願い雨   作:夜泣マクーラ

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彼等の聖夜、彼女のサンタ

 街中に響く一年で最も幸せ色のメロディー、親と手を繋いで歩く子供も、腕を組む恋人達も一様に同じ表情で街を歩いていく。

 ああ、今日と言う日がこんなにも待ち遠しく、前日は早く時間が過ぎないかと一分一秒を待ちわびて夜も眠れなかった……こんなにも期待で胸が高鳴る日だなんて知らなかった。

 藤川の駅前に飾られている大きなクリスマスツリーの前で、双海詩音は白い息を両手にはぁ~と吹きかけ、待ち人を心なし程度にそわそわと待っていた。もしもきょろきょろと辺りを見回して待ちわびている姿を待ち人に見られたら……という懸念があり、彼女は誰にもわからないように指を後ろ手で忙しなく絡ませている。

 基本的に本と紅茶にステータスが極振りされており、流行のファッションというものに興味がない彼女は、清楚さと可愛らしさを均等に両立させたデザインのチェックのコートと、その下には黒のセーターと深緑のカーテンスカートという、トレンドなんて無視したファッション。だが、それがいい……と、道行く初心なDT達は彼女にチラチラ視線を投げかけながら、どこぞの傾奇者の名言を心の中で唱えている。流行りに流されず、かといってダサいわけではない。むしろ流行りに乗らない今時ではない雰囲気に男達の心はノックアウト。トナカイの引くソリを救急車がわりに病院に行けば、不治の心不全だろうと診断が下される馬鹿が多数続出している事に彼女は全く気付いていなかった。

 だがそこじゃないと、通な者は別な場所へと視線を向ける。

 彼女の素晴らしさはそこじゃない。その程度ならそこが知れると言うものよと、コミケ四天王の林田萌希(はやしだもえき)は一昔前のオタク御用達の眼鏡を人差し指で上げながら笑う。四天王かどうかはさておき、つまり初心なDT変態紳士連合の一人なわけだが、彼は詩音の姿が良く見える喫茶店の中で、コーヒーを優雅に飲みながら「あちゃ!」……恰好付けた結果舌を火傷しつつ、涙目で詩音へと視線を向ける。

 確かに彼女は聖夜に地に舞い降りた天使であることに異論はない。だがしかし、彼女がただの天使であると思わぬことだ。彼女の天使の羽には白の中にわずかな背徳の色が混じっている……黒ストと言う名の堕天使がなぁ!

 くわっと目を見開き、林田は詩音の足首を凝視する。

 なんという事だ、清楚で純粋無垢な見た目とは裏腹な危うさが、その奥に蝋燭の炎のように小さく揺らめいている。馬鹿な!天上から舞い降りた天使は、堕天という魅惑さえもその身に宿しているというのか!

 わなわなと自然と握った拳が震えている。

 なんということだ、ここまで距離を取っているにも関わらず、これほどのプレッシャーがあるとは……彼女は人間ではないな!

 そんな鼻息荒く眼鏡を曇らせている林田の横を、店員の女性が「……うっわ」とわざわざ聞こえるように声にして通り過ぎる。その声に若干傷つきはしたが、それでも林田は店を出ようとは思わなかった。

 ああ、きっとこんな冴えないキモオタにサンタクロースが初めて微笑んでくれたのだ。彼女の姿をこの目に焼き付けろという光栄を自分に与えてくれた。そんな想いが彼の胸の中に宿り、うっすらと視界が滲んだ。

 思えばこれまでの人生、自分に与えられたプレゼントと言えば、自分へのご褒美にと買った美少女ゲーム数本や、幻の同人誌や声優イベント……の列に並ぶ自分を射貫くようなリアル雌共の、殺傷力抜群の汚物へと送る視線だけ。

 サンタは死んだのだと何度言い聞かせた事か……だがしかし、サンタは死んでなどいなかった。自分の枯渇しそうな生きる気力を、こうして与えてくれたのだ。

 両手を組み、ミサに参加する参列者のように彼は詩音へと祈りを捧げた。

「てんちょ~、警察呼んでくださ~い。あのオタクに心まで犯されそ~」

 黙れ汚豚(おぶた)。貴様なんぞに触れたら心が腐り落ちるわ!と毒づきながら、一頻り祈りを捧げ終えてコーヒーへと口を付ける。

 そうしていつもよりも芳しいコーヒーの香りを堪能していると、先程とは打って変わって、満面の可憐で美しく清らかな笑みを浮かべて手を挙げようとし……たのも一瞬、すぐにその神々しいまでの笑顔を俯いて隠した。

 その様子に首を捻る林田だったが、詩音の前に現れた人物になるほど……と得心し――

 

 

「てんちょー!オタクが急にコーヒーを自分の頭に掛けてますけどー!」

「ジーザスッ!!!!」

 

 

 ザラメのようにドロドロと甘い空気が、駅前の大きなクリスマスツリーの下に滞っている。

 その空気の発信源が、子宮から発情しているかのような声で彼氏に話し掛けている彼女諸君達だけならともかく、粘っこいヘドロのような洗い流しても取れない異臭を放つ、頭があられもない欲望だらけの獣からも発信されているのだから質が悪い。煩悩バスターズ!とでも歌い出して処理したい衝動に駆られてしまう。

 そんな異空間に唯一静謐な空気を放つ存在を見つけ声を掛ける。

「よお、悪い悪い待たせたな」

 どんな茨の道も本と紅茶があれば事もなし主義のお姫様、双海詩音。そこに痺れる麻痺しちゃう~。

「あ、智也さ……こほん。いえ、私も先程来たところです」

 そんな詩音にそうかとだけ応えた。

 どうせ詩音の事だ、俺よりもずっと先に待っていたのだろう。その証拠になぜか手袋をしていない雪のように白いはずのその手は、赤鼻のトナカイのように赤みを帯びている。

 途中、缶コーヒーでも買って渡そうかとも思ったのだが、隠しもしない不満気な顔をするのは目に見えていたので断念。ちょっとトラウマなんだよなぁ、あの缶紅茶を飲ませた時の詩音。

「それよりも、買い物に付き合って欲しいとの事でしたが、どこに行かれるのですか?」

 悴んですぐにでも手を摩りたいだろうに、俺に気を遣わせまいと何でもないかのように振る舞う。見掛け通り強情なんです、ええ。

 しかも、一緒にいても周りに恥ずかしくないように、ちゃんと洒落た服装で来てくれたのか。気を遣わせてしまったな。

「ん?あ~、その前にちょっと昼飯に付き合ってくれよ」

「え?はい、それは良いですけど……」

「サンキュー!一人で食うのは味気ねぇし、もう腹が減って死にそうなんだ!もちろん、遅れちまったから俺の奢りで!」

「いえ、そういうわけには「さあさあ!我に続け~!」って、もう!どんどん勝手に行かないで!」

 だって、強引に進まないとごちゃごちゃうるさいんだもんよ。少し強引なくらいがこいつには丁度良いと学生時代に学んでるわけで。

 早くしないと端から端までメニュー頼むぞぉ~!と発破をかけると、本当にやりそうじゃないと素の言葉が返ってくる。

 そんな詩音を眺めて笑いを噛み殺していると、駅横にあるカフェが何やら騒々しいのでそちらに目を向けると、なぜか店員から蹴り出せれたかのような、絵に描いたかのようなオタクの見本のような男が、地面に這いつくばりながらなぜか俺に真っ直ぐ視線を注いできた。

 知り合いだろうかと首を傾げると、そいつはずれた眼鏡を直しながら立ち上がり、両目から滝の様な涙を流しながら笑顔で親指を立ててきた。

 追いついた詩音が俺の視線の先を追って、同じく首を傾げた。

「知り合いですか?」

「かもしれん。うちの大学はちょっと頭が可哀想な奴の宝物庫だからな」

「そうかもしれませんね。智也さんがその宝物庫で最も値の張る方ですから」

「良し決めた。最上級に不味い紅茶を出す喫茶店に連れて行ってやる!」

「逆に興味が出ます。どのような紅茶なのか」

「アル中の親父がやってる店でな、酒を呑んでるときは最上級の紅茶を出してくれるんだが、酒が切れている時は地獄のような紅茶を楽しめるんだ」

「よく営業出来てますねそのお店」

 そんな下らない話に微笑んでくれる詩音を伴い、伝説の隠れた迷店へと向かう。

 こうして俺のクリスマスは幕を開けた……怨念のような思念が渦巻く事になるとも露知らず。

 

 

 世界中のあちらこちらで幸せのライスシャワーが飛び交う今日と言う日、そんな幸せを享受する人々の中で間違いなく一番ハッピーな男は俺だと胸を張って言える。俺のその自信の源である彼女、陵いのりが俺の手をこうね?指と指を絡ませるいわゆる~?恋人~?繋ぎ~?とかしちゃってたりなんかしたりして。

 この世の男性諸君の理想と言う名の欲望を体現したかのような、非の打ち所のない彼女こそ、俺の幸せの形だ。

 今日はクリスマスという事もあって、どこかに出掛けてちょっと値の張る食事でもしようかと持ち掛けたのだけれど、いのりは今日は自分が腕によりをかけて御馳走したいと息巻き、二人でここらで一番大きなモールまで買い物に来ていた。

 いやいや、もちろん俺だって彼氏という贅沢ポジションにいるわけだから、多少の見栄を張り、金の事なら気にしないで良いと言ったさ!心の中で血涙しながら!仕方ないだろ!最近はあのとんでも年上ズに搾取され続けて、リアルに年を越せない事確定してたんだから!鷺沢の家で泣く泣く食事の世話をして頂いてたさ!今年の事件で教訓を得た事が一つ。年末にあの三人に関わるな、だ。

 そんな状態でも俺のヴィーナスに捧げるお布施はもちろん確保していた。けどまあ、いのりには俺の懐事情などお見通しなわけで……

「わあ~、ねえ一蹴!見て!綺麗だね!」

 情けなさを噛み締める俺の心情とは裏腹な無邪気な笑顔で、モールの中央に聳え立つ壮大なツリーを指差して俺から離れて駆けていく。

 ツリーの周りには俺と同じような恋人や、将来いずれはいのりとああなりたいなという家族が、ツリーの下でそれぞれの時間を過ごしていた。

 そのふわふわとした雰囲気に頬が緩みながら……

「はは、待てよいの――ッ!!??」

 

 

「凄いねぇ、ねえ写真撮ろうよ一蹴!……あれ?一蹴?」

 

 

 いのりの元へ行こうとした俺は何者かに突然口を塞がれ、腕と肩を極められてトイレへと続く通路へと攫われた。

 振り解こうとすると、肩のあたりから激痛が走り、とてもじゃないが振り解くことが出来ない。プロか何かかよ!?

 突然の事にせめてもの抵抗と、足をじたばたさせると、耳元に恐ろしい声が――

「よお、楽しそうじゃないかね、非リア充の心をぼこぼこにした罪現行犯」

 よし殺そう。

 犯人の正体を即座に見抜いた瞬間、俺は理性を水洗トイレに投げ捨て、口を塞ぐ手に容赦なく噛みついた。

「いってぇーーーーーーー!!!!」

 口から手が離れたと同時に、思いっきり踵でそいつの足を踏んでやる。

「ぐがぁッ!!!!て、めぇ……手加減してやったのに調子に乗りやがって!もう勘弁ならん!戦争だごらぁッ!」

 俺から離れ、涙目になりながら頭がおかしい事を平然と叫ぶ奴を俺は一人しか知らない。いのりの反面家庭教師である三上馬鹿也しかな!

「何が戦争だ!アホですかあんた!今時小学生でもこんな悪戯しねぇよ!」

 桧月さんの家で会って以来遭遇する事もなく平穏な日々を過ごしていたってのに、なんだってこんなロマンスの神様が降臨する日に疫病神まで降りてきやがったんだ!

「何するんだよいきなり!」

 なるべくならこいつには会いたくなかった。いや、会いたくなかったんじゃない。正確には会わせたくないと言う方が正しい。理由は明白で、いのりが三上に会ってしまうのが俺は怖いんだ。

 どうにか三上がここにいる事がいのりに気付かれないよう、頭を巡らせていると……

「何って?いや、お前が俺の目の前にいたから」

「いたから?」

「それだけだが」

「自分の小屋に帰ってくれないですかねぇッ!?」

 とんでも理論で襲ったってのか!

 理解不能な思考に脱力してしまう。誰かぁ~!この壊滅的な思考のペットの飼い主~!リード放してんじゃねぇ~!

 どうせ今坂さんか信が目を離したに違いない。出て来い!猛烈に噛みついてやる!

 と息巻いていると、こちらに声が掛けられる。その声は柔らかな女性のもので、今坂さんだなと判断しこの野郎!と勢いよく振り返ると……

「もう、どうして勝手にどこか行ってしまうんですか!」

「……OH~」

 なんて海外ホームドラマのようなリアクションになってしまった。

 振り返った先にいたのは、日本人とは違う透明感を持つ超絶美女が困った顔で三上を咎める。

 ははは、俺夢でも見てるのか?こんな美女が三上と親しいだなんて、そんなことが許されるわけない。許されるのだとしたら、神は死んだに違いない。

「ああ、すまん詩音。つい見知った顔を見て可愛がってやりたくてな」

 あ、神死んでたわ。

「詩音?」

 詩音さんってどこかで聞いたような……

 細い糸を手繰り寄せなんとか思い出そうと試みる。そう、確か今坂さんがなんか言っていたような……そう、確かライバル宣言がどうとか……

「あ、ああ~!まさか今坂さんが言ってたあの詩音ちゃんって!」

「……唯笑さんが?」

 突然の俺の声に困惑する女性を前に冷静になる。

「ちが、えっと、すんません。俺鷺沢一蹴です。今坂さんから貴方の事を聞いていたのでつい」

「なるほど、そうでしたか。唯笑さんのお知り合いなのですね。私は双海詩音と申します」

 俺の失礼な態度に嫌な顔一つせず、丁寧に自己紹介をしてくれる。うわぁ、なんだこれ。こそばゆい感覚が全身に走り、緊張で顔が紅潮してしまう。

「おやぁ~、何を恥ずかしがってるのかなぁ~、むっつりイケメン君~」

 ぷっつん三上が何か囀っているが、目の前の美女を前にして緊張しない雄がこの世にいてたまるか。もちろんいのりのが魅力的だけどな!

 ただまあ、そういう次元じゃなく、とてつもなく品のある女優さんに会ったりするとこんな感覚なんだろうなと思う。

「智也さん、私を置いて彼をイジメに向かっておいて、他に言う事はないんですか?」

「だから謝ったじゃないか。なあ?小僧」

「あんたは煙突から落ちて複雑骨折してくれねぇかな」

「せっかくのクリスマスだってのに荒んでんなぁ」

 さっきまでは最上級の幸せを噛み締めていたんだ。

 それにしても、信が絶賛していただけあって確かに双海さんは正に美女と言うに相応しいルックスだ。もしかすると静流さんよりも……

「そういやよ、陵はどうした?振られたか?」

「あ~、いのりなら……あ」

 ヤバい!忘れてた!双海さんが予想以上の美女で思考が停止してしまっていた!早く戻らないと!

 いのりのことだ、心配して探しているに違いない!そりゃ俺が神隠しというか下衆隠しにあってたら心配するだろう。

 とにもかくにもここは逃げるが勝ちだと、話を有耶無耶にしようと最速で脳を回転させようとしていた時だった。

「一蹴どうしたの?」

 俺の最速を上回る速度でいのりが通路に来てしまった。神は死んだって?残念、正解は今から俺が神を凹るでファイナルアンサー。

 

 

 恋人達を祝福するかのような曲が流れるモールの中、多分に漏れず俺も甘々な空気に身体を汚染されている最中だった。

 智也が双海さんとデート?という事もあって、寂しそうにしている唯笑ちゃんに駄目元で俺と出掛けない?と誘ってみた稲穂信、一世一代の告白がまさかまさかの奇跡が起きて成功し、ロマンスの神様ありがとうと感涙の涙を流して感謝している今日この頃。

 本当に一緒に出掛けてくれるだなんて思っていなかった俺は、急いで一張羅を引っ張り出して、高鳴る胸の鼓動を楽しみながら彼女の元へ……

「何してるの信君?早くしないと置いて行っちゃうよ!まだまだ買うものが沢山あるんだから!」

「早いんだよなぁ~。もうちょっと妄想に浸らせてくれてもいいじゃんか。せめて手を繋ぐところまではさぁ~」

 アメリカかな?とでも思えるような量の買い物が、俺の両腕とカートの中を賑わせている。どこの大家族の買い物だよ。

「何言ってるの?」

「なんでもないよ」

 とまあ、俺の妄想のような出来事は一切なく、今晩ならずやで開催されるクリスマスパーティーの準備に俺と唯笑ちゃんは駆り出されている。参加費をそれぞれから集めており、メンバーはイナケン、たるたる、双海さん、静流さん、小夜美さん、正午、飛世さん、エトセトラエトセトラ~。それなりの参加人数という事もあって資金は潤沢。カナタからは良いワインとシャンパン用にと、おいそれと言えない額も預かっている。

 本来ならば智也も俺と同じ目に遭うはずだったが、双海さんとデートという事もあって無理に連れ出すことは出来なかった。どこか上機嫌で出掛けた智也を俺と唯笑ちゃんは見送り、智也の機嫌と反比例して唯笑ちゃんの機嫌が墜落寸前。あいつ、買い出しから逃げるためだけに双海さんを利用したんじゃないよな?

「……う~」

「まだ心配してるの?」

 眉をㇵの字にして不安を隠そうともしない。智也が出掛けてからというもの、唯笑ちゃんはずっとこの調子だ。まあ、気持ちはわからないでもないけど。

「だってぇ、信君だって知ってるじゃん。智ちゃんってなんか詩音ちゃんといる時だけ格好つけるんだもん」

 いや、本人にその自覚はないだろうけど、確かに常識人のような振る舞いをしているな。もちろんその理由も察しが付くけれども、察しが付くから唯笑ちゃんは不安なんだろうな。

 察してはいても俺達は何も言えない。その理由はあまりに痛いのだから。無意識のうちに出してしまう智也の優しさ、特別な誰かのためのソレは多分……

「重ねて見ているわけじゃないんだろうけど、無意識に出てしまうものはどうしようもないし」

「うん、わかってるよ」

 高校の頃からの双海さん専用の悪癖は今も健在しているわけで。唯笑ちゃんもわかってはいても割り切れない部分があるのだろう。

 どうにか唯笑ちゃんの機嫌を上昇気流に乗せなければと思考を巡らしていると、モールの中央に聳え立つツリー……に差し掛かる前の脇の通路で面白そうな玩具を見つけてしまった。

「唯笑ちゃん唯笑ちゃん、あれ見て」

 ん?と可愛らしく首を傾げて俺の指さす方向に視線を向けると……

「信君、良い仕事するね」

「お褒めに授かり恐悦至極。で、どうする?」

「どうするも何も、邪魔しちゃ悪いよぉ~……だから邪魔しないように観賞しよっ」

「合点承知」

 天使の笑顔の背後には黒い翼がご機嫌に揺れている。

 いやぁ、同じ場所に示し合わせもしないで集まるだなんて、なんて出来た奴なんだ。なあ、親友?

 ネタの宝庫の四人へと、俺と唯笑ちゃんは嬉々として忍び寄った。

 

 

 ああ、やっぱり……

 いなくなった一蹴を探していたら、今日だけは出会いたくなかった二人が目の前にいた。

 私がこんな苛立ちを抱く資格がない事は重々に承知しているけれど、それでも心の内でそう溜息を洩らしてしまう。

 よりによって恋人達に一日に――

 今更三上さんの隣に澄んだ空気を纏っている美しい女性が誰かだなんて聞かなくてもわかっている。双海詩音さん。千羽祭で三上さんと特別な時間を過ごした女性。

 その服……誰かに、ううん。三上さんに見てもらいたくて着てきたんですよね?多数の羨望の視線等気にも留めず、たった一人大切な人の為だけの特別。彼女の服装がそれを如実に語っている。

 ぎゅっと、バッグを持つ手に力が入る。そうでもしないと、私は誰にも見せてはいけない表情をしてしまいそうだったから。

「ナイスタイミングだな小娘」

 そんな私の気持ちも知らず、能天気と言う言葉が服を着ているかのような三上さんがじーっと私を頭から爪先まで眺めてくる。

「ほほ~、なるほどなぁ。馬子にも衣裳ってやつだな。それなりに見れなくもないじゃないか。やっぱデートともなると気合が入るらしいなぁ。鷺沢もいっちょ前に大人びた格好しやがって。うむうむ、中々にお似合いじゃないか!」

 

――止めて、下さい……

 

 がははと品無く笑いながら、商店街の居酒屋にいる酔っぱらいの方のように一蹴の背中をバシバシ叩く。叩かれている一蹴は、いや、まあ……と似合わない愛想笑いを浮かべていた。

「智也さん、こちらは?」

 一人置いてけぼりになってしまった双海さんが、三上さんの袖をちょんちょんと引っ張って紹介を促す。

 

――親し気に名前で呼ばないで……

 

「あ、初めまして。双海詩音さんですよね?お噂はかねがね三上さんから窺ってました。私は陵いのりです。よろしくお願いします」

「詩音、こいつはこのイケメンの彼女でな、親父経由でわけあって俺はこいつの家庭教師をしてやっている」

「そうなのですか……?え?智也さんが、家庭、教師……ですか?」

 青天の霹靂のような顔で三上さんへと視線を向ける彼女に、三上さんはなんだよ?と不満気に問い掛ける。

「いえ、それはそれはさすが智也さんのお父様ですね。人の理解を超える事を平然とやってのけるのは血筋なのでしょう」

「俺と親父の両方に喧嘩売るとはやるな詩音。逞しく育ったようで俺は嬉しいぞこの野郎!」

 ぐわしぐわしと音が聞こえそうなほどに双海さんの髪をぐしゃぐしゃにし始める。

「ちょ、やめてくださ……すみません謝りますから!」

「謝罪の気持ちが伝わらんぞ~」

「もう!止めてって言ってるじゃない!」

「おっと、素が出たから一時避難っと」

 ぐしゃぐしゃの髪をバッグから櫛を取り出して梳かしながらも、双海さんの口元はどこか嬉しそうに緩んでいた。

 

――その人に触らないで、下さい……

 

 どこか所在なさげにしている一蹴の腕に、私は腕を絡めた。

「い、いのり?」

 うん、おかしいよね私。人前でこんな事普段しないもんね。でも今だけは一蹴に甘えさせて。一蹴がここにいる事を感じさせて。そうじゃないと、きっと今の私は何もかも滅茶苦茶にしてしまう。三上さんの笑顔を奪ってしまう。その確信が出来てしまう。

「ほら一蹴、お二人の邪魔しちゃ悪いし、早くいこ」

 出来てしまうから、脇目も振らずに逃げる事を選択する。この場に漂う毒が私の全身に行き渡ってしまわないうちに。

「あ、ああ……」

「それでは、失礼します」

 目も合わせることが出来ない私に、気にした風でもなく三上さんはおうと軽く返事をした。

 

 

「なんだか可愛らしいお二人でしたね」

 軽く会話でもと思ったが、何か用事でもあったのかすぐに二人は人込みに紛れて見えなくなってしまう。

「だろ?今の俺のお気に入りなんだ。あいつ等からかうの」

 そう、きっと映画の時間が迫っていたとか、そんな理由なのだろう。

 例え目を合わせようとしなくても、何かに耐えるように手が震えていたのを目にしたとしても……いつもならここぞとばかりに邪魔して毒を吐き散らすはずだったとしても、だ。

「それよりも、少しお手洗いに行ってもよろしいですか?」

「ん?なんだしょうべ「髪を整えて化粧直しをしないといけないの!智也さんの所為で!」……ウィームッシュ!」

 まったくもうと素のままトイレに消える詩音を見送り、俺はそういや忘れてたと、ちゃちゃっと用事を済ませに行くことにした。

 

 

 

 鏡に映る自分を穴が開くほどに見つめる。特別容姿に自信があるわけではないけれど、それでも私なりにメイクを頑張って練習してきた。普段メイクをしないため、紅茶を飲みに行った時に静流さんに教えて下さいと頭を下げて、そうしてこの日の為に頑張ってメイクを練習したのに……

「やはり、唯笑さんに比べると可愛くないものね」

 唯笑さんがメイクをしたなら、智也さんは一瞬で気付いて照れ隠しでからかう姿が目に浮かぶ。

 付き合いの長さの違いはもちろんあるのだろう。それでも、ほんの少し期待していたのに。気付いてなんでもないことを言ってくれるだけでも……なんて、女性の扱いに長けていたら智也さんじゃないものね。気付いてくれなくてもいい。これは私が智也さんの隣で少しでも綺麗でいたいから好きでしているだけ。子供の頃は受け入れてもらえなかった自分の容姿に自信はないけれど、智也さんはそんな私に笑顔でいられる居場所をくれた。ありのままの私をあの人は何でもない事のように受け入れてくれる。

 まあ、それでも女性としての魅力が私にはないのでは?と拗ねたくもなってしまう。朴念仁の最高峰ですね智也さんは。

 軽く化粧直しをするだけのつもりが、少し時間が経ち過ぎてしまったみたいで、お手洗いを出ると、智也さんはぼーっと壁に背を預けてモールを行き交う人々を眺めながら暇を潰していた。

「すみません、お待たせしてしまって」

 待たせてしまった事を謝ると、智也さんはどこか落ち着きなく頭を掻いて、あ~だのう~だの唸っている……故障したのかしら?

「待っては、いない。いないんだが……まあ、あれだ!あれなんだな!」

「どれですか?しかも、なんで大将混ぜてきたんですか。おにぎりが食べたいのですか?」

 化粧直しの間に智也さんに何が起こったのか……まあ、通常運転と言えばそれまでですが、それでもいつもとは違う壊れ方をしているような気がする。業者さんを呼んで修理して頂くほかに手はなさそうに思えます。

「だからだな、その……なんか寒いよな!」

「寒い?空調が故障したのでしょうか?私は寒くないのですが」

「いや寒いんだよ!エベレストの山頂ぐらい凍えそうなんだよ!そうだよな!?」

 本当に何があったのでしょう。無理矢理力押しでこの場を切り抜けようとしている智也さんの様子に首を傾げつつも、そう、かもしれませんねと曖昧に同意する。

 そのような室温であったならクリスマス気分どころか、モールが無人の廃墟のような状態になると思いますが。

「だよな、寒いよな!」

 私の仕方ない同意に満足気に頷きながら――

「……ん!」

 智也さんは後ろ手に隠していたどこかのブランドの袋をそっぽを向きながら私へと差し出した。

 そっぽを向いた智也さんの耳は寒さの所為か微笑ましくなるほどに赤くなっている。

「これ、私に、ですか?」

 あまりに突然の出来事に、それを手にして良いのかどうかわからずにきょとんとしてしまう。

 智也さんは私の問いに何かを口にしようとしたけれど、何を言えば良いのかわからなかったのか、首まで真っ赤にしてただ頷いた。

 差し出されたソレが何かを少しだけ期待しながら、そっと手に取る。

 袋の中にはクリスマス色にラッピングされた長方形の箱が入っていた。

「開けても良い?」

 呆然と夢見心地のような、地に足の着かないような、これまでに体験したことのないふわふわとした気持ちのまま尋ねると、小さくおうと聞こえた気がした。

 リボンを壊さぬよう、ラッピングが少しでも破けてしまわぬよう、逸る気持ちを寸でのところで押し留めながら、一秒一秒を噛み締めるようにラッピングを解いていくと……

「これ……」

 解かれた先に見つけたそれに、私は――

「――ッ」

 お願い、そっぽを向いたままでいて。今だけは私を見ないで。

 今日の為に静流さんにメイクを教わって、慣れないファッション誌を読んで、美容院で髪を整えて……女性としての努力をしてこなかった私が、興味を持つ事もなかったそんな事に頭を何日も前から悩ませた。智也さんに少しでも綺麗だと思って欲しくて、それだけで下らないと思っていたことも楽しくて、頑張れて……

 見てくれてない?見て欲しい?馬鹿ね、私は。ちゃんと智也さんは今日の私を見てくれていた。その証拠が今この手の中にある。

 私の髪の色と同じ少しだけシックな背伸びをした手袋。今日、私がしてこなかった物。

 見て、くれていたのね。このプレゼントには智也さんの不器用な優しさが、温もりがこれでもかと込められている。

 映画の中の俳優さんなら、黙って格好良く渡すのでしょうが、智也さんは誰といても格好つけない。自分を良く見せようだなんて思いもしない。そんな智也さんだから私は……

「――ッ!!見てるこっちが寒いんだよッ。それにだな、買い物にも付き合わせちまってるし、つまり親しき中にも礼儀ありって格言がだな……詩音?」

 何も言葉に出来ずにいる私へと振り向いた智也さんへと、私はこつんとその胸へ額をくっつける。溢れ出てしまう気持ちの証拠を悟られないよう、今の私の気持ちを少しでも伝えられるよう、もっと、もっと近くに――

「ありがとう……これまでの人生で一番幸せなクリスマスにしてくれて」

 今、智也さんはどんな顔をしているのか見れないのが残念。顔を上げてしまうともっと止められなくなってしまいそうだもの。だけど、どんな顔かなんて見なくてもわかってしまう。

「お、大袈裟なんだよ馬鹿。ていうか恥ずかしいから離れろって詩音!すげぇ向こう側から視線集めちゃってんだけど!?」

 ――きっと、私と同じ顔をしているに違いないのだから――

 

 

 普通に考えれば、ここら辺の奴はこのモールに買い物に来る確率は高いのだから、三上が双海さんといても何も不思議じゃない。ただ、恐ろしくタイミングが最悪だっただけで、三上は何も悪くない。クッソ間が悪いなとは思うけど。

 三上と別れてからいのりはずっとにこにことしている。三上と会う前以上に楽しそうに。以前までの俺ならそんないのりの様子にアホみたいに都合よく騙されていたけど、今は違う。女優のような演技の顔を俺は見逃すことが出来なくなっていた。どんなに苦しくても、辛くても、見逃すようなアホになってはいけない。俺はいのりの全てを受け入れると誓ったんだからな。

 いのりの演技に俺はいつも通りで返す。俺の苦しみなんて、いのりが受け持ってきた傷と比べたらなんでもないと強がって。

 どれだけ心が疲弊しようと俺は逃げてはいけないのだと言い聞かせる。モール内のクリスマスソングとライトアップが急に色褪せたように感じた。

 お互いを見ているようで、あえてその気持ちと視線を合わせないように過ごしていると、フードコートから俺達を呼ぶ声が聞こえた。

「やっほー、いのりちゃーん!一蹴くーん!こっちこっち~!」

 声をした方を振り向くと、テーブル席にたこ焼きを頬張る今坂さんが手を振っていて、その向かいには、両脇にピラミッドを作った奴隷のがまだマシと思えるような量の荷物を置いてげっそりしている信がいた。

「今日は良く知り合いに会う日だな」

 そういのりに笑い掛けると、そうだねといのりも笑って返す。

 まったくしょうがねぇなぁと溜息をしながら今坂さん達の席へと向かいながら、俺は正直内心ほっとした自分を自覚していた。

 俺達も荷物を置いて、空いている二席にそれぞれ荷物を置いてお邪魔することにした。

「何してるんすか?」

「唯笑達は今日のパーティーの買い出しだよぉ。ねえ、信君?」

「……買い、出し?これが?」

 何を言っているんだこの既知外はと言うような目で今坂さんへと驚愕の目を向ける信だが、今坂さんは可愛らしく首を傾げて返した。正真正銘鬼の一族だよあんたは。

「二人はクリスマスデートかな?」

「はい、今日は夜まで二人でいようって」

「夜まで?ずっとじゃないの?」

「あ~、今日はいのりのご両親が少しの間戻ってくるらしいんですよ。俺も鷺沢の家に呼ばれてまして。いのりも連れて来いって言われたんすけど、そういうわけなんで」

 そうなんだぁ~、と紙コップに挿しているストローを手で遊びながらいいなぁ~と羨ましそうに呟く。呟きながら、今坂さんは信へと何かを目配せするかのような目を向けた。

「今坂さん達も楽しそうですよね。ならずやでパーティーするんですよね?ほたる先輩も参加するって連絡ありましたし、先輩達によろしく伝えておいてください」

「あ、そういえばほたるちゃんの後輩だもんね」

「そういえば、今坂さんってほたる先輩とは?」

「ほたるちゃんとは中学校からの友達だよ。中学校の子達は結構浜咲に行っちゃった子が多かったんだぁ」

「へぇ~、そうなんすかぁ……?」

 という事は、先輩は三上の事を知っているのか。でも伊波先輩はその事を知っているのだろうか?いや、そういう人の繊細な部分を誰かに話すようなことをする人じゃないし、伊波先輩は知らないんだろうな。

「昔はよく放課後に三人で教室で集まってたんだよ。彩ちゃんと唯笑とほたるちゃんでね。たまに果凛ちゃんと黒ちゃんが混ざってね、智ちゃんがいない時は今思えば下らない話を飽きもせずにしてたなぁ」

 当時の事を思い出しているのか、どこか遠い眼で語る今坂さんは俺達の何倍も大人に見えた。普段子供にしか見えないからギャップが極振りされてる感はあるけどさ。

「一蹴君はそういう親友とかいないの?」

「あ~、俺はそういうのないっすね。軽く遊ぶくらいで、信と三上のような友達はいねえっす」

「つまりボッチなんだね」

「言い方。可哀想な目で見るの止めてくれないですかねぇ!?」

「一蹴の場合はイケメンでコミュ力ないから同性に嫌われるタイプだよな。スカしてんじゃねぇよみたいに」

「俺を弄る時だけ元気になってんじゃねぇよ!」

 二人が俺を弄って、それに俺が突っ込んで和やかな雰囲気へと変わる。そんな日常が、当たり前のことが今はとてつもなくありがたいと思う。

 別に意図してやってるわけじゃないんだろうけど。てか、単におもちゃを見つけて喜んでるだけだろこの二人。

 そうして少しの間他愛ないけど貴重な時間を過ごしていると、よっこいしょと信が立ち上がった。

「二人の時間邪魔したお詫びに飲み物でも奢ってやるよ。何がいい?」

 信にしては珍しい気を遣うなと感心しながら、俺はコーヒーを今坂さんはまさかのドトー〇のカフェラテを頼んだ。ド〇ールって、ここから結構離れてるのに、信と三上に対しては頭おかしくなるなこの人。

「オッケー」

 いいのかよ。調教され過ぎだろ。いや、甘やかしすぎているから今坂さんがこうなったのかもしれない。

「じゃあ悪いんだけど、いのりちゃんも手伝ってくれないか?」

「え?私ですか?」

 いのりの疑問は最もだ。わざわざカップルを引き離すような真似を……するなこいつ等なら喜び勇んで積極的に邪魔をする。

「いやさ、唯笑ちゃんが一蹴を弄りたくて仕方なさそうだから」

「今坂さんへの気遣い方おかしくね!?」

 そういう人選かよ!

 ある程度仲の良い奴の奢ってくれると言う言葉を無下にも出来ず、微笑んでいのりは了承した。その了承、彼氏を生贄にする罪悪感は含まれてるよな?

「じゃ、行ってくるね一蹴……今坂さんを頑張って楽しませてね」

「善処するわ」

 信といのりが消えると、今坂さんは鼻歌を歌いながらストローを振っていた。

「まったく。てか、今坂さん飲み物必要ないんじゃないっすか?それあるし」

 今坂さんの目の前に置いてある紙コップを指差して指摘すると……

「うん、そだよ。よく見てるねぇ~、一蹴君は」

「やっぱりね。信を扱き使って遊び「唯笑が一蹴くんの担当だからね」……は?」

 予期せぬ言葉に俺は言葉が続かずに、その意味すらもわからずに呆けてしまう。俺の担当?この人は何を……

 わけもわからず言葉が出ない俺に今坂さんはいつもの今坂さんから、年上のお姉さんへと変貌する。

「一蹴君、そのままじゃ君が疲れちゃうよ。だから私に話してみない?悩んでることも、抱えてることも。私が良い知恵貸したげるから、ね?」

 

 

 

「手伝って貰って悪いね」

「いえ、そんなことないですよ」

 道中、拷問を受けた稲穂さんは疲れ切った顔をしながら、苦笑している。

 悪いね、なんて謝って貰う必要なんてどこにもなかった。むしろ、感謝しないといけない。せっかく一蹴と二人で過ごしているのに、一時も頭を離れてくれない光景が邪魔をしていたから。

 機械のように同じ顔をする私を自分自身自覚していた。だから、少しでも鉛を仕込まれてしまった心を軽くしてくれる、そんな二人が心底ありがたくて……

「それにしてもいのりちゃんも大変だよなぁ」

「大変、ですか?」

 稲穂さんは笑顔で頷き、なんでもない事のように……

「あの馬鹿、鈍感でごめんなぁ。親友として代わりに謝るよ」

 瞬間、私の心は自分でも驚くほどに凍り付いた。

 凍り付いたのは一瞬。即座に巡る思考。

 稲穂さんは親友が鈍感でごめんと謝っただけ。別に恋愛がどうのこうのといった話じゃない。ここで動揺すれば余計に勘繰られてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなきゃいけない。それなら私の正解は一つ。

「え?鈍感って三上なんとかさんが何かしたんですか?」

 いつものようにあの人を無理にでも弄って受け流すしかない。

「何をしたか知りませんけど、今度会ったら徹底的に叩きますから安心して下さい。二度と立てないくらいにして見せますから」

 唯一つの正解と信じて選択したはず。それなのに、稲穂さんは茶化そうともせず、どうしようもない我侭な子供をあやすかのように、穏やかな目をして微笑んでいる。

 その目を直視出来ずに、思わず視線を外してしまう。

「まったく、こう言えばいのりちゃんならそう返すとは思ってたけど、強情だな君は……ちょっとそこで座って話そうか」

 ロビーの端に設置されているベンチを指し示しながら、有無を言わせずそちらに歩いていく。その背中を見てようやく私は気付いた。

 ああ、一蹴と私を離したのってそういうことだったんだって。

 

 

 

「な、悩みなんてないっすよ。いきなりキャラ違うことしてどうしたんすか?」

 なんなんだよ。担当って、そう言ったよな?てことはさ、最初から今坂さんも信も俺達を引き離す為に動いてたって事だよな?

 嫌な予感に鼓動が早くなる。

 まさか、いのりも同じように……

 じわりと、掌に汗が滲む。

「すんません、俺やっぱり――」

 立ち上がり、いのり達の後を追おうとすると、これまでの今坂さんとは違う、静流さんとも違う温もりと慈しみに満ちた視線が俺を数舜金縛りさせた。

「お願い、少しだけ話をさせてくれないかな?少しだけでも良いんだ、ほんの少しだけ私達の恩返しを受け取ってくれないかな」

 恩返し?この人は何を言っているんだ?恩を返すならなんでこんな……

「信君とね、話したんだよ?二人の事。私達は、一蹴君といのりちゃんに感謝してもしきれないような恩を貰ったの。だから、ね。そんな二人に私達は笑っていて欲しいんだよ」

 意味がわからない。そう思うのなら俺達を放っておいてくれよ。そうすればいつかはきっと、去年の俺達のように笑える未来があるんだよ。俺がそうするって、そうしてみせるって決めたんだ。

 今坂さん達からしてみれば些細で小さな誓いかもしれない。それでも、そんな俺の誓いを邪魔される謂れなんてないだろ!

「わけわかんねぇ。何が言いたいんだよ、はっきり言ってくれないっすか?」

 年上で、世話になった人への態度じゃないし、自分が子供だとも恥じ入りたくなる。だけど、胸の内で暴れ狂う感情に比べれば小さなものだろう。

 そんな子ども染みた俺に、ちいさく微笑みながらごめんねと謝り、次に紡がれた言葉に俺の激情は急激に萎んでしまった。

「一蹴君の気持ち、私はわかるから。信君でも、智ちゃんでも、彩ちゃんでも誰でもなく私だけが知ってるんだよ。だからわかっちゃうんだ……このままじゃ、一蹴君もいのりちゃんも自分で自分を世界で一番嫌ってしまうって」

 

 

 

「実はさ、さっき双海さんと智也の二人といのりちゃん達が会ってるの偶然見かけたんだよ」

「……偶然って、嘘ですよね?」

「はは、バレたか」

「バレますよ。三上さんの親友の取る行動ぐらい」

「言えてるな」

 呑気に笑う稲穂さんと、どの仮面を被って眠る自分を隠すかを必死に考える。まだどこかに抜け出せる道があるはずと、小さな隙間も見逃さないように。

「でさ、そこでどうにもおかしな行動をした子がいたんだよ。いつもなら俺の親友の楽しみを邪魔して自分が楽しむ……君はそういう子じゃなかったかな?」

 確かにそれは自分でも理解している落ち度。理解して尚あの場にいる事がどうしても耐えられなかった。あんなにも自分が仮面を被っていても弱くなってしまうだなんて知らなかったんだもの。

 でも、それくらいなら別に焦る必要もない。

「おかしいですか?双海さんとは初対面ですし、あまり初対面の人の前で礼儀を欠くのはどうかと思っただけなんですけど……」

 常識的に考えた答えで充分に満点の回答が得られる。

「うん、まあ普通はそうなんだけどさ」

 ほら、これで稲穂さんは……

「じゃあ、なんで俺達と会った時智也と一緒じゃないか……いや、会わなかったかを聞かなかったのかな?」

 その問いに咄嗟に口を開くも、いつもならスラスラ出て来る回答が口から生まれてこない。情けない無言だけしか口から洩れる事はなかった。

「双海さんと出掛ける事は知っていた事だろ?でも、君はモール内で二人に会ったじゃないか。それなら自然とこう聞くはずだろ?智也とさっき会った、もしくは会わなかったか?って」

 そう、稲穂さんはあの場で既にチェックメイトを打っていた。それに気付くこともなかった致命的なミスに全身に寒気が走った。

「二人の邪魔をさせたくなかった?違うな。俺も唯笑ちゃんも双海さんと仲がいい。会っても楽しくなるだけで二人も邪魔だとは思わない。頭が良い君ならむしろ相手が喜ぶような行動と話をするはずだ。そもそも智也に特別な子が唯笑ちゃんと彩花ちゃん以外にいないって君は嫌って程に知っているんだ。そこまで浅い関係じゃないからねいのりちゃんとは。となると、さて君はどうして俺達に智也の話をしなかったのか……これでも彩花ちゃんも混ぜて四人セットが自然だって自負はあるからね、そんな俺達に智也の話題を避ける理由はなんだろうか?」

 しまった。少しの間混乱していてするべき言い訳を先回りされて潰されてしまった。一番ベストの答えは二人の邪魔をさせないようにだったのに。私の行動としては不自然さは残るかもしれないけれど、そう口にしてしまえば強行突破出来たのに。

 他に何かないかと必死に思考を巡らせる。

「そ、れは……その、聞くまでもないかなって」

「どうして?俺達を巻き込んであの二人を楽しく邪魔しに行こうとは考えなかったの?」

「ふ、双海さんに迷惑が掛かるのは、その初めて会ったわけですし気を遣うのはむしろ「当然じゃないよ。こと、智也が関係していたら尚更にね」――ッ!!」

 次々と追い詰めてくる稲穂さんに苛立ちを隠せそうにない。下唇を噛んでなんとか苛立ちを誤魔化す。

「なるほど。いのりちゃんはずっと一蹴の為に仮面を被ってきたんだ、ちょっとやそっとの事じゃ仮面を引き剥がせないってのは知っていたけど……自分で気づいてないんじゃないか?その仮面、とっくに罅割れてるって」

 

 

「んだよ、それ……今坂さんに俺の気持ちなんて……」

「知ってるよ」

 知るわけがない。何よりも、この地球よりもずっと重い存在が、いつでも傍にあった愛おしさが、俺からどんどん離れて行ってしまう気持ちなんて!

 それまで傍にあった温もりがどんどん離れて行って身体は徐々に凍えていって……少しずつ失う恐怖を知るわけなんてないんだ!

「だって、私はずっと愛している男性(ひと)が誰よりも大切な女性(ひと)と一緒になった事があるから……だから、一蹴君よりもずっと先輩なんだよ。知らなかったかな?」

 慰めるかのような口調で紡がれた言葉に、俺は自分の愚かしさを呪ってしまいたくなった。知っていたはずの事を自分勝手に忘れて糾弾しようとしていた。

 そう、だよな。今坂さんの言う通りだ。今俺と関わる人の中で唯一この人だけが俺の気持ちを誰よりも知っている。それどころか、俺なんかよりもずっと……

「……知ってたんすね、いのりの気持ち」

 じゃなければ俺にこんな事を言うわけがない。

「ごめんね、余計なお世話なのもわかってはいたのに……それでもこのまま放っておけなくて」

 椅子に座り直して俺は今坂さんの目を見て話すことが出来なかった。

「なんでですか。放っておいてくれればいいじゃないっすか」

 今坂さんの目を直視できないまま、項垂れたように俺は膿を出しきってしまうようにぽつぽつと、抱える気持ちを垂れ流していく。

「今はそりゃ辛いっすよ。どんなに抱いてもいのりの気持ちはもう俺にはないって……抱けば抱くほど痛感するし。でも、それは今だけで俺さえ我慢して耐えればなんてことはないんですよ。また元に戻るはずなんだ」

 俺の情けない言葉に今坂さんはどんな顔をしているのだろうか?

「幸いにも三上は全然いのりの気持ちに気付いてなさそうだし、気付いたとしても応える気はないわけで、いのりはいのりで俺と別れるなんて出来ないわけだし」

「そうだね」

「三上が原因で別れたなんて、三上が許すはずがない。あの天性の馬鹿の三上が誰かを傷つけてしまった原因が自分だなんて、傷つかないわけがないんだ。いのりもそれを知っているわけでしょ?つまり、三上とこれからもいるためには俺が必須なんだ」

「天性の馬鹿って、上手い表現だね」

「そんなわけだから時間なら沢山あるし、何も気にする必要なんてないんすよ」

 自分がどんなに情けない事を口にしてるかなんて自分が一番良く知っている。

 自分がどんなに格好悪いかなんて自分が一番一番よく知っている。

 こんな自分がいのりの隣にいる男として相応しくない事も誰よりも一番知っている。

 それでも、どんなに格好悪くても、情けなくても、泣いて喚いてのた打ち回っても……どんなに醜くても俺は悔しい程にあいつに惚れてしまっているんだ。それだけが俺の心の拠り所だから、手放すことなんて微塵も考えない。考えてたまるかよ。

「……見損なってもらって良いっすよ」

 顔を上げることが出来ないまま、後ろ向きな強がりを口にする。

 こんなだせぇ俺を今坂さんは同情の目で見ているだろうか?それとも呆れているのだろうか?

「別に誰になんて思われても構わねぇ。いのりとこの先も歩いて行けるなら、少しでもあいつを幸せにできるなら俺はどんな泥だって――ッ!!??」

 不意に柔らかな温もりがゆっくりと労わるように、俺の頭に乗せられた。

 まるで小さな子供をあやす様に、優しく傷つけないように、そんな気持ちが伝わってくるような手つきで、ゆっくりと撫でられる。

 驚き顔を上げると……

「ほら、やっぱり自分を嫌いになっちゃってる。しょうがないなぁ、もお」

 俺の情けない話を聞いても尚、今坂さんの表情は崩れることなく、なんでもない事のように微笑んでいる。その笑みが俺の中の何かを震わせる。体の芯から込み上げてくる底に沈めていた感情が決壊してしまいそうで、ぐっと目に力を込めて寸でのところで押し留める。

 これ以上この人に子供の自分を見せたくないと意地を張ってしまう。

 目の前にある全てを許してくれそうだと思わせる、今坂さんの穏やかな笑み。

「うん、一蹴君の気持ちは良くわかるから、だからもう自分を責めなくても大丈夫だよ」

 まったく、あのトラウマ製造機はとんでもない人を育ててしまったらしい。

 名は体を表す……その通りじゃないか。

 今坂唯笑。唯一の笑顔で唯笑。この人の笑顔は光の届かない暗闇の中にあってもきっと色褪せないんだろうな。三上が守ろうとしていたもの……それは、どこにいようとも日常へと引き戻してくれる、唯一不変のこの笑顔だったんだな。

「じゃあ、一蹴君にだけ特別教えたげるね。私がどうして智ちゃんと彩ちゃんが恋人になる事を望むことが出来たのか。智ちゃんも彩ちゃんも信君も、誰も知らない秘密だから、一蹴君も絶対に誰にも喋らないって約束だよ」

 悪戯な笑みを浮かべて語る誰も知らない物語。

 その物語は今坂唯笑という三上達にとって絶対の存在が、決して特別なんかじゃない。どこにでもいる普通の女の子なのだと如実に語るそんな物語を。

 

 

 

「誰よりも自分が一番自分の事を知ってるなんてさ、嘘なんだよ。人間ってのは自分の気持ちですらままならないんだから。今のいのりちゃんのように、恋愛感情は特にね」

 稲穂さんは私が三上さんを好きなのだと疑ってすらいない様子で、私が認めるのを待っているかのようでもあった。

 罅割れている?何を言っているの?そんなわけがない。そんなこと、あっていいわけがないじゃない!

「ふふ、稲穂さんは私にどうしても三上さんを好きって言わせたいんですね」

「違うの?」

「違うも違わないも、私があんな人好きになるわけないじゃないですか」

 お願いです、暴かないで下さい。

「いつも適当で人の気持ちなんて考えもしないで突っ走って」

 あの人の傍にいさせて下さい。

「自分の行動が誰かを心配させてるなんて少しも考えてなくて」

 いたいんですよ。失くしたくないんです。

「そのくせ、自分の事なんかどうでもよさそうに、なんでもない事のように勝手にどかどか人の気持ちに踏み込んで、頼んでもないのに勝手に助けた気になって」

 私の気持ちなんていくらでも殺していいですから。

「迷惑甚だしいじゃないですか。見返りくらい求めてくればまだ可愛げもありますが、打算なんて考えもしてない顔でとぼけて」

 この心が辛くても、寂しくても、壊れても……その程度で傍に居られるのなら、この先幾夜でも独りの夜を過ごしてみせますから。

「ほんっとに馬鹿な人ですよね。頭が悪いから打算的に動けないのでしょうけど、質が悪いじゃないですか。自分が壊れそうなくせに笑って、平気な顔して手を差しだして。強い?優しい?どうですかね。鈍いだけなんじゃないですか?ああ、確かに鈍感ですよねあの人」

 嫌い。大嫌い。こんなやり方でしかあの人の傍に居る方法を思いつかない、そんな自分が……卑怯な自分が世界の誰よりも嫌い。

「あの人を好きになる人の気持ちなんて全然理解出来ないですよ。自分勝手で鈍感で馬鹿で、優しくなんてこれっぽちもなくて、どんな時もふざけて笑ってばかりで、ほんと懲り懲りで……だから私は、あの人の事なんか……」

 そんな卑怯者のくせに、言うべき最後の言葉が喉から絞り出そうとも出てきてくれない。

 駄目、だよ。言わないと。嘘なら慣れてるじゃない。だって、私の先生は嘘つきの天才だもの。生徒の私だって、この程度の嘘を平然とついて見せないと、ですよね?

「あの人の事なんか、大っ嫌「オーケー、もうお腹いっぱいだわ。ご馳走様。これ以上は胸焼け起こしちゃうからストップな」……はい?」

 熱い熱いと呟きながら稲穂さんはぱたぱたと顔を手で仰いでいた。

「あの、私の話聞いてましたか?」

「聞いてたよ。いやぁ、青春だねぇ。俺にもあったよそんな時期が」

「青春の話なんてしてませんでしたけど!?」

 まるで四十代の親戚のおじさんのような反応。何がどうしてそうなるんですか!?

「してたじゃんか。智也の事が好き好き愛してる~って」

「してません!!しかもなんで子供みたいな揶揄い方なんですか!?」

「ま、いいんじゃない。うんうん、君の好きにしたらいいよ。俺は観客として君らのコメディを楽しませてもらうからさ」

「どこをどうしたらコメディになるんですか!?別に好きじゃないですけど、仮にそうだとしたら一昔前のドラマのようにドロドロになりますよ!?」

「いや、あの手のドラマってコメディじゃん。まさかリアルで観ることが出来るとはね。しかも、あの智也相手に!智也の時点でギャグだよねもう」

 やっぱり稲穂さんはあのとんでも人類代表の三上さんの親友だ!この状況でお腹を抱えて笑えるだなんて、一般市民じゃないもの!

「なんなんですか、もう」

「はは、ごめんごめん。じゃあさ、特別にいのりちゃんに教えてあげようか?」

「……もういいです。早く飲み物買いに行きましょう」

 涙目で笑われたことに多少なりとも腹が立ち、私は椅子から立ち上がったのだけれど……

「ああ、じゃあ歩きながら話そうか。彩花ちゃんには出来なくて、いのりちゃんには出来る当たり前のことをさ」

 ………………

 ………

 ……

「あの、別に好きじゃないんで聞く意味ないんですけど」

「もはやツンデレに思えてきた!!」

 

 

 

 コーヒーを買って戻ると、唯笑ちゃんは俺に向けて手を振り、一蹴はおっせぇぞとぶつくさ文句を言って出迎えてくる。

 どうやら一蹴の方は問題ないようだ。最初はやたら居心地悪そうな顔をしていたものだから心配したが、唯笑ちゃんが上手くやったのだろう。吹っ切れたような快活な笑顔をしている。

 そっちはどうだったの?と唯笑ちゃんから目配せが送られ、俺は肩を竦める。これからどうなるかは俺の知った事じゃないし、いのりちゃんが鬱々としているのも正直そこまで心配はしていない。

 少しでも素の彼女を知っていれば、違和感バリバリの笑顔でいるものだから、つい出しゃばってしまったけど、恋愛なんて時には鬱々とするもんだしな。しかもいのりちゃんには一蹴という好きな彼氏もいるわけで。ただ、それは智也も一緒なんだよな。基本的にあいつと付き合うという事は、彩花ちゃんの事も受け入れる必要があるわけで、つまり二股ってこと。あいつの場合はだからっていのりちゃんのようにここまで鬱々としないし、なんだったら清々しい顔で二人に好きだと言いそうだな。どこの結婚詐欺師かホストだよあいつ。

「ほら、コーヒー」

「ああ、サンキュ。そんじゃいのり」

 コーヒーを受け取ると、一蹴は小さなガキ大将のように歯を見せて笑い……

「ゲーセンで一緒に遊ぼうぜ!」

 いのりちゃんの手を取って駆けだす。

「え、え?ちょ、一蹴ゲーセンって、一緒に食事に行くって言ってたのに!?」

「そんなの後回し!今日は思いっきり遊ぶんだよ!まずは太鼓な!」

「え~!?私苦手って、一蹴待ってよぉ!」

「二人共~!夕飯までには帰ってくるんだよぉ~!」

 走り出す一蹴と、嵐に連れ去られるいのりちゃんに唯笑ちゃんが手を振りながら声を掛け、それに一蹴がこれまた元気に返事をして消えていった。

「……唯笑ちゃん、いったいどんな魔法使ったわけ?」

 突然の一蹴の変貌に何が起こったのか気になって聞いてみる。

「ふっふっふっ、内緒。名カウンセラー唯笑って呼んでも良いんだよ?」

 何が何やら。怪しい薬でも使ったんじゃないか?

「さてと、それよりも信君?」

「ん、何?」

「あとその二倍は買わなきゃだから覚悟してね?」

「待って、今から智也呼ぶから。なんだったら捕まえてくるから!」

 一蹴といのりちゃんがどうしたって?地下労働を命じられている俺より苦しくないだろうが!

 とりあえず姫にパフェを献上して食しておられる間に、モール内にいる羊二匹を決死の覚悟で捕獲しに向かった。

 

 

「別に私は綺麗事で彩ちゃんを応援したわけじゃないんだよ。あのね、私はただ私自身を嫌いになりたくなかったの」

「どういうことっすか?」

「だって格好悪いじゃんか。二人の事を祝福出来ない自分を想像したらね、もう壮絶にダサかったの。想像してみてよ、そんな唯笑……じゃない、私の事」

「確かにクソだせぇけど」

「でしょう?それにさ格好良いじゃない?二人の幸せを想って身を引くって。しかもそうすることで二人の傍にもいれるわけだし、一石二鳥だよね」

「え~?でもそれって今坂さんの気持ちはどうなるんすか?」

「どうなるもなにも、智ちゃんの事好きなままだよ」

「そうじゃなくて、もう勝ち目ないじゃないですか」

「あ~、お子様だなぁ一蹴君は。あのね、恋愛なんて何があるかわからないんだよ?どんな事で別れるかわからないもん」

「うっわ、隙見て奪おうってことっすか?」

「人聞きが悪い言い方するなぁ。そういう可能性もあるって話。少しはそういう考えもなくはなかったよ」

「俺の中の今坂さん像が崩れてく」

「幻想抱き過ぎだよ。そういう打算がなかったわけじゃないし、だから少しでも二人の傍に居られる方法を選択しただけだもん」

「あんたの親の顔が……二度と見たくねぇや」

「それに考えても見てよ。彩ちゃんのこと大好きで、智ちゃんの事も大好きで、その二人の笑顔がずっと見れるって凄いお得だよね。唯笑のおかげで」

「自分の功績だって言っちゃったよ!デメリットよりメリットの多い方選択したってわけでしょ!?」

「人間関係ってデメリットとメリットって大事だよぉ」

「まあ、最近染み染み感じてますけど……なるほど。つまり今坂さんは見栄っ張りなんですね」

「その言われ方は嫌だなぁ~」

「だってそうじゃないっすか。世間的に格好悪いのは嫌で、自分が綺麗なままでいられる方を選んだわけでしょ?」

「黙ってれば格好いいもん」

「だから秘密だったわけっすか。確かに三上や信には言えねぇ~」

「言ったらお母さんを派遣するからね」

「来世でも守りますから勘弁!にしても、卑怯ですね今坂さんって」

「でしょ~、だから一蹴君も打算的に「そうじゃなくて」にゃ?」

「だって、今坂さん信じてるでしょ?万に一つも二人が別れる事なんて前世だろうが現世だろうが来世だろうが、どこだろうとどんなに時間が経とうと、あり得るわけがないって。今の三上が桧月さんに心底惚れ続けてるのがその証拠じゃねぇかな」

「ふふ、バレちゃったか。そうなんだよね。二人が別れるなんて、奇跡的な確率だからね。だから真剣に元旦に一夫多妻制を毎年神様にお願いしてたんだもん」

「毎年初詣に行くたびに何願ってんだあんた!?」

「良いんだよそれくらい図々しくても。二人は許してくれるもん」

「甘え方えげつないな!!」

「だからね、もっとも~っと一蹴君も図々しくて良いんだよ」

「……え?」

「いのりちゃんと一緒にいたいなら狡くても何しても一緒にいればいいの。どんな事があったって一緒にいれば良いんだよ。大事なのは一蹴君が笑顔でいられるかどうかなんだから」

「今坂さん」

「一蹴君はどんな自分なら笑顔でいられるか、それだけを考えて。そうすればきっと智ちゃんが、ううん。私がどうにかしてみせるから、ね?」

「……良いんすかね、それで」

「いいのいいの、昔の智ちゃんなんか彩ちゃんと私の気持ちなんて考えた事もないんだから。あ、二人が戻ってきたよ~。一蹴君、今の内緒だからね!」

 

 

 

 閑静な住宅街に店を構える『ならずや』。本日は一日貸し切りとなっており、常連の大学生諸君、もしくは社会人によるクリスマスパーティーが行われる。

 店内は参加者により煌びやかに装飾され、小さな簡易ステージも用意されている。

 いつもは騒々しく謎に満ちた看板娘と、近所のマダムを虜にするイケメン店員はそれぞれ予定があり不在。店長はいつも通り厨房の妖精となり、唯一静流だけがカウンター内でなぜかサンタコスの出で立ちでフロアを楽しそうに眺めている。

 立食形式でテーブルの上にこれでもかと言うほどのオードブルがひしめき合い、参加者の手にはお洒落なシャンパングラス。

 楽し気に会話している参加者たちの前に一人の男がステージに上がり、全員がようやくかとその男に視線を注いだ。

 マイクを手に持ち、男はフロア全体を見回し……

「この道を行けばどうなるものか……危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ!行けばわかるさッ!」

 間違っていた。壮絶に徹底的にシチュエーションを彼は間違えていた。

 ここはリングの上でもなければ、上裸の筋肉質な男達もいない。

 顎をしゃくれさせ、微妙な物真似に白けた空気が漂うが本人は一切気にしない。彼の宿敵とも呼べる伊波健が、彼のネタを全力無視して恋人といちゃつこうとも気にしない。少々腹が立って、もう少し長々とネタをしてやろうかとも思ったが気にしない。日本の文化に疎い詩音が首を傾げていてもなんのその。

「それではぁ、御唱和ください。い~ち!に~!さ~ん!」

 

 

『メリークリスマースッ!!!!』

 

 

 こうして一年で一番賑やかで、一番鬱陶しく、一番嬉しい夜が幕を開けたのだった。

 

 

 

「本気でないと思わない静流!?」

 一年に一度の聖夜。特別なはずのパーティーで、一人スーツ姿でセクシーサンタに絡む酔っ払いが一人。社畜お姉さん小夜美である。彼女がその場にいるだけで、パーティーとは名ばかりに居酒屋へと変貌していた。

「だから嫌なのよね女がそこそこにいる職場って。ちょっとしたことでグチグチ言ってさぁ!大したミスでもないんだから黙ってフォローしろってのよ。一々その程度の事で仕事止めてたら仕事が回らないっての。こっちは残業したくないのに、うちの社員の男連中も可哀想よねぇ!口を開けば悪口ばかり。SNSだけじゃ物足りないらしく、リアルでも炎上させてんのよ。そのまま燃え尽きちゃえばいいのに」

 だが、そんな親友の社会人あるあるに慣れている静流は涼しい顔で、本当に大変ねぇ~。うんうん、わかるわ。小夜美は頑張ってるもの。という定型句を繰り返してちびちびとワインを飲む。

 ここで炎上している小夜美への消火器はどこかしら?と思案していると……

「クリスマスまで社畜の憂鬱振り撒いて何してんだあんたは」

 小夜美を灰に変えるほどの燃料がわざわざ顔を見せに来た。

「何よぉ?なんか文句あんの?どうせね、智也君だってあと何年もしないうちにこうなるんだから。今はまだ良いかもしれないけどね、社会に出れば嫌って程女の醜い部分を見るんだから」

「今正に見てるのは醜くないのかよ」

「失礼ね!どの角度から見ても完璧美人でしょうが!」

「どの角度から見ても飲んだくれの親父なんだよ!ねえ静流さん!?」

 厄介な絡みをしてくる小夜美の矛先を変えようと智也は静流へとパスを出したつもりだったのだが……

「そそそ、そうね。うん、良いんじゃないかしら。ブッシュドノエルでクラシックショコラなのよね」

 智也から目を逸らし、顔をこれでもかと紅潮させ、目をぐるぐるさせて頭からは煙が昇っている。端的に言えば修理に出すレベルだった。

 彼女が故障するのも無理はない。智也に意識がなかったとはいえ、彼を前にすると自分の初めてを捧げた夜が鮮明に蘇ってきて、まともに智也の顔を見ることが出来なくなっていた。

 これまでの人生、彼女ほどの美しさを持つ女性にしては珍しく、男性経験などほぼ皆無。手を握ったのはいつだったか……小学校の時のフォークダンスだけという悲しい過去だけ。

 そんなおぼこな彼女が大胆な行動をとったのだ。この程度の故障で済んでいるのが奇跡なのかもしれない。

 あの夜以来、智也を前にすると動悸が激しくなり、何かと逃げるようになっていた。

「ん~?静流さん、なんかこの前から思ってたんですけど……」

 窺うような視線と言葉に、静流の心臓が止まりそうになってしまう。もしや自分の気持ちに気付かれたのではと。

 そうだとしたら智也はどんな反応をするだろうか?想像すると怖くもあり、どこかで都合の良い期待もしてしまう自分がいた。

「日焼けしました?やたら顔が赤いけど」

 期待した自分、雪に埋もれて息絶えて。

 静流は智也に限って恋愛関連で鋭いわけがないと、安堵と少しだけ残念な気持ちが混ざったため息が漏れた。

「あはは!んなわけないじゃない智也君!あのね、静流は親友を差し置いて君の――ッ!!??」

 人の恋路を笑顔で踏み躙ってレースから脱落させようとした親友に、静流は即座に棚からスピリタスをボトルごと小夜美の口へと流し込む。(良い子は真似しないでね)

「うおーーーい!!静流さん!?致死量!それ良い子が真似出来ない致死量だから!」

「大丈夫よ。小夜美は一日これを一升呑まないと調子が出ないっていつも言ってるもの」

「産まれる国どころか産まれた種族間違ってるからそれ!」

「心配しなくても大丈夫よ。ねえ、小夜美?」

「…………」

「無言で白目向いてるじゃないかよ!違う世界覗いちゃってるよその白目!」

「まったくしょうがないわね小夜美は。それじゃあ奥に寝かせ「ふふふ、この程度であたしを倒そうだなんて甘いわね静流」……誰かしら?死者蘇生を使ったの?」

「こ、小夜美さん?救急車呼ばなくても良いの?」

「はあ?この程度で倒れてたら社会人やってられないわよ。世のサラリーマンはみんなスピリタスの一升や二升軽く飲む企業戦士なんだから」

「人間辞めなきゃ就職出来ないなら俺ニートでいいわ!」

 霧島小夜美、人間辞めてみました。なんて売れないラノベのタイトルような大人になってしまった小夜美だが、さすがに人間としての許容量を大幅に超えていたのだろう。ふらっとよろめいてしまい、そんな小夜美を智也は倒れてしまわないようにどこぞの少女漫画の主人公のように支える。

 その姿を目にした静流は笑みが引き攣り、同時にその手があったかと羨望の眼差しを向ける。小夜美も汚れを知らなかったむか~し昔に戻ったかのように頬を赤らめ……いや、アルコールのせいかもしれないが真っ赤な顔でありがとうと声にしようと顔を上げる途中……

「ありが……ん?んん~?」

 智也の首に何かが掛けられているのをしっかりと目撃し凝視する。

 普段智也がアクセサリーをしているのを見た事がない小夜美は、なんぞこれは?とおもむろに智也の胸元に手を入れた。見事なセクハラである。

 あまりにあんまりな行動に静流が小夜美何してるのよ!と抗議の声を上げるが、それどころではない小夜美は一気に酔いが冷めた気分だった。

 そんな小夜美の突飛な行動にすでに調教済みの智也は、やっちまったとでも言うように額に手を当て天を仰ぐ。

「あーーーーーーー!!??」「ええ~~~~~~!!??」

 その時、小夜美の声と同時に少し離れた場所で白河ほたるの驚愕の声が奇跡的に重なったのだった。

 

 

 

 ところ変わって稲穂信は智也以上にカオスな状況となっていた。

「ねえ、信君。あたしは信君の交友関係の広さに今更驚かないんだけどね?」

 ちびちびとハイボールを呑みながら、目の前の信へと何かしらの愚痴を言っている音羽かおるだが、信はかおるが何を言いたいのかわからず、にへらと笑っているだけである。若干汗を掻きつつだが。

 二人共高校を卒業ないし退学をして、毎日のように会う事もなくなった。だから、お互いに別な世界が出来るのは至極当然。その事に文句を言うつもりはこれっぽっちもない……はずが、かおるはどうしても言わずにはいられなかった。

 その原因は……

「信、やっぱり私邪魔じゃない?」

「そんなことないって。むしろ邪魔な奴ばっかり集まるのが俺達なんだから、むしろもっと邪魔して良いから」

 シンデレラを片手に信から片時も離れない年下の女の子の所為である。

 ルサックに最近入った子で、名前は仙堂麻尋。年の割に大人びた印象を持つ彼女は肩身が狭そうにしている。

 どうにも、彼女の持つ悩みを信が手助けしているようで、息抜きのつもりで呼んだらしい。わざわざ信が彼女の会費まで払って。

 そこまで深い事情を知らないかおるからしてみれば、息絶えようとしている獲物を前に、飢えで苦しんでいる雌ライオンが対峙しているかのような錯覚を受けたのだ。

 もっと言うなら……せんぱぁ~い、ここわからないんですけどぉ~と、どこから声出してんだテメェと言いたくなる甘ったるい声に、どこがわからないんだい?後輩。と応える信……なんて妄想まで出来上がっている始末だ。

 実際は居酒屋のおっさんに絶賛絡まれ中の馬鹿にとても似ていて、放っておけないだけだったりする。

「どうもぉ、信君がいつもお世話になってごめんね。あたしは音羽かおる、よろしくね」

 とにもかくにも勘違いからの先制ジャブ。ドラマでは負け確定演出だが、本人は気付きもしない。年下に大人気なくなってしまうのが女性の本能なのかもしれない。麻尋が年下なのにも関わらず呼び捨てにしている事が気に食わないのかもしれないが。

 普通ならなんだこの女?となるであろう自己紹介に、しかし麻尋はどこか驚いたようにかおるを見ていた。

「仙堂麻尋っていいます。今日はお邪魔してごめんなさい。あの、もしかしてモデルさんか女優さんですか?」

「へ?」

「あ、不躾にすみません。すらっとしていてお綺麗だから、もしかしてって思ったんですけど」

 やだぁ、凄く良い子じゃな~い。

 社交辞令ではなく、本気で麻尋がそう思っている事がわかり、逆に失礼な妄想を展開していた自分を引っ叩いてダストシュートへぽい。澄空OGはちょろいのでも有名なのかもしれない。

 麻尋がかおると話し始めると、初顔の麻尋が肩身の狭い思いをしないように、もしくは珍獣を発見して群がってきたかのように、徐々に女性陣が麻尋の周りに集まり始めた。

 みなも、鷹乃、荷嶋姉妹等々。特に麻尋が驚いたのは飛世巴にだった。元々俳優にとある事情から注目するようになって、巴の劇団の公演を観に行ったことがあったらしい。巴が声を掛けると、麻尋はそれまでの大人びた雰囲気が吹き飛び、舞い上がったというか、若干飛び上がって喜びをあらわにした。彼女にしては珍しいほどに興奮している。

 楽しそうな麻尋に信は胸を撫で下ろす。今日くらいは誰もが少しだけ幸せになっても良い日だろう。麻尋の問題は智也には話せない。話してしまえば智也は問題の人物たちの元へ殴り込みに向かうのは想像に難くない。だからこそ、自分が彼女の雨を優しいものへと変えてみせる。

 信自身、麻尋の問題に関しては解決出来ると確信していた。なぜなら、彼は麻尋の数倍手の掛かる馬鹿と高校から絶え難い絆で結ばれているのだから。智也に比べればはるかに手が掛からないだろう。

 優しい同級生に麻尋を任せて、信は隅でちびちびやっている三人の元へと向かった。

「よお、背中が煤けてるぜショーゴ」

 伊波と扉に挟まれてやさぐれている正午の肩に手を回す。

「信……今日はありがと、俺の為にこんな盛大なパーティーをしてくれてさ」

「うんうん……悪いトビー。こいつ何言ってんの?」

 正午のあまりの土砂降り具合に理解が追い付かず、扉へと翻訳を依頼。

「女にすっぽかされたんだとよ。笑えるな」

「なるほど」

「一月も前から用意してたんだよ。気取ったのは嫌がるから、家で二人っきりで過ごそうって。ケーキも都内屈指の名店で予約してさ」

「へぇ、どおりでこんなに美味しいと思ったよ。ありがとう正午君。ハッピークリスマス」

「よくそんな笑顔で食えるね!天使じゃなくて悪魔が舞い降りちゃってるじゃないか!」

「え?ほたるの事悪魔って言ったの?蹴っていい?」

「自分の事だとは思わないのかなぁ!?しれっと彼女に責任押し付けようとするなよ!」

 とても愉しそうに正午を肴にシャンパンとケーキを嗜む健と、人の不幸が何よりものご馳走な扉。

 クリスマスに暇な売れっ子タレントなんているわけもないのは正午も重々承知している。ただ、どんなに遅くなっても良いから会いたかっただけなのに、カナタは正午に対して、とてもとても大人な言葉を送ったのだ。

『ごめんねショーゴ。あたし、ショーゴと違って学生じゃないのよ』と。

 血も涙もなく、学生の自分には確かにわからないと、反論も出来ずに正午はごめん、仕事頑張ってくれと涙を呑んで返したのだった。

 夜が明ける前にサンタのコスプレをしたカナタが正午の部屋に尋ねてくることになるとも知らず……それはまた別のお話。

「見てくれよコレ。クリスマス限定のアンクルなんだけど」

「ほお、良い趣味してんな」

「わかんのトビー?」

「まあな。俺のグローブもそこのブランドだからな」

 ボンボンの正午が選んだブランドが安いわけがない。悪者ぶっていながらも本物思考の扉が認めているブランドだ、よほど価値があるに違いない。

「ほんとだ、良い趣味してるね。ありがとう、ほたるの為に」

「ジャイアンかよ!」

「え、違うよ。正午君の物は皆の物じゃない」

「まさかの全員ジャイアン説!?お前の親友やってる中森に畏敬の念すら抱き始めたんだけど!?」

「……いいよ翔太なんて。せっかく誘ったのに、バイトで来れないって。ずっと楽しみにしてたのに」

「気持ち悪ッ!!中森が恋人みたいになってんじゃねぇか!」

「ちょっと!翔太は恋人じゃないよ!……絶対に縁が切れない、かけがえのない存在なんだから」

「白河に土下座してこいよ!こんなBL誰も得しねぇんだよ!」

「そういえば、イナケン。たるたるといなくて良いのか?」

「ん、この後僕の部屋に泊まる予定だから。久しぶりに今坂さんと話したいんだろうし」

「唯笑ちゃんと?」

「ほら、あの二人って中学一緒だったから」

「ああ、そうか」

 確かにそう言っていた覚えがある。

 周りを見渡すと、それぞれが思い思いに楽しんでいる。

 智也はアダルトチームの介護に向かい、唯笑はほたると思い出話をし、双海さんは紅茶の事を質問されたのか、望と深歩に紅茶講義をし始め、麻尋は前述のとおり。

 中々に良いクリスマスになったなと一息つこうとすると、二人の姦しい声が響いたのだった。

 

 

 

「ほたるちゃんメリークリスマース!」

「メリーーーーーークリスマァーーーーース!!」

 高らかに鳴るシャンパングラスが重なる音。旧友との再会に喜び合う。

「元気だったほたるちゃん?」

「うん、中々日本に帰って来れなくて寂しかったけどね」

「伊波君に会えなくてでしょ?」

「毎日電話はしてるんだけどやっぱり会いたくなっちゃうんだよ~。唯笑ちゃんは智ちんとは?」

 智也とは?と聞かれても変わらないと答えれればいいのかそれとも、年下の強力なライバル出現と答えればいいのか唯笑は迷っていた。聞くところによると、いのりはほたると近しい間柄でもあるわけで……

「実は近々入籍「お姉ちゃんシャンパンおかわり~」唯笑の冗談そんなにつまらないかな!?」

 気を遣って誤魔化そうとした唯笑の努力は水泡に帰す。シャンパンの泡となって。

「え~、だって智ちんだよ?」

「どゆこと?」

「智ちんは有名だったもん。智ちんと付き合うのって、ハー〇ード大学の特待生になるレベルで難しいって」

 そういえばそんな噂は中学でも高校でもあった。理由の一つとして、いつも彩花と唯笑が智也の隣にいた事も大きいが、そもそも彩花とは付き合う前から熟年夫婦のように周りの目には映っていた。智也がお茶が欲しそうなときは、言う前から彩花は用意していたし、智也も彩花が委員の仕事で大変そうな時は黙って当たり前のように手伝っていた。完成された絵画のような二人に挑む猛者がいなかったこともないが、二人共やんわりと笑顔でその申し出を断り続けたのだ。

 ガ〇ツでも二人には太刀打ちできないともっぱらの評判だった。

「……今は別の意味で難しいかも」

「ほえ?」

「ううん、なんでもない」

 蒔田一家との確執が解け、過去に縛られることがなくなったのは素晴らしい事なのだが、逆を言えば智也はようやく中学三年の自分から時が進んだということ。つまり、恋愛観もあの頃のままなわけで、今の智也はまごう事なきピュアボーイというわけだ。

「そういうほたるちゃんこそ、伊波君とはどうなのかな?」

「どうって、健ちゃんが就職するまでわからないよ。でもでも、就職したら健ちゃんは絶対ロマンチックにプロポーズしてくれる気がするんだぁ~」

「伊波君なら夜の海辺で指輪をとかありそうだよね!」

「うんうん!ふへへ」

「涎出てるよほたるちゃん」

「あいや~。失礼仕ったでごわす」

 今日も今日とてほたるは全力で白河ほたるだった。

「でもねでもね!最近心配なんだよ!」

「何が?」

「……智ちんに悪影響されてないか」

「むしろ智ちゃんがいつも撃退されているように見えるけど」

「そうなんだけどね、前に智ちんが健ちゃんの誕生日にによくわからないパンツをあげたんだけどね、たまにそれを見てしょうがないなぁって顔をして笑うんだよ!」

「それなんてBL?」

 まさかの健ツンデレヒロイン説に、さすがの唯笑も若干引いていた。

「もしもこのまま影響を受け続けたら、プロポーズが漫才ライブの客席で、しかも関西弁でされちゃうかもしれない!」

「唯笑は想像の羽の広さにびっくりだよ!」

 さすがに智也でもそこまで人の恋路をコントにするようなことは……ないとは言い切れない。むしろ率先してやる想像が出来てしまう。

「ま、まあその時は唯笑が全力で止めるから」

「うん!頼りにしてるからね唯笑ちゃん!智ちんを止められるのはもう唯笑ちゃんだけだから!頼りにしてるよ!」

「クリスマスなのに重い信頼を貰っちゃった」

 苦笑しながらシャンパングラスに手を伸ばすと、あれ?とほたるがようやく気付いた。

「唯笑ちゃんその指輪って……ダイヤ、だよ、ね?」

 わなわなと震えながら指差してくるほたるの様子に、ちょっとした悪戯心が芽生える。

 しまったと慌てる演技をしながら左手を背中に隠す。

「あ、えっと……これは、その……」

「そ、それってファッションとかじゃないよね?だってダイヤだもんね?」

 あははと頬を掻きながら視線をずらす。こういう小細工に余念がないのは母親と智也の悪影響なのは間違いない。

「う、ん。実は、唯笑の一番大切な人から貰った、何よりも大切な宝物なんだ」

 健がBLならば唯笑は百合路線である。

 間違った事は言っていないし嘘でもない。誰に聞かれても胸を張って答えられる。言い回しを多少変えただけなのだから。

 そんな唯笑の答えにほたるは驚愕の声を発したのだった。

 その声と同時に居酒屋と化している一画からも声が木霊したが、そんなことに構ってられないほたるは唯笑へと詰め寄る。

「まさか唯笑ちゃん、智ちんと婚約したの!!??」

 周囲に聴こえる声。その声に反応した人数は数えるまでもなかった。

 鬼ごっこする人この指と~まれ!と掛け声をかけたかのように押し寄せる面子は、みなもと巴である。ちなみに、アダルト二人は修羅の如く智也をダブルブレンバスター。

「なにそれどういう事よ!」

「ゆ、唯笑ちゃん智也さんとは付き合ってないって言ってたのに」

 慌てて詰め寄る二人に満更でもない顔の唯笑と、カタカタと紅茶のカップを持つ手が震えている詩音。聞き耳だけは草食動物かのように立てている。

「あはは、そんなに慌てなくてもちゃんと話ッ!?いたたたたた!?」

 優越感に浸る唯笑の元へ、額からダラダラ流れちゃいけない赤いものが流れている智也が鬼の形相で背後を取り、万力の力を持って梅干しを敢行する。

「痛い痛い痛い~~~~~!!智ちゃん女の子にやっちゃ駄目な力だよぉー!」

「うるせぇ!お前の所為で出血多量だろうがゴラァッ!」

「トミー!どういうことよ!あたしというものがありながら!」

「智也さん、私が結婚するまで結婚しないって言ってたのに」

「ほえ~、やるね智ちん!」

「うるさいうるさい!ちょっと落ち着けお前等!あとみなもちゃん、大丈夫。俺は君がお嫁に行くまでちゃんと「結婚式はいつにしよっか智ちゃん?」黙って死んでろテメェはッ!!!!」

 収拾のつかなくなった現場にニトログリセリンの二人、小夜美と静流も合流。

 その現場を間近で傍観していたほたるは……

「めでたしめでたし」

「締めるの下手だなテメェは!」

 ギャグの才能が枯渇しているほたるを一喝。

 地味に傷ついたほたるは健に泣きつき、暴〇団幹部のような雰囲気を醸し出して健も合流。

 智也は思う。今この時幻魔拳を授けて欲しいと。聖夜だけに……

 

 

 

 なんとか唯笑の嘘を力技で鎮火させ、みなもには後でちゃんと説明すると約束した智也は、もう女子会なんか滅びれろと呟いて信達の元へと逃げていった。

 そもそも、唯笑の左手に指輪があれば相手は一人しかいないと誰もが勘繰るし、その説得力も絶大だ。嘘に聴こえなくても仕方ないだろう。結局唯笑が嘘だと弁明し、智也と自分がとある事情で母親から譲り受けたものなのだと語ると、納得はしないものの、それならと解散。

 思った以上の騒動になって、唯笑は今後このネタは封印しようと決めた。

「じゃあ、その指輪って結局どういう物なの?」

 喧騒が収まりまた二人で呑み始めるとほたるが素朴質問をする。

 さっきの場では彩花を知らない面々もいたため話すことはしなかった。みなもと巴だけなら話しても問題はなかった。

 だから、彩花の事を知り、それだけじゃなくとても仲が良かったほたるに黙っている理由は、どこにもない。

「ほたるちゃんなら良いかな。これはね……あ、ちょっと待ってて」

 席を立ち、智也の元へと向かう。自分だけの問題ではない為、許可を取りに行くと、智也は好きにしろと答えた。智也もほたるが彩花と仲が良かったことを知っていたのもあるが、中学の頃ほたるに智也は恩があった。その恩に報いるのであれば断る事はない。むしろ智也の身に起きた事を全て話しても良いと、自分の罪を話すことを許した。指輪を譲り受ける経緯を話すうえで、それは避けては通れない道なのだから。

 智也の元から許可貰ったよぉ~と戻ってきた唯笑は、ほたるへと語り出す。自分達四人が四人でいられる幸福へと続く途上の話を。

 

 

 

 話を聞き終えたほたるは、言葉もなく、声を失ったかのようだった。

「これが、智ちゃんとお母さん達が隠してきた事で、彩ちゃんと一緒に笑えるようになった話なんだけど……ほたるちゃん?」

 語り終えてほたるの顔を覗くと、ほたるは声もなく涙を流していた。

 知らなかった、彩花の死からの四人の絶望を。

 知らなかった、三人の笑顔の裏にあった涙を。

 会いたくなった、親友と呼べるかもしれない少女の笑顔に。

 唯笑の話を聞き終え、ほたるは悔しくなる。なぜ自分と同じ年月を生きてきた彼等がこんなにも過酷な目に遭わなければいけないのかと。なぜ自分は彼等を支えてあげられなかったのかと。

 世の中には沢山の不幸が溢れていて、彼等の不幸はその一つに過ぎない。ほたるのピアノに一時でも心が救われる貧しい人だって、彼女はその目で見てきた。

 それでも、なぜ自分は過去にあんなにも近くにいた彼等を救えなかったのか……

 健との事で乗り越えてきた障害を決して小さいとは思わない。あの時の自分は健と一緒にいる為に必死だった。だけれど、自分が苦しんでいた時彼等はずっと孤独に耐え続けていた。

(ごめんね、あやぴん)

 思い出すのは過去の眩い光景。

 彩花と共に過ごした掛け替えのない日々。

 いつか彼女は言った。ほたるのピアノには人の心に寄り添う優しさがあると。きっと沢山の人が救われると。

(そんな力、そんな優しさほたるにはないッ。あやぴんの大切な人が苦しんでいたのに、ほたるは何もしなかった!)

 唯笑の言葉一つ一つがほたるの心に突き刺さった。

(ごめん、ごめんねあやぴん。あやぴんはあんなにほたるに笑顔をくれたのに、ほたるはそんな事も忘れて何もしてあげる事出来なかった……ごめんね)

 自分の無力に涙を流す彼女の目の前に……

「ほたるちゃん。泣かないで。唯笑ね、今幸せなんだ。智ちゃんも信君も彩ちゃんも、みんな気兼ねなく馬鹿みたいに笑えてるんだよ?だから、悲しい話でも何でもないの。ただほんのちょっと躓いちゃったってだけの話なんだよ。智ちゃんも、彩ちゃんと仲が良かったほたるちゃんだから話しても良いって許してくれたの。彩ちゃんなら何でもない事のように、馬鹿だよねって話すんだろうって唯笑もそう思うから……だから、はい」

 左手の薬指から離れた指輪。その指輪をほたるの手に握らせる。

「この指輪があると彩ちゃんと話せる気がしない?」

「いい、の、かな?」

 ほたるの言葉には二つの意味があった。

 こんなに大事な形見を少しの間でも預かっても良いのか……そして、何もしてあげられなかった自分が彩花と話しても良いのか、と。

 止めどなく涙が零れているほたるに、唯笑は満面の笑みで……

「ほたるちゃん知らないでしょ~。彩ちゃん、いっつもほたるちゃんのピアノの話をしてたんだよ。音楽室でいつも弾いてもらってるんだぁって。唯笑よりもほたるちゃんに夢中で、ちょっと嫉妬してたんだから!……だから、会ってあげて欲しいな。それと、今度ピアノ聴かせてほしいな」

 もう、無理だった。

 ほたるは唯笑の言葉に深く頷き、指輪を握り締めて外へと出ていく。

 誰に憚ることなく友と語る為に。友の腕の中で、去来する想いを何もかも吐き出す為に。

 そうして静かな夜に、在りし日の友と彼女はようやく再会を果たした。

 

 

 

「ねえ、智也君?」

「なんだよ」

「今、ほたるが泣いて出ていったんだけど、どういうことかなぁ?」

「俺の所為じゃねぇよ!?」

「でも、なんで泣いてたのかは知ってるでしょ?」

「……さてな」

 瞳を閉じて智也は想う。放課後の夕日が射しこむ音楽室で、友の為に優しい音を奏でるほたると、嬉しそうに楽しそうに、目を細めて優しい音に酔い痴れる愛しい人の幸福な光景を。

「白河に聞けばいいさ。白河のもう一人の親友の話をな」

 

 

 

 白い息が部屋の中に昇っては消えていく。

 悴む指を擦り合わせ、毛布を羽織りベッドに背を預けて座り込んでいた。

 食事をした後、一蹴の携帯に連絡があり、縁ちゃんから早く帰ってくるようにと言われたのか、わたわたと帰宅していった。

 そういえば一蹴、唯笑さんと何を話したのかは聞かなかったけれど、吹っ切れたように晴れやかな顔で遊んでたなぁ。私もそんな一蹴に手を引かれて遊ぶのはすごく楽しかった。まるで三上さんと遊んだ時の様で……

 暖房を付ければ良いのかもしれないけれど、とてもそんな気にはなれず、自室でオブジェのようにじっとしているだけ。

 クリスマスなのに、私の部屋はライトどころかキャンドルも灯っていない。

 真っ暗な部屋は月明かりだけが頼りで、月明かりに浮かぶのは一蹴から貰った赤いふわふわとしたコート。

 私に似合うかな?喜んでくれるかなって一生懸命に選んでくれた姿を想像すると少し嬉しくなって、小声でありがとうと呟く。

 こんな私なんかの為に、ありがとう。ごめんね。

 そうだ、夜中の内に部屋を片付けなくちゃ。お昼にお母さん達が帰ってくる。

 本当は今日は帰ってこないのに、嘘、ついちゃった。だって、一蹴といてしまえば私は一蹴に際限なく甘えてしまう。今日だけはおかしくなってしまう。

 双海さんと三上さんが夜を共にしている姿を想像してしまう。

 そんなわけがないって、ならずやでパーティーをしているってわかってる。それでも、嫌な映像が……心が軋んで潰されてしまう二人の姿が勝手に浮かんできてしまう。

 

 

『智也は恋を知らないんだ。彩花ちゃんとは恋を最初から恋を超えていたからね。だから、二人共恋を知らない。ね?彩花ちゃんに出来なくて、いのりちゃんには出来る事だろ?』

 

 

 そう、ですね。でも、それは私じゃなくても出来るじゃないですか。それに、こんな想いをするくらいなら恋なんて知らないほうが良いんです。狂ってしまうような恋心なんて、誰も幸せにしないじゃないですか。

 囁かでも温かい、陽だまりのように落ち着ける恋で良い。狂ってしまう恋なんて苦しいだけ。

「わかってるのに、どうして?」

 貴方が欲しくて欲しくて、理性とは別な本能があの人を求めてしまう。

 あの人の背中へ伸びてしまう腕を、何度も何度も堪えて、それでも伸ばそうとしてしまう。

 いつまで続くのだろう、この苦痛が。いつまでこの甘美な苦痛の中に居続けるつもりなの?

「三上さんとケーキ、食べたかったなぁ」

 初めて私は、ケーキも温かな料理も、クリスマスツリーもライトもない、誰も傍に居ない……そんなクリスマスを過ごした。

 

 

 ――ハッピーーーー!!!!クリスマ~~~~スッ!!!!――

 

 

 急いで掃除を済ませた後、疲れが溜まっていたのか毛布にくるまるとすぐに眠ってしまい、深い夢の中でそんな陽気な騒音が聞こえた気がした。

 

 

 

「手伝ってくれてありがとう」

 パーティーが終わり、使用した皿を洗っていると静流さんに礼を言われ、首を傾げる。

「いや、さすがに一人じゃ大変だし、それにこれくらいはね」

 信と唯笑が飾りを取ってフロアの掃除をしてくれている。こんな状況をさすがに静流さん一人に任せるわけにはいかないし、何より……

「静流さんにはあれの片づけを任せないとだからね」

 指を差した先には、椅子を三脚使って豪快に眠るおっさんのような美人?が横たわっている。

「あら、気にしなくていいのよ。あした燃えるゴミの日だから外に出すだけだもの」

「猟奇的な友情に感動するなぁ~」

 本当にやりかねないのが素晴らしい。

「みんなは二次会に行ったのに、智也君達はいいの?一応主催者でしょ?」

「まあ、俺達はあいつ等とは別に用事があるんで。伊波の相手をするの疲れますしね」

「健君が智也君の相手をしているんじゃなくて?」

「逆ですって。見たでしょ?あのプレゼント交換」

 それぞれに料理とケーキ、そして談笑を楽しんで落ち着いてきた頃を見計らい、今回の目玉企画のプレゼント交換を行った。

 といっても、持ち寄ったプレゼントに番号を適当に張り、ビンゴゲームをして早く上がった人が一番から持っていくという、ランダムにプレゼントが渡される企画。もし自分が上がったのが三番で、三番のプレゼントも自分の持ってきた物の場合、四番と交換するという仕組みだ。

 で、伊波が一番最初に上がり、一番は俺のプレゼントだったわけだが……

 

 

『ふはははは!俺のプレゼントを貴様が得ることになるとはな!頭を低くして受け取れ!』

『頭低くしてもいいからゴミ処理券もセットで貰えるかな?』

『態度も低くしろや!』

『だって、智也君のでしょ?』

『お前な、俺をどんな目で見てるんだ?』

『ゴミを見る目』

『抉って捨ててしまえ!ゴミはお前の目じゃねぇか!』

『はいはい……ちょっと大きいね。なにこれ?』

『開けて確かめて良いぞ』

『そうするよ。静流さん、ゴム手袋貸して下さい』

『笑顔でキレ倒すぞああん?』

『冗談だよ。えっとどんなゴミが……』

『お前の俺への態度がゴミじゃねぇかな』

『あ、れ?ねえ、智也君?』

『んだよ』

『これは何?』

『何って、本棚だよ。組み立て式でな、コンパクトで持ち運びも楽なんだよ』

『いや、本棚は知ってるけどさ』

『これすげぇんだぞ!組み立ても簡単なんだけど、ほら!折り畳めたりもするんだよ!さらに車輪が内蔵されてて、模様替えするときも簡単に移動させられる優れもので!』

『DIYでテンション上がってる父親みたいになってるから!いや、待ってよ!そうじゃなくて!』

『あん?もしかして気に食わなかったか?』

『いや、普通に嬉しいけど……違う。違うんだよ!智也君に求めてるものはこうじゃないんだよ!なんで普通に嬉しい物買ってきちゃうのさ!』

『珍しいクレーマーだなおい』

『奇人変人僕智也の智也君でしょうが!もっと突っ込みがいのある物買おうよ!期待を裏切らないのが君じゃないか!』

『クソみたいなフレーズありがとうゴミ野郎。じゃあ返せよ』

『ありがたく使わせてもらうよ馬鹿!』

『めんどくせぇ!伊波めんどくせぇ!』

 

 

 てなことがあったわけで。見事にあいつの期待を俺は裏切れて気分が良かった。

「二人がこんなに仲良くなるなんて、初めて会った頃は思いもしなかったわ」

「仲良くはないけど」

 俺と伊波が仲が良いなら、サイコパスとキリストだって親友になれるだろう。

 そうしてならずやの掃除と片付けを済ませ俺達三人は店を出た。女性らしからぬ寝相のおっさんの処理を静流さんに任せて。

「じゃあ、行くか」

 車の運転がある為呑まずに過ごした俺は、ほんのりと酔っている二人に声を掛けると、二人は準備していた赤い帽子をかぶる。それに倣い俺も赤い帽子をかぶり……

「悪い子にはサンタは来ないらしいからな。サンタの代行をしてやりに行こうじゃないか」

 

 

 

 朝、ぼ~っと寝ぼけ眼で辺りを見回し、寒いのであと二時間ともう一度寝ようと目を閉じ……ふと違和感を覚えてもう一度、今度はしっかり目を開ける。

「……はい?」

 カーテン越しに、窓になにかのシルエットが見えた。誰かがいる!?とドギマギしてしまったけれど、よくシルエットを見てみると、どうにも人じゃないみたい。

 昨日眠るまではあんなシルエットなんてなかったし、もしかして不審者が?

 ドクン、ドクン、と鳴る胸に手を当てて落ち着いてから、私はカーテンを開けた。

「え?」

 すると、窓には大きな吸盤がべったり張り付いていて、吸盤の先には紐で括りつけられた子供が入りそうなくらいの大きさの靴下がぶら下がっている。

 こんなにも大きなものを取り付けられているのに気づかない自分の眠りの深さに寒気がした。もしも不審者が部屋に入っても気づかないかもしれない。

 とにもかくにも取り付けられている靴下を慌てて素早く回収する。なぜなら、道行く人や子供が指をさして笑っているのが見えるから!

 吸盤を取る暇はなく、靴下だけを回収して窓を閉める。

 あ~!もう!恥ずかしい!

 思い出すのは夢の中で聞いた声。こんな事を思いついて実行するのは一人しかいない。もしくは三人。

「こんな事をするなら直接渡してくれればいいじゃないですか!」

 無駄な事に労力を割く天才ですね!

 なんて文句を口にしながらも、どうしてかな?なんでこんなに頬が緩んでしまうのだろう。

 一人っきりの、なんでもない、過ぎていくだけのただの一日だって言い聞かせていたのに……双海さんといるんじゃないかって、勝手に想像して、嫉妬して……

「嬉しくさせないで下さい……馬鹿」

 靴下の中にはいくつかラッピングされた物があり、高鳴る胸の鼓動を心地よく感じながら、心地よい期待と共に一番上にある手のひらサイズの物をまずは手に取る。

 紐を解いて中からそれを取り出して期待に胸を躍らせ……即座に捨てた。

 中に入っていたのは、虚ろな目をした人型の何かだった。何今の!?

 袋の中には手紙も入っていたので読んでみる。

『この埴輪は三上智也様が幼少のみぎり、授業で粘土で』

 読む価値なしと破り捨てる。

 あの人は私の家をゴミ収集車か何かと勘違いしているの?返して!私の期待を返して下さい!

 放り投げた埴輪?に目を向ける。

 吸い込まれてしまいそうな目?口?に良からぬ不安を覚え、うん、やっぱりゴミだったと確認する。

 呪いのアイテムを送り付けてきて、嫌がらせばかり。

 色気のあるものを期待したわけじゃないけれど、それでも少しは私の事を考えてくれていると思って嬉しかったのに……

 落胆する気持ちに頭を振り、三上さんがおかしいだけで二人は違うはずと他のプレゼントを手に取る。

 ピンクのお洒落な包みは多分唯笑さんかな?

 壊さないように開けると、中には可愛らしい化粧ポーチが入っていた。

「さすが唯笑さん、わかってる……素直に嬉しいもん」

 そのセンスをどうか幼馴染に分け与えて下さい。私の精神衛生の為に。

 もう一つは柔らかな包みでクリスマスカラーの包装紙で包まれていた。

 包装紙だから慎重に破かないように開けると、フリルの付いたエプロンが顔を覗かせた。

 私が料理をよくすることを知っている稲穂さんならではのプレゼント。その気の利き方を親友に伝授して下さい。

「どうしよう。今度二人にはちゃんとお返ししないと」

 一人には復讐をしないと。

 まさか二人からこんなにも良くして貰えるだなんて思わなくて、笑みが零れてしまう。

 何を上げたら喜ぶだろうかと考えていると、靴下がまだ重くてもう一つ入っている事に気付く。

 もしかして三人で選んでくれた何かが?

 なんて期待しながら最後の一つを手に取ると、掌二つ分よりも少し大きめの箱がラッピングもされずに入っていた。

 箱には私の知らないフランス語?のブランド名が印字されていて、なんだろうと蓋を開けた……

「――こ、れ」

 箱を開けた私は中に入っていた物を吸い寄せられるように手に取る。

「覚えて、いたんですね」

 淡いグリーンの上品なポーチ。

 以前私がポーチが欲しいと話したことがあるのを思い出し、このポーチが誰のプレゼントなのか……誰がと書いていないのに、あの人からの贈り物なのだと嫌になるほどにわかってしまう。

 ぎゅっと胸に引き寄せようとすると、ポーチにしては少し重いことに気が付き、ポーチの中を覗くと、そこには二冊の本が入っていた。

 本を手に取ると、翻訳されていない英語の原本と、翻訳されている同じ本が入っていた。

 パラパラと捲り、本の間に何かが挟まっているのを見つけて手に取る。

『英語が苦手ならこれを読むと良いらしい』

 と汚い字で綴られていた。

 

 

『詩音は俺の友達で、帰国子女のクォーターでだな、しかも紅茶マニアで紅茶の話になると一日は語るという病気を持つやつだ。キャラ強すぎだろ』

 

 

「そういう、事だったんですね」

 だから三上さんは双海さんと?自分じゃ英語の事なんてわからないから、帰国子女の双海さんに教えてもらうために……私の、ために……

「馬鹿、ですよ」

 ぎゅっとポーチと本を胸のへと抱き寄せる。今この時の気持ちを抱き締めていられるように、この瞬間を失くしてしまわぬように。

「馬鹿な人……こんな事されたら、こんな気持ちを貰ったら、忘れられるわけないじゃないですか。こんなにも嬉しい気持ち、忘れたくなくなるじゃないですか」

 毎日毎日、一人になる度に自分の愚かさに、弱さに涙していた。いつになればこの気持ちは消えて、貴方の傍にいられるのかって、苦悩しない日はなかった。

 だけど、今は……

「あなたみたいな馬鹿なサンタ……好きにならないわけないのに」

 嬉しくて嬉しくて、これまでの人生の何よりも心があったかくて、ポカポカしてずっと包まれていたくなって。

 もう、無理。この気持ちを消し去るなんて、それこそ私の全部が死んでしまう。

「大好きです。私とこの先もずっと一緒にいて下さい」

 いつかこの言葉が伝えられる私になろう。

 貴方に胸を張って、最高の笑顔で、声高らかに貴方に伝えられる、そんな私になろう。

 誰に憚る事もなく、貴方の胸に飛び込める、そんな私になろう。

 踏ん切りの付いた気持ちと共に私は……

「これ不燃ごみかな?」

 埴輪の処理に頭を悩ませたのでした。




ま、間に合いました。なんとかクリスマスに間に合いました。
なんとしてでもクリスマスに上げなければと炬燵に入りながら急いで書きました。お待たせしてすみません。決してロンにゃ!とかいう猫娘が出るゲームにのめり込んでいたわけではありませんよ、ええ。

コロナで今年の冬も大変ですね、どこもかしこも。サンタもコロナを気にしてガスマスクで不法侵入をする事でしょう。ぜひ会いたいです。僕のお願いは一つ。寝ててもお金が入ってくるようにお願いします!寝て起きて仕事しての繰り返しが果たして人間らしい暮らしなのでしょうか!コロナなのですし、家にいる事がジャスティスじゃないでしょうか!つまり引き籠り正義ですよね!世間も認めてくれてますしね!

コロナに関しては、とても大変みたいですね。コロナによって迫害を受ける人々がいると。嘆かわしい。
文句を言う人に僕は言いたい。予防だなんだとうるさい人に僕は、勘違いしている人黙っててと。
アルコールはただ何度もするだけでは、免疫を殺してしまいますし、手についている菌はそのまま付着したままですので、手を洗ってからアルコールをしましょう。
コロナ渦の中、少しでも智也達を見て笑ってくれたら幸いです。

では、また。遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
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