実況パワフルプロ野球~二番手のエース~聖タチバナ学園高校   作:Reaflet

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第五話 6月1週 “少女の決意”

「うわ、くもりかよ。せっかく遊ぼうかなって思ってたのに」

 あの試合から一週間。

 試合の後に俺たち野球部は課題が出たのを直す為に練習をしていたが、さすがに休みが無いというのは練習効率を落とすことになるので一気に土、日を休みにすることにしていた。

 夏の大会も迫り、休む時期が無いのでここで一気に気持ちもメンタルも切り換えようっていう作戦だ。

 キャプテンとしてエースとして、チームには気を遣わなければいけないし体調管理だって怠ってはいけない。

 俺は体を起こして、携帯を開く。

 新着メールが2件あった。

「一つは聖か。んで、もう一つは……進君!?」

 

 何故にこのタイミングで進君から?

 猪狩の弟である進君は当然ながら俺と同じあかつき付属中出身で、同級生のキャッチャーは猪狩の球を捕れずにに一年生の新人大会で敗れた際に、新しく入った進君が捕ったところから1年生で唯一レギュラーを獲得した。

 聖にはキャッチングセンスでは負けるが打撃センスは同じくらい、足の速さ、肩の強さでは恐らく上だ。投手を落ち着かせる術も持っていて、俺も試合で投げた時には良くしてもらってた。

 恐らく中学のときでは一番仲が良かった後輩だ。

 関係ないが兄弟そろってイケメンだ。

 くそう、羨ましい。

 聖からのメールを確認する。

『明日どこかに行かないか?』

 んー、まあいいかな。

 ていうか、最近聖が俺と話すときに顔を赤くしているのが多い。

 風邪なら早く言わなきゃいけないと駄目じゃないか?って思うのだが、みんなに迷惑をかけたくないのかな。知らんぷりしておこうかな。

 聖と遊ぶのは中学二年生以来か……久しぶりだと思う。

 おっけーだ、とメールを送り、次のメールを確認する。

『今日スポーツジムに行きませんか?』

 おっ?これはうれしいな。

 猪狩スポーツジムに行けるのか。もちろん行きたいぜ。

 体を動かすには最高の施設だし、食事もできる。

 リラックスルームもプールもあるし、肩を使わないで調整するにはもってこいだな。

 無料パス持ってる進君となら一緒に入れば、俺も無料で施設を使うことができる。

 一流アスリートが良く使うといわれている、最高級のトレーニングマシンも揃っているが普通の人が使うには高額なお金がかかってしまうので使えない人が多すぎるのだが、幸い猪狩家の息子である猪狩兄弟はその無料パスを持っているのだ。

 俺も小学校時代は猪狩と一緒に行っていて、中学の後半は進君と一緒に良く行っていた。

 高校になってからはさすがに行く機会が減っていたが、進君が誘ってくれたおかげで行けることができるのだ。

 いいよ、とメールを送って俺は携帯を閉じて、朝飯を食べる準備をした。

 

 

 

 

                     

 

 

 

 

 

 ウィーンウィーン。

 携帯のバイブが鳴る。

 差出人は修也からで、メールの内容を見る。

『おっけーだ。場所はどこ集合にする?』

「や、やった……!!」

 思わず私は携帯を落としそうになってしまう。

 久しぶりに二人で遊ぶ。

 も、もしかしてこれはで、でーとというやつに誘うことができたのではないのか?

 そ、それだったらどこに行こう。

 考えてしまうだけで顔が熱くなるのを感じてしまってうまく思考回路が廻らない。

 できれば女の子らしい場所に行きたいが、私らしくないと言われたらどうしようか。

「考えれば考えるほど駄目になってしまうではないかー!」

 落ち付かなければ。

 一点差の無死満塁の場面よりも緊張してしまい、考えてしまう。

「あ、明日着ていく服を準備しなければいけないな……!」

 そういいながら私は自分の部屋の中にあるクローゼットの中の服を確認する。

 準備する必要があるのだ。

 女の子は男の子の前では可愛く居たいのだ。

 それは聖にとっても当然のことであって、しかも相手は修也だ。

 顔なじみ、幼馴染とはいえ男の子。

 そうすでに彼女は彼のことが好きなのであって、それに気づかない彼女は大変だ。

「明日の行く場所も……」

 私は明日の準備のために様々な準備をすることになったのだった。

 すぐに夏の大会が迫っているというのに、そのことを忘れるほどに一生懸命になっていた。

 投手をリードするのは捕手の役目だが、どうやら私生活ではリードされてしまう捕手なのであった。

 

 

 

 

                     

 

 

 

 

 

 俺と進君の集合場所は猪狩スポーツジムの前で集合のはずだったんだが……。

 確かに進君は居て、それは良いのだが。

「友沢と猛田、何でお前らがいるんだよ?」

「俺はこの猪狩の弟に話しかけられてな」

「俺はランニングしてた時に友沢が、こいつと一緒に居たからな。話していたらいつの間にか」

「すみません、朱鷺先輩。」

「……ま、いいけどよ。今からスポーツジムに行くからな。じゃあな」

 そう言って俺らはジムに行こうとしてたときに、その肩をグイッと力を入れられて、振り向かされた。

 両肩に友沢と猛田の手があった。

 

「おう。じゃあ俺も行くわ」

「猛田・・・やめておけ。だが、俺も行きたいのでお前について行くとするか」

「良く分かってるな友沢・・・って来るのかよ!?」

「もちろんだ。最高級の施設を無料で使えるんだろ。行くしかないじゃないか」

「友沢に賛成だぜ。あそこのバッティングセンターすげえらしいじゃねーか。楽しみだぜ」

「行く前提で話すんじゃねえ!」

「朱鷺先輩、友沢先輩と猛田先輩も一緒に行きましょう。無料パスは五人までなら一緒に入れるので」

「はぁ……しょうがないな」

 

 受付の人に進君は無料パスを見せると、俺らに受付の人は書類を記入し始めた。

 俺が書こうとしたとき、受付の人はすでに俺のサイズやらなにやらがすでに書き込まれていた書類を持っていたらしく、俺は書きこまずにすんだ。

 恐らく、進君がすでにやっていたのか、前から良く来ていたからすでに受付の人はサイズやら何やらを割っていたのかもしれない。

 全員が書き終わって、更衣室で着替え始める。

 

「んじゃあ、バッティングでいいか?」

「はい。大丈夫です」

「ああ」

「もちろんだ」

 全員がバッティングしたいらしく、すぐに俺たちはバッティングセンターのほうへ行くことにした。

 相変わらずの大きさである、『猪狩ドーム』と呼ばれる球場は、猪狩スポーツジムのバッティングセンター用の球場になっている。

 くっそー、迷うぜ。何から打とうかな。

 すると進君は球仙人と呼ばれるマシンを選び、打席に入った。

 このマシン、球速こそは高校生のなかでも平均レベルだが、スライダー、カーブ、シンカー、シュートという多彩な変化球を操る高レベルなマシンだ。

 そのマシンを選ぶ進君はもうすでに高校レベルに標準を合わせているのだろう。

 マシンから放たれる多彩な変化球に惑わされることなく持ち前の打撃でうまく打ち分けている。

「やっぱ良い打撃してるよ、進君」

「ありがとうございます。朱鷺先輩は何を打つんですか?」

「うーん、どうしようかな」

 猛田は球将軍に決めたようだ。

 スライダー、カーブ、フォークの三つの変化を操りながら、140キロ中盤のストレートを投げるマシンに猛田は結構苦戦している。

 若干重心が前に行ってるな。

「ちっ、打ちにくいぜ」

「もう少し重心を後ろに持ってきたらどうだ?カーブとフォークにつられて前に出過ぎてる。後ろに重心を残して、その場で回転する感じで」

「こんな感じか?」

 んー、まだ若干前に行ってるな。

 まぁ、猛田なら後で直す力あるからな。

 俺はもう少し猛田に指摘した後に、友沢のところに行った。

 そこで俺は凄い物を見た。

 ガキィン!!と何度もバットの真芯に当たった音が響く。

 友沢が今打っているマシンはボールコングと呼ばれる最速と最遅を操る、猪狩スポーツジムの中でも超難易度MAXを誇るマシンだ。

 高校生がこんなに打つところなんて見たこともない。

 160キロに達する球と130キロ台の球に普通の人・・・俺も含めてスイングが中途半端になってしまうのが多いはずなのにこいつは迷いもなく振っている。

 打ち終わってこっちに来た進君、猛田でさえ驚いている。

 友沢が打ち終わって、打席から離れたときにいかにもやりきった顔をしている。

 こいつはまじで投手やっていたのかと思うぐらいだ。

「打者のほうがあってたんじゃないか?」

「ふ、そうかもな。投手としての選手生命が終わったとしても打者ならやっていけるほどの実力を身につけておきたかったんだ。…まぁ野球はやめたがな」

「すでにお前はプロレベルだろ……シニアのときよりも成長してやがるぜ」

「こんなに凄い人がいるんですね……」

「それにしても良くこのマシンを打とうと思ったな。やっぱり猪狩のストレートを空振ったからか?」

「ああ、あの140キロ後半のストレートを空振ってしまったからな。猪狩の球の体感速度は恐らく150キロ近くぐらいだっただろう。速い球に慣れたいんだ」

「進君、来年あかつきに入るんだったら絶対こいつを抑えないといけないんだぜ?もちろん俺からも打たないといけないけどな」

「ずいぶん凄いメンバーですけど、負けません!」

「おっし、俺はさっきのマシンをもう一回打ってくるぜ」

「俺ももう一度打ってくるか」

「じゃあ、俺はせっかくだからこのスペシャルマシンを選ぶぜ」

「このマシンは……」

 そうプロ野球選手のそれぞれの球種のスぺシャリストを集めたマシン。

 猪狩スポーツジムの試作品であり、まず打とうとしないほどの変化量を誇るマシーン。

 この速球のMAXは161キロ。

 スライダー系はキレと変化の両方を備えた高速スライダーと手元で芯を完璧に外すカットボール。

 カーブ系は大きく縦に割れるカーブとかなり変化の大きい、90キロ台のスローカーブ。

 フォーク系は縦の鋭く曲がるスライダーと二種類の鋭く落ちるフォーク。

 シンカー系は二種類のシンカーで、高速で変化するのと遅めで大きく落ちるシンカー。

 シュート系は高速で大きく変化するシュート。

 まずこんなマシンを打とうとしない。

 いや、無茶だと思っても打ってみたいんだって。

「おいおい無茶するなよ」

「こんなのプロのトップクラスでも打てないですよね……」

「お前はバカだな」

 うるせえよ。

 友沢、お前に負けたくないんだよ。

 俺だってなあかつき中の四番を張ってたやつだし、打てるっては思わない。

 ただすごいやつを一度相手にしないとあいつに勝てる気がしないんだよ。

 

――――猪狩に。

 そう思いながら打席に立つ。

 バシュッ!と音を立てる。

 マシンから放たれた球はストレート。

 眼で確認出来たかわからないほどの球で、ノビもマシンにしては再現されているほうだ。

 もちろん俺のバットはバックネットに球がついてから振る。

 速い。俺のバットスピードじゃあ追いつけそうにないかもしれない。

 全方向の変化球に加え、伸びのあるストレート。

 楽しい。絶対打ってやる。

 

 次に放たれた球を打ちに行く。

 バシュッ!

 球の軌道はまっすぐだ。

 そのスピードに合わせて、俺はバットを振る。

 しかし、途中で軌道を替えた球は俺が振ったバットの下を通りボスッと音を立ててネットに入る。

 縦のスライダー。

 恐らく145キロ近くで変化する球だ。

 ストレートだと思った球がいきなり落ちる。

「凄いキレですね……」

「見極めをしようとしてたら間違いなく振り遅れだからな」

 進君と友沢が呟く言葉を聞きながらも、再び黙って打席に立つ。

 ビシュッ! カッ!

 カットした球はカットボール。

 たまたま自分のバットに当たったのだろう。

「おおお!ナイスカット」

 猛田がそう言うが、ナイスカットじゃない。

 たまたま振ったバットに当たっただけだ。

 その後もキレのある変化球に苦戦し、俺は一球も前に飛ばせなかった。

 そしてラスト。

 バシュッとマシンから放たれる。

 途中で軌道を変えて変化した球は、以前にも見たことのある軌道だった。

 そう俺の持っている変化球。

 高速シンカー。

 変化した軌道をしっかりと読んで、バットを振る。

 振り遅れ気味で若干バットが差し込まれている。

 それでも俺は振りぬく。

 そうすれば何かが見えてくるから。

 振りぬいた打球はピッチャー方向への鋭いライナーで飛んで行った。

「よっしゃあ!」

「ナイスバッティングだな」

「おお!やるじゃねえか」

「ナイスバッティングです、先輩」

 最後の一球だけだが、なんとかはじき返すことができた。

 たったその一球。

 でも、そのとき俺は何かが変わったような気がした―――――――――――。

 

 

 

                     

 

 

 

 

 

 その後もみんなでバッティングを続けて、その後にトレーニングマシンやらリラックスマシン等を使って自分たちでそれぞれ鍛えたい部分のトレーニングを行った。

 そして猪狩スポーツジム特有の設備の一つである、食事を無料でできる施設を使った。

 それにしても良くこんな設備をなあ・・・。

 お金持ちというのはここまですごいものなのか。

 金が余ったから設備を作りましたみたいなことは無いだろうけど、ただ単に良いスポーツ選手を世に送り出したいのかわからないな。

 俺たちは五時半でジムを出て、そのまま解散とした。

 猛田と友沢、進君、俺という別々な方向となったので一人で帰路へと向かった。

 俺が帰る道は河原のほうから帰る。

 別に住宅街方面から帰っても良いのだが、いちいち曲がったりするのが面倒だし久しぶりにこの道を通るってのもあってゆっくりと歩いていた。

 今は五時四十五分で、子供たちが俺の横を走って過ぎていったりランニングしている人もあまりいないことから恐らくみんなは俺と同じく家へと向かっているのだろう。

 歩いていると河原のところに座っている少女を俺は見つけた。

 セカンドバッグを横に置いて、バットケースを置いているところからすると野球をやっている少女みたいだった。

 右手には水色のリストバンドをしていて、首にはスポーツ選手が良くつけているオレンジとクリアのチタンのネックレスを付けている。

「はぁ……」

 

 ため息をついている彼女はどこか諦めた感じで、手が届かない場所を見つめているような感じがした。

 少し強い風が吹く。

 彼女の茶髪で長いロングの髪の毛が揺れ、手に持った草が風によって飛ばされるのをずっと見つめていた。

――――――――あの草のように散っていくのか、と。

 彼女がそう物語っているのが感じ取れた。

「なあどうしたんだ?」

 俺が彼女に質問した途端に、彼女は驚いて俺のほうを向いた。

 恐らく気付かなくて、いきなり話しかけられたからだろう。

 そこで俺は一人の野球少女に出会った。

 手はマメがつぶれて見るだけでカチカチなのがわかり、バットケースはボロボロ、セカンドバックも小さいころから使われているのだろうとわかる使われ方でセカンドバックの横の白い部分に『目指せ全国』というのがマジックで書かれていたのが薄くなっているのがわかる。

「何も、別にない」

「さっきのため息が聞こえたからな。何もないだなんでおかしいこと言うなよ」

「あんたは他人だろ。わたしに何か言うことなんてないはずだ」

「別に俺はお前になにか言うわけじゃないさ。ただ他人に話してみたら少し気が楽になるんじゃねーの?」

「……」

「ちなみに言っておくが俺も高校球児だ。こんな恰好していてもな」

「……聞いてくれるのか?」

「俺でよければな」

 そこから彼女は俺に話し始めた。

 名前は川瀬 准。

 白薔薇かしまし学園大付中学出身ののシニアの女性選手。

 女性だからといってシニアでの扱いがひどかったらしい。

 今はそのシニアをやめ、一人で野球の練習をしているという。

 ポジションは外野手らしい。

「どうしてお前はシニアをやめたんだ?もうすぐで終わるじゃないか」

「……一刻も早くあんな扱いから逃れたかった。チームメイトからは陰口を叩かれてはそれでもレギュラーで出場する・・・堂々とレギュラー争いをしたかったんだ。差別されていたんだ。いつもいつも練習のたび、試合のたびにっ!ただわたしは楽しく、好きな野球をやりたかっただけなのにっ!そんな日常をみんなが、チームメイトが奪っていったんだ!」

「……」

 彼女は誰にもわからないまま叫び続ける。

 なんて偶然なんだろう。

 俺と似ているところがあるじゃないか。ただ、立場は逆なパターンだ。

 差別。

 監督からは必ずと言っていいほどレギュラーで出場させられる。

 他人にとってはうれしいことかもしれないが、彼女にとってはとても心にダメージを与えられたのかもしれない。でも、こいつは我慢し続けた。

 今までそのことを我慢し続けて、楽しい野球じゃなく、『苦しい』野球をし続けてきたんだ。

 苦しいのが好きなわけがない。好きな野球を好きじゃなくなる前にやめたんだ。

 凄い奴だ。

「……どう思った?わたしは弱かったんだ。好きな野球のためにつらい場所から逃げて、野球が続けられなくなるのもわかっていながらっ!」

「お前は強いよ。凄い」

「え?」

「俺はそう思う。俺だったらそんなの耐えられない。でも、お前は野球が好きだから、嫌いになりたくないからやめたんだろ?お前は凄い野球選手じゃないか」

「……」

 准が沈黙する。

 こんな野球を好きなやつが野球やってはいけないのか?

 違うだろ。やっても良いんだ。俺はこいつに野球をやらせたい。

 だからかもしれない。

 今にも泣きそうな彼女に俺はこう言った。

 まるで、あの頃の自分を見ていたかのような彼女に。

 

 

 

 

                     

 

 

 

 

 

「じゃあ、川瀬准さんだっけ?来年俺らの高校で野球しねーか?」

「?」

「差別なんてないからな。みんな楽しくやってる。女の子だっているしな。実力さえあれば俺は一年でレギュラーで使うぞ?」

「な、なんでわたしなんかを誘うの?」

「凄い練習してるってわかるんだよ。その持っているバットケースはぼろぼろだし、手を見ればマメできた跡がいっぱいあるし。すげえじゃねえか。お前の努力、一生懸命さ。俺はわかる。お前からすれば簡単に言ってるように聞こえるが、俺の眼を見ろ。簡単には言ってない」

「……」

 彼が私の眼を見る。

 その眼をわたしは同じ見ると、その眼は凄く真剣で偽りのない、同情なんかこれっぽっちもない眼。

 心から野球人として、わたしを野球選手として見てくれている。

 初めて、初めての感覚だ。

 女性ではなく、野球選手として見られその上で一緒に野球をしようと誘ってくれた。

「あんた、わたしを認めてくれんの?野球選手として」

「あたりまえじゃねえか。お前は野球選手だろ。川瀬准はお前以外いない」

 

 自然と私の眼から涙がこぼれてしまった。

 こんなにうれしいことなんて、他に無い。

 わたしを野球選手として、認めてくれる人なんてどれだけいただろうか。

 たぶんいないんだ。この人だけなんだ。

 だからこの人について行こう。

 自分の居場所をこの人は作ってくれる、その野球部は作ってくれる。

「ったく、涙なんて見せんじゃねーよ。他の人から見たら俺がお前を泣かせちまってるように見えるじゃねーか。ほらほら、ハンカチ貸すから拭け」

「あ、ありがとう」

「そのハンカチお前にあげるから、そのハンカチの代わりに来年来いよ」

「……青のハンカチなんて、どっかの甲子園優勝投手みたい」

「うっせえな。実際、俺はピッチャーやってるからいいんだよ。フォームもその人を参考にしてるし……。まあ、マウンド上で汗をハンカチで拭くことはしねーけどな。じゃあな。お前を楽しみにしてるぜ」

 そう言って彼は去っていく。

 その後ろ姿をしっかりと見つめて、しっかりと焼き付ける。

 あの人を追いかけて行こう。ついて、行こう。

 彼女は決意したのだ。

 彼と一緒に甲子園に行ってみたい、と。

 

 この出会いで彼女は来年に聖タチバナ学園高校に入学するのは、もうちょっと後のお話。

 

 

 

                     

 

 

 

 

 そして日曜日。

 昨日、聖から遊びに誘われていつもよりも早く起きて準備していた。

 どこに行くかは決めていないし、とりあえずその辺をぶらぶらしようかなと思っている。

 俺が聖の家に行くことになっており、もうすぐその時間だ。

 最低限のものを持ち、俺は家を出た。

 昨日とは違い天気は暑くもなく寒くもない。

 風もあまり吹かないでいて、晴れのちくもりみたいな感じだろうか。

「もっと全体的なレベルアップが必要だよな」

 先週の試合を思い出してみる。

 はっきり言えば二宮さんがキャッチャーに変わった瞬間に、俺たちはほとんど打てなくなってしまった。

 喰らいついていけたのはクリーンアップ程度で、それも友沢がなんとかヒット性の当たりをファールで飛ばしていただけであって俺はともかく、聖や猛田の欠点の部分も出てしまっていた。

 何より打撃陣は一、二番の出塁率が高くない。この前の試合では序盤は出ていたものの、見極めが悪いのかは分からないがボール球に手が出てしまうのが多かった。

 終盤は全く打てていなかったしな。

「打順変更してみっか?」

 んー、でも矢部君と同じくらい早い奴は友沢くらいだし、その他のやつも候補としては俺と霧丘ぐらいだ。結局、俺はピッチャーで一番ってのはきついし、霧丘も矢部君より打てるかと言われればそうでもない。

 友沢が一番ってのははっきり言って、相手から打てる見込みがなくてとにかくいい打者に出来るだけまわしたいという時のためしかない。

 それよりもみんなの打撃が良くなればいいんだけど。

 そう言うことを考えながら聖の家に着く。

 相変わらずの神社で、今日は確か親父さんが出かけるっていう話らしい。

 俺がインターフォンを押す前に聖は玄関前で待っていた。

「おっす」

「おはようだ」

「なんか……」

「ん?」

 いつも着物をきている聖の私服が……女の子っぽい。

 いや、まあ女の子なんだから普通なんだけどなぁ。

 制服以外でスカート履くなんて思わないだろーよ……。

 でも、カーディガンをきているからなんとなく聖っぽい印象がある。

 なんだかんだ聖の服の印象は和服だから、違和感があるんだろうけどこれはこれで可愛い。

「とりあえず何か行きたい場所ってあるか?」

「特には無いのだが」

「んじゃあ、とりあえずぶらぶらするか」

 ぶらぶらするってことで俺たちは街へ行くことになった。

 っていっても特に行く場所もないし、適当にアイスクリームでも買ったりして食べたり。

 

「そういえばまだ聖は甘い物が好きなのか?」

「うむ。頭にも良いから修也も食べたほうが良いぞ」

「いやいや、そこまで食べたりすると体重が増えすぎたりするし。結構調整は大切なんだぞ」

「む……私がいかにも毎日甘い物を食べてるみたいではないか」

「おっと、ここに金つばが」

「な!」

 俺が金つばを手に取った瞬間に聖がそれを奪う。

 ちょ、さっきの動きは猪狩のスライダーより鋭かったぞ。

 聖が金つばを食べる姿を見ているとなんか可愛い。

 もぐもぐしている顔がすごく幸せな顔だ。

 久々に見る女の子の姿って感じか?野球の姿と学校の姿しか見てなかったからな最近は。

「ん、さすが金つばだ。おいしいな」

「それ俺が買ったものなんですけどー」

「だ、男性が女性に何かを買ってあげるのは普通ではないのか?」

「いやいや、それは恋人同士とかだし。今回は許してあげよう。しかし、次からはお仕置きだ」

「お仕置きだと?」

「またのお楽しみだ」

 そう言いながら俺らは無駄だけど楽しい時間を過ごす。

 で歩いていると河川敷のグラウンドで少年野球の試合がやっているのが見えた。

「ちょっと行ってみよう」

「おう」

 近くに行って見てみるとチーム名が見えた。

 パワフルスポーツ少年団対あかつき野球クラブだ。

 まあ要するに、俺が居たチームと聖が居たチームだ。

 お、点が入ったな。

「奇遇だな。しかし監督変わってないねー。しかも良い感じじゃないか?パワフル」

「うむ。あかつき相手に良い勝負しているな」

「五回の表で3-3。なおも一死ランナー三塁か。さて怡土島監督どうする?」

「む……ここはスクイズじゃないか?」

 パワフルからの代打が送られる。

 

「代打、友沢」

「はい!」

 

 元気の良い金髪の男の子が打席に立つ。

 小さい体にしては何か持っているような感じの子だ。

 あかつきの投手が投じたその初球。

 カーン!

 バットはボールを捕らえて、レフトとセンターの間へと抜ける。

 値千金のタイムリーツーベースヒットだ。

「良い打撃してるな。……見たことのある髪型なんだが」

「確かにみたことあるぞ」

 その後も試合を見続ける。

 結局、4-3でパワフルの勝ちとなった。

「ナイスだ!友沢!」

「良かったぞ!」

「えへへ……」

 へー、友沢っていうのか。

 そう思いながら俺たちはその光景を見ていた。

 すると一人の人物が現れた。

「翔太、ナイスだったぞ」

「うん!」

「ぶっ、友沢じゃねえか!」

「ん?何だお前ら。見に来てたのか?……ああ、そういうことか」

「お前何か誤解しているようだから言っておくが、デートじゃねえぞ」

「そう言ってる時点で怪しい」

「ふむ。そいつはお前の弟なのか?」

「ああ、こいつは翔太。小学三年生」

「こんにちはお姉ちゃん、お兄ちゃん」

「うむ、良い子だ」

「ほう……なかなか指導がなってるじゃないか。お前にしては」

「お前は馬鹿か……。これから家に帰る。じゃあな」

「おう、また明日」

「明日だ」

「じゃあねー!」

 そう言いながら友沢兄弟が帰っていく。

 それを俺たちは見つめている。

 普段笑顔を見せない友沢が弟に笑って見せている。新鮮だ。

 あのバッティング。

 友沢の弟なら不思議ではないし、あれが小学三年生というならば将来がすごい期待出来る。

 まあ、そのころは俺らが大人になっているかもしれないけどな。

「あんなすごい小学生がいるなんてな」

「私たちも負けてられないな」

 俺たちも負けていられない。

 もう来週に迫っている夏の大会。

 聖タチバナ旋風を起こすに行くぞ……!

 

『聖タチバナ学園高校野球部の初めての夏が始まる……』




今回、猪狩スポーツジムの設定を向日 葵さんの作品である『実況パワフルプロ野球9゛恋恋高校編アナザー゛ 第四話』の部分の設定を使わせていただきました。
もちろん本人からは『大丈夫ですよ』という返信をいただきました。
この場を借りて感謝の言葉を送らせてもらいます。
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