Belkaリターンズ   作:てんぞー

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現代の王達-2

 数時間歩いたり辺りを把握したり立ち読みして時間を潰し、今度はパイプをしまい、フードを下ろした状態でSt.ヒルデへと戻ってきた。いや、入る事が出来た。

 

 どうやらハイディが手配してくれたらしく、校門を抜けて学院の一番手前にある校舎、そこの受付へと向かうと、ゲスト用のIDカードを受け取る事が出来た。首からぶら下げる為のストラップが付いたそれを首に引っ掛け、自分がゲストであると周りに証明する―――なお、ハイディは遠縁の親戚だと言って証明してくれたらしい為、適当にそっちの方向へ話を合わせる事にした。予め学院の授業スケジュールを調べておいたため、授業が終わる十分前には校舎内に辿り着く事が出来た。無論、校舎内の構造もある程度は知っている。

 

 受付のある校舎から高等部の別校舎へと向けて静かに周りへと視線を向けながら歩き進んで行く。St.ヒルデは予想を超える綺麗で、そして良い学院だった。大学部の生徒達が静かに休んでいる姿が見えるが、それ以外の生徒達は誰もが授業に参加し、熱中している様に見えた。そういえば、この学院は中々の高級学院だったな、と昔確かめた学費を思い出す。それが理由でジークリンデを通わせることを諦める羽目になったのだ。

 

 ヴィクトーリアの両親が払うと言ったが、さすがにそこまでは甘えられなかったのはやはり、男としての意地だったのだろうか。ともあれ、この校舎にこうやって足を運ぶことになるとは思いもしなかった。やはり、名残惜しくも感じるこれは未練なのだろうとは思う。今更感じるそんな感情に―――いや、感傷に小さく苦笑を漏らしながら、名残惜しさを振り払って真っ直ぐ、高等部の校舎へと向かう。構造はそう複雑ではない。サングラスがかかっているのをしっかりと確認しながら中庭を抜け、そのまま高等部の校舎へと上がる。

 

 ハイディは高等部の二年―――ヴィヴィオの一学年上になっている。学生で一学年も違うと、こんな大きな学院となるともはや違う世界にいるようなものだろう。それが理由でヴィヴィオの存在に気付かなかったのだろうか。そんな事を考えている内にベルの音が鳴り響く。どうやら授業が終わり、昼休みの時間となったらしい。今までは静かだった学院内が急激に騒がしくなり始める。あと数分だけ早く此方へと着ていれば、ハイディの授業姿を見れたかもしれないなぁ、何て軽い後悔を感じながら校舎内へと入った。

 

 時折視線を感じながらも、特に何かをする訳でもなく、昼休みへと飛び出して行く高校生たちの間を縫って階段を上がり、二階へ、そこにある教室へと向かう。

 

 それは見た事のない風景だった。

 

 ―――エレミアは学校に通わない。

 

 放浪の民であるエレミアには定住の地がない。世界を、国を、大陸を渡って移動し、経験と技術を磨き続ける。そうやって数百年間の研鑚を経て、今のエレミアン・クラッツを生み出した。だから学校に通った記憶が、継承された記憶の中にも、そして自分の経験にもなかった。だから今、こうやって目の前に見る大量の学生が廊下を歩いている姿は非常に新鮮で、そして未知の出来事だった。未練というものは中々切り離せないものらしい。密かに自嘲しながら歩き進んで行けば、受付で教えられたハイディの教室を見つける。

 

 廊下から覗き込めば、学生たちが机を合わせたりして集まり、弁当を開いて食べたりする姿が見える。これが学生生活なのかねぇ、なんて感想を抱きながら教室の入り口まで到着すると、教室の奥、その端にハイディの姿を発見する―――ハイディ本人は俯きがちにカバンの中を探っている様で、此方の様子に全く気付いていない。溜息を吐きながら呼ぼうかと思ったところで、

 

「あの、何か用でしょうか!」

 

 クラスの女子の一人が、髪の毛を軽く整え、可愛らしく微笑みながら小走りでやってきた。明らかに媚びを売っている姿に小さく笑い声を零し、

 

「ハイディと会う約束があるんだ、ちっと連れて来てくれねぇか」

 

「ハイディ、ですか……?」

 

 ハイディの名前を出して首を傾げている。流石にクラスメイトの名前を知らない訳はないよなぁ、と思いながら、名乗っている名前が違うのか、と思い至る。そこで呼ぶ名前を変える。

 

「アインハルト、解るか」

 

「あぁ、なんだ、ストラトスの……ちょっと待っていてくださいね」

 

 やっぱり、なんて感想を抱きながら少女はハイディの所へと向かうと声をかけ、そして此方へと指さしてくる。追いかける様に視線を此方へと向けたハイディは少しだけ驚くような表情を浮かべてから、嬉しそうな笑みを浮かべ、カバンを片手に素早く此方へと寄ってくる。邪魔する様に立ちはだかった女子や、転ばそうと前に出された足を反射的に、認識さえする事もなくすり抜ける様に回避して、教室の入り口までやってくる。

 

「ヨシュア、来てくれたんですね」

 

「俺は約束を守る兄ちゃんとして妹にゃあ覚えられていてね。とりあえずメシを食いながら適当に話そうぜ。食堂、あるんだろ?」

 

「はい、案内しますね」

 

 こっちです、と言いながらハイディが教室を抜けて、食堂へと案内してくれる。その背には教室の女子からの妬みと悪意の視線を向けられていた。が、それに一切気にする事無く、先導する様な形でハイディは学内の食堂へと案内をしてくれた。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――広い。食堂はその一言に尽きた。

 

 初等部から大学部までを内包する学院なのだから、当然食堂は複数存在し、そしてどれもが凄まじい広さを誇っているとハイディが説明してくれた。その中でハイディが案内してくれたのは古いベルカ料理を出してくれるところであり、昔、クラウスやオリヴィエ達が食べていた味に近い料理を出してくれるため、懐かしさを求め、よく利用するという食堂だった。そこで挽肉と野菜を混ぜた辛めの御飯の料理を頼み、ハイディが確保してくれた席に、正面から相対する様に座った。昼休みであるが、食堂が広い事もあり、空いている席はそこそこ見えた。

 

 スプーンで食べ物を口の中へと運び、ピリっと感じる辛みに交じる調味料の僅かな甘さ、そしてそのあとから続く様にやってくるコクの味わいを堪能しつつ、視線をハイディへと向ける。彼女の前には自分と同じ料理が並べられていた。

 

「ハイディちゃん、弁当じゃないのか」

 

「えぇ、昔はそうでしたけど、盗まれたり勝手に捨てられることが増えましたから少々お金がかかってしまいますけど、弁当は諦めて食堂で食べる事にしたんです」

 

「つー事は、イジメを受けているって事は認めるんだ」

 

 露骨ですからね、とハイディは笑いながら答えた。口の中でご飯の暖かさを感じつつ、ほーん、と声を吐き、これはまたなんでそんな事になっているのだろうか、と思う。口に出したつもりはないが、どうやら視線で理解してしまったようで、ハイディは少しだけ、呆れる様に答えた。

 

「―――怖いんですよ、私の事が。私には覇王(クラウス)がいましたから、ある程度の聡明さを見せてきました。授業のテストでは満点を取り、体育の授業では常にトップを出し続けた。覇王の血族で、記憶を継承している人間であれば誰だってそれぐらい簡単に出来る事です―――だからそれがまるで怪物の様に映ったんでしょうね。くだらない……」

 

 自嘲する様に最後の言葉をハイディは放った。

 

「でもお前、イングヴァルトの人間だろ? 下手な貴族よりもぶっ飛んだ血筋だぞ。お前、世が世ならお姫様として崇められる立場なんだがなぁ」

 

「私は学院ではアインハルト・ストラトスで名を通していますからね。理解のある人間には確かに私を立てようとしますし、血筋を知れば苛めようとする人もいませんでしょう。ですが、()()()()()()()()()()()、とでも言うのでしょうか、まぁ、大体そんな感じです。イジメに関しては心配しないでください。一度潰した事もあるので、向こうも手だしして良いラインは見極めているでしょう。何か、心配させてしまったようですいません」

 

「気にすんな。三度も顔を合わせれば完全に縁が結ばれている様なもんだ、知り合いっつーか、完全な腐れ縁だろ? 俺とお前は。たぶん今すぐ解れても意図しない所でばったりと出会っちまうさ」

 

「そう行くと少しだけ、ロマンチックですね」

 

 かもしれない、と小さく笑う。実際、時を超えて二人の王、そしてその友が揃いそうなのだから、ロマンの一つぐらい感じてもおかしくはない。これでクロゼルグがこの学院にいれば完全に昔の面子がそろうのだが―――現代のクロゼルグに関しては、少々面倒な方向へと突き抜けてしまった為、ここしばらくは会えていないという事実がある。それでもたぶん、覇王の話を餌に出せば食いつくかもしれない。そんな事を考え、

 

「ま、何にせよハイディって呼んでいるのは俺だけか」

 

「えぇ、そうなりますね」

 

「なんか独占している感じがして悪くないな」

 

「……そうですか」

 

 返答はそっけないが、やっぱり顔は赤くなって必死に食べ物を口の中へと運んでいる。そう、やはりこれだ。こういう女の子らしいリアクションが見ていて楽しいのだ。ウチの妹に同じような事をやると”続きはベッドで聞こうか”とか言い出してくるからアレはもう駄目だ。そんな感想を抱いて、以外にもこれがハイディの臨んだ日常の形なのかもしれない、と思う。少なくとも同情するのも、此方で手を出してどうにかするのも間違っている。

 

 選択肢はハイディの成したものであり、それは尊重されるべきことなのだから。

 

「こほん、そう言えばヨシュアはここへ一体何をしに来たんですか? 何の用事もなくこんな所へ来るようには見えないんですが。あの、決着の事でしたら正直学院では……」

 

「お前、俺が学院で唐突に殺しを始めるテロリストにでも見えるのかよ! ―――正直ちょっと得意だよ!」

 

 ハイディの少しだけ冷たい視線が突き刺さるが、それを笑い声と共に受け流し、真面目に答える。

 

「―――お前、ヴィヴィ様に会えるつったらどうする」

 

 その言葉に対するハイディの言葉は早く、そして簡潔的だった。

 

「冗談でしたら今すぐここで殺します」

 

 その言葉をハイディは本気で言い放っていた。完全に動けるように力を練り、スプーンを握ったままそれで殺せるように準備動作にさえ入っていた。だからその言葉に続けるように、ハイディの知りたい言葉を告げる。

 

「オリヴィエ・クローンを見っけた。相手が記憶を継承しているかどうかは解らんが、お互い、綺麗に殺し合って決着つけるよりも、色々とすっきりするやり方があるんじゃねぇかと思うんだが? ん? どうだ? このオリヴィエ・クローン―――ヴィヴィ様が覚えている、覚えていないにしろ、一発ぶつかる事が出来れば色々とすっきり出来ると思わねぇか?」

 

 覇王の後悔は聖王よりも己が弱かった事にある。故に、どういう方法であれ、覇王が聖王に対して勝利してしまえば、それで覇王の事は大分片が付くのだ。だから手っ取りばやく、ハイディに対して、オリヴィエ・クローン、高町ヴィヴィオと戦ってみるつもりはないか、と話を持ち掛けているのだ。これで覇王の話に関してケリを付ければ、自動的にヴィルフリッドも大人しく消えてくれる。何せ、彼女の後悔は聖王の死、そして覇王のその後の事に関してなのだから。だから覇王がケリをつければ、それで全部終わる。

 

 全部、終わる。

 

 だから偽る事なくハイディに言葉を告げた。無論、それは法律を破る事前提の話だ。寧ろそれ以外にヴィヴィオに対してコンタクトする方法はないだろう。たとえ同じ学院にいても、手の届かない存在なのだから。だからそれをすっ飛ばして、事を成す。

 

 邪道だ。

 

「で、どうするハイディちゃん? お兄さんと悪い事してみないか?」

 

「そうですね……偶にはグレるのも悪くないかもしれません。手首も治って復調しましたし。慣らすついでに決着をつけるのも悪くはない……そう思いませんか、ヨシュア」

 

 そう言ってハイディは微笑んだ。可愛らしい少女の微笑みだが―――その眼の奥に宿しているのは修羅の業だ。幾代を超えても消える事のない、薄まる事のないベルカの血に宿る修羅の業が、迷う事無くその選択肢を後押ししている。

 

 きっと、冷静に考えればまた別の手段があるのかもしれない。

 

 協力を頼めばもっと穏便にコンタクトが取れるのかもしれない。

 

 だがそんなものは思いつかないし、何よりも()()()()()()()()()

 

 だからこそ、間違いなくハイディはイジメてくる連中を無視するのだろう、アレは羽虫と同じ程度の存在であると。関わってはいても眼中にはない。どこか歪んでいる。だけどそれが美しい。

 

 そう、

 

 だからこそこう言うのだ―――ハイディも俺も、()()()なのだと。




 イジメを受けている様で実はアウト・オブ・眼中、させてやってんのよとかいう新しいスタイル。ハイディちゃんも手遅れ修羅勢だったようです。

 てんぞー先生の修羅ってなぁに? 

 それは闘争する事が日常で、戦う事にはストレスを感じずに、シームレスに日常と闘争の日々を行う様な存在を言うのよ。戦いを求めるのは戦闘狂。珍しかったり凄い技術を使う者は武芸達者、修羅とは言わないのよオラァ。修羅とは戦いを求めるのではなく生活の一部になってしまった存在で御座るよ。

 じゃあ手遅れってなんだよ! 最初から修羅って手遅れじゃねぇか!

 手遅れって連中はスイッチが入ったきり戻らなくなった残念な人々。精神が戦ったままから降りて来ないのに普通の生活に交じれるから実際スゴク=サイコパスな人たち。まともな様に見えて戦いから帰ってきていない、本当に手遅れな方々。

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