【凍結】ひとりぼっちのせんそう   作:帝都造営

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Phase0
00_覚醒《メザメ》


 ――――西暦2022年3月1日。沖縄沖――――

 

 

 

 

 ……いやな、感触。

 

 

 『彼女』がまず自覚したのは、五感のうちの一つである触感であった。それはある意味で当然である。いかなる生物においても表皮と表現される存在は自身と外界を決定的に隔てるものであり、触覚は外界との接触に用いられるモノとしてはもっとも普遍的なツールと言えるからだ。

 

 しかし、それにしたって不快である。

 

 

 ……不快?

 

 

 そうだ、不快だ。『彼女』は次に不快という感覚を覚えた。いや感覚というよりは気分というやつだろうか? 不快とは即ち、触覚が異常を検知し、それを異常事態としてダイレクトに伝えているということだ。つまり警報だ。

 

 

 ……なら、何が正常なの?

 

 

 『彼女』は考え、そして初めて『彼女』を自覚した。『彼女』の外には何かがあって、自身の触覚がそれが異常だと伝えている。つまり『彼女』の外には何か、『彼女』にはどうしようもないモノ、自分以外の何かが存在するということだ。触覚は『彼女』に全方位から不快感――――異常を伝えてくる。つまり『彼女』は得体の知れない何かに取り囲まれている訳だ。

 

 その瞬間、『彼女』は理解した。()()()()()()()()と。

 

 

 ……抜け出さなくちゃ。

 

 

 自身が自身である。それはつまり、自身を思うがままに動かせるということだ。

 

 ならば選ぶのはこの不快感からの脱出。『彼女』は自身の触覚から、自身の身体を朧げながらに把握することができていた。頭部、胴体、四本の足……ごく一般的な哺乳類に与えられたツール。その四肢を動かし、脱出を試みる。

 

 

 ばしゃん。

 

 

 触覚が伝えてくる不快感が一部緩和された。それと同時に聞こえる……聞こえる? 『彼女』は聴覚を自覚した。聞こえたのは水音だ。自身の頭部がなにかとぶつかることで水音を立てたのだ。つまりぶつかったのは水だ、水面だ。『彼女』は、さっきまで水の中にいたのである。

 

 

「……っ!」

 

 

 ――――次の瞬間、『彼女』が自身の底から制御できない()()が沸き上がってくるのを自覚することになる。

 

 

「ケホッ、ケホッ……!」

 

 

 制御できない。頭部と胴体を繋ぐ部位が暴走し、胴体よりなにかを汲み上げる。次の瞬間に頭部の穴――――(くち)のことだ――――から液体が飛び出し……「水を吐いた」のだと理解する。

 

 途端に苦しくなる。この時の『彼女』は理解していなかったが、肺が全て水で満たされていたのだ。唐突に呼吸を必要とされた肺が、身体が、全力でその異物を排除すべく行動を開始ししたのである。

 

 

「ゲホッ、げほっ……!」

 

 

 咳は止まる気配を見せず、『彼女』は自身を守るように身体を縮こまらせた。自分自身を自覚したところで、こういった防御反応は全自動だ。止めたくても止められない、過ぎ去る嵐を待つように、耐え忍ぶしかない。

 咳をすれば痛み伴う。『彼女』は自覚したばかりの身体が思い通りに動かないもどかしさと共に、痛覚にも耐えねばならなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 そして、何事にも永遠というものは存在しない。一通り吐き出せば咳は収まり……正常運転を開始した呼吸で肺が膨らみ、萎む。

 

 『彼女』は無意識のうちに複雑な顔の筋肉を操り、瞼を開いた。

 

 

「……」

 

 

 そう、ついに『彼女』は最後の五感、視覚を自覚したのだった。

 

 そこから先は早い、三半規管があるべき姿勢を『彼女』に伝え、彼女はむくりと起き上がる。身体全体を包囲していた不快感からは脱出したはずだったが、しかし身体まだ纏まりつく不快感。可能な範囲で身体を見回せば……身体を布か何かが覆っていて、それが大量の水を吸収していたようだ。

 

 服だ。服に水がまとわりついていたのだ。

 

 

「服……?」

 

 

 『彼女』は疑問を持った。

 何故、自分は服を着ているのだろう、と。

 

 そして疑問は変形する。

 何故、自分は「服」という単語を知っているのだろう。

 

 

 ここまでだってそうだ、水? 三半規管? 筋肉? 瞼? 肺? なんでこんな単語を知って、そして理解しているのか?

 ましてや感覚の名前を『彼女』は知っていた。全て自覚したばかりのことなのに、でも使いこなしている。

 

 

「なん、で……?」

 

 

 そう発声した『彼女』。慌てて自身の口を押さえる。今の声は自分の口から出たもの? なんで発声の仕方を、言語を知っているの?

 

 

 

 疑問は頂点に達した。

 

 

 

 そして、全ての回答が与えられる。

 

 

 

 

 

 

 ――――紛れもない、()()()()として。

 

 

 

 

 

 

「――――!」

 

 

 『彼女』は全てを受け止めた。自身が何者かは当然のこと、自身に関わる全てを強制的に吸収させられた。

 

 そして――――理解するよりも早く、『彼女』は海へと()()()()()

 

 再び襲い来る不快感。

 洋上に引き戻そうとする浮力。

 

 だがそんなの、知ったこっちゃない。

 

 『彼女』は慣れた様子で素早く潜り、そして海中で目を見開いた。

 

 

 

 

 ――――いない。

 

 

 ――――いない。

 

 

 いない。いない。いない!

 

 

 

 息が詰まるのを感じて急速浮上。必要最低限かつ十分な量の空気をその小さな肺に吸い込み、もう一度潜る。今度は別の場所を探す。

 

 

 ――――いない。誰もいない!

 

 ――――誰か、返事をして!

 

 

 『彼女』は探した。いなくちゃいけない存在たちを、必死で探した。

 

 

 ――――松原艦長!

 

 彼は若い艦長だった。大学にて優秀な成績を収め、そして任官後も十分に職務をこなしてきた。現在の海軍幕僚長とは師弟関係でもあり……まさに出世街道、そのど真ん中を歩んでいる人間だった。『彼女』の艦長職なんて、彼の彩られた道のりの一ページでしかないはずだった。なのに彼は艦長に就けたことをとても喜んでくれ、そして誇りに思ってくれていた。それがとても嬉しかった。

 でもいない。彼の未来は消えたのだ。

 

 ――――木村副艦長!

 

 副長と航海長を兼任。そんな彼は艦長の三期上だった。後輩に階級を抜かされ、そして指揮下に入ることに当然妬みもあっただろうが、しかしそれ以上に真面目な人間であった。職務をこなすことを第一義とし、そうすることで必ず報われると信じてもいた。艦長は独身だが、彼には家庭がある。二人の息子は来年から兄が大学生、弟が高校生だ。

 でもいない。子供の将来は見届けられない。

 

 ――――荻窪砲雷長!

 

 彼もまた二年とはいえ艦長より年長であった。実力重視のアメリカ式を貶してはいるが、しかし自身の背の丈を知らないわけではなかった。愛煙家であり、家では娘に煙たがられ、艦では艦長・副長ともに煙草を嗜まないといった具合で喫煙環境はよくなかった。

 でもいない。彼の煙が舞う戦闘指揮所(CIC)はもう存在しない。

 

 ――――菅道船務長!

 

 彼は優しい人間に見えた。常に柔和な笑みを浮かべ、そして文句も言わずに職務をこなす。本当は艦で一番艦長を嫌っていた。何が気に食わなかったのかは分からなかったけれど、今は手を伸ばすだけでその理由が分かる。

 本当なら、いつか二人でちゃんと話して、それで解決して欲しかった。

 

 ――――高西飛行長!

 

 寡黙な人だった。でも熱い人だった。幼い頃から空母が大好きで、空母乗りを目指して海軍に入った。適性は回転翼機(ヘリコプター)だったけれど、彼はそれも気に入っていた。飛行長になり、飛べなくなったのを悔しがるくらいにだ。

 彼にも教官となるべき素質があった。そしたらまた飛べた。

 

 ――――菊池機関長!

 

 仮に艦長(あの若造)が逃げても俺だけは残るね……そう常々言っていた。機関科の指揮権継承順は昔ほどではないがまだ低い。それが彼に冗談とはいえそう言わせたのだろう。

 そんな冗談やめて欲しかった。それが現実になってしまった。

 

 ――――山田大尉!

 

 尉官のトップ。それが影響したのだろう。とてもやる気に満ち溢れていた人だった。お付き合いしてる人がいたのに彼は案外不器用だったから、絶対に結ばれて欲しかった。

 

 ――――東山一

 

 

 ――――川原

 

 ――――内

 

 ―――

 

 ――

 

 ―

 

 

 

 全員の名を呼んだ、探した。

 

 彼らは全て『彼女』であり、そして『彼女』は彼らであった。

 

 

 にも関わらず、誰もいない。骸すらも見つけることは叶わない。

 

 

 

 海の中じゃ声も上げられない。でも海上に出る時間こそ無駄。

 

 だから『彼女』は海中で哭いた。

 

 諦めず、最後まで、しらみつぶしに探した。

 

 

 ()()()()()()を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほど時が過ぎたのだろう。

 

 

 綺麗な星が散りばめられている宇宙(そら)。その瞬きは不規則そのもので、しかし何か意味を感じさせるような不思議な配列をしている。

 

 その下に『彼女』はいた。いや『彼女』だけではない。ありとあらゆる存在が星の下にいる。

 

 

 『彼女』は、理解した。

 

 

 自身に宿るすべてを。

 自身に託された全てを。

 

 

 それは信じられないことであった。「記憶」もそう言っている。

 

 状況だってそうだ。こんな小さな女の子に過ぎない『彼女』が、まさか海に「立つ」はずがない。

 

 

 でも、そうなのだ。

 

 『彼女』は理解した。いや違う、理解せねばならなかったのだ。先ほど自身に叩き込まれた全てを。なぜ『彼女』という存在が現れたのかも。

 

 そして、結論も出ていた。

 何を為すべきか。それはもはや強制であった。

 

 拒否権はない……為さなかった時、祖国にどんな災厄が降りかかるのかが見えるから。

 

 全て見えたのだ。

 

 

 

 だから、『彼女』は前を向く。宇宙の下には水平線、あの先には……守るべき祖国。

 

 

 

「機関、原速……」

 

 

 そう命じれば、身体はその通りに動いた。『彼女』もそれを新しい感覚として理解していた。

 

 

「……針路0‐2‐0」

 

 

 

 

 

 はじまる。

 

 ひとりぼっちのせんそうが。

 

 護国のための、ながいながい道のりが。

 

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