六畳間を広げよう 雛人形の飾り場所。
ころな荘一〇六号室の賃貸契約者の名前は里見孝太郎。四月始めには男一人の一人暮らしだったその部屋には、一年が立つ頃には五人もの少女が生活を共にしていた。
そのため、
「ただいまーって……うおっ!!でっけぇなこれ、どうしたんだ?」
『うわぁ!!雛人形だぁ!!』
桃の節句の前に雛人形が飾られてもおかしくないのだが、部屋の端に飾られているのを見て孝太郎は驚きを覚えていた。
しかも五段ではなく、家庭ではあまり見かけない七段の立派な雛人形だ。
フォルトーゼ生まれのティアやルース、地帝国生まれのキリハ、文無し宿無しだったゆりかたちが持ち込めることもなく、幽霊の早苗が元から持っているわけもない。
孝太郎のその疑問に答えてくれたのは、一つ上に住む笠置静香だった。
「お帰りなさいませサトミ様。アルバイトお疲れ様でした」
「おかえり里見君」
「ただいま、ルースさん大家さん。その雛人形どうしたんだ?」
脱いだコートを出迎えてくれたルースに渡すと、孝太郎は飾り付けが進む雛人形について訊ねる。
「うむ。このヒナニンギョウはな、シズカの物だが今年はこの部屋に飾ることになったのじゃ」
初めて見る人形に興味津々のティアの説明を受け、孝太郎は静香を見た。
「大家さんのをこの部屋で?」
「うん。いつもは自分の部屋に飾るんだけどね。みんながいて、女の子の多いこの部屋のほうがいいかなって。駄目だったかな?」
珍しい静香のお願いを聞きながら雛飾りの方を見る。
華やかな人形を前に、侵略者の少女たちは嬉しそうに顔を輝かせていた。
「いいですよ。皆楽しそうだし」
「ありがとう里見君。無理言っちゃってごめんね」
「いえ、まあ別に…それより、本当に立派な雛人形ですね」
真っ直ぐなお礼に気恥ずかしさを感じて、孝太郎は話題を変える。
そんな孝太郎に、静香はクスリと笑ってからその雛人形の経歴を話し出した。
「この雛人形は私が生まれた年に買って貰った物なんですよ。娘が出来て大喜びのお父さんが奮発したらしくって。だから、ころな荘と一緒で私の宝物なんだけど…」
少ししんみりする大切な話に、皆の注目が静香へと向く。
綺麗な人形から静香の大切な人形に認識が変わり、はしゃぐのを控えようと考えたが、
「去年は一人で飾ったけど凄く寂しかったから、今年は皆ではしゃげて本当に嬉しいよ」
静香のその一言に、考えを改めるのを止めた。
しんみりとした空気から、再び騒がし華やいだ雰囲気へと戻る。
「そうか…だったら今年は、しっかりとした雛祭りにしないとな。キリハさん料理の方頼めるか?」
「ああ、任せてもらおう。雛祭りについてはこの国の文化として調べてある。明日の料理は楽しみにしておけ。ルース、手伝いを頼みたいんだが」
「はい、分かりました。ちなみにどんなお料理を?」
「散らし寿司とハマグリのお吸い物。あとはサヨリのフライとうるめ鰯の丸干しつもりだ」
キリハの考えた献立を聞いて、ゆりかと早苗の目が輝き、逆にティアが肩を落とす。
ティアの反応を不思議と感じた二人だったが、その理由はすぐに分かった。
「き、キリハ…すまぬがわらわの寿司は、出来ればわさびを抜いて欲しいのじゃが」
「ティア、心配しなくていい。この前の寿司と散らし寿司は違う料理だ」
孝太郎の説明を受けて、ティアはばっと顔を上げる。
「それは本当かコータロー?」
「ああ本当だ。俺を信じろ」
「とか言って、またわらわを騙すんじゃないだろうな?この前のわさびのように」
「大丈夫だ!!それに今回はそういう料理じゃないからな」
『うんうん、流石に孝太郎もちらし寿司じゃ手は出せないもんね。そう言えばティアは食べたこと無いっけ散らし寿司』
「うむ。食べた事も見たことも無いぞ」
コクリと頷くティアに、早苗は指を立てて説明する。
「お酢のかかったご飯にね、お刺身とか海老とか後は玉子とか色々乗せて、本当に美味しいんだから!!」
昔食べた散らし寿司を思い出しながら、キラキラと目を輝かせて説明する早苗に、ティアも段々興味を抱き、まだ見ぬ散らし寿司に夢を抱き始めた。
「おお…なんだかとっても美味しそうなのじゃ。それに、大皿から皆で食べるのなら安心じゃの」
『早苗ちゃんお勧めの散らし寿司。食べて腰を抜かすといいわっ!!』
「うむ、楽しみじゃの」
自信満々の早苗に、ティアは嬉しそうに頷いた。
「私はちらし寿司よりも菱餅がたのしみですよ」
『ゆりかはお菓子の方が好きそうだホー!!』
『雛あられとか、手から放さなそうだホー!!』
「そ、そんな事ないですぅ!!」
散らし寿司談義を行う早苗とティアの横では、カラマとコラマに突っ込まれゆりかが吠える。
何はともあれ、雛祭りと雛飾りの前で106号室は盛り上がる。
「ふふっ、やっぱりこの部屋に飾って正解だったかな」
楽しそうに呟いた静香の言葉が耳に入り、孝太郎はこんなのも良いなと頷くのだった。
ちなみに翌日の雛祭りで、皆が白酒によって酔っ払い孝太郎が大変な目に会った事は、語られざるべきお話である。
六畳間SSその2です。日常ネタを中心にとコンセプトなので、雛祭りに何か書きたいなと思って書いたSSですが。まあ、山も落ちもなしで序破急どころかただの会話ですw
ほのぼの出来るといいな。
大家さんを真ん中に置いてみましたが、大家さんの雛人形ネタは捏造です。原作では一言も出てきません。
とりあえず、ショートショートどころか、ベリーショートショートですみません。