実況パワフルプロ野球~二番手のエース~聖タチバナ学園高校   作:Reaflet

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第二十九話 10月4週 “vs恋恋高校 後編 たった一つの事”

四、五回と共に得点が入らずにグラウンド整備の時間となった。

 友沢がセンター前に運んでノーアウト一塁のチャンスを作ったが、俺がショートゴロにゲッツーを喰らいチャンスを潰した。

 早川はそこから猛田、喜多村、峰田、みずきちゃんと四連続三振に斬ってきた。どんどん球威が増してきて雨の日だとは思えないくらい素晴らしいコントロールと変化球、直球のコンビネーションで抑えきた。

 みずきちゃんも負けじとクレッセントムーンを多用して打者をかわす。持ち前の早川にも劣らないコントロールは冴えていたし、北条に安打を許したもののそれ以外は抑えた。

 

「ちっ、おまけに雨がやんできたぜ」

 

 猛田が言って、空を見ると雨が弱まってきた。流れがあっちに傾いているのに雨まで止んでくると早川の独壇場になってこっちの打線が手が出せなくなる。

 調子が上がってきているからマリンボールをコースに決められるとそう簡単には打ち返せない。

 俺も二打席目はさっきと同じコースに決まるマリンボ-ルに詰まらされたし、猛田にも喜多村にもマリンボールを使ってきたからスタミナ配分を考えてきてるのがわかる。

 雨がやむのを計算してマリンボールが増えてきたのだったら継投を考えているっぽいな。小井田妹は球威はそこまでじゃないし打ち崩そうと思えば時間はかからないとは言っても、一順しないと打つにも打てない“スローフォーク”がある。

 これだから武器になる変化球を持ってるやつは困る。まあ、ストレートで勝負できる投手なんて一握りだし球速はそこまで関係ないのかもな。

 

「早川からチャンスが作れないな。後、三点どう取る?」

「マリンボールの割合が増えてきたみたいだからね。あたしじゃあカットするのが精いっぱいだ」

「配球もうまく散らばせてきたみたいや。ここからは無理承知でも打ちに行ったりすべきや」

「ああ、サンキュー。原の言い分もわかるけどな」

「インコース高めにはストレート、低めにはマリンボール、外角低めにはカーブと感じだが……」

「ボール一個分の出し入れが上手い分、打ちに行くのが迷う時がある。俺にはほとんどマリンボールが使われているし、セーフティも内角高めのストレートが完璧に打てるとは思えなかったからしただけだ」

「打てない球じゃないでやんすけど、コントロールが良いでやんすからねぇ……。言うなれば……」

 

 矢部君の最後に続く言葉は無視しておいて。

 でもなぁ……いくらなんでも矢部君、准、聖が完璧抑えられすぎてる。

 もしかしたらあっちには俺達の知らない弱点をいつの間にか突かれているのかもしれない。

 

「先輩……もしかしたら早川さんの攻略法がわかったかもしれません」

「本当でやんすか!?」

「黒豹、頼む」

「はい。えっと、僕から見たら今まで友沢先輩、朱鷺先輩しかまともヒットが出てないんですよね。たぶん、二人は打力が高いというのもあるんですけど……」

「事実だから何も言えねぇな」

「守備位置です。他にも、六道先輩ですらヒットを打たせてもらえないのはコースギリギリのみを突いてます。……でも、ベンチから見てる限り客観的に見て打撃が上手い選手にはストレートは多用してないし、その上ストレートの投げたコースがすべて内角。外角は一球たりとも来ておらず、真ん中付近もほとんどありません」

「矢部君は塁に出すと困るけど、完璧に詰まらせる自信があるからストレート多用したり、准にはカットされるのが嫌だから緩急使って、高めのストレートで三振狙い。聖にはできるだけ変化球を混ぜてシフトどんぴしゃで打たせる。シフトが効いてるんだな?」

「そうです。広角に打ち分ける朱鷺先輩や確実にボールを捉えてつつ、長打にする友沢先輩にはマリンボールを軸にして長打にしずらい低めを突き、被害を最小限に抑える」

「なるほど……先輩達がやられてたのはそういうことだったのか。黒豹、攻略法というのは?」

「内角のストレートを逆手にとって、見逃す……要するに捨てるだけです。そうすれば必ずリードに乱れが出ます。振ってくれたから、今まで組みたてられたのが迷うようになります。早川さんはそろそろマウンドに降りるはず、あと二回でしょうか。それで攻めて点差を縮められればまだチャンスはあります」

「狙うのは外角の変化球……もしかしてお前……!」

「……ふっ。面白い奴だな、女っぽい顔してる癖に」

「黒豹って案外えぐいこと考えるのな。……もしかして普段もこんな感じとか?」

「准さん、それはないですよ」

「これはやられたぞ。ま、そろそろ私も打たないといけないからな」

「ふふっ、やられたことをやり返す。ただそれだけですよ」

 

 黒豹は口元を少し緩ませて矢部君に少しアドバイスを送る。

 俺がやられたことでやり返そうという話なのだ。やり返しというのは外角の球を打ちに行き、内角のストレートを見逃し、変化球をカットで逃げる。

 ここは黒豹の作戦を使わせてもらおうか。サンキューな、黒豹。

 

「(兄や姉みたいな野球の才能はまったくないですから。洞察力だけは磨いておいてたんですよ、打撃もこのザマですから。相手から打つにはフルスイングと読み合いでしかないですし)」

「(あ、そうなのか)……えっと、みんな聞いてくれ」

 

 俺が話を切り出すとみんなの視線がこっちに集まる。

 まだまだ眼は死んでいない。いや、まだ余裕はあるという感じなのかもしれないな。

 黒豹に説明してもらいつつ、俺が少し付けたしをする。

 

「守備はここまでミスはないし、みずきちゃんも安定してる。ただ、俺の失点だけだ。打撃は早川の緩急とコントロールはかなり厄介だが、振り抜くぞ。中途半端なスイングは無し! フルスイングでプレッシャーを与えるぞ!」

「「「「「おー!」」」」」

 

 グラウンド整備が終わり、俺達が守備に着く。

 さあ、しっかり抑えるぞ。相手はクリーンアップからだから警戒していかなきゃいけない。

 

『三番キャッチャー樋宮君』

 

 さあ、ここが肝心なポイントだ。

 みずきちゃんがイニングが三回に突入する上にクリーンアップ。それにここからは終盤に差し掛かる手前だ。

 失点を重ねなければまだチャンスはあるはずだ。

 初球は内角のボールコースから変化してストライクゾーンをかすめるクレッセントムーンでストライクを取る。

 あれぐらいの変化があればそうそう捉えられることはないから安心だ。

 次に聖は内角高めへミットを構える。

 要求どおりに投げたストレートに樋宮はバットを出す。

 ガギッ! とバットから音が響きファーストの猛田ががっちりキャッチしてアウトになる。

 ワンアウト! とみずきちゃんがマウンドからみんなに声をかける。

 

『四番ショート南君』

 

 とりあえずランナー無しで南を迎えられたのは良い。

 南のここまでの成績は二打数一安打二打点。一度打つと調子を上げてくる奴だし、ここは凡打で切り抜けたいところだ。

 左打者にとってみずきちゃんの球はかなり打ちにくい。簡単には捉えられない。

 初球にみずきちゃんは外角低めにキレのあるストレートを放った。

 それを南はカットするような形でバットに当ててファールとした。

 二球目の内角のボール球へ変化するスクリューにタイミングをずらされながらもカットして追い込む。

 厄介な打者だぜ。

 クレッセントムーンを投げてみろ、という暗示にしか思えない。

 

(勝負して良い。聖!)

 

 聖は内角にミットを構えて、みずきちゃんは振りかぶる。

 集中しているのを感じられる目線からはまったくといって甘い気持ちなど一切もない。

 あるのはたった一つの事だ。

 

『一球一球に集中する』

 

 キィンッ!! と打球は右中間の真ん中に飛んでいく。

 あらかじめ俺はライン際から離れて守っていたから突っ込んで大丈夫か確認するために准の居場所を確認する。

 全力で走りながら准もこっちに目を合わせている。

 

「准! 俺が突っ込む!! バックアップは任せた!」

「任せろ!」

 

 取れる! 思いっきり飛べ!

 ライナー性の打球をグラブを出し、何とか捕球したが不安定な体勢に近くて思いっきり一回転するかそのまま手で勢いを止めるかどっちが良いか考えそうになったが、思いっきり一回転してグラブを差し出す。

 ドガッ! と鈍い音が腰のあたりに響いたもののすぐに起き上がれるほどだったので心配はなかった。

 

「アウト!」

『ファインプレー!!! 朱鷺の見事な守備であわや長打がアウトに早変わり!! 野手としても評価の高い朱鷺ですが打撃だけではなく守備も非常にうまい!』

「大丈夫か? ……ナイスプレーだ」

「ああ。お前も打球に反応していたけどギリギリだったもんな。同じくらいだったら俺が行ったほうが良いと思ったからな。すぐカバーに走ってくれてサンキューな」

「ああ。あんた、本当に腰大丈夫か?」

「……正直、痛い。まあ、それだけだよ」

 

 でもこれで一個アウト取った。

 次は小井田か。

 あいつは初球から打ってくる打者。聖ならわかっているから大丈夫だと思うが……。

 

『五番サード小井田さん』

「外野! 無理せず長打を防ぐぞ!」

 

 聖から指示が飛ぶ。

 なるほどな。打たれる覚悟で攻めて流れを強引に引き付けようとするってわけか。

 聖らしい強気のリードだぜ。

 みずきちゃんが振りかぶって初球、インローへストレートを決める。

 小井田のバットは空を切り、1-0となる。

 ミットも良い音を鳴らしているし大丈夫そうだ。まあ、みずきちゃんのサイドから繰り出される球は一巡をしない限り完璧には捉えられることはない。それにストレートもクレッセントムーンもここ最近はキレを増してる。

 こいつを一打席やそこらで打てる打者なんてそうそういるはずがないからね。

 相手はこの回で一点ほしいと思ってると思うが、こっちはそう簡単にやれない状況だ。

 二球目にアウトローへスクリューがギリギリ決まり2-0。

 遅いスクリューに小井田はバットを出せていない。タイミングが合わないのかもしれないが、早川と同じでみずきちゃんの緩急も凄いな。簡単には打てねーよ。

 そして三球目に外へクレッセントムーン……いや、小井田が狙ってる!

 打者の手元から高速で変化するボールを小井田はタイミングをしっかりと掴んでいる。

 やばい、打たれる……! と思った矢先、

 

―――ボールはバットの内側へ変化し、空に切った。

 

「ストライク! バッターアウッ!」

「ナイスボール! みずき!」

「へっへーん、当たり前よ!」

 

 ここでまだ完成とは言い難いけど、良いスライダーだ……。

 キレの良さはみずきちゃんの才能のおかげかもしれないけど、変化量はまだまだか。

 でもかなり有効な変化球だ。友沢から教えてもらったあのスライダー。

 すげえな、すげえ。みずきちゃん、成長してる。

 あの制球力と変化球に左右に揺さぶれるスライダーが混ざれば鬼に金棒だ。

 さあ、逆転しなくちゃな。

 早川がマウンドに居る間に点数を返さなきゃ、妹のほうが来たときにはすでに遅しになる。

 それだけは避けたいしな。うっしゃいくぞ。

 この回は矢部君から始まる好打順。

 矢部君がヘルメットをかぶって右打席に入る。

 

『一番レフト矢部君』

 

 さあ、思いっきり打ってこい! 矢部君!

 早川がサインに頷いて振りかぶる。

 ここまでの投球数は六十二球と少なすぎるとは言えないも、少ないほうだ。普通ならば一回平均十五球と言われているから早川がいかにうまく打たせているのかがわかる。

 まあそこらへんはキャッチャーの腕次第だけどな。

 フルスイングをするも内角低めに決まるカーブでストライク。

 うん、オッケーだ。

 相手に意識させるだけで良い。そうすれば引っ張り傾向の矢部君には内角はあんまり投げたくはないから――――――、

 

――――――キンッ! と打球はライト前へ転がっていく。

 

 グッ、と拳を突き出して矢部君が喜ぶ。よし! ランナーが出たぞ!

 ノーアウト一塁。俊足の矢部君だけど、強肩の樋宮だし早川も隙はそう簡単にあるとは思えない。

 だけどな、攻めるしかないんだぜ? なあ、准!

 

「攻めるぞ! 准!」

「もちろん!」

「このチャンス無駄にはできないです。朱鷺君」

「わかってます。だけど、送りバントでアウトを消費するなんてのは相手の思う壺です。三点リードしている分アウトカウントを稼ぐのが相手の目的。だからこそ、」

 

――――――当てるのが上手い准が居る。

 

 

 ここはランエンドヒットかヒットエンドラン……いや、一か八か当てられなくても矢部君の足と准サポートがあれば樋宮でも刺せる確率は低くなる。

 ランエンドヒットでほぼ得点圏にランナーが居てチャンスで聖に回るし、そこからクリーンアップで点数を返せる。

 准と矢部君にサインを送る。

 矢部君は頷いたものの、准は少し表情を変えて打席に入った。

 どうしたんだ? 准のやつ。

 俺が疑問に思っていると早川がモーションに入り、准に投じられた初球に矢部君が二塁へスタート切る。

 

「ランナー走った!」

 

 准は――――――バットを傾けてサード方向へプッシュバントをした。

 ちょ、何やってるんだあいつ……ん? 処理がもたついて……そうか!

 雨のせいでグラウンドの状況がかなり悪いから処理にもたついてるのか!

 確かにノーアウトランナー一塁でバントを普通は警戒するはずだ。

 だけど、このグラウンドの状況と早川の球を考慮すればバントが成功する確率は高いとはいえない。

 だからあえて定位置に守備に着くことでエンドランやヒッティングでゲッツーを取る方を優先したということか。

 守ってない。あっちは守備でも積極的に攻めている。

 早川と小井田の処理が遅れて内野安打になり、ファーストには投げられない。

 サイン通りじゃなかったけど瞬時の判断であいつが行動したことだし、まあ良いとするか。

 打つよりも可能性が高い方を選択して結果をしっかり残したから言うことはない。

 理想は逆方向でノーアウト一、三塁だったけど、そう簡単に行くわけがないしな。

 

『ここで聖タチバナ学園、ノーアウト一、二塁チャンス! 打席には今日ノーヒットの六道聖が入ります! 今日当たってはいないとはいえ得点圏打率が高い選手です、どう攻めるのか恋恋バッテリー!』

「……」

 

 ここで聖だ。コントロールに自信がある早川-樋宮バッテリーは絶対甘い球は投げない。

 打つ確率は高いとは言えないが、聖……。

 早川が振りかぶって投げた。

 パァン! と外角低めにマリンボールを決めてきた。

 

「ストライク!」

 

 審判が手を上げてコールをする。

 ピンチに本当にギリギリに決めてきやがるな。こういう投手が一流と呼ばれるのかもしれない。

 聖のバットは全くといっても動かない。狙い球が他にあるのか?

 二球目の外角低めに決まるカーブに聖はフルスイングで迎え撃つも、バットは空を切りミットに収まる。

 くそ、追い込まれた。どっちも見逃してもストライクだから空振っても何も言えない。

 次は恐らく内角へストレート。

 中途半端に打ちに行けば打ち取られる。絶対にフルスイングしていけよ、聖!

 早川がマウンドで深呼吸をしながら足場を均す。

 あっちも打ち取れば流れのまま有利になる。流れをこっちのものにしたい。

 早川の右腕から内角高めにストレートが投げ込まれた。

 ノビのあるストレートを聖はなんとかカットし、喰らいつく。

 外角のシンカーを見逃し、カーブ、マリンボールとカットして内角のカーブも見逃す。

 よし、2-2。こっちまで緊張してくる場面だぜ。

 

「ふぅ……」

「はぁはぁ……」

 

 どっちも真剣に相手を見て、戦う。

 早川にとってここは乗り切りたい場面だがそう簡単にはやらせはしない。

 マウンド上の早川は肩を回しながら、プレートに脚を入れた。

 まるでストレートの軌道をなぞるように若干甘めの内角高めからマリンボールを落としてきた。

 これはっ……打てないぞっ……!

 

「くっ!! はぁっ……!!」

「何っ……!?」

 

 思わず樋宮が声を漏らすほど、振りかけたバットの軌道を思いっきり変えてなんとかバットに当てた。

 内角に投げ込まれたせいかガギッ! と打球は根っこに当たりながらもフラフラとファーストの後方へのフライ。

 執念で、気合いで、諦めないで聖は打球を持っていった。

 ファーストの後方へ落ちるポテンヒットになる。

 

「ストップ!」

「わかってるでやんすっ!」

『落ちたあああああああ!! しかし、矢部は三塁でストップ!! 連続ヒットで今日二安打の四番・友沢が打席に入ります!!』

「聖! ナイスだ!」

「ああ!」

 

 よっしゃ! かなりのチャンスだぜ!

 裏をかかれて完全に詰まらせれたのに諦めずに行きやがった。

 フルスイングで迷わなかったからこそあの結果が出たんだ。

 この場面で打席に友沢。何もサインは無いし、打っていくだけだぜ友沢。

 っと、俺も準備するか。

 ヘルメットを被ったところで伝令の選手がマウンドに向かい、内野陣が集まる。

 友沢がサークルの方に来て俺は話す。

 

「交代か? この回まで引っ張るつもりだったんだろうけど予定が狂ったか?」

「この回まで引っ張りたかったはずだがな。点数を入れられるのだったらスイッチした方が良い。……とにかく球数は投げさせるように工夫はする」

「頼んだ。流れ止めたくはないしな」

「初めて対戦する投手だ。喰らいつくだけだ」

 

 そう言い残して友沢はバッターボックスへ向かう。

 マウンド上の早川は伝令の選手の言葉に頷いてボールを南に渡して戻っていく。

 先ほどまでブルペンで投げていた小井田妹がマウンドへ歩いて向かっていく。

 南からボールを受け取って、投球練習を開始する。

 

『ここで恋恋高校は小井田響にスイッチします! 流れを変えに来た恋恋高校! 抑えきることができるか!?』

 

 投球練習を見る限り、情報通り球速は早くはない。

 早川と同等程度で130前後だ。猛田が言ってた制球力に注意と“スローフォーク”だっけか。

 一番嫌な状況だが……この回で点差を縮めない限り負ける確率が高くなる。

 身長は……低いな。どこかのエースを思い出させるかのような姿だし、フォームも猫の手を返すような感じだし、手首が柔らかいから出所が見えにくい。

 早川とおんなじ感じだな。いきなり上手投げにスイッチされたからきついけど、やらなきゃな。

 

「プレイボール!」

 

 友沢が打席に入って、審判がコールすると小井田妹は振りかぶって投げる。

 左腕から放たれた、ゆるやかに弧を描いたカーブが内角低めギリギリ一杯に決まる。 

 

「ストライーク!」

「友沢! 騙されるな、球に騙されたらおしまいだぜ!」

 

 猛田が友沢に伝える。

 よくわからない感じの表情で友沢が頷く。

 俺の元に猛田が小声で伝えにくる。

 

「あいつの武器はあんな球じゃない。“スローフォーク”を生かす為の配球が一番の武器なんだ」

「? どういうことだ?」

「俺もそこんとこはよくわかんねぇんだ。今まで一緒にやってきたんだがよくわからない。中学の時、響はすべて三順目以降に打ち崩されるパターンで負けただけだからな」

「お前もわからないんだったら俺もわからないな」

「ああ。すまねぇ。だが、さっきのことは覚えておいてくれ。友沢でも打てない可能性があるし、俺も打てるかは分からない」

 

 一順目での攻略はかなり難関ということか。

 友沢が二球目に手元で変化する変化球、おそらくカットボールと思われる球をファールにして2-0。

 一度ワンバウンドになる外角のサークルチェンジがボール球になって2-1となった。

 

「ふっ……!」

 

 振りかぶって小井田妹が投げた球は、最も武器としている“スローフォーク”。

 ゆっくりとした軌道はチェンジアップのような軌道で打者に向かっていく。

 友沢はそのボールを引きつけて打ちに行こうとした途端に、

 

―――手元でボールが勢いを失うように落ちた。

 

 まるでバットを避けるかのように変化したボールは樋宮のミットにパシッ! と収まった。

 マウンド上の小井田妹が無表情のまま、ミットに収まるボールを見た後に振り返って天に指を掲げた。

 

「ストライクッ! バッターアウトォ!」

「響! ナイスボール!」

「よし! よくやったな、響!」

 

 恋恋ナインへの声援が一層大きくなり、あっちの雰囲気も一気に良くなる。

 悔しそうな表情で友沢が戻ってきて、注意していけと声をかけてベンチに戻っていく。

 どう打つのかもわからない。

 あんなボール見たこともねーぞ……。手元で落ちる変化球、山口のフォークとはまったく別物だ。

 一球じゃあ、とてもじゃないが打てない。

 猪狩のライジングショットはライズするってわかってたし、力の勝負を挑んできてたから目が慣れて当てることはできた。

 ただ、今は違う。

 負けている展開。守備の良い恋恋だったらスクイズしてもゲッツーを喰らう確率も高いし、中途半端だったら駄目だ。

 

(やっぱり、打つしかねーか)

 

 心の中で俺は自分に言い伝えながら打席に入る。

 

「お願いします」

 

 ゆっくりと頭を下げて足場を均して、固定する。

 セットポジションから右足をゆっくりと上げて小井田妹は投げる。

 緩やかなサークルチェンジが外角低めへ逃げていくようにミットに収まる。

 

「ボール!」

 

 ゆっくりと振りかぶって左腕がかなり遅れて出てくる……鈴本とか早川みたいな感じで少し気持ち悪いな。球威はそこまでっていうけど、なかなか嫌な感じだ。

 二球目は外角高めに外れる手元で変化する129キロのストレート。

 俺は体制を崩しながらも当てて一塁側方向へのファールになる。

 一度、打席を外してスイングした後再びバットを構えてマウンド上の小井田妹を見る。

 くるか? いや、この顔は絶対に“来る”。

 

―――――――スローフォークが放たれた。

 

 ゆったりとしたサークルチェンジのような速さでこっちに向かってくるボール。

 コースは内角低めに落ちていくはずだ。

 一球で、一球で見極めろ。そうしないと打つことはできない。

 俺がテイクバックして引いたバットを反動により、スイングを開始したところでボールはおじぎして落差のあるフォークのような変化をした。

 バットは空を切ってボールには当たらない。

 球速表示は―――――――84キロ。さっきのストレートとは45キロ差。

 パシッ、とミットにボールが収まる。

 

「ストライーク!」

「……朱鷺、お前には打てない」

「絶対に打ってやる」

 

 ……なんだよ、今の球。

 俺は樋宮に挑発されて言い返してやったものの、さっきの球を空振りした影響か落ちつけないでいた。当たり前に決まってる、45キロ差なんてそう簡単に打てるわけじゃないのに。

 またあの球が来るはずだ。どうやったら打てる?

 手元で急激に落ちる変化であの友沢でさえ打つことができなかった。

 フォークであって、フォークじゃない。プロの投手が使う様な高速チェンジアップとはわけが違いすぎる。普通に考えて遅い変化球がいきなり落ちるだなんて考えられない。

 どんな回転をかければあんな球が投げられるんだ?

 くそっ、次も同じ球が来るってわかってて打てない球。ストレートの残像が多少残っていたとしても、キレが良いのかどうか……きついなこれは。

 ライジングショットは浮き上がる球だったから良いもの、“スローフォーク”は遅くて鋭く落ちる球なんだから常識程度の工夫だったら打てない。

 最後の球も“スローフォーク”。

 自信を持って投げてきたであろうその“魔球”は“当てる”だけに徹した俺のスイングにはまったくと言って当たらなかった。

 十分に落ちると予測した点で打つしかなくなった時点で俺の負けというのは分かっていたが、それでも当たらなかった。

 

「ストライーク! バッターアウッ!」

『連続三振!!! ここで痛い二者連続三振でツーアウト満塁!! ここを抑えれば流れは完全に恋恋高校のもの!!』

「……一番怖い打者が来たか」

 

 猛田が向かってくるところで樋宮がそう言ったのを聞こえて俺はさらに悔しかった。

 分かってる。猛田が過去に同じチームに居たから警戒されているのは分かっているのに、チャンスで打てなくて、その上猛田より格下に扱われたのがとても悔しかった。

 

「俺には、打てない。任せた」

 

 俺自身声が出ないほど掠れていた声を振り絞って伝え、猛田が睨みつけるように頷く。

 違う、俺だけが背負ってはいけない。

 みんなで、相手チームを攻略して勝つ。落ち込むんじゃない、切り替えろ俺。

 そう、俺達はチームだ。

 空気なんて読むなよ、猛田。お前のバットでチームを勝利に導いてくれ。

 あの連中と一緒にプレーしたことがあり、間近で見たことのある魔球。

 友沢は反応打ちする選手ならば、俺は読み打ちで勝負するタイプの選手だ。

 

――――――猛田は感覚でボールを捉えるセンスの持ち主。

 

 一球目、カットボールが内角高めに決まってフルスイングするも空部り。

 次のスローカーブもまったく当たらずに空振りとなって2-0に追い込まれた。

 一順目で打てる可能性が高いのはお前だ。頼む……!

 小井田妹が振りかぶって左腕を振る。

 外角低めへ制球され、ゆっくりと落ちていく変化球。俺と友沢がやられた“スローフォーク”。

 ゆっくりながらも手元で急激に変化する魔球。

 まだ。

 まだ、猛田はバットを始動しない。

 いつの間にか短く持っていたバットを引きつけて、最大限までに引きつけて。

 まるで流し打ちを教科書通りに行うかのようにバットをシャープに振り抜いて、逆方向へしっかりと弾き返す。

 

 カァンッ!! と初野が飛び込むがグラブの横を通り、一二塁間を鋭く抜けていく。

 

 矢部君がホームベースを踏み、ライトの松岡がバックホームしてくるが准は三塁ベースをすでに駆けまわって本塁へ突入する。

 樋宮のタッチをかわして回り込みながら右手でホームベースを触った。

 猛田が吠えた。

 

『う、打ったー! 友沢、朱鷺が三振に取られた変化球を見事な流し打ちで二点タイムリー! 5対4で一点差でなおもツーアウト二三塁の逆転のチャンスへ続きます!』

「しゃあああああああ!!! 見たかコノヤロー!」

「よっしゃあ! 猛田ナイス!」

「相変わらず勝負強い男でやんすね!」

 

 ガッツポーズをして、喜びをあらわにしている猛田。

 だけど両手が震えているのがここから見える。

 しかし、続きたいところだったが喜多村が2-2から“スローフォーク”を落としてきて空振り三振に倒れる。

 

「猛田!」

「いや、何か集中しすぎててよくわかんなかったぜ。でも、手元まで引き付けて打てばなんとか大丈夫かもしれねぇ。まあ、それをやったとしても打てなさそうな気がする」

「? そういうことでやんす?」

「あの球はキレと変化量が段違いなんだよ。そのかわりに球速をあきらめた分、二つに特化させた球だ。ランナーを背負ってるときはあいつ打たれやすいが打者に集中した上に、絶好調のあいつは手がつけられないと思ってた方が良い」

 

 次はランナー無しのときのあいつから打ってやるけどな、と猛田は言う。

 逆考えればランナーを背負ったときは崩すのに苦労はしないということだ。でも、友沢が簡単に三振に取られたところを見ると怖いな。

 もう一点もあげられない。

 恋恋の攻撃は六番の香川をショートフライ、七番の松岡と八番の増田を三振に切って取り順調に抑えていくみずきちゃん。

 ナイスピッチ。これだと俺が与えた失点が一番響いてるな。

 みんなに申し訳が立たねえし、打撃で貢献してやらなきゃだめだ。

 八番である峰田が打席に入る。

 代打を出すか迷ったけど、原と比べたら守備範囲が段違いだし点も与えられないから容易には出せないから困るぜ。

 初球は内角へズバッと決まるツーシーム。きわどいコースに決められる制球力がある上に球威というか球持ちが良い分、ノビがある。さらに手元で変化する球、空振りの取れる球、タイミングの外すことができる球と投手にとって必要な変化球の種類が揃ってる。

 調子も良いというのもあるし、見た目とは裏腹に力投型の投手だ。

 スタミナが不安なのは常に全力で打者を抑えにいってるからだろう。

 だめだ。早く攻略の糸口をつかまなきゃまずいぞ。

 二球目には外角へ落ちていくサークルチェンジが外れて1-1。

 そこから高めから内角へ落ちていくスローカーブをカットして2-1となる。

 球種が豊富な上、制球力のある投手はどうしても攻略法がなかなか見つからない。

 まず、これは打っていくっていう変化球を決めなきゃ始まらない。だけど、下手に出るとそれが裏目に出て逆手に取られる。ビハインドで終盤の状況では一刻を争うから早く見つけたい。

 ここまでの配球を見てもよくわからない。しかし、速い球からの“スローフォーク”が必ず出てくるのはわかる。配球に騙されてはいけないというのはどういうことだ?

 内角高めのストレートの見せ球の後、伝家宝刀の変化球で峰田は三振に抑えられる。みずきちゃんも三球三振に打ち取られ、矢部君は二球目のカットボールを打たされてサードゴロに倒れて攻撃がすぐに終わった。

 追い込まれたら確実にくるのはあの魔球だ。

 かといって早打ちを指示したら日本刀のようにバッサバッサと斬られちまう。

 まだ、我慢しろ。

 次の回もまだ攻撃はある。

 そして恋恋高校の攻撃は九番の小井田妹。

 初球からクレッセントムーンを使い、組みたてていきピッチャーゴロ。

 一番で好調の北条はファーストライナー。

 二番の初野はセンターフライに抑えてこの回も〇。

 八回の表が終わって、五対四。

 裏だから最低でも二回は攻撃チャンスがあるということか。

 でも、まだ掴めてはいない。

 二番の准が粘るも三振。

 

『三番キャッチャー六道さん』

 

 ゆっくりバットを構えて相手の方に向き合う。

 外野は若干前気味でセカンドが少し一塁側へ寄っている。そういえばシフトも使ってるから良い打球でもアウトにしやすいのかもな。

 小井田妹は振りかぶって投げた。

 内角へ決まる手元で変化するカットボール。

 それを聖はフルスイングで捉えた。

 

 

――――――だが三遊間へ飛ぶライナーはショートの南のダイビングキャッチによって阻まれた。

 

 

「アウト!」

『ここでも好プレー! チームを救います南!』

 

 流れを変えるプレーでもあって結構痛いぜ。

 投手が投げやすいのも当然か。

 これだけ頼りになる守備陣がいるのだから気楽に投げられるからな。

 友沢が打席に入り、初球のサークルチェンジを捉えた。

 

 

 センター前への打球。

 セカンドの初野がバックハンドでキャッチした後にそのままグラブトスで浮かせた球を南が素手で受け取り、そのままランニングスローで一塁へ送る。

 友沢の足が追い付けずに、アウトになった。

 プロでも滅多に出来ないプレー。

 それを難なくこなすことができるのが南、初野の鉄壁の二遊間。

 これが壁。

 俺達にとっての壁だったのかもしれない。

 

「朱鷺!」

「……ああ、守備だろ。行く」

 

 俺はゆっくりと空を見上げた。

 青空がグラウンドを照らし、試合開始前の悪天候が無かったかのように気温も上がってくる。

 みずきちゃんが振りかぶって投げた。

 真ん中へ変化していくスライダーを樋宮はフルスイングする。

 

 

(まずい――――!)

 

 

 その失投を、迷いなく捉え金属バットの轟音が響く。

 疲れは最大の敵というのも言うがまさにそうだ。

 先ほどから良い当たりを連発されていた時点で俺は気づくべきだったんだ。

 後、一点取れば追いついてこっちのペースまで持って行けたはず。

 だからこの回を抑えられれば。

 試合はまだわからなかったのに―――――――。

 わからなかったのに。

 

 

 

『行ったー! 打った瞬間それとわかる当たりー!』

 

 

 

 向かい風が吹きやんだ。

 ああ、神は俺達へ試練を与えているのか。

 落ち葉が少し吹いてくるのが、まるで俺らが散っていくような感じに受け取れた。

 白球は落ちてこない。

 レフトの矢部君が追いかけて、

 追いかけて、

 背中がフェンスにぶつかって、

 足が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――試合後、あかつき大付属高校のベンチ。

 

 

「進! 聖タチバナの試合はどうなってる!?」

「いや、まだ見てないですよ。兄さん焦らないでください」

 

 焦らずには居られないだろう。

 もしも試合が重なっていたら絶対に見に行っていた試合の一つと注目していたカードだったからだ。

 

「いやいや、良く元気だナ。守のやつメ」

「今日の試合があんなに苦しかったのにね。やっぱりどこか精神力が凄いんだろうねぇ」

「ま、俺も楽しみにしてたやつだぜ? 試合は勝てたし、あの160キロ投手はうん打てなかったけど……」

「我ながら打てて良かった。七井が粘って塁に出たら返すと思ったからな」

「二対〇か。せやけど、さっぱりやな今日は」

 

 猪狩が打たれた一球は突然の向かい風によってセンターフライに打ち取られた。

 ぐんぐん伸びていったかと思われたがモロに影響が喰らったのだろう。

 

「猪狩、次の試合は……」

「あ、すみません。今はちょっと」

「ん? どうした?」

「他球場の結果が気になるんで見てきます」

 

 駆け足になりながら猪狩は進を連れていく。

 千石はそれを呆然としながら見つめてつぶやく。

 

「ふぅ……あいつには頭が上がらん」

「ま、まぁいいじゃないですか。守らしいですよ」

「どうせ聖タチバナの結果だろう。恋恋と聞いていたが、まだ情報はないな」

「大変です! 監督! はぁ……はぁ……」

 

 息切れしながら進が戻ってきた。

 その口調は焦りにも動揺にも見えて、あかつきメンバーも少しその空気を感じ取った。

 

「どうした? 進」

「……聖タチバナ学園が……負けました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了! 小井田響の前に安打一つに抑えられ、最終回は三者連続三振の四回九奪三振ー! 好リリーフする小井田響を援護するかのように決め手となった樋宮のソロホームラン! 初回から大崩れした朱鷺も自ら点を獲るも、五失点が大きく響きました! 六対四! 恋恋高校三回戦進出!!!』

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