
紫がスキマの中へ入ろうとした、その時。逆にスキマの中からジョセフが飛び出してきた。しかも拳を振りかぶっている。いや、殴りかかってきている。
バチィィィィィン、と。凄まじい衝撃音が辺りに鳴り響く。
紫は眼前に迫り来る拳を、間一髪のところを右手で受け止める事に成功した。が、あまりの破壊力に吹き飛ばされそうになり、二三歩たたらを踏みつつ何とか
「……ジョ〜セ〜フゥ〜ッ!!」
涙目になりながらも睨みつけてくる紫を前に、ジョセフは思った。
━━━━やばい、殺られる。
「すいませんでした」
ジョセフの行動は速かった。バッと頭を地に擦り着け、ジャパニーズ土下座で謝意を示す。
しかし、謝罪したからと言って許されるかどうかは別の話。
「いきなり何するのよ!? 痛いじゃない!! 何なの、私に恨みでもあるの!?」
「い、いや、違うんだ……これには訳が……」
「馬鹿ね、そんなのザ・ワールドで時間を止めて潰せば良かったじゃないの」
「あ、そっか」
言われて
因みに、家が滅茶苦茶になっているという事は言っていない。幾らクレイジー・ダイヤモンドで直せると言っても、事前に説明がなかったら紫は怒るだろう。が、ゴ○ブリの事で頭がいっぱいだったジョセフは伝え忘れている。
色々と抜けているジョセフであった。
「はぁ……もう、右手が痛いわ」
「……すまん」
「まぁ、反省してるみたいだからいいけど」
と言いつつ、紫はまだ少し根に持っている。境界操作が間に合えば衝撃を逃がす事ぐらい出来たのだが、如何せん唐突だった為に間に合わなかった。それが間に合っていれば、紫もこれほど怒りはしなかっただろう。
とりあえずは貸し一つという事にしておき、後日何かあったらそれをネタに使おうと考えてはいる。
まぁ、ジョセフは紫の言う事やお願いは大抵二つ返事で聞くので、余り必要なかったりするのだが。
さておき。
「それよりジョセフ、あなたに会わせたい人がいるの」
「そ、そうなのか……その前に紫」
「何かしら?」
「……寒い」
今の季節は冬。家の中から外へ出れば寒いと感じるのも当然だろう。が、それ以前にジョセフの今の服装に問題がある。
━━━━ノースリーブの白シャツに、デニムのショートパンツ。しかも、シャツの下側は胸の下辺りで縛ってあり、へそ出しルック。右の二の腕に赤いスカーフ。
まぁ、つまりはいつもの服装である。何故かというと、八雲邸の周囲は境界を滅茶苦茶に弄ってある所為で気温の変化が殆どない。年中快適な温度を保っているのだ。そんなところに居れば、厚着など必要ない。故に、ジョセフはこんな格好をしているのである。
おまけに靴も履いておらず、当然ながら裸足。これで寒くない訳がない。
「とりあえず、これ着てなさい」
と、紫はスキマからロングコートを取り出して渡した。ジョセフはそれをすぐに着るが、まだ少し寒い。仕方なく、波紋の呼吸で身体を温める事にした。
「さ、行くわよジョセフ」
「あ、ああ。というか、私に会わせたい人って誰だ?」
「それは会ってからのお楽しみよ」
そうして、二人は門を開いて中へと入っていくのだった。