実況パワフルプロ野球~二番手のエース~聖タチバナ学園高校 作:Reaflet
6月2週。
毎日のようにどんなチームに対して戦えるように部員全員がこの夏に向かって練習してきた。
長いようで短かったな、この二ヶ月。
色々あったけど、思い出しても変わらない過去。
……そして俺達はここから最後の栄冠を手にするために。
「……立ち止まるのも良いが、早く場所取りするぞ」
「ああ、悪い」
「他の高校もすでに来ているみたいだが、俺らの登場にも気圧されてる見てえだな。ケッ、パワフル高校はどこだよ」
「今きたでやんすよ、パワフル高校」
矢部君が言った瞬間、隣の通路側からぞろぞろと前に歩いていくパワフル高校の選手たち。
後ろに固まっているのは東條と鈴本、そして新田。
「……チッ」
「舌打ちするなって先輩」
「……」
「どんどん来るぞ。次は恋恋高校だな」
次々と見知っている高校が席に着き始めて特に会話もせずに座っていく。
まずこっちが話しかけるなオーラを醸し出しているからなのかもしれないが、睨みつける視線も感じていたし明らかに敵対心むき出しとまではいかないとはいえ、そこそこ怖い。
だが、こいつだけは違ったみたいだな。
「……出たぞ、史上最速高校生左腕の結城!」
どっかのチームの誰かが言った途端に視線が一気に扉に向かう。
片目で通路側の端に座っている俺は振り向かずに、隣の聖も眼を瞑って視線すら向けない。
一年生達が視線を向ける中、双子と涼がそれどころじゃないみたいだ。
「おいおい……どうした?」
「いえ、ただ番号もらってるこっちとしてちょっと緊張が……」
「俺も……」
「俺もっすね」
「准なんて緊張してなかったぞ? な?」
「う、うるさいな。緊張してただろ」
「ほどほどにしておけ」
片目で通路を挟んで隣に座ったバス停前の連中を見る。
女の子が結城の隣に居るということはあいつが捕手の和泉原……二人組でバッテリーを組んでるらしいな。パンフレットにも結城がエースナンバーを着けて、和泉原が二番の背番号を着けてる。
捕手としてはそこまで肩は強くないらしいけど、昨年の秋、結城の制球なのにも関らず後逸が一度もないらしい。キャッチング技術が高く、打撃でも一番を打つ選手で技術に優れた選手とでもいっておくべきか。
で、警戒するべきなのは結城だな。
新聞で見て、ビデオで見たけどストレートの質は高校生ナンバーワンだ。
昔にケガで志半ばで戦力外通告を受け、“悲運の天才”と呼ばれた投手のストレートのようだった。あの投手は一流打者さえも緩やかなカーブとノビのあるストレートで空振りを奪う。ケガさえなければ今でも活躍し、プロ野球界に名を轟かせていたはずだ。
あの投手の再来と思わせるノビのあるストレートで速度をあそこまで叩き出す男なのだから油断もできねえ。打順も四番を打つだろうし、ライジングショットをあわやホームランというところまで飛ばした男だ。
九回に来ても156キロ投げるスタミナも持ってる。恐らく自滅狙いの戦法じゃ間違いなく、引き分けどころか負ける可能性だって十分あるぜ。そもそもバス停前に居ること自体がおかしい。
ま、まだどこと当たるか決まってないんだけどな。
「さて、一回戦はどこでやんすかね」
「朱鷺は運が悪いからな。一回戦から大変なところひいてくるぞ」
「るせえっ。昔からだ」
「そもそもくじ引きの結果なんて関係ねーよ。本気出すだけだろ?」
猛田が放った言葉で俺含めてみんなが頷く。
どこと当たろうが関係ない――――――俺達の野球をするだけだ。ようやく出場する全高校の入場が済んだところで場内アナウンスが流れてホール全体が薄暗くなる。
一年も二年の時もこんな感じで始まったよな。五分の一、五分の三と高校野球人生を消費してきて、三年生になった時点で五分の四を消費した。
もう五分の一もないと思うと、少しだけ悲しい。
でも、それ以上に最高の好敵手達と戦えるのが嬉しい。
そう思えるのも今だけなのかもしれない。だから全力で駆け抜ける。
なあ、そうだろ――――聖?
隣に座っている聖を少し見やると聖も視線を感じたのかこっちのほうを向いてくる。
こんな細い体で過酷なキャッチャーをこなしている相棒のためにも、ってな。
「向く方はこっちじゃないだろ?」
「修也だって。そもそもなぜ私のほうを向く? 一番組合せを気にするべき人間がこっちを向いてどうする?」
「いや、なんか一年生の時よりもずいぶんとたくましくなられて。あんなにメンタルが弱かったのが今ではねー……」
「……もう迷ってはいられないからな。修也も成長した分、私も成長しなければ追いつくこともできないのだからな……少しくらい私に弱さを見せてくれても良いのにな」
「聖に弱さなんて見せた日には家で泣きに泣いてるよ」
「むっ」
「いいからくじ引きもあるんだから心の準備をしておけよ」
言われなくてもわかってる、と言いたげな顔を聖はする。
俺が目線をこっちに向かせたから悪いのは俺なんだけどな……。
会場には高校野球のテーマである“栄冠は君に輝く”が響く。この三年間の記憶がよみがえってくるかのような演奏に耳を傾ける。
誰に栄冠は輝くのだろうな。……それを獲りに行くのが俺達だ。
夏の大会は甲子園につながるだけじゃない。プロ野球のスカウトへのアピールの場になることはもちろん、優良大学への推薦やスカウト、社会人チームへの入団もある。
負けたらみんなの進路にも影響する。
キャプテンとしてエースとしてこの最高のチームを引っ張っていかないとな。
シード校のくじ引きが始まった。
恐らくあかつきと帝王は別ブロックになること間違いなしだ。つまり、どちらかが決勝で当たることになる。
だけど、クジ運次第だけど二回戦からぶつかる可能性もあるしあんまり関係ないなこれ。
キャプテン達が壇上に上がってくじを引く。俺も行くか。
席を立ちあがって壇上へ向かう前に聖名子先生が俺を呼びとめる。
「朱鷺君」
「はい?」
「……ううん、何でもない。気負い過ぎないでね?」
「……ははっ。もちろんですよ、先生」
そう言うと聖名子先生はニッコリとしていってらっしゃいと声をかけてくれた。
むっちゃ可愛い。これもう天使だな。
『聖タチバナ学園高校――――――』
ゆっくりと箱の中に入っているボールを一つだけ取り出す。
取り出したボールを担当に渡す。
『―――五番!』
――――――うわあああああ!!!
番号がコールされて、一気に観客が沸いた。
……ああ、なるほどね。
俺は沸いた理由を番号札を見て一瞬で理解して席に戻っていった。
「クジ運良いじゃねえか」
「バカ言え。良くも悪くもじゃねーか」
「まあ、オイラとしては結構困るんでやんすけどね」
「ああ。俺もいきなり
「さらにおまけつきで順当に行けば、帝王、パワフル、恋恋、そして最後にあかつきだ」
「これもうわかんねえな」
「……だが借りを返すにはちょうど良い機会だ。こいつらを倒せば一気に俺達も有名になれるし、甲子園でも優勝候補にも挙げられるぜ」
「だと良いがな。そもそもあの160キロをどうにかしない限り俺達の勝ちは無いぞ?」
「とりあえずなんとかなるだろ。一点さえ取れば勝てるしな」
何も打ち崩せなんて言わない。
野球ってのは一点多く取って方のチームが勝ちのスポーツなんだ。失点を最小限に抑えて、それを上回る点数を取れば良い。
それにしても面白い縁だよ。あいつらと戦うことができるなんてさ。
「……俺らが目指すのは甲子園だ。絶対に負けねーぞ」
みんなで気合いを入れ直す。
あかつき、パワフル、帝王、恋恋……色んなチームが俺達の壁になる。
その壁を壊して甲子園に行くんだ。
その後もぼちぼちとクジ引きが進んでいった。
――――――猪狩、このライバル関係に終止符を打とう。
――――――自宅にて。
ゆっくりと振りかぶってネットに向かって投げ込む。
ボールが途中で緩やかなカーブを描き、パサッという音を立ててネットに包まれる。
「……」
ひたすら無言で。周りの音は静寂に包まれ、足を踏み出す際に発する音と風が吹き抜ける音しか聞こえない。
そりゃあそうだ。自分の家のマウンドで投げてるんだからさ。
このマウンドは中学上がる前に親父と一緒に作った自家製の物だ。今ではネットの位置も修正して、高校生標準の物に合わせて使用している。
まだ、足りない。俺の心はそう思わせた。
あれだけ練習をしたのにも関らず、体が休み切れなかった。
抽選も終えて今日しかちゃんとした休みは恐らく取れないだろう。本当は体にかなりの負担がかかるはずなのに、なぜ俺は投げ込みを行っているのだろうか。
興奮状態になっているのは確実だろう。それをわかっているから俺はみんなに対して居残り練習を禁止の上、今日は体を動かすなと忠告しておいた。
歯止めが効かない。焦りなのか不安なのかそれとも、他にも何かしらのものが影響しているかもしれない。何球投げたのかもわからない、恐らく百球近くはいっている。
(あかつき、パワフル、帝王、恋恋らの中心選手たちとのイメージトレーニングも終えた。やることはもうない)
脳にそう思わせても無駄なのかもしれない。今までこんな感じになったことはない。
たぶん、エースでもキャプテンでもなく経験したことのない重圧が掛かっている。これを猪狩や南は背負いながら戦ってきた。
それを初めてしっかりと背負うんだ。去年と今年では何もかもが違う。
最後の夏だから、っていう気負いもあるんだろうな。
「まだ、投げてるのか」
振りかえるとそこに居たのは聖だった。
すでに寝るときの服装である浴衣のまま手にはタッパを持っている。
「人には言っておいて、自分はそれを破るとはな……おはぎだ。作りすぎたから食べてくれ」
「ああ、サンキュー。一つ貰う、後は冷蔵庫でも入れておく」
「早めに食べてくれ」
「わかってるって……ずっと昔からお前の作ったおはぎ食ってるんだからだしな」
一つおはぎをもらって口の中に入れる。
あんこの甘さとモチモチ感が口の中に広がって、運動後にはちょうどいい補給になりそうだ。うーん、お茶がほしい。
「……そんなに気負う必要はないぞ。もっと私を頼れ」
「もう十分頼ってるよ。お前に負担はかけたくない……今年は俺の打順も六番に下げるし、負担も少なくする分、エースとしてしっかり投げないと」
「その割には顔に余裕がないがな」
「はは……」
「高校卒業したらアメリカ……言い方を変えれば家族のところへ行くんだな」
いつもの表情のまま聖はそう呟いた。
そこには悲しみも苦しみもなく、何かを悟ったかのような顔があった。
はっきり言わなきゃいけない。
それがこの三年間、共に頑張ってきたパートナーへの言葉だから。
「……そうだよ、聖」
「……そうか。いや、何かしようってわけじゃないから気にするな」
「聖?」
「気にするな、いいから。気にしないでくれ」
聖は満月になっている夜空を見つめる。
その横で座っている俺は聖の眼を、泣いている眼をしっかりと自分の眼に焼き付けていた。頬を赤く染め上げた聖の顔は昔の聖を見ているようだった。
あんまり表情は変えないのに、泣いているときだけいつもとは違う。そんな姿だった。
聖は一度、裾で眼を擦って再び顔を上げた。そして、その顔を眼に焼き付ける。
「……ごめんな、タイミングというか時期というか。お前には話さなきゃいけなかったのに」
「……背負い込む性格なのは知っている」
「なあ、聖」
「……?」
「卒業したらさ、お前はどうするんだ?」
「私は……」
「行けよ、プロに」
「え?」
「俺には俺の人生がある。お前にはお前の人生がある。……でもさ、ずっと一緒に居ればお互いわかることがたくさん見えてくるんだ」
目の前に置いてあったボールを拾い上げて、マウンドへ立つ。
ゆっくりと肩を回して冷えた肩を少しだけ温めようとしながら話す。
「アメリカに行ったら俺はもう野球はやらないかもしれない。野球しにアメリカに行くわけじゃないし、家族と一緒に過ごすためにアメリカに行くんだ……だから、最後の大会で俺はどんなに無理をしてでも甲子園に行く覚悟はできてる。でも、聖にはそんなことはしてほしくない」
「わ、私は……」
「……お前はプロ野球史上初の女性捕手になれる。もう俺みたいな奴に振り回されずに、自らの手で、その実力で、プロへ乗り込んでほしい。無理だけは絶対にするな、将来があるんだからさ」
自信を持ってほしい。今、この世代で高校ナンバーワンの捕手だと言っても過言ではない聖は三年間で技術面の成長だけではなく精神面での成長が大きい。
だけど、技術に付いて来れていない自信の無さや精神面の弱さは未だ残っていることは変わりない。
彼女の後押しする役目はたぶん、他の誰でもない俺だ。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた俺にしかわからないことなんだと思う。
能力以上に力を発揮できる選手は相当な自信を持ち、精神面でかなりの強さがある者でしかできないことだ。
高校生ではそういう選手はほとんどと言って良いほどいない。プロで活躍できる選手がそれらの人々であり、一握りの世界だ。
実力はあっても、心が弱い選手はたくさんいる。そのせいで大成することのなかった選手も数多く居る。
『若いから精神面が弱いのは仕方がない』
そんな甘いことが許されないのがプロであり、甲子園だ。
聖には――――――強くなってほしい。
振りかぶってボールを投げ込む。
思いっきり腕を振り抜いて投げたボールはネットに突き刺さり、ネットが破れる音がした。
ネットも限界に近づいていたのだろうか。それでもこいつが俺を成長してくれた一つの要素だったのは間違いないはずだ。
「じゃあ、約束をしようぜ」
「どんな約束だ?」
「……もし俺達が甲子園優勝をしたら聖はプロ志望届を出す。それだったら良いだろ?」
「……うむ。それなら私も納得できる」
――――――きっと、プロでもやっていけるという自信ができるはずだから。
ニッコリとはいかないまでも微笑んで、なんども頷く彼女らしい姿を見て、少しだけ笑う。
恋する少女みたいにからかわれたように顔を真っ赤にする。
ずっと一緒に居たからこそわかる。
お互いに背負いこんでしまう性格。
最後の大会だから、聖だけに負担をかけるようなことをしたくはない。
俺は少しだけ夜空に向かって、心の中でお願いをする。
――――――どうか、俺達のチームが甲子園優勝して聖がプロに行けますように。
夏に差し掛かろうとする夜空に、一つの流れ星が光った。
しばらく間が空いてしまって申し訳ございません。
受験生となり、忙しくなってきてしまいなかなか執筆時間が捕ることができませんでした。
これからも忙しくなるので投稿時間が空いてしまいますが必ず完結させますのでよろしくお願いします。