【凍結】ひとりぼっちのせんそう   作:帝都造営

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H34.3.1
沖縄の知り合いとの連絡が途絶える。死亡とかそういうのでなく、情報封鎖が行われているらしい。いざ、第三次世界大戦……というわけでもないらしい。
明日明後日には一大ニュースになっていることだろうから事件自体の情報は大手報道社に任せるとして、安否確認の準備だけはしておこう。南西方面軍の知人さんに連絡しておかないと。
それにしても、こんな事件で仕事がくることを想定している私はどうかしてる。守銭奴になったつもりはないんだが……まあ仕方ない。



Phase1―『事変』の勃発―
01_撤退《ハジマリ》


 ――――西暦2022年3月1日。沖縄沖――――

 

 

 甲板には人で溢れていた。数時間前までは所狭しと並べられていた航空機は消え去り、今はヒト、ヒト、ヒト。厳密に担当を分けられ、そして色分けされていた乗組員たちも、航空管制や誘導に関わる人員以外の全員が同じことをしていた。

 まあつまり、民間人の救護活動である。

 

 

「……進捗は?」

 

 

 そんな甲板から目をそらした航空母艦「日向」の艦長は、艦橋構造物(アイランド)の奥へと戻りながら部下へと声をかける。彼に追従する士官は、間髪入れず報告した。

 

「はっ、高齢者及び乳幼児とその家族を優先的に艦内へと回していますが……なにぶん場所が足りません」

 

 既に百名程度が甲板上に立ち往生しています。そう報告は続いた。

 

「……そうか」

 

 そして艦長は恐らく今日初めてのため息をつく。既に艦長室も、士官の居住区も開放済み。これ以上入る隙間などない。

 

 しかし、輸送ヘリはさっきからひっきりなしにこの「日向」へと戻ってきては、ヒトだけを吐き出して帰ってゆくのだ。数はどんどん増え、既に一部には艦内ではなく甲板に腰を下ろすことを受け入れざるを得ない者も出てきていた。

 

 陽も沈み、洋上は暗い。いくら南とは言えまだ3月。海の上を吹く風も冷たい。

 

 彼らの絶望をかき消すために甲板上は作業用の照明により明るく照らされ、優先的に温かい食事が振舞われていたが……。

 いっそのこと司令部艦橋やCICも開放してしまいたい。そんな叶わぬ思いにとらわれつつ歩みを進める艦長。

 

「艦長」

 

 そんな彼に、声を掛ける人物。この艦内において唯一の将官服。胸に飾られた多くの略綬と、桜の階級章。

 

「……司令」

 

 第二機動艦隊の司令、片桐海軍少将その人である。

 

「民間人を受け入れているんだ、艦の長がそんなんでどうする」

 

 それだけ言うと、彼は180度回頭。艦長の先を歩く。どうやら艦長に用があったらしい。もちろん艦長の向かう先を把握しているであろう彼は、水先案内人のように離れず付かず歩いてゆく。

 

「……」

 

 艦内は男二人が並んで歩けるほど余裕を持って設計されていない。注意すれば問題なくすれ違える程度だ。だから艦長は自身の司令の背中を追う形で、彼の次の言葉を待つ。艦長が見た片桐の背中は、いつもどおりのそれだった。

 

 片桐が呟いた。しっかりと、その小さな発言に重みを持たせて。

 

「那覇が、陥落したそうだ」

 

 司令部は首里を放棄、最南端の糸満まで後退した。そう情報が続く。

 

「そう……ですか」

 

 糸満まで後退。即ち……那覇付近の防衛線はズタズタであり、既に抗戦叶わぬ状況、ということである。突発的と言える沖縄での”謎の武装勢力との戦闘行為”は、日本国自衛陸軍の大敗として終わろうとしている。

 

 

 その報告は来るだろうとは思っていた。別段驚くべき情報ではないし、だからといってどうすることも出来ない。「日向」は確かに優秀な航空母艦だ。しかし航空母艦に過ぎない。航空母艦とは言うならば刀の鞘だ。収める刀がなくては戦えない。

 

 航空隊は既に発艦済み。持てる弾薬を全て沖縄の守備隊を援護するために消費し、そして今頃は九州への基地に収容されているはずだ。航空機の指揮権は向こうに投げてあるので、再出撃しているとしても問い合わせない限り報告はない。

 別にそれが悪いわけではないのだ。航空隊が「日向」(ここ)に帰ってきていたならこれほどの民間人を収容することは叶わなかっただろうし、そういう意味ではむしろ航空隊を九州へやったのは正解である。司令の采配にはやはり先見の明が……。

 

 

 ……先見の明?

 

 

 そこまで考えを回した艦長は気づいた……いや気づいた訳ではないのだ。ただ考えないようにしていたのだ。それをたまたま思い出してしまっただけなのだ。

 艦長は司令に昨日今日という最悪の二日間が始まって何度目かになる疑問の目を向ける。片桐司令はそれに気づかず、もしくは気づかぬ体を装い、言葉を続ける。

 

 

「糸満での避難活動に関しては船舶を中心に行うそうだから、支援は必要ないとのことだ。海軍による避難活動の主軸は北部に移される。ウチのヘリは全部そちらに回せ」

 

「了解しました」

 

「ようやく佐世保の四戦(第四戦隊)が駆けつけてくれた。北部の避難民はあちらで収容するだろうから、これ以上こちらに避難民が来ることはない」

 

「……」

 

「ひとまずはこれで一段落、だ」

 

 まだ状況は終わってないがな。

 単なるひと段落であり、収束した訳ではない。故に片桐はまだ労いの言葉をかけない。しかし二機艦の仕事がこれで殆ど終わったのは事実だった。後は混乱のないよう、避難民を移送するのみ。

 

「司令……」

 

 艦長がそう言えば、片桐は背中の気配で続きを促した。

 しかし促されずとも艦長は言葉を紡がずにはいられなかっただろう。今というこの瞬間。後ろの士官を除いて人目の殆どないこの瞬間。ここで疑問をぶつけなければ二度とチャンスは巡ってこない。無論疑問(それ)を飲み込むべきなのが軍人なのかもしれなかったが、今回は”そういう域”を超えた疑問だった。

 

 

「司令は、この事態を想定……いえ、事前に知っていたのですか?」

 

 

 そうでなければおかしいのである。

 

 確かに航空隊への指示は理解ができる。情報が揃っていた。

 悔しいが「雷」は喪失され、それに呼応するようかのに沖縄本島ではおぞましい光景が繰り広げられていたからだ。

 

 

 だが、それまでは?

 

 

 全ての始まりとなった哨戒機への変則的な指示。これがなければ『魚群』を発見することなどあり得なかった。

 そして『魚群』を発見したという報告を受けた時のあの異様な沈黙。

 

 

 それが全ての始まりだった。

 

 Q-14Cが音響弾を投下する。すると信じられないことに『魚群』が()()してきたのである。

 艦長が、いや現場含めそれを確認した皆が自身の耳と目を疑った。しかしこの時からもう、片桐の反応は違っていた。

 

 彼はなんの迷いもなく箝口令を出すと、即座に二隻の駆逐艦を艦隊から分離、調査という名目で向かわせ……そして、彼らに具体的なことは何も教えぬまま、『魚群』に対しての攻撃命令を出した。

 

 確かに()()()()()()()()()()以上、ある程度の交戦は許されるとは思う。しかしどうして、駆逐艦二隻という大戦力を投入できよう。どうして謎の勢力を躊躇いもせずに攻撃できよう。

 

 結果を見れば片桐は大非難の最中にいるはずなのである。なんせその攻撃命令により、駆逐艦が一隻沈んだのだ。

 

 しかし事態はそれでは済まなかった。見ての通り『魚群』は沖縄本島へと”上陸”。多数の避難民を生み出した。

 

 

 これを知っていたのではないのか?

 

 『魚群』が大きな脅威になると。

 哨戒機を向かわせた先に『魚群』が()()()()を。

 

 そしてなにより……百万の沖縄市民が犠牲になることを。

 

 

「少将……いや二機艦司令部(あなた方)は、()()()()()()を知っていた。そうですね?」

 

 

 二機艦の司令官は足を止めた。そして振り返る。

 

 

 

「そうだ。そのための二機艦(われわれ)だ」

 

 

 ……いや”だった”というべきかな。そう訂正する片桐。

 

 艦長は自身の上に立つ男を見据えた。

 彼は知っていたのだ。この異常な事態が起きると。異常といえば派遣の名目も異常であった。最近増加していた貨客船の破壊行為、それは東側によるものだと巷では囁かれている。だがそんなはずはない。少し頭を捻れば分かるはずだ。

 

 ならば何故、海軍はこんな馬鹿げた派兵を命じた? 四国沖でもやれるような航海を、どうして沖縄沖でやらせたのか?

 

 言葉が出ない、いや言葉を口に出したくない艦長。片桐は僅かに俯いてから、言葉を探すように口を開いた。

 

「……”ある筋”から情報があったらしい。3月の1日に、沖縄へ大規模な侵攻があるとな」

 

 それは最近の貨客船の破壊行為とも密接な関係があるらしい。そう続ける片桐。

 対抗するように、艦長も言葉を出す。

 

「つまり今回の派遣は……まさに表向きの理由そのものだった、と」

 

 

 二週間ほど前、艦長は会議の席で問うたことがある。

 

 沖縄は確かに遠い。だが沖縄に進出した程度では、とてもじゃないが東側への牽制にはならない。

 ならどうして沖縄なのか、そこへ何のために行くのか。そう聞いたのだ。

 

 それを問われた時、片桐は確かに言葉を濁していた。

 こういうことだったのだ。この派遣には目的も理由もあったのだ。

 

「そうだ、私は保坂(ほさか)長官から密命を受け……そして結果はこうだ」

 

 片桐は肩をすくめてみせる。形式的にだが表情も動く。

 

「……」

 

 艦長は押し黙る。いや逆に、ここで何を言えというのだろう。

 保坂長官と言えば保坂秀樹(ひでき)連合艦隊司令長官、即ち海軍の現場におけるトップである。()()()()()()()

 

 艦長が押し黙るのは想定済みだろうし、まさかここで慰めの言葉を要求しているわけでもない。

 

 

「なぜこうなったか。理由は簡単だ」

 

 ”我々”は敵の脅威を見誤ったのだ。そう片桐は言う。そして続ける。

 

「……君だって『アレ』を見ただろう?」

 

 その言葉を聞いた艦長ははっとして、それから悔しげに顔を歪める。

 

「……見ましたとも、ええ」

 

 『アレ』……沖縄県読谷村、「奴ら」が()()を仕掛けたその大地に並べられた、異様な地上絵。

 今回の異常性を説明するなら、多分あれが一番適任だろう。「奴ら」が東側陣営の生物兵器でない証拠であり、またそれ以上に脅威となる存在であることの証明だ。

 

 

「……そう言えば司令、『アレ』の破壊命令も即断でしたね」

 

「そうとも……そうだとも」

 

 それだけ言うと、片桐は目を伏せ、そして即座に背を向ける。

 その背が、全てを訴える。出来ることはやったのだと訴えていた。

 

 しかし艦長は言いたかった。片桐司令に対してではない。自分自身に対してだ。

 

 

 

 なぜ、これだけしか出来なかったのだ――――?

 

 

 

 何を思おうと時は平等に流れる。平等さは残酷さに等しい。二人の海軍将校は歩みを進め、たちまちCDC前に佇む鋼鉄の扉へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんな時であれ時間は等しく流れる。

 

 航空母艦「日向」で民間人の救助活動が行われるのと並行し、「日向」の護衛を担当する駆逐艦や巡洋艦でも同様の風景を見ることができる。後部の飛行甲板以外は人で埋め尽くされ、少しでも絶望をかき消そうと照明が灯されていた。

 

 しかしその随伴艦の中に、やけにひっそりとした艦艇が一つ。

 

 

 

「艦長」

 

 控えめな声だった、しかし艦橋は無音。よく通る。

 

「……どうした?」

 

 気怠そうに、いや疲れきった様子で振り返るのは軍帽を被った佐官。背中にヨダレ掛けのように垂らされた識別布には蛍光塗料で『艦長』の二文字。吸収した光によってぼんやりと光る。

 

「艦隊司令部より、呼び出しです」

 

「……そうか」

 

 恐らく避難活動がひと段落着いたに違いない。それは即ち沖縄の陸軍が全滅したことを示している。

 そして、事後処理が始まるのだ。胸糞悪い事後処理が。

 

 

「終わったな……長い一日だった」

 

 そう小さく呟き、ポケットを弄る。それをしながら指示を飛ばす。

 

SH-60K(ロクマル)を用意しろ、艦及び二一(にいいち)駆逐隊の指揮は副長に任せる」

 

 

 信じられない話だが、この艦にはヘリが残されていた。100万以上という膨大な救出対象を抱えているにも関わらず、遊んでいる航空機がいるのである。

 しかもそれだけではない。この艦が属する臨時編成の二一(にいいち)駆逐隊、避難民を一人も収容していないのである。傲慢にも程があるというもの。

 

 しかしそれに一番憤っているのはこの艦であった。ふざけた箝口令が、彼らに民間人との接触を一切禁じていたのである。

 

 

 そんなこの艦の艦長である彼が取り出したのは、小さな小箱であった。察したように副長が手を動かし、ライターを取り出そうとする、しかし艦長はそれを遮った。

 

「変な気を使うな、大丈夫だ」

 

 それだけ言うと彼は空いている方の手に銀色のオイルライターを装備。さっとひと振りで箱から一本の細い棒が飛び出し、彼はそれを咥えた。

 それから思い出したように周りを見回す。

 

 

「……外で吸ってこようか?」

 

 それを聞いた副長は、呆れたように笑った。

 

「艦長こそ、今更変な気を使わないでください」

 

 艦長も釣られて苦笑。艦橋要員も似た表情を浮かべる。パチンと火打石(フリント)が火花を上げ、点火。

 

 

 無音。

 

 

 艦橋は原則禁煙であるはずなのだが、艦橋に煙が舞う。艦長は何故か常備されている灰皿を取り出し、そこに半分も燃えぬ煙草を押し付けた。

 

「さて、行ってくる……「時雨」を頼むぞ」

 

「はっ」

 

 

 そして艦長は艦橋より下がる。目指すは後部構造部のヘリ格納棟。

 

 

 

「……何が、二一(にいいち)駆逐隊だ」

 

 通路に部下の姿は見えない。それをいいことに駆逐艦「時雨」の艦長、西園(にしぞの)海軍中佐は毒づいた。

 

 『魚群』とやらの発見報告を受け、臨時編成されたのがこの二一(にいいち)駆逐隊。総勢二隻。構成する艦艇はいずれも村雨型駆逐艦。十一番艦「時雨」及び……七番艦の「雷」。

 

 

 「雷」は沈んだ。海の底へと引きずり込まれた。

 

 

 西園は「雷」の艦長を思い浮かべる。彼は二期下の後輩だ。118期の主席でもあり、将来を約束された人間だった。自分のことも慕ってくれてもいた。

 

 

 だから悔しい。何もできなかった自分が、ただ撤退を選択した自分が。

 

 駆逐艦は空母の随伴艦じゃない。死地に進んで飛び込み、多種多様な任務をこなす海のエキスパートだ。死をも恐れぬ勇猛さが必要なのである。それが誇りなのである。

 

 勇猛果敢でない艦長に、まさか用があるはずがない。

 

 この憤りを放出したかった。しかし自身がいるのは「時雨」の胎内。間違っても彼女は悪くない。子供のように壁に八つ当たりすることもできず、彼はただ歩く。

 

 

 靴底の床に触れる音が、通路空間に反響する。「時雨」に責め立てられる気にもなる。

 

 そんな幻想を振り払い、西園は歩みを進める。自身が失格だとしても、少なくとも今はこの(ふね)の長である。やるべきことがある。

 

 

 

 

 駆逐艦の喪失。

 

 沖縄県への大規模武力攻撃。

 

 そして許してしまった……市民の虐殺。

 

 

 

 

 

 

 認めざるを得ない。

 

 これは戦争だ。

 

 

 

 

 

 

 

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