秋も本格的に深まろうかという時期、街に吹く風は湿り気など感じさせず、ほんの少しの冷たさを含み始めている。そんな時期だというのに、その場所は異様な熱気が籠っていた。
お世辞にも大きいとは言えない大学内での野外ステージの前。そこには二百人以上もの人々がひしめき合っていて、今か今かと何かを待ちわびているようだ。
この日は千羽谷大学での大学祭初日。通称千羽祭と呼ばれる大学祭は、県内でも有数の大学祭で、県外からも来客があるほどの人気を誇り、二日に渡って開催される。ただ、初日は一般には解放されておらず、在学生及び卒業生、もしくは在学生からの招待状がなければ参加出来ない。その招待状の希少価値は、ネットで高値で取引されるほどだ。
なぜここまでの人気を得たのか……一つは全国でも稀に見る美女、もしくは美少女の在学率が高い事だろう。その証拠に、芸能事務所のスカウトマンが当時在学中であった白河静流と、霧島小夜美をストーカー一歩手前の熱意で口説いていたという恐ろしい事実がある。
二つ目は、全国でも稀に見る個性的……悪い言い方をすれば馬鹿が集まる大学だからだ。毎年何をしでかすかわからないエンターテイメント性が、毎度の如くネットを中心に話題になる。三上智也が在学していることが良い証拠だろう。
と、出店の質なども高いこともあるが、主にこの二つが人気の理由となっている。
そんな美女と馬鹿による狂演を今か今かと、馬鹿達がその類稀なる馬鹿を発揮する時間を待っているのだ。
千羽祭初日、開催まであと五分を切ろうかという時、スピーカーから野外ステージ担当MCである二人の声が観客の耳に届いた。
『うわ、凄いね智也君。こんなに沢山のお客さんが来てくれてるよ』
『ほんとにな、どんだけ暇なんだよお前等。ていうか野郎率高くないか?』
姿は見えないが、ステージ裏から覗いているようだ。観客の数に驚きの声を上げる健とは対照的に、智也は早速観客へと喧嘩を売り始める。
『まったく、そんなんだからお前等は彼女が『少し黙ってようか智也君。ていうか打ち合わせにない発言は止めて、馬鹿なんだから台本だけを忠実に読んでてね』……解散してぇ』
二人の声に、会場はおお~!と歓声を上げる。野外ステージのMCは当日まで伏せられていて、今初めて観客は誰なのかを理解した。一人はどんな女性も、その甘いマスクと微笑みで奈落に突き落とす、通称堕としの伊波。男子学生全ての敵。もう一人は通称馬鹿に見えてただの馬鹿。三上智也である。ちなみに男子学生全ての敵であるのは健と同様だ。違いがあるとすれば、彼女がいるか否かだけで、基本的に数々の女性をなぜか堕としていることには変わりはない。
大学内どころか、あらゆる場所で有名な二人がMCという事に、観客の期待感がさらに膨らむ。この二人ならば、今までにない何かをやらかしてくれるのではないかと。
『ほら、いいからここを読んでよ』
『チッ、仕方ないな。えっと……美佐子はその熱く滾った道夫のソレを目にすると、知らずごくりと唾を飲み込『スピリタス飲み込ますよ?』はん、やれるもんなら……おい!マジで持ってんじゃねぇか!』
ああ、いつものだなと健に同情的になる観客一同。その一連のやり取りになぜ健がMCなのかを皆が納得する。詰まるところ、三上智也を制御出来るのは学内では伊波健だけなのだと。
『やめッ!マジでやるから!えっと、まずは開催前に注意事項をいくつか。なになに?一つ目は……三上智也が暴走したら、物を投げて気絶させてでも止めること?』
『最重要項目だね』
『おま、この台本がふざけてんじゃねぇかよッ!』
『いやいや、それが本気なんだよ。この項目が正解と思う人、拍手!』
健の求めに大喝采。中にはうっしゃー!殺るぞぉッ!などと気合の入った叫びまでもが混ざっていた。
『ふざけんな!俺をなんだと思ってるんだよ!』
『稀代の馬鹿』
馬鹿以外に才能がない男。可愛い幼馴染を持つ負け組。見ていると、真面目に生きようと思える男。その他数十の声が上がり、今度こそ智也はキレそうになる。
『お前等全員表出ろや!』
『もう表にいるけどね』
すかさずの突っ込みに爆笑。ある意味では掴みに成功したと言えるだろう。
爆笑の渦の中、ただ一人だけは笑わずに冷めた視線をステージに向けていた。女子大生に見えなくもないが、まだ少女にも見える彼女、陵いのりだ。
(千羽大で一番有名な馬鹿な人が私の先生なんだ)
彼女の隣にいる信は笑わずに、神妙に頷いている。高校から変わっていない事に納得しているらしい。
漫才とも本気の喧嘩とも取れる二人の注意事項?が爆笑の中終わり、ついにその時が訪れる。
『あ、あと少しで十時ですね。じゃあ。みんなで十秒前からカウントしましょう!』
『お前の寿命のカウントもしとけ』
『智也君より一秒でも長く生きてみせるとここに誓うね。じゃ、行きますよ!十!』
カウント中、智也だけは呪詛のような呟きをしていたが、会場はそんな彼をスルーする団結力を発揮し、健と共にカウントをしていく。
「あの、帰っても良いですか?あの人に説教された自分が恥ずかしくて逃げたいです」
「さすがに智也が可哀想だからいてあげてくれ」
吹雪に晒されたように冷え切った少女と、カウントが減る度に上がっていく熱気。
『三!二!いーーーーーーちッ!』
張り上げた彼の声と同時にステージから花火の音とマステが会場に舞い踊る。
『千羽祭~愛は世界を救う?うるせぇ!ねだるな!勝ち取れ!~前日祭開幕ーーーーーーッ!!』
うぇーーーーーーいッ!!!!!!!!
会場が待ちに待った熱気を開放し、ほぼ全員が飛び上がる。それと同時にステージの両脇から二人が現れ、智也の隣にいるピエロのマスクをした男がギターをかき鳴らした。こうして、ギターのファンファーレと共に、運命の千羽谷大学祭が始まったのだった。
『いやぁ、長かった。今日まで本当に長かったね智也君』
『めちゃくちゃ長かったよな』
千羽祭が開幕するまでの事を俺は思い返していた。本当に大変だったんだ。急遽野外ステージを改造したり、人手が足りなくて俺と健、それに加賀で徹夜して……そんな俺達に謎のピエロ君も力を貸してくれて。おっと、俺としたことが涙が出てしまいそうだぜ。
ステージ上から下を見渡すと、すぐ目の前に信と陵の姿が見て取れた。ふむ、小娘の目が淀んでいるように見えるのはどういうことだ?はっは~ん、なるほどな。小娘にとってこの時間は早朝に違いない。ということはまだ頭が覚醒していないんだな。困ったやつだ。
『といわけで、始まったわけですけど……一つ聞いていいかな?』
『ん?お前の部屋の裏物全般なら、ちゃんと全部玄関に並べておいたぞ』
『あっそ』
『突っ込みすら放棄しやがった』
『あのさ、多分僕だけじゃないと思うんだけど、みんな絶対不思議に思ってる事なんだ』
『なんだよ?』
『……そのピエロ誰?』
『ああ、俺の親友』
知っているくせに役者だなぁ。俺は横にいるピエロの肩に手を……置こうとして払われた。しかも小さく潰すぞと呟き、不運にもマイクがその言葉を拾ってしまう。最近のマイク集音能力高過ぎじゃね?
『物凄い険悪でしょ!親友感が微塵も感じられないからさ!』
『はは、違うんだって。こいつちょっと緊張しててさ……おい、嘘でもいいから仲良くしろよ』
引き攣りながら小声で願うと、ギターがシャウトしやがった。
『おい、どういう意味だ?』
話すのが嫌になったらしく、仕方なくギターで返事をしたらしい。だが、それがどういった意味なのかは俺には……
『えっと、もしかして否定してる?』
ジャ~ンと綺麗な和音が今度は響いた。まあ、知ってたけどな!
『智也君、親友どころか親の仇のように嫌われてるじゃない』
『人選に問題があったわ』
俺の無様を笑う観客達。後で名簿と顔を照合しなければなるまい。
ちくしょう、プロと遜色無い腕を見込んで無理矢理引っ張ってきたのが失敗だった。トビーの人でなしめ。
ええ、実はピエロなんてスカしたマスクを付けて格好つけているこいつ、中身はトビーなんだなぁ。そもそも元凶はこいつなんだし、ちょっと手伝わせても罰は当たらないだろう。
『まあ、いいです。ピエロ君の正体は不明という事で。ただですね、実は後で触れる事もあるのですが、実はこのピエロ君はですね、前日まで僕達の準備を寡黙に一生懸命手伝ってくれたんです。どこかの誰かと違って』
『おいおい、自分をそんなに卑下するなよ』
『その事は後で追々ね。本当に誰よりも一生懸命に準備してくれて、彼がいなければこのステージは絶対作れませんでした。なので、どうか皆さん正体不明のピエロ君に感謝の拍手をお願いします!』
拍手がトビーに向けられ、ギターが照れくささを表したかのように短く鳴る。ギターで会話とかキャラ付け完璧じゃねぇかよ。
『はい、ありがとうございます。このピエロ君ですが、メインステージの講堂では決して見れず、こちらの第二ステージだけの特別演者となっております。今から少し休んで頂きますが、この後も様々なゲストとギターで共演して頂くので、彼の応援をよろしくお願いしま~す!』
ピエロが下がっていくと、え~!と会場から引き留めるような声が上がる。人生初だろ、トビーがこんな扱い受けるなんて。嫉妬すんぞ。
『それでですね、今回の学祭のテーマは何かわかりますか?』
『某番組と、某名セリフのパクリ』
『……否定はしません。が、このテーマは今までとはちょっと違ったシステムを表しているんですよ』
『お前の不貞指数?』
『自分の知能指数でも指折り数えてて。あのね、今回の学祭はまたぶっ飛んだテーマがあるんですよ』
『お前の俺への暴言のがぶっ飛んでるけどな』
『それはなんと!この学祭で恋人を量産していこうという、現代社会の草食撲滅推進派閥による強行案が採用されています!』
『いや、ちょっと何言ってるかわかんない』
『サンドはもういいぜ。じゃなくて、女子も男子も、この機会に気になる人に告白して頂いて、僕達はその応援をするという企画です』
百戦錬磨の伊波の応援という言葉に、男子が一気に色めき立つ。ま、ある意味狙い通りで何よりだ。うちの大学が勉強は出来る思春期馬鹿ばかりで良かったと思える瞬間だ。
『これはどのタイミングでも、申し込みがあった場合はこのステージを利用して告白して頂いて構わないことになっていまして、その際にはこの』
どこからともなくピアノの切なくて甘い音色が響き、その音だけで会場の誰もが聞き惚れている。すげぇな、マジもんやったんやあいつ。
『この音楽が流れますので、ライブ以外のイベントは一旦ストップして頂いて、気なる人と告白する人にステージ上に上がってもらい、勇気を出して告白をして頂きます。ちなみに、その際に告白する側のアピールポイントなどを僕達が行いますので、若干智也君という不確定要素はありますが、僕が全力で成功に導く努力をしますので安心してください』
『つまり自分はどんな女でも落せる手練手管を持っていると?』
『智也君よりはマシってだけだからさ、その悪意を殺してくれるかな?』
マジかよ、伊波がセッティングしてくれるって?有りじゃね?成功率は確かに上がるな。なんて声がそこかしこから聞こえてくる。自分の偏差値と相談してほしいものだ。
『なので、まあ事前に簡単な説明は受けていたとは思いますが、プログラムの最後のページにある用紙に自分の名前と相手の名前を書いて、受付、もしくは僕達に直接渡して下さい。その時点で僕達がセッティングに動きますので。今の説明でわかった方は、その場でジャンプ!』
あざ~~~~~~~~~ッす!!!!!!
ライブのウェーブなんて目じゃない光景が目の前に広がる。別名、馬鹿の海。
『オーケー。わかったのはわかったが、一旦落ち着けお前等。はい、そこパンツを振り回さないように』
『それパンツよりヤバい別な物も振り回してるよね!警備の人ー!あの人本部に監禁して下さーい!』
ちょっとしたアクシデントはちょっとしたお茶目という事で目を瞑り、大概のこの学祭のシステムを説明し終えて、ようやく最初のイベントへと向かうことが出来る。俺より馬鹿が多くて困るぜまったく。
『ではまずはこの野外ステージ初日のプログラムを紹介していきたいと思いま……は?』
淀みなく進んでいた伊波のトークが急ブレーキ。視線で俺に語り掛けてくる。曰く、聞いてないよこんなの!だ。
聞いてないも何も、昨日打ち合わせした通りだろうが。何も問題は……と、視線を台本に落として俺もフリーズしてしまう。
『えっと……皆に聞きたいんですけど、お手元のプログラムには開幕式の後に何が書かれていますか?』
観客へと救いを求める伊波に、観客は厭らしい笑顔を一斉に浮かべている。
『おい、嘘だろ?だって、昨日の台本にはこんなこと書いてなかったじゃねぇか!おい伊波とりあえず逃げ『られると思わない事だなぁ!』どっから湧いて出たテメェッ!』
いつの間に現れたのか、学祭実行委員が十人ほど現れ、状況を把握できない俺と伊波を手際良く取り押さえてきやがった。
部下に俺達を抑えさせ、メインステージで忙しくしているはずの実行委員長、西野が黒幕のようなマントを肩に掛けて俺達のポジションを奪った。
部下が椅子を持ってきて、俺と伊波は椅子へと座らせられ、後ろ手に手錠を掛けられてしまった。統率力半端ないな!
『おい西野!なんだよこれ!』
『そうだよ!汚れに汚れた智也君ならまだしも僕は関係ないでしょ!』
『お前の暴言を汚れてるとは思わんのか!』
『あ~、はいはい。お前等の言葉はとりあえずスルーだから。これはお前等には隠していたイベントでな、とにかく時間も押してるし、じゃあ早速皆でイベント名を叫ぼうか!せ~のッ!』
――千羽谷大学クズ裁判!略して千羽裁ッ!!!!
『はい、ありがとう。綺麗に揃ったなぁ。もう、この瞬間の一致団結感ヤバいな』
さ、裁判だぁ!?身に覚えのない事とあまりの理不尽に、俺と伊波は怒りで全身が総毛立つ。
『ちょっと、西野君!智也君はともかく僕は無実でしょ!むしろ被害者だからね!』
『テメェ、俺にとっては加害者だよ間違いなく』
『はい、醜い争いはするな二人共。まずは伊波君、君の罪状だが……リア充スピード違反罪だ』
『意味が分からないんだけど!?』
『え~、いくつか寄せられた証言があるのだがね、まあそれは後で話そう。委員長としてはだね、ぶっちゃけ白河ほたる様と恋人だという時点で死刑だ』
あ~、それなぁ~。と観客が一斉に頷く。
『僕の命紙屑同然じゃん』
く、狂ってやがる……
『ちょっと待てよ!じゃあ俺はなんだよ!?』
『言わなければわからないかね?』
『清廉潔白な俺様の人生に汚点なんてものは『社会の窓開いてるぞ』あったわ』
ていうか手錠掛けられてるから、社会の窓全開放なんだけどな!?
『さて、この裁判はまず弁護人はいない。一方的に罪を晒して最後に裁くだけのシンプルな裁判となっている』
『裁判ってなんだっけ?』
『魔女裁判も裁判って言うだろ。それだよ、こいつらがやろうとしてんのは』
チラッと陵のほうに目を向けると、俺と知り合いなのをなかったことにしようと、無表情であらぬ方向を見ていて、信は西野へと親指を立てていた。間違いない、あの行き倒れもこの冤罪裁判に絡んでやがる。
『つうか、お前メインステージはどうした!?』
『副委員長が恙なく進行してくれている』
『……委員長いなくてもいいとか、完全に要らない子だね』
『黙りたまえクソ面』
『クソ面ってなにさ!?』
『では、とりあえず時間もないことだしサクサク行こう。まずは君達二人の行動をここ一週間リサーチしたのだがね』
『ストーカー被害出すぞ』
『三ヶ月は警察は動かないようだが、好きにしたまえ無脳(むのう)』
『造語ってんじゃねぇぞゴラッ!!』
『よくわかったね今の』
『罪人の叫び声ほど気持ち良いものはないな。さて、まずはそうだな……三上なんとかくん、君の罪から暴こうか』
『おい、伊波。あいつ潰そうぜ。ここまで生かしておいたのが間違いだった』
『うん。ついでに、僕等を嘲笑っている観客、主に男子の顔は全部覚えたからね』
俺と伊波を怒らせてただで済むと思ってたら間違いだ……あ、伊波の笑顔、人に見せちゃいけないやつだわ。
『では三上なにがし君。君の罪、まずはこれだ!』
ステージ上のでかいモニターに映し出されたのは、千羽祭の準備のために必要な買い出しをしに行った時の画像だった。俺が買い物袋を車のトランクに詰め込んでいる場面。特におかしな点は一つもない。
『あん?これのどこが罪なんだよ』
『ほう、どこがと申すか?』
『お前せめて何キャラか定めろよ』
俺の突っ込みを無視して、なぜか西野は肩を振るわせてやがる。な、泣いてるのん?大の男が衆目で?もう、わけがわからない。
『こ、こを……皆、車の助手席を、見て欲しい』
画像が助手席へとズームアップし、粗い画像ながらもそこに誰かが乗っているのがわかる。ああ、そういや誰だっけ?誰かと買い出しに出たのは覚えている。確か名前は……
『助手席に座る、彼女……名前は佐藤恋』
『ああ、そんな名前だったか。それがどう『一月前に分かれた俺の元カノだよ』知らねぇよ』
ギルティッ!ギルティッ!ギルティーーーーーッ!!!!
サッカーのブーイングよりも過激なギルティコールに軽く退いた。
『お、おお、おま、お前はぁッ!友達の、まだ未練がある元カノとぉッ!ここ、これ見よがしにデートをして下さりやがってんだよぉッ!』
『いや、デートじゃなくてただ買い出しにだな』
『西野君、これは確かに智也君1ギルティだね』
『でしょう!?』『そうきたか伊波』
とにかくこの場は自分の好感度を保つために俺を蹴落とす作戦だな。俺に対しては平常運転なようで何よりだよ!
ジャジャジャ、ジャーーーーーーン♪たらららん♪たらららん♪
ピアノの不吉な音が鳴り響く。運命と奇妙な何かが混ざって、不穏な空気が二乗されている気がする。
『というわけで、今のピアノで貴様は1ギルティ獲得だ』
血、血、血、血が欲しい~♪
『殺伐とした合唱してんじゃねぇ!パロってんじゃねぇぞ!』
『くそ、あのビッチめ、こんな馬鹿のどこがいいんだ?』
『ビッチとか言わないとこだろうね、多分』
『それな』
『随分と調子に乗っているようだがね、伊波下衆乙女』
『何かな、西野……名前なんだっけ?』
『よし、貴様はこの画像で地獄に落ちろ。次はこれだぁッ!!』
俺の画像が消えて、次は繁華街の画像。その画像が出た瞬間、俺は見逃さなかった、伊波の冷静な顔が更に冷静になったのを。まあ、そりゃそうだろうな。これは俺にもまずいとすぐにわかった。
なぜなら、画像にはソフトクリームを片手に歩く伊波と、少し気合の入った格好の寿々奈鷹乃が同じように片手にソフトクリームを手に持って微笑み合っているのだから。
『ふぅ、ちょっと待ってこれは』
ジャジャジャ、ジャーーーーーン♪
『早いよ!お願い僕の弁明を聞いて!』
『弁明?弁明なんていらねぇだろこれ。めちゃくちゃお似合いのカップルじゃねぇか。おめでとう伊波、祝福するわ』
『智也君君って人は……』
ジャジャジャ、ジャーーーーーン♪
『あ、今のは三上の分ね』
『なんでだぁ!!』
『おそらくですが、お似合いって言葉がピアニストの心を傷つけたようですね』
『策士策に溺れる、ざまあないね』
『破局の危機に直面しているお前に言われたくねぇよ』
こんなの百年以上の恋でも無理だろ。即離婚慰謝料って話だろうが。
だが、伊波の目は死んでいない。まるで、待っていましたとばかりに光り輝いていた。おいおい、ここから逆転する手立てがあるっていうのかよ?
『少し、少しでいいから聞いてくれないかな、僕のピアニストさん』
あ、あざとい!さりげなく僕のとか言うところがどうかしてる!
『この日ね、僕は確かに彼女と出掛けたよ。でもね、それには理由があったんだ。僕の何よりも大切な人が久しぶりに僕のもとに帰ってきてくれる……そんな、なんでもない日だけど、僕にとっては幸せな日が近づいていたんだ。だから、さ。僕、女性の好みとか詳しくないから、だから……』
嘘、だろ?あいつ、まさかやるつもりか?伝家の宝刀を抜くつもりかよ!
『愛しい人へのプレゼントは何がいいか、彼女に相談していたんだ!』
抜いたーーーー!伝家の宝刀「実は君の為だったんだよ」を抜いたーーーー!
この技の凄いところは、相手が信じようが信じまいが、甘い言葉で怒りが少しでも和らぐ点にある。下衆の極みが使う常套手段だ。
ポロロン♪(ほんとう?)
『本当だよ。その証拠に、僕のズボンの右を探って欲しい』
『では、失礼して』
西野が伊波のズボンを探ると『いや、どこ触ってるのさ』『顔に似合わずビッグビッグッ!』『蹴り殺すよ!』マジでいい加減にしろ西野。
『おや、これは?』
西野が取り出したそれは、猫の形を模したピアスだった。そういや最近人気らしく、かおるも欲しいって言ってた気がする。
『僕の愛しいピアニストさん、少しでも君に僕の存在を感じて欲しくて、これを君に……不安にさせて、ごめんね』
ポロン♪(健ちゃん)
『どこにいても、僕は君を愛してる。もう、君を傷つけたりなんてしないからね』
ポ~ン♪(う、ん)
おいおい、何しんみりしちゃってんだよ。まさか、これでこいつは……
『まあ、関係なくギルティですけどね』
ジャジャジャ、ジャーーーーーン♪
『なんで!?』
『いや、そりゃそうでしょ。彼女がいるのに他の美女とデートしてたんでしょ?』
『いや、だからデートじゃ……』
『この後、二人でディナーしてた画像もありますけど?あと単純に、イケメンが腹立つ』
『そりゃあお礼くらいは……いや、最後の私怨じゃん』
たらららん♪たらららん♪(後で話そうね、健ちゃん)
『はい、ギルティでいいです』
いやっはぁーーーーー!!!!
世紀末のような合唱に、俺と伊波はもう抵抗する気も失せた。だって、どうしたって無罪勝ち取れねぇもんよ。こうして、この後も数々の冤罪を上げられ、もうどうにでもしてくれ状態の俺達だったのだが、それだけでは終わらせてくれなかった。
最後の罪とも言えない罪を告発され、もうこれで解放かと思ったのだが……
『というわけで、彼等には罰を用意しております』
『今までので十分じゃね(でしょ)!?』
こいつ、本気で俺達の心を全殺しにきてんじゃねぇかよ!
『は?刑を執行していないのに終わるわけないですよね?ここ、大丈夫ですかぁ~?』
頭を人差し指でツンツンしながら笑う西野。誰がこんな悪魔を生み出したんですかねぇ!?
『え~、それではですね、お二人は覚えていますか?三日前に撮ったある映像を』
三日前?三日前っていうと、徹夜が続いてハイになってる極めて危険な状態のピークだったはずだ。その時に何を……
『あッ!?』
『伊波、覚えてんのか?』
『智也君こそ忘れたの?あったじゃん、ほら徹夜してハイな状態でふざけて撮った例のあれだよ!』
『……アレか』
言われて思い出す。そういうこと、か……。おかしいとは思ったんだよ。いきなりちょっとやってみようぜなんて言って、実行委員が俺達二人を撮ったりするし。全てはこの日の為の布石だったとは……
『では、早速刑を執行しましょう!』
『待て待て待て待てッ!!俺にしては珍しく下手に出るから待って下さい西野さん!!』
『西野君、今後無条件でノートを貸し出すから許してお願い!!』
俺達二人の必死さが奇しくも会場のボルテージを上げてしまったのと、西野の嗜虐心を煽ってしまったのは言うまでもない。
そうして、無情にもその映像は流れてしまったのだ。
俺達の黒歴史エセロックスター物語がな!
――自分に足りない物等を感じたことはありますか?
『ない、ですかね。いえ、足りないと自覚するとそこで僕は止まってしまう。そんな気がしていますね。なので、常に高いところを意識しています』
――なるほど、それが一流である秘訣だと
『はは、僕が一流かどうかはわかりませんが、そうあろうと努力はしているつもりです』
――では、伊波さんの盟友である三上さんにお聞きしますが、今後自分はどのような道を辿ると想定していますか?
『さあ、どうだろうな。あまりそういった事は考えないでここまで走ってきたから……そうだな、強いて言うならいけるとこまで走っていきますよ。俺達の力の限り、ね』
――かっこいいですね、ファンの方々もきっと今の言葉に胸を熱くしたと思います
『こんなことで?違うでしょ、これからの俺達の姿を見て、熱くさせてみせますよ』
――痺れますね。そういえば、伊波さんも三上さんも女性におもてになりますよね。恋人はいないんですか?
『うわ、結構ぶっこんできますね』
――すみません(笑
『そうですね、正直恋をしたいなって思わないこともないんですが、むしろ紹介してほしいくらいですよ。誰かいませんか?』
――またまた御冗談を。出会いはありますよね?
『出会いなんてありませんよ。今は忙しいですし。ですが、いつか僕等のガソリンが尽きた時、誰か僕を抱き締めてくれたなら……僕はそれだけで幸せだなって思えます』
――あ~、もうもてる男の余裕が見えてますね(笑 三上さんは?
『俺はいつでも恋をしていますよ』
――それって、ファンの方々にって常套句ですか?
『いえ、その時その時に俺は恋をしています。作曲するにあたってやはり大事なのはインスピレーションなんだよね。だから、一瞬一瞬を大切に思っていないと、皆の心に届く曲は降りてこないんだ。わかるかな?』
――もう、お二人は天井知らずに格好良いっすね(笑
『そうですか?光栄ですね』
『こんなんで良ければな(笑』
映像が流れる中、会場は爆裂。俺等爆死。椅子に座らされて項垂れる俺達は廃人以外の何者でもなかった。
メイキング映像がたっぷり十分流され、俺達は血の涙を流す。
違うんだよ、ほらあるだろ?疲れがピークを越えると何でもやってやるって感覚。その感覚で、何にも疑わずにおふざけだろうってやっちゃったんだよ。
客席に目を向けると、陵が俺の視線に気付いて視線をあからさまに逸らし、信はスタンディングオベーション。感涙の涙を隠そうともしない。うん、お前は確実に俺と伊波を敵に回した。後悔を抱いて死なす。
全てが終わり、俺と伊波は解放され力なくその場に手をついた。
『いやぁ、皆さん見て下さい!私達の仇敵は見事に打ち滅ぼされました!見て下さい、このおもし、悲壮な姿を!』
カメラが近づいてきて、俺と伊波をアップで映す。
そうかい、そんなに俺を怒らせたいのか西野……いいぜおい。その喧嘩買ってやるよ。
『ふはは、ではこれを本当の開幕として千羽祭を開催』『ちょっと待って西野君』『まあまあ、もうちょっとゆっくりしていこうぜ西野』
抱腹絶倒の渦の中、俺と伊波はゆらりと立ち上がり西野を両脇から抑える。
『は?いやもう時間が押してるし』
『いいでしょ、もう』
『ああ、だよな』
『いいでしょって、いいわけないだろ』
『ははは、いいでしょってそういう意味じゃないよ』
『まったくだ、ははは』
『もうどうでもいいって意味だ(だよ)』
この数年で一番の笑顔を俺達は浮かべたに違いない。西野の肩がかたかたと、ポルターガイストのように震え始めた。
『実行委員の後輩達、西野君を縛り付けて』
伊波の突然の言葉に、こんなリハはなかったとでも言うかのように戸惑うが、その戸惑いを俺は打ち消してやる。
『大丈夫だ。こいつの罪、知りたくないか?お前等後輩に重荷を背負わせた罪があるんだよ、こいつには』
『はっはっはっ!そんなもの私には、え?ちょ、お前等何してんの!?』
思い当たる節があるらしいな。後輩たちは迅速に西野を椅子に座らせて手錠を掛ける。
『ようし、良い後輩達だ。お前等の無礼は忘れないが、罪は軽くしてやろう。ところで~?なあ伊波~?こいつが毎日のように何してたか知っているか?』
『えっと、確か毎日三時間消えてたのは確認出来てるんだよねぇ~。それも、夜の七時丁度に……ねえ、なに、してたのかなぁ?』
伊波が顔を近づけて問い詰めると、西野は顔を背けて『い、家に着替えを、だね……』と弱々しく呟く。冷や汗ダラダラで何言ってんだ。責められるのに弱いなこいつ。
『なるほどなるほど。ところで、さ?俺お前に誘われた事あったよなぁ、一昨日の夜七時に』
その言葉に背中までぐっしょりにして『いや、おま!』なんて慌てる姿が、小動物の様で良い気分だ。
『へぇ~、ねえ?なんて誘われてたの?』
『ほんとやめ『今からペカらせにいかねぇかってなぁ!(わからない方はGOGOランプで検索)』ちゃうねんてぇ~~~~~!!』
後輩達の額に確かに浮かぶ青筋。夜の七時から三時間。つまり、パチンコ屋の閉店時間と重なるわけで、完全に西野が消えた時間と一致するのだ。
『え~、うっそ~。後輩に~?仕事を任せて~?自分は何のお仕事をしていたのかなぁ~?』
『いや、だからそれは、勝ったらちゃんと差し入れを『そういえば~、彼女との待ち合わせに遅れたっていって別れたことあったよなぁ、ギャンブルってたから遅れて~!』それあかんやつぅ~~~~~!!!!』
サイテー、クズじゃん、委員長ないわぁ。
会場から再びのギルティコール。俺と健はノリにノッて『オイッ!オイッ!オイッ!』なんて会場を煽ってしまった。今ならライブを気持ちいいというバンドの方々の気持ちが十二分にわかる。この一体感、ぱねぇわ~。
『さてさて、それじゃあ、折角だしもう三つくらい上げていこうよ』
『ここまできたら一つも五個も変わらねぇしな』
『いや、もうほんと悪かったから。反省して『あ、これ全裸になった時の画像』マジすんませんっしたぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』
俺と伊波の復讐心が満たされ、前日祭は今度こそ本当に幕を開けたのだった。
「いいの?この後たるたるが出るけど」
「いえ、なんだか疲れてしまって」
まあ、自分が兄のように慕った人間の痴態を惜しげもなく見てしまったら嫌にもなる。何を考えているんだか、あの馬鹿は……最高だったけどな。
いのりちゃんと二人、野外ステージを離れてキャンパスを歩いていると、どこもかしこも笑顔で溢れている。活気に満ちていて、それだけでこの大学が悪くはないのではと思わせてくれるようだ。
そんなキャンパスの一角、やたら人が溢れかえっている出店があって、俺は足を止めてしまう。
「……違う。こんなん違う」
「ははは、盛況盛況!」
なにやら普通のかき氷とは一風変わったかき氷を売っているようで、出店の名前が『クリかき』と名乗っていた。
味が、ベリークリーム、ティラミス、グリーンティー等々。購入した客の手には、やたらお洒落なかき氷。とろりとしたクリームと、それに合わせたフルーツが盛られている。
店をやっているのはどうやら二人らしいのだが、一人は俺と同年代位の青年と、もう一人はいのりちゃんと同じくらいの黒髪の少女。関西弁が特徴的な子だ。
「おい、早く氷の準備しろよ」
「話が違うやんか!こんなんするために呼んだん!?」
「……いや、給料はちゃんと出すが、他に何だと?」
「そら……その……」
「木瀬」
「なに?」
「お前が何を期待していたのかは知らないが、一つ金言を授けよう。この世の幸せの九割は金で買える。だから死ぬ気で稼げ!」
「この人最低や!」
どこかで見たような光景だが、本人達はなんだかんだ言いながらとても楽しそうだ。そうだな、まだ時間もあるしいのりちゃんに御馳走を……
「あれ?」
さっきまでそばにいたいのりちゃんがいなくて、俺は慌てて辺りを見回す。さすがに愛想が尽きて帰ったなんてことは……あるな。
内心焦りながら探すと、いのりちゃんは案内が貼ってある掲示板の前で足を止めていた。
「いのりちゃん?」
「あ、すみません!」
「いや、いいんだけど何を……ああ、それか」
いのりちゃんが見ていた案内に得心がいってしまった。なるほどね、そりゃあ案内ぐらいするよな。
「それって?」
「ん、ほらそこに書いてあるやつ。16時からのイベント告知だよ」
「あ~……ああ!そうですね!」
あれ?なんか間違えただろうか?彼女の反応に少しばかり違和感を覚えて、俺は掲示板を再度覗こうとしたのだが……
「そ、それよりもそろそろほたる先輩の出番ですよね!戻りましょう!」
「え?でもさっきは」
「いいから早くいきましょう!」
いのりちゃんに無理矢理背を押されて歩き出す。結局、彼女が何に気を取られていたのかはわからずじまいだった。
『はい、第二現代の若者研究会の皆さんでしたぁ~!いやぁ、凄かったですね!』
『ああ、言われてみれば、おお!ってなったわ。特に、現代二次元へのアンチテーゼな』
『ちょっと僕には良くわからない部分もありましたが、でもそうなんだぁって感心しましたね』
『異世界ジャンルの多様化は言わずもがな、ヒロインが傷つき戦う姿を見て面白いと感じる若者の感性の歪み……』
『確実に敵を増やしてどうするんでしょうね』
『内容を各方面の方々に聞かれたら、存在を消されかねない内容だったな』
『そんな彼等の蛮勇を称えて拍手をお願いします』
ステージ裏に消えた彼等に惜し気もない拍手が送られる。蛮勇と無謀を履き違えてはいけない事だけは伝えておきたいがな。
『と、ここでですねメインステージではなんと、某有名なアーティストの方がゲストでいらっしゃっているようですね!』
『らしいな。つうか、朝少しだけ話したけどな』
越権行為だろ!ざけんなッ!という非難の声。優越感気持ちいいわぁ~。
『僕も話しましたけど、とても感じの良い営業スマイルでしたね』
『はい、皆さんちょっと待って下さいね~……テメェの黒い笑顔より数万倍マシなんだよ。大きな人達を敵にする発言禁止な。ガチ裁判とかシャレにならねぇから』
『ご、ごめんごめん。ついね。まあ、今頃人で溢れかえっているメインステージですが、安心して下さい。こちら、野外ステージでもサプライズゲストをお呼びしております!』
おお~~~~!
ノリが解っている観客の声。打ち合わせしてないはずなんだが、揃うなぁ。
『では早速ご紹介しましょう!その活躍の舞台を日本から世界へとステージを移す、若き天才ピアニスト!白河ほたるさんです、どうぞ!』
『はーい!』
白河がステージに現れると、ほたるん今日もダイアモンド!君の指で俺を殺して!白河俺だーーーー!結婚してくれ~~~~!とまあ、アレな発言が怒号のように飛び交う。
『あはは、皆ありがとーーーー!』
そんなこれ以上ないほどの盛り上がりだが、俺と伊波は視線で交信。
(伊波、お前止めろよアレ)
(出来たらこの何年間でとっくにやってるよ)
(ばっか!アレが出たら完全にこの雰囲気が白けるだろうが!)
(じゃあ智也君がなんとかしてよ!)
あいつ彼氏のくせになんの役にも立たないよな!ちくしょう、あの暴走あほたるを俺が止めるしかないと?しかしどうやって……
あらゆる手を一瞬のうちに探るが、回答が出ない。まずい、このままだと!
『じゃあ、皆いつものあれいくよー!』
どれだよ。こいつまさかウィーンでもやってるんじゃないだろうな!日本の恥もいいところだろうが!
『せ~の!『ば、やめッ!』ほわちゃんペッ!!』
時間がやけに遅く感じた。伊波は目を伏せ、俺は止めようと手を伸ばし、そして……
――ペッ!!!!
『嘘でしょ(だろ)!?』
ノリノリでネタを拾う客の練度に俺と伊波は真剣に驚いた。
あり得ない。こんな光景を白河と出会ってから一度だって遭遇した覚えはねぇぞ。そう、あり得ないんだよ。
『おい、白河ちょっと裏来いよ』
『ほえ?どうしたの智ちん?』
『お前やったろ?打ち合わせしたろ?』
『え~、してないよぉ~。ねぇ~?』
――ねぇ~~~~?
『完璧にやってんじゃねぇか!俺の目は誤魔化せねぇぞ!』
そうでもなければいきなり合わせられるわけがない。初対面だった頃の俺が合わせられなかった伝説の技だぞ?素人が合わせられるなんて、そんなこと……
『いや、智也君。もしかしてこれが普通なのかもしれないよ』
『……お前まで頭をやられたのか?』
『そうじゃないよ。今日のこの特別な雰囲気なら、もしかしたらあり得るかなって。それに、この大学はちょっとアレな人多いし』
『多分に漏れずお前もその一味だが、なるほど。熱に浮かされて、か』
『その可能性はあるよ』
『もう、失礼だなぁ智ちんは!そうだ!智ちんもやってみなよ!』
『無理』
『レスポンス異常に速いね』
『そんなこと言わないでやろうよぉ!すっごい気持ちいいんだよ、皆揃うと、わぁ~って気持ちがなるんだから!』
そりゃあ、確かに気持ちよさそうだなぁとか思ったよ?あんなに揃うとか、自分がカリスマになった気分だろうし?やってみたいかどうかで言えばやってもいいかなぁとか、思ってみたりもするし。いや、でもなぁ~。
『皆も聞きたいよねぇ~?』
――聞きた~~~~い!!!!
『ほらぁ!』
『そ、そうか?』
『智也君、こういうの得意でしょ。ここはやる場面だよ』
――み・か・み!み・か・み!
突然の三上コールにさしもの俺もやぶさかではなく……
『じゃ、じゃあちょっとだけ』
いやぁ、実は昔からやりたかったんだよね、某サングラス司会者の手拍子とか、ああいうの誰でもやりたいって夢見たことくらいあるじゃん?それが叶うってなると……あ、ちょっと緊張してきたわ。
『早く早く、智ちん』
『お、おう、じゃあ……』
深く深呼吸をして緊張を和らげ、俺の今出来る最高の笑顔と共に――
『智ちゃんペッ!』
――か~~~~~~ぺッ!!!!
…………あ、なるほどなるほど、そういう事でしたか。いやぁ、僕も舐められたもんですわ。喋り方が変わるくらい俺ショックだもんよ。夢、打ち砕かれたんだぜ?
『お前等、便所来い』
『ちょっと、ど、どうしたのと、智也君……ぷふ』
『笑い隠せてねぇだろうが!』
白河なんか、息も出来ずに笑い転げている。そのままパンチラってろクソがッ!
『いつだ?お前等いつ打ち合わせした?』
『もう、疑心暗鬼になりすぎふはッ、だってばぁ~』
『あくまでしらばっくれる気か?お前等!いつ打ち合わせしたぁッ!』
――グッジョブ!!!!
『夢砕かれてバッドなんだよゴラァッ!!』
タン、タラランランラン♪
『このタイミングでメモリーズオフ!?』
『あっと、ここで告白タイムですね』
『こんなタイミングでか!?このタイミングで俺が成功させると思ってんのかよ!』
『自分の失敗、もとい大成功を人の不幸に使わないようにしてね』
『無理だろ!こんなやさぐれた心で応援とか、イエスが悪魔崇拝するくらい無理だよ!』
『では、ステージに来てもらいましょう』
俺の心馬鹿知らずとは良く言ったもので、彼の人生で最高に硬くなった表情でステージに現れた。
『あ、どうぞどうぞ』
『あ、どうも』
ひょろっとした長身の冴えないメガネ男子。明らかに理系だとわかってしまう。
『じゃあ、まずはお名前をどうぞ』
『た、田中け、ケンシロウです』
『名前負けだな、ダメだこいつ。指先一つで折れちゃいそうだもん、自分の指が』
『あ、その、良く言われます』
『ほたる、その不貞腐れた人がマイナスなこと言ったらいつものハリセンで黙らせてくれるかな?』
『りょ~か~い!』
今日なんか俺に厳しくない?ああ、そうでもないか。これ日常だったわ。
『智也君の事は気にしなくていいからね。えっと、ああ僕達より一つ下なのかな?』
『あ、はい』
『それで、お相手の方との出会いとか教えていただけますか?』
『あれはケバブが煙たいアウトロ『えい!』いってぇッ!材質拘ってんじゃねぇか!』
『ナイスほたる。その調子で壊してね』
『えへへ、任せて健ちゃん』
『帰りてぇ』
『あ、その、彼女との出会いは、その受験の時に僕がですね、消しゴムを落としてしまって、手、手を挙げればよかったんだけど、こ、こんな性格だから、手、挙げるかどうか迷ってしまって』
『あ~、結構引っ込み思案なのかな?』
『はい。そう、なんですけど。それで、ですね。そんな時、彼女が僕が困っていることに気付いて、それで、そっとですね、自分の消しゴムを半分千切って、く、くれたんです』
『なんかドラマチックな出会いですね。ちょっと僕も胸に来てしまうような素敵な話です。それで、その後は?』
『こ、講義とか一緒だったり、して、あ、挨拶は出来ているんです。で、でも、僕はこんな性格で……だ、だから、彼女が当時付き合ってた人の話、とか聞こえて、それで、馬鹿……なんですけど、意味もないんですけど……彼女が言っていた人のように、ぴ、ピアスしたりなんかして……は、はは……』
『智ちん、邪魔止めようよ』
『……ああ』
なんだよこいつ。ひょろっこいのに、心は俺なんかよりずっと男してるじゃんか。正直格好良い。会場にも彼の想いが伝わったのか、頑張れ!大丈夫だよ!と声援が送りこまれる。
『当時という事は、彼女は今は?』
『わ、別れてしまったみたいで。あ、でも傷に付け込もうとか、そうじゃ……なくて。いや、でもそれもないわけじゃ、ないのかも。ひ、卑怯ですけど、それもあるかもですけど……でも、い、言ってたんです!わ、私じゃ駄目だったって、泣きそうな笑顔で!だ、だから伝えたくて!ぜ、全然!全然駄目なんかじゃないって!あ、貴方は優しくて、こんな僕に優しくしてくれて、す、素敵な人なんだって!少なくとも、こ、こんな僕に言われてもどうしようもないかもですけれど、ああ、貴方を一生分好きだって、胸を張って言える人間もいるって!つ、付き合えなくても、どうしても伝えたかったんです』
ステージ裏で私は彼の拙くて格好悪い一生懸命な言葉を聞きながら、下を向いて俯く事しか出来なかった。いきなり委員会の人に連れて来られて、ここで待機していて欲しいと待たされて、その結果がこれだった。
「何よ、それ……」
受験の時に消しゴムを渡した事は覚えている。講義で会ったら挨拶をしてくる男子がいた事も。でもさ、だけどさぁッ!
「思い出せないっての」
あんたに優しくした?そんなの、その場の気紛れ。もしくは好感度稼いだだけじゃん。だって、優しくすれば皆私を褒めてくれるからさ、はっきり言って打算以外の何物でもない。彼氏と別れて、確かにちょっと落ちたけど、ぶっちゃけちょっとだけだし。あんたみたいな底辺に心配されるような覚えなんてないのよ。
私は、そういう女なの。見栄とプライドで生きている、そんな下らない女なんだよ。
「ほんと、馬鹿じゃないの」
マジで止めてよね。ダサいんだっての。一生懸命になって自分が馬鹿みたいとか思わないわけ?自分に酔ってるだけじゃん。キモいよ。
「それじゃあ、ステージへお願いします」
「はい」
だから、さ。こんな女にそんなに一生懸命になんないでよ。私なんかに惚れるような時間の無駄、私が終わらせてやる。
せめて、顔も覚えていないそいつの顔だけは忘れないようにしなければと、私は顔を上げた。
『わざわざお呼び立てしてすみませんでした。来て頂いてありがとうございます。それでは、お名前を教えて頂けますか?』
『春日美穂です』
『春日さん、多分ステージ裏で聞こえていたとは思うのですが、彼の精一杯の気持ちを聞いてどうでした?』
『そう、ですね。凄く嬉しいです。私なんかの為にこんなに真剣に……真剣、に……』
彼女の口から言葉が止まり、その代わりに小さな吐息と、躊躇うように動いた唇。そうして少しの時間迷い、彼女は一つ頷いて拳を握った。何かを決意したかのように。
『あ~、やっぱ無理。やめやめ~。てかマジウケたんだけど』
さっきまでとは違う彼女の雰囲気に会場は騒然となる。当たり前だ。今の彼女はまるで観客を意識していない。彼の両眼を、いやその気持ちを真っ直ぐに見据えている。だからこそ、気付けない。おそらく、俺以外は彼女の言葉の真意には気付けないはずだ。
『何を、春日さん?』
伊波は豹変した彼女に掛ける言葉が見つからない。
『必死過ぎっしょ?自分今イケてんじゃね?みたいなこと思って酔い過ぎぃ。そういうのマジうざいし』
『……え、えっと、ちょっと酷くない、かな?彼は一生懸命』
『はぁ?あんたに何わかんの?イケメンの彼氏いて、実は優越感浸っちゃってる系っしょ?ちょ、イラつくから黙っててくれない?』
なんて、なんて馬鹿だ。一発目からとんだ二人を引いちまった。このくじ運は誰の所為だよ。
『春日さん!ほたるはそんな『伊波!黙ってろ!』智也君?』
抗議の声を上げようとした伊波を俺は無理矢理に止める。事態の理解に追いつかない観客、正義感?多数決?協調性?そんなもので彼女を非難する声。
その声を俺は止めない。止めるような無粋をしてはいけない。だってさ、ムカつくんだもんよ。春日のあの目、俺は知っているから。それが何を意味しているのかも。
『そいつの好きにさせろ。これは、そういう企画だろ』
『でも智ちん!』
『白河、伊波……頼む、黙ってろ』
俺の制止の声に一番驚いていたのは春日で、春日は俺にだけしかわからないような、小さな目礼をした。
……そうか、それが彼女の意思か。なら見届けるしかねぇだろ。
『えっと、名前なんだっけ?田中だっけ?ふは、私顔も覚えてないんですけど、え?え?それで告られんの?超絶キモいからさぁ、もう良くない?てか聞く気ねぇし』
辛辣な言葉の数々。その言葉が傷つけているのは誰だろうか?願わくばそれに気付ける馬鹿がいてくれるなら、それは……それはもう……
『ありがとう、ございます』
何一つ嘘のない、わずかな人間性に宿る愛ってやつだろう?
『は?ありがとうって、何あんた?こんだけ言われて喜んでんの?変態でドMかよ』
怯まない臆さない震えない。もう彼は臆病な彼じゃない。一生分好きだと胸を張って言える女の前で、格好つけられないなら男じゃない。そうだろ?
『僕は、昔から自分に自信がなくて、誇れるものなんて一つもなくて……でも、でもそんな僕にようやく誇れるものが出来たんです』
もう二度と自分なんかを好きになるなと、真意を嘘で塗り潰したはずだったんだろう?それが自分に出来る彼への誠意だと。嘘をつく目を俺が見逃すわけがない。俺は嘘を吐き続ける先輩だからな。
『意味、わかんないんだけど』
『わからなくても、良いんです。あの冬の日、僕はあなたに恋をした。恋をして、僕は変わろうって、自分を変えたいと思った!貴方に相応しくなりたいって、身分不相応な努力が出来ました!この気持ちは僕の誇りです!例え貴方がどう思っても、僕はあなたが……あの日の何気ないあなたの優しさが大好きです!あの日の貴方は嘘なんかじゃないって、僕は信じているから』
もう逃げたくない、彼女を少しでも救いたい。混じり気のない瞳と気持ちが真っ直ぐ彼女を射抜き、彼女はついに堪えきれなくなって、顔だけじゃなく体ごと背を向ける。
『あ~、はいはい。そうですか。あんさぁ、私正直?あんたのことタイプじゃないのよ。だから無理無駄無茶。はい残念でした~、なわけ』
きっと、彼女は知らずに生きてきたのだろう。他人から向けられる真心ってどういうものかを。だから対処に困り、誠意から突き放すしかないと考えた。でもな、どうだよ?
『じゃ、そういう事で。もう二度と話しかけてこないで『好きです!』……聞きなさいよ』
悪くないだろ、他人の真心の温もりはさ。
『貴方になんて否定されても、僕のこの気持ちは変わりません!貴方に恋人が出来て、それで幸せな笑顔をしてくれるなら、僕は泣きそうになりながらも笑えます!悔しいけれど貴方の笑顔が僕は好きだから!だから、せめて貴方を幸せにしてくれるような、そんな恋人が現れるまでどうか、どうか誇れる僕でいさせて下さい!」
そこは付き合ってくださいじゃないのかよ、なんて少しだけ笑う観客がいた。せめて返事しろと文句を言う観客がいた。数々の罵詈雑言と同情の声。その声に顔を顰める伊波と白河。まったく、気の良い奴らだよな。平気だよ。もう二人にはきっと……
『馬鹿じゃ、ないの……』
僕が幸せにして見せますくらい言えないのかよ……そう本当に囁くような声は観客の声に掻き消される。それでも、届くものだ。大切な気持ちだけは神様は隠してはくれないのだから。
彼女の背中を彼は消えるまで見つめ続け、消えた後に深く礼をして彼もまたステージから降りる。
『え~、今のは……どう、かな?』
『どうかなもなにも……最高の告白だろ!』
誰一人拍手をしない中、俺だけは二人に盛大な拍手をと力の限り手を叩く……いや、もう二人手を叩く馬鹿が観客の中にいた。俺と同じ、嘘を見抜けてしまう同類二人が。
どうかこれからの二人に幸多かれと、俺達は彼等に祝福の拍手を送り続けた。
ステージでは、ピエロと白河がライブをしている。ピアノは世界レベルで、ヴォーカルはプロ並みとか、化け物だろ。
少し前に流行った『それでもきみを想い出すから』を聴きながら、俺達は小休憩を取っていた。
「ちょっと智也君、そこの水取って」
「無理、動きたくねぇ~」
「じゃあ、投げて」
「おう」
目の前のペットボトルを投げて渡す。俺も伊波もアンデッド状態だ。
「あのさ、これきつくない?アドリブばかりで、一つも台本通りに進まないんだけど」
「西野に文句言えよ。あいつの所為で大幅に遅れてる。なんとか修正しないと、まずいぞ」
「ほんと、彼を生かしていたのは致命的なミスだったね。忘れてたよ、智也君の悪友だって事」
「今日からお前の悪友でもあるなぁ」
「段ボールに入れて川に流すよ」
「賛成」
フルマラソンを終えたかのような疲労感に、眩暈を覚えて身体を横たえる。白河とトビーが繋いでくれている今だけがオアシスタイムだ。
「それで、目標は?」
「標的ってのが正しいな。加賀からはまだ、だとさ」
加賀には正門の受付をしてもらっている。招待客は名簿にサインをする決まりだから、招待状とサインなしじゃ入れない。だから、標的が現れたらすぐに連絡を寄越す手筈となっている。
「まあ、まだ早いしね。あと三時間、か」
「よっぽど馬鹿じゃない限り来るだろうさ」
「まあ、ね。僕の後輩だし大丈夫だよ」
「じゃあ、無理だな。ヘタレの遺伝子が混ざってんじゃね?」
「馬鹿の遺伝子よりマシでしょ」
いつもならここから更に発展して止められるって展開だが、残念なことに俺と伊波にそんな元気は残っていなかった。
「なあ?」
「なに?」
「お前だったら、史上最高の喧嘩をした相手と寄りを戻せるか?」
「最高ってなにさ。最低、でしょ」
「似たようなもんだろ」
「場合によるけど……もしも相手がほたるなら僕は……どんなに格好悪くても縋るかもね」
「知ってた」
「だろうね」
二人苦笑しながら俺は鷺沢を思う。今頃あいつは覚悟を決めただろうか……と。
想いを貫く人間に俺はなりたいと、そう思っていた。自分はそんな人間になれると……そんなこと、あり得なかったのに。
あいつは嘘を吐いた。自ら雨に濡れながら、それでも嘘を吐いた。それは何を守る為か……考えなくたって頭では理解している。馬鹿なガキのままの男の為にだ。
男はあいつに何をした?好意をぶつけて甘えて縋って泣き喚いて……それだけだ。その結果あいつが得たものはなんだ?嘘に塗り潰されていく自分だけだ。
俺に会う度に満たされて塗り潰していく、不毛な素顔。俺が、あいつから奪った素顔。
最初から知っていた。あいつの嘘は、あいつの為の嘘だけじゃないと。最初からわかっていた。あいつに嘘を吐かせたのは自分だと。最初から全部全部全部……知っていたのに……それなのに、俺はあいつを置き去りにしてしまった。救いの手を伸ばしてくれたあいつの、本当は弱くて小さな手を無情にも手放したんだ。
救えねぇ、救えねぇだろ俺?そんな俺がやれることなんて、もう一つしかねぇじゃんかよ。
時間を見ると、もう出なければいけない時間だ。
俺は決意を胸に秘め、ゴミ箱から汚い文字が書かれた紙を取り出して玄関を出る。
「これが、俺の答えだよ、いのり、つばさちゃん」
そうして、俺は千羽谷大学へと向かう道から背を向けて歩き出した。
雨に濡れる道を、顔を上げ、前を見据えて……
本当はもう少し長く書くつもりでしたが、さすがに待たせ過ぎかなと、ここで終わらせました。
つ、次で一章は最後になる……といいなぁ。