実況パワフルプロ野球~二番手のエース~聖タチバナ学園高校 作:Reaflet
「ちくしょー……さすがに甲子園優勝投手からは打てないぜ……」
「ストレートのみで三者三振だったりするからなー。田中山は何とか粘ってヒット打ったけど、和泉原だけしかなぁ」
「いえいえ、初球から打たないだけでも良いんだよー! 投球に集中させるために夢人を六番に置いたけど本来パワーヒッターの夢人だったら、
「当然だろ……俺達からしたら神の領域」
「まあ、強豪校の四番なんてあんな感じだしな」
「それほどうちの野球部のレベルが低いってことなんだよ……無能でごめんな」
「いえいえ、監督! 大丈夫ですよ! だってここまで良い勝負出来てるじゃないですかー」
回は進んで八回表。
両チームは相手投手を打ち崩せないまま0-0。
最速160キロを誇るバス停前エースの結城からは四球でチャンスを作るも切れ味抜群のスラーブ、ドロップカーブで三振に切られており十六奪三振を喰らっていた。
高校ナンバーワン左腕であかつき大付属のエース猪狩はヒット一本を浴びただけで多彩な変化球と150キロオーバーストレートで十四奪三振と互いのエースの奪三振ショーだった。
確かにバス停前があかつき相手にここまでの試合をすることは誰もが予想していなかっただろう。
この試合は先制点を獲ったほうが優位に働くことは両チーム分かっている。
その一点がお互いに遠かった。しかし、この回バス停前はチャンスであった。
――――――結城夢人に回ってくるからだ。
『六番ピッチャー結城君』
「お願いします」
夢人は一礼して打席に入る。
一見フォームは普通の打者なのだが、先ほど尚が言ったとおり夢人はパワーヒッターなのだ。
あれほどの剛腕投手が打撃力が悪いとは考えにくいだろう。
様々な投手が居るが……この世代の投手の多くは打撃が良い。
猪狩が戦った中ではアンドロメダ高校の神高は猪狩から打点を挙げているほどでバッティングに関しては強豪校でも四番を張れる打者だ。
栄光学院大学付属のエース久遠は見た目に反してパンチ力があり、超強力打線の九番目の打者として相手チームに立ちはだかる。
地区では帝王実業の山口もピッチングに専念しているとはいえ打撃は平均よりも上、パワフル高校の鈴本はミート力に定評があり、チャンスには実力をさらに発揮する。
そして猪狩が最もライバルと意識している相手。
朱鷺修也は恐らく投手として世代屈指の超ミドルヒッターだろう。
得点圏打率は野手のトップクラスと並ぶほどで広角に打ち分けられる打者。そして俊足、強肩、堅守と偶に外野手として出場することがあるが、恐らく外野手としては高校トップクラス。投手というものを生かして配球を読み切って打つ打撃は戦う相手としては嫌な打者。
とはいえ彼も投手という枠を外してしまったら格は落ちてしまう。それでも怖い打者の一人というのは変わらないはずだ。
猪狩守自身も打撃力はかなりあり、足も速く、守備もうまい。
通常ならば五番に座ってるはずだが投手として出場するために打順を下げて負担を減らしている。
投手として投げるだけが仕事では無い。
指名打者制と呼ばれる制度ではない限り必ず打者として打席に立たなければいけないし、足の速さは走塁、守備に影響を与える。要するにフィールディングというものに影響するのだ。
バント処理、判断力など他の野手とも連携していかなければならないところもある。
全ポジションの中で一、二を争うほどにセンスのいるポジションなのがピッチャーだと一般的に言われている。
また、結城夢人もセンスのある選手。それも抜群としか言いようがないほどに。
アメリカ帰りの天才選手。
それが―――
――――――結城夢人。
「打撃はさすがにセンスだけでやってるけど、簡単には打ちとれない打者でもあるんだよね」
(細身ながら、規格外のストレートを誇る。バッティングもかなり凄いんだよ。お前ってやつは……本当に最高。夢人、最高だよ)
尚がそう呟いた。
他のチームメイトもその言葉を聞いて視線を向ける。
あの日、初めて彼を見たその時から。
バッテリーを組むことになったの時から。
尚は思ったのだった。
――――――彼に憧れて、驚かされて、追いかけていた私だからこそわかる、と。
――――――時は遡る。
「199……!200……!……ふぅ、終了」
中学時代から続けている日課をこなし、バッティンググローブを外す。
私は午前練習後、みんなが帰宅した後に私だけ残って素振りしていた。額を拭う汗がうっとうっとうしく水でタオルをぬらし汗をふく。
濡れたタオルは気持ち良い冷たさを感じさせ、さらには秋から冬へと季節の変わり目のために風が吹きぬける。
涼しいというより少し寒い。でも、すっきりする。
この素振りをずっとしていれば、今は芽が出ないかもしれないけどこれから先になって花が咲くかもしれない。そう思ってひたすらこなしている。
毎年一回戦負けながらもそこそこ真面目に練習をしている高校であるバス停前高校。
その高校の一年生でベンチの私だ。
(ああ、去年も今年もベスト16に入ると思われる高校と当たるんだもんなぁ……。これじゃあ、高校生活一度も試合に出れないし、さらには勝てないかも)
バス停前高校が所属している地区は強豪校が揃い、最も激戦区と呼ばれる地区のチームだった。
ここ近年はあかつき大付属高校が地区の頂点に立って甲子園へコマを進めてる。さらに甲子園ではベスト8以上に入ったりと全国に凄さを見せつけていた。
(夏の甲子園……猪狩守だっけかなぁ。あの人凄すぎるよ)
テレビで見たけど、最速149キロのストレートは本当に怪物だと感じさせられた。
それに加えて切れ味抜群のスライダーで三振に切って取る投球。完全試合のときなんて相手チームが前に飛ばせてなかったから驚いた。
あれが同学年と思うと本当に怖い。あの人とは戦う機会なんてないのかもしれないけど、同世代で居られることは一生の誇りになる。
負けたくはないけど、手の届かないところに居るのは確か。
「さて帰ろうかな。……ん?」
私が気付かないうちにレフト方向の外野に人が立っている。遠くだから良く分からないけど、身長は高そうだけど細い感じかな。服装は……バス停前高校の制服だ。
たぶん、男の子。ゆっくりとホームベース……いや、近づいてくる彼は砂を触って少し掌に砂を置く。
すぐに秋の風がその砂をさらっていく。
その様子を見て少しも表情を変えない何がしたかったのかわからなかった。でも、その姿は様になっていて驚いた。歩いてくる方向は私のほうみたいだけど……私を目標にして歩いてきているわけじゃないみたい。
……ってなんで硬式ボールが置いてある……。
「ごめんなさーい!尚のところにボール投げてください!」
「……」
私はセカンドバックからキャッチャーミットを取りだして大きく手を開けた。
彼は近くに転がってあった硬式ボールを見て頷いた。
距離はすでに塁間程度まで近付いており、彼は左手でボールを持って軽くステップを踏んで左腕を振って投げる。
ッパァン!!とボールがミットに収まると一瞬静寂が訪れた。
え?何、今の速さ……。腕を振ったところまでは見えた。でも、そのあとは……。
驚きの表情を隠せないまま、ミットを見る。
今まで見たこともない球って言うけど、それは猪狩守の時と同じ。ただ、驚くだけ。
(は、速い……見えなかった……)
絶対に届くことのない領域というものを初めて私は真近で見た。
無表情で何一つ顔色を変えない男の子。
良く言えばクール、悪く言えば感情を持たない。
――――――それが私と彼の出会いだった。
「……痛っ……こ、こんにちは」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「いやいや!大丈夫だよー!。それにしても速いねぇ……140キロとか出てたんじゃない?」
「はぁ……」
「この学校に転校か転入するの?っていうかもう制服着てるけど」
「えっと……シルバーウィークの間に手続きを済ませて……明日から正式に学校に通います」
「へー、今までどこの高校に居たの?」
「いえ……アメリカから帰ってきたので。とりあえずアメリカの高校に……」
「アメリカかー!!」
彼は少しも表情を変えずに話す。お互いに会話が無くなった後、彼は振り返ってグラウンドを見た。
何してるんだろうと私は思いつつ、そのまま立っていた。
風は穏やかに吹いていたのが次第に強くなってきており、少し肌寒くなってくる。
彼が来てから風が強くなってきたのかもしれない。
「そういえば下見に来たの?」
「あ、まぁ……。明日から大変になりそうなので」
「良かったら案内しようか?尚、結構暇だし」
「……迷惑じゃなければ、よろしくおねがいします」
「タメ口で良いよー。尚は和泉原尚。一年四組」
「あ、じゃあ。俺は結城夢人……一年三組に所属するって言われた」
「『夢と人を結ぶ城』って覚えれば良いかなー?」
「?」
「尚のことは『和む泉の原因が尚』って覚えれば良いよ?」
「はぁ……」
私は感じていた。
メガネをかけていて、黒髪のショートヘアで物静かそうでいかにも文学少年っていう言葉が似合う姿の結城夢人。
彼のところに手が届かないのは確か、と。
でも、それ以上に私の心は彼の投げる球に動かされていたのは分からなくて、自然に口から出ていた。
「ねぇ、夢人――――――野球部に入らない?」
――――――何言ってんだろうか。
――――――こんな球を投げるんなら野球部に入るって最初っからわかってたのに。
――――――どうしてだろう。
――――――ううん、違う。
――――――この人ならなんとかしてくれそうな気がする。
――――――私の夢をかなえてくれる協力者に、パートナーに。
だから、いち早く。彼に、夢人にこの野球部に入ってほしかった。
あの舞台へ立つために。
みんながみんないけるわけじゃない高校球児にとって特別なあの場所へ。
本当なら手の届かない場所だけど彼と一緒なら届きそうな気がしたから。
「どう、かな?」
その問いに対して後ろを歩いていた彼に向かって振り向く。
お互いの間を遮るように風が吹いて立ってるのもきついぐらいになる。右肩に背負っていたセカンドバッグがガタッ!と音を立てて落ちた。
私は被っていた帽子が飛ぶのを抑えながら彼の眼を見て、次に浴びせられる言葉を考えていた。
『元々入るつもりだった』『言われなくても入ってたけど』
きつい言葉を言われるかもしれなかったし、入らないと言われていたのかもしれない。
だって相手もたぶん私達の野球部のレベルの低さがわかっていたかもしれなかったから。
それでも夢人から発せられた言葉は、考えていた言葉すべて違うものだった。
――――――俺は生まれて一度もキャッチャーに捕ってもらったことがない。それでもいいなら。
「え?」
一瞬、夢人はどこかさみしそうな顔をしたがすぐに表情が戻った。
「あ……いや、野球部に入る。よろしく」と少し焦りながらもすぐに言い直して再び足を歩み始めた。
私は夢人が一瞬だけした表情が忘れられなかった。
まるで今まで一人で生きてきたかのように。誰にも頼らずにただ暗闇の中を歩き、先の見えない人生をたった一人で勝ち残ってきたかのような表情。
どうして夢人はあんな表情をしたのかがわからなかった。
私は帰った後も夢人が見せた表情が忘れられなかった。
夢人が転向してきて野球部に入って一ヶ月後。
夢人の野球の才能……いや、実力は予想以上にチームに影響を与えていた。周りの先輩達が呆然としながら打撃練習を見ていたが主将が声を出すと一斉に気合いが入り始めて素振りを開始する。
私は夢人を見ながら次に打つために素振りをする。
ッキィン! と強烈な打球がセンター方向へ飛ぶ。
ショートを守っていた田中山が飛び込んでキャッチし、一塁へ膝で立ったまま送球した。
「……うまい……田中山」
そう言いながら夢人は再びタイミングを取り、足を上げて踏みこむと思いっきりスイングする。
打撃フォームは天才とも言える一本足打法。足に負担がかかり、足腰が弱いとモノにできない打法で外角の球をきっちりと逆方向へ大飛球を飛ばす。引っ張り方向の打球ももちろん内角を難なく捌いてホームランにしてしまうほどだった。
打率はあまり残さないけど本塁打が多い不器用なパワーヒッターは良く居る。要するに典型的な四番バッターはプロには多いし、そういう打者が居れば打線は怖い。
でも、夢人は違う。
打撃フォームも天才と言えるならば打撃も天才だった。打率も残せて本塁打も多い器用なパワーヒッター。プロからしたら夢のような四番打者であり、高校生の中でもかなりのレベルだと思った。あかつき大付属の面子にも匹敵するほど、甲子園出場校の四番打者に匹敵するほどに凄かった。
一人だけマシンを155キロとか160キロに設定しても鋭い打球を飛ばす。マシンの160キロは人間の投げる160キロとはまったくの別物だけど凄いほどだ。
鋭い打球がレフトオーバーになり、レフトが追いかけていく。
みんなと比べたってレベルが違いすぎるし、どんな気持ちで野球しているのかは分からない。
野球しているときでも夢人は偶にあの時の表情を見せた。でも、すぐ無表情に変わって別人になったのかのように素晴らしいプレーを見せた。
「ねえ……」
「……?」
「なんでもないや。ナイスバッティング」
そう言って私が変わりに打席に入る。
マシンから放られる球は高校生でも平均程度の135キロ。
夢人はこの球を常に外野オーバーの打球にしていたのがさっきの記憶に残っている。私にとってみればこんな球は十分に速く感じる。夢人みたいないつも集中力が
キッ! と打球はボテボテのサードゴロ。何やってるんだろう。
「……オープンスタンスにして少し足を上げて打つ……その後に打つ際にヘッドが下がるからフライかつまったゴロしかいかなくなるんだ。お前が努力してるのは手を見ればわかる……引きつけて打つ感じで打ってみろ」
言われたとおりに注意してオープンスタンス気味にしてバットの位置を調整してボールを引きつけるように打つ。
ッキィィン!! と打球は見事に右中間を破る。
え?……簡単にあそこまで飛んだ?!
思わずバックネットの後ろを振りかえり、夢人を見た。
「……パンチ力はやっぱりある。後は……才能の問題か……」
「才能、か……尚はこのままか……」
そう言って再び投げられる球をフルスイングで弾き返す。
夢人は監督に呼ばれたらしくヘルメットとバットを置いて監督の方へ向かおうとする。
一度行きかけたが少し戻って、言い残していった。
「……才能の中に努力っていうものも入ってるけど……」
努力することは才能? そんなのってあるの?
一度考えるのをやめて140キロにギアチェンジした球をなんとかついていく。
カットしてでも、ゴロになってでも、今までついて行けなかった領域へ。
夢人のアドバイスが私のレベルを引き上げてくれた。まったくかすりもしなかった140キロが内野を超す当たりや内野の間を抜く当たりが少し出てくる。
今日は、明日は、もっとついて行けるように。もっと弾き返せるようにって思い打席を後にした。
「ありがとうございました!」
「おい! 和泉原! 防具付けてちょっと来てくれ!」
「わかりました!」
防具を付けて呼ばれた監督の元へ行く。隣には夢人が監督となにやら話している。
ちょうどよく先輩の投球練習が終わっていたからブルペンが空いていた。
……まさか。
「ああ、和泉原。結城にピッチャーをやらせようと思うんだ。元投手って言ってたし、外野練習で見た限りでは問題はないと思う。ブルペンで放らせてみてくれ」
「あ、わかりました。夢人、投げれる?」
大丈夫だ、と言わんばかりに頷いてブルペンに向かう。
二人の投手が投げれるブルペンは正直言ってあまり使われない。毎日のように整備しているので初めて投げる人にとっても投げやすいはず。……まあ、どうだか。
「最初は肩を温めながらでいい?」
「ああ……」
「急がなくて良いからね」
夢人はゆっくりと足を上げて左腕を振る。
軽く投げているはずなのにミットは パァン! と良い音を出した。
十分、肩慣らしには速いボールで正直言って取るのも大変だった。
肩慣らししているときに思ったのが結構球が荒れている。速球派の投手の中で球をコントロールできる投手なんて一握り。他は球速をセーブしながらだましだましでストライクを入れている。
かくいう私も受けるときに何球かポロっている。……恥ずかしいなあ。
「夢人そろそろ座っていい?」
「……どうぞ……」
私は腰を下ろして、夢人がボ-ルを手のひらでバウンドさせるのを見る。
夢人は息を吐いて深呼吸をする。
どんな球を投げるのか。あのときの豪速球をまた見せてくれるのか私は興味深々な反面、取れるかどうか心配だった。しっかりとヘルメットを被ってミットを構える。
野球の本場、アメリカ帰りの天才。
「よく眼を開いておけよ……突き指するからな……集中しろ」
「来い!」
ワインドアップで振りかぶり、あげた右足を二塁方向へねじって投げるフォーム。
トルネード投法。バネのように回転した勢いを生かして投げるそのフォームは常識を超越し、滅多に見られないものでもあった。
右足を私の方向へ踏み出して胸が見えなくて壁を作り、左腕が遅れて出てくる。
その瞬間、出てきた左腕の振りが見えなかった。
(ボ、ボールがっ!! ぐっ!!)
ボスッ!!! と鈍い音が響いた。
(こ、これが……夢人の全力!!!? 底知れない……何かがある!? お、おかしい。同い年でこんな選手いる????)
転がるボールを見ながら私は夢人に対して思った。
――――――彼の才能ははるかに常人の域を超している……!
私は腹に強烈な痛みを覚えて蹲りながらプロテクターに当たったボールを夢人に返す。
痛みに耐えながら夢人に返そうとした時、
――――――またあの時の表情をしたのが見えた。
なんだよその表情……あまり見ていて気持ち良くないし、不快にも感じ取れるよ。
やめてよ、やめろよ。そんな表情するのは。
負けるか、負けてたまるか。
「和泉原! 大丈夫か!」
「せ、先輩……くっ……ぅぅ……だ、大丈夫です……。プロテクターに当たっただけですからぁ……ゆ、夢人。気にせず投げてきていい……」
「やめておいたほうが……」
「いいから、こい!」
気合いで私はグローブをはめて、再び構える。正直言って夢人の球は見えなかった。
何度も何度も、体にぶつかったり取り損ねたり。
体は幾度もなく悲鳴を上げ、それは練習終りも続き、冬の時期も小量ながら手伝ってもらいながらも捕球できなかった。
数か月の時が過ぎても。それでも私は諦めなかった。
キャッチャーていうのはピッチャーの球を取らなきゃ始まらないし、相手が良い投手であればある程受けたいのがキャッチャーの性格だと思ってる。
凄い良い球を投げてくれる夢人の球を無駄にはしたくない。
誰かが受けなきゃいけない。あの天才のストレートという名の化け物を。
誰かが支えてあげなければいけない。
だったら私が夢人を支える、支えて見せる。
常人をはるかに超越した存在を私が、凡人で何もない私が。自分の夢を叶えるためにも、私が大きすぎる柱を支える。
「もう……いい……」
「ごほっ……がっ……ど、どうしてっ、そんなことを言うのっ……!!」
「誰も俺の球が捕れない……だから、生まれて一度もキャッチャーに捕ってもらったことが無いって言った……お前はどうしてここまで俺に構う……」
「……無駄にしたくないから」
無駄にしたくない。こんなすばらしい才能を持った無名の投手が埋まったままにすることなんてしたくない。だって、そのくらい私に影響を与えてくれた人だから。
来る日も来る日も夢人は私の捕球に何も言わずに付き合ってくれた。
たぶん、夢人がこういう風に言ったのは初めてだったんだと思う。今までは捕れなかった人に罵倒されたこともあっただろうし、あきらめられたかもしれない。
私は例え一生、高校生活すべて費やしたとしてもそんなことはしない。
絶対に夢人を生かしてやるって決めたんだ。だったら、有言実行。
捕るよ、捕る。そして夢人の初めての捕手が私だっていうことを証明してみせる。
初めて夢人の球を見てから約3カ月以上が経った。
もう春の兆しが見え始めている。桜が舞い上がる中で夢人は空を見上げて、ゆっくりと顔を私の方に向けた。表情も今までと同じだけど、どこか不安そうにしているのが見えた。
「……私は、夢人の最初の捕手になるって決めた! お前の捕手になるって決めた! 例え、ボロボロになったとしてもお前がマウンドに上がっている間はこのホーム間18.44mの先には私が居てやる! 来い!」
もう、絶対に逃げない。眼も瞑らないし、ボールにもビビらない。
私は腰をおろしてミットを構える。
ねえ、私は成長しているかな?
答えはたぶんNoだよね。
まだ、お前の球が捕れてないからあまり自信が持てない。
だから、18.44m先に立っている天才投手の球を受けてこそ私は自信が持てる。
去年の冬から成長しているというのを確信することができる。
さあ、私に向かって投げて。
夢人の渾身のストレート。ただそれだけを私は待っている。
(……これで捕れなかったら、これからも捕れないみたいだねー……)
そう思いながら夢人が振りかぶって独特のトルネード投法から自身の持つ球を投げ込んでくる。
3ヶ月前は腕の振りが見えなくて、ボールすら見る余裕が見えなかった。
2ヶ月前はボールが見えなくて、コースを判断する余裕もなかった。
1ヶ月前はコースを判断できなくて、ミットがボールに届かなかった。
――――――そして今は。
ボールもしっかりと見えるし、コースも判断できる。その上に反応してミットの芯でしっかりと補給できるようになった。
後はどれだけ捕れるのか。
さっきは捕れなかったけど、今はもう捕れる。
風を切り裂くようで重さを感じさせるようなストレート。
コースは右打者に対しての外角低めのストレートをミットの芯で捕球する。
ッバァン!! とミットに突き刺さった。
左手にビリビリという感触が伝わり、よっぽどボールの勢いが凄いというのがわかる。
フォールスルーを終えて私の方を向いている夢人の眼は信じられないものを見たかのように開いており、驚いているのが簡単に分かった。
「……やっと、捕れた……」
「……」
「私がお前の初めてのキャッチャー……じゃない?」
「……そう、だな。お前が俺の初めてのキャッチャーだ」
「うっわー、泣いてる……」
「なっ、べ、別に泣いてなんか無い……!」
涙目になっている夢人を見て少しクスッ、と笑う。
すると夢人も眼をこすった後に同じく笑ってこっちに向かって歩いてくる。
「よろしくな……尚」
「よろしく。夢人」
互いに右手を差し出して握手をする。
表情と同じく冷たい手というのを感じたが、それ以上に夢人の表情はいつもと変わっていた。
あの時の表情の夢人じゃない。私が支えて、肩を並べられるほどの選手になるように追いついて見せる。
――――――天才投手、結城夢人は優しく微笑んだ。
滅多に見せない表情。普通の人間ならば良く見るはずなのに。
私には新鮮で、初めて見たからとても変わったように見えた。
「和泉原?」
「いやー……なんでもない。さあ、夢人の打席を見送ろう」
「あいつに負担掛けて申し訳ないと思ってるが、俺たちじゃあなぁ……猪狩守からは打てない」
バス停前のベンチの部員はそれぞれ想う気持ちは夢人に打ってくれということだけ。
裏を返せばバス停前打線にとって猪狩守からヒット以上の成績を叩けるのは夢人だけということになるのだ。
世代別ナンバーワン投手と呼び声の高い猪狩守。
実際、今のところヒットは一本だけ。
制球力も良い分、四球も少なければストライク優先に加えて力配分も考えているので球数が少なく、ここぞというときに最高の球を投げることができる。
猪狩守が振りかぶって投げる。
150キロのストレートが真ん中低めに投げ込まれる。
(この低めのストレートを捌くほどうまいかどうか……試させてもらう……!)
まさに勝負しに来ていた。
ストレートを夢人は思いっきり打ちに行き、バットを振り抜く。
その瞬間、打球がレフトフェンス直撃し跳ね返った。
今までの打席とは違うスイングでたった一球で捉えるかのように。
惜しくも打球はファール方向だったもののあと一歩で長打コース。
(なるほど……驚いた。東條や友沢、修也以外にも僕の球を打ち返してくるなんてな)
(……速い。簡単には打てないぞ……)
二球目は切れ味抜群のフォーク。
それを夢人は逆方向に弾き返すものの、一塁側のライン右を通りファール。
先ほどと同じく鋭い打球が飛ぶ。
三球目の大きくタイミングを外すカーブにつられずボール球、さらに内角高めのストレートをカットして2-1となる。
「ふっ!」
「……!」
152キロのストレートを夢人はカットし、喰らいついていく。
猪狩は一度マウンドを均して、ポケットに入っているロージンバックを触る。
夢人も一度、打席を外して素振りをし再び打席に入る。
「いけっ……夢人!」
尚の声は届いたのかはわからない。
ただ、猪狩守の放った144キロのライジングショットは唸りを上げてミットへ向かう。
(打ってみろ! これが僕の決め球だ!)
(……!! これが誰もヒットにしたことのない猪狩守の決め球……『ライジングショット』)
途中から軌道が変わり上向き方向へ変化する、すなわち強烈な上向き回転により『浮く』ストレート。
ある意味で変化球とも言える球。
――――――快音が響く。
打球は大空を舞う。
雨の影響により強烈な風がボールを邪魔し、勢いを落とす。
「いけ……いけえ!!」
夢人が叫ぶ。
それにつられてあかつきナイン、バス停前ベンチも声をかける。
先に点数を取ったほうが勝つ。
打球の行方は、
――――――神のみぞ知るものだった。