ところで昨年より進んでいた合作が完成しましたので、ご報告いたします。
普段からお世話になっている方々と共に共同執筆、なかなか楽しい経験ができました。
艦隊これくしょん~抜錨! 戦艦加賀~
URL:https://novel.syosetu.org/83620/
※日付が変わっていないため、日記帳はお休みです。
――――西暦2022年3月3日。宮城沖――――
爆音を立てながら、
頼もしくも騒々しいその音を奏でるのは、一機や二機ではなかった。闇夜をかき乱す何十枚のブレードが毎秒何十回転することにより数トンの巨体は宙に浮き、そして互いの死角をカバーしあうかのように取り付けられた照明で照らす。
陽が落ちて真っ暗な世界。そこで照らされ輝く対象は――――もちろん『彼女』であった。
東北地方の3月上旬。それも夜間となれば相当に寒いわけで、海上となれば尚更だ。
しかし『彼女』がそれを寒いと感じることはない。当然だ、なんせ村雨型は汎用駆逐艦。あらゆる海域での運用を想定されている。
それは『彼女』が五感を得ても変わらない。暑いとも寒いとも思わないのだから、それはきっとちょうどよいということに違いなかった……許容範囲内ともいう。
『彼女』は意識を爆音の方へ向ける。攻撃目標を定めさせないためだろうか。回転翼機はあっちからこっちへと目まぐるしく高速で『彼女』の頭の上を飛び交っている。そしてそれらが『彼女』を全力で照らし続けるのだから、当然『彼女』の周囲は夜も忘れて輝いている。産毛の穴すら見えるほどだ。海原が黄金の道に変わり、『彼女』に道を与える。
しかし、海で道を”与える”というのもおかしな話ではある。言うまでもないが海に道などは存在しない。海における道というのは
だが『彼女』の先には道がある。
照らされた道筋のすこし先、そこで『彼女』を誘導するように小型艇が前を進んで行く。第二機動艦隊が寄越した水先案内人だ。
もちろん『彼女の』は迷うこともなくそれに続く。別に反抗する意味もないし、こうして輪形陣の中に入れてくれたということは、少なくとも話だけは聞いてくれるに違いないからだ。
……とはいえ、気持ちが良いわけではない。
今の『彼女』には第二機動艦隊の面々が自分に対してどんな想いを抱いているのかを推測することが出来た。それは『彼女』が特別優秀だったからではなく、相手の立場になって考えてみればすぐ分かることだった。
「だからって、砲門を向けなくたっていいじゃない……」
『彼女』はそう呟いた。
先ほどから並走している高波型の127mm砲は、しっかりと照準を『彼女』へ向けている。もちろんそれが”防犯”なのは分かっている。しかし味方に銃口を向けられるなど、まさか嬉しいはずがない。銃口を向けるということはつまり、あの高波型が『彼女』を味方と思っていないという証明なのだから。
しかし文句など言えないし、言わない。この段階に至れただけでも感謝感激なのである。なんせこっちは
まあ、そうは分かっていても……というやつだ。感情というものは知っていた。皆これに振り回されるのだ。しかし実際に振り回されたのは初めてだった。理屈はよく分かっているのに、どうにも抑えられない。
そんな風にもやもやを抱えた『彼女』はしかし、誘導されるがままに明るい闇の中を進む。レーダーを作動させるという選択肢もあるにはあったが、それは『彼女』の方針に反するものだ。となれば頼りになるのは己の眼、目視ののみである……しかし困ったことに、眩しい照明がそれを阻む。この過剰な照明の嵐は『彼女』を見失わないことだけでなく、『彼女』の視界を奪う役割も果たしているのだ。もしも『彼女』がこの艦隊の所属でなかったなら、併走しながら敵意を向けてくるのが高波型であることは分かっても、高波型十二番艦の「早波」であることまでは分からなかったであろう……これだけ親しいはずなのに、とても遠い。
日本国自衛海軍。その主力である連合艦隊を構成する第二機動艦隊。
「陸戦隊第二分隊、編成終わり!」
「艦長、全陸戦隊、編成完了しました」
「……武器庫開放終了。要項に基づき、各員配置に付け」
「格納庫内の器具固定はまだか?」
「間もなくです!」
その旗艦を務める日向型航空母艦の一番艦「日向」は今、マストのてっぺんから艦底までの大騒ぎになっていた。掲げられた「不関旗」が、この艦が平常でないことを示している。
ことの始まりはもちろん、片桐第二機動艦隊司令が放ったとんでもな決定……「雷」と名乗る正体不明の『浮遊物』、それの受け入れを決定したことだ。司令部要員は当然――――「雷」と接触を図るべきだとしていた人間すらも――――反対したが、そこは片桐が押しきった。
それは艦載機をほとんど持ち合わせていない「日向」が実質的な戦力になりえないことや、”最悪の場合”でも七万tの「日向」はそんな簡単に沈まないだろうということ……なにより、時間がなかったことが理由だった。
そして第二機動艦隊の所属各艦が飛ばせるだけ飛ばした艦載ヘリに
本来なら地上で使うのが目的のはずのタラップが降ろされる。上空のヘリがそれも含めて照らすことで『浮遊物』に道を示し、『浮遊物』もそれに従うのだった。
「すまんな、遅くなった」
それだけ言いながら入ってきた男の姿に驚いたのは、『彼女』ではなく
しかしまあ、彼らも今更危険だなどと上申するつもりもない。片桐本人が出てきた以上、彼も譲る気はないのだろうから。
片桐は陸戦隊員に席を外すように命じると、応接セットの一方にどかりと腰を落とした。
「ここは海軍だ……盗聴機の類いはないから安心してくれ」
沈黙。
片桐は品定めをするように『彼女』を眺めた。
「……随分と」
幼い。
それを言いかけた片桐は言葉を飲み込む。幼いは流石に不味いだろう。娘に幼いと言ってみろ、彼女らは烈火のごとく怒るに違いない。女性の扱いは丁寧に、だ……まあ姿が人間とはいえ、ヒトとは根本的に異なる存在なのは間違いないから、女性という概念を当てはめていいのかは知らないが。
「随分と……小さいな」
「そりゃあ、この「日向」と比べれば小さいに決まってるでしょ?」
「そういうつもりで言った訳ではないんだがな……」
片桐は笑い、制帽をずらして頭を掻いてみせる。一応無防備の証拠のつもりだ。
「さて、お嬢さんはどうしてまた、私の二機艦に遊びに来たんだい?」
「もう、遊びにもなにも、帰ってきたんだけどぉー?」
分かってないなぁ、そんな顔をする『彼女』。少なくとも嘘を吐いているようには見えない。だが子供というのは、生存のために常々嘘をつくものだ。
……乗ってやるか。
片桐は思い返す。この『
――――
しかし目の前の彼女はあくまで見た目相応の少女の振る舞いを見せる。
それなら、それになにか目的があるのなら、『彼女』はいったいどんな反応を望むのか。それを片桐は実行することにしたのだ。
大丈夫。もし何かあっても、平垣に任せてある。状況の異常性からあらゆる安全策を施したつもりだし……直感だが、『彼女』が害をなす存在には全くもって見えなかったのだ。
「よく戻ってきたな、「雷」」
身を乗り出し、その小さな身体にちょこんと乗っかった頭を撫でてやる。先程まで海の上に居たとは思えないほどの柔らかい髪の感触。
「……ただいま、しれーかん」
『彼女』は目を細め、撫でられるままになっていた。
「……」
優しく撫でてやりつつも、片桐は困惑していた。なにに、とは言うまい。もはやどこから突っ込めばいいとかそういうレベルの話ではないのだ。この状況は既に一から百まで異常であり、一旦仕切り直しを宣言したくなるほどだ。
しかしこれが現実だ。全ての発端となったのであろう沖縄より逃げ去ってから、恐らくずっと『彼女』はこの艦隊を目指していたのである。ここまで積み上げた結果がこれなのだ。
片桐はもう一度『彼女』を見つめ直した。服装はセーラー服にスカート、まるで在り来りな私立学校の制服だ。身長は小学生くらいと表現するのが適切だろうか。膝の上にちょこんと据えられた二つの手や細い首から、身体のあちこちが未発達なのがよく分かる。
それにしても不思議なのは……今片桐が撫でている頭、その髪が
もしも『彼女』が本当に「雷」だというのなら、彼女は沖縄からここまで千数百キロの旅をしてきたという事になる。それは長時間潮風に身を委ねるということであり、このような柔らかい髪を保つことはまず不可能である。
万歩譲って『彼女』が海の上を歩いてきたとしても、妥当な線で泳いできたにしても……これだけは説明がつかない。
触れれば触れるほど増す不気味さ。しかし一方で、『彼女』の温もりは確かにそこにある。それが奇妙な愛しさとなり伝わって……愛しさ? 片桐はそれに冷や汗をかく。飛び退きそうになるのを辛うじて抑えた彼は『彼女』から手を離し、ゆっくりゆっくりと腰をソファへと戻す。
こいつは化け物だ。何がどうであれ化け物だ。沖縄に関わっていようといなくとも、その事実だけはテコでも動かせない。
「……コーヒーでも淹れようか?」
そう言いながら立ち上がる片桐。
「お願いするわ」
「砂糖は?」
「むぅ、そんなの要らないわよ」
「本当に?」
すると流れる僅かな沈黙。『彼女』は迷うように視線を泳がせると、小さく吐き出した。
「……お願い、します」
「そうかい」
その反応は予想していたものだ、普通の子供を
考えるべきは状況と心証……最後に物証。
今片桐の脳裏には、いくつかの可能性が浮かんでいた。
まず一つ目の可能性。それは沖縄を粉砕したやつらと同族であること。つまり『彼女』はこの片桐率いる第二機動艦隊に一撃を与えるべく進撃してきた、という可能性。
沖縄で大規模武力攻撃が起こったという状況。やつらが海から来たという証言と証拠映像。そして海から謎の『浮遊物』がやってきたという報告……これらを組み合わせるならしっくりくる。
しかしこれはあり得ないだろう。なんせそんな目的のためだけになら「第二機動艦隊における最高位」……つまりこの片桐を前にした時点で噛み付いてしまえばいいからだ。見た目相応の筋肉しかなかったとしても、やりようによれば片桐を倒すことも――――もっとも、片桐には負けない確信があるからこそ『彼女』の目の前に現れたのだが――――出来ただろうからだ。
また潜入といった類の破壊工作も、保坂長官の情報を
二つ目の可能性。それは『彼女』が沖縄の件とは全く関係のない存在であるということだ。つまり東側や米国、はたまた
はっきり言って信じたくない。「雷」を喪失したばかりの艦隊に「雷」と名乗る
片桐はインスタントのドリッパーを開封し、適温とされる80度代を保ったお湯をコップへと注ぐ。それと同時に
まるで会社のオフィスで繰り広げられる風景だが、ここは厳戒態勢の海軍艦艇。作業をしているのはまさかの海軍少将だ。
説明書通りにコーヒーを淹れ、それを乗せたトレーを運ぶ。
「はい、おまちどうさん」
「ありがと、しれーかん」
『彼女』は勝手を知っているらしかった。スティックの先端を破り、コーヒーミルの蓋を剥がす。手慣れた……とまではいかないが、やりかた自体は理解しているようだ。
そんな『彼女』に目をやりつつ片桐は思考を戻す。最後に残ったのは三つ目の可能性……『彼女』は沖縄と関係してはいるが、やつらとは関係していないかむしろ敵対関係にあるという考え方。
こんな可能性を最後に強調したがる自分の脳みそは随分お気楽なものらしい……片桐の自嘲も的を射ていた。『浮遊物』が「雷」を名乗る理由を、どうしても都合のいいものとして解釈したいのだ。
そしてその願望は、実際に触れた温かさのせいで心証に変わってしまっていた。
――――だがこれが、心身掌握術の一環だとしたら?
『浮遊物』の確認。名乗った「雷」という名前。先程は「乗ってやった」などと理由は付けたが、あの”おかえり”に嘘偽りはなかった。「雷」の亡霊であったのならば、今すぐにでも謝りたかった。
だが、そんな仕合わせな現実は存在しない。彼は軍人だった。
「なあ、
声音をあえて変える。
「しれい、かん?」
当然察したことだろう。『彼女』の眼にあからさまな不安が宿るのが見て取れた。それが演技かどうかは、今はどうでもいい。
「君が、『雷』なのはよく分かったよ
分かるよね。子供に語りかける口調。無言の強制。
「……松原昌平。国防大百十八期。昭和五十二年四月十三日東京都文京区に生まれる。平成十二年四月主席卒業、少尉任官、空母榛名乗組。平成十三年八月海軍省軍需局勤務。平成十五年五月第二機動艦隊司令部勤務。平成十七年九月東南亜細亜条約機構……」
そうきたか。それが片桐の正直な感想だった。意識を向けなければ奇怪な呪文にしか聞こえない言葉の羅列は、紛れもない経歴である。ちなみに松原昌平とは「雷」の艦長の名前。大学を主席で卒業。任官と同時に当時一航戦だった空母「榛名」へと配属され……といった要するに経歴である。
恐らく『彼女』はそれを把握しているのだろう。ついでに言えばそれを全員分話すつもりなのだろう。
「……所詮は、調べれば分かることだ」
『彼女』の詠唱が止む。片桐は小さく息を吸い込むと、抑えるように言葉を紡いだ。
「質問を変えよう……艦長は独身だったかな?」
片桐のその言葉に、『彼女』はピクリと肩を震わせる。
「そう……だったわね」
「副長はどうだ? 彼に家族はいたか?」
「……」
無言。『彼女』は俯いたまま。その口はきゅっと閉じられているのは分かるが、しかし表情全部は見えない。
「やめようか、私も個人的な付き合いがあったのはこの二人だけだ……あとついでに、今の質問も調べりゃ分かる」
「……信じて、くれないの?」
片桐は身体を背けた。空虚で冷たい鋼鉄の天井に視線を注ぐ。
「愚弄しないでくれ。栄光の
今の時代、駆逐艦にも「軍艦」の栄誉は当てはまる。東西宥和の色が見えていた時代に生まれた「雷」は、期待と裏腹に混迷した新世紀を最新鋭として活躍した艦だ。同盟諸国を、もしくは友邦を守るために海を駆けてきた。
だからこれだけ言えば伝わるはずなのだ。
次の瞬間、片桐の耳に飛び込んできたのは異常な音。それが
思わず振り返る。
「……」
彼女は、泣いてはいなかった。ただ堪えているだけだった。コップに入った亀裂から茶色く変わったコーヒーがぽたりぽたり零れ落ち、『彼女』のスカートにぽつぽつと染みを作る。
――――よしつぐオジサン……おとうさん、どこ?
「……」
どうして脳裏にそんな姿が浮かぶのだろう。あの日の
『彼女』
両者の言い分は寸分の違いもなく、また同時に本心にも相当な部分で一致を見ていた。
そもそも海軍というのは互いを疑い合う組織ではない。確かにトチ狂った共産主義者を抓みだす機構は必要だ。だがそれは一介の水兵やありふれた将校の役目ではない。もしも艦隊を構成する人間全員が告げ口役となれば、途端に艦隊は生命あふれる有機体から血税をすってズブズブ沈む無機物に成り下がる。だからこそ海軍情報局という組織が設けられた。汚い仕事は全部そこが担ってくれる。
故に、片桐の役目は本来疑うことなのではないのだ。
しかし片桐は海軍少将だった。疑う必要はないが誇りを汚すものは排除せねばならない。今すぐにでも目を見開き、そして「雷」を名乗る詐欺師を罵倒することが求められているのである。それが全てであり、また彼が彼である理由だ。
またここで片桐が情けを見せたなら、銃後に控える聡明な国民はたちどころに察するだろう……片桐司令が化け物に誑かされている、「雷」を失った彼の心につけ込んでいる、と。
だがしかし、片桐は震える『彼女』に寄り添った。片膝をついて、横からその腕で包み込んでやる。震えが収まるよう、そっと力強く。
『彼女』の震えが嗚咽に変わり始めた。片桐は無言でそれを護る。
なんせ彼は、
<架空兵器紹介>
・高波(たかなみ)型駆逐艦
日本の保有する4000t級駆逐艦。2022年2月時点では同型艦十二隻。
今話登場の「早波」は十二番艦。
※全く関係ない話だが、現実の海上自衛隊には”たかなみ型護衛艦”なるものが存在する。保有数は2016年4月時点で五隻。