タクシーから降りて感じるのは暖かい春の陽気だった。空が完全に闇に包まれる夜の闇であっても、春である事に変わりはなかった。もうちょっと軽い服装でよかったかもしれないなぁ、と軽く着ている灰色のパーカーを揺らし、脱ぐかどうか数秒だけ迷い、軽くブーツの調子を確かめる様に踏みながら、歩く。今まで使っていたブーツは空港に到着すると共に新しいのに買い替え、捨ててしまった。だから新しく購入したものを履きならしている最中だが、やはり、慣れた道具じゃなきゃ違和感が残るな、と思う。まぁ、それも日常的に使い続けていれば慣れるだろうとは思っている。
だからタクシーから降りた所で比較的にクラナガンの湾岸地帯に近い、路地裏へと入り込み、奥へと進んで行く。迷路のように入り組んだ路地裏を進んで行けば、夜の中にいくつかの気配を感じる―――が、近寄ってくることはない。スラムから比較的に離れているこの付近は治安は良く、無駄に刺激しない限りはちょっかいを出される事もない。これも管理局のおかげだろうか。
そんな事を考えている内に目的の場所へと到着する。夜の闇、道しるべとなる灯が少ないこんな路地裏であろうと、通い詰めた場所であれば目を瞑ってでも到着する事が出来る。その程度には通いなれた
入口の代わりに飾られている暖簾、そしてこの屋台というものは元々ミッドチルダの文化ではなく、チキュウと呼ばれる世界の文化が何十年も前に輸入されたものらしいが、そのスタイルは一言で例えるなら
だが技術以上にミッドチルダを含む管理世界は、文化の継承や学習を推奨する。
特にミッドチルダはコレ、と言える強い文化が存在しない。新興の世界である事が理由かもしれない。だからこそ、様々な世界の風習や文化を学習し、それを反映している―――この屋台みたいに、民間のレベルでも。
そういう訳で、別の世界の文化であろうと、親しみが存在する。それ故に、そういう文化にも理解はあるから作法も心得ている。というか、個人的に異文化に触れるのが好きなのだ。それが理由で昔はこの屋台に通っていたりしたのだが、
「やっほー、先に始めてるで」
「おいおい、俺の事を待っててくれてもいいじゃねぇか」
軽く苦笑しながら暖簾の向こう側を見れば、長椅子に座っているのは全身黒のジャージ姿、同色のツインテールが特徴的な少女だ。数年ぶりに見たその姿に溜息を吐き、そして並ぶように長椅子に座る。屋台の反対側には白い服装に帽子を被った中年男性の姿があり、丼を用意しながら此方へと視線を向ける。
「何時もの……あぁ、あと酒も宜しく」
「あいよ」
数年ぶりだが、それでもそれだけで話は通じるらしい。せっせと丼にクラナガン=麺を移していくのを眺めつつ、右隣に座っている少女へと視線を向ける。その前には大きな丼とクラナガン=麺、そして透明な色の酒が注がれたコップが置いてあった。それを見て何か一言挟もうかと思って―――そして止めた。彼女の姿を見ながらうつむきそっかぁ、と呟く。
「そういやぁ、お前ももう16だっけなぁ……」
「ミッドじゃ16から飲酒解禁やからねー。まぁ、ベルカの方だともうちょい緩いから前からちょくちょく飲んでいたんけどね。でもこうやって一緒に飲むのは初めてでしょ? 私が飲み始める頃には既に世界外にいたわけだし」
「そうだなぁ―――」
基本的なミッドチルダでの飲酒、喫煙の年齢は16だ。それに対してベルカは1、2年ほど早い。それはベルカとミッドチルダの文化の違いから来ることにある。ベルカは戦乱の時期が長く、水が貴重品だった時もあり、水よりも酒が多かった、なんて事もあった。若い子供も戦場へと送り出すそんな地獄の時代、酔いの一つでもしなきゃ現実を忘れる事も出来なかった―――そういう事もあり、酒や煙草の年齢制限に関しては比較的緩い、という特徴がある。これに加えて麻薬も昔は利用していたが、平和な時代になってからはそんなものに頼る者もいなくなり、自然と廃れた。
「俺がミッドを離れて四年か」
「定期的に手紙は貰っていたけど、基本的に何をしてたん?」
屋台の大将からクラナガン=麺を受け取り、酒を受け取り、割り箸を割ってレンゲを握り、暖かいスープと一緒に麺を啜り始めながらその疑問に答える。
「基本的にゃあ経験の穴埋めと馴染ませだよ。体動かしてひたすら反復してりゃあそれで馴染むのは確かだけど、それ以上に
割とハードな状況というか、環境というか―――やはり過酷な環境に身を置いて生活すると感覚が研ぎ澄まされるというものはある。だけどそれだけじゃあ駄目だ。重要なのは基礎、そして基本になってくる。野生を経験しつつ、それを忘れない様に、ブレ無い様に生きる。それが重要だ。まぁ、それ以外にも色々とやる事があったのは事実だが、彼女に語るようなことはない。
「まぁ、そんだけ好き勝手生きて一族の遺産を食いつぶしてりゃあねぇ。もうウチらしかおらんよ、一族も」
「そうだなぁ、親父たちはもういねぇし」
一回食べ始めるとどれだけお腹がすいていたのかを自覚させられる。どんどんと麺とスープを胃袋の中へと流し込みつつ、もう一族の残りは自分と、そして横にいる少女の二人だけだという事も思い出す。横の少女とは腹違いの兄妹だ。そして母も、父も、そして彼女の母も、全て同じ一族の出身だ。だけど上の三人は既に死亡している。その為、残されたのは二人だけだ。一族の義務としてなるべく血を濃く残しつつ次世代を生むというものがある。それは一族に継承される特徴を色濃く継承させる為の行為だ。
―――それが嫌で積極的に武者修行の旅に出た訳だが。
「しっかし……お前、最近は調子どうよ」
当たり障りのない感じに話しかけてみれば、ジト目が返ってくる。
「なんやその思春期の娘に話しかけるオトンの様な話題の作り方。にーちゃん、別にコミュ障でもなんでもないんやからもっとシャキっとせーや」
「シャキっとつってもなぁ……? 数年間会ってないんだからどー話せばいいかぶっちゃけ良く解らないっつーか……? なぁ? お前も微妙にこの気持ちをわかれよ、おい。ほら、こう―――兄妹だろ俺ら!? 理解しろ!」
「ハハッ、無茶苦茶言いよるわ、こやつめ」
そんな言葉を彼女は返してくるが、そこに一切の嫌悪感は感じられない。服装は色気のかけらもないジャージ姿だが、その下にはちゃんと女としての体の形が出来上がり始めているのが見える。なんだかんだでこいつも大人への道を進み始めているのだろう。何より、飲酒が出来るというのは昔とまるで違う所だ。こうやって少しずつ、少しずつ知らない内に女になるのだろう。それはなんだか、少しだけさみしい、そんな気分だった。
「んで」
彼女が声を挟んでくる。
「―――いきなりなんでミッドに戻ってきたん? 結婚? もしかしてウチと結婚してくれるん? ベルカじゃあ成人やで、ウチも」
「悪いけどそこらへん一族の掟に縛られるつもりねぇからなぁ、親父もお袋もいねぇし。別件だよ、別件―――ほら、何でも最近、ベルカ自治区の方ではオリヴィエ
「ん? あぁ、そう言えば聞いた事あるなぁ―――」
なんでも、と言葉を零す。
「―――JS事件で生き残ったオリヴィエ殿下のクローンが今も生きていて、教会が隠しているとか」
「へぇ……やっぱマジだったんだ」
「うん、らしいね」
気楽そうに彼女がへらへらと笑う。その姿を見て、軽くため息を吐いて、妹分の気楽さに少しだけ、嫉妬を覚える。妹分に継承されたのは戦闘に関する記憶だけだ。それだけだった分、戦闘に関する才能と合わせて凄まじいポテンシャルを発揮する。一族の人間としては非常に完成度が高い―――ハイエンド的な存在だと断言しても良い。それに比べて自分は、一族としては失敗作、だが同時に最高傑作と言っても良い存在になった。それは
―――ヴィルフリッド・エレミアの記憶と無念はここにある。
「となるともう数年前からの話か」
「らしいねー……どうしちゃったん? 顔を強張らせちゃって」
「あ? あぁ、お前がやんちゃしてヴィクターを怒らせていないかどうかを考えたらそりゃあ俺の表情も強張るわ」
「酷い!」
「酷くない」
泣き真似をしながら右腕にがばり、と抱き付いてくる彼女の姿を―――ジークリンデ・エレミアの姿を見て、姿は変わってきても中身はあんまり変わってないのかもしれないなぁ、と軽くため息を吐き、何時の間にか空になっていた酒のお代わりを頼む。同時にジークリンデを腕から引きはがし、空になっているジークリンデのコップにも更に酒を注ぐ様に大将に頼む。それを見たジークリンデがいやんいやんと言いながら自分の頬を抑える。
「このままだと酔い潰されちゃうわー、送り狼されちゃうわー」
「安心安定のヴィクタータクシー。安心して眠れ」
送り狼してくれないとやだぁ、と変に駄々をこねるこの愚妹をどうしてやろうか、このまま意識を落として放置してやろうかと考えたが、屋台の大将の視線がどこか、生暖かいものだ。流石に人前でやるのもなぁ、と思い直し、酒を新しく受け取りながらそれを口に付ける。久しぶりに家族と呼べる少女と飲む酒の味は悪くはなかった。少なくとも残された最後の肉親との時間だった、悪い訳がない。
◆
「ま、見えてた結果だな」
一時間もすれば完全に酒に飲まれて眠ってしまったジークリンデの姿が出来上がっていた。明らかに慣れていないペースで酒を飲んでいたのだからしょうがないが、どうやら若干舞い上がっていたのかもしれない。今度からは飲み過ぎないように注意してやるか、なんて思いながら大将に電子クレジットで支払いを終えて、ジークリンデを背中におぶさる。昔よりも重くなったジークリンデの感触に苦笑し、あとどれぐらい子ども扱いできるのだろうか、と考える。ジークリンデよりは大人―――と言ってもたった二年しか差はない。二年なんて時間は簡単に過ぎ去って行く。その時、まだ本気だった場合は―――どうなのだろう、断れるのだろうか? まぁ、その時はその時なのだろうとは思う。
ともあれ、背中にジークリンデを背負って、湾岸地帯を港沿いの道を行く様に歩き始める、完全に自分が潰すような形になってしまったのは、反省するべきなのかもしれない。そんな事を考えながらクラナガンに隣接する海を眺めつつ、歩く。
「ミッドは変わらねぇなぁ―――」
昼も夜も明るくて、発展していて、騒がしくて―――変わらない。武者修行の旅に、自分の行く先を探す為にもベルカを、そしてミッドを出て数年が経過した。それでもミッドは全く変わらないし、自分もさほど変わらなかった。人間としての成長は、武者修行した程度じゃどうにもならなかった。もっと何年間も世界を、次元を旅して鍛える必要があるのかもしれないなぁ、とは思う。旅は良い。文化は良い。様々な事が学べる、様々な事が身に付く。人との出会いは人生を豊かにする―――旅は楽しかった。
だけども、こうやって、またミッドチルダに戻ってきてしまった。
「ヴィヴィ様―――か、お前もさぞや無念だったろうな、ご先祖様」
正直、ジークリンデは幸運だった。エレミア一族の戦闘技能と経験だけを継承して。そこにヴィルフリッドの
―――正面に気配を感じた。
俯きがちだった表情を持ち上げて正面へと向ければ、そこには長い緑髪、ツインテールの女が立っていた。白い戦闘装束に特徴的な仮面を被り、目を完全に隠していた。が、その体格とボディラインは惜しげなく戦闘装束が見えているから間違いなく女だとは解る。女から感じるのは明確な怒気―――そして殺意だった。珍しい、ここはクラナガンで、スラム街ならまだしも、ここは夜とはいえ、労働者の多い湾岸地帯なのだ。こんなところで犯罪を犯すような真似をする存在は、その危険性からほとんどいない。
特にクラナガンと言えば次元世界を管理する管理局のお膝元―――そんな所で犯罪に走る馬鹿はなかなか見ない。だから今、目の前で繰り広げられている光景は、非常に珍しいものだった。あぁ、どうするべきか。そんな事を悩みながら、口を開こうとして、
先に相手の声が聞こえた。
「―――ヴィルフリッド・エレミア……!」
「こりゃあ運命を信じたくなるな」
女が絞り出すように吐き出した怨嗟の言葉はヴィルフリッド・エレミア―――もはやエレミアの記憶の中でしか名前を残さない存在だ。故にその名を知っている存在は非常に限られる。たとえば―――戦乱のベルカ、その記憶を継ぐ者、等。そしてその名を怨嗟と共に吐き出す人物をおそらく、一名しか存在しない。
「化けて出たか、
「幾代重ねても消える事のない無念を晴らす為に、化けて出ました―――いいえ、
―――いっそ、運命的だと表現しても良かった。偶々ミッドにオリヴィエのクローンの話を聞いて、それを確かめて、ヴィルフリッドの記憶にケリをつけようと考えて―――そして帰ってきたその日に、
かなり飲んだから、おそらくは何があっても起きる事はないだろう―――かなり深く眠っている。
解っている。逃げるべきなのだろう。連絡を入れるべきなのだろう。だがそれとは関係なく、エレミアに根付いた禍根がそれを許さない。本能的に相対しろ、と叫んでいる。だから逃亡という手段が取れない。本当にジークリンデが眠っていて―――いや、この記憶まで受け継がなくてよかった。受け継いでいたら今にも起きていただろう、この気配だけで。
「
「あぁ、
お互い、こんな時を待っていたのだ。
「―――そうだ、予め言っておくがヴィルフリッドは聖王家に軟禁されていて助けるどころか言葉を届ける事すらできなかったぞ」
「そうでしたか、成程―――」
履き慣れていないブーツで大地を踏む。ジーンズのポケットに手を入れて剣の形をしたアクセサリを取り出し、魔力を通してデバイスを待機状態から通常の状態へと移行させる。黒い片手剣へと姿を変えた所で、左半身を前に出すように踏み、
同時に声を零した。
「―――
瞬間、踏み出しと同時に呼吸を盗み、地面を滑る様に瞬発し、重心を前へと落としながら一歩で数メートルの距離を超え、体重を右手で握るロングソードのアームドデバイスに注ぎ込み、それを左から右へと向かって両手で半ばまで、残りを片手で切り払った。戦闘装束、そして魔力をきりさく感触と共に肉と鮮血の感触を得る。が、胴体を断ち切れた感触はない。エレミアン・クラッツの技術の一つとして強化された肉体を無視してその肉体を断つ、抉る、砕く知識がある。
だがそれとは別に、筋肉を締め上げて硬化させているのと、そして純粋に胸の脂肪―――つまりは乳房が邪魔して刃が滑った。
―――初撃必殺とは行かんか。
胸中、吐き捨てながら即座に体を横へとズラし、直後、振りぬかれる拳を回避しながら刃を振う。斬り割いたところを再び狙う様に引き戻す動きでの切り返しに超反応する覇王が片手、人差し指と親指を弾く様に動かし、それで剣の腹を叩いて受け流し、そのまま円の動きを加えて掌底をノータイムで同時に叩き込んでくる。それに反応し、此方も動きを加速させる。弾かれた刃を懐へと素早く引き戻しながら体をスウェイさせ、短く、刻む様な動きでステップを取り、回り込む様に掌底を回避しながら横へと回り込み、内功を練って内臓を固めつつ、側面から頭を叩き割る様に刃を振り下ろす。
回避される。
向こうも似たように体を揺らす事で軸をズラし、それに追従する体の動きで剣を回避し、両腕を防御や回避に拘束する事無くそのままカウンターの打撃へと移行する。その動きの質はエレミアン・クラッツによく
―――戦乱時はおそらく肩を並べて共に戦場を駆けた。
それがこんなにも、拗れに拗れて、そして歪んだ。
……となると発展させた技術が勝負の分かれ目か……!
継承ではなく、そこから発展させた技術がこの勝負を終わらせる。そう理解しながら回避、カウンター、ステップ、この三動作を高速で行うループが完成する。戦闘の基本とは
「まるで真逆だな。今度はこっちが男でそっちが女―――それでもヴィヴィ様への想いは廃れないか!」
「この気持ちが、無念が消えてたまるものですか……!」
あぁ、だからこそ―――クラウスも、そしてヴィルフリッドも、その思いは怨念と表現してもいいものなのだろう。存在するべきなのではないのだ、こんなものは。エレミアも消えるべきなのだ。そして同様に―――こいつも、消えるべきなのだ。
これでベルカの負の遺産は消えて、エレミアも継承の呪いから解放される。
「だから、死ね……!」
踏み込む。瞬間的に体を相手へと向けて寄せながらも動きの基点を複数生み出し、視線誘導と行動警戒を相手へと強制させ、そこから急加速の動きで基点を生み出さなかった手首のスナップから袈裟切りを放つ。その見極めの一瞬を見抜く為に覇王の動きが一瞬だけ止まり、その瞬間に斬撃が放たれていたが―――やはり肉が硬い。エレミアン・クラッツを知っている動きだ。魔法ではなく技術で肉を硬化させ、予め攻撃に備えている。
故に次の瞬間、斬撃を刻まれながらカウンターが叩き込まれてくる。胸骨を砕かれる痛みが体を突き抜ける。それを噛みしめながら刃の腹を見せ、その反対側へと衝撃が抜ける様に掌底を腹に裏に叩き込む。
デバイスが砕け、そして無数の刃となったそれがシャワーとなって正面から覇王の体を刻む。
「ッ―――」
鋭いデバイスの破片は覇王の一撃を受け止め、受け流さなかった故に入った罅を利用したもので、砕け、捨てる事を前提に運用しているもの―――それ故に、正しく衝撃を通せば簡単に砕け、それがナイフ代わりに簡単に突き刺さる。意識が欠片も乗っていない破片の雨、反射的に後ろへと下がりながら大きく腕を動かし、風をかき乱す円の動きで気流を限定的に生み出し、破片の雨を受け流す。その瞬間を利用し、袖口を軽く振い、仕込んでおいた待機状態のアームドデバイスを抜き、魔力を通して新たに起動状態へと持って行く―――そしてそのまま、ステップを取って側面を抜ける様に背後へと回り込み、肩上まで引き上げた右手の刃を首を斬り落とす動きで振う。
首へと刃が刺さるのと同時に、肉に挟まれて刃の動きが止まる。合わせられる様に覇王が呼吸を合わせて掌底を刃へと叩き込んでくる。このまま武器を握っていれば絶対に手をやられると判断し、迷う事無く武器を手放す。それを直前で見切った覇王の拳が剣にぶつかり、砕かず弾かれるように滑り、それはその直線状にある此方の頭を狙って真っ直ぐ振われてくる。頭を横へと倒せばそれが頬の肉を抉りながら横へと抜けて行く。数瞬後にはそれが手刀になって首を刈るのは見えている。
故に後退はない。
更に接近する。刃を握り直す余裕はない。正面から、抱き合う様に距離にまで接近し、頭突きを食らわせながら零距離の掌底を喉に放つ。そのまま喉を潰そうとするが、体を右へと捻りながら力を受け流す覇王がそれを許さず、腕を滑らせるように刀身を弾き、刀身部分を指でつかみ、横を抜ける様に跳びながら指のスナップで剣を投擲する。加速の入った刃が真っ直ぐ、覇王の目に突き刺さりそうになり―――掌の動きによって弾かれ、砕かれた。
が、同時にその顔を隠していた仮面も砕けた。
オッドアイズの少女の素顔が露わになる。砕けた仮面の破片が突き刺さったのか、目の横に傷が入り、そこから流れる血がまるで涙の様に伝わって流れている。後ろへと一歩ステップを取り、右そでを振う。仕込んでおいた待機状態のアームドデバイスの待機状態を解除し、破壊された他の物と全く同じデザイン、重量のロングソード型のアームドデバイスを握る。
量産品、AIなし、ほとんどストレージデバイスと変わりはない。ただ頑丈さと数を、そして最後に待機状態へと格納できる、それ以外の機能を全てオミットしたアームドデバイス。武器と言う者は所詮、使い捨ての存在だ。故にこうやって、壊す事を全体に遠慮なく戦えるが―――こういう、一撃一撃で砕けれるレベルの相手となると砕けない武器が欲しくなってくる。だが無い物強請りは―――出来ない。持っているもので殺すしかない。
故に踏み出す。内功を練って備えるのが見えている。
呼吸を盗むのと同時に、気配と基点の動きを利用したミスディレクションを織り交ぜ、視線を盗んだ。エレミアが重ねてきた500年を超える経験から、相手がどう反応するのかを的確に見抜き、それが勝手に動き出すのを意志の力ですりつぶし、コントロールする。故に踏み出しと同時に覇王の視界から消えた。正面にいるのに見えないという状況が生み出され、そのまま右側面へと一歩で、三メートルの距離を詰めて回り込んだ。呼吸の間を入れる事もなく、そのまま斬撃を滑らせるように切り込む。
斬撃が走り、戦闘装束を貫通して背が大きく斬れ、血が溢れる。流れる様に、斬撃で硬直しない様にそのまま背後を抜ける様に踏み出したところで―――足が踏み潰され、強制的に動きが止められた。瞬間、全身から力を抜いて脱力する。だがそれが完全に完了する前に背中を此方へと押し付け、
零距離から最高速度へと助走なしで加速した、背面の一撃がこちらの体を横から殴りつけた。
踏み砕かれた足が解放されるのと同時に大きく体が吹き飛ぶ。が、空中で回転する様に態勢を整え、着地し、口から血混じりの唾を吐き出しながら両足で着地し、即座に剣を構え直す。左半身を前に、右半身を後ろに、右手をやや後ろへと引く様に、切っ先を相手へと向けて。
覇王がこちらへと視線を向けた。その体は所々赤く濡れており、戦闘装束も破れている―――乳房が見え、それが流血で赤く濡れているのも見える、が、それを隠そうともせずに、そのまま拳を構え直す。その戦意と殺意は欠片も折れる事はなく、そこにあった。かなりそそる光景であり、このまま倒したら押し倒してしまいたい衝動に駆られるが、そんな余裕はないし、確実に殺す、という意思だけがここにある。
クラウスの血族、ここで断てば次はない。戦乱ベルカの負の遺産はこの時代には必要ない―――全て消えるべきなのだ。
次の刹那で殺す。そう思って動こうとしたところで、此方へと向かって来る複数の気配を感じる。魔力を感じるその気配はおそらく、いや、間違いなくパトロール中の魔導士の存在だろう。このまま粘れば挟撃する形で勝てるかもしれないが、
「―――名前は」
「ハイディ・
「ヨシュア・エレミア」
「その名、絶対に忘れません。次は確実に殺します。では―――」
気配が近づいてくる事から本来の理性を取り戻したのか、ハイディと名乗った少女は軽く頭を下げてから影の中へと残像も残さず消えていった。その気配が一瞬で消え、去って行くのを確認してからデバイスを投げ捨て、そのまま道路に倒れる。
「―――ようこそ
直ぐ傍までやってきた気配を感じつつ、そのまま目を瞑る―――なんて散々な夜だったのだろうか、そう嘆きながら、
口の端は隠しようのない笑みで歪んでいた―――。
アイン……ゲフンゲフンハイディちゃん16歳。ジークにゃん16歳。そしてきっと、どっかの聖王様も16歳。つまり脱ロリ。約束された非キチロリの事実。
それぞれの記憶関係の怨念を強くして、年齢を引き上げたらこれ大参事にならない? 古代ベルカリプレイしない? という試みです。軽く書いてみたら案の定これだよ! という感じで。
なお主人公の能力とか生まれは全部ダイスで決定した。名前の元ネタはエレミアがエレミヤから来ている事からって話で。