実況パワフルプロ野球~二番手のエース~聖タチバナ学園高校   作:Reaflet

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第三十四話 6月4週 “vsバス停前高校 一人の天才少年と夢見た少女”

 とうとう夏の大会が始まった。

 三年生は負けたら引退となる最後の公式戦であり、そして俺達にとって最後の甲子園へのチャンスである。五回勝てば甲子園へたどり着ける。

 だが、その壁は決して低いものではない。むしろ高すぎると言っていいほどの壁なのだ。

 今日戦う一回戦の相手はバス停前高校。

 チームカラーは良く言えばチームの柱中心に盛り上げていき、戦っていくチーム。悪く言えば――――――エースの結城夢人のワンマンチームだ。

 だがただのワンマンチームならあかつき相手にはあそこまで追い詰めるところまでは戦えない。

 エースをサポートすることのできる気のきいた捕手も居る。

 チーム全体で見ればこっちが圧倒的に上だが、試合はどう転がるかわからねぇからな。気合い入れていくぜ。

 

 バックスクリーンには両校のスターティングオーダーが表示されている。

 

 一番レフト矢部。

 二番センター川瀬。

 三番キャッチャー六道。

 四番ショート友沢。

 五番ライト猛田。

 六番ピッチャー朱鷺。

 七番サード喜多村。

 八番ファースト秋風。

 九番セカンド峰田。

 

 霧丘と涼のどっちを使おうか迷ったけど、相手が左投手ということもあって涼をスタメンにした。

 緊張はすると思うが思いきっていってほしい。

 

 一番キャッチャー和泉原。

 二番セカンド大宮。

 三番ショート田中山。

 四番ピッチャー結城。

 五番レフト木川。

 六番サード津下。

 七番ファースト田島。

 八番センター萩野。

 九番ライト川島。

 となっている。

 一番、三番、四番以外はほとんど打ててないし、まず注意するのは三人だけだ。

 こいつらさえ抑えれば点数さえ取れば勝てる。

 ま、どうやって点を獲るかってのが一番考えるべきことだけどな……。

 俺らがそれぞれ守備位置に散っていく。

 投球練習を行って、最後の一球で聖が素早いフィールディングからセカンドベース上へ送球し、友沢のミットに収まる。

 

「……修也、最後の大会の始まりだ」

「そうだな……まずはこの試合だ、勝つぞ!」

「うむ!」

 

『夏の地区予選一回戦、バス停前高校対聖タチバナ学園高校の試合が今幕を開けます! 勝つのはどちらのチームでしょうか!?』

「お願いします」

 

 一番の和泉原が打席に入って、オープンスタンス気味に低く構えて左足でタイミングを獲るフォームでバットを構える。

 聖からサインをもらう。それに頷いて、振りかぶって右腕を振る。

 

『マウンド上の朱鷺、第一球を振りかぶって投げた!』

 

 スパァン!! とミットのいい音が響く。初球は低めへのストレート。

 141キロとMAXには程遠いが低めにしっかりとコントロール出来てるし、調子も悪くない。

 和泉原の表情は変わらず、左足でタイミングを獲る。

 ……一番打者の精神面での強さは合格点ってとこか。バス停前レベルだと140台でも驚くかと思ったけど、ベンチは沸いてないし、しっかり研究されているってことか。

 もう一度外角へストレート。和泉原はそれを打ちに行こうとしたが、バットを止めて見極める。

 ボールは見れている。さっさとストライクゾーンで勝負したほうがましだ。

 三球目、同じコースからムービングファストでストライグゾーンにギリギリかすめる球を踏み込んで打ってきたが打球はセカンド正面のゴロ。

 

「セカンド!」

「任せろ!」

 

 峰田がしっかり捌いてワンアウト。

 

『二番セカンド大宮くん』

 

 二番は和泉原とかに比べたら格はかなり落ちる。

 練習試合とかではバントを決めていたけど、打率はそこまで良くない。

 ストレート二球で追い込んで最後は内角のスライダーで空振り三振に斬る。

 

「ストライク!バッターアウト!」

『キレのあるスライダーで空振り三振! 今日のスライダーは非常に切れています! そして三番を迎えるのは田中山!』

 

 データを見る限り掴みどころのない打者だな。

 元々ピッチャーだったけどショートに転向した途端に才能が開花してミートもうまいみたいだし、結城の前に持ってこれる打者か。

 聖からのサインは低めにスライダーで様子見。

 田中山はスライダーをファールにすると二球目の内角高めの釣り球を見逃して1-1。外角にムービングファストをカット、スローカーブを見逃して2-2。

 揺さぶりをかけた後、最後は高めのストレートで終わりだ!!

 

「ストライク!バッターアウト!スリーアウトチェンジ!」

『最後は146キロのまっすぐ!! エースの貫禄を見せつける投球の朱鷺!』

「ナイスピーでやんす!」

「調子は良さそうだな」

「点取っていくからな! 頼むぞ、みんな!」

「おうっ! 任せろ!」

 

 矢部君がバッターボックスへ向かう。

 さて、まずは様子見していきたいところだがそんな暇は無い。結城にストライクを取らせて行ったら間違いなく俺達は完全に封じられる。

 俺が参考にしたビデオは秋と春の時だからあの時よりも当然進化しているはず。だから、一番気をつけないといけないのは―――新たな球種だ。

 ストレートと縦に割れるドロップカーブ、横に大きく変化するスラーブを持っている結城だがもしかしたら何かしらの変化球を覚えている可能性がある。それはカット系か落ちる球かどうかは分からない。

 結城が大きく振りかぶって投げる。

 左腕から投げられたのは―――154キロのストレートである豪速球。

 内角高めに決まるストレートに矢部君が思わず腰を引いてしまい、見逃してしまう。

 

「ストライーク!」

「夢人良い球来てるぞ!」

「速いでやんすね…!」

 

 速いな、速い。プロでもお目にかかれないストレートだ。

 球速表示は154キロとなっているがそれ以上にノビのある凄い良いストレートなんだよな。だから、あかつき打線は甲子園で経験した速球派を打ちこめていたはずなのに、結城だけには連打……いやヒットを打つことがなかなかできなかった。

 二球目はもう一度内角にボール球のストレート。しかし、勢いはあり矢部君のバットは思わず手を出してしまい空振り。

 

「速い。思わず振ってしまいそうなストレートだ」

「お前でも苦労するはずだ。ましてやうちの打線で序盤から打ち崩すなんてきつい」

「これに変化球もあるんだろ?」

 

 猛田が言った後に、結城は振りかぶって投げる。

 球種は――――――ベルトラインからワンバウンドするくらいに落ちるドロップカーブ。

 矢部君はフルスイングすらさせてもらえないスイングで空振り三振に取られた。

 

「ストライーク!バッタアウト!」

「良いカーブだなー」

 

 喜多村の言うとおり、心からそう思う。

 俺にもあのカーブがあればもっと投球術が広がるしな。そう思わせるくらい良い投手だ。

 

『二番センター川瀬さん』

 

 准が打席に向かう。聖がネクストサークルに入りながらプロテクターを付けてヘルメットを被る。

 ここは准はやっぱり右に立つか。

 次は初球からドロップカーブを投じてくるの対して、きっちりと准はボール球を見極める。というより手が出なかったみたいだな。

 二球目のスラーブも見逃して0-2になって、一息つく准。

 

「気にするな! 腕振ってこい!」

 

 結城に向けて声をかける和泉原。それに頷いて、ロージンバックを手にする結城。

 うまく連携が取れている。この辺がうまくリードできる関係になっているのも少し気にしなきゃいけないな。

 ロージンバックを置いて結城が振りかぶって投げる。内角低めに決まる152キロのストレートを准はなんとかカットし、バックネットに飛ぶ。手がしびれたのか、思わず准は自らの手を見る。

 焦るなよ、しっかりと見極められるようになってから手を出してけ。

 同じように真ん中へ決まるストレートだが、次は捉えられずに空振って2-2。そしてドロップカーブがワンバウンドして外れてフルカウントとなった。

 

「大抵フルカウントになったらほとんどストレートっていうデータが来てるけどなあ」

「それでも打てないんだろう?」

「ああ。フルカウントでのストレートは155オーバーがほとんどだからな。だから――――――」

 

 結城が振りかぶって投げる。

 高めに決まる156キロのストレートを准は擦って真上に挙がるキャッチャーフライに打ち取られる。

 完全にボールの下を振ってたな。予想以上のノビにやられてるのがわかる。

 

『三番キャッチャー六道さん』

 

 聖に対して真っ向勝負をしてくる結城。

 初球は真ん中へ154キロのストレートを聖は振っていくがバットは空を斬る。

 

「ストライクッ!」

 

 審判の腕が上がる。聖も同じようにボールの下を振っている。

 初見じゃノビについて行けないのは山々だが、ストレートだけに手こずるわけにはいかねえ。

 二球目は外角からストライクゾーンに入ってくるスラーブ。聖はそれをスイングで迎え撃つも打球は一塁側ベンチへ転がっていく。

 ストレートが速い分、見極めも早めないといけない。その分の遅れがファールになったんだろう。

 左対右は内角はうまくさばかないと詰まりやすい。うまい打者は内角を流し打ちする技術をもってるけど、それはプロレベルでも難しい。

 ……変化球だけは右打者に対してこっちに向かってくる球しかないからキレがあるとはいえ、対応できる選手はうちにも居る。

 

「ボール!」

 

 三球目は高めに外れるストレート。これでも150キロが出てるから恐ろしい。

 高めに外れたから低めを使ってくるぞ。ドロップカーブが有効になったカウントで来る球はストレートかドロップカーブに絞られる。

 聖は若干バットを短く持ってボックスの後ろに立つ。

 ストレートに基準を合わせて打つつもりだろう。

 

「聖先輩は果たしてドロップカーブに対応できるか……」

「聖はミートは高校野球トップクラスだし、どんなストレートには対応……カットはできる。だけど、それは駆け引き無しの時だけだ。二択になるとどうしてもスイングスピードが必要になってくるからスイングスピードが異常に速い選手は打てるが、遅いとどうしても読み打ちになって打てなくなる。ただでさえ、三割しかヒットを打てないのに二択になったらもっと打てる確率は減る」

 

 四球目、結城は内角へストレートを投じた。

 内角のストライクゾーンには入っていないボールと見極めたのだろう。聖は少し体を逸らして見逃そうとした。

 

――――――しかし、155キロの豪速球は手元で変化してストライクゾーンをかすめる。

 

「なっ…!」

「ストライク! バッターアウッ!」

「ナイスボール!」

 

 まさか…シンキングファストなのか?

 聖も思わず驚いた表情でキャッチャーの和泉原の方を見るが、すぐに和泉原はミットを戻してベンチへ帰っていく。

 

「……やられたな。あれが秋とは違う姿みたいだな」

「まじかよ……っ」

 

 ストレートとほぼ同じ速度で変化するいわゆるストレート系の球であるシンキングファスト。

 シンキング……沈むという意味で主にはストレート全体に使われるが、本場のアメリカではスクリューボール、シンカーボール、シンキングファストと微妙な基準がある。だが、結城のはストレート若干沈みながら利き腕方向に変化する球。

 俺が投げるムービングファストとシンキングファストは似て異なる物。要するに俺はフォーシームとムービングを使い分けていて、結城はフォーシームとシンキングファストを使い分けているってことだな。

 二種類のカーブのコンビネーションも加われば、制球がまとまってなくても威力のあるボールを持ってる。やっぱ、一筋縄ではいかない投手だ。

 

「あの変化が155キロか。左打者は予想以上に苦労しそうだね」

「抉るクロスファイヤーからのあの球は右打者でもなかなか手が出ないな。……一点もやれねーぞ」

「うちなら勝てるでやんす! まずは守備からリズム作っていくでやんすよ!」

「矢部くんの言うとおりだ。守備から行くぞ!」

「おう!」

 

『四番ピッチャー結城君』

 

 結城が右打席に入る。

 まずはここが山場だ。こいつに打たせてしまったら相手チームに勢いを与えてしまう。

 かと言って敬遠を選択して三者凡退を逃すわけにはいかない。同点なら勢いを与えたら駄目だ。聖も同じ考えのはずだ。

 打者としては水無月と同じような打者で長打を広角に打ち分ける。内、外どっちも苦にしない隙のない打者でデータでは速球にめっぽう強いっていうのが光る。そこが水無月との違いだろう。

 サインをもらって振りかぶる。サインは―――内角低めにムービングファスト!

 結城がバットを鋭く振る。しかし、バットは空を斬る。

 

「ストライク!」

『内角低め、厳しいところに手元で変化するストレートですが、結城は空振り!』

 

 よし、まずはストライクを獲ったぞ。データで研究されてても簡単には打たせない。

 少々つまっても遠くへ飛ばす才能も持ち合わせているから、芯を外すというよりは三振狙いだな。初見だから気持ち良く行きたいところだが。

 二球目は先ほどとは違うコースの外角高めから落ちるスローカーブ。さすがに手を出さないで外れて1-1。対角線投球で出来るだけ眼を逸らさせたい。

 次はボール二個分外した外角低めへのストレート。たぶん、ストレートが得意なら手を出してくるはず!

 しかし、そのボールを結城は強引に踏み込んで鋭いスイングで捉える―――。

 

 キィィンッ! と高々と打ち上げた打球はライト方向へのファール。

 

「結城ー! いいぞ!」

「おらっ、どんどん打ってけ!」

 

 あぶっねえ! 後一個内だったらギリギリポール直撃弾だったぜ。

 それにしてもあのスイングは見張るものがある。打者としてもやってけそうな鋭いスイング。

 一度息を吐きながら、ロージンバックに手をやって心を落ち着かせよう。

 聖も今のファールで配球を変えたいみたいだな。

 ストレートの後でスライダー、スローカーブで打ち取る予定があんな打球を見せられたら投げづらい。

 “シエルアーク”も使いたいところだが、見せる場面じゃない。

 四球目、聖からのサインはストレート。できるだけ長打を避けるように低めにコントロールしろというミットの位置だ。

 ゆっくり振りかぶって足を踏み込んで腕を振る。

 

――――――信じて投げるぞ、聖!

 

 腕から手へ神経を集中させて投げ込む。

 球速表示の148キロを表すのストレートが聖のミットに向かっていく。

 真っ向勝負、嫌いじゃないぜ俺は。

 

 結城が、鋭く、力強く、ボールを斬るようなスイングで捉える。

 

 あまりの打球の速さに俺は一瞬見失った。後から響く金属バットの音が ッキィィィンッ! と捉えた打球はショート友沢の真正面へ飛ぶライナー。

 それを友沢はしっかりとキャッチして収める。

 

「アウトッ!」

「ふぅ、あぶね」

「ナイスだ。修也、この調子で頼むぞ!」

 

 差し込まれずにセンターを意識して振り切った打球がライナーか。やっぱり一個分高かったらスタンド行きでもおかしくはない。

 一個分の出し入れが本当に重要な打者だ。間違えたらおしまい。

 だけど、そういうチームの方が、楽しいぜ。

 五番の木川、六番の津下をストレート一本で二者連続三振に斬って取る。上位と下位の差が激しいからな、落ちついて投げれば万が一の事は無い。

 

『朱鷺、難なく二者三振に斬って取ります! そしてこの回、聖タチバナ学園の攻撃は高校生ナンバーワン野手、友沢亮からはじまります!』

『四番ショート友沢君』

 

 わああああああっ! とスタンドが沸く。

 この観客の騒ぎと良い、スカウト陣と良い、もうドラフトは確実と言っていいだろうな。おまけにルックスがずば抜けてて、すでに人気はプロ野球選手と変わりない。

 

「四番! 外野バック! ショートセカンド間の打球に警戒! 夢人、勝負するよ!」

 

 キャッチャーの和泉原から守備へと指示が飛ぶ。それに伴って野手陣が素早く動く。

 くっそ、これが去年まで一回戦敗退チームかよ。

 結城が入ってチームに活性化が生まれて、強くなったと思ってた。

 でも、違う。

 結城が入ってチームに活性化が生まれて、強くなったチームを和泉原がきっちりとまとめて柱を支えるチームなんだ。

 結城と和泉原。この二人が生んだ、チーム。チームワークでは負けてないと思ったけど、こっちも絆もずいぶんと強そうだ。

 かと言って負けねーけどな!

 

 初球、153キロのストレートが外角に大きく外れる。

 右打席に立つ友沢はストレートを見た後に、打席を外して素振りをする。

 

「リラックス、リラックス。落ちついてこい!」

「ああ」

 

 短く結城は答えて、マウンドに足を入れた。

 次は内角へ、151キロのシンキングファストが外れ、0-2となる。

 

『おっと、マウンド上の結城。ちょっと制球を乱しております』

 

 三球目、ワンバウンドするドロップカーブに友沢は手を出してしまう。変化球のキレは良いのは変わりないから、荒れてるぐらいがちょうどいい投手なのかもしれないな。

 四球目、結城が振りかぶって投げる。

 大きく振りかぶって投げた球はこの日最速の158キロのストレート。ストライク高めに決まる球を友沢はしっかりと呼びこんでフルスイングする。

 ッキィンッ! と音が響くも、打球は一塁側フェンスにぶつかる強烈なファール。

 

「……っ」

「……」

 

 思わず息を漏らす、和泉原を見る。

 まあ、最速には満たないとは言ってもプロでも打つのが難しい150キロ後半を弾き返す男だしな。敵に回したくない打者の一人だよ。

 だが、アジャストはまだしてないな。スラーブ、ドロップカーブ、シンキングファスト。どの球を投げてくるのかわからない状況で前の球が最速出てたし、ストレート押しってのもありだ。

 結城がロージンバックに手をやってプレートに足を置く。そして和泉原から出されるサインであろうものを一度、二度と首を振って頷く。

 ワインドアップモーションで左腕を振るう。

 相手バッテリーが選択してきたのはストレート。

 

―――友沢のバットが空を斬る。

 

 球場が静寂に包まれた。

 バックスクリーンに移される球速表示。この日、最速のストレートが真ん中に決まる。

 

―――時速161キロ。

 

 時間が止まったかのようにキャッチャーミットに入った後も観客は静かなまま。

 まさに弾丸……いや、大砲の弾が壁をぶち壊すかのような音。

 

「ス、ストライーク! バッターアウト!」

 

 うわああああああああああああっ!!! と審判のコールと同時に観客が一気に沸いた。

 高校生がプロ最速の161キロタイに並ぶストレートを出す。

 そんな歴史的瞬間を見られるだけでも幸運なのだ。

 

「は、速いね……さすが夢人! ナイスボール!」

「何だあの速球は……」

『ほ、本当にこの男は高校生なのかー!! 時速161キロのストレートがホームベースへ到達し、自身の持つ160キロ上回るストレートがドラフト一位候補の友沢のバットを見事に空を斬ったー!』

 

「速い……」

 

 俺がヘルメットをかぶって、バッティンググローブを付けて準備をする。

 悔しそうな顔をしながら三振に終わった友沢がヘルメットを外して、ベンチへ戻ってくる。

 

「まさか、な。ここで150後半を連発してくるとは思わなかったわ」

「完全に力で負けた。が、今までの投球とは別物だった。勝負をすると決めた時には必ずと言っていいほどあの球が来るに違いない。150後半のストレートをな」

「……もしかしてそれは」

「分からないが、俺に対してはきっちりと全力を出してきたみたいだった」

 

 友沢との会話を終えてすぐさまグラウンドに目をやると、すでに2-0と追い込まれてる猛田が居た。

 内角高めに152キロのストレートが外れて、最後は縦のドロップカーブで空振り三振に打ち取られていた。

 

「150キロ後半は?」

「一球も出てません。152キロが最速だったような気がします」

 

 嫌な予感しかしないぞこれは。

 友沢に対して全力で勝負してくるのは分かるが、まさかそれ以外の打者はある程度力を抜いて勝負してくるってことか。確かにここぞっていう場面で力を入れて勝負してくるのは相当レベルのある投手の証だな。良い選手だと再確認させられるぜ。

 

(点、取らなきゃな)

 

『六番ピッチャー朱鷺君』

 

 とりあえずこの打席は結城の球を見極めることに集中するぞ。

 ゆっくりと打席に立ち、結城を見やる。

 無表情でグラブを顔の前に構えるせいか、目線が鋭く見える。

 結城が豪快なフォームで振りかぶって投げ込む。ストレートが顔の近くを通る。

 

「っと!」

「ボーッ!」

 

 あっぶね! 当たったらタダじゃすまねえボールじゃねーか!

 しっかし、今のボールが157キロってことは俺に対しては全力で勝負してくれているってことだな。友沢と俺は要警戒ってされていることか、うれしいことしてくれる。

 二球目は外角高めに若干甘めに決まる156キロ。

 

『結城! 150キロ後半のストレートを朱鷺に対してどんどん投げ込んでいきます!』

 

 1-1か。平行カウントだから一応振っておきたいが、次の球は変化球のはず。

 となると無理に打ちに行っても相手を助けることになるだけで意味ないだけだ。

 三球目、外角低め。球種はドロップカーブが決まる。制球はアバウトだし、コースも甘い。要警戒するのは球威、キレの二つだけだな。

 だけどこれで追い込んだ。2球使えるとは言っても、制球に自身は無い分釣り球は来ないのだろう。

 ってことは真っ向勝負してくるに違いない。

 フルスイングしてみるか……。

 当たんなくても、気にすんな!

 投じられたのは―――159キロのストレート。

 凄まじい回転と見てすぐにわかる豪速球はストライクゾーンの枠に入り、若干低めに決まる球。

 まだ、まだ見れる。

 バットはまだ始動しない。ここからどんな変化するかもわからない。

 ボールは綺麗なスピンでキャッチャーミットへ吸い込まれる。

 シンキングファストじゃない、これは純粋な直球だ。

 ためて、ためて……

 

 最高のスイングをしてやれ!

 

―――――ッキィィィン!!!

 

『打ったー!! 痛烈な当たりー!!』

 

 完璧な金属音を響かせて鋭く飛ぶ打球は低い弾道となる。

 しかし、ピッチャー強襲の打球はうまくさばかれてしまいピッチャーライナーに倒れる。

 

『完璧に捉えた打球は惜しくもピッチャーライナー! 朱鷺、運がありません!』

「アウッ!」

「……くそっ」

「……ふぅ」

 

 ボールをマウンドに置いて、ゆっくりと歩いて戻っていく結城は一度だけ俺を少し見る。

 それに対して俺は少しだけ睨むような感じで結城を見る。

 

『勝つのは俺だ』

 

 まさにそう言わんばかりに眼に力を入れてくる結城の姿。

 チャレンジャー精神でいかなきゃいけないみたいだ。だけどな、結城。

 

 

―――――勝つのは俺達だ。

 

 

「いくぞ! 点数与えんなよ! つまらないミスはゼロだ! しっかり守るぞ!」

「了解でやんす! おいらの足生かすでやんす!」

「了解! 朱鷺先輩頼んだよ!」

「おー、任せろー」

「朱鷺、こっちに打たせていいよ。俺が守るからさ」

「ふっ、こっちでもいいがな」

「うらあ! 声出していくぜ!」

「修也先輩、投球に集中していいっすよ!」

 

 こいつらがいるから、今の俺が居る。

 こいつらがいるから、今の俺達が居るんだ。

 目の前の敵を倒すことが最優先。

 

 試合はまだ、序盤だ―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲子園予選大会の一回戦。

 スカウト陣は動いていない者も居る中、スカウトの影山はすぐさま第一試合のバス停前高校対聖タチバナ学園高校の試合に足を運んでいた。

 他の第一試合は正直言ってつまらない試合ばかりだ。

 パワフル高校も恋恋高校も一回戦レベルで苦戦するようなチームでは無いし、ましてや決勝まで上り詰めてもおかしくは無いチーム。

 そして、このチームも。

 

『154キロのストレート!! 矢部、バットに当たりません!! これで三振は7つ目!!』

「良い球だな……さすがといったところか」

 

 結城夢人。過去にアメリカのジュニアハイスクールカップで一試合だけ登板したことのある選手だった。それ以外は野手として出場し、長打力を発揮していた。

 彼はその一試合の登板で中学生ながら143キロを叩き出していたということがわかった。

 ただ、そんな彼にとって恵まれなかったのが捕手。相棒の存在だった。

 中学生故、プロと遜色ないストレートを取れる選手が居ないために投手を諦め、チームを離れた。という噂が少しだけ広まっていたらしい。

 

「球速だけならドラ一は間違いない」

 

 後は制球ってとこか、と影山はつぶやいた。

 将来的に見れば肩もそれほど消耗しておらず、大きな怪我さえなければ投手として長期間活躍できる選手には違いない。球速、キレ共に抜群に優れている上にスタミナもある。マウンド度胸もあるし、左投手という部分がさらにロマンがある、と言ったほうがいいのかもしれない。

 あれだけの変化球と球速があれば、制球が悪くても十分に使えるし、もし大成しなくても野手としてもプロと遜色ない力を持っている。

 できれば彼の投球をもっと見たかった、影山は思った。

 

『151キロ!!! 和泉原のバットは空を斬る!!!』

 

 朱鷺修也という進化し続ける“野球の申し子”が一回戦に当たってしまった。

 昨年よりも一回り大きくなった体。誰もが見本にするぐらい綺麗なフォームから繰り出されるストレート、スライダー、スローカーブ、そして高速シンカー。牽制やクイックのうまさもさることながら、安定感が増した投球と仲間から信頼されるキャプテンシー。

 これほどの選手はどこを探してもいないと言い切れる。

 今まで見てきた中で、これ以上の能力を持った選手は数多く居た。

 多彩な変化球を操る本格派投手、異常な奪三振率を誇るポテンシャルを持った選手、世代をけん引するぐらいのスラッガー、相手チームのやる気を削ぐような大胆かつ鉄壁な守備力を持つ選手。

 そんな選手たちよりも輝く姿に見えるのが彼、朱鷺修也だ。

 

「影山さん。指名する予定なんですか、彼を?」

「……そうしたいところなんだけどな。いかんせん、彼がプロ野球に興味無いのですからね」

「ほう! それはそれは……スカウトとしては痛いですな」

「それでも聖タチバナ学園高校には素晴らしい選手が揃いに揃ってますから。友沢、六道、橘、猛田、矢部、来年は川瀬と豊富な人材がそろっています。スカウトとしては確実に何名かは指名しておきたいところですよ……。でもね、」

「でもね?」

 

 影山はふぅ、と息をはいて球場を見る。

 マウンドでは朱鷺が投げ続ける姿が映る。そして打席に入っている結城の姿も見る。

 

「スカウトじゃなくて、野球好きのおっさんとして彼がプロで投げる姿がみたいんですよ。熱気つ包まれた球場で酒を飲みながら、ね」

「はっはっは……なるほど……」

 

 影山はニヤリと笑った。

 プロ野球は低迷期に差し掛かろうとしていたところに、こんな凄い世代が現れてきたのだから期待せずにはいられない。猪狩守を筆頭とした猪狩世代なんて呼ばれているこの世代こそ、今のプロ野球に必要な存在だ。

 今年のドラフトは確実に荒れるだろう。

 どの球団も一位候補には高校生を挙げており、他にも大学生、社会人なんて眼に無いぐらい高校球児たちに視線を注いでいるのだ。投手陣を売りにするキャットハンズも総合力の高さを誇るバスターズ、圧倒的な攻撃力に懸けているパワフルズ、安定の強さを誇るカイザース、攻守ともに爆発的強さに賭けるやんきーズ、そして影山が所属する若手の揃うバルカンズもこの世代のドラフトの成功が、チームの将来を左右すると踏んでいるのだ。

 スター不足のバルカンズとしては朱鷺修也を指名したい。だが、彼自身はプロには興味は無いと橘監督にも校長にも言ってることからなかなか指名はしずらいのだ。

 それにバルカンズはレギュラー捕手がいない。ここ五年間は捕手を固定できず、打撃も打率二割前半以下、盗塁阻止率二割台程度の実力を持つ選手しかがおらず捕手が育たないのが上位に食い込めない原因だ。現にバスターズは二宮を指名できたことにより、藤堂以外の投手陣の成績が安定して四年ぶりに優勝を果たした。

 

「朱鷺君見せてくれ。君の力を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六回を終わって両チームとも無得点。

 相手の結城は六回まで九十五球を投げて、四球は二個でエラー四個。十三個の三振を奪う快投を見せて打たれたヒットは無し。うちは今現在ノーヒットノーランを喰らっている。

 だが、俺がバス停前を完璧に抑え込んで、六回まで完全試合ペース。十個の三振を奪って、未だ両チーム点数が入らない状況だ。

 

(結城の調子が絶好調の場合しかこんな接戦はないと思っていた。まさか、絶好調の状態で当たるとは思ってなかったぜ)

 

 俺は考えが甘かった。いつもの結城ならば、すでにリードしているだろうと考えていた。

 少しずつ確実に点を加えていき、理想としては4-0のようなスコアで勝つ。 

 そんな展開に持ち込みたかったが今日の結城は稀に見る……いや、和泉原も予想外だったのかもしれない。

 今日の結城は制球も大きく乱さず変化球もキレッキレ、ストレートは150キロ台連発。主軸が三振に斬って取られている。ましてや、友沢と聖が全打席三振させられてるのが一番の非常事態なのだろう。

 かと言って、点数を与えるわけにはいかないし、安打すらも許さない。

 エースとしてのピッチングを、今日はやりきってみせる。

 

 打順は一番の和泉原からだ。

 ここまで二ゴロ、レフトフライと抑えているもののファールで良い当たりもある。内角を得意としているのか、内角に決まる球は積極的に振ってくる。バットは相変わらず振れているから三順目のこの打席は要警戒だな。ここで塁に出すと勢いを与えちまうし、抑えて攻撃につなげたいぜ。

 聖は外角にスライダーを要求してくる。どの打席もまずは外角から入っているけど、この打席はボールになるようにっていうサインだから聖も警戒しているみたいだ。

 投じたスライダーを見逃してボール。一切振りにいく素振りを見せず、足場を直す。

 

「ナイスボール!」

 

 聖からボールを受け取って、息を吐く。

 もう一度振りかぶって外角へスライダー。それもしっかりと見逃してきてボール先行のカウント。

 三球目、俺は振りかぶって内角へのストレートを投げ込む。

 146キロのストレートが内角いっぱいに決まり、和泉原のバットが空を斬った。

 

「ストライークッ!!」

「っ!」

 

 よっし、貰ったぜ。もう一球内角にストレートの後に最後は『シエルアーク』で空振り三振に斬って取る。

 得意なコースを捌けなかった分、焦りが出てくる。

 自分自身で理解してるけど、俺は立ち上がりに強くない。終盤になってくると球が走ってくるから相手にとっては嫌なタイプであって、攻略するなら序盤が有効なタイプだ。この回からMAXが出始めてきてもおかしくは無い。

 和泉原はおそらく内角のストレートを打てると思ってきたけど、それを上回る球の球威だったから打てなかった。そのショックは大きいぜ。

 この後は二番三番をセカンドゴロ、ファーストフライに打ち取る。

 よし、この三者凡退は大きいぞ!

 流れを完全にこっちに持って来れたのはデカイ。

 

「ナイスピッチ!」

「この回点取ってしっかり行きたいな」

 

『さあ、ここまで素晴らしい投手戦を見せています両投手! 特に朱鷺選手はここまで塁を踏ませない投球で完全試合まで後6人というところまで来ています! その朱鷺選手を援護したい聖タチバナの攻撃は七番サード喜多村から!』

 

 峰田には代打を出すとして、誰を出すか。左だから霧丘は駄目、響は捕手だから論外。となると大京ってところだけど、変化球には付いて行けないから出したくはないな。

 涼が塁に出てくれれば代走に真田か原を出せるけど、ここは真田を出して原をセカンドに置くか。

 となると、原をセカンドでファーストに猛田、ライトに黒豹がベストかな。

 

『空振りさんしーん!! これで十四個目の三振を奪います! これが高校史上最速投手、結城の実力ー!!!』

 

 喜多村も打てねえか。友沢も聖もタイミングが合っていない。

 ってことはこいつに賭けるしかない……!

 

「涼!」

「わかってます。任せてください」

「ああ、頼む」

 

 ケガしなけりゃ今頃はどっかの名門校でエースでも張ってたんだろうなこいつは。打撃に関しても一年生の友沢や東條に匹敵するくらいの打撃の持ち主が八番打ってるわけだ。

 ここで見せてくれよ。お前の実力をこの試合から見せつけてやれ。

 打席に入ってまずはベースを軽くバットで叩くといつもどおりの場所に持ってくる。

 ストレートにタイミングは合わせにくいフォームなんだけど、変化球には反応しやすいみたいだ。天才の考えていることはよくわからん。

 初球のストレート。内角攻めしてくる154キロのストレートを涼は迷いもなく振るがバットは空を斬った。

 

「ストライク!」

『154キロのストレートはバットを空に斬るー!!』

 

 涼に対しても全力か。力の入れどころを分かってる投手ってのは一番やりずらい。

 二球目のシンキングファストが外れ、1-1の平行カウント。

 

「ふぅ……!」

「……!」

 

 勝負はこの一球。次の球で勝負してくるだろう。

 いけ、涼! お前の打撃を見せてやれ!

 ゆっくりと振りかぶって結城が左腕を腕を振るって投げる。

 コースは真ん中低め、159キロストレート!!

 始動は少し遅れる! と思ったその時、

 

――――――涼は完璧にボールを捉えてバットを放り投げた。

 

 痛烈な打球はグングンと伸びていく。

 センター方向の打球の行方を捕手の和泉原は唖然としながら見送り、やがて天を仰ぎ目を閉じる。

 結城は打球の行方を追わずに落ちた帽子を拾い和泉原と同じく天を仰いだ。

 その姿にバス停前高校の面子は何も言えずにただ見つめる。

 一人の天才少年と夢見た少女が共に天を仰ぎ、目を瞑るその光景。

 俺は二人が過ごした高校野球生活の意味するものだと感じた―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームセットが審判から告げられた。

 ―――――たったあの一球。あの一球が中途半端な流れを一気に相手へ持っていった。

 

「両校!礼!」

 

 あいさつが球場全体に響く。

 ただあの時の光景が何度も思いだされる。捕手として最高のボールを投手に要求して、それを完璧に捉えられる。

 あの回はホームランのみの“一失点”だ。

 だが、攻撃でまったく歯の立たなくて夢人も三振に打ち取られてそこから一気にチームが崩れた。

 扇の要として最後までチームを支え続け、投手もリードしなければいけない。

 泣きたくないはずなのに涙があふれる。

 今までレギュラーを張ったことが無かった私にとって、負けることはとても悔しかった。

 

「結城、和泉原」

 

 試合終了の挨拶を交わした後に私らに話しかけてきたのは相手チームのエースでキャプテンである朱鷺君だった。

 

「……良い試合だった。いつ点数獲らせてくれるのかわからなかったぜ」

「……完全試合されたこっちの身になってくれ。さすが優勝候補だ、隙を見せたら一気に付け込んでくる」

「はは、うちはまだまだだよ。……次はどこで会えるかな」

「さあな。……あかつきを倒すことを祈ってる」

「当たり前だ。生半可な試合したら何言われるかわからねーからな」

 

 この二人から一歩下がった場所から話を聞く。

 二人は天才であって同格であって、凡人の私が対等に立てる身ではない。

 歩いて戻ろうとしたその時。

 

「最高のバッテリーだったぜ、和泉原。また、縁があったら野球しよう」

「……ありがとう。そっちこそ最高のバッテリーだよ」

 

 振りかえらずに私は言う。

 私のような凡才で努力しても追いつけなかった存在に。

 認めてもらえたかどうかはわからないけど、そんな言葉をかけられた。

 目からは一粒の涙が零れる。

 

(――――――もう、悔いはないよね)

 

 これは悔し涙じゃない。すべてを出し切ったからこそ、流れる涙なんだ。

 

「尚」

 

 声を掛けられ、涙を袖で拭いて顔を上げる。いつもの無表情のまま夢人が話しかける。

 目を赤くしているであろう私を見て、夢人は目の前にいた。

 

「……ごめん。夢人を最後まで引っ張れなかった」

「ありがとう。尚」

「……え?」

「こんな荒れ球投手を最後までリードしてくれて。お前が居なかったら野球を続けてなかったかもしれない。最高の捕手だ」

「ううん……。私はまったく力になれなかった」

「バカ野郎……、もっと俺はお前とバッテリーが組みたかった……」

 

 あの夢人が涙を流していた。

 それを見たらより一層抑えきれない涙が溢れて、目の前に居た夢人の汚れたユニフォームに抱きついた。

 夢人は抱きつき、涙を流している私をぎゅっと強く抱きしめる。

 細身の身体からどうやってあんな豪速球を投げることができるのだろうか。包まれたかのような安心感が私のすべてを満たした。

 

「ありがとな……本当にありがとう」

「……私なんかとバッテリーを組んでくれて、こっちこそありがとう……」

 

 私は初めて野球をやって良かったと思えた。

 最高の投手とともにグラウンドで野球をして、最後もこうやって共に涙を流すことができて。

 

「……もう俺は悔いはない。後は自分の道を進む」

「……私も悔いはないよ。やりきったから」

「負けたものは去る。それが高校野球だ」

「……うん」

 

 私は荷物を整理して、すべての確認を終わったところで涙を拭いてグラウンドへ身体を向ける。

 初めてレギュラーを掴んで、今まで異常に頑張って、最後はすべてを出し切れた。

 ありがとう、高校野球。

 

「……尚。行こう」

「……そうだね」

 

 私はグラウンドに一礼をしてベンチを去った。

 最高の投手と共に戦えたこの高校野球に、感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い試合だった。まあ思ったとおりのスコアになったな、南」

「やっぱりあの試合での決め手になったのは八番の秋風の一発だろうね。朱鷺が投げてる以上、一点も与えられない。その上に期待できるのは結城くんの一発だけだったし、和泉原さんと田中山くんにはすでに打順が終わっている状況。これほど打たれたら駄目な場面は無いかな。これだから一人に依存するチームは実力者が揃う力のある相手には対抗するのに限度がある」

「下位打線だし三者凡退に切って結城が一発打ってそのまま締めるしか勝機は無かったしな。やっぱりこれが優勝候補との違いだぜ。それにしてもケガ持ちとは言え一年生とは思えないスイングスピードの速さだ。そいつを下位打線に置けるタチバナが怖いわ」

「朱鷺もあえて自分を六番に置いたし、もしかしたら喜多村くんを八番に下げるかも。小技も効ける選手だから七番に置いて打線をうまく運営させてるんだろうけどね。まぁ……うちが勝ち続ければ準決勝に当たるよ多分」

「って言っても帝王もパワフルもかなりの相手だぞ? 帝王は守備も攻撃も堅実だし、パワフルは打線はタチバナに匹敵するどころか上とも言えるだろうし鈴本を打ち崩すのは難しそうだぜ。良くもこんなにクジが偏ったとも言えるぐらいだし」

「……それでもうちと戦うのはタチバナだと思うよ。三チームの中で一番勝るものがあるからね」

「おいおい、南。なんだよそれ」

「朱鷺は周りにものすごい影響を与えるんだ。後、一押しというところで背中を押してあげることができて、踏ん張りどころで率先して踏ん張ってくれる。」

「?」

「つまり、監督としての役目を選手が行っているような感じだよ。中学時代、キャプテンだった僕でもさすがにそんなことはできなかったし、副キャプテンながら支えてくれたおかげで僕は自分のプレーに集中することができた」

「…でも、朱鷺がいながらも最後の大会は優勝できなかったんだろ?」

「相手が凄すぎたんだ。対抗できたのは猪狩と朱鷺だけ。僕はかすりもしなかったし、打線も相手内野の見えないミスでの内野安打2本のみ。朱鷺はそんな相手をあはやホームランの当たりを何度か見せつけた。結果は全打席三振だけど……一番心に堪えたのは相手投手が朱鷺だけに全力を出してきたってところ」

「決勝戦で手を抜いてきた……ってことなのか?」

「僕から見たら確実にそう思えたよ。それでもうちの打線は捉えきれずにそいつに猪狩が打たれて試合は負けた。あかつきは中学で全国から選手を引っ張ってきて、チームを作り上げる。そんなチームを見下して投げて、エースと四番以外に眼中なし。これほどきついものはなかったよ」

 

 南は拳を握り締めるが、声の大きさは変わらず話を続ける。

 

「確かにあのときの僕は無力だった。守備だけ一番チームでうまくて、キャプテンだからってのもあったんだろうけど打順も三番打たせてもらってた。でも、キャプテンになったのもたまたまだった。うちの監督が『朱鷺と猪狩に負担をかけたくない。エースと四番という役目に集中してもらいたい。南、内野のか要で打順も三番と主軸のおまえにキャプテンをやってもらいたい』ってね」

「それって猪狩と朱鷺は特別扱いってレベルじゃないか」

「そうだね、たぶん」

「そうだねって……」

「実際、二人のレベルに付いて行けなかった。どちらかが欠けていたら全国優勝なんてできなかったし、たぶん二人が居なかったら全国出場できるかできないかっていうレベルだったと思う。一年生の頃、猪狩は即次期エース扱い、朱鷺は即センターレギュラーでクリーンアップという扱い。特別扱いってレベルじゃなかったけど、実力は正直抜きんでていたよ」

 

 ただグラウンドを見つめ、何かを悟るように南は話を続ける。

 

「色んな出来事が僕をここまで強くしてくれた。恋恋に来たのにも、自分の力を試す為でもあり、朱鷺や猪狩といった僕よりも一、二ランク上の戦いをしてた選手に頼らないためにあかつきには進学しなかった」

「……南」

「……今年の夏、うちが甲子園に行くんだ。甲子園でしかできなかった経験は大きなものだとタチバナに思い知らせて、あかつきを倒す」

「ま、そうだな。……そういえば早川とかはなんで今日は来なかったんだ?」

「うん、あおいちゃんは『どうせ見なくてもタチバナは勝つんだし、どうせならパワフルの時に見たいかな』。初野は『今日は家の用事で……』、真奈花さんは『修也君と夢人君は興味はあるけど、今は見たくないなあ』とそれぞれ言ってたよ。樋宮くんに至っては『ビデオよろしく』って言ってたし」

「……やっぱりおまえらみたいな凄いやつと俺みたいなやつはどっか違うみたいだわ」

「はは。……さあ僕たちも準決勝までは負けられないよ」

 

(あの中学時代の僕とは違う。キミが四番に座っていたから僕は三番で軽い気持ちで打てることができた。だけど、キミはそれ以上どころか追いつけないぐらいの実力を持っていた。もう、僕はキミを追わない。対等な立場で朱鷺と戦える。)

 

 

――――――最後の夏を最高の夏にするために戦おう。朱鷺。

 

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