実況パワフルプロ野球~二番手のエース~聖タチバナ学園高校 作:Reaflet
……暑い、いや熱い。主に口の中が熱い。
自分から何をしているわけじゃないはずなのに、熱い。
匂いはなかなか良いニオイなのだが、いかんせん口の中が熱くてそれどころじゃない。
もし俺に何かが取りつかれているのならばそれを取り除くために俺は何でもするだろう。
「いい加減、あつあつのおでんを口に放り込むのはやめてくれないか……?罰ゲームだからってやっていいことと悪いことがあるだろ……?」
俺の口の中にはおでんが放り込まれていた。まさにホームラン状態。
これはコールド負け……って馬鹿か!
「だからなんだよこれ……」
「はい、あーん」
「修也、食え」
「先輩、口を開けてくれ」
友沢達は巻き込まれず、案の定矢部君とかに巻き込まれてしまった俺。
バスに乗ってから数分後には熟睡タイムに入っていたのだが、起きた途端に矢部君に
『王様ゲームやろうでやんす!』といわれて、やらなきゃ後で嫌な予感したので一応参加した。
よくわからなくて黒豹が『おでんを食べさせる』という地味に嫌なやつに当たってしまった俺だ。
参加メンバーは女子三人組と矢部君、俺、霧丘、黒豹。
「大丈夫ですか?先輩……?」
「ああ、まあな。スポドリか、水ほしい。黒豹」
「わ、わかりました」
水を入れて口の中を冷ますものの、まだ熱い状態だった。
「何ででやんすか!女の子三人からおでんを食わせてもらうっていう罰ゲームでやんすよ!おいらがやりたいでやんす!」
「だってさ。みずきちゃん、聖、准。矢部君がおでん食べたいってさ」
「りょーかい」
「わかった」
「任せろ」
三人が俺の方から離れて矢部君の方へ行く。
おおー、三人ともちくわを選択したみたいで矢部君へ近づけていく。
矢部君がドキドキしているのか顔にニヤニヤを隠せないでいる。
「バッチこーいでやんす!!」
構えている矢部君へすかさず三人がちくわを口の中へ思いっきり入れた。
冷ませてもないのにちくわとかまじで熱いだろ、あれ。
やべ、今まで俺は冷ませてもらっていた分よかったのかもしれない。
「死ね!」
「ふん!」
「ほらよ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
案の上、三本は入ったものの矢部君が口を押さえて死にそうになっていたところにみずきちゃんが思いっきり顔に水を掛けた。
まあ、ここまで罰ゲームで結構やられていたからストレスがたまってたんだろうな。
「水がほしいでやんす!!!!!」
「矢部君、バイバイ……」
「ぎゃああああああああああああ!!目に、水が入ったでやんす!!!」
と絶叫し、意識を失ったようでバスに静寂が訪れる。
このバスはみずきちゃんの家の専用バスらしいので汚してもいいらしいが、しっかりと後始末とタオルで拭いているので大丈夫だろう。
その様子を見てさっきまで「俺もやってもらいたいぜ」と言っていた霧丘も一歩引いた感じで「やめとくわ」と言っていた。
んで、まあ案の定合宿だ。
昨年とは同じ場所だが、今年は恋恋と一緒では無い。
あいつらも同じ場所で合宿はするが、練習試合は申し込まない予定だ。秋大会で、もしぶつかったりしたらデータを与えた形になっちまうし、与えるわけにもいかないからな。
約一週間の合宿だが、一日目は練習無しで二日目から四チームと試合をこなしていく予定だ。
最終日にとき春と練習試合を組むことが決定しており、それを抜いても三試合をこなしたいところに友沢がある高校とパイプを持っていたらしい。
『おい、決まったぞ。合宿の一試合目に栄光学院大学付属高校だ』
『え、まじ?』
『ああ。俺の知り合いがなエースをやっていて、今年は県予選決勝で負けたから合宿すると、』
『もしかして、久遠ヒカルか?』
『ん、ああ。そうだ。俺がシニアに居たころの知り合いだ』
『あのスライダーが武器で有名な久遠ヒカル?』
『ああ。そうだが……どうした?』
『マジ!?早く言ってくれよ!猪狩対策になったかも知んねーしさ!……まあ良いけど』
『……それにあいつとも色々あるからな』
と、何か気になる発言をしていた。
久遠と友沢は同じ帝王シニアで、投手をやっていた友沢の二番手投手だったが実質ダブルエースの一人だったから油断はできない。友沢が投げないときは投手で試合に出ていたしな。
久遠がシニア時代に成長してきたのは中二以降だ。それまでは投手と外野手をこなしていて、打撃もそこそこだった、っていう辺りしかシニアの情報はない。
まあ、甲子園に出てからは高校No.1を争うほどのスライダーの持ち主ということは各地区のチームには分かられているだろう。
「楽しみだな」
そう、楽しみだ、とここの中でもう一度繰り返す。
バスの一番後ろ右に音楽を聴きながら座っていて、友沢を見る。
流れていく風景を見ながら何を想っているのだろうかは分からないが、あいつと久遠の中にはたぶん何かがある。
友沢が俺の視線に気づいたのか、イヤホンを外す。俺は友沢の隣に席を移動して座った。
「久遠のスライダーを生で見てみたいな」
「……ああ。あいつの成長した姿を生で、この眼で見てやる」
表情は変わらないものの、心の中に闘志をみなぎらせていやがるぜこいつ。
今さらながら敵じゃなくてうれしいわ。
こいつがうちのチームに居なかったら恐らく、今年も帝王に負けて二回戦敗退が濃厚だしパワフル高校にも勝てなかったし、あかつきにもあんないい戦いは出来なかっただろう。
普段クールだけど、内心は燃える男だ。
「なあ、友沢。お前がもしもう一度投手できるとしたらやりたいか?」
「なんだ唐突に……そうだな、できるならやりたいというのが本音だが俺はストレートは投げれてもスライダーが投げられないからな。投手やったとしてもきつい部分がある」
「でも、やりたいのか」
「それはそうだ。元投手だからな」
こいつが投手のまま、高校生活を迎えていたらどうだったのかな。
それも見てみたい気がする。
「栄光学院も楽しみだが、ときめき青春高校?だかも楽しみだ。とにかく青葉やその水無月とかいう投手と戦えるのはチームとしても、自分自身としてもプラスになる。青葉の存在は知っているが、水無月のことは俺は知らないのだが」
何かを思い出すかのように考える友沢だが、水無月については分からないらしい。
あいつは中学野球出身だからシニア出身の友沢が知っているということはないはずだ。
「朱鷺、お前は知っているのか?」
「知っているというか、中学最後の大会全国決勝のエースで四番だった。この前、たまたま逢って合宿あるから練習試合組まないかって誘ったらオッケーされた。中学時代はMAX138キロのストレートに加えて、キレと変化量の申し分のないスラーブとタイミングを外してくるサークルチェンジ、そして右打者の内側へ食いこむように、左打者には逃げて行くように急激に変化する”カミソリシュート”」
眼を大きくさせて、驚愕の顔になっている友沢を関係無しに俺は話し続ける。
中学時代のことを思い出しながら語る。
「ひじ故障して、手術したらしいから今ではわからないけど、打者としても一年生でも強豪校のクリーンアップを打てるほどだし、足も速いし、肩も強い。一言で表すのなら、あいつは天才だ」
そう、まさに野球をするために生まれてきた人間。
唯一中学で木製バットを使っていた選手。そこからすでにプロを意識……メジャーも視野に入れていたのかもしれない。
そんな会話をしているとバスは宿泊所に着き、みずきちゃんが俺達二人を呼ぶ。
「ま、行こうぜ。とりあえず明日は栄光学院だしな」
「……そうだな」
宿泊所に着いた後、みんなに明日のことを伝えて自由時間にする。
俺は手当たり次第に合宿に来ているチームの中から選んで連絡を取って試合を申し込む作業を始める。
そのリストの中には様々な高校があった。
今年、俺らの地区でベスト4止まりだったパワフル高校、チーム全員が超俊足を誇る流星高校、打線のパワーで相手を圧倒する力第一高校や大漁水産高校、一年からレギュラー七人がチームを引っ張ってきたレインボーハイスクール、他にも一芸大付属高校とか実力のある激闘第一高校がある。
できれば、激闘第一は昨年やったけど合同チームだったから単独でもやってみたい気がする。
レインボーハイスクールも面白そうだしな……。とりあえずこの二つか。
「ちょっと俺、外行ってくる」
「うむ、わかった」
そう言って俺は宿泊所から少し離れた球場へと少し曇っている空の元、ランニングしながら球場へと向かった。
ランニングすること約五分、たくさんの球場が集まる場所へ着く。
キィィン!とバットがボールを弾く音が聞こえる。
右中間を破るタイムリーツーベースで三塁走者、二塁走者がホームベースを踏む。
Aグラウンドで試合をしているのはレインボーハイスクール対ときめき青春高校。
次に入る打者は女の子。小山だ。
ネクストサークルを見ると唯一、木製バットを持って座っている選手が居た。
初球のカーブをセンター前へ運んで二死一、三塁になったみたいだ。
「ここで、水無月かよっ……」
とつぶやき、レインボーハイスクールの面子を見ると顔が明らかに変わった。
外野はかなり後ろめに下がっており、捕手の構えているコースも明らかに逃げている外角低め。
甲子園で見た限り、投手である赤川のスライダーはキレがあって、打たれにくい球なのだが水無月にはその球を逆方向へ弾く能力は十分以上にある。
「風くん!」
「任せて!」
一塁上にいる小山と声を掛け合いながら、水無月は打席に入る。
赤川が振りかぶって腕を振る。
球種はスライダー。コースは外角低め!
しっかりと踏みこみ、外角へ変化していくスライダーを木製バットの芯の部分で完璧に捉えた。
結んでいる髪が揺れ、見ているこっちが震えるほどのバットスイングスピード。
友沢や東條とかと同類の打者。
いや、まさに友沢と東條を足して二で割ったようなバッティングセンス。
――――――パカッッ!と木製バット特有の乾いた音が響く。
打球はぐんぐん伸びて行って、ライトポール直撃のスリーランホームラン。
喜びながらゆっくりと回る水無月を見る。
(この回、五点入ったのか!?スコアは――――――っ!!)
振りむいてスコアを見てみる。
そこにあったのは、驚愕の二文字でしか表せないものだった。
レ 000 201 30
と 103 101 05
(う、嘘だろ?仮にも相手は春に甲子園に出たチームだぞ!?公式戦に出ていないチームに負けるなんて……)
次の打者が凡退に終わり、ときめき青春のメンバーが守備に散っていく。
ちょうどセンターとピッチャーが変わったらしく、マウンドに上がるのは水無月。
十一対六。五点差。
さっきとは眼が変わった。
まさにマウンドに上がれば、表情が一変する。
あのときの二つ名は今でも完璧にあっていると感じられるだろう。
――――――”静寂なる竜”、水無月風。
水無月の振りかぶって投げた球は唸りを上げてキャッチャーミットに突き刺さる。
レインボーハイスクールの補欠であろう選手がスピードガンで球速を測っていた。
「お、おい!149キロ!」
「メモしておけ!絶対こいつは警戒しなくちゃいけない投手だ!」
「くそっ、青葉も140キロ後半出しやがるのに、こいつまでっ!」
(149キロ。……なんで、お前はそこまで)
ただ、練習試合を申し込みに来たのにもかかわらず見てしまった。
いや、再認識させられてしまった。
こいつが、天才なんだと。
再び三球目、ストレートが投げ込まれる。
一球目よりも威力が上がったと感じられる球。
「……152キロ」
呟くのが聞こえた。
――――――打てるわけがないだろ。こんな投手。
糾弾するのも無理はないだろう。
だから、天才なのかもしれない。怪我したのにもかかわらず、ここまで凄い投手なのは。
「ああ、やっぱりお前はすげえよ。水無月」
最終日が楽しみだ。
俺に気付いたのか、水無月が微笑んで二人目の打者へストレートを放った。
その球も148キロ。
最後まで飽きさせない奴だ。
そう思い、そのまま奴の投球を試合が終わるまで見守った。
その後、二チームに練習試合の申し込みをして見事にオッケーのサインをもらった。
帰った後は普通にみんなと遊んで過ごそうと思ったが次の日に備えてストレッチをして寝た。
そして、今日は栄光学院大学付属高校との試合。
エース久遠を擁するチームだが、投手力より打撃力のほうが脅威だ。
今年のチーム打率は3割越え、得点も他のチームより圧倒的だったが決勝では久遠が序盤に大量失点をして予選敗退したチームだ。
今日は最高の相手だ。勝ち負け関係無しに俺達の力がどこまであるのか、戦えるのかが注目だ。
「よーし、今日のスタメン発表するぞ。相手は強いからな、公式戦のつもりで戦ってくれ」
「ごくりでやんす。強豪校が相手でやんす……」
「心配すんなって。俺らと同い年だ、実力に大差はねーよ。
一番レフト 矢部君
二番センター 准
三番キャッチャー 聖
四番ショート 友沢
五番ピッチャー 俺
六番ライト 猛田
七番サード 喜多村
八番セカンド 峰田
九番ファースト 霧丘
この打順で行く。なんか問題あるやついるか?」
「ちょ、お、俺!?」
霧丘が大きな声を出して、驚く。
まー、そりゃな。久々のスタメンだし、二年になって初めての試合だもんな。
「なんで俺だよ?大京やら他の奴だっているのに」
「理由としては久遠と相性がよさそうだった……っていう感じだ」
久遠のスライダーは変化が大きすぎて、右打者じゃあインコースだと背中から来る錯覚に陥ってしまうが左打者ならそんなことはない。
出所、変化、回転。すべてが見やすいからだ。
「まあ、頼んだぞ」
「よし!任せろ!」
こいつがレギュラーを剥奪されてからの努力はちゃんと見てるんだぜ?
性格や普段の行動はただのチャラ男にしか感じられないやつだけど、野球をやる時は全然違う。
お前の努力をこの試合で見せてくれればって思ってる。
「よし気合い入れてくぞ!」
「「「「「おー!!!」」」」」
マウンドで俺達の様子を観察……いや、正確には友沢を見ている選手が居た。
銀髪を揺らしながらマウンドに立ちつくす投手。
――――――久遠ヒカル。
現、栄光学院のエースにして夏大会では決勝で敗れたもののMAX145キロのストレートと自慢のスライダーで長年破られなかった地区大会での奪三振記録を約三十を上回る奪三振数を記録。
防御率は二点台と決して悪いわけではないが、たぶん疲れの無い久遠から打つのは猪狩並みにきついのかもしれない。
「みんなもわかっているかもしれないけど、マウンド上の久遠はスライダーが武器の投手だ。正直、スライダーだけなら猪狩以上で、プロでも通用するほどといわれている」
みんなが首を縦に振り、話を緊張しながら聞く。
良い緊張だ。練習試合でここまで緊張できることなんてないから、良い経験になる。
「んで、ストレートもMAX145キロとかなり速いってわけじゃないけど、十分すぎるほどだ。簡単には打たせてくれないってことだ」
「なかなかやっかいだね。典型的な投手だけど、決め球はずば抜けている分嫌だな」
「川瀬の言うとおりだ。あいつにはスライダーだけじゃない。打者に取って嫌な変化球でもある高速シュートがある。スライダーと思って打ったのがシュートだったってのもある」
「友沢が言うとおりなんだ。だから、今回は作戦はなし。自分たちで考えて行ってくれ。捕手はそこまで肩は強くないし、盗塁もがんがん行っていいからな」
「じゃあ、矢部。行ってこい」
「任せるでやんすよ」
こっちの先攻だ。先制点を取っていければ有利だ。
この試合は全力で戦うぞ!
『一番レフト矢部君』
相手のオーダーを確認する。
このオーダーは三年が抜けたものの、注意する人物はほとんど変わっていないな。
一番ファースト 北田
二番セカンド 桐野
三番センター 柳岡
四番サード 緒方
五番レフト 五反田
六番ショート 布里
七番ライト 柴田
八番キャッチャー 影宮
九番ピッチャー 久遠
というオーダー。何と言ってもクリーンアップの得点圏打率が半端なく高い。打率も圧倒的に高く、生半可の投手じゃあ抑えられない打線だ。
嫌なのは北田と布里。
北田は打率、長打力、足が全国レベルで見てもトップクラスで、盗塁数は五試合で十三個だっけか。地区自体に良い捕手が居ないからなのかもしれねーが、一試合二個以上盗塁を決めている計算だ。一年から夏の甲子園出場メンバーの一人でレギュラーのやつでもある。
布里は六番ながらもチーム一の打率を誇るアベレージヒッターだ。
さらにもヒットのほとんどがセンターからレフトへの流し打ちが得意で、外角のコースはほとんど流してのヒット。うまく打たれて、恐怖の下位打線につながれるってのが大量失点のパターンだ。
だが、逆に失策数が多い。
エラーから崩れるってのが久遠が大量失点した傾向の一つだ。
「プレイボール!」
審判が声を掛けると足を上げてザッ、と砂煙が舞い久遠が振りかぶる。
通常の上手投げよりも少し横から右腕を振る。
ギュッ!とキレのあるスライダーが、ミットに突き刺さった。
「ストライーク!」
矢部君が表情に出していないが、かなり厳しいと感じているだろう。
やべえ、あのスライダーはまじでやべえよ。ベンチから分かるほどの変化ってすごすぎだろ。
二球目も同じくスライダー。
矢部君はバットを振るものの、当たらない。2-0だ。
三球目は内角へボール球のストレートで2-1。
「あれは布石だな」
「ああ。そして、最後に――――――」
――――――外角へのスライダー。
さすがに一打席目じゃあ打てない。いや、カスリもしないだろう。
攻略法と言っても、ただスライダーを捨てて他の球を打っていくか、ひたすら球数を投げさせるしか思い浮かばない。
でも、練習試合だし好きにやらせてもいいよな。
「あの変化は猪狩君以上でやんすよ……。右打者じゃあ、余計に打ちづらいでやんす」
「だよなぁ。うちのチームにもう一人ぐらい左打者がほしいんだが」
准は二球続けてスライダーに空振り、三、四、五球目のストレートとカーブをカットするが、外角へのスライダーに当てられず空振り三振。
ほとんどの配球の中心がスライダーで次点でストレートか。
決め球が低めに、しかも打たれないほどの球なら、普通にそれを中心に組みたてるよな。
「聖もたぶん、打てないだろうな」
「だな。あの人もミートはかなりのものだけど、まずあのスライダーは当たらないね」
悔しそうな顔で帰ってきた准がヘルメットを外しながら言う。
准でさえもカットさせてくれないってことは聖でも初見で打てるかどうか。
ネクストに友沢が、バットを持って座る。
その友沢を久遠は睨みつけた後、打席に入った聖に対して振りかぶる。
キィン!と初球のストレートを聖はセンター前に弾き返す。
「友沢!」
友沢は俺にウインクして、久遠と向き合う。
久遠は友沢のことを見て、マウンド上でロージンを手の上で弾いて置く。
友沢と久遠。
過去に何があったのかはわからない。
この二人には何か通じるものがあるんだ。
「こい、久遠……」
呟きながら、友沢は左打席に入って構える。
久遠が振りかぶって投げる。
コースは内角、球種はスライダー!
友沢はバットを引いて、手元まで引き付ける。ボールを呼び込み、腰の回転と同時にバットを出す。
鋭く、手元で、大きく変化するスライダーを捉える。
打球は快音とともに、ライトへのポールに直撃する。
凄まじい速度で当たったポールから大きな音が響く。
「思いっきり初球から、相手投手の決め球……高校No.1のスライダーを叩き込みやがったよ、あいつ」
つくづく、あいつが同じチームで助かったぜ。
あのバットスイングの進化といい、狙った獲物を逃さないところといい、猪狩と戦ってまたさらに凄くなりやがって……。もう俺が四番を打つ機会はないかもな。
久遠の顔がさっきまでとは大違いだ。
自分の決め球であるスライダーを、内角ギリギリに制球した球をポール直撃とはいえホームランにされたのはショックが大きいだろう。
その様子に目も向けないで友沢はゆっくりとベースを回る。
うちのベンチは先制点を取ったことに大盛り上がりを見せて、友沢へ声援が送られる。
「ナイスバッティン。よくあのコースのスライダーを打てたな」
「左打席だからな。球は見やすいし、リリースポイントもしっかりと見える。次は右打席でスタンドへ放り込んでやるさ」
「私もスライダーを打ちたかったが、甘いところにストレートが来たから打ってしまったぞ」
「まだ制球は甘いな。ただやっぱりスライダーは注意すべき球だな」
二人とハイタッチして、打席に入る。
久遠との対決は初めてだが、テレビでは結構見たからな。まあ、実際見ないとわからないけど。
久遠が振りかぶって放る。
右腕から放たれたスライダーは俺の出したバットを避けるように変化する。
バシッ!とミットにしっかりと収まった。
「ストライーク!」
すげえキレと変化量だな。ただ制球はまだ甘い部分はある。
しっかりと球筋を見極めて、振りきれば打ち崩せるはず。
二球目はインコースへの高速シュートで釣りに来るか、もう一度スライダーか?
どちらにしろヤマを張らなきゃ打てないってのが嫌だ。
だが、友沢にスタンドへ放り込まれたのにも関わらず俺にスライダーを投げるかどうか。仮にもあかつき中の四番を打ってた俺だ。
……ってことは予想はインコースへの高速シュートだ!
先ほどの友沢がしたスイングを逆打席で描くようにフルスイングをする。
引きつけて、弾けっ!!
金属バットに当たった感触が一瞬手に響く。
それをモノともせずに俺は思いっきり振り切って、打ち返す。
ッカァン!と打球がレフトオーバーのツーベースヒットとなり、俺が二塁へ滑り込む。
「うしっ!」
立ちあがった後、ガッツポーズをする。
ベンチはさらに盛り上がって次の打者である猛田へ声援が送られる。
久遠もなかなか打たれ良いと思ったが、一気に打たれると弱いのかもしれない。
猛田が打席に立って、久遠が振りかぶる。
外角低めに構えていた球はストレートだったが、まったくの棒球と化していた。
ど真ん中高め。超絶好球。
猛田はまってたかのようにフルスイングし、完璧に芯でとらえた。
高く上がった打球はなかなか落ちて来ずに、そのまま伸びて行ってバックスクリーンに直撃してグラウンドへボールが跳ね返ってくる。
「うっしゃあああああああああああああ!!!」
「ナイス!」
「猛田、ナイスでやんす!!!!」
確かにホームランは良いことだ。しかし、棒球だった。
135,6キロ程度のバッティングピッチャーのようなただの球だ。甘い、甘すぎる失投だ。
友沢の表情が少し歪む。
まるで自分のチームの投手がふがいない投球をしているかのような表情。
「友沢、久遠のためにもう一打席放りこんでやれ。……お前の気持ちは少しわかったかもしれない」
「久遠……。そうでもしないとわからない奴なのかもしれないな」
喜多村がサードゴロに終わり、この回四点を入れて早速流れは良いぜ。
「今日はムービングファストは封印だ。もっと練習して落とさないようにしなきゃな」
「うむ、わかった。サインは私が出すぞ」
「当たり前だ。俺はお前に信頼してるからな、頼むぞ!」
「まかせろ、修也!そっちこそ頼むぞ!」
俺がマウンドに向かって歩く。
ロージンバックを手にやって、手に白い粉が着いたのを確認して帽子のつばを少し触りプレートの上に足を置いて聖からのサインを待つ。
一番の北田が左打席に立つ。
長打の打てる一番打者。非常に厄介なやつだな。
聖から出されたサインは外角へのストレート。
右腕から放たれたストレートを難なく北田は逆方向へ弾き返して、レフト線へ鋭い打球が抜けて行く。
矢部君が捕球して中継につないだところですでに北田は二塁へ滑り込んでいた。
「ナイスボール!良い球来ているぞ!」
聖もサイン出すことにもう迷いはない。あれから少し成長したな。
二番の桐野は初球のスライダー、二球目のスローカーブを見逃す。2-0からの内角ストレートで一度釣り球を見せた後、外角へスローカーブを見せるとそれをファールながらもライトポール右へ弾き返した。
うおっ……すげえ二番打者だな。
さすが犠打が一試合一個以下のチームだ。二番に迷わずヒッティングさせる選択ができる打者ってのがいると楽しいだろうな。
五球目、俺らが選択したのは内角高めへのストレート。
その球を詰まりながらもセンター前へ持っていき、あらかじめ前進守備をしていた准が捕球してすぐに内野に返して北田の突入を防ぐ。無死一、三塁になった。
北田は俊足だから、定位置だったらホームに突入されて点を取られてただろう。
この辺が准のボールに対する嗅覚だな。
打者の立ち位置、バットのスイングのクセ、タイミングの取り方、コース、球種など……それらを加味して考えて、この辺に飛びそうだなってところへあらかじめ守っておき、ボールが来る位置を予測する。
俺が小学、中学と九年間をかけてやっと身に付けたのを、たった3ヶ月で覚えてやがる。
さすが守備のセンスの塊と言うべきか。しかし、まだピンチなのは変わらない。
「おねがいします」
天才一年生との呼び声の高い選手。柳岡。
プロもその才能には注目しており、進君とかと同じ部類に入る選手だ。
走攻守そろった五ツールプレイヤー。一年生ながらも七番でスタメンを張っていた、両打ちの打者だ。
(内角低めにスライダーで詰まらせる。低めに厳しく)
内野は前進守備状態だ。ゴロを打たせればホームで北田をさせる可能性も増えるし、ゲッツーも取れる。
振りかぶって内角へスライダーを放る。
その球を初球から打ちに行く。
鋭くシャープなスイングはスライダーを打つが、打球はバックネットに当たる。
タイミングはピッタリ。普通、初球から合わせてくるかよ……。
(外角にスローカーブで、ボール球)
外角へスローカーブ。ただの見せ球に過ぎない。
柳岡は見逃して1-1となる。
三球目、四球目とストレート二球ともをカットして2-1となる。
五球目に俺らが選択した球は――――――ストレート。
もう、俺は誰にも負けない。
相手が強豪校であろうと、この肩が例え壊れようとも。
あいつにまた見返してやると誓った。
あの青いユニフォームの背番号”一”を着けたあいつに俺は絶対勝つ。
そのために俺は投げ続ける。
――――――あいつには負けないっ!!
俺がミットへ向けて投げ込んだストレートは柳岡のバットを上を通過する。
バシッ!!!とノビのあるストレートがミットに突き刺さった。
「っ!?速っ!」
「ストライクッ!!バッターアウトッ!」
「しゃあ!!」
「ワンアウトだ!良い感じだぞ!」
「おう!」
相手がだれであろうと全力で、本気で立ち向かうだけだ。
俺には聖や友沢、みずきちゃん、猛田のようなライバルがいるのだから。
必死に、相手に、喰らいついてやるよ。
もう、聖に悔しい涙は流させない。
俺は聖からのボールを受け取って青空を見上げた。
あいつも今頃は甲子園のマウンドで投げているのだろうか。
――――――今年の甲子園も熱い戦いになりそうだ。
『さて、甲子園二回戦!あかつき大付属高校対神帝学園高校!まず先攻のあかつき大付属高校の方から見て行きましょう!一回戦はエースの猪狩守が三安打完封に加えて16奪三振の圧巻の投球で勝利しました。打線も絶好調!三番の七井が2打席連続本塁打の5打点、さらに猪狩進が5打席連続安打など12‐0で守りの定評のある南港埠楽水産高校を下して二回戦へ進出してきました!』
猪狩守。今や高校野球の注目選手は?と聞かれたら真っ先に挙がるだろう選手。
昨年の彼を見ている者はもっと注目しているだろう。
一年生ながら甲子園で完全試合を達成した超怪物投手。
しかし、彼は昨年のままなわけではない。
昨年も凄かったが今年もすごかった。その凄さは一回戦が終わった次の日、スポーツ紙の一面を飾るほどだ。
一年生ながら149キロ投げた速球は、二年生になった彼は地区予選で154キロまで成長。
一回戦でもMAX150キロを投げて、さらには謎の浮き上がる球を投げ込む彼は全球団のスカウトが注目していた。さらには二年生ながらもメジャーのスカウトも甲子園の試合を観戦し、取ろうとする球団も出てきていた。
そんな中、甲子園前に彼の父親であり猪狩コンツェルンの社長であり、猪狩カイザースのオーナーの猪狩茂は『来年のドラフト会議で猪狩守を一位指名する』と宣言したのだ。
確かに息子である彼を取るのは当たり前かもしれない。
普通は批判、罵声を浴びさせられるのだがそういう声は全くなかった。
――――――そう、猪狩守だからだ。
また今日も彼は見せてくれるだろうか。
影山はふっ、と少し顔を緩ませて甲子園のバックネット裏のスタンドに座る。
猪狩守の評価は一年生ですでにAランク+。二年生でSランクと別格だった。
『一方、後攻の神帝学園高校。こちらもエースのグラビトン新井が五安打完封、さらに自らのスリーランホームランで10‐0で得々農業高校を下してきました!相手エースの蛇色が投げなかったせいもありますがそれ抜きでも実力は抜きんでています!』
このチーム相手にどれだけの投球をしてくれるか。
それだけが影山は楽しみだった。
『今日の試合はとても面白い試合になりそうです!両エースの投げ合いとなるか、それとも打ちあいになるのか!甲子園大会二回戦第二試合、あかつき大付属高校対神帝学園高校。まもなくプレイボールです!』
「整列!」
「「「「「行くぞ!」」」」」
「「「「「勝つぞ!」」」」」
両チームが声を出して整列する。
一塁側の神帝学園が誇る体格に恵まれたパワーと素質のメンバーで地区大会を圧倒的な力で勝ち上がってきた実力。
三塁側のあかつき大付属は全国屈指のバッテリーである猪狩兄弟に加えて、それぞれのレギュラーが持ち味、技術を生かして勝ち上がってきたチームだ。
猪狩が並んだ前に、神帝学園のエースであるグラビトン新井が対峙する。
「クックック、貧弱な体だなぁ。これが高校野球、怪物投手なのか?笑わせル」
「……」
「強豪校だか、名門校だがわからんが所詮血の滲む努力と野球を研究した理論で才能と体と資質を補ってきただけなんだろぉ?生まれ持った力にはそんなもの無意味に等しいナ」
グラビトンの挑発に猪狩は動じない。怒りを覚えるどころか、黙って睨みつけている。
審判が声をかけて両チームが礼をする。
そして、頭を上げた時に猪狩は言葉を発した。
――――――まるで相手を見下したかのように。
「黙れ。この”雑魚”共が」
「なんだとぉ?」
「お前らみたいな雑魚はここでくたばれ。”あの”チームに比べたらお前らはただの石ころに過ぎない。せいぜい見せてもらおうじゃないか、その生まれ持った素質だかなんだかをな。野球は力ではできないということを教えてあげよう」
「コケにしてくれるナ。ここで沈むのは貴様らだ」
「試合後、泣いているのはどっちだろうな」
笑いながらベンチに戻っていくグラビトンを見ないで猪狩はゆっくりとマウンドに向かう。
夏の照りつける太陽がマウンドに居る投手を地獄に落としていくのが甲子園だ。
猪狩は自らの左腕を振り、投球練習を終える。
六本木からボールを受け取ってロージンバックを使って、マウンドを均す。
白いプレートの上に足を置いて、呟いた。
『一番ショート大久保君』
「とうとう、僕が見せる出番だな」
そう言ってボールを手でバウンドさせて、ギュッとボールを握った。
振りかぶってオーバースローから繰り出された、白い糸のように打者には見えなかったに等しい速球はキャッチャーミットに突き刺さる。
ッバァァン!!!とミットは音を立てる。
観客は一瞬静まった後、わあああああああああああっ!と一気に歓声が沸く。
甲子園のスピードガンは――――――153キロを計測していた。
「は、速っ……!」
「ナイスボールです!兄さん」
相手打者は全く手を出せない。
二球目のカーブも、三球目のスライダーも。すべて完璧なコースに制球されて、バットが出せない。
三球三振に切って取ると二番打者と三番打者はすべてストレートで三者三振に仕留める。
当たらない。そう、まったく当たらない。
バットが空を切ってしまうのだ。
猪狩はボールを受け取ってマウンドの上に置き、ゆっくりとマウンドを去っていく。
その背中にはゆるぎない背番号”一”を背負いながら。
甲子園ではまだ熱い戦いが行われているだろうが俺達の試合は終わった。
両チーム同士、球場の片づけやらダウンして体をほぐしていた。
あの後、試合は両投手の踏ん張りもあったが先に久遠が崩れてうちの打線が大爆発して、俺が終盤には打たれ始め途中で、宇津、みずきちゃんと投手を出したものの最終的には乱打戦になった。
聖 421 002 031 13
栄 202 010 211 9
十三対九で聖タチバナ学園高校が勝利した。
しかし、久遠が序盤に大崩れして三回七失点という投球内容で今日の結果は参考にならないだろうと思いつつクールダウンしながら思う。
かくいう俺も六回五失点という投球内容。北田には二本の二塁打とタイムリー、布里には全打席でヒットを打たれる結果に終わり、本格的にムービングファストを練習しなくてはと心に決めた。
一方で打線で奮起したのは友沢だ。
六打数六安打、二本塁打五打点の大暴れでクリーンアップの俺と聖もタイムリーが飛び出して猛田も初回のホームランのみだったものの二打点。
霧丘に走者一掃の二点タイムリーと三塁打。右投手ではつかっていくことも考えなきゃいけないな。
真田も途中出場ながらもヒット打ったし、准もタイムリー打ったしも文句はない。
「友沢、右打席でもスタンドに運びやがったな」
「しかし、すでに久遠の球は死んでいた。スライダーもど真ん中へ変化していたぞ」
「ああ。それでも脅威なんだがな、久遠のスライダーは」
そう言って友沢の方を見る。
ストレッチをしつつ、何か考えているのがわかる。
試合中はどこか苛立ちを見せる表情はあったものの、久遠が降板してからはそんな表情は無くなった。
「さて、じゃあ宿泊所に帰ろうぜ」
みんなに声を掛けて、球場に挨拶と相手チームのメンバーに挨拶をして宿泊所へ歩く。
そんな中、友沢が途中で忘れ物をしたと言って戻っていった。
俺らは了解し、先に宿泊所へ帰ることにしたのだった。
友沢が戻っていったのは忘れ物があったわけじゃない。
久遠と話す為だった。
かつての旧友にいら立ちを覚え、何かを感じ取ったからだ。
――――――あいつとはなさなければいけない、と。
「……と、友沢」
「久遠。お前は俺に聞きたいことがあるんだろ」
力強く、その言葉に久遠は反応した。
つばを飲んで久遠は言葉を発した。
「僕は友沢からスライダーを教えてもらった。そのスライダーは……今、僕の支えになっている。技術的な面でも、精神的な面でも」
「ああ。今では高校野球No.1との呼び声も高いな」
「と、友沢!なんであの日、僕と戦う前にシニアをやめてしまったんだ!?約束したじゃないか、最後の予選前に勝ったほうがエースになるという勝負を」
「確かに、約束した」
「僕はその日から、教えてもらったスライダーを完ぺきにするためにひたすら練習した。友沢も残ってスライダーの練習するところは僕も見ていた。……なのに、途中で練習する姿は見えなくなっていた。練習でも投げている様子がなくて、僕は心配していた」
「……」
「教えてほしい。そうじゃないと僕は納得のいかないまま、友沢を……親友を恨み続けることになってしまう。それだけは嫌なんだ」
友沢は一瞬、目から久遠を逸らす。しかし、すぐに戻して見つめ合った。
久遠は一瞬たりとも友沢から目を離さない。
「……俺はお前と約束した一か月前にすでに肘を壊してしまったんだ。スライダーの投げすぎで、もう気付いたころには引き返せないところまでに達していた。あるやつの陰謀によってな」
「そ、そんな。僕にスライダーを教えてくれたときには、」
「もう、肘は壊れかけていた。俺はどうしても投手の夢ってものをあきらめきれなかったらしく、お前が投げていたスライダーと俺が投げていたスライダーを合わせれば、凄いスライダーができるんじゃないかって思ったんだ。だから、あのときまで、約束の日まで必死に耐えようとしたが限界を超えても投げ続けていた肘は耐えられなかった。……お前に最後の望みを掛けたんだ、俺が投手をやめる前に何か残せるかって」
「僕に、望みを?どうして、そこまでして」
「さあ、俺にもわからないさ。……直感だ。そして、お前はスライダーを完成させた」
「ああ……僕はそのときは凄く必死だったから。スライダーを完成させて勝負することに必死だった」
「お前がスライダーを完成したことを心の中では喜んだ。それと同時に俺の心の中に申し訳ない気持ちで埋め尽くされた。そして、スライダーを使いこなす様子を見て俺は約束は守れないとわかった以上、俺はシニアにはいる意味はなくなった。だから、俺はシニアをやめた」
「じゃあ、なんで野手へ転向して野球を!?」
友沢は振り返って、夕暮の空を見上げる。
少し笑顔になった友沢はそのままの様子で話した。
「朱鷺が俺を救ってくれたんだ。俺が生き残る道を示してくれた、『野球は投手だけじゃない』ってな。こいつについていけば面白そうだなって思って、俺は野球を始めた。楽しい野球を、大好きな野球を。第二の野球人生を歩み始めた」
――――――あいつの下でなら、今までにない野球ができる、と。
「野手に転向したら、必然的にお前とも出会う。そのときに、お前のスライダーを打ちたいというとも思った。俺とお前が作り上げたスライダーはどのくらい凄いのだろうかってな」
「ああ……すべて、僕の思い違いだったんだ……」
久遠は心の中のことを一気に吐き出す。
「僕は、僕は、友沢がスライダーを教えてくれたのが嬉しかった。でも、友沢がシニアをやめたとき凄く後悔したし、怒りと憎しみしか湧かなかった……!約束を守ってくれなかったのと、友沢は僕にエースを取られるのが怖くて逃げたんだと思った……!馬鹿か、僕は!投手の友沢が残してくれた最後のカケラを無くしてしまうところだったっ!」
「久遠……」
「ごめんっ、友沢……。こんな僕に、スライダーを教えてくれて……ありがとう……!」
「気にするな。お前が投手でいてくれたら俺はそれで良い。お前が居る限り、投手友沢は生きているからな」
「……次、今日は駄目だったけれど、次は全力で行く。その時はよろしく」
「俺も、お前のスライダーが見れて嬉しかった。……次は”本物”のスライダーで勝負してくれるか?」
「もちろんだ!友沢、次は甲子園で会おう……!」
「ああ」
久遠は涙を流しながら、それでも笑顔で別れを告げる。
友沢は自らの拳と久遠の拳を合わせる。
そしてバスへ乗り込む久遠の姿を最後まで見届ける。
――――――また会うときは甲子園で。
そう心に誓いながらバスを見送った。
友沢が宿泊所へ向かうところで、一人の影が見えた。
「ったく、友沢遅いわよ」
「……橘か。どうした?」
「どうしたも何も待ってあげたのよ。あんたのこと」
「ふっ、別に誰も待っていてくれと言っていない」
「うわっ、あんた性格悪っ」
「いや、わけがわからないのだが」
「……久遠のスライダーは投手のあんたが残したものだったってわけね。まぁ、あんたらしいわね」
「そうか?……今の俺は打者だ。投手のために打つのが仕事だ」
「じゃあ私の時も援護してよね。私はもちろん完璧に抑えるけど、点取れなきゃ勝てないし」
「当たり前だ。……それ以上に失点されるかもしれないけどな。援護はできるだけはやるって決めている」
「やっぱり、あんたのこと嫌いだわ」
「……言ってろ」
「そうだ。今度あたしにスライダー教えなさい。私も頑張ってるんだけど、いまいち変化しなくて困ってるの。元スライダー使いの投手のあんたになら、なんとかなるかもしれないって思ったのよ。断らせないわ、絶対よ」
「そもそも、お前がスライダー投げられる才能すら無いかもな。……ふっ、教えてやるよ」
「やっぱ、嫌い。一言多いわよ」
「……お前が朱鷺をサポートできるようになったら、甲子園に近づくからな。……少なくともお前には才能はあるさ」
「え?なんか言った?」
「なんでもない。ほら行くぞ」
「ちょ、腕引っ張んないでよ!」
そうして二人は宿泊所へ戻っていった。
夕暮の空は二人を照らす。
お互いに不器用な面がある二人だが、それでも互いが前に進もうとしている。
――――――夏はすでに秋へと変わっていこうとしていた。